第十章 傭兵は剣を取る

 フィル達三人は足早にリコンドールの町への道を進んでいた。


 仕事の依頼で向かった村での出来事――初めてみる狼型の魔物の出現という異常事態が発生したため、依頼されていた地域の調査は完了していないものの、傭兵団への報告を優先した。

 襲撃があった夜、敵を追い返した後も村の中に留まり、警戒を続けていたが再度の襲撃はなかった。

 村に出現した魔物が一体何者なのか調査する必要があるため、その晩は村に滞在することにしたのだが、夜闇の中移動するのは危険だという判断もある。


 狼の魔物の襲撃で、攻撃を受けたゴーシェの傷も心配だったが、幸いなことに背中の皮一枚を抉られた程度の傷だった。とは言え、敵の爪は金属製の鎧を引き裂いて体に届いていたため、回避行動があと一歩遅かったら重傷を負っていただろう。


「しかし一体なんだったんだあの魔物は。今まで見たことないし、ゴブリンとオーガ以外の魔物なんて話にも聞いてないぞ」


 ゴーシェが歩きながらそうぼやき、手の中で深い緑色・・の結晶を転がしている。

 魔晶石だ。


「異常事態には違いないだろう。そんな魔晶石も今までに見たことないしな」


 ゴーシェが持っている魔晶石は、襲撃してきた巨大な狼型の魔物から取り出したものだ。

 フィル達をも圧倒する力を持っていることから、普通の獣ではないことは予想していたが、その魔物のむくろからは案の定、魔晶石が出てきた。すなわち、魔物であるということだ。

 結晶の大きさはフィルとゴーシェの予想通りかなりのもので、砦の魔物を統率していたゴブリンの魔晶石と比べても少し大きいものだった。しかし二人が驚いたのはその大きさではなく、色だった。


「緑色の魔晶石ねえ。確かに聞いたこともないな」

「魔晶石の色が違うのって、そんなに変なことなの?」


 トニが二人の話に横から入ってくる。


「変だな。俺達二人も初めて見るものだ。トニ、お前やゴーシェの魔剣の魔晶石も赤黒い色をしているだろ?」

「うん」


 腰にぶら下げていた剣を引き抜き、そのつかについた装飾のような赤黒い色の結晶をまじまじと見る。対して、ゴーシェの手の中にある結晶は森の緑よりさらに深い、苔のむした水溜めのような淀んだ深緑色だ。


「確かに今まで見たことあるものとは全然違うね。でも、それ言ったらフィルさんの剣の魔晶石も変じゃない?」


 トニの言葉にフィルはぎくりとなる。

 フィルの剣には、一見ただの装飾のように見える紫色の魔晶石の一部分が露出している。


「俺のはいいんだよ。人から貰ったものだから、俺にもよく分からないし」

「それ前から気になってたんだよね。聞いてもフィルははぐらかすから、聞かないようにしてたけど」


 ここぞとばかりにゴーシェも詰め寄ってくる。

 フィルの剣の魔晶石が普通のものとは違うことは、フィル以外に鍛冶屋のヴォーリとディアのみが知るところであったが、共に行動しているゴーシェも勿論気付いている。

 互いのことにはあまり詮索し合わない関係なので、今まで聞かれても適当に答えていた。もっとも、ちゃんと説明しろと言われてもフィルにも分からない。


「だから俺のはいいんだって。とにかく、見たことのない魔物に見たことのない魔晶石だ。急いで戻って報告した方がいい」


 フィルは内心の焦りを顔に出さずに、話を変えようとする。

 ちなみに魔晶石をもとに魔剣を鍛える際、その装飾は様々なものがある。フィルの剣も見慣れない魔晶石が露出しているとは言え、ほとんどの者はただの飾りだろうと認識する。

 魔剣自体が貴重なものであるため、「こんなに高価なものを持っています」というようにアピールする傭兵はほとんどおらず、その価値が一目では分からないようカモフラージュするために装飾することはよくある。


