終章 少年が剣を取った日
まだうっすらと寒い薄暗い早朝。
ずんぐりとした背の低い男が一人、『山人の鍛冶屋』と真新しい看板を掲げた店の前をほうきで掃いている。
一介の鍛冶屋であったその男――ヴォーリが魔剣と呼ばれる武器の光に魅せられて、魔剣を鍛える鍛冶屋として一人立ちをし、一念発起して自らの店を構えた時だった。
大枚を
「おい、小僧――そんな汚い
自慢の店の軒先に、泥だらけの服でガリガリに痩せた体の少年が力なく座っている。
ちらりと見るその少年の姿は見るに耐えないものだったが、その目はまるで魔力を帯びた結晶のようにギラギラと光っていた。
「――あんた、鍛冶屋なんだろう? 魔剣を打ってくれ」
「お前のような
長いこと続く魔物の侵攻に対して、人間は魔剣という新たな力を得た。しかし、その力を得ることなく
魔物から奪い返し、目下復興の真っ只中であるこの町。リコンドールは難民であふれ返っていた。気の毒なのは勿論だが、目の前の少年一人を構ったところで何にもならないだろう。
「何度も言わせるな。動かないって言うなら、叩き出すぞ」
静かにほうきで地面を掃くその動作をとめて、低いながらも鋭い声で少年を威圧する。
「――頼む。力が必要なんだ。何でもする、剣を打ってくれ」
「口の聞き方から教えてやらにゃならんか?」
ほうきを地面に置き、ゆっくりと少年の方に歩いていくが、目の前まで来てヴォーリが歩みを止める。ヴォーリは少年の目を見ていた。
ギラギラと光る目。その目の中には確かに怒りや憎悪が多分に篭められていたが、希望にあふれる少年兵のような一筋の光も光っていた。
「魔晶石もある。金も――今はないが、必ず払う。誓ってもだ」
ヴォーリはふむと頷き、思い直した。
「店に入れ。話くらいは聞いてやろう。飯も食え、店の前で死なれちゃ迷惑だ」
店に入って暖かい食事を与えると、少年は一心不乱にそれを口に詰め込む。
よほど腹が減っていたのだろう。町の路地裏などで食べ物を奪い合う難民のそれと何ら変わりないものだった。
「お前さん、どこから来たんだ?」
少年はある程度落ち着いたのか、犬のように口に食べ物を詰め込む動きを止めて答える。
「アルセイダからだ」
「アルセイダだと? 難民じゃないのか?」
「詳しいことは言えない。難民みたいなものだ」
確かに見ると難民のような
「事情があるってことだな、まあいい。気が変わった、剣を打ってやろう」
「本当か?」
「まあ店を開いたばかりで客もまだついてない。暇つぶしだ。魔晶石があると言ったな、出して見ろ」
そう言って少年が腰の皮袋から取り出した魔晶石を見て、ヴォーリは少し驚く。
「これは魔晶石か? こんな色のものもあるんだな」
「詳しくは俺にも分からないが、魔晶石なんだろう?」
少年から渡された、紫色に光る結晶を見て、その魔力の感触から間違いなく魔晶石であることが分かる。
「間違いないだろう。しかしこれは――まあいい」
詳しい説明は省き、少年にヴォーリが覚えたての魔力操作――
赤く熱を帯びた金属に魔力を馴染ませるように打ち込むヴォーリの姿を、少年は食い入るように見ている。
それから剣を打ち終わるまでかなりの時間がかかったが、少年はヴォーリの傍らから離れなかった。
「これがお前の剣だ」
研ぎを終え、仕上がった身幅の広い直剣を鞘に収め、ヴォーリと少年が向かい合わせになっているテーブルの上に置く。
ヴォーリの言葉に頷く少年だが、剣を取ろうとせずじっとしている。
「どうした、念願の魔剣じゃないのか?」
再度言葉をかけても少年は微動だにしない。
自らの剣を目にした後、その目をぎゅっと固く閉じて静止したままである。少し震えているようにも見える。
「……俺は傭兵になる」
目を閉じて動かないままの状態で、少年がポツリと声を出す。
「何のためにだ?」
少年の言葉に反射的に言葉を発してしまったが、ヴォーリも自分が何故そんなことを言ったのか分からなかった。難民だらけのこの町で、剣を振るう目的など傭兵として仕事を得るためでしかない。
「……生きるためだ。ただ生きるだけじゃない、自分の力で、自分のために、自分がしたいように、戦い抜いて生きるためだ。……俺にはそのための力がない。そのための力が欲しいから傭兵になる」
少年は一言一言、過去を
「その力を得てどうする?」
「分からない……。でももう後悔をしないように、自分がどうしたいか分かった時に、それを貫くために、力を得る」
ヴォーリには少年の背景が分からないため、何も言うことはできない。
しかし、少年は自らの意思を動かすように言葉を続ける。
「だからそのために俺は――」
意を決したように少年が目を開け立ち上がり、卓上の剣に手を伸ばす。
そのまま鞘から抜き放ち、剣を取る。
「――剣を、取る」
手に取った剣に見入り、少年は誓うようにそう言った。
それが、一人の傭兵が剣を取り本当の意味での戦いを始めた、最初の時だった。
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