第八章 更なる力を得るために

 ゴーシェと落ち合うよう置き手紙に書いた場所――『山人の鍛治屋』に向かったのは、アランソンとみっちり次の仕事の話をした後だった。


 フィルの希望通り、すぐに仕事は始めなくてよいと一月ひとつきの区切りでの遠方への魔物討伐と地域調査の依頼としてもらったのは幸いだった。

 トニの方はというと、傭兵の仕事の話などちんぷんかんぷんな様子で、横でキョロキョロとしているだけで全く役に立たなかった。


(仕事の話も教えていかないとな……)


 フィルがそう思いながら歩き、二人して『山人の鍛治屋』の扉を開けると、入り口近くのカウンターでゴーシェとディアが談笑していた。

 カウンターの奥に立つ森人もりびと――ディアリエンはゴーシェと話しながら、持ち込まれた魔晶石の鑑定をしているようだ。


「フィル、遅かったな。というか何で起こしてくれなかったんだよ、カトレアちゃんに会い損ねただろ?」


 ゴーシェは意外にも元気なようで、ちゃらけてくる。


「何回も部屋のドアを叩いたぞ」

「あら、目の前に美女がいるのにご挨拶ね」

「ディアはちょっと違うんだよなあ。俺は可愛い系の方が好みなんだよ」

「……代金は高くつけとくわね」

「ちょ、ちょっと! そういう意味じゃないんだって!」


 目の前でじゃれ合う二人を見て、フィルに先ほどの疲れがどっとのし掛かってくる。


 ゴーシェはああ言っているが、長身で端正な顔が特徴の森人であるディアは知り合いの贔屓目ひいきめに見ても、かなりの美女だろう。

 薄い金色の柔らかい髪を肩に乗せて佇む姿は一枚の絵にでもなりそうだ。


(まあ、確かに鍛治仕事をしてる男らしい姿をよく見てるから、あまり女性として見ていないってのはあるが)


 ゴーシェのとばっちりを受けないように声に出さないようにフィルが感想を漏らすと、ディアの方から声がかかってきた。


「聞いたわよ、フィル。仕事で滅茶苦茶やったらしいわね。この魔晶石も結構とんでもないわ」


 手にした結晶を指で転がしながら片目につけた拡大鏡で覗いている。


「そんなので分かるのか?」


 カウンターのゴーシェの横に座り、作業中のディアに声をかけるフィル。トニもその横に座る。


「ちゃんとしたことは魔力を探ってみないと分からないけど、結晶の純度からでもある程度は分かるのよ」

「俺のも見てくれよ、ディアさん」


 フィルの横にちょこんと座り、トニが腰の袋から違う結晶を取り出して、ディアの前に置く。


「こっちのも大きいわね」


 トニが置いた結晶を手に取ったディアが呆れたように言う。


(……なんか言い方がやらしいな)