「しかし馬鹿デカい魔物だったな……。あんなのが普通に出てきたら傭兵の仕事もおちおちやってられないな」


 ゴーシェが襲撃のことを反芻はんすうするように言う。


「一体だけだったから何とかなったが、あんなのが複数出てきたらたまらないな」


 狼型の魔物に対して、フィルとゴーシェの二人がかりで何とか、というところだった。一対一で対峙したら下手をするとやられていたかも知れない。

 襲撃は一度きりでそれ以上の情報はない。何にせよ、早く報告するに越したことはないだろう。


「急ぐぞ」


 フィルはそう言って、リコンドールへの歩みを速める。


***


 三人がリコンドールについたのは、町を出立してから丁度四日目となる昼時だった。

 片道二日のほどほどに遠い地域への仕事だったが、ほとんどとんぼ返りの状態で戻って来た。


 町の南門から入ってすぐ、周辺の様子がいつもと少し違うことにフィルとゴーシェが気付く。


「おいフィル、何かいつもより人が少なくないか?」


 ゴーシェの問いはもっともで、南門から中央広場への道は町のメインストリートとも言えるものであるため、様々な店が建ち並び傭兵や住民達で賑わっているものだ。今日に限っては人もまばらである。


「少し様子が違うな。とにかく、アランソンの所に急ごう」


 通りの様子も気になるが、まずは傭兵団への報告と言い、支部のアランソンの所に直行する。しかし町の中央の方に向かって歩くにつれ、様子がおかしい理由が分かった。


「ありゃあ何だ? 広場に人だかりがあるぞ?」


 リコンドールの中央広場には大きな噴水の横に、催し物の際に用いる演壇がある。

 遠目に見えるその演壇には、何人かの人間が立ち、その回りを取り囲むように人だかりができている。


「あれは……、グレアムか?」


 近づくにつれ段々と見えてくるその壇上の人影の一人は、どうやらグレアムのようだった。


「どういうことだ? 砦に残ってるんじゃなかったのか?」


 グレアムと、フィルも顔を知っている大規模な傭兵団の団長の数人が壇上に並んでいる。

 その先頭、壇上のちょうど中央に国軍のものとわかる格好をした男が、叫ぶように演説しているのが見え、更に近づくにつれてその声が聞こえてくる。


「――して、この戦いは我等がガルハッド国の命運を左右するものである!! この百年、我々人間は外道にも劣る下等種族である魔物に対し、不覚にも劣勢を強いられてきた!! しかし!! 今回我がガルハッド国軍ならびに傭兵の勇猛な働きにより、東の砦の奪還に成功した!!」


 中央広場に入ったところで、フィル達は足を止める。

 遠目にでもつばきが飛んでいるのが分かるような勢いで演説する中央の男。周囲の人だかりもざわつきを抑え、演説に聞き入っているようだ。


「その矢先にまたしても魔物共に攻勢に出られたことは極めて遺憾ではあるが、だからこそこの戦いにより、魔物共の息の根を完全に止める必要がある!! 傭兵諸君……、諸君らは何のために戦う!! 金のため? 名誉のためか? どれも結構!! 魔物共を駆逐し、新たな時代の覇権を我等ガルハッド国が手にする!! 勇猛に戦い武勲を立てれば、見たこともないような報酬を得る者もいるだろう!!」


 周囲にいる傭兵の顔は、熱心に頷く者、ニヤニヤと笑う者と様々であり、賊と見紛うような傭兵でさえここに集まってきているようだ。


「我々はベルム城を奪還する!! これは我等がガルハッド国の――ガルハッド国王の宿願しゅくがんでもある!! 大陸の害虫たる魔物共に諸君らの力を思い知らせてやれ!!」


