第四章 くすぶる戦火

 リオネル砦を魔物から奪還し、次の目標であるクロスリー砦侵攻のための作戦会議をしたその翌日、兵達には三日という猶予が与えられた。


 フィルとゴーシェは、猶予を与えられたものの特に仕事を振られることはなく、自分達の武器の整備をするなどして時間をつぶしていた。


「正直、暇だな。すぐに次の砦に向かうんでも良かったわ」


 腰に鞘から抜き出した二刀の手入れをしながら、ゴーシェが不満気にそう言う。

 フィルとゴーシェの二人は特にやることもなかったので、割り当てられた宿舎の外で、それぞれ剣を研ぐなどの手入れをしていた。


「お前そんなこと他で言ったら殴られるぞ? 他の傭兵団は忙しく仕事してるぞ」

「分かってるよ。しかし暇なもんは暇だ。……暇だ!」


 手入れをしていた刀剣を放り出し、大の字になって地面に寝転がるゴーシェ。

 嘆息を漏らしながらそんなゴーシェの姿を見るフィルの所に、トニが走って戻ってきた。


「フィルさん、ただいま! ゴーシェさん、暇そうだね!」


 戦の後だというのに元気なトニに、ゴーシェは首だけを持ち上げた姿勢で「おお」とだけ返す。


「トニ、砦内の状況はどうだった?」

「状況? 特に変わったことはないよ、怪我してる人が結構いたけど……」


 先日の戦闘で、フィル達を含むグレアムの傭兵団内の負傷者の数は、幸いなことにそう多くなかった。

 しかし、砦攻めの先陣に出ていたハワーズとエイブラムの部隊、その中でも魔物からの襲撃をマトモに食らったエイブラムの部隊の被害は相当なものだった。


 五百人ほどで構成された今回の砦攻めのためのエイブラムの部隊の内、二百人ほどが傷を負い、五十人ほどが死んだという。ほとんど半数の戦力を失ったエイブラムの部隊は、砦攻めでも後方での待機となっていた。


 ハワーズの方も被害は小さくなかったが元々千人ほどの人員がおり、魔物の被害はエイブラムの方に集中していたため、クロスリー砦への進軍にも参加するが、エイブラムの部隊は後方支援に回されることになっていた。


「それより炊き出しの準備が終わったよ! ご飯食べに行こうよ!」


 時間を持て余していたライル隊の面々は、三日の間自由行動ということになっていたため、暇を持て余していたフィルとゴーシェと違い、トニは砦内の炊き出しの準備を手伝ったりなど、雑用の手伝いで走り回っていた。


「おいゴーシェ、ちょっとはトニを見習えよ。こいつは他の隊の仕事を手伝ったりしてるんだぞ?」

「そいつはすごいな。偉いぞ、トニ」


 そう言って、起き上がるゴーシェ。


「だが俺は金にならないことはやらない主義だ。何せ、傭兵だからな!」


 自慢にもならないことを相変わらずに自慢気に言うゴーシェだったが、フィルも同じように暇を持て余しているのだから大した違いはない。


「言っていることは至極クズだが、まあ同意だ。しかしトニ、偉いぞ」

「うん! ありがとう!」


 トニが手伝いに行っていたのは、同じように時間を持て余したライル達が、砦内の兵達に振舞うための炊き出しだ。

 昨日アランソンが「国軍へのアピールです」とにこやかに言っていたのをフィルも聞いていたが、隊の規模が大きくなったばかりのライルの隊に白羽の矢が立ったということだ。

 ライルの隊も変な奴が多い――もとい個性派が揃った隊だが、上からの命令に文句を言うことも無く従事していた。


「ゴーシェ、暇なら砦内でも回ってみるか。ただ働きをしたくないのは俺も同じだが、今回の仕事は報酬を多めに貰う約束をしてるからな。何か仕事があるかも知れない」

「お前も真面目だなあ……まあ暇だしいいか!」

「じゃあご飯食べてから行こうよ!」


 トニの提案に、一旦ライル達の所の炊き出しで朝飯にありついてから、砦内を回ってみることにした。


「フィルさん、おはようございます!」


 宿舎からそう遠くない、砦門の前の広場の所までフィル達が歩いていくと、まるで戦場というような様相で、炊き出しの準備をする隊員達に指示を飛ばしている最中だったライルがフィルに声をかけてきた。