「なんか言い方がエロいな」

「アンタねえ……」


 フィルが心の内で止めていたことをゴーシェが口に出す。ディアのゴーシェを見る目が冷たい。


「これで武器を弓を作りたいんだ! どうかな?」

「ぱっと見た感じ、さっきのと遜色ないように見えるわね。流石にゴーシェの石の方が魔力が強いように感じるけど」


 魔法が失われてかなりの年月がたつ今、魔力の鑑定ができるディアのような存在は希少であるため、ありがたい。

 フィル達のような傭兵には意図的に魔力を行使できるものはまずいないため、鑑定ができる者はどこに行っても重宝されている。


「どっちも魔剣にするのに十分すぎるくらいね。トニ、で合ってたかしら? 駆け出しでこんな質のいいものを持っている傭兵はいないわよ? 腰の剣もそうだけど」


 ディアにそう言われてトニは返す言葉がないように口ごもる。


「まあ俺たちの仲間で適当なものを持たれても困るしな」


 ゴーシェがへらへらと笑いながら自慢気に言う。


「アンタ、そんなこと言って調子に乗っているといつか死ぬわよ? 私からしたら変な話をいっぱい聞けるからいいけど」

「今回は俺達も危ない橋だって分かってたよ。流れで仕方なくな」


 きつい言葉を投げるディアにフォローを入れるようにフィルが口を挟む。


「まあ何でもいいわよ。ゴーシェの剣とトニの弓を作るでいいのかしら? これだけの魔力量のものだから、代金はかなりもらうわよ?」


 魔剣の製造には魔晶石が欠かさないが、魔力量の大きい結晶で武器を製造する際、刀身には魔力に耐えうる金属を用いる必要があり、製造工程にも手間がかかるらしい。

 つまり魔力量が高ければ高いほど値が張るのだ。


「金なら報酬で貰ったのがたんまりあるからな。安心してくれ」


 ディアは深くため息をつくと、分かった分かったと言うように首を縦にふる。


「とりあえずゴーシェの方の武器をどうするか、説明が必要ね」


 ディアの言葉に、フィルとゴーシェは何を言われているのか分からないというように顔を見合わせる。


「魔剣を交換するようなことなんてほとんどないだろうから知らないと思うけど、今使ってるやつはどうするつもり?」

「特に考えていないけど、下取りに出すか予備の武器として使おうと思ってるけど」

「この剣だけど、長いこと使っているしかなりの魔力を蓄えているわ」


 ディアはゴーシェから預かった刀剣を見せながらそう言った。


「魔剣の付呪エンチャントは複数種類あって、魔力を移し替える――換装することができるの」

「どういうことだ?」


 魔法や魔剣に関して疎い三人は揃って首を傾げる。


「魔晶石は魔力を蓄える他、魔物なんかから吸い取った魔力で成長することまではいいわよね? この保有している魔力っていうのは大部分が魔晶石内にあって、武具を替えたら今まで貯めた魔力は元の武具にそのままになるのよ。それを新しいものに付け替えましょう、ってことね」


 ディアはゆっくりと説明をする。


「よく分からないけど、そんなことができるのか! 是非やってくれ!」

「簡単に言うけど、前準備があるのよ。それにまだ詳しいことも分かってないわ。私も経験が少ないし、失敗することもあるって聞くわ」

「失敗するとどうなるんだ?」

「これも聞いた話だから何とも言えないけど、特に何も起きないみたいね」


 淡々とした様子で説明を応答するディアだが、目の前に座るゴーシェはよく分かってないようである。


「何も起こらないならいいじゃないか」

「それも定かじゃないから、不安要素があるって言ってるのよ」

「そういうもんかね」


 腑に落ちない様子のゴーシェだが、フィルも何を気にしているのかピンときていない。


「それと、持ってきた魔晶石だけど、そんな魔力量のあるものを扱った経験も少ないわ。魔力量の高いものだと付呪自体が失敗することもあるみたいね」

「それも失敗するとどうなるんだ?」

「これは完全に噂だけど、魔力に耐えられなくて廃人になった人がいるって話を聞いたことがあるわ。ある程度魔剣を長く扱っていて、使用者自身が許容できるだけの魔力を持ってる場合は大丈夫だと思うけど――」


 慌てた様子のゴーシェがディアの言葉にちょっと待ったをかける。


「ちょっと待ってくれ、そんな話今まで聞いてないぞ」

「ある程度ならこっちで魔力をコントロールできるから、ちゃんとした魔力の扱いを知らない人間が付呪を執り行った場合の話ね。でも、そんな魔力量のものを扱うのは大した経験がないから私がコントロールできるかの保証はできないわ」


 フィルとゴーシェは長く傭兵をやっており、その期間魔剣を使っているが、初めて耳にする物騒な話だった。


「でも何回かはやったことはあるんだろ?」

「そのときも保証しないのを納得してもらっているわ。貴方たちも知ってると思うけど、グレアムよ。どこから持ってきたのか知らないけど、とんでもない魔力量のものを扱ったわ」

「あのオッサンが大丈夫なら俺も大丈夫だろ」

「まあリスクがあることを納得の上でやってね、ってことよ」


 ディアが説明を締める。


「とりあえず、どうすればいいんだ?」


 説明を聞いていただけのフィルが横から割り込む。これまでの話だと、作業自体は問題なくできそうに思えた。


「ゴーシェとトニの付呪はこれからやっちゃいましょう。特にトニの方は魔剣の経験がそうないだろうから、ダメそうだったらこっちの判断で止めるわ。付呪が問題なかったら、その魔晶石で武器を鍛えるから仕上がるまでに十日は見てほしいわね」

