第二部
序章 路地裏
最初に分かったのは、自分が何も覚えていないということだった。
薄汚れた金色の髪に薄汚れた粗末な服を着た年端もいかない子供が薄暗い路地に立っている。
周りを見ても、裏路地にいるのは自分と同じような薄汚い子供か、異臭を漂わせる浮浪者ばかりだ。
彼は裏通りに差し込む光をたどり、訳もわからぬまま表に向かう。
町の表通りに出ると、すれ違う人の目線と話す言葉を感じるが、言葉も理解できるし、周りの人間がどういう視線を投げてくるのかも理解できた。
その意味は一つ、蔑みだ。
周囲の環境、自分の立ち位置、それぞれの意味は理解できたが、自分がどうすればいいのかは分からない。分からないので困惑するが、当然腹は減る。
彼はそうして町の表には出ることをやめ、酒場の裏などにあるごみ溜めから食べるものを得て、日々を過ごすことにした。
夜の酒場は毎晩毎晩やかましかった。
金を持った傭兵や、娼婦のような女達、酒と白粉の臭いでむせかえるようだった。
そうして日々を過ごし、少しでも多くの食べ物を探そうと、いつもとは違う裏路地を歩いていたところ、同じような子供達とでくわした。
彼が食べ物を探し漁ろうとしていた所は、彼らのテリトリーだったのだ。
縄張りを荒そうとした彼を集団は拒絶し、難癖をつけられた末に争いとなった。
子供達の集団はまるで野良猫の群れのように容赦なく彼に襲いかかるが、彼も必死の抵抗をする。
そうして争い続ける彼と集団は、こんなことをしていても腹が減るだけだと気付き、抵抗をやめない彼を、集団はついには受け入れることにした。
「お前、名前は何て言うんだ?」
集団のリーダーの子供が彼に問いかける。
「分かんない」
「自分の名前が分からないってことがあるかよ。どっから来たんだ? 親はいないのか?」
自分の名前が分からないと、不可解な答えを返す彼に対して、リーダーの子供は更に問う。
「それも分かんない」
「何も分かんないのかよ、何なんだお前は」
そうやって話をした子供達は次第に互いの境遇を理解しだし、認めるようになった。
裏路地の縄張りを共有することにし、彼はその集団の一員になった。
「しかし名前がないってのは不便だな。何か思い当たることはないのか?」
集団のリーダーはそう問い、彼は答える。
「分かんない。でも……トニ? そんなような名前だった気がする」
「そっか、じゃあお前は今日からトニだ!」
「分かった!」
そうして、彼は名前を得た。
家のない子供達は、ごみを漁ったり、表通りで盗みを働いたりして、裏路地を走りその日その日を必死に生きていた。
ある日、集団のリーダーの子供が盗みを働いた際、明らかにガラの悪いと分かる大人に捕まった。
傭兵崩れの賊をやっている男だった。
「お前ら俺から擦ろうとは、いい度胸してるな。ここで死ぬか、俺の所で働いて更正するか選ばせてやる」
男は、盗みを働いた子供の顔を原型が分からなくなるほどまで殴りつけ、集団の子供達を集めてそう言った。
男の言葉に拒否などできるはずもない子供達は、男が属する盗賊団に連れていかれた。
子供達はそこで選別された。
剣をもって働ける子供、賊の仕事を手伝える子供達は残され、そうでない子供は奴隷として売られた。
そうしてその子供――トニは賊となった。
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