「おう、おはよう」

「精が出るな! おはよう!」


 ちなみにフィル達はライル隊に編入したものの、正式な隊員でもないため炊き出し準備などの仕事はしれっと辞退していた。


「テメエ等、フィルさん達が来たぞ!! お食事をお渡ししろ!!」


 そんなサボり気味のフィル達には全く気にしていない様子のライルが、給仕をしている隊員に大声で指示を飛ばす。


「はいっ、只今!! 少々、お待ちください!!」

「オラァッ!! そこ手が止まってるぞ!! さぼってんじゃねぇぞコラァッ!!」

「申し訳ありません!!」


 指示なのか怒号なのか分からないが、無駄に張り切って声を上げるライル。


(……なんかキャラ変わってないか?)


 隊を任されたばかりで張り切っているのであろうライルを生暖かい目でフィルとゴーシェは見守っていた。

 そんなフィル達の下に、一人の隊員がお盆に載せたスープの器を運んできた。


「お、悪いな。ありがとう」

「ありがとう!」 


 芋の入った温かいスープの器を受け取り、三人は礼を言う。


「遅いんだよオラァッ!! 歩いてんじゃねえよ馬鹿野郎!!」

「す、すいませんっ!!」


 スープを運んできた兵士の臀部にライルが蹴りを入れ、萎縮いしゅくしている兵士は逃げるように戻っていった。


「ライル……なんかキャラ変わってないか?」


 たまらずというようにゴーシェが、鬼軍曹のようになっているライルに声をかける。


「そうですか? うちの隊に入ったのが新兵みたいなんで、アランソンさんに厳しくするように言われてるんですよね」

「それにしても、やり方というか厳しくする方向性がおかしくないか……?」

「私もこういうの初めてなんで、グレアム団長に聞いてみたらこんな感じだって言われました」

「アイツの言葉はマトモに受け取らない方がいいぞ。人間か魔物かって言ったら魔物の方に近い奴だからな」


 ライルの上長にあたるグレアムの暴言を吐くフィルの言葉に、ライルも笑う。


「そうですね。私も何か違うなとは思ってました。ちょっとやり方は考え直します」

「お前がマトモで良かったよ」


 スープの器を受け取った三人は近くの地面に座り、ライルの隊員達の仕事ぶりを眺めながら、簡単な食事を取った。

 未だぎこちなく新兵に接するライルや、仏頂面ぶっちょうづらで火にかけた胴の長い鍋をかき回し続けるクレールなど、何とも言えない光景だったが、フィルは特にそれ以上のコメントをすることもなかった。


(アイツ等も段々と慣れてきているのかな)


 フィルが前にグレアムの所で仕事をした時には、傭兵団の中で少し浮いた存在だった隊員達が傭兵団に溶け込んでいる様子に、フィルは言葉に出さずに感想を述べる。


「つかの間の休息って感じだな」


 昨日の戦闘が嘘のような砦内の光景にゴーシェがそう言う。


「またすぐに次の砦に向かわなきゃならないからな」

「そうだな……」


 そんな話をしながら朝食を取り終えた三人は、先ほど話した通りに砦内を見て回ることにした。

 砦内はかなりの広さがあるようで、各隊の宿舎を割り当てられるほどの規模であった。昨晩と同様に忙しく走り回る兵が多数おり、次の砦攻めの準備や後始末などの仕事に奔走ほんそうしているようだった。


 特に目的もないまま砦内の様子を見て回り、砦の入口の門あたりまで戻ってきたところで、フィルに声をかける者がいた。


「おう、フィルじゃないか」


 声をかけてきたのは『鉄騎の傭兵団』の団長であるエイブラムであった。


「エイブラム団長殿か、どこかに出るのか?」

「団長殿はよしてくれ。グレアムみたいに話してもらって構わんよ」


 見ると、エイブラムは隊をまとめて砦外に出る直前のようだった。


「ヨツーム砦からの補給があるからな。俺達の傭兵団は頭数が減っちまったから、砦間の魔物退治と隊商の護衛をすることになった」


 エイブラムの話は、昨晩アランソンから聞いていた通りだ。

 戦においては前線はもちろん大事だが、補給なくしては戦うこともできない。クロスリー砦は、ガルハッドが拠点とした両砦からそう距離もない位置に存在するため、補給のために戦力を割くのは致し方ない。