「その間俺は武器なしか。ってことは、十日は休みか?」

「馬鹿言え、お前もう一本剣持ってるし弓もあるだろ。アランソンの依頼だって受けてるんだからそんなに休んでる暇はないぞ」


 ゴーシェの座る椅子をこずくように蹴り、フィルがお気楽な言葉をはねのける。


「もう依頼を受けたのか? お前、傭兵のくせに仕事が好きだな」

「あら、どうせ財布がすっからかんになるんだろうし、丁度いいんじゃない?」


 同調するようにディアに口を挟まれ、ゴーシェは不満気ながらもお手上げの仕草をする。


「さあ、作業をしちゃいましょう。武器作成の依頼を受けるにしても、まずはそれからね」


 トニはこくりと小さく頷くが、ゴーシェの方は最後にもう一度質問を入れる。


「ちなみにだけど……、俺の武器が既に魔力量をかなり持ってるんだったら、魔晶石を交換するのはあまり意味がないのか?」


 確かにさっきの説明の中で、ゴーシェの魔剣が既に強力であるように言っていた。

 ゴーシェの目的がより強い武器を持つことだったら意味がないかも知れない。


「そんなことはないわ。説明を省略したけれど、持ってきた魔晶石と今の使ってるものじゃレベルが違うわ。きっと強力な魔剣になるはずよ。器の大きさが違うとでも言った方が分かりやすいかしら」

「よく分からないな。新しく作る魔剣がすでに強いものだったら魔力を移す必要なんてないんじゃないのか?」


 ディアは説明するのがいよいよ煩わしくなってきたようだが、一応の言葉を返す。


「魔剣は使用して魔力を循環させることによって、使用者の魔力と同調してくるのよ。ポテンシャルが高くても前のものと同じような力を発揮するのにも時間がかかるだろうし、それをなるべく省略しよう、っていう工程よ」


 一気に説明をするディアが「それと」と付け加える。


「既に魔力が馴染んでいる使い込んだ魔剣を捨てるのは勿体ないわ。魔力の同調が大事なのよ。細かいことはそのうち説明をするから、とにかく作業をしちゃいましょう」

「おいおい、なんかいい加減だな。今説明したくれりゃいいんじゃないの?」

「全部説明しても、きっとアナタ理解できないでしょう?」


 半ば強引に話を締めようとするディアにゴーシェが待ったをかけるが、ディアに言い捨てられ「たしかに」と納得したようだ。


「さあ作業に入りましょう。まずはトニの方からね」


 三人の前に座るディアはまず結晶を手にし、次にトニの左手を取ると静かに目を瞑った。

 前回とは違ったやり方だが、前に聞いた話によると、使用者の魔力を魔晶石に通わせればいいので形式は特にないそうだ。


 静かに瞑想するディアに続くように、トニの瞼も自然に閉じる。

 フィルとゴーシェが見守る中で、恐らく魔力であろう薄ぼんやりとした光を二人が帯びていき、鍛治場の作業音の中で静かに時間が流れていく。

 瞑想する二人につられてか、見守る側にも言葉がない。


(前よりも時間がかかっているようだな……)