 壇上の国軍の男は一呼吸おき、腰の鞘から剣を抜刀し高く掲げる。


「傭兵よ、――剣を取れ!!」


 それまでの演説より一回り大きい声で国軍の男が叫ぶ。


「おおおおおお!!」

「ガルハッド国、万歳!!」


 周囲を取り巻く傭兵達は、壇上からの言葉に呼応するように思い思いの叫びを上げ、腰の鞘から、背中から、それぞれの剣を抜き放ち壇上の男と同じように高く掲げる。

 中央広場はとんでもない騒ぎになっており、周囲の傭兵達の叫びで満たされている。


 壇上に立つグレアムを初めとした傭兵団の団長達は黙して真っ直ぐ前を見るだけであり、広場の騒ぎに反比例するように冷静な面持ちである。


 どうやら開戦の演説であるようだが、途中から聞いているフィルにはどうにも状況が読めなかった。興奮冷めやらぬ広場の中、横に立つゴーシェの顔を見るが、彼の方も首を横に曲げて同じように感じているようだ。


(――どうしたものか。グレアムとは後で話すとして、とりあえず傭兵団の所に向かうか?)


 広場の騒ぎで声が通りそうにもないので、ゴーシェの肩を叩いて「いくぞ」と合図し、広場の外に出ようと歩き出す。二人が歩き出すのを見て、トニも後を付いてくる。

 広場を後にしてグレアムの傭兵団の建物に向かう道に入り、広場の騒ぎが遠くなってきた所でゴーシェが声をかけてきた。


「一体何の騒ぎだったんだ? 国軍が傭兵を募るにしても、今まであんな騒ぎにはなってなかったが」

「分からないな。グレアムがいたようだし、後で詳しく聞いてみよう」


 二人でそう話しながら歩き、傭兵団の建物にたどり着いた。いつものようにその扉を押し開き、中にアランソンがいるのを見つける。


「どうも」

「フィルさん! 依頼で町を出たと聞いていましたが、どうかされましたか?」


 建物の中には珍しく傭兵団の人間は他におらず、アランソンが一人待機しているのみだった。意外な訪問に少し驚いているようにも見える。


「そうだな。詳しく話をしたいのは山々だが、広場のあの騒ぎは一体何なんだ?」

「ああ、演説を見られましたか」


 フィル達に歩み寄りながらアランソンがそう言い、そして続ける。


「国軍が本格的にベルム城攻略を始めるようです。そのために我々の傭兵団もそうですが、ほとんどの傭兵団に声がかかっています。グレアム団長が砦から戻って来たのも、召集があったためですね」

「城攻めを始めるのか? ついこの間砦を落としたばかりなのに、随分急なんだな」

「それがですね――」


 アランソンがどう説明したものかと考えるように、一度言葉を切る。


「この前攻略に成功した砦なんですが、北に数里ほど離れた所にある砦が魔物の攻撃を受けて落とされました。砦を取ったものの、また取り返された格好ですね」

「そんなことがあったのか」


 どうやらフィル達が町を出てからその一報があったらしく、フィルの耳には入っていなかった。


「それがベルム城に巣食う魔物達からの攻撃だったようです。砦は奪還され、足の早い魔物に防衛線を超えられて周辺にも被害が出始めています」


 魔物領への侵攻に際して、城や砦などの重要拠点を攻略し、防衛線を上げて周辺地帯の開拓を進めていた。アランソンが言う奪還された砦は数年前に攻略に成功したものであり、その手前には開拓のためのいくつかの町や村々が存在する。