「じゃあこれからヨツーム砦に向かうのか?」

「ああ、前線から外れちまうから手柄を立てられなくて残念だがな。まあ状況から言ったらウチの傭兵団が補給の補助をするのが一番だろう」


 エイブラムは言うほどに残念ではなさそうに言う。傭兵団の被害も相当なものだと聞いてるし、後方支援に回るのは自身でも妥当と思っているということだろう。


「フィル、誰だ?」

「ああお前は紹介されてなかったか。『鉄騎の騎兵団』の団長のエイブラムだ。こっちは俺と一緒に仕事をしているゴーシェとトニだ、よろしく頼む」


 フィルとエイブラムの会話に割り込んでくるゴーシェの顔を見て、改めて紹介ということにした。


「おお、『鉄騎の傭兵団』か。噂は聞いてるよ、団長殿も強そうだな。よろしく頼むよ」

「エイブラムでいい。フィルのところの傭兵か、昨日の戦闘でデカいのとやってたな。見ていたぞ、かなりやるな」


 フィルの紹介で、エイブラムとゴーシェががっしりとした握手をした。

 エイブラムが見ていたのは、巨体の魔物との戦闘だ。ゴーシェもかなり貢献していたので、目に留まったのだろう。


「グレアムのところは中々いい傭兵を囲ってるな。どうだ、俺のとこでも仕事しないか?」

「ああ、考えとくよ」

「報酬次第かな。グレアムのオッサンは人使いが荒いから、報酬次第じゃくら替えしてもいいな」

「おいゴーシェ、あんま適当なこというな。グレアムにぶん殴られるぞ」


 ゴーシェの軽口をフィルがたしなめるのを見て、エイブラムは笑いながら「考えといてくれよ」と言って部隊の方に戻っていった。


 エイブラムの傭兵団が部隊を組んで砦を順々に出ていくのを見送っていると、フィルにまた声がかかった。


「フィル殿」


 声の方を見ると、国軍の隊長であるルーサーだった。

 陣中であるが、きちんと装備を身に付けている。若いのにしっかりとした雰囲気は相変わらずだ。


「ルーサー隊長、どうも」

「のんびりと部隊の見送りとは余裕がありますね」


 嫌味っ気のある言葉とは裏腹に、笑顔で声をかけてくる。


「いやすまない、何か手伝うことはないかと探していたんだが」

「そうでしたか、ではこちらの手伝いをしてもらえますか?」

「いや、それは……」


 咄嗟に出任せを言って口ごもるフィルを見て、ルーサーは今度はしっかりと笑い出す。


「冗談ですよ、昨日は充分戦働きをしてもらいましたからね。これで雑用をさせたとあっては、カーティス様に叱られます」

「なんだ冗談か、勘弁してくれよ」


 まだ若いからか快活に笑うルーサーは、フィルの肩にしっかりと手を当てて言う。


「昨日は正直言って助かりました。なんとか隊列は維持したものの、あの巨大な魔物が迫ってくるのを見て戦慄しました。グレアム殿とフィル殿が止めてくれなければ、状況は変わったことでしょう」


 国軍の隊長から急に礼を言われたことで、フィルはぽかんとしてしまう。


「実は一言礼を言いたくて探していたんですよ。本当に助かりました、次もお願いしますよ」

「いや、こちらこそよろしく頼むよ……」


 ルーサーはそれだけ言うと、「それじゃあ」と言って来た道を戻っていく。

 本当にそれだけを言いに来たのだ。


「何だフィル、えらく人気者になったじゃないか」


 自分には声が掛からなかったことに拗ねたようにゴーシェが言う。


「何だろうな、調子狂うよ。悪くはないが」


 ヨツーム砦の会議の場でもそうだったが、周囲の反応や対応に一々戸惑う。

 見ると砦内の兵達は、昨日激しい戦闘があったばかりだと言うのに、砦内で忙しく働いたり、次の戦闘のために武具や攻城兵器の整備を行うなどしており、兵達の士気は高いようだ。


(隊の体質かな……?)


