第二章 現出する猛威
砦に駆け込んできた伝令の言葉を聞いて、砦内は騒然となった。
ハワーズの部隊とエイブラムの傭兵団が敗れた。ハワーズの部隊だけで千の兵、それにエイブラムの傭兵団の五百の兵を合わせ、砦に攻め込むには十分量だと誰もが思っていたためだ。
「ハワーズ隊長の部隊は、現在砦付近に張った陣に戻っているということです。ハワーズ隊長およびエイブラム殿は無事なようですが、正面から敵と構えたものの敵の猛攻が凌げず、死傷者も少なくない数が出ています」
ベルム城攻略までの作戦の指揮を取る大隊長であるカーティスを中心とした面々が、再びヨツーム砦の居館に会していた。
「我々が砦を立とうとした段階でこの凶報か。しかし、にわかに信じがたいな」
大した規模でもない砦に対して、千五百の兵が敗走。敵側の戦力が未知数であるため、不気味な状況である。
「カーティス様、我々もすぐに発ちましょう」
「そうだな。しかし、リオネル砦への道は狭いし、ハワーズの隊の状況も気になる。グレアム殿、先行して急ぎ合流してもらえないだろうか」
「俺のところか? まあ構わないが」
手傷を負ったハワーズの隊に早く合流するよう、カーティスがグレアムに指示を出す。そこに横から入ってくるのは千人隊長のルーサーだ。
「カーティス様、私の部隊が先行します」
「ルーサー、我々の隊は数も多く動きづらい。精鋭を選抜して動いてもいいが、力のある傭兵団に出張って貰った方が動きも速い。クラーク殿には攻城兵器の運搬を頼んでいることもあるし、ここはグレアム殿の傭兵団に急ぎ出てもらった方がいい」
「そうですが……」
ルーサーが気にしているのは国軍側の落ち度としての問題だろう。しかし、カーティスの言い分は最もであるため、ルーサーからはそれ以上の言葉はでなかった。
「ではグレアム殿、すまないがすぐに出陣してくれ」
「おう、すぐに団員をまとめて出るぜ」
後続の隊列を決める必要があり面々は部屋に残るということだったが、話し合いは一区切りとなり、グレアムとフィルは砦の居館を後にした。
「すぐに出るぞ。お前のとこも準備はいいな?」
「ああ、ライルの方で隊をまとめてもらっているところだ。このまま出陣できるだろう」
出陣の準備のため、傭兵団はすでに準備を終えて砦の門で待機している。
フィルは先日の時点で、ライルの隊に編入することになっており、前の仕事の時に世話になった面々や、新たにライルの隊に入った兵達への面通しが終わっている。
紹介された時に少し驚いたが、ライルの隊は前回の砦攻めの功績から、新たに百人近い傭兵が追加されていた。今やライルも百人隊長ということである。
「しかし、全くどうなってるんだ。ハワーズもエイブラムも、みずみず敗走なんて信じられん」
どちらも武勇を鳴らしている男達だ。やすやすと敗れることはないだろう。
今回のベルム城攻めの作戦は、国軍が三千の兵力、各傭兵団で五百ずつと、合わせて五千近い兵力の投入だった。
城攻めの兵力としては数はさほど多くはないが、強力な魔物に対抗するため、魔剣持ちの粒揃いの兵のみを集めた結果だ。その内、千五百の兵力を持ってして出鼻をくじかれるとは、誰もが想定しなかった事態であった。
「とにかく行ってみれば分かるだろう。向こうの状況も心配だ、急ごう」
「ああ」
砦の門の前で待つ傭兵団の部隊に向かって二人は歩いていく。
自分達の所にグレアムとフィルが向かってくるのを見て、傭兵団の人間から声がかかる。
「団長、出陣ですか?」
「ああ急ぎ出るぞ、準備はいいな?」
「万事整っています!」
「よし出るぞ! テメエ等、出陣だ!」
周囲の団員たちから、「おお!」と声がかかる。
フィルもゴーシェ達が待つライルの隊に合流する。
