第五章 ヘビィゲート

 全隊が元の陣に戻ったのはまだ夕刻にもならないような時分だった。

 フィルの指示通り大人しく陣中での炊き出しなどの雑務の手伝いをしていたトニに声をかけ、今日の戦闘の状態を簡単に教えてやる。


「要は砦攻めは完全に失敗でフィルさんたちは何もしないで帰って来た、ってこと?」

「……もう少し柔らかく言って欲しいところだが、その通りだ」


 トニの物言いには悪気は一切ないが、図星というような所を的確についてきたため、フィルは少しふがいないような気持ちになる。


「とにかく今後の対策を話すようだからグレアムの所に行ってくる。その後飯にでもしたいから準備を頼むよ」

「何もしてなくても腹は減るからね! 俺が手伝ったところで芋のスープを用意してたみたいだから、人数分貰ってくるよ!」


 一向に物言いが変わらないトニを置いておき、陣に戻ってすぐだがゴーシェと共にグレアムの所に向かうことにした。


 戦場から帰還して分かったことだが前線の兵達の状態は思ったよりも悪く、負傷者の数は捨て置けるようなものではないことが分かった。

 魔物から受けた矢傷や裂傷により手当を受けている兵がかなりの数いるようだったからだ。


(あんな無駄な攻防を繰り返していても状態は悪くなるばかりだな)


 先ほどのトニとのやり取りでばつが悪いような表情となったフィルとゴーシェが歩いている。

 ゴーシェの方も同じように思っているのだろうか、表情に少しかげりがある。


 会話もないままグレアムの天幕につくと、小隊規模を任されるような面々が既に集まってきているようで、真ん中に立つグレアムを囲むような形で数人が待機している。


「フィル、来たか。これで全員揃ったから始めるぞ」


 天幕内の面々は、フィルは面識のない人間がほとんど――というより昨日到着した時に挨拶だけをした副団長のクレメントくらいが顔見知りだった。

 傭兵団の面々はフィルとゴーシェが入ってきたことを一瞥しただけで、さほど興味のない様子でグレアムの方に視線を戻す。


「早速だが、これから夜襲をかける。すでに団員達には準備をする旨を伝えるために陣を周る伝令を出した」


 グレアムの急な宣言にフィルとゴーシェや何人かの団員は面を食らうが、クレメントをはじめとした複数人は既に知っているようで、特に反応を見せない。


(しかし、国軍側の許可が出ないという話が――)


「ちなみに聞かれる前に言っておくが、国軍側に了承は取ってある」


 フィルが確認を取るべきか考えた矢先にグレアムが説明し、そして続ける。


「ただ国軍側の協力はないと思ってくれ、向こう側に大してやる気はない。ほとんどうちの傭兵団単独での夜襲だ。了承を取ったのは、夜襲をかけて可能なら砦内に突入するという点だけだ。一応、別働で国軍が待機するようだから機があれば同時に突入、ということにはしてあるが本当に待機するかも分からないし期待はしない方がいいだろう」


 説明を一旦区切り、ここまでで何か質問はとグレアムが言うが、周囲の面々は黙っている者や互いに見合わせている者がいるくらいで声は上がらない。


「それでは詳細を詰めていこう。とは言っても、大した話はない」


 そう言ってグレアムは周囲をぐるりと見回す。


「決めなければいけないのは、先行で砦に潜入する隊だ。夜襲とは言っても砦の門が破れないとなってはかなりの被害が出るだろう。全隊で突入する前に単独で砦に侵入して開門までを任務とする」


 グレアムが言葉を切ると、周囲はあまり乗り気ではない顔をしている。


(砦の戦力はかなり多い。単独で潜入となるとかなりリスクが高いな……)


「危険が伴うことは当然理解している。しかし、これは捨石すていしではなく要石かなめいしだ。開門まで漕ぎ着けた場合は相応の見返りがあると考えてくれ。誰かやってくれるものはいないか?」


 あくまで志願する者にと考えているようだが、団員達は考え込むように押し黙ってしまった。

 団員同士で相談する者もちらほらいる。


 そんな中、ゴーシェが小声で話しかけてくる。


「フィル、俺達でやってもいいんじゃないか?」

「どうした、やる気だな。算段でもあるのか」

「いや、特にない。報酬があるって言うからさ」


 気楽に言ってのけるゴーシェ。

 ここでの話を何も聞いてなかったのかと文句をいいたくなるがーー


(しかしゴーシェの言う通り、見返りもでかそうだ……。下手な奴に任せて失敗するよりいいか……?)