 フィルも他人の付呪の様子を見たことはさほどなく、ゴーシェや元同僚の傭兵のものを見たことがあるくらいだ。

 それと比べても時間がかかっているようで、開始から数十秒ほど経っている。


「……終わったわ」


 ディアがそう言い、静かに目を開けた。

 トニも意識が戻ったようだが、まだぼんやりとしている。


「少し意外だったわ。やっぱりこの魔晶石は魔力量がかなり高いし、トニは熟練者じゃないから失敗すると思ったんだけど」

「どういうことなんだ?」

「分からない。前は気づかなかったけど、トニ自身が結構な魔力を持っているようね。トニ、あなた森人――ってわけでもないわよね?」


 意識の戻ったトニが首を横に振る。


「違うと思うけど……」


 はっきりしない答えにゴーシェが声をかける。


「思うけど、って何だ?」

「両親のことは知らないんだ、俺孤児だからさ」

「そういうことだったの。知らなかったとは言えごめんなさい」


 初めて聞くトニの出自に、ディアは気が回らなかったと謝罪をする。

 フィルの方はと言うと、賊をやっていたことから難民だろうと思っていたため、大した驚きはなかった。


「大丈夫だよ、今まで何とかやってこれたし! それより俺が森人か、って何で?」

「ああ、森人は先天的に魔力量が高いのよ。もしかしたら血を引いているのかも知れないわね」

「そうなんだ! そうだったらディアさんと親戚かもね!」


 元気よく返すトニに、「そうかも知れないわね」と口に手を当ててディアが笑う。


***


 トニの付呪に続き、ゴーシェの付呪も特に問題が起こることなく終わった。

 いつもと違ったのは、新しい魔晶石の付呪の作業の後、ゴーシェの魔剣と新しい魔晶石に対して、ディアが今までと少し異なる付呪の儀を執り行ったくらいだ。


「流石に疲れるわね」


 作業を終えたディアは汗を拭って手でパタパタと顔を扇いでいる。


「これで終わりなのか? ビビらせた割にはあっさりしてるんだな」

「アンタねえ、いい加減にしなさいよ……。こっちは苦労して魔力を制御してるのよ? 呑気なこと言ってもらったら困るわ」


 憔悴した様子のディアがじとっとした目でゴーシェを見る。


「わ、悪かったよ。だけど話と違ったからさ」


 ゴーシェはおろおろと弁明し、続ける。


「でもこれで本当に魔力が移せたのか? 見た目じゃ分からないけど」


 ゴーシェは付呪を終えた魔晶石を目の前に掲げ、片目を閉じてそれを近付けたり遠ざけたりして見ている。


「成功はしたわ。魔力は移せてるけど馴染まないと分からないと思う。剣になって使ってみれば、感覚ですぐ分かるわよ」

「そういうもんか、楽しみだな」


 持っていた魔晶石を、ゴーシェが笑いながらディアに渡す。


「下準備はこれで終わりね。最初に言った通り、剣を鍛えるのに十日ほど貰うから、また来てちょうだい」


 ディアの言葉に「はーい」と答えるゴーシェの横で、トニがフィルの袖を引く。


「付呪してる時、何でゴーシェさん白眼剥いてたの? 俺もあんな感じだった?」

「いやお前は普通に目を閉じてるだけだったぞ」


 二人の会話にゴーシェが振り向く。


「え? 俺、白眼剥いてたの?」

「うん。気持ち悪かったよ」

「気持ち悪かったな」


 ゴーシェはディアの方に向き直り「ホントに?」と言っている。


「私は見てないから分からないわよ。でもなんか、それ聞くとゴーシェの付呪するの嫌ね。今度から店長に頼もうかしら」

「いやいやいや、冗談でしょ。やめてよ」

「嘘じゃないぞ。お前、寝てるときも白眼剥いてるんじゃないか?」


 周囲が軽く引いた空気になる中、ゴーシェは一人「えー……?」とだけ言っている。


「ちなみに、結構前にここで付呪した時も白眼剥いてたからな」

「白眼剥いてるだけじゃなくて、口も開いてたよ」

「顎も出てたな」

「鼻毛も出てたね」

「いや、鼻毛は関係ないだろ。今も出てるし」


 フィルとトニが交互に、さっきまで黙って見守っていたゴーシェの様子を説明する。


「お前ら何なんだよ!! 俺達仲間だろ!?」


 顔を真っ赤にしたゴーシェが、鼻からこんにちはしていた一本の鼻毛を引き抜きながら叫ぶ。

 まあまあ、と宥める二人と喚くゴーシェを見て、更に疲れたような顔をしたディアが呟く。


「アンタ達……もう帰ってよ」


***


 店で騒いだため、ディアに半ば追い出されるような形になり、三人は店の前に立っている。


「さて、これからどうするかね。今日は休みだろうから、好きにしていいんだろ?」

「お前は飲みに行きたいだけだろ? もう三日連続だぞ」


 早速そわそわしているゴーシェに苦言を呈するフィル。


「俺今日は別行動するよ。カトレアとお茶する約束してるんだ」

「トニ、お前マジか?」


 数秒前まで「酒を飲みたい」と顔に書いてあったようなゴーシェ、が急に真面目な顔になってトニの肩をがっしりと掴む。


「痛いよ、ゴーシェさん」


 ゴーシェの指がトニの肩にめり込んでいる。