 昨日のリオネル砦の戦闘での全隊の動きといい、陣中の兵達の士気も働きも上々であることがフィルの目にも分かる。

 国軍だけでなく、傭兵達もだ。


 リコンドールの町での演説もそうだったが、隊の雰囲気を良くするようカーティスが意図的にそんな空気を作っているものかとフィルは考える。


(中々の名将、ってことか)


 普段は国軍の仕事など、大規模な戦場に出ることの少ないフィルには目新しい光景だった。


 三人で陣内を回るものの、やはり特にすることがなかったため宿舎の方に戻っていると、途中でライル達が武具の整理を行っていたため、なんとなく手伝い始める三人だった。


***


 そして翌日、補給のための隊商が砦にやったきた。


 話によると、カーティスが隊の一部をヨツーム砦に残しており、リオネル砦の攻略に向かう本隊の後を追うようにして輸送部隊を用意していたということだ。

 ヨツーム砦に向かったエイブラムの部隊とはすれ違いの形だろう。


「トニちゃん!」


 前日と同じように暇をもて余していた三人のもとに、隊商に混ざって荷馬車と共に砦に来たカトレアが声をかけてきた。


「カトレア! こんな所まで来て大丈夫なの?」

「うん、また会えたね! 砦までの道でも魔物はそんなに出てこなかったし大丈夫だったよ」


 カトレアが小走りでこちらに向かい、それを迎え入れるようにトニが立ち上がり、フィルとゴーシェの目の前で二人は手を取り合ってぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。


「なんだお前ら、随分と仲が良くなったんだな」


 昨日もしていた剣の手入れをしながら、目の前ではしゃぐ二人にフィルが声をかける。


「フィルさんもご無事でなによりです」

「そいつはどうも」

「一昨日でしたよね? ここで戦闘があったのは……皆さんご無事で良かったです」


 砦内にいる傷ついた兵達をちらりと見やり、カトレアは本当にほっとしている様子で言う。


「まあいつものことだからな。カトレアはまた砦に戻るのか? 傭兵団が砦間の魔物の掃討をしているが、まだここらには魔物が出るはずだから危険だぞ」


 フィル達が奪還したここリオネル砦は、進軍してきたヨツーム砦の北側に存在し、この二つの東側に次の目標であるクロスリー砦がある。

 その奥に最終目標のベルム城があるわけだが、この三つの砦を結ぶとちょうど正三角形になるような位置関係にあるため、リオネル砦とヨツーム砦の間は、クロスリー砦からの魔物が潜伏している可能性が高く、未だ危険だ。


「はい、なので今回はいつもより隊商の警護の兵隊さんも多いようでした。それにここからは町に戻ることになっているので、大丈夫だと思います」


 隊商は砦間を往復するのではなく、一度町に戻るという。

 確かに、リコンドールの町から見たら、ここもヨツーム砦もそう距離が変わるものではないため、町から直接補給用の隊商を出した方がいいだろう。


 一昨日のカーティスの所での話し合いの後も、アランソンは忙しく仕事をしていたようだった。恐らく隊商の手配などを考えていたのだろう。


「なるほどな。それじゃあ暫くはここに居るのか?」

「いえ、今回は輸送隊ということなので、積荷から何まで傭兵団の方に指定されています。明日の朝にはここを発つということでした。町に戻っても、またすぐにここに戻って来るようですが」


 カトレアはグレアムの傭兵団の隊商として来ているため、普段は兵士向けの商売などを営んでいる。

 隊商にはカトレアだけでなく、同じような商人が参加しているわけだが、今回は大規模な軍隊の遠征ということもあり、傭兵団の方で輸送の依頼をしているのだろう。


「随分忙しいんだな」

「ええ、でも傭兵団の方からその分の報酬をいただけるみたいなので、普段より稼ぎはいいです。警護もしてもらえるし有難いですよね」

「そうか」


 出会った時は危なっかしい商売をしていたようだったが、仕事も安定しているようだ。


(グレアムの所に紹介してよかったな……)


