第三章 リオネル砦戦

 巨体の魔物。その大きさ、質感は岩山を連想させる。

 それを取り囲むのは経験豊富な傭兵達であったが、あまりにも非常識なその大きさ、そして堅さに誰もが攻撃の手を止めてしまった。


 知性の欠片もなさそうなその醜悪な表情――目鼻や口の大きさに対して小さな目はギョロついており、怒りの唸り声と共に息を荒げている。


 真正面から対峙しているのはグレアムだが、彼にしては珍しく攻撃の手を止めた。

 出会い頭の一合いちごうで、敵の分厚さと膂力りょりょくは自身の猛攻をも凌ぐと認識してしまったため、ただがむしゃらに突っ込むことができない。


 そんなお見合い状態に魔物の方が痺れを切らしたのか、叫びを上げる。


「ゴォオアアアアアア――!!」


 その巨体ゆえの自重を支える太く長い腕で持つ丸太のようなもので、動きを止めたグレアムに「さあ来い」と威嚇するように叫び声を上げながら、地面を叩く。


 その咆哮で空気がビリビリと震える刹那――


「グオォッ!?」


 巨体の魔物が片手で自身の顔を覆う。

 フィルからは死角であったが、グレアムは魔物の頭部に吸い込まれるように矢が突き刺さるのが見えた。

 しくも、強大な魔物を目の前にして動きを止めてしまった傭兵達の意識を戦いの場に引き戻したのは、まだ駆け出しの傭兵とも言えないようなトニが放った矢だった。


「おらあぁあああああああ!!」


 魔物の片手が塞がったのを好機と見たグレアムが一気に間合いをつめ、その顔に長槍を打ち込む。

 叫び声を上げ続けながらグレアムが怒涛の勢いで、敵の顔面を何度も何度も叩きつけるように打つ。

 急襲に怯む魔物だったが、苦し紛れに振った丸太でグレアムを吹き飛ばす。


「ちぃっ!!」


 長槍のつかでしっかりと防御を取るも、前のめりな猛攻で踏ん張ることができなかったのか後方に飛ばされ、転がりながら体勢を整える。

 受身を取った際にちらりと後ろを見たグレアムの目に、後方からルードや弓隊がこちらに合流してくるのが見えた。


「さっさと撃ちやがれ!! 顔を狙え!!」


 弓隊の方にグレアムの怒号とも言える指示が飛ぶ。

 駆けつけてすぐの隊列もままならないような状態で兵達が矢を撃ち出し、五月雨のような矢群が巨体の魔物を襲った。


 突然の矢の雨を受けた魔物は、顔に水をかけられただけかのように鬱陶しそうに手でひさしを作ってそれを防ぐ。

 魔物の堅い皮膚には矢が通らず、その一部がようやく刺さっているくらいだが、集中的に撃ち出される矢はそれでも魔物の怒りを買うには十分だった。


「――オオオオオオオオオオォォォオオオオオ!!」


 憤怒の叫びを上げる巨体は前傾姿勢で矢を避けながら、弓隊の方に突進していく。


「お、おい!! 待てそっちじゃねえ!!」


 慌てて魔物の進行方向に入ろうとするグレアムだが間に合わず、突進した魔物は真っ直ぐに弓隊に向かっていく。そして、その手に持った丸太を大きく振りかざし、弓隊の集団に向かってただ水平に振るう。

 その一振りで、十人ほどの兵が宙に舞うのが見えた。


「――くそっ!!」


 我に返ったようなフィルが悔しさを前面に出すように叫んだ。

 グレアムはすでに魔物を追って走り出していたが、突然の突進に不覚にも呆気に取られたままだったフィルやゴーシェなどの面々は、グレアムを追うようにして走り出す。


(――くそっ! くそっ! 何をやっているんだ俺は!!)


