第六章 傭兵達の勝利の唄

 恐らくグレアムの指示だろうが、砦内に突入した傭兵達は、砦内を広がるように侵攻している。砦の本丸である居館に続く道を進むと、すぐに百人ほどの傭兵と魔物が乱戦状態になっている前線にたどり着いた。


(うちの隊で先陣をきって中に突入するのはリスクがあるか? いやでも――)


 一番乗りで突入するのは旨味も多分にある。

 戦功は勿論のこと、宝物の類いがあれば頂戴できるからだ。国軍と合同の仕事であるから抑制されているとは言え、グレアムも融通を効かせるようだった。

 単独作戦で多少の手傷は受けたものの、今の士気だったらいけるとフィルは判断する。


 乱戦状態の戦場に向かって駆けていきながら抜刀するフィルに、隊員達が続きそれぞれの得物を抜き放つ。

 混乱の中で団子状隊となっているゴブリンの一群の中を駆け、邪魔になる敵だけを切り捨てていく。


「一気に突破するぞ! 残ったやつは他の傭兵に任せて進め!」


 進路を妨害する魔物を蹴散らすように乱暴に進んでいくが、不思議と足並みが揃い、魔物の群れを切り抜けて砦中央の居館の前にたどり着いたのは、隊の全員がほぼ同時だった。


 館の入口は開け放たれて――というより破壊されたのか扉がなく、中には薄暗く広い空間が広がっていた。


「敵の親玉がいるとしたらここだろう、油断するなよ」

「ここまで来てやられてたまるかよ!」


 突入を前にロニキスが元気のいい返事を返す。

 ロニキスの横にはルードが立っている。先の戦いで片腕を痛めたが、どうやら肩を脱臼していただけのようなので、突入前にロニキスの手ではめてもらっていた。


 隊員達の顔を見回すと、フィルが叫ぶ。


「全員死ぬなよ、いくぞ!」


 建物内に突入すると、点々と置かれた灯りに照らされて数十体のゴブリンがこちらを威嚇しているのが見えた。

 流石に高い魔力を持った魔物なのか、ゴブリンとは言えフィル達と変わらないくらいの大きさの固体ばかりだ。


 ゴブリンの厄介なところはその敏捷性にあり、このサイズの敵だと下手したら表にいたオーガよりも手こずる可能性がある。


「グルルルルル……」


 そのゴブリンの群れの中、一際大きい唸り声を上げるものがいる。オーガだ。

 ゆっくりと立ち上がるその姿は、かなりの巨体であることが分かり、今までみた中でも一番の大きさかも知れない。


(こいつが親玉か……?)


 その巨体と威圧感に、隊員達が息を飲むのを肌で感じる。


「親玉は俺がやる! ゴーシェ、ロニキス、俺のフォローに入れ! 残りは任せたぞ!」


 隊員達がオーガの威圧感に飲まれる前にフィルが渇を入れるように叫びを上げる。

 正直、残りのゴブリンの軍勢も隊員達からしたら手に余ると予想したが、牽制しながら戦えばやられることはないだろうし、こちらの邪魔にもならない。


「大したフォローはできないぞ!」


 ロニキスから声が上がるが、声の方を向かずに同意を示すように頷く。


「ゴーシェ、お前弓はどうした」

「トニが返してくれなくてよ」


 弓による遠距離のサポートを期待していたが、構わないだろう。


「いくぞ!」


 それだけ言って、こちらに向かってくるオーガの正面に立つ。ゆっくりとこちらに向かってくるが、その威圧感は空気が震えているように錯覚するほどだ。


「三人で囲むぞ、正面からマトモに相手するなよ」


 フィルは言い終わる途中で正面のオーガに切りかかり、真っ向から迎え撃ってくる攻撃を屈んで避わす。相手の攻撃の隙間を縫って、上段に向けて切り放つが、切りつけたのは固い筋肉で守られた腹の辺りだった。


(遠目で見たよりでかいな……)


 首元を狙った攻撃だったが全く届かず、小さく舌打ちをする。


「足を狙っていくぞ!」


 攻撃が有効となりそうな部分に狙いをつけるように指示を飛ばす。フィルが正面から相手取っている間に、ゴーシェとロニキスの両名はフィルの両側についた。

 オーガの奥には数多くのゴブリンがこちらを威嚇しており、囲んでそちらに背を向けることはできない故の判断だろう。


 ゴーシェは両手に剣を構え、ロニキスは片手に持った盾を前に出して臨戦態勢の構えだが、目の前のオーガはそんなことには気にしない様子で自分に傷をつけたフィルに対して激昂している。