「フィルさん、状況はどうでしたか?」
前回会った時と比べ、すっかりと隊長然となったライルから声がかかる。
フィルにも親近感を持っているのだろう。呼称も「フィル殿」から「フィルさん」にいつの間にか変わっている。
「あまり良くないようだが、情報がない。急いで向こうにいって現地で確認するぞ」
「分かりました!」
フィル、ゴーシェ、トニの三人はライルの隊に編入する形となっているが、ライルの方は前回の仕事の時と接し方が変わるものではなく、どっちが上かよく分からない喋り方だ。
「ほら隊長殿、指示を出せよ」
「そ、そうですね! ライル隊、準備はいいな! 出るぞ!」
フィルにせっつかれてライルが自分の隊に指示を出す。この前まで少人数の隊だったからか、大人数の指揮はまだ不慣れに見える。
そうしてグレアムを先頭とした傭兵団はリオネル砦へと向けて陣を発った。
ハワーズの隊が敗走したことは傭兵団内でも知る所となり、リオネル砦への移動の二日の行程の中、面々はわずかな不安を抱えながら移動することとなった。
***
周りを木々に囲まれた細い道を進んでいくグレアム傭兵団であったが、道中で何度も魔物の襲撃を受けた。
さすがに精鋭を集めたというだけあって、皆慌てることなく魔物を切り倒していくが、魔物の方も手強い固体が多いように思えた。
「くそ、どうなってやがる。今まで相手にしてきた奴等とは一味違うぞ。この前の砦の魔物を相手にしているみたいだ」
行軍中、そうぼやくのはライル隊の一員であるルードだ。
前の砦攻めでフィルと共に戦った中々に腕の立つ男だったが、休む暇を与えないように襲い掛かってくる魔物に辟易としていた。
「リオネル砦が落とされたこともそうだが、ここらの魔物に変化があるように思えるな」
横を歩くロニキスがルードの言葉に同調するように言う。この男も前回フィルと共に戦った男だ。
「おい、また来るぞ!」
警告するように叫ぶのはゴーシェ。
グレアムの小隊の後ろを追うライル隊の横っ腹を突くように、数十体程のゴブリンが茂みから襲い掛かってきた。
増員して隊の規模が大きくなったとは言え、追加で入ってきた傭兵達はさほど腕が立つわけではないようで、元々のライル隊のメンバー達がサポートに回っている。
ゴブリンの殴りつけるような剣撃を剣で受けとめた傭兵の脇からクレールが切り抜け、複数人で一体を囲むがこう着状態となってしまっている傭兵の後ろからライルが駆けつけて敵に切りかかる。
(やはり、ライル達は傭兵団の中でも腕が立つ部類だったんだな)
敵からの襲撃をいなしながらも、変な所に納得したようなフィルだった。
ゴーシェとトニは弓でサポートすることに徹しているようで、危なげに敵を相手する所を重点的に、かつ攻撃の邪魔にならないように矢を射っている。
「こう引っ切り無しに襲われるとたまらないな」
敵を片付け、両手持ちの剣に付いた血を払いながらクレールがそう言う。
ライル隊の面々も声には出さないが、クレールの言葉に賛同しているような顔をしている。
「魔物も片付いたし、行くぞ皆! 団長に置いてかれるな!」
何とも言えない顔をしている隊員達にライルが声をかける。
手強い敵、そして現在向かっているハワーズの隊の状況が分からない、一抹の不満を感じているのは皆一緒であるが、ライルは隊長としての仕事をやり遂げようとしているようだ。
そうして魔物に襲われながらの行軍を続け、一晩の野営を取った後、翌晩にはハワーズの隊の陣へとたどり着いた。
***
森の中の少し開けた場所にはられた陣の中。フィルはグレアムに連れられ、ハワーズがいる天幕に向かっていた。
陣中には怪我人がちらほらいるようで、敗走の跡が伺える。