「そういえば、一昨日の戦いではすごい大きい魔物が出たみたいですね。フィルさんが倒したとか……お体の方は大丈夫なんですか?」

「ん? ああ。倒したのはグレアムだけどな」


 世間話をしていたカトレアが急に話を変える。

 隊商でこちらに来たばかりのカトレアもそのことを知っているのか、と気になってちらりと顔を見上げると、カトレアの視線がフィルが手入れをしている剣にちらりと向くのが見えた。


「カトレアちゃ~ん、俺も頑張ったんだぜぇ~」

「あ、ああそうですよね! ゴーシェさんもご無事で良かったです!」


 フィルの横で同じく剣の手入れをしていたゴーシェだが、自分に全く声がかからないのをたまらず、という感じでぼやくように言う。

 カトレアの方はゴーシェに声をかけられて、少し上ずったような声で返事をする。


(うん……? 何だ?)


 一瞬、カトレアの視線に少し含みがあるように感じたフィルだが、ゴーシェに向き直り何も無かったように喋るカトレアの顔を見て、気のせいかと思うことにした。


「それじゃあ、積荷を降ろさなければいけないので、そろそろ失礼しますね」

「仕事か、大変だね。俺が手伝おうか?」

「いえ、悪いので大丈夫です」

「そっか……」


 すっくと立ち上がり、積み下ろしの手伝いをすると進み出たゴーシェだったが、カトレアに一蹴されて大人しく着席する。


「それでは。フィルさん達……気をつけて下さいね。トニちゃんも、またお喋りしよ!」

「うん!」

「ああ、魔物に気をつけろよ」


 カトレアは手を振り、フィル達のもとから隊商の方に向かっていく。

 隊商の方では、グレアムの傭兵団の者だろうか、荷降ろしを指示している兵が来ているようで、カトレアは走りながら自分の荷馬車の方に戻っていった。


 カトレアとのつかの間のお喋りが終わり、再度やることのなった三人だった。

 その日も特にすることもなく、カトレア達の隊商がリコンドールの町に戻るのを見送り、またなんとなくライル達の手伝いをする。


 そうしてその日、そして翌日を過ごし、クロスリー砦に出陣する日がすぐにやってきた。


***


 リオネル砦から出立した軍勢は、クロスリー砦へまっすぐ伸びる道を進んでいた。

 ここらの砦は、森林地帯が広がる一帯の開けた所に点在するように砦が存在するため、砦間の移動は両側が森となる狭い道を通る。

 そのため、約四千の行軍ではかなり縦に伸びた形の隊列を組む必要があった。


 フィル達三人は先日と同じように、ライル隊として行動しているため、前を行くグレアムの隊の後を付いていくように動いている。

 横に歩くライルやトニとも特に喋ることもなく、ふらふらと歩くゴーシェの首根っこを掴みながらの移動だった。


 クロスリー砦への道ではさほど魔物が出ることもなく、終始安定した行軍だった。

 砦での激しい戦闘を行った後の兵達は、余裕を取り戻したのか「もう魔物なんか大して残っていないんじゃないか?」などと軽口を利いている者もいるほどだった。


「しかし、確かに魔物が攻めてこないな。ホントにもう大して魔物がいないんじゃないか?」

「そうだな、リオネル砦に向かう時の数に比べるとな……」


 砦に向かう間も、砦の戦闘でも、かなりの数の魔物を相手したので、その奥に控えるクロスリー砦への行軍がここまで平和なものだと拍子抜けをする。


「油断は禁物ですよ、この前みたいな新種が急に出てこないとも限らないですから」


 無駄話をするフィルとゴーシェをたしなめるようにライルが言う。


「しかしなあ。ここまで魔物がいないと、そう思っちゃうよな」


 ライルの後ろに続くルードもそう言う。フィル達と同じように思っているようだった。


 ぶつくさ言いながら歩く隊が一晩の野営を組み、翌日も特に問題の起きない行軍を経て、目的地としていたクロスリー砦に着く。

 森の中の道から出た開けた所の奥にクロスリー砦は存在し、隊は砦から少し離れた小高い丘に陣を組み始めた。


 陣を組んでいる間も、遠目には砦の壁上にそこそこの数の魔物の歩哨が見えるものの、砦から魔物が攻めてくることはなかった。こちらを視認しているはずの魔物達が攻めてこないことを不思議に思いながらも、兵達は淡々と陣を張る準備をする。