 互いの牽制でお互いに動きが固まった所でオーガの肩口に矢が刺さった。


 トニが放った矢だろうが、瞬時に身をよじってオーガも急所を外す。分厚い皮膚、そして筋肉に守られたその体は、矢が刺さったくらいでは全く影響がないように見える。

 それでも意識外からの攻撃にオーガが再度荒ぶった声を上げると、隙を見逃さないようにゴーシェが横から切りかかった。


「もらったぜ!」


 足の腱あたりに向けられた斬撃を受けるが、降り抜けられると思ったその剣は分厚い肉と骨のせいで途中で止まり、膨れ上がった筋肉に埋もれた剣は引き抜くことができない。

 ゴーシェの動きが一瞬固まったその刹那、オーガのもう片方の足が動きだし、回避が遅れたゴーシェの体を真正面から蹴り飛ばす。


 ゴーシェの体がボールを投げるようにふっ飛び、手に持っていた剣が宙を舞う。


「ゴーシェさん!」


 トニの叫びが部屋の中に響き渡る。

 後方まで吹っ飛んでいったゴーシェだが、攻撃を受ける寸前に腕を交差してガードをしていたようで、すぐには立ち上がらないが生きてはいるようだ。


(改めて、とんでもないなコイツは……)


 目の前で息を荒げるオーガの姿に、フィルの頭に浮かんだのは今更とも言える間抜けな感想だった。


 対峙するオーガはフィルとロニキスの二人を警戒してか構えを解かないまま動かずにいる。その奥から数体のゴブリンがフィルに襲いかかるが、すれ違い様に一刀のもとに切り捨てる。


「ロニキス、いけるか?」


 フィルが剣についたゴブリンの血を払いながら、横のロニキスに声をかける。

 ロニキスがこくりと頷く。戦慄の表情を浮かべているが、戦意は失ってないようだ。


「牽制するだけでいい、俺が相手する。ゴーシェも寝転がってないでさっさと戻ってこい!」


 返事が返ってこないが、構わずオーガの方に飛び込んでいく。

 迎え撃ってくる鉄の塊とも思える敵のばかでかい剣を避わして切りつけ、再度叩きつけようとしてくる攻撃を盾でいなしてまた切りつける。

 受け流したはずが、盾で防御した方の手がびりびりと痺れるようだ。


 攻撃をマトモに食らわないように回避に集中して細かく攻撃を当てていく。さっきのゴーシェの攻撃で割とダメージをもらっていたのか、避ける動きを主体にすれば攻撃を貰わないように動くのはさほど難しいことではないことが分かった。

 攻撃の合間に間髪いれずに迫ってくるゴブリンが厄介だが、そちらを相手取っている間、ロニキスがオーガを牽制しているため、危なげなく対処できている。


 トニのサポートも生きており、こちらの動きの邪魔にならないように、オーガに矢を当て続けている。


「いける、いけるぞ!」


 何度も何度も切りつけ、次第にボロボロになっていくオーガの姿を見て、周りの隊員達から声が上がる。

 牽制するように常に敵の背後をとって動くロニキスも、フィルに攻撃がいく隙を狙って同じように細かく当てていく。


 巨体故に致命傷を当てられていないものの、集中して足に攻撃を入れられ続ける。

 そしてついに、オーガが膝を折る。


「ふざけやがってこのクソが、お返しだ!」


 いつの間にか復帰してきていたゴーシェが首を狙った斬撃が綺麗に入ったように思えたが、防御に阻まれ腕を切るだけに終わる。手首の方を切り裂いたが流石に切り落とすまではいかず、先程の二の舞にならないよう回避行動を取る。


(都合のいいタイミングで出てきやがるな、こいつも……)


 優勢になったタイミングで出てくるゴーシェに舌打ちをするが、三人で囲んでいるこの状態はかなり良かった。

 立ち上がることができないでいるオーガの手に捕まらないよう、三人で交互に攻撃を入れていく。


 ついには腕も落ち、目の前にせまるフィルに対してオーガは何もできないままでいる。


 フィルの一閃。オーガの首を撥ね飛ばす。


「うおおぉぉおお!!」


 周囲から歓声が上がる。


(これで終わりか――)


 そう思った瞬間、フィルの感覚が警鐘を鳴らす。


(――どこだ?)