 周りを見回すが、皆決心がつかない様子だった。

 フィルは覚悟を決め、声をあげる。


「俺のところがやってもいいぞ。借りた隊も一緒に、ということになるが」


 そう言うと全員の視線がフィルに集まった。グレアムと副隊長のクレメント以外の面々はフィルと面識はないため、訝しむような視線がほとんどだ。


「誰だ貴様は、どこの馬の骨かも分からん奴にこんな大事なーー」

「フィル、行ってくれるのか? 勿論、貸した隊はそのまま使ってもらって構わないが」


 名も知らない団員の言葉を遮るようにグレアムが答える。しかし、向こうもめげない。


「団長、正気ですか? こんなやつに任せるんで大丈夫ですか?」


 グレアムは少し嘆息を漏らすと、言葉を返した。


「フィルはうちの団の者じゃないが腕は立つ。ライルの隊もつけてあるから、問題はないだろう。それともお前のところが行くか?」

「いや、それは……」


 声をあげた団員は口ごもる。


「とにかく急いで出陣をしたい。何か言いたい奴がいないならすぐに夜襲の準備に入るぞ」


 グレアムの言葉に周囲の面々からはそれ以上の不満は出てこなかった。

 その様子を見て、団員達に隊の出陣準備を言い渡すと、その場を解散とした。


「すまんな、腕も中身も悪い奴らじゃないが、団がでかくなってから危険に飛び込むような奴がいなくなった」

「いや構わないよ、もっと冷たく当たられるかと覚悟していたくらいだ」


 グレアムの弁明に、天幕内に残ったフィルとゴーシェが言葉を返す。


「俺たちも好きにやらせてもらった方が動きやすいから助かるよ。単独潜入ってことを置いておけばね」


 ゴーシェもへらへらと笑いながら言う。


「そこはすまん。だが隊の消耗が思ったより激しいんだ。ここらで一気に攻め込まないともたないーー」

「失敗はするな、ってことね。了解」


 珍しく弱気を見せるようなグレアムに、今度はゴーシェの方が言葉を遮るように言う。


「とにかく決まったことだし、潜入までの流れと本隊とのやり取りの段取りを決めさせてもらえないか? そちらのやり方があるのであれば、合わせて動くよ」


 フィルの言葉を皮切りに簡単な段取りを三人で決めると、「すぐに出る」とだけ言ってフィルたちは天幕を後にした。


***


 本陣の外、砦からは少し離れた場所にフィルを始めとした小隊の面々が集まった。


 隊員達は、夜襲実行の知らせと小隊が集合する旨だけしか聞いていないため、詳細が分からず少し戸惑った様子がある。


「夜襲をかけることまでは聞いていると思うが、うちの隊は別動隊として動くことになった。今回の攻めの要となるから励んでくれ」

「詳細を説明してもらえるんでしょうか?」


 早速といったように、ライルが質問を挟む。


「ああ、これから説明する。団長から俺が指揮を取るように言われているが、生死の責任までは取れない。少々ヤバい橋を渡ることになるから説明を聞いた上で、降りるときはそう言ってくれ。別の人員を融通してもらう」


 質問の後に続いたフィルの返しを聞いて団員達の顔が強ばる。が、流石に精鋭と聞いてるだけあって尻込みをする人間はいないようだ。

 どいつも「武者震いです」と書いてあるような顔をしている。


「夜襲は傭兵団を中心に行うが、言ったように俺達は別動隊で動く。単独で砦内に侵入して、砦の門を開けるまでが任務だ。任務完了後は突入をかける本隊に合流するように言われている」