「それであの広場の騒ぎか。しかし砦を取り返すじゃなくて、ベルム城を攻略とはどういうことだ? そんな戦力があるのか?」

「国軍側も城攻略に向けて準備を進めてきたようですが、少し焦っているようにも思えます」

「なるほどな、大体分かったよ。ありがとう」


 先ほどの広場の騒ぎの大枠が掴めたため、詳しいことは後で調べようとフィルが話を打ち切る。


「それで、こちらからも話があるんだが」

「そうでしたね。立ち話もなんですから、こちらにどうぞ」


 アランソンはフィル達三人を、来客用のソファーとテーブルがあるところまで促す。


「お茶でも入れましょうか?」

「お茶はいらないかな、酒があるなら欲しいけど」

「お茶も酒も大丈夫だ。ゴーシェ、黙っとけ」


 四人掛けほどの大きなソファーにフィル達三人が並んで座り、その対面にアランソンが腰掛ける。


「それで、話とは?」


 アランソンから話を切り出す。


「ああ。依頼を受けた地域で見た魔物のことでな。ゴーシェ、アレを出せ」

「はいよ」


 フィルの言葉に、ゴーシェが腰の皮袋から結晶を取り出し、テーブルの上に置いた。


「これは――」


 目の前に置かれた緑に鈍く光る結晶を見て、アランソンが息を飲む。


「……魔晶石ですか? 大きさだけでも大したものですが」

「恐らく魔晶石で間違いないだろう。魔物から取り出したものだ」

「一体どんな魔物から……?」

「話ってのは、そのことだ」

「なるほど……。伺いましょう」


 フィルはゆっくりと、依頼で向かった村で魔物から襲撃を受けたことを話す。アランソンは黙って話を聞いていながらも、狼型の魔物の出現と恐らくその群れのリーダーであろう巨大な狼の魔物の話を聞いたところで、目を見開くようにした。


「狼の……魔物ですか?」

「ああ。聞いたことはないか?」

「ないですね。当たり前の話ですが、魔物というのはゴブリンとオーガですから。にわかに信じがたい話ですが……」


 話を聞いて、口に手をあてて考え込むような表情のアランソン。


「信じてもらえるとありがたいが」

「これは信じるしかないでしょうね……。こんな色の魔晶石を見せられては」

「そうか」


 フィル達三人と、アランソンの間には少し沈黙が訪れる。誰もが何を言ったものかと考えているようだ。そこに割って口を開いたのはゴーシェだった。


「依頼はどうしたらいい? 戻って調査を続けろってんなら、そうするけど」


 ゴーシェの言葉にはっとした顔をするアランソン。


「……依頼は中断で構いません。どう考えても異常事態ですので。勿論お約束した報酬も仕事量分はお支払いします」

「それはありがたいが、南方面の調査はどうするんだ?」

「そちらを進めたいのは山々なんですが、先ほど聞いた話からすると考え直さなければいけませんね。フィルさん達ですら苦戦するような魔物が出たとあっては、小規模の傭兵団に依頼するのは危険でしょう」


 まだ考えがまとまっていないのか、アランソンは眉の間にしわを作っている。


「この魔晶石を譲り受けることはできないでしょうか。こちらも勿論報酬に上乗せの形で、対価は支払います」

「それは構わないが」


 そう返すフィルだが、答えながらも頭にはディアの顔が浮かんでいた。彼女は鍛冶屋をやりながら、魔物や魔晶石にただならぬ興味があるようで、フィルが仕事で珍しい形の魔晶石を得た際、それを持っていくと喜ぶのだった。

 普段はどちらかというと冷静なディアが結晶をいじくりながら子供のように喜ぶ顔をするのを見るのが、フィルの密かな楽しみの一つでもある。


「重ね重ねで申し訳ないのですが、もう一つお願いをできないでしょうか」


 フィルが魔晶石のことは言わないことにしようと思っているところで、アランソンが話を切り出した。


「何だ?」

「先ほどの広場の演説のことでもあるのですが、これから我々の傭兵団はベルム城攻略の戦列に加わります。それにご助力いただけないでしょうか。基本報酬は前回と同じくらいで考えていますが」

「城攻めの依頼ってことか? 砦とは訳が違うぞ?」

「承知しています。我々の方も急に国軍から依頼をかけられたもので、人集めのために走り回ってる状態です。砦攻めの功績もあるフィルさん達に参加してもらえると心強いのですが……」