 敵意を感じる方を見ると、一体のゴブリンが短弓を引き絞り、攻撃を終えたフィルに向かって今まさに矢を放つ姿が見えた。

 反射的に身をよじって回避するが、矢の勢いから逃れられず、肩を捉えられた。


「フィル!!」


 フィルが攻撃を受けたことで、ゴーシェが弾かれたように敵に向かって走り出す。

 左肩を見ると矢が深々と刺さっている。


「フィルさん、大丈夫かい!」

「ああ、なんとかな。クソ、油断したか……」


 ゴーシェが向かっていった方を見ると、ゴブリンの周りにフィルの隊の兵が二人倒れていた。

 先ほど矢を射ったゴブリンは武器を剣に持ち替えており、ゴーシェの素早い両刀の攻撃をいなしては反撃している。


「ゴーシェ、そいつは他のとは違うぞ! 油断するな! ロニキス、クレール、組んでそいつをやれ!」


 二人から「了解」と声が返ってくる。


「フィルさん、どういうことだい? ただのゴブリンじゃないのか?」

「いや、他のゴブリンとは明らかに違う。……強いぞ、あいつは」


(もしかしたら――)


「あいつがここの親玉かも知れない」


 ゴーシェと他二人がゴブリンを囲もうとするが、攻撃をいなされ、他のゴブリンの邪魔が入って囲みも上手くいかないようだ。辛うじて当てた攻撃も固い皮膚に阻まれてか有効打を入れられているように見えない。


 気付くと部屋の中は後から突入してきた傭兵達が増えており、残ったゴブリンの数はあと僅かなようだ。

 フィルは矢を受けた左手が問題なく動くことを確認すると、トニに告げた。


「トニ、行くぞ。一気に片をつける。お前も弓でサポートしろ」

「うん!」

「分かってるとは思うが、前には出るなよ」


 そう言うと、二人で敵の方に駆けていく。

 フィルが持ち直した剣で切りかかろうとするのに合わせて、ゴブリンを矢が襲う。


 剣で矢を払うが、動きが止まった。

 フィルの上から打ち付けるような全体重を乗せた斬撃を剣で受ける。

 剣と剣が接触した状態で押し合うが、押し返されるほどの凄まじい膂力だ。


(やっぱり強いな、しかしこれなら――)


 フィルも押し負けることなく受けるが、鍔迫り合いはほんの少しの時間だった。

 体を斜めにずらし相手の側面に回るようにして剣を受け流すと、体勢を少し崩した相手に横の一閃。すかさず斬撃を入れる。


(浅かったか……)