 フィルの説明に何人かの団員の表情が更に曇る。敵陣の真っ只中に単独潜入と言われていい顔をする奴はそういないだろう。


「随分と簡単に言いますね。侵入と言いますが、何日も硬直状態なんですよ? 敵勢力もそう簡単に侵入を許すとは思えません」


 想定していた言葉を持ってライルが反論する。


「だからこその少数精鋭での隠密行動だ。勿論危険は十分にあるし、失敗した時の脱出は保証できない」

「まあ俺だけなら脱出できる自信はあるけどな」


 緊張感のある説明の中なので、ゴーシェの無駄口は無視しておく。


「最初に言った『降りるときは』っていうのはそういう意味だ。すまないがお前らの命までは保証できない」

「フィル殿は成功すると思っているので?」

「ああ」


 ライルはほんの少しの間、考えるような顔をしたが即決する。


「では、その言葉を信じましょう。正直に言ってうちの傭兵団ではない人に命を預けるのは気が引けますが、グレアム団長の推薦です。実力は信じましょう」

「そう思ってもらえると助かるよ」


 予想に反してライルはあっさりと作戦への参加を肯定した。他の面々も緊張感のある表情は崩さないものの、おおむね同じ意見のようだ。


「じゃあ全員参加ってことでいいか? 問題がなければ作戦の詳細の説明に入るが」


 小隊の全員が頷く。


 少しもめると思ったが、話が早くて助かるな。この分だと実力の方も期待していいかも知らない。

 フィルがそう思い改めて団員達の姿を見ると、立ち振舞いや装備の充実からやはり実力者揃いであることが分かる。


「ちなみに団長からは相応の見返りがあるってことだから、そこは期待していい」


 全員が参加の意思を示したことにより、本格的な作戦の説明に入る。

 フィルが淡々と潜入する場所や潜入までの段取り、潜入後の動き方を説明する。何人かの隊員が細かな部分の質問をするが、作戦自体に不満があるものはいないようだ。


「どこから潜入するんですか?」

「砦の南側、こちらから見て右手の方面だな。前に砦の周囲を見て回った時、地形的に潜入しやすそうなポイントがあった。夜は分からないが、昼間見た限りだと見張りが薄い」


「潜入手段は?」

「ゴーシェが先行して潜入する。壁上に上がって見張りを片付けたらロープを落とすから、順次潜入だ」


「潜入後は門のところまでどう向かう?」

「すまないが、こればっかりは中に入ってからだ。本陣でも確認したが、砦の造りなどの情報はないようだった。こっちで先行するから、付いてきてくれ。というか付いてこれない場合は置いてくから覚悟はしておいてくれ」


 団員達の質問に淡々と答えを返していく。

 答え方が良かったのか分からないが、少しずつ信頼を得られているような感覚がある。


「質問はこれで終わりか?」

「最後に一つだけよろしいでしょうか?」 


 締めようとしたところでライルから再び声がかかる。


「何でも聞いてくれ」

「では……。フィル殿は潜入作戦の経験はありますか? 話ぶりからは手慣れた感じを見受けますが」


 何とも言えない質問をする、とフィルが思う。砦攻め自体大した経験がないし、単独潜入などもってのほかだ。


「砦の潜入というのは経験はない。が、普段はゴーシェと二人で仕事をしているから、魔物との戦い自体、真っ正面から切り合うより隠密で行うことが多いかな」

「なるほど、分かりました」


 ライルは自らが納得したのか、それ以上の質問はしてこないが、最初の時のような冷ややかな感じはもうないようだ。


「俺からもよろしく頼むよ。フィルが言った通り、砦攻めは初心者でね。胸を借りるよ」


 ゴーシェの言葉に再び全員が頷く。


「じゃあ、これで問題ないようだから作戦の決行をグレアムに連絡するぞ。開始の指示が出たら動き始める」


 フィルはそう言って、脇に控えていた伝令役の人間にグレアムのもとに潜入のタイミングを伝え、伝令が去っていくのを見届ける。

 団員達は作戦決行に備えて、装備の再点検に入っているようだ。


「で、俺からも質問なんだが」 


 そう言ってゴーシェの奥ーーというより隣に立つ人間に向き直る。


「……トニ、何でお前がここにいる?」


 フィルがそう言うと、ゴーシェがさっと明後日の方向を向く。


(またこいつか……)