 巨体の魔物に追いつこうと走りながら、フィルは自責の念で叫び出しそうな思いだった。

 その威圧感に意識を奪われてしまった。魔物の暴威に怯んでしまった。


「お前ら下がれ!!」


 魔物の急襲に恐れをなして逃げ惑う弓隊を庇うように、グレアムが指示を飛ばしながら魔物の正面に回りこむ。

 魔物に対して、最初から一貫して攻撃的な姿勢を崩さなかったのはグレアムだけだろう。常に誰よりも前に立って魔物に対峙するグレアムの姿は、走りながらそれを見たフィルの心を打った。


 フィルは引き締まるような思いで剣のつかを握りしめ、意識を研ぎ澄ます。


 魔物の唸り声と共に地面に叩きつけるように何度も繰り出される丸太の打撃を避けるが、避けようもない横殴りの一撃を長槍で受け止めるグレアム。

 今度は油断することなく全力で受けに回ったため、踏ん張りが利いている。


(俺だってまだやれる――!!)


 走りこみながら、グレアムの反対側――魔物が自重を支えるために地面についた腕を目掛ける。


「ふっざけてんじゃ――ねえぞ、このデカブツが!!」


 眼前に迫る大木のような腕を、大きく振りかぶって斬りつける。

 斬り抜け、魔物の体と腕の隙間を通り抜けたフィルは正面に回り、振り返ってすぐに再度剣を二度振るう。


 先ほどの鈍い手応えと違い、今度は確かな手応えがあった。魔物は手首、そしてわき腹あたりの十字傷から血を流して怯む。


「何だフィル!! 今ごろ目が覚めてきたか!?」

「はっ、言ってろ!! コイツは俺が貰うぞ!!」


 グレアムは魔物が怯んだ隙に、受け止めていた丸太を押し込んで弾き飛ばす。


「グッッ!」


 グレアムの押し込みで体勢を崩した巨体の魔物が苦悶の声をあげ、片膝をがくんと落とすように更に体勢を崩す。


 フィルに追走してきたゴーシェとライルが、魔物の後方の左右から切り込んできたのだ。

 ライルの斬撃は魔物の臀部でんぶを裂くに留まったが、ゴーシェの剣は魔物の腿の裏を裂き・・、更に返す刀とばかりに両手の剣を同時に振るいすねに打ちつける。


「おらぁッッ!!」


 ゴーシェの二刀での剣撃は魔物の硬い皮膚に阻まれるものの、全体重を乗せた足を掬うような一撃にさすがの魔物も体勢を崩してよろめいた。


 魔物が大きく体勢を崩す姿を見て、フィルとゴーシェ、そしてグレアムが一斉に攻めかかった。


「もういっちょぉ!!」


 足に一撃を入れた後に回避行動を取ったゴーシェだが、すぐさま体勢を立て直して魔物に肉薄し、またも二刀を振るって今度は丸太を持った方の魔物の手首を打ち付ける。甲の側の手首を打たれた魔物は、手に持っていた得物の丸太を地面に落とす。