 すんでの所で致命傷を避わされる。

 ――が、瞬間、ゴブリンが体を仰け反らせた。クレールが後ろから背中を深く切りつけていたのだ。


「グオッ!」


 背後からの攻撃に動きを止めるゴブリン。


 その横から、ゴーシェのだめ押しが入る。

 のけ反った際に掲げられた腕をはね飛ばし、切り込んだ勢いで体を回転させたゴーシェが水平の斬撃を入れ、ゴブリンの首が飛ぶ。


 首が床に落ちる音が響き、一瞬時が止まったように周囲の兵達や魔物が息を飲んだように感じた。フィルがゴブリンに飛び込んでから、ほとんど一瞬の攻防だった。


「取ったぞ!」


 フィルが周りの傭兵達に知らせるように声を上げる。


「うおお!」

「敵は残り僅かだ! 押しきれ!」


 フィルの鼓舞に兵達は声を上げて攻勢を強め、残った魔物を追い込んでいった。

 やはり今倒れたゴブリンが敵の頭だったのか、周囲のゴブリン達には動揺が見られ、逃げ腰になる固体もいるほどだった。


 数の有利で掃討するように敵を片付けていく兵達を見て、フィルは少し安堵した。


「これで片付いたかな」


 周りの戦いにはもう参加しないような姿勢のゴーシェが一息ついたように言う。クレールの方も、剣の血を払ってすでに鞘に収めていた。


「多分な。しかし美味しいところを持っていくな、お前は」

「隙をついたナイスなトドメ、と言ってくれよ」 

「いや実際、素晴らしい動きだった」


 調子にのるゴーシェに、何故かクレールが静かに賛同する。

 残ったゴブリンはもう数えられるほどで、戦闘が終わりに向かっていることが分かる。


「さて、後は任せるとしてここが片付いたら奥に行くか」

「金目のものがあるといいんだけどな」

「フィルさん、手当てしなくていいのかい? ゴーシェさんも、さっきマトモに食らってたじゃないか……。死んだかと思ったよ」


 少し離れた所にいたトニがフィル達のもとに駆け寄ってくる。


「そう簡単に死んでたまるかよ」

「手当ては全て片付いてからでいい。まだ敵もいくらかはいるだろうし、戦利品にありつけないのは困るからな」

「そういうもんかい? でも気を付けてくれよ」


 フィルの肩に深々と刺さったままの矢と、肘まで流れ落ちてくる血を見て、トニが痛々しい表情を浮かべる。


「フィル殿、見事でした。潜入の時もそうですが、正直驚きましたよ」


 魔物の掃討に区切りをつけたのか、ライルをはじめとした残りの隊員達も集まってくる。残りのゴブリンを片付けるのは他の隊の団員達に任せたようだ。


 見ると、先程のゴブリンに倒されていた隊員達を保護していた。傷は負っているものの、命に別状はないようだ。


「ありがとう。こっちも助かったよ、精鋭っていうのは本当だったな」

「大事な所はほとんどフィルさん達に任せっきりでしたから、素直に喜べないですね」


 そう言い、フィルとゴーシェの二人と周りの隊員達は笑い合った。怪我した隊員達も最後まで残ると言って聞かないため、簡単な手当てだけをすることにした。

 団員達の手当てをしている間、手の空いたものたちで魔物から魔晶石を切り出していた。


「かなりのものですね。それだけでも十分な報酬になりそうですよ」


 フィルが先ほど首を飛ばしたオーガの体から、五センチくらいはありそうな大きさの結晶を取り出したのを見て、ライルが声をかけてきた。

 魔晶石は小ぶりなものでも価値はあるが、魔力を多く保有しているものは特に希少であるため、魔力量によって価値が大きく変わるものだった。


「かなりの強敵だったからな。魔力も相当なものだろう」


 フィルは取り出した結晶から血や脂の汚れをゴシゴシと落とすと、手に持ったそれをライルに放ってよこした。


「これは?」

「それはそっちの隊の方の分け前にするよ。他の魔物のものも回収していい」

「いいんですか? 止めを刺したのはフィルさん達ですよ?」


 意外だというような顔をしてライルが聞いてくる。


「ライルの隊のやつらの協力がなかったら倒せもしなかっただろうからな。分け前は平等といこう」

「それにしても貰いすぎですよ」

「その代わり、最後に倒したゴブリンのものはこちらで貰う。報酬だったらグレアムから追加で貰うから口添えはしてくれよ」

「分かっていますよ」


 そう言って再び笑い合うと、ゴーシェの方に向かう。ゴーシェの方では砦のボスであろうゴブリンの体から魔晶石を取り出していた。


「フィル見てくれよ、これもかなりのもんだぜ」


 ゴーシェは魔物の体から取り出した結晶をフィルに見せると、血の汚れがついたその結晶は先ほどフィルがオーガから取り出したものと遜色ないくらいの大きさだった。

「それも結構な値がつきそうだな」

「俺の剣のよりも質が良さそうだ」


 そう言ってゴーシェはにやりと笑うと、腰に下げている皮袋に結晶をしまった。


「俺たちは報酬はきっちり分けるぞ」

「分かってるよ」


 そのまま自分のものにしそうなゴーシェの態度にフィルが釘をさす。

 部屋の中では隊員達の手当てや回収があらかた終わっているようだった。


「じゃあ奥に進むか。もう魔物もほとんどいないだろうけど気を抜くなよ」


 隊員たちは了解と言うと、各々荷物をまとめて砦の奥に進み始めた。


***


 フィルの読みどおり、先ほど激しい戦闘を行った部屋の奥にいくと、魔物はほとんどいなかった。

 時たま単体で襲い掛かってくるゴブリンを切り捨てると砦の奥の散策を進める。


「ここは砦の本拠地だったとこだろうな」


 フィルは執務室のようなところに来ていた。隊を二分して残りを先に進ませると、フィル達はその部屋の中を漁っていた。

 魔物たちが使っていた武具が散らばっているのを蹴っ飛ばし、ぼろぼろになった机や棚などを漁っているが、旧帝国時代の軍隊のものであろう書類などが出てくるだけで目ぼしいものは出てこない。