 今度はフィルの方がふうむと考え込む。

 アランソンに言った通り、城攻めは今までの仕事とは訳が違う。話に聞くベルム城の魔物の勢力を考えるに、恐らく傭兵だけでも数千の動員になるだろう。

 手持ちの戦力が自分を含めてもゴーシェ、トニの三人という極めて少数のフィル達には、あまり嬉しい依頼ではない。


(依頼を受けるにしても、兵を集めないと話にならないな……)


「依頼を受けていただけるとしたら、ライルの隊に入ってもらうことを考えています。先の砦攻めの功績で百人規模の隊になっていますので。覚えていますか?」

「ライルのことか? 流石にそんなに日が経っていないし勿論覚えているが」


(ライルの隊か……。悪くないな)


 砦での戦闘でライル達の力の強さを見たフィルはまんざらでもない気持ちになっていた。


「ライルか。あいつ等いい奴だったしいいんじゃないか? フィル」

「気楽に言ってくれるなよ。だが確かに悪くない」


 フィルとゴーシェが前向きになったのを見て、アランソンも嬉しそうにする。


「依頼を受けてもらえるので?」

「そうだな。トニ、何か意見あるか?」


 フィル達が掛けるソファーの端っこで置物のようになっていたトニに声をかける。急に声をかけられたトニの方はびくっと動く。


「お、俺? 特にないけど……」

「お前、今度は最初から戦ってもらうぞ? 他人事ひとごとみたいにしてるなよ」

「え、俺も参加していいの?」

「当たり前だろう。お前も戦力だって言っただろ」


 フィルの意外な言葉に嬉しそうな表情を浮かべるトニ。


「そ、そっか! でも本当に特にないや。フィルさんが行くところだったら、どこでも行くよ!」

「決まりだな。じゃあ依頼を受けさせてもらうよ」

「そうですか、ありがとうございます」


 アランソンはほっと胸を撫で下ろし、トニの方に向き直る。


「トニさんの活躍も聞いてますよ。お若いのに大したものだ」


 砦でライル達と前線で戦ったことを報告として聞いているのか、アランソンが初めてトニに声をかける。トニの方は照れくさそうにするが、初めて認められたことがまんざらでもないのか、鼻の下を指で掻いている。