「ふっ!」


 先程切りつけた魔物の空いた手を狙い、フィルが一度、二度と同じ部分を切りつけ、振り抜いた勢いで回転し、三度目に振るった一閃でついに魔物の太い腕が落ちる。


「どらああああああぁあああああ!!」


 前に傾くように体勢を崩した魔物の顔を、グレアムが長槍で打ちつける。

 右から、左から、何度何度も顔を打ちつけられた魔物はたまらず後方にゆっくりと倒れていく。


「グォオッッ!? ……グルァァアア――」


 野太いうめき声を上げながら仰向けの形で倒れた魔物が、自身に何度も打ちつけれた攻撃に対して苛立ちの咆哮を上げようとした瞬間――


 倒れた魔物の胸部に飛び乗ったグレアムが長槍を構え、叫び声を上げようと大きく開かれた魔物の口に槍頭をねじ込み、頭部を貫く。


「ガ……ガァア……」


 自らの頭部を貫通した槍を掴もうと魔物が手を動かすが、その震える腕が槍を掴む高さまで上がらないまま、うめき声を残して魔物は力尽きた。


 事切れて地に伏す魔物の周囲には、肩で息をするフィル、ゴーシェ、グレアムの三人、そして三人の猛攻の邪魔になるまいと少し距離を取っていたライルが立つ。


「……は、ははっ、やっぱりトドメは俺だったな……」

「何言ってんだ。しっかり息が上がってるぞ、オッサン……」

「……老い先短い団長殿に譲ってやったんだよ」


 上がった息で引きつるような笑いを上げるグレアムに、フィルとゴーシェが苦しまぎれの嫌味を返す。

 それに一呼吸遅れるように、三人が巨体の魔物を打ち倒すのを見ていた周囲の傭兵達が歓声を上げる。


「や……やった!!」

「うおおおおおおおぉおおお!!」

「団長!! 団長ぅぉおおおおおお!!」


 周りのゴブリン達と戦いながら叫ぶ傭兵や、グレアムに心酔しているのか涙を流して喜ぶ傭兵達までいる。

 巨体の魔物と共にいたゴブリンなどの魔物も、フィル達と一緒に駆けつけた傭兵達により数を減らしているようだった。


「しっかし、久々にとんでもなかったな……」


 魔物の頭部を貫いた槍頭を引き抜きながら、グレアムが呻くように言う。

 周りでは兵達が以前魔物と剣を交えているが、三人にはすぐさま次の敵に打ちかかる余裕はなかった。


「最近こんなのばっかりだな……どうなってやがるんだ」


 ゴーシェも両手の剣をしっかりと握りながら、グレアムに続いて呻く。

 前回の砦攻めもそうだったが、仕事での巨大な狼の魔物に続いて、今度も見たこともない巨体の魔物。何年も続けている傭兵の仕事では見たことのないような魔物が相次いで出てきている。


(本当に……どうなっているんだ)