周囲のものに比べて、少し大きい天幕に二人が入っていく。
「グレアム殿、来てくれたか」
「隊長殿、遅くなってすまん。状況はどうだ」
はだけた上半身に包帯をまいた姿のハワーズが、グレアムとフィルに声をかけてくる。
「見ての通りだ。面目ないが、砦の魔物に押し込まれてしまった。隊列を立て直そうとしたが、一部が完全に崩れてしまったので撤退を選んだ」
「退き口でハワーズ隊長が
苦々しい顔をしながら話すハワーズの説明を補足するように、エイブラムが続けて話す。
「なに、大した怪我ではない。それにこのままではカーティス様に面目が立たないからな……」
「隊長殿に怪我を負わせるなんて、どんな魔物だ?」
「オーガだと思う。但し、大きさがオーガなんてもんじゃないし、見た目も全然違った。もしかしたら新種の魔物かも知れない……。奴は、砦の門を
敵の様子を説明するエイブラム。
しかし、グレアムとフィルの二人はエイブラムが何を言っているのかが分からなかった。
「何だそれは?」
「分からない……。あんな巨大な魔物は初めてみた。腰の位置ですら俺より高いんだぜ」
「おいおい、そんなのアリかよ」
話したことでその時の光景が蘇ってくるのか、エイブラムは話し終わる時には頭を抱えてしまっていた。
ハワーズも何も言葉が出てこないように黙ったままだったが、意を決したように話し出す。
「私がもう一度出る。次こそは奴の頭をカチ割り、カーティス様に
「ちょ、ちょっと待てって隊長殿、焦っちゃいかんぜ。今本隊がこちらに向かってる。それを待った方がいいだろう」
「待ってなどいられるか! 砦を奪われた上に今回の敗走だぞ! これで動かずにいられる――」
落ち着いた様子だったハワーズが激昂し
「――て、敵襲です!!」
敵の夜襲の報せを叫ぶ兵に皆の視線が集まる。
「どこだ!」
「リオネル砦方面からです! 第三部隊が攻撃を受けています!」
「着いて間もないのに襲撃か……。おいフィル、行くぞ!」
天幕の入口の槍置きに置いていた自身の得物を引っ掴み、グレアムが飛び出していく。フィルもすぐさまそれを追う。
陣内を砦方面に向かって走っていく二人だったが、傭兵団の待機場所から同じように飛び出してきたのであろうライル達が前を走るのが見えた。
「ライル! 敵はどこだ!」
「こちらです! 先導します!」
ライルと隊員達が走る先に向けて、フィル達も追走する。
グレアムが敵襲の報せに反応したのは、先ほどの話を受けてだ。ただの襲撃であれば兵達に対応させればいいだろうが、武勇を誇るハワーズをも破る敵に襲い掛かられたとあっては、そこらの兵ではどうにもならないだろう。
「敵はどこだ!」
陣の端までたどり着いたところで、前方のライルが叫んでいる。
フィル達も追いつくが、周囲には何十人ものの兵が血を流して倒れているのにも関わらず、魔物の姿は全く見えない。同じように集まってきた兵達も、困惑しながら敵の姿を探しているところだった。
「分かりません! 敵影も見えません!」
「敵がいないだと……? どういうことだ」
ライルも抜き放った剣のやり場に困っているように見える。
「おい、大丈夫か! 一体、どうなってる?」
血に伏せる兵達の中、まだ息のある兵を見つけたのか、ルードがその兵の上体を起こして状況を聞こうとしている。
「わ、分かりません……。隊が魔物に襲われましたが、我々を蹂躙した後すぐに奴ら
「魔物が、撤退だと……?」
矢を受け、剣で切り裂かれ、血を吐きながらでも人間に襲い掛かり続けるのが魔物である。
ルードも腕で抱えていた兵を降ろし、困惑したような表情だ。
「くそっ!! 一体どうなってやがる!!」
グレアムが