 先ほど引き出しを開けたときに見つけた銀製のアミュレットや、壁にかけてあった装飾のある刀剣くらいが唯一の金目のものだった。


「しかし、大したものがないな」

「ちょっと期待外れですね」


 フィル達と部屋に残ったライルが椅子の残骸を足で避けながら言う。

 同じく部屋に残ったロニキスやルードの方でも大したものは見つかっていないようである。


 ルードなんかは左腕をさすりながら悪態をつき、部屋内の残骸を蹴っ飛ばしている。


「フィルさん、ライルさん、こちらに来てください! 当たりですよ」


 部屋内に入ってきた隊員の一人がこちらに声をかけてきた。フィル達と分かれて奥の散策に行った隊員だった。

 隊員を案内にして執務室を出るフィル達だったが、クレール達のいる部屋に着くと顔色を変えた。


 一見倉庫のように見える部屋だが、両側の棚には装飾のある武具や装飾品などが並んでいた。


「選り取りみどりだな」


 ゴーシェがそこらの宝飾品を見て回りながら言う。旧帝国時代の金貨銀貨が入っている箱もあるようだ。


「これ全部貰っちまったら流石にグレアムに怒られるかな」

「恐らく。まあ多少手をつけるくらいなら構わないでしょう」


 宝飾品の中では地味に見えるが、業物のような刀剣を手に取って見ているクレールがそう言った。

 ルードなどは怪我の痛みを忘れたように、すでにクレール達に混ざって戦利品を漁り始めている。隊員達は皆思い思いに好きなものに手をつけているようだ。


(多少なら構わないと言ってたし、俺もあやかるか)


 そう思い、フィルも棚の宝飾品に手をつけ始めた。銀の鎖をつけた赤い宝石の首飾りアミュレットを吟味していると、部屋の入口あたりでこちらを見ているだけのトニが立っているのが見えた。