 口にはせずに、グレアムとゴーシェの言葉と同じ心持ちをフィルも胸中で呻く。


「フィルさん! ゴーシェさん! 大丈夫!?」


 遅れて駆けつけたトニがフィルのもとにやってきた。


「ああなんとかな……」

「小僧、助かったぜ。お前の矢がなかったら固まっちまってたかも知れねえ」


 トニに、グレアムが声をかけた。

 グレアムが言うように、魔物の体躯や猛威を目の当たりにしてフィルを始めとした傭兵達は完全に圧倒されていた。

 トニの傭兵経験が少ないからこそ動けたのかも知れないが、その行動を合図にして攻勢に出れたことには違いない。


「そうだな。よくやったぞ、トニ」

「うん? 何のこと?」


 本人は周囲が何を言っているのか分かってない様子だが、グレアムは嬉しそうにトニの頭を冑越しにバンバンと叩いている。


「団長!!」


 巨体の魔物のむくろの脇で、つかの間の小休止を取っていたフィル達の所に声をかけてくる者がいた。

 フィル達が声の方を向くと、数人の兵をつれてサーベルを片手に魔物の群の中を切り抜けてきたアランソンだった。


「おお、アランソンか。遅かったじゃねえか」

「すいません。団長、全隊が前進するようです。砦の突破にかかるため、ルーサー隊長に加勢して左方の魔物を殲滅した後、カーティス大隊長の隊に合流せよとのことです」


 馳せ参じたアランソンの言葉。

 戦場内の周りの状況を見ると、魔物の一群と正面からぶつかり合っていた両舷の部隊は、徐々に魔物を押し返し始めているようだった。


「いよいよ本番か!!」


 猛り立って大声を上げるグレアム。


「まるでさっきのが練習みたいな言い方だな――」

「馬鹿野郎が、全部本番だっての!!」


 皮肉を込めたつもりだったゴーシェの言葉は、グラアムの唾を飛ばしながらの大声にかき消された。


***


 全軍の中央、本隊にいた大隊長のカーティスは、ほぼ全ての兵の注目を集めていた巨体の魔物が前線の方で地に沈むのを見た。


「グレアム殿がやったか……相変わらず規格外だな、あの男は」

「どっちが魔物が分かりませんな」


 カーティスの横で、こちらも国軍の隊長であるハワーズが呻くように言う。自身を踏み潰すような猛威を振るった魔物を、たった三人の傭兵が打ち倒したからである。


「そう気に病むなハワーズ。グレアム殿の腕っぷしも異常だが、あの傭兵達も大概だ」

「はっ……」


 砦から巨体の魔物が出てきたときの衝撃は凄まじいものだった。

 本隊にいるカーティスが、事前の取り決め通りにグレアムの遊撃隊をぶつけて良いものかと考えていたところ、指示を出す前にグレアムの隊が動いてくれたのは嬉しい誤算だった。


 その未知の巨大な魔物に対してグレアムを始めとした傭兵達が難色を示した時はどうなるかと思ったが、あっという間にそれも打ち倒した。


「今が攻め時だ、前線を上げるぞ!」


 両舷の戦況はいずれも攻勢であり、前線を押し上げるには不足がない。

 それぞれの隊に指持を出すための伝令役を呼び、今後の動き方を言い渡す。


 カーティスは両舷のルーサーとティムの部隊に、魔物を打ち倒しながら前進した後、そのまま砦の突破にあたるように指示を出した。そして、前線中央のやや左寄りにいたグレアムの隊には、左方側のルーサーの隊が対峙している魔物に後ろから攻めかかるようにと指示を出す。


「我等も前進だ!! 全隊、進め!!」


 カーティスの本隊は両舷の部隊に対してやや突出するような形だが、それでも足並みを揃えて前線を上げていく。

 左方では、早くも動き出したグレアムの隊が、カーティスの隊に押されている魔物の群れに対して、指示通りに後方から襲い掛かっていた。グレアム自らが先頭に立つ遊撃隊の猛攻を受け、遠目からでも魔物千切れ飛んでいくのが見える。


「恐ろしい男だな……味方として頼もしいことはこの上ないが」


 まるで巨大な猪のようなグレアムや傭兵団の動きを見て、薄ら笑いを伴ったカーティスが独りごちるが、戦場の変化の速さに攻め込む機を見た。

 左方の魔物の群れはすでに片付きつつある。砦攻めに取り掛かるのは今だろう。


「ルーサーの隊はそのまま前進して、壁に取り付け!! 我々本隊はグレアム殿の部隊と合流して、正面突破にあたる!! ティムの隊も戦列が整い次第、前線を上げろ!!」


 左方側の魔物が完全に片付くのを見て、カーティスは陣形を変えるよう指示を出した。

 ルーサーの部隊が砦の壁に向かって前進を始め、そちらの方からグレアムの傭兵団がカーティスの本隊に合流してきた。


「大隊長殿、左側は片付いたぜ!!」


 グレアムの部隊は、同じく前進を続けるカーティスの本隊に併走するように付き、ルーサーの部隊は車輪がついた攻城塔を前に押し出して進む。


 今回の戦場で用意された攻城塔は、砦や城壁に対して上方から・・・・の攻撃を可能とするほどの高さを持つ、取り付けた車輪により移動を可能とする木製の塔である。

 最上部は数十人の射手を配置することが可能なほどの大きさだ。


 その攻城塔に隠れるようにして進む部隊、それと併走するように大盾を持った部隊が前進していく。


 左方の部隊が砦に接近するのを魔物側が見て取ったのか、砦の防壁上から弓を持った数百ほどのゴブリンの弓兵が姿を現し、接近する部隊に矢の雨を降らせる。

 ルーサーの部隊はそんな攻撃など意に介さないように大盾や攻城塔で矢を防ぎながら前進を続ける。


「壁に取り付け!! 梯子をかけろ!!」


 攻城塔より先に砦の壁下にたどり着いた兵達は、次々と塁壁を上がるための梯子をかけ始める。

 壁を登り始める兵達を援護するように、最前線の少し後方を進む弓隊が壁上に対して斉射せいしゃを開始し、攻城塔の最上部に待機していた数十人の弓兵が、梯子や梯子を上ろうとする兵に弓や石を落とそうとするのゴブリンに矢を射掛ける。