「動きがないですね」

「うむ……妙だな」


 陣を張っている間、国軍の隊長とグレアム、そしてクラークが集まっている。

 フィルもいつものようにグレアムに付いて会合に参加しているわけだが、そんな場所でカーティスとハワーズが魔物の動きの無さについて漏らしていた。


「まあこんなもんじゃないか? リオネル砦でもそうだっただろう」


 魔物の動向などどうでもいいと言うようにグレアムがぼやく。


「前の時は行軍中もかなりの魔物が襲ってきたのだ。陣を張ってすぐに攻撃も受けたし、夜襲も何度も受けた。ここに来るまでもそうだったが、あまりに静かすぎる」

「兵達も言ってたぜ。もう魔物も持ち玉を出し尽くしたんじゃないか、って」

「グレアムよ、お前はいい加減すぎるぞ。もう少し緊張感を持て」


 適当なことばかりを言うグレアムに、寡黙なクラークまでもがたしなめる。


「そうは言ってもよお。面倒なことは考えずに、真正面からぶっ飛ばせばいいじゃねえか」

「お前の頭の中には本当に筋肉しか詰まってないな……」

「なんだと、この荷運び担当が! な~にがに塗れた十字血架けっか傭兵団だ。言っとくけどお前の傭兵団の名前、相当ダセェからな!」

「……いいだろう、表に出ろ。お前もそのダサい十字架に括り付けてやる」

「やめとけよ……」


 子供のような言い争いで胸倉を掴みあう傭兵団の団長達を見て、フィルは頭が痛くなりながらグレアムを押さえつける。


「そうだな、やめてくれ。グレアム殿、気持ちは分からないでもないがもう少し緊張感を持ってくれ」

「すまなかったよ、大隊長殿」

「申し訳ない」


 カーティスに叱られてすぐにしゅんとなる団長達。一帯何の茶番だ、これは。


「とにかく、砦に攻めかかるのは明朝にする。このままだとグレアム殿の言うとおり、真正面からぶっ飛ばすことになるように思えるが、夜襲には警戒してくれ」


 ここに来ての魔物の動向の変わりように、皆が戸惑っているようにも見えるが、カーティスはあくまで正攻法を崩さないようだ。

 砦前に陣を張ったその日は、カーティスのその一言で解散となり、明朝一番で出陣ということになった。

 更にその晩は魔物が夜襲をかけてくることもなかった。


 明朝、砦に近づいた所で約四千の軍隊は戦列を整えるが、それでも魔物はこちらに襲い掛かってこない。篭城ろうじょうの構えだろうか。

 これはいよいよ、魔物側の戦力がなくなったかと兵達に喜びをはらんだざわめきが起こっていたところで、カーティスが戦いの火蓋を切る号令を上げる。


「攻撃、始めッ!!」


 先日のリオネル砦と同様、クラークの部隊が投石器による左右からの攻撃を始める。

 淡々と打ち出される石塊が塁壁にぶち当たり、石と石がぶつかり合う重厚な音ばかりが鳴り響く。


「全隊、進め!!」


 続く砲撃にも関わらず、一向に砦から出てこない魔物に対して、カーティスが予定通りと言う感じに前進の号令を出す。

 これも先日と同様、クラークの隊が攻城塔を操り、それに付いて行くように前進していくルーサーとティムの両部隊であったが、リオネル砦とは違い魔物からの抵抗は薄かった。


 まばらに撃ち出される矢を危なげなく凌ぎながら壁に取り付く両舷の部隊は、あっさりと砦内に突入していく。


 中央のカーティスの部隊は正攻法通りというように門を打ち破るために槌を打ち続けているが、カーティスの部隊と共にいたフィルの耳には、すでに砦内で激しく戦う音が聞こえていた。