その後も陣内から騒ぎを聞きつけて兵が駆けつけてくるものの、肝心の魔物の姿は見つからず、再度襲撃されることもなかった。
騒ぎが収まってくるころに、グレアムはライルに警戒を強めて警備にあたるように指示を出し、ハワーズの天幕の方に戻ることにした。
戻ると待機したままだったハワーズとエイブラムに状況を伝える。
「撤退しただと?」
「ああ、鮮やかなもんだ。俺達が駆けつけた時には姿も見えなかった」
「魔物がそんな統率が取れた行動を……。見ないこともないが、ちょっと妙だな」
グレアムの説明に、ハワーズとエイブラムも困惑した様子である。しかし、その表情の中にも合点がきたような色もある。
「確かに、我々が撤退した時も深追いをしてこなかった」
「隊長殿、やっぱりここは本隊が到着するのを待とう。敵の動きが普通じゃない、下手に動くのは危険だ」
フィルがそう言うのに、流石のハワーズも先ほどの怒りが霧散してしまったようで、素直に頷く。
面々は腑に落ちないのを拭えなかったが、その晩は陣の守備や警戒を強めるに留め、大人しく本隊が到着するのを待つこととなった。
グレアムの傭兵団が到着し夜襲を受けた後、恐らく行軍を急いだのだろう各隊が次々と合流してきた。その晩のうちに、一番後ろを進んでいたカーティスの本隊までが合流を完了し、夜明けの頃に再度集まるよう指示がきた。
そして夜が開け、陣中のカーティスの本隊が布陣している場所、その中の最も大きな天幕に各隊長や傭兵団の団長の面々が集まった。
砦攻めで撤退したことや、夜襲に関しての報告をするが、カーティスを初めとした後発で着陣したメンバーは、昨晩のフィル達と同じように困惑するような反応を返す。
「話は分かった。これまでとは全く違う敵と考えた方がいいだろう。ハワーズ、貴様に責はない。まずは無事で良かった。武功はこれから取り返せばいい」
「カーティス様……。申し訳ございません」
自身の不手際を責められるところが、カーティスにフォローされるような言葉をかけられたハワーズは神妙な表情となる。
「気にするな、重要なのはこれからどう戦うかだ。すぐにでも準備して総力で攻めるぞ」
その場の全員が黙って頷く。
***
まだ空が濃い青の色である時分から、戦の準備が始められた。
カーティスが砦に攻め入ることを即断し、各隊長と団長からの準備の指示が出てからは早かった。自らの装備を整えるもの、運搬の準備をするもの、各員が無駄のない動きで、早朝の出撃に向けて準備を行う。
本陣とした、森の中のその開けた場所、岩が積み重なり少し高台のようになっている所にカーティスは登り、その場の全ての兵達に聞こえるように声を張り上げた。
「聞け、兵達よ! 敵は強大だ! 最初の攻めを防がれ残念ながら敗走とはなったが、敵の中には未知の巨大な魔物もいる! これより! 我々は総力にて砦への攻撃を開始する! ここはまだ最初の砦だが、ただの砦だと舐めてかかるな! ――出撃だ!!」
カーティスを見上げる傭兵達は「応」と揃った声で返す。
そうして本陣からの移動が開始され、砦から少し距離を取った所に布陣する。
クラークの傭兵団が、ヨツーム砦から運搬してきた攻城兵器を運びいれ、その場にて組み立て始める。遠距離から石を飛ばして砦を削る
たかが砦に対してやり過ぎのようにも思えるが、先日の敗走を考慮に入れ、安全を期しての動きとなる。
フィルはライル達の隊に混ざり、グレアムの隊の横に位置づけていた。
事前の作戦会議では、遠距離から投石器にて左方と右方から砦を攻撃。敵が打って出てくるのであればカーティス配下のルーサーおよびティムの隊により迎撃。出てこないのであれば全隊で前進したのち、
クラークの傭兵団は今回運搬を担当していたが、もともと国軍から仕事を受けることが多いらしく、これらの攻城兵器の運用を一手に引き受けていた。