 攻城塔の最上部は、壁上よりも高い位置に存在するため、射手は的確に敵を撃ち抜いていく。


「突入しろ!!」


 攻城塔が壁に接した瞬間に、壁に接した側の防護用の板が開き・・、攻城塔内の中断に待機していた兵達が壁上に突入していく。

 突入した兵達と、塔の上部の弓兵達が、壁上の魔物を掃討していき、壁下から梯子を駆け上る兵達も続々と合流する。


「左舷は上々のようだな、我等も門を突破するぞ!!」


 左舷の塁壁の攻防が優勢に出ていることを見てとった時には、カーティスを中心とした中央の部隊も門の前まで隊列を進めており、同じく攻城兵器である破城槌はじょうづちで砦の門を打ちつけ始めた。


「カーティス様、砦に突入する先陣は我等に任せてください!!」


 カーティスと共に前進していたハワーズが進言する。

 ここまでの戦いでいい所が無かったため、砦内の突入は任せてくれと言うのだ。


「いいだろうハワーズ、貴様が先陣だ!! 今度は抜かるなよ!!」

「はっ!!」


 カーティスの即断で、ハワーズの部隊を先頭に突入することとなった。

 砦外の魔物の掃討は完了しており、遅れながらも右舷のティムの部隊も壁に向かっているようだ。


 門からも新たな魔物は出てこず、何度も打ちつける槌により砦の門を打ち破った。


「突撃!!」


 破壊された門から、抜刀したハワーズの部隊の兵達が砦内に続々と突入していき、それに続くようにカーティスの本隊も砦内に侵入する。


 右舷ではまだティムの部隊が、塁壁上の魔物との攻防を続けているが、これにより戦闘は砦内に移行していった。


***


「……あざやかなもんだな」


 左舷の魔物の掃討が終わり、グレアムの部隊と共にカーティスの本隊に合流したところで、フィルは感心するように呟いた。


「この前の砦攻めとは大違いだな!」

「ああ。これが正攻法か」


 横にいるゴーシェも、複数の攻城兵器を用いた本格的な砦攻めに興奮しているようだった。

 生き物のように形や動きを変える隊列といい、それに的確に指示を出すカーティスの手腕に、フィルもゴーシェも純粋に感動を覚えた。


「グレアム、砦に突入したらどうする?」


 カーティスの隊と歩調を合わせて前進するグレアム傭兵団の先頭、そこにいるグレアムにフィルが声を投げる。


「先行しろとは言われてない。それにちっと、さっきので疲れたな」

「おいおい、スタミナ切れか? オッサン」

「ぬかせ!! 他の隊の連中にも花を持たせてやろうと思ってるだけだ!!」


 軽口をたたき合うグレアムとゴーシェだったが、先ほどの巨体の魔物との戦闘で、三人共に消耗している。グレアムの部隊にも少なからず被害が出ているのは事実だ。


 そんなことを言いあっている時に、カーティスの本隊から伝令の馬が走ってきた。


「グレアム殿。砦内への突入はハワーズ隊長の部隊が先陣を切り、カーティス大隊長の部隊がそれを追います。大隊長からの伝言で、グレアム殿の部隊はその後ろを追ってくれ、とのことです」