「お前、一体どうしたんだ。そんなに手が早いやつだったか?」

「手が早いって何だよ、お喋りしに行くだけじゃないか――」

「俺も行く!」


 トニの言葉を遮ってゴーシェが叫ぶ。


「えー、ゴーシェさんも来るの? 別にいいけど……」

「行くったら行く! ……って、いいの?」


 拍子抜けしたような表情のゴーシェ。


「……アンタ達、うるさいのよ。店の前で騒がないでよ」


 いつの間にか店から出てきていたディアが三人の後ろに立っていた。心なしかむっとした表情をしている。


「すまなかったな、もう行くよ」

「悪いんだけど、フィルは残ってくれない? 店長が呼んでこいって」

「ヴォーリが?」


 先程まで店でディアに付呪をしてもらっている間、ヴォーリは自室にこもって作業をしているようだった。


「フィル、残念だったな。俺達はカトレアちゃんの所に行ってくるよ」

「……好きにしろよ」


 フィルも本音を言うと蒸し暑い鍛冶屋の作業場で汗臭くてゴツいオッサンと話すより、トニ達と行きたい気持ちはあったが、強がった。


「それじゃ、後でな」


 ゴーシェはトニと連れ立って、町の中央広場の方に向かっていく。


「悪かったわね。汗臭いオッサンや私なんかと話すより向こうに行きたかったでしょうに」

「い、いやそんなことないよ」


 どこか棘のある言い方をするディアをフォローすると、こちらも二人で店の中に戻り、店奥の小部屋へと入る。

 ヴォーリの作業場はフィルもよく知るものだった。さほど広くはない空間に炉が一つと、鍛冶道具がゴチャゴチャと載っている作業机や、完成品であろう武具がまとめて置いてある棚などがある。

 辛うじて通気用の窓があるものの、部屋の中は薄暗い。


「来たか。なんじゃお前、顔も見せないで帰ろうとしよって」

「悪かったよ。仕事中だったみたいだからさ」


 作業机の前に座るヴォーリが声をかけてきた。

 豪気な性格や仕草に反して、正直ではない物言いをする男だ。顔を見せなかったことをねているように見える。

 その性格から面倒に思うことも多々あるが、長い付き合いで祖父のように接してくるこの男を、フィルは嫌いではなかった。


「また無茶をしたみたいだな、どうもお前さんは自ら危ない方に行く悪い癖がある。剣を見せてみろ」


 フィルは腰に付けた鞘ごと剣を引き抜き、ヴォーリに渡す。

 初めて会って魔剣を鍛えてもらって以来、ヴォーリの意向でフィルの魔剣のメンテナンスはヴォーリ本人で行うことになっている。

 彼が言うには、フィルの魔剣は「異質すぎるから」ということである。


「多少の刃こぼれはあるが綺麗なもんだな。儂の仕事がいいからか」


 受け取った剣を鞘から引き抜き、刀身の状態をヴォーリが見ている。


「結構荒めに扱ったから心配してたんだけどな」

「それだけこの剣が『異常』ということね」


 フィルに共連れでヴォーリの作業場に来たディアが横から入ってくる。

 ディアもヴォーリの指示のもと、フィルの魔剣のメンテナンスを手伝っているため、フィルの剣がどういったものかを知っている。


「この程度だったら少し研げばいいな。ディア、魔力を見てやってくれ」

「店長、私さっきの付呪で疲れてるんですよ?」

「何言っとるんじゃ、若いくせに」


 ディアの不平に相手せず、「ほれほれ」と言って鞘に収めた剣を渡す。

 山人やまびとのヴォーリも魔力の扱いの心得はあるため自分でもできるのだが、最近何かとディアにやらせようとしているように見える。


「仕方ないわね……」


 嘆息を漏らしながらも剣を受け取り、椅子に座り膝の上においたそれに手をかざし、瞑想状態に入る。

 付呪をしている時もそうだが、魔晶石を扱う時――瞑想状態にある時は時間間隔があまりにも違う。先ほどのゴーシェやトニの付呪も、作業としてはすぐに終わったが、彼らの体感時間はかなりのものだろう。

 付呪を受けている側は夢を見ているような感覚なのであまり意識しないものだが、付呪を執り行う側はそれを意識的に制御しているため、疲労も貯まるはずだ。


「またずいぶんと魔力を溜め込んだみたいね。やっぱり底が知れないわ、これは」


 作業を始めてすぐに鑑定が終わり、ディアが口を開く。


「どんな魔物が持っていたものか、本当に知らないのよね? フィル」

「前にも言った通り、分からない。譲り受けたものだからな」


 剣の柄に埋め込まれた紫色に光る結晶をまじまじと見ながら、ディアが言う。


「想像もつかないわね。何度も魔力を見てるけど、他のものと明らかに違うわ」

「どう違うんだ?」

「まず魔力量とその器が異常に大きいわね。それでいて、まるで蓋をして隠すかのように全貌がわ」


 前にディアに聞いたが、付呪をする際などに魔力を探る時、魔晶石はこちらの魔力の動きに答えるように反応を示す。まるでかのように。

 ヴォーリやディア、そして他に魔力を扱う者は「魔晶石は生きている」と考えていると言うのだ。特にヴォーリ達二人は、そこに魔物の意思のようなものが宿っているという共通見解を持っている。