「それで、これからどうしたらいいんだ?」


 フィルがそう口にしたところで、建物の扉が開きドカドカと数名が入ってくる音がする。


「お、フィルじゃないか」


 音のする方に顔を向けると、ちょうどグレアムと数名の団員が入ってくるところだった。


「グレアム、演説はもう終わったのか?」

「ああちょうど今終わったよ。お偉いさんのご高説は長くてかなわんぜ」


 太い首を左右に振り、ゴキゴキと骨を鳴らすグレアム。

 そのままこちらの方に向かい、アランソンの横にどかっと座る。


「今日は何でいるんだ? アランソンの依頼を受けたんじゃなかったのか――」


 グレアムの目線がテーブルの上の結晶に留まり、フィルの喋りかける言葉を止める。


「おい、何だこりゃ。お前らのか?」

「その話はさっき散々したから後でアランソンから聞いてくれ」

「団長、後でゆっくり話をさせて下さい。どうやら新種の魔物が出た可能性があります」


 テーブルの上から拾い上げた魔晶石をまじまじと見る動作を止め、グレアムがアランソンの方に向き直る。


「何だって? こんな大事な時に変な話をもってくるなよ」

「変な話って、お前のところから受けた仕事だぞ……?」


 見るからに面倒そうな顔をするグレアムに呆れるようにフィルが言う。


「そっちの話は後で詳しく説明します。フィルさん達には城攻めに加わってもらうことになりました」

「おお、本当か! お前は本当に手が早い男だな!」

「団長……。それを言うなら、仕事が早いと言って下さい……」


 フィルに続き、アランソンまでもが呆れたような顔になる。


「なんだかよく分からないが、助かるぜ! ライル達も随分とお前等を気に入っていたようだぞ。あいつ等に懐かれるなんて珍しいな」

「フィルさん。話を戻しますと、我々は五日後に砦に集まる手はずになっています。今後の作戦の打ち合わせは砦でします」


 アランソンが、グレアムの登場で打ち切られた話に戻す。


「そうか、じゃあ直接砦に向かえばいいのか?」

「その日に合わせて団長と私、他数名で砦に向かいます。一緒に移動するのでもいいですが」

「え、城攻めってアランソンも参加するのか?」


 ゴーシェが驚いたような声を上げる。


「そうですが、何か?」

「いや、すまん。勝手にアランソンは事務仕事専門かと思ってた」


 フィルとゴーシェがリコンドールで仕事の依頼を受けるとき、いつも窓口として対応していたのがアランソンだった。そのため、フィルもゴーシェと同じように事務仕事の専門かと思っていた。


「おいおい、何言ってるんだお前等。こいつはこう見えても結構腕が立つんだぜ?」

「私も傭兵の端くれですからね。今回は団長に願い出て参加させてもらうことにしました。事務仕事ばかりでは腕が鈍りますから」

「しかし珍しいな、お前が志願するってのは」

「団長……。これは前々から言ってることです。私以外に事務仕事ができる者がいないから、事務の担当を雇ってくださいともお願いしています……」

「そうだったか?」


 普段は落ち着いた雰囲気を崩さないアランソンが恨みがましいような口調で喋るのを見るのは初めてであるため、フィルとゴーシェも少し変な空気になり、口を閉じている。


「まあ、とにかくそういうことだから一緒に発つってんだったら声をかけてくれ」


 流石のグレアムも空気がおかしいことに気付いたのか、話を締めようとする。


「それなんだが、今ヴォーリの所に魔剣を作ってもらってるところなんだ。五日後に砦だとしたら間に合うか微妙なんだが、遅れたらまずいかな?」

「作戦の打ち合わせもありますし、できれば期日通りに動いて欲しいですね」

「なんだ、ヴォーリの所か。それなら急がせればいいじゃないか。今から行くか?」

「確かに丁度いいですね、魔晶石のこともあるから鑑定もお願いしに行きましょうか」


 グレアムはそうと知っていたが、アランソンもヴォーリの鍛冶屋は馴染みのようである。

 そんな経緯いきさつで、団員を残して全員で『山人の鍛冶屋』に向かうこととなった。


(……なんだか暑苦しい面子めんつだな)


 フィルはそう思いながら、さっさと建物を出て行こうとするグレアムの後に続いて建物を出て行く。


***


 フィルが『山人の鍛冶屋』と看板に書かれた建物の扉を押し開く。


「いらっしゃい。フィルじゃない。って、随分暑苦しい面子ね」


 鍛冶仕事を終えた後なのか、布で汗を拭っているディアがフィル達を迎えた。


「久々だな、ディアリエン。オヤジはいるか?」


 暑苦しい面子の一人であるグレアムが声をかける。


「店長なら奥よ。あ、出てきた」

「なんじゃお前ら、暑苦しい連中が雁首がんくび揃えてどうした」

「暑苦しい暑苦しい言うなよ」


 奥の間から暑苦しいひげ面を出してきたヴォーリに、暑苦しい面子の一人であるゴーシェが不平を言う。


「それがグレアムの所の依頼を受けることになってな。悪いが、依頼している魔剣だが早く仕上げてもらえないか?」

「剣の受け取りね。それならもう出来てるわよ」

「え、もう出来てるの?」


 意外なディアの返しに、ゴーシェが変な声を出す。


「あんた達が来た翌日には店長が仕上げちゃったわよ」

「久々に面白い仕事だったからな!」


 ディアがカウンター奥の棚から一振りの剣を取り出す。

 ゴーシェがディアから鞘に収まった剣を受け取ると、すぐさま引き抜く。


 柄に赤黒い結晶をもった曲刀の刀身が、その鋭さを主張するように光る。


「お前さん好みに仕上げておいたぞ」

「オヤジさんの仕事は流石だな。最高にかっこいいぜ」


 その感触を確かめるように柄を握って掲げ、数度剣を振る。

 フィルの魔剣が身幅の広い直剣であることに対して、ゴーシェの魔剣はそれより幅狭な曲剣である。二刀を両手に持つゴーシェはこういった曲剣を好んで使うため、新しい剣も今までのものと同様の仕上げとなっている。