 伝令が伝えてきたのは、グレアムの部隊は砦内への突入の最後尾に付け、ということだった。


「なんだあ? 休んでていいってことか?」


 伝令の予想外の言葉にグレアムが頓狂な声を出す。

 口では疲れたと言いながらも、一番乗りで攻め込んでいきそうな男であるがため、暗に「下がれ」と言われたことに不満気のようにも見えた。


「グレアム殿の部隊には、巨体の魔物を片付けていただいたので、後は任せてくれとのことです」

「なるほどな、手柄をこっちにも回せってことか」


 戦の真っ最中だというのに、緊張感のないグレアム。


「確かに、さっきの戦闘でもウチにも結構な数の死傷者が出ています。お任せしてよいならば願ってもないです」


 言葉足らずのグレアムをフォローするのは、副団長のクレメントだ。


「そうだな、掃除係に回るか」

「さっきみたいな奴がもういないといいんですが……」

「あんな魔物が何匹もいてたまるかよ。砦側の抵抗を見るからに、残りの魔物もそう数はいないだろ」


 不安要素を口にするクレメントだったが、グレアムは相変わらずのん気に言ってのける。

 また同じような敵が出たら、その時はその時で自分がまた出張ればいい、とでも思っているのだろう。


 しかし、グレアムが言うように、壁際でのルーサーの部隊に対する魔物の抵抗を見る限り、確かに砦内の戦力はさほどないように思えた。


「もう砦の門も破れるな」


 見ると、前線では何度も打ちつけた破城槌により、砦の門を破るのは時間の問題、という様相だった。左舷でも、ルーサーの部隊が続々と砦内に突入している。


「お、突入するぞ」


 ついに砦の門を破ったのか、前方ではハワーズの部隊がときの声を上げながら砦内部に突入していくのが見え、ゴーシェが声を上げる。


「あんま油断してるなよ。すぐに仕事が回ってくるかも知れないぞ」

「分かってるって、でも前に出ないんだからもう終わりみたいなもんじゃないか?」

「かもな」


 フィルとゴーシェも、グレアムと変わらずのん気な会話をしている。

 突入をかけるハワーズの部隊に続き、カーティスの本隊も突入をしているようだった。


「さて、俺達もそろそろだ」

「もう一仕事しますか!」


 本隊の突入が完了するのに続くように、グレアムが先頭に立ち、傭兵団も突入していく。


「行くぞ野郎共!! って、おい。こりゃあ……」


 気合を入れて突入したグレアムが門をくぐり砦内の光景を見たところで、気落ちしたような声を出す。

 それに少し遅れるようにして、同じく砦内に突入するフィルやゴーシェを含むライル隊。


「あーあーあー……」

「もうほとんど片付いてるな」


 砦の門を入ったところは、少し開けた広場になっていた。

 その広場の中央という場所に、カーティスを中心とした本隊が陣取っており、砦奥の真正面に存在する居館に向かって、ハワーズの隊が怒涛の勢いで攻め込んでいるのが見えた。


 拍子抜けしたようなグレアムが、カーティスが布陣しているところに向かう。


「大隊長殿、こりゃあ……」

「グレアム殿か、すまないハワーズの隊がかなり気合入っていてね。うちの本隊を分けて追っているが、かなりの勢いで進んでいる」


 広場の真正面に伸びる道には、数え切れないほどの魔物の死骸が転がっており、恐らく遠目に坂を駆け上るハワーズの隊によるものだろう。


「砦内にもさほど魔物は残っていなかった。後は、さっきの新種の魔物のような敵がいなければ、という所だが今の所そんな報告も来ていない」


 真正面を破竹の勢いで攻め進めているのはハワーズの隊だが、カーティスは隊を三つに分けて、ハワーズの隊を追う部隊と、左右に分かれて砦内をしらみつぶしに攻める部隊に分けたという。