攻城塔で砦の壁に取り付くのも、ルーサーとティムの隊と行動を共にするクラークの隊で行われる。
フィル達が組み込まれているグレアムの傭兵団は、先日現れた巨大な魔物に対する遊撃隊として待機するということであり、ハワーズとエイブラムの隊は敗走による被害も少なくないため、カーティスの本隊付きとなっていた。
「そろそろか?」
ゴーシェがフィルに声をかけたのは、クラークの隊の布陣と準備が完了したように見えたからだ。
砦の前正面の半周を囲むように、左右に二基ずつの大型の投石器が配置された。
その前にそれぞれルーサーとティムの隊が攻城用の兵器を守るように布陣しており、後ろにはクラークの傭兵団が部隊を二つに分け、それぞれで攻城塔の用意をしている。
真ん中には主力となるカーティス、ハワーズ、エイブラムの隊が布陣し、その脇にグレアムの隊が控えている。
「敵は出てきませんね」
「そうだな、
声をかけてくるライルにフィルが返す。
陣形を組む兵達は戦闘前の静けさの中にいる。カーティスが攻撃命令を左方と右方に伝えるために伝令を出し、そのまま戦闘の火蓋が切られた。
大きめの規格の四基の投石器が一斉に石を射出する。
この投石器は弾性を用いて石を射出するものであり、麦袋よりはるかに重量のある
壁に向けて飛ばされた石塊は砦の
次々と石塊が塁壁に着弾し、徐々に壁を崩し、更に壁上にいる魔物を吹き飛ばしている。
「――出てきたぞ!」
砦の門が開き、武装したゴブリンやオーガの集団が門からわらわらと出てきた。
魔物達は二つに分かれ、かつ正面のカーティスの隊には向かってこず、左右両方の投石器が置かれた方に向かっているようだ。
「やはり、統率が取れてるな」
魔物達の動きを、グレアムが評する。
攻撃目標を決めているように動いているところを見ると、そういった指揮系統が向こうに存在するということだろう、と。
動きのない中央からフィルが見ると、二分した魔物の群れはその数にばらつきがあり、左方のルーサー隊に向かう魔物の数が若干多いか、というところだった。
両舷で魔物を待ち構えるルーサーとティムの部隊は、砦から出てきた魔物達が弓の射程に入るタイミングで矢の雨を降らせる。
約五百ずつといった規模の弓隊からの一斉射撃を受けて、何体かの魔物が倒れるのが見えるが、さほど数も減っていないようだ。
弓隊の射撃を継続した状態で、目の前に迫る魔物の一群に対して防御体勢に移行する。大盾と長槍を持った兵達が弓隊の前に進み、盾で壁を作るように防衛線を築く。
「――来たぞ!」
グレアムが団員達に届きわたるほどの大きな声で叫んだ。
盾の壁と魔物の一群が交錯するその瞬間といったタイミングで、新たな魔物達が門から出てくるのが見えたのだ。
門から新たに出てくる武装したゴブリンとオーガのその奥から、冗談のような大きさの魔物が出てくる。
「なんだアレは、オーガ……じゃないように見えるが」
フィルがその姿を見て呻く。
他のオーガと大きさが明らかに異なるのは誰もが分かるが、顔や肉のつき方までがオーガとは全く異なるように見える。
巨体を持つオーガだが、下顎から犬歯のような牙をむき出したその表情と暗い色の肌を除けば、全体観としては人間とそう変わるものではない。
しかし、門をくぐって現れた魔物は、その体を支えることが困難に思える程に、オーガ以上に上半身が膨れ上がっている。
更にその腕の長さが異常だ。実際、上半身のバランスが二足歩行に適していないのか、長い腕で自重を支えるように半ば四足歩行とも思えるような動きをしている。
「サイズが……おかしいな」
フィルの問いに間を置いて答えたゴーシェだったが、こちらも唖然としている。