「ゴーシェさんから集合、って聞いたから!」

「お前は集合しなくていい。というかゴーシェ、こんな所にまで連れてきてどういうつもりだ?」


 小隊が集まっている場所は本陣からも少し離れた場所だ。フィルは先行して着いたため、トニが着いてきていることに気がつかなかった。


「いやあ、やっぱり参加させてもいいかなって。結構戦力になるしさ」


 悪びれた様子でゴーシェがそう言い、トニが続く。


「フィルさん、俺からも頼むよ! 俺、役に立ちたいんだよ!」

「お前死ぬぞ? さっきも言ったが足手まといに構ってるほど余裕がある作戦じゃないからな」

「それでもいい!」


 何事かと団員達がこちらを見ている。

 トニの存在に気付いていたようだが、誰もそれに触れていなかった。


「……戻れと言っても、ここからではな。ついてくる分には構わないが、駄目そうなら置いていくからな」

「分かった!」

「フィル殿、大丈夫なんですか? そんな子供を連れて」


 作戦の準備に入っていたライルが見かねて話に入ってくる。


「大丈夫だって! こいつだって結構やるんだぜ?」

「お前は黙ってろ。ライル、すまないが参加させることにした。ゴーシェが言うでもないが、戦力的には邪魔にならないことは保証する」


 ゴーシェを嗜めながらライルに弁明する。


「そう言われるんでしたら特に異論はないですが……」

「なんだよ、俺には冷たいな」


 微妙な顔をするライルと、つまらなそうにするゴーシェ。


「そういうことだから。とにかくトニ、覚悟はしておけよ」

「うん!」


 そうこうやり取りをし、各員が装備の点検を終えた頃に伝令が戻ってきて、作戦決行となった。

 色々と不安はあるが、あとはやるしかない。


***


 小隊は単独で砦南の森の中で待機していた。


 フィルの読み通りに砦の壁上にいる見張りは少ないようで、砦の灯りの回りに二体の見張りのゴブリンが見える。

 砦の外の平原は近くまでいけば灯りで多少照らされるものの、タイミングを見計らえば全員で気付かれずに壁に取り付くのも無理はないだろう。


 手はずでは全員で壁の下まで移動し、先行して壁上に上がるゴーシェが見張りを片付けたら各々が壁を登って砦内に潜入する流れとなっている。


「そろそろ本隊が正面の門の近くに待機し始める頃だ。準備がよければ俺達もいくぞ」


 フィルの言葉にゴーシェと隊員達が言葉なく頷く。


「行くぞ」


 周回している壁上の見張りから死角になるタイミングで、茂みから小隊が飛び出して走り出す。

 振り返ることなく壁の下まで走り、壁に取りついた所で確認すると、全員が問題なくついてきているようで、見張りに見付かった気配もない。


 視線でゴーシェに合図を出すと、頷き返したゴーシェが壁を登っていく。二階建ての建物ほどの高さの壁だが、するすると登っていく様子が見える。


 壁上にたどり着いたゴーシェが、見張りの位置を確認するために一呼吸置くが、すぐさま壁のへりを乗り越え姿が見えなくなる。

 十数秒か音がない時間が経ち、頭上からロープが落ちてくる。


 周囲の面々に視線で合図をし、フィルはロープの強度を確認すると、ロープを引っ張って自身の体を持ち上げるように壁をかけ上がっていく。

 フィルが壁を登っている横を更にもう一本のロープが落ちていき、他の面々も登り始める。トニもフィルが登った後を続くようにしている。


 壁上まで上がり、へりを越えて周囲を確認すると、右方と左方のそれぞれに一体ずつゴブリンが血を流して倒れているのが見える。

 周囲を警戒するが巡回しているような見張りもおらす、見張り台がある正面の城門からは少し離れた場所なので、恐らくは気付かれずに侵入できただろう。


(とりあえずここまでは順調かな)