 左舷側は、すでに壁を乗り越えて攻め込んでいるルーサーの部隊もいるし、右舷側も今まさに後方から雄叫びがあがり、ティムの部隊が突入してきたのが分かった。


「もうほとんど仕事も残っていないと思う。ここから私の部隊がゆっくりと前線を上げていくが、それと一緒に行動してもらえるだろうか?」

「承知した、大隊長殿」


 多方向から攻めかかる各部隊の動きにより、砦内は真綿で首を絞めるようにじわじわと、そして迅速に魔物の駆逐が始められていた。

 カーティスが言う通り、他の部隊に任せておけば、最早仕事もないだろう。


 真正面の遠目に見えるハワーズの隊が、砦中央の居館に突入していくのが見え、フィルは戦の終わりの気配を感じる。


***


 砦中央の居館から、勝利の雄叫びとも言える勝ちどきが聞こえてきたのは、フィル達が砦に突入してから、そう間もない時だった。


 カーティスの言葉にすっかりやる気をなくしたグレアムは、部隊を進めることもせず、カーティスに付き従うように動いていた。グレアムと行動を共にするフィルが属するライル隊も同様のことだ。


 結果的に砦内には、砦の外でフィルやグレアムが対峙したような巨体の魔物は存在せず、ハワーズの部隊を中心とした残りの兵達の動きで、砦内の魔物の掃討もそう時間がかかるものではなかった。


「諸君、まずは此度の戦勝を喜ぼう。よくやってくれた」


 カーティスは攻め落とした砦の居館に、簡易的な執務用の部屋を作り、各隊長や傭兵団の団長を集めて、ねぎらいの言葉を口にした。


 砦から魔物を掃討して勝利を祝う時間もほどほどに、各隊の人間は砦の復旧や魔物の死骸の片付けにほぼ全ての隊員であたり、日が沈む頃には砦の壁上に見張りが立てられるなどして、急ごしらえであるものの再整備が整っていた。


「砦が無事奪還できたところだが、これは今回の作戦のほんの一部分だ。今後の戦が肝要かんようだ」


 カーティスに集められた面々は誰も言葉を上げないものの、カーティスの言葉に頷く。

 そんな中、一番最初に声を上げたのはハワーズだった。


「カーティス様、此度の戦いでは私を突入の先陣に出していただき、ありがとうございます。傭兵団の各々方におかれても、我が隊の補助をしていただき感謝の言葉もない」

「ハワーズ、貴様もよくやった。私は砦が奪われたことは気にはしていない。取られたものは取り返せば良い。次も頼むぞ」


 再度労いの言葉をかけるカーティスに、ハワーズは言葉も無く一礼をした。


「しかし、ここにきて問題も出てきた。昼間の戦いのあの巨大な魔物だが……未だかつてあのような魔物を見たことはない」


 カーティスは、懐から取り出した魔晶石を取り出し、隊長達が囲むテーブルの上にそれを置いた。テーブルの上に転がる、拳より一回り小さいかと思えるくらいの大きさの魔晶石。


「一体何だったのでしょうか、あの魔物は。ここにきて新種の魔物というのも……グレアム殿の加勢がなければ、私の隊も打ち崩されていたかも知れません」


 戦場でその巨大の魔物を目の当たりにしたルーサーがそう言う。

 砦に投石器カタパルトで攻めかかった際、攻城兵器を攻撃の優先目標とするように魔物達はルーサーやティムの隊に攻めかかってきた。

 ルーサーが言うように、イレギュラーとなる巨体の魔物を初めとした一群に対して、グレアムの隊が横から止めにかからなければ、隊列が崩されるどころか、砦の奪還もできなかったかも知れない。


「あの魔物が何者かであるかは置いておくにしろ、今後のベルム城への戦闘でも、同様のやつが出てこないとも限らない。いやむしろ、同じやつ――それも複数が出てくることも考慮に入れねばならないだろう」