「フィル、ゴーシェ! ぼさっとしてんなよ! 俺達の相手がアレだってんならやるしかないだろ!」
手に持った長槍の石突きで地面をドンと打ち、グレアムが吼える。
新たに門から出てきた魔物達は、左方に構えるルーサーの隊の方に向かっているように見える。奴等を止めることがグレアムの部隊に与えられた仕事であった。
「大隊長殿、前に出るぜ!」
グレアムはカーティスの方に向けてそうも叫ぶと、新たに投入された魔物の一群の方に駆け出していく。
ライル隊を初めとした、他の団員達もグレアムに引っ張られるようにして、それぞれの得物を引き抜き走り出す。
「全隊で当たるぞ! デカブツは俺の方で相手をするから、ライル隊と弓隊は一緒に来い! 他は各個で周りの敵に当たれ!」
「了解!!」
方々から傭兵達が、グレアムに声を返す。
グレアムの隊は一丸となって、左方を目指す魔物の群れに全速で向かっていく。
途中、グレアムの隊が向かってくることに気付いた魔物が向き先を変え、迎え撃つように体勢を整え直した。
魔物の一群の後ろをついていく、
先頭を走るグレアムと魔物の一部が交錯する。
グレアムは手に持った柄の太い長槍を大きく振るって、数体の魔物をまとめてなぎ払う。
グレアムの長槍はその柄の太さも規格外であるが、その両刃の
(あのオッサンも十分化け物だな……)
普通の傭兵じゃ持つだけでも大変というような重さだろう。
そんな槍を平然と振り回しているわけだから、グレアムの膂力も規格外であることが分かるが、近くで戦っていたら魔物と一緒にこっちまで吹っ飛ばされそうな勢いだ。
グレアムが猛進するのに一呼吸遅れて、フィル達を含めたライル隊も魔物と交錯する。グレアムがこちらの状態などお構いなしに、目の前の魔物を吹き飛ばしながら進み続けるため、フィルもそれに追走するように魔物を切り抜けていく。
右方から襲い掛かるゴブリンを掬い上げるように振る剣撃で沈め、間髪入れずに左方から振り下ろされるオーガの大刀を盾で受け流しながら腹部を切りつける。自身に群がる魔物を斬りつけ攻撃をいなし、一体一体にはマトモに相手することはなく、すり抜けていく。
「おい、グレアム! 前に出すぎだ!」
フィルは距離を離されることなくついていくが、追走している傭兵達は魔物の群れの中を抜けていくことができず、後方では乱戦状態となっている。
「馬鹿言うな! アイツを止めないと終わりだろうが!」
グレアムはただひたすら、魔物の群れの奥に控える巨体の魔物に向かって一直線に進んでいる。
自分の仕事だからというだけでもないようで、左方のルーサーの隊に突っ込まれたら崩されるだろう、という判断だろう。
戦場の左方右方では先ほど部隊と魔物達とがぶつかり合った後、それぞれで交戦状態が続いている。
「くそっ! ゴーシェ、トニ! あとライル達も! 俺が前を切り開くから付いて来い!」
「分かりました!」
「了解……! しかしこれは中々きついな、前のオッサン止めた方がいいんじゃねぇの!?」
両手の剣を振るって、フィル同様に無理なく抜けてきているはずのゴーシェからも苦しげな言葉が返ってくる。
「フィル! すまん、無理だ! 全然無理だ!」
かなり後方にいるルードから声がかかるが、ルードや他の隊員達は既に魔物に捕まってしまっているようだった。
かろうじて着いて来れそうなのは、ゴーシェ、トニ、ライル、クレール、ロニキスという面々だ。この人数とグレアムだけで、あの巨体を相手取れるかは何とも言えない。
「厳しいかも知れないが、抜けてきてくれ! 敵を食い止められるか分からない!」
「――了解! 期待しないで待っててくれ!」
フィルを先頭とした少人数の集団は、