 壁下から二人、四人と順々に上がってくる隊員達を見ながら、警戒を弱めないでいた。


 続々と隊員達が集まってくる壁上の近くに、砦の内部に降りられる階段が見えた。


「階段を降りて内部から正面の門に回っていくぞ」


 フィルは即座に判断し、砦の壁上ではなく内側を進んでいくことを伝える。


「壁の上を行けば、真っ直ぐ門につくんじゃないの?」

「壁の上は明かりがあって目立つ。それに巡回してる見張りに出くわす可能性がある。下を行った方が安全だ」


 フィルが答えている間にゴーシェは自分が始末したゴブリンの死体を砦の外側に落としていた。

 暗いながらも多少の血痕が残っているため、別の見張りがきたら気付かれる可能性が高いが、処分しておくに越したことはない。


「驚きました、随分と手際がいいんですね」


 全員が登ってくるまで待機している一団の中から、ライルが声をかけてきた。ゴーシェの動きの早さに純粋に驚いている感じだ。


「そいつはどうも、アイツは特にこういう仕事の方が向いてるからな」


 そう言うと、作業を終えたゴーシェがこっちを見てニッと笑いかけてくる。


「全員来たな。ここからはさっき決めた通り三隊に分けて行動する。俺達は先行、ライルの隊は俺達の隊に並走してくれ。指示を出す時は従って動いて欲しい」


 ライルと他三人の団員が頷く。

 先ほど小隊で集まった際に隊を分けて行動することを全員に伝えていた。隊を分けると言っても別行動をするわけではなく、先行するフィルの隊、サポートに回るライルの隊、殿で後方を警戒しなから動くもう一隊に分けた。


「クレールの隊は後衛、これもさっき伝えた通りだ」


 もう一隊はクレールという名の黒髪長髪痩身の男に任せた。

 元々この団員達はライルを頭として動いているようだったが、このクレールという男が副隊長というような立ち位置はないものの、事実上の二番手として活動をしているらしい。


 傭兵としては痩せぎすで少し不気味に見えるが、立ち振舞いは熟練の剣士然としており、実力者であることは間違いないだろう。


「承知した」


 口数の少ない彼は承知の旨だけ口にする。

 何を考えているのかよく分からない表情だが、団員達の中では珍しくフィル達に肯定的な態度を示す男だった。元は個人で傭兵をやっていたタチかも知れない。


「じゃあ行くぞ。互いの状態は確認しながら進むが、ほとんど止まらないで進むと思っていてくれ。しつこいようだが、遅れたら置いていくぞ」


 この場にいる全員が真剣な表情で頷く。

 もっとも、トニだけは少し緊張感にかけた表情に見える。


(ある意味大物だな、こいつは……)


 トニの様子に不安を覚えながらも自分の隊に入れたことだし大丈夫だろうと思い直し、作戦開始の号令を出す。


「真っ直ぐ門に向かう、行くぞ!」


 団員達から応と返事が返る前にフィルは走り出した。

 ゴーシェ、トニ、そして他二人の団員がフィルの後を続く。


 フィルの隊に入れたのはそれぞれ、ロニキス、ルード、という名の団員達。

 二人を入れることにしたのはさほど意味はなく、ゴーシェが「気が合いそうだから」と言ったというだけの理由だ。

 フィル達五人の小隊に、ライルの隊が続き、少しだけ遅れてクレールの隊が着いてきている。


 砦内は帝国時代に使われていた家屋などが多く立ち並び、一団は建物を影にするように壁沿いを進み始めた。

 建物の裏手に潜む時は建物内の魔物の存在を確認しながら、建物と建物の間を通るときは通りに魔物がいないことを確認しながら進んでいく。


(門まではそう遠くないはずだが、このままいけるか……?)