「前のより少し刀身が長いかな」

「少し長めに取ってある。剣の強度にぼやいておったから身幅も少し広くしておいた。その分重くなったがまあ問題ないじゃろう」

「そうだな。前のが少し軽すぎる感じがしてたから丁度いいよ」


 剣の感触に満足したのか、ゴーシェは刀身を鞘に収める。


「あなたのはこっちよ、トニ」

「俺のももうできてるの?」

「こっちは私が仕上げたわ。店長、剣以外には興味ないから」


 同じく棚から取り出した短弓をトニに渡す。トニが受け取った弓はいわゆる複合弓であり、強度のある木をベースとして金属や動物の腱などを張り合わせた弓である。


「ディアは木工なんかの細かい作業も得意じゃからな。儂は剣以外は打たん。そもそもここは鍛冶屋じゃ」


 ヴォーリが本当に興味がなさそうに、かつ最もなことを言う。

 トニの方はヴォーリの声が届いていないように目を輝かせながらこれから自分の得物えものとなる弓を見ている。


「ディアさん、ありがとう! すごいカッコいい!」

「喜んでもらえて良かったわ」


 ゴーシェとトニがそんなやり取りをしている所に、アランソンがすっと割って入る。


「盛り上がっているところ申し訳ないんですが、こちらの鑑定もお願いしたい」

「珍しい顔じゃな、アランソンか――」


 前に出るアランソンにヴォーリが声をかけたが、卓上に置かれた魔晶石を見て、ディアとヴォーリが言葉と動きを止める。

 一瞬の沈黙が流れ――


「えー、何この魔晶石。すごーい!!」


 沈黙を破ったのは普段より二段階くらい上がった声を出すディアだった。一目で魔晶石と分かるのは流石、というところだろう。


(……まあ、こういう反応になるだろうな)


 予想通りの反応をするディアを見て、内心でどこか納得して嬉しく思うフィルだった。


「どこで見つけたのこれ? どんな魔物?」


 アランソンに詰め寄るディア。普段見ないディアの反応にアランソンの方はたじろいているようだった。


「フィルさんが南の方の調査で――」

「え、フィルが見つけたの? ちょっと詳しく教えてよ!」


 普段のクールな雰囲気を投げ捨てたようなディアが、今度はフィルに詰め寄る。


「詳細はアランソンに説明したから、そっちから聞いてくれ」


 ここから面倒な問答が続くことを考え、アランソンの方に投げ返す。アランソンの方は矛先がフィルに向いた直後でほっとしていたようだったので、「そ、そんな……」と小声で呻き、ディアに連行されるように奥のテーブルの方に連れて行かれる。


「武器も無事手に入れたことだし、予定通り砦に向かうでいいか?」


 グレアムがフィルに声をかける。


「ああ、そうだな。同行させてもらうよ」

「分かった。明後日出立するからな」

「了解」


 依頼に参加することの憂いがなくなったため、砦まで同行することとした。


「さて、長居すると面倒になりそうだから俺達は退散するか」


 店奥のテーブルでディアに質問攻めになっているアランソンをちらりと見て、ゴーシェ達に声をかける。


「そうだな。戦に参加するとなったら色々準備もいるだろうしな」

「食料とか医療品なんかはこっちで揃えるから、装備だけでいいぞ」


 最後に声をかけるグレアムに「了解」と再度返事をすると、ヴォーリに魔剣の代金をそれぞれ支払って店を後にすることにした。


***


 中央広場に戻った三人は新品の武器を腰や背中にさし、互いに向かい合っている。


「城攻めに参加することになったことだから、準備をしないとな」


 フィルが仕事の準備について切り出す。

 単純に城攻めに参加すると言っても、色々な準備がいる。フィル達は受ける仕事の傾向から軽装で臨むことが多いが、大規模な戦場に参加するとなってはある程度の防具の準備が必要だろう。