「何だ、お前はいらないのか? 戦利品だぞ?」

「俺も貰っていいの?」


 フィルはトニの方に歩いていき、手に持った首飾りを渡す。


「いいも何もお前も一緒に戦っただろうが。貰えるものは貰っとけ」


 そう言うと、トニは受け取った時のきょとんとした表情を笑顔に変えた。


「うん! ありがとう!」

「お、いいもん貰ったな。小振りだが結構値がつくぞ。それだけでいいのか?」


 戦利品で腰の革袋をパンパンにさせたゴーシェもこちらに戻ってきた。


「うん! これで十分だよ!」


 ゴーシェがトニの頭をポンポンと叩いて言うと、嬉しそうな返事を返した。

 フィルも何点か金品を頂戴すると、隊員達もあらから回収を終えたようだったので元に場所に戻るよう声をかけた。


「そろそろ戻るぞ。外の様子がどうなっているかも知りたい。ここの場所をグレアムに言わないといけないしな」


 そう言うと、フィル達は宝物庫を後にする。

 戦闘があった部屋に戻ると、丁度グレアムがクレメントなどの部下を連れて入ってくる所だった。


「グレアム、丁度良かった。中は片付けたが、外はどうなってる?」

「おお、フィルか。外もあらかた片付いたぞ」


 フィルや傭兵団の面々を見て、敵がいないことを知ったのか、手に持っていた長槍を横の部下に渡す。


「しかし中もお前がやっちまったのか、だらしねえなウチの団員達は」

「そこに転がってるのが多分ここのボスだ。外が片付いてるってことは終わりか?」

「恐らくな。一応残党狩りのために砦内を洗わせているが、もう魔物もほとんどいないと思うぜ」


 フィルとグレアムは話ながら拳をぶつけ合う。


「じゃあ先に撤収準備をさせてもらうぞ。今回の仕事は少し疲れた」

「おう、後はこっちに任せとけ」

「了解、団長殿。それと奥に宝物庫があったぞ」

「本当か、それは助かるな。傭兵団もでかくなると何かと金がかかってな。ちゃんと残してあるんだろうな?」

「それはライル達に聞いてくれ。俺たちは大して手をつけてない」


 グレアムは笑いながら言うが、パンパンになったゴーシェの腰の袋をちらりと見る。


「俺も大して盗ってないよ! ちょっとなら貰っていいって言っただろ!」


 弁明するゴーシェをフィルと隊員達で笑うと、グレアムと別れると撤収するために砦の居館を後にする。

 外に出るとそこかしこで建物に火があがっており、砦内は明るく見渡せた。各所で倒れた魔物の姿と鬨の声を上げる団員達が見え、戦いが終わったことを改めて実感する。


「それじゃあ先に撤収させてもらうか。砦の門のところで待機していよう」


 すっかり声の揃った返事を返す隊員達をフィルが見回すと、門に向かって歩いていく。


***


 砦内では篝火がいくつも焚かれ、戦の跡を片付けられた居館や広場で傭兵達が歓声を上げながら酒を酌み交わしていた。先ほどまでの激戦の気配はすっかりと無くなっている。


 先刻フィル達が砦門で待機していた時、ガルハッド国軍の騎馬隊が門を抜けて居館の方に向かっていった。

 気になったフィルが隊員達を置いて見に行った所、グレアムと国軍の人間達が揉めていたようなので、面倒ごとに捲き込まれないように退散してきていた。

 恐らくは遅れて突入してきた国軍が着いたときに既に砦が落ちていたため、手柄が立てられなかった国軍側が騒いでいるのだろう。


 それから暫くし、戦闘が解除されたのか他の隊の団員達もばらばらと合流して門前の広場で待機していたところ、本隊の伝令がやってきて砦攻略の成功が告げられた。

 伝令の言葉と、砦の食料庫に残っていた大量の葡萄酒ワインの存在を聞いて団員達は歓声を上げた。


「うおおおお!!」

葡萄酒ワインだと!? 最高じゃねえか!!」

「飲むぞおおおおお!!」


 砦外の陣に残っていた団員達も合流してきて、広場に酒樽が次々と運び込まれる。

 居館の方から副団長のクレメントがやってきて、武装を解除して酒を飲んでよいと伝えたときには既に宴会が始まっていた。


「フィル殿、我々も混ざってもよろしいですか?」


 広場の中央で奇声をあげて盛り上がる傭兵団の面々には混ざらず、端の方でゴーシェ、トニと三人で酒を飲んでいたフィルにライルを始めとした隊員達が声をかけてきた。


「勿論だ、むしろお前達こそあっちで盛り上がらなくていいのか?」


 フィル達と合流し輪を作って思い思いに酒を飲み出す隊員達に大丈夫かと聞く。


「そうですね、我々も元は帝国の出なのであまり傭兵団に馴染んでないんですよ」


 ライルがフィルの問いに自分の出自――つまり旧帝国の難民であると答える。


「なるほどな、それで少数の隊だったのか。いつもこんな危険な仕事をしているのか?」


 砦の戦闘で隊に無傷の者はいなかった。包帯を血で滲ませる隊員達を見回すが、皆笑いながら酒を酌み交わしていた。


「そういうわけでもないですよ。グレアム団長には良くしてもらっています。今回のような仕事もたまにはありますが。傭兵団にも難民の出の者はそこそこいます。我々の隊があまり馴染んでないだけですね」


 ライル達は皆、難民としてガルハッド国に落ち延びてきたもの、または逃げてきた難民の子であるという。傭兵として仕事を探していたところ、それぞれグレアムに拾われたため恩義があるようだ。