 魔力を扱う者は皆、同じように考えているようだが、魔剣が魔物に対抗する唯一の武器として存在する現在、敵である魔物の意思が宿っているというのは気持ちの良い話ではない。

 あまり公言しないのが暗黙の了解のようなものだった。


「とりあえず魔力には異常は見つからないわ。……と言っても、ほとんど分からないんだけど」


 残念そうに言うディアだったが、魔力を行使する力もないフィルには特に思うところもなかった。


「まあ、いつも通りってことだな」

「そうね、でも気を付けなさいよ? これだけの魔力だから何らかの影響を受けるかも知れないわ。今まで何も起きなかったのが不思議なくらい」


 ディアの忠告にフィルは素直に頷く。

 ヴォーリは勿論だが、ディアにもかなり世話になっているため、フィルは二人の言葉は素直に聞くようにしている。


「ちなみにだけど、それ売る気はないわよね?」

「これも前に言ったが、売る気はない」

「金貨で百枚くらいなら出せるぞ」

「だから売らないって!」


 ヴォーリまで横から入ってくる。

 この二人には世話になっているが、前から何かとフィルから剣を奪おうとしてくる。特殊な魔晶石を持った剣、職人としては是非とも手にして調べたいのだろう。


「まあフィルがそれ使って暴れてくれた方が変化が見れるかも知れないわね」

「そうじゃな、死なない程度にやってくれ。そっちの方が面白い」

「お前らな……」


 血が繋がってもいない、ましてや種族も違う二人なのにやけに息が合う時がある。

 職人というのは時たま傭兵よりやっかいな存在だとフィルは思っている。


「とにかく、メンテナンスだけはしていけ。ウチの店は中途半端な仕事はしないからな。ディア、研いでや――」

「それは自分でやって下さい」


 ヴォーリの言葉に割り込み、ディアがびしっと言い切る。

 ずっと面倒なことを押し付けられているディアの目は静かに燃えているようで、ヴォーリも「うっ」と言葉を詰まらせている。


「いや、儂はお前の成長を考えて仕事をだな――」

「自分でやって下さい」


 再度言葉を止められ、ヴォーリが観念する。


「どれ、寄越してみろ」

「店長、鉄いじりは喜んでやるくせに面倒事を嫌がるのは悪い癖ですよ」

「うるさいわい!」


 観念して剣を研ごうとしたのにディアから説教を受け、強面をぷいっと横に振る。


ジジイが何をかわいこぶってるんだ……)


「お前ら外に出てろ。修繕が終わったら呼ぶ」


 ヴォーリにそう言われ、フィルとディアは小部屋の外に出る。

 店の入口近くのカウンターに座り、ディアに砦攻めの時のことをあれこれ聞かれたので、答えているとすぐにヴォーリが作業を終えてやってきた。


「ほれ、終わったぞ」

「ありがとう」


 鞘に収まった剣を受け取り、抜き放つと刀身が綺麗に光っていた。

 手入れをした後だと、その刀身に前よりも圧があるように見える。


「綺麗なもんじゃろ」

「ああ、流石だ」


 自分で打って手入れをした剣をヴォーリが自慢気に評し、フィルは素直に賞賛する。


「それじゃ、俺もそろそろ行くよ」


 フィルが剣を鞘に納め、カウンターに数枚の銀貨を置き、立ち上がる。


「うむ、ちょくちょく顔を見せに来いよ」

「気を付けなさいよね」


 ヴォーリとディアが思い思いに別れの挨拶をし、フィルは手をあげて答え、戸を押し開けて外に出る。

 馴染みの店の面々は、まるでフィルを家族であるかのように接してくる。フィルはその感じも嫌いではなかった。


(さて、これからどうするかな……)


 トニ達は連れ立って広場の中心の方へ向かっていったが、行き先は分からない。

 探してもいいが、合流しなきゃいけない必要も理由もない。


「……宿に戻るか」


 フィルは一人そう呟くと、宿へ戻る道を歩きだした。

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