 時折後ろを確認しながら進んでいるが、後衛のクレール隊も魔物に見付かった様子はなく問題なくついてきている。


 魔物をやり過ごしながら、見付かることなく徐々に進行していった所で、家屋が建ち並んでいる区域から大きめの通りにぶつかるところまで進んだ。


 影から通りを見ると少し奥の方に門が見えたが、その手前の広場のようになっている開けた所に魔物の集団が見える。

 広場中央にある噴水の跡のような所に明々と焚き火が燃えており、周辺はかなり明るい。


 後方のライル達に静止の合図を出す。


「おいおい結構な数がいるじゃないの。フィル、どうするんだ?」


 小声でゴーシェが声をかけてくる。


「通りを突っ切るにしても、あの数がいたんじゃ途中で見付かる可能性の方が高いな」

「だとしても他に道はないぞ?」


 フィル達が潜んでいる建物の表側の道も、前方の広場に繋がっている。来た道を戻って迂回すればもしかしたら隠れながら進めるかも知れないが、その確証もない。


「打って出るにしても数がやっかいだな。門にたどり着けるかも怪しい」

「一気に突破をかければ門まではいけるんじゃないか? 距離もそれほどーー」

「うわっ!」


 ゴーシェとの会話がトニの頓狂な声で打ち切られる。驚いて声の方を見ると、トニが建物内から出てきたゴブリンを剣で貫いていた。


「びっくりしたー」

「すまん、急に建物から飛び出してきて……見逃していた」


 トニがゴブリンを相手した状況をルードの方が弁明する。もう一方のロニキスはと言うと、即座に剣を抜き放って魔物を貫く目の前の子供に少し引いている様子だ。


「大きな声を出すな、広場に魔物の大群がーー」


 そう言いかけた所で、頭上に気配を感じて剣を抜き放った。

 フィルの剣は飛んでくる矢を払っており、見ると壁の上で一匹のゴブリンが弓を構えている。


(見付かったかーー)


 フィルがしまったと思うのと、魔物の警戒をはらんだ叫びが聞こえたのは、ほとんど同時だった。


「グギャアアアアアアアア!!」

「おいおい、これまずいんじゃないの?」


 ゴーシェが焦りながら弓を構え、頭上のゴブリンを撃ち抜くが、更に数体のゴブリンが弓をつがえて壁上から身を出す。


「ライル、見付かった! 表に出て広場を突破するぞ! クレールは後方からの敵に警戒しながら付いてきてくれ!」

「了解!」


 飛来する矢を盾で避けながら叫ぶフィルの声に二人が応え、一団が表の通りに飛び出す。

 通りに出ると先程の魔物の叫びに何事かと、広場から向かってきた魔物の一群と顔を合わせた。


(門まで多少距離はあるが、いくしかないか……?)


「正面突破だ、行くぞ! 後ろの敵は払うだけでいい! とにかく前の敵を切り捨てて進め!」


 フィルの号令に各隊から「応!」と返事が返ってくる。

 正面の数十体のゴブリンの一群に走り出し、通り抜けざまに数体を切り捨てると、他四人も同じように各々で敵を切り抜けてくる。


 全てを相手取らずに自隊が魔物の一群を抜けてくると、振り返ったフィルが後方に向けて叫んだ。


「邪魔な奴だけ切り捨てろ! 門までは一直線だ! とにかく付いてこい!」


 一体、また一体と群がってくるゴブリンを切り捨て、盾で払いのけながら、フィルは後方への指示のために声をあげる。


「行くぞ!」


 指示が伝わったことが分かるとすぐさま、再度前方に向き直って走り出す。

 一群を抜けたものの前方からは新たな数十体の魔物の群が押し寄せてくる。更に奥の方に何体かのオーガが見える。


「フィル、でかいのがいるぞ! あれも相手するのか!」

「脇を抜けていく! 何が何でも門に向かえ!」


 ゴーシェの声に返すが、しっかりとトニも着いてきている。ゴーシェがフォローに入っているようだが、遅れずに着いてこれるようだ。


(相変わらず世話焼きだな。しかしこの数、くそっ!)