遠くに見えていた巨体はもうすぐそこという所まで迫っており、単身で突っ込んでいったグレアムは、すでに巨体と対峙していた。
「うおおおおらあああああ!!」
フィルがようやく魔物の固まりの中から出た時、丁度グレアムが長槍で巨体に打ちかかるところだった。
前傾となっている巨体の魔物の頭部を狙うように、グレアムが長槍を振るう。巨体の魔物は手に持った丸太のような武器とも言えない形状のそれで受けることもなく、反対の腕でグレアムの長槍を受け止める。
その痛手からか、地響きのような唸り声を上げた。
打ち掛かったグレアムに対してお返しとばかりに丸太を横殴りに振るが、グレアムも長槍の柄で真正面からそれを受け止める。
――が。
「ぐおっ!」
予想していたより数段重いその打撃に、槍の柄で完全に受け切ったはずグレアムの体が浮く。辛うじて踏ん張ったのか、凌ぎきったもののグレアムが数歩下がる。
「グレアム、すまない遅れた!」
そう叫びながらもフィルは真っ直ぐに巨体の魔物の方に向かっていく。グレアムに向けて丸太を振った後の姿勢となっている相手の、その開いた脇の下を狙って走りこんだ勢いで斬りつける。
(――堅い)
剣を振りぬいたものの、その感触は浅いというよりは、膨れ上がった筋肉の弾力により流されたような感触だった。
巨体の魔物の後方に回ったところで、すぐさまに振り返るが、ちょうど魔物の肩口に矢が襲うのが見えた。ライルやゴーシェが魔物に対峙する後方からトニが放った矢だとすぐに分かったが、肩に矢を受けても微動だにしない。
「近くで見るとふざけたデカさだな、おい!」
ゴーシェが誰に向けたものか分からない悪態をつく。
魔物の後方に回ったフィルと、正面から対峙するグレアム、ライル、ゴーシェとその後方に控えるトニで魔物を囲んだ形となった。
しかし、先ほどと同じような空気が震えるような唸り声をあげる魔物の後姿からは、大した傷を与えられたようには見えない。
「クレール、ロニキス! 他の魔物をこちらに近づけないようにしろ!」
「了解!」
少し遅れてこちらに向かってくるのが見えた二人にフィルが指示を飛ばした。
目の前の巨体を相手することで手一杯なのは目に見えているため、向かってくる途中で相手をした魔物達がこちらの邪魔にならないようにと考えてのことだ。
「なまっちょろい剣振ってんじゃねえぞ、フィル!!」
グレアムから怒号が飛ぶ。
「分かって――んだよ!!」
自身に投げかけられたグレアムの叫びに返すように、敵の後方から足の腱あたりに狙いをつけて再度切りつけるが、今度は完全に弾かれた。
腰の回転の入った体重を乗せた剣撃のはずが、その岩のように堅い肌はヒビのような切れ目を入れることだけは許したが、その剣が肉を裂くことはなかった。
(なんだこれは――)
予想外に堅い相手に剣を打ちつけた際に生じた腕の痺れに、フィルはすぐさま後方に飛び下がる。
そんなフィルの姿を見て、魔物をはさんで反対側にいるゴーシェとライルが戦慄する。ついさっき悪態をついたばかりのグレアムですら、唖然としているようだ。
規格外と表現するのも馬鹿らしくなるような巨体を持つ魔物。その計り知れない自重を支える筋肉と堅い肌に守られた脚部はフィルの剣すらも凌ぐ、という事実が彼等を戦慄させる。
非現実的な光景を目の当たりにして、その場の誰もが攻撃の手を止めてしまった。
フィルの攻撃など気にならないというような様子で、その巨体の魔物は変わらず重い唸り声を上げながら、グレアムを威嚇している。
砦への攻撃が開始してから、まださほど時間も経っていないような時のことだった。
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