 カーティスは苦い顔をしてそんなようなことを言った。

 今回の戦いでは辛うじて打ち倒すことが適った、というような状況だった。この先同じ魔物が現れるとして、それと対峙できる兵がどの程度いるだろうか。


「直接関係はないんだが、そのことでこっちからも話をいいか? アランソン、説明してくれ」


 グレアムが声をあげ、これまで作戦会議の場には出てこなかったアランソンがグレアムの紹介を受けて、話し始める。


「グレアム傭兵団のリコンドールの支部長を任されています、アランソンと言います」


 ゆっくりとした口調で自己紹介をし、話を続けるアランソン。


「今回の戦いで見た魔物。その正体は検討もつきませんが、最近新種の魔物と思われる別の魔物を発見した可能性があります」


 フィルはアランソンが切り出す話を聞いて、「そのことか」とピンときた。


「こちらのフィルさんから受けた報告ですが、南の地で狼の姿をした魔物が現れたということです。大きさも、オーガを凌ぐほどの大きさということです」

「狼の魔物だと? そんな話は聞いていないが」

「申し訳ありません。今回の戦の直前に受けた報告でして、事実確認もできていなかったため、ご報告が間に合いませんでした」


 カーティスの質問に対して、謝罪を口にするアランソン。


「今回の戦では直接関連もしませんが、また別の新種の魔物が出たため、ご参考までに報告させていただいた次第です」

「それは良いが、別の新種の魔物か……ここの所で二種の新種の魔物が発見されたということだ。これからの戦いで、今回我々が対峙した魔物とは別の敵がいるやも知れないことを心せねばなるまい」


 そう言うとカーティスは、卓上に周辺のものと思える地図を広げ、言葉を続ける。


「我々は引き続き、クロスリー砦を目標に進軍を続ける。ここを落とせばベルム城は目前も同然だ。今回出た魔物のように、新たな脅威も出るだろう。しかし、存在するかも分からない脅威ばかりを意識してはいられない。慎重に進軍はするが、基本的には今回と同じような布陣で攻略を進めるぞ」


 カーティスの言葉に面々は再度頷いた。

 皆、思うところがあるようでそれぞれに何とも言えない表情をしていたが、その晩はそれで解散という運びとなった。


 決定した事項といえば、次点の目標であるクロスリー砦に対して、三日後に全軍で出陣することくらいだ。

 このリオネル砦への侵攻で、ハワーズとエイブラムの隊が先行したものの、出鼻をくじかれる結果となった。同じてつを踏まないように、ということだろう。


「しかし三日後とは、随分ゆっくりとした進軍だな」


 砦内には、ハワーズの部隊が駐屯していた時にすでに存在していた家屋が建ち並んでおり、魔物の掃討の後、それらは簡易的に修復されていた。

 各隊や傭兵団に割り当てられた宿舎に向かってフィル、グレアム、アランソンの三人で歩く中、グレアムがぼやくようにそう言う。


「団長、話をちゃんと聞いてましたか? 一言に進軍といっても、補給なども必要になります。ヨツーム砦との間の防衛線を作るのを優先する、と大隊長が説明していましたよ」

「流石にそこまで馬鹿じゃないから、ちゃんと聞いてたわ! それにしても、補給は他の隊に任しちまって、本隊は進んでもいいんじゃないかってことだよ!」


 相変わらず子供扱いするようなアランソンに、グレアムが噛み付く。

 ヨツーム砦とリオネル砦の間の道は、さらに前方にあるクロスリー砦からの魔物の襲撃が十分に予想できるため、今回の戦いで部隊が痛んだエイブラムの傭兵団が、砦間の魔物の掃討や商隊の警護にあたることとなった。


 その他の各隊長の部隊や、グレアムの傭兵団、それに攻城兵器などの運搬を一手に引き受けているクラークの傭兵団は、クロスリー砦への侵攻に向けての準備を三日内に進めていく。


 宿舎に向かうまでの道、戦が終わったばかりでもう深夜と言えるような時間帯にも関わらず、国軍の兵やどこかの傭兵団の団員が忙しそうに走りまわっている。

 先ほどカーティスが言った通り、ベルム城への侵攻は始まったばかりだった。


 グレアムとアランソンは別の宿舎を割り当てられたということだったので、フィルは二人と別れると、また明日以降の戦いに備えるため、その夜は大人しく休むことにした。

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