 全身の甲冑を着込むことはしないにしても、矢の雨から身を守るためのかぶと鎖帷子くさりかたびらがあった方がいい。


「さて、俺はさっきの支払いで文無しになったわけだが」

「俺も」


 ゴーシェが自慢気に自慢にならないことを言ってのけ、トニもそれに続く。


「お前ら、本気か?」

「ああ、勿論本気だ。今の俺には蜂蜜酒ミードどころか麦酒エールの一杯を飲む金すらない。なんなら持ち金が足りなくてかなり無理言って値切ったから、本当に文無しだ」


 自慢気に胸をはる姿勢を崩さずにゴーシェがそう言う。


「だってお前、さっきアランソンからもらった報酬は……?」

「それを足しても足りなかった。ヴォーリの所は腕はいいが値が張りすぎるな」

「俺も似たようなもんかな……。流石に少しは残ってるけど」


 目の前の二人は主張する通り、見事に文無しの状態であるようだ。


(……金がないことは置いておくとしても、何故こいつはこんなにも誇らしげなんだ)


 唖然とするフィルが声も出せずに黙っていると、ゴーシェの方がそれを怒っているものと勘違いしたのか、次第に姿勢を崩して困ったような表情になっていく。


「そ、そうだ。トニ! お前のその首飾りアミュレット売って金にしようぜ!」

「え! これ売るの? 絶対いやだよ!」

「そんなこと言ってもお前も金がないんだろ!」

「金がないのはそうだけど、ゴーシェさんには関係ないじゃないか! なんで俺の物を売って金にしようとするのさ!」

「うるさい! 今までの授業料だよ! いいから寄越せよ!」

「やだ!」


 フィルは黙ったまま目の前でギャーギャーと騒ぐ二人の仲間を眺めていた。

 これから戦に出るというのに二人ともお気楽な頭をしているのか大物なのか分からず少し混乱する。


(……まあ、いつもの通り何とかなるか)


「お前ら……」

「は、はいっ!!」


 フィルの言葉に揉め合うその手を止め、二人とも示し合わせたように同時にピーンと背筋を伸ばし直立になる。その姿がおかしくて少し笑うフィル。


「金のことはどうでもいいから、これからもよろしく頼んだぞ」


 ゴーシェと組んで仕事をするようになって随分と立つが、そこにトニが加わったことで長いこと感じていなかった仲間意識というようなものがフィルの胸に芽生えていた。

 普段言わないようなフィルの台詞に二人はぽかんとしている。


 一瞬の間が空き、ゴーシェが「はっ」と我に帰ったような顔になる。


「そうだな! よし、今日は前哨戦だ! 飲みに行こうぜ!」

「お前、金がないんじゃなかったのか?」

「え、フィルが払ってくれるってことじゃなかったの?」


 本気で不思議そうな顔をするゴーシェをぶっ飛ばしてやろうかと思ったが――


(まあ今日くらいはいいか……)


「これから長く町を離れるだろうからな。行くか」

「そうこなくっちゃ! おいトニ、行こうぜ!」

「うん!」


 そう言うやいなや早足で馴染みの酒場に向かおうとするゴーシェ。

 そんなゴーシェに腕で首根っこを捕まれ、並んで歩くトニ。


(こういうのも――悪くないな)


 そう思い、二人の後ろを歩くフィルだったが、脳裏にはこれから参加する戦のことが思い浮かぶ。きっとまた、激しい戦いになるだろう。


「フィル、早く来いよ!」


 そんなフィルの思いを払うかのようにかかった声に、「応」とだけ返すと、また少し笑いながらフィルは二人の後を追う。

 腰に下げた剣の装飾を紫に光らせ、夕暮れになろうとしている町を三人で悠々と歩くのだった。

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