「おいおい、また出番なしか?」


 ぼやくのは同じく砦の門が開くのを後方で待つグレアムだ。


「まあ俺は仕事がないならそれでも構わんがね」


 ゴーシェの方もすでに気を抜いているように言う。


「門が開くぞ!!」


 前方のカーティスの部隊の兵達が大声を上げて、砦内になだれ込んでいくが、後続のフィル達が突入して見た光景はリオネル砦で見たそれと変わるものではなかった。


「またか……」


 砦内はすでにルーサーとティムの部隊が両側から攻め入り、魔物達を蹂躙していた。

 左舷の攻めに余裕があったのか、ルーサーの隊がすでに中央の奥の方まで攻め込んでおり、フィル達より先に突入したカーティスの本隊も部隊を複数に割って各方面に散り、後片付けのような動きに出ていた。


「大隊長殿……」

「グレアム殿、中央に攻め込んだルーサーの隊をサポートしてやってくれ。この勢いだと仕事はないかも知れんが」

「あいよ」


 グレアムはカーティスから中央攻めの指示を貰い受け、傭兵団の全隊を引き連れて中央の石造りの塔がある方に向かっていくが、たまに崩れた廃屋から出てくる魔物達を払いながら進んでく内、中央の塔からときの声がわっと上がる。


 フィル達が砦に突入してから四半刻も経っていないような時だった。


「もう終わりか、いやにあっさりしてるな」

「まあこの程度の砦攻めだったら、この数で攻めたら普通はこうなるだろ。むしろ、この前の砦がキツ過ぎたんだって」


 幾分も仕事をしていない状態のフィルのぼやきに、ゴーシェが「そういうもんだ」と言うようにフォローを入れる。


「しかし、リオネル砦の抵抗に比べて、魔物の数も強さもあまりに手応えがなさすぎる」

「まあな。これは本当に、敵方は戦力が尽きたのか……?」


 戸惑うフィルとゴーシェを含めたライル隊は、その後も砦内の残党狩りをするものの、襲い掛かってくる魔物を倒すというよりは、ようやく見つけた魔物を淡々と狩るようなものだった。


 砦内の掃討が終わったのはそれから程なく、まだ太陽が中天を回ったくらいの頃合た。


「警戒させた割にはあっけないもんだな」


 砦を奪還した後すぐに、砦の入口あたりの開けた所に大きな天幕を張り、隊長達の会合が始まった。

 クロスリー砦は小規模であるものの、長年手付かずであったため砦内の家屋などの建物の損傷が激しく、すぐに修復して使えるようなものではなかったからだ。


 各隊長が集まる中で、すっかり意気消沈しているグレアムがぼやいている。


「そう言わないでくれ。確かにあまりに手応えが無かったが、勝利は勝利だ」

「この分だと、本命のベルム城も大したことないんじゃないか?」

「だから油断はするなと言っているだろう。しかしこれではな……」


 たしなめるようなカーティスの物言いに、クラークまでもが手応えの無さを露にする。


「これからどうするんだ、大隊長殿? ベルム城はもう目と鼻の先ということだが」


 話を進めるようにフィルがカーティスに声をかける。


「ああ、ベルム城への攻撃だが、今度も三日後に攻め込むこととする」

「またか? すぐに攻めこんでもいいんじゃないか?」


 グレアムが再度足を止めることに対して、苦言のように言う。


「ここクロスリー砦で補給用の部隊の到着を待ちます。今回、結果的に消耗はほとんどありませんでしたが、安全を期した行動を取ります」


 カーティスの横からグレアムに答えるのは、国軍の隊長のティムだ。

 現状の部隊の余力からすると、このまま攻め込むのも問題ないのは事実だが、砦の守備や物資の補給を考慮して、足を止めると言うのだ。


「こんな状況だ。勝ちを焦る気持ちも分かるが、これは飲んでくれ。明日詳しいことは改めて話すが、ベルム城の攻略は少し無理を強いることになる」


 カーティスの言葉に、物申す者はいなかったが、皆何とも言えない顔をしていた。

 クロスリー砦での会合はそういったあっさりしたもので終わり解散となったが、砦内で慌しく動く兵達の中には、笑い声を上げるような者も少なくなく、皆が余裕を取り戻しているような空気だった。


 そうして、クロスリー砦での最低限での守備を固めると、隊はまた数日を新しい砦で過ごすこととなる。

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