「今回は本当に助かりました、我々だけだったら全滅していたかも知れない」

「そんなことはないだろう。皆よく動いていたし腕もいい。お前やクレールなんかは俺たちと同じかそれ以上の実力はあるだろう?」

「何を言っているんですか。確かに腕がいいことは否定しませんが、あなた方――特にフィルさんはちょっとおかしいですよ」


 そう言ってライルが笑った。


「そうそう、何でそんなに場馴れしているんだ? あのサイズのオーガを一対一サシで倒せる奴はそういないはずだぞ?」

「そうだな。私も倒せないこともなさそうだったが、ああ鮮やかにはいかないだろう。フィル殿のそれは一線を画している。砦の魔物全てを切り殺す勢いだった」


 ライルとの会話にロニキスとクレールが混ざってきた。

 クレールの視線がフィルの腰の魔剣の方にちらりと向けられるが、気付かないふりをする。


「買いかぶり過ぎだな。ライルの隊の皆が動いてくれなかったら流石に無理だっただろう」

「何にせよめでたい席で細かい話はいいだろう! まあ飲め飲め!」


 苦笑いで返すフィルに助け船が入る。空の木製のジョッキを酒樽の中にざぶりと入れて酒を酌むと、ゴーシェが二人に渡した。

 ライル達とジョッキをぶつけ合うと、フィルも酒をぐいっと一気にあおる。


「俺は何もできなかったなあ。フィルさんが残れって言ったのが分かったよ」


 ジョッキを両手で持ってちびちびと酒に口をつけながらトニが言う。


「そうでもなかったぞ、中々よく動けていた。弓の扱いも良かった」

「そうかい?」

「ああ。次からは残れとは言わないから存分に働いて貰うぞ」


 フィルがにやりと笑いかけると、トニは引きつった顔で笑い返す。ライルが気付いたように声をかけてくる。


「その子もフィルさんの仲間ですか?」

「そう言えばちゃんと紹介してなかったな。こいつはトニ、うちの――仲間だな」


 フィルがそう言うと、トニの顔がぱあっと明るくなった。


「よろしく!」

「改めてよろしくお願いします。フィル殿が言われていたように良い動きでしたよ。随分若いようですし、初陣とは思えませんね」


 グレアムから隊を任された時にはどうしたものかと思ったものの、戦場を共にしたせいかフィル達は隊員達に受け入れられて射るようだった。ゴーシェなどは首から布をぶら下げて固定された片腕を吊っているルードと、肩を組みながら飲み比べをしている。


「なんだ、随分と仲が良さそうじゃないか」


 酒を飲んで騒ぐフィル達一団のもとにグレアムがやってきた。


「団長殿か、こんなところに来ていていいのか?」

「その呼び方はよせって。国軍との話が一段落ついたからな、細かいことはクレメントに任せてきた。国軍の奴らロクに働きもしないで口だけは立派だから全くうっとおしいぜ」


 グレアムはフィルの横にどかっと座ると、そばにいたライルに酒をくれと頼んだ。


「フィル殿のおかげで助かりましたよ。流石は団長のお知り合いですね」

「言った通り腕が立つだろ、フィルは。前の傭兵団でもエースだったからな」


 本気で言っているのか分からない口調でグレアムがそう言う。


「さっきも言ったけどこっちも助かったよ。流石はグレアムのとこの団員だな」

「ライル達は特に腕が立つ方だからな。他の連中がだらしないから弱るぜ」

「でかい傭兵団だと色々ありそうだな」


 ライルが持ってきたジョッキを一気にあおると苦い顔をする強面のグレアムがそう言う。


「フィル殿を傭兵団に誘わないので? うちの隊だったら歓迎しますよ」

「誘っても断るんだよ、こいつは」

「自由に傭兵業をやりたいからな。国軍の相手なんか絶対に嫌だね」


 そう言ってフィルが笑うと、グレアムも笑いながら肩を小突いてきた。


「まあまあ、グレアムも飲めよ。祝いの席に仕事の話なんてつまらないぜ?」


 さっきから隊員達に酒を飲まして回っているゴーシェがこっちにもやってきて、グレアムに酒を注ぐ。


「それでこれからどうするんだ? またどっかで戦争をやるのか?」


 酒を注ぎながらゴーシェがグレアムに今後の動きを聞く。


「取りあえずは砦を拠点に周辺の魔物を一掃するかな。町と砦の間もまだまだ魔物が出る。ここに残らないか? 仕事なら山ほどあるぜ」

「そうだな。後でどうするか考えるが、仕事を貰えるのは嬉しいよ」

「町に戻るんだったらアランソンの方にでも行ってくれ。俺もここが落ち着いたら一旦町の方に顔を出すつもりだ」


(……確かにここに残ってもう一稼ぎするってのもいいな。ゴーシェが嫌がりそうだが)


 あとでゴーシェと話そうと決め、フィルも本腰を入れて酒を飲み始めた。

 ゴーシェやルード達などの隊員は既に完全に出来上がっており、トニはやけに静かだと思ったらジョッキから酒をこぼしながら寝ていた。


 あちらこちらで勝利を祝う叫びが上がり、ぱちぱちと火が燃える音、鎧をガンガンと打ち鳴らす音、そして笑い声が混ざり合い、歌のように砦内に響き渡る。

 グレアムも広場で飲んでいる団員達を回りながら飲み明かすことを決めたようで、砦の宴会は一層の盛り上がりを見せた。


 朝を迎えてもまだ酒を飲み続けている団員達が一人、また一人と倒れていく中、グレアムが地面に大の字になって寝入ったのと、居館で国軍を相手に仕事をしていたクレメントがようやく解放されて眠りについたのはほとんど同時のことだった。

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