 毒づきながらも群がってくる魔物を切り払い、歩みを止めずに一心で門に向かって進んでいく。


 切り払い走りながら進んでいくが、こちらに向かってきた一体のオーガの正面に出てしまった。先日の村で相手取った奴より一回りでかいオーガだ。

 正面から縦に切り下ろされる大剣をすんでのところで回避し、通り抜け様にオーガの脇腹を切りつける。


(浅いな……)


 後方をちらりと見るが、脇腹を押さえながらもこっちに向き直る巨体が見えた。


 前方の左方にゴーシェ達二人、逆側の右方に雄叫びをあげながらゴブリンを切り捨てていくルード、ロニキスが見える。

 彼等に遅れるわけにはいかないので後方のオーガは捨て置いてフィルも前に向かって走る。


(ゴブリン相手に遅れを取らないと思ってはいたが、思った以上だな)


 グレアムから隊に付けてもらった団員達がこの状態でも着いてきていることに驚いていた。

 魔物の群れの中を隊が走り抜けていく。


 遠目から見たときに距離があるように見えた門だが、もうあと僅かの所まで来ていた。しかし、門の前にあと少しという所ーー


 複数体のオーガが見えた。


「フィル! 門の前! オーガがいっぱいいるぞ!」

「俺達の隊で相手する! ライル、聞こえているか! お前らで門を開けろ! 魔物はこっちで相手する!」

「分かりました! 頼むから無様にやられないで下さいよ!」


 すぐ後方にいるであろうライルから声が返ってくるが姿は見ていない。先に門にたどり着くこっちの隊で魔物を食い止めて、ライルの隊を開門に向かわせるよう指示を飛ばす。


 問題は門の前に十体ほどのオーガがたむろっていることだ。


「ルード、ロニキス、いけるか! 一体ずつ潰すぞ!」

「サシでやるのは無理だ!」

「じゃあ二人で叩け! 回り込んで門を守るように戦え! クレールの隊が追い付くまで耐えろ!」

「了解!」


 ルード、ロニキスの両名から返事が返ってくる。


 門の前までたどり着き、数の多いオーガの一群と対峙した。間髪入れずに一体の懐に飛び込み、剣が降り下ろされる前に切り上げの一撃を入れる。怯む相手の死角に体を潜り込ませ、後ろに回る。


 上手く門を背にできたところで周囲を見ると、ゴーシェも同じように牽制を入れた隙に回り込んでおり、ゴーシェに向かって放たれた攻撃の横をトニが通り抜けてくる。


(ゴーシェはともかく、あいつも上手く動いてるな……)


 ルードとロニキスが追い付いてきたところで、五人でオーガの一群に対峙して門を守る格好となった。しかし目の前には十数体のオーガとその後方を囲むように多数のゴブリンがこちらに警戒を露にしている。


「フィル! 数がヤバイぞ!」

「見りゃ分かるよ! 黙って減らすことを考えろ!」

「……了解! トニ、お前は一歩下がれ!」


 ゴーシェがトニに向かって指示を飛ばす。


「分かった! というかこんなでかい奴、どう戦っていいか分からないよ!」

「こうなったらお前もちゃんと戦力になれ! ゴーシェに付いて隙を見つけて攻撃をいれろ!」

「分かったーーって分からないよ!」


 悲痛な叫びの対処をゴーシェに任せると決め、先程切りつけたオーガに向き直ると、胸に傷を負ったオーガがこちらに雄叫びを上げて向かってくる。


「グルオオォォオオ!!」


(くそっ、また浅かったか……)


 手に持った巨大な棍棒のような獲物を降り下ろしてくるのを、盾で受け流しながら内側に潜り込み、横に一閃を振るった。

 胸に十字傷を作ったオーガが後ろに怯んだところで、前に出た勢いで傷の部分に飛び蹴りを入れる。後ろ向きに倒れる格好となった敵に追い付くように飛び込み、上から首を切り落とす。


(やったかーー)


 オーガの首が宙に舞ったその刹那、他方から別のオーガのこちらに向けた攻撃の予備動作が見えた。

 横殴りに振るおうと獲物を後ろに回している巨体のオーガ。


(盾で防ぎきれるかーー)


 着地と同時に盾を構えるが、受けることを覚悟した一撃は飛んでこなかった。


 今まさに攻撃を振るおうとしたオーガの後方から、ライルが脇を抜けてくるように走り込んできており、通り抜け様に片腕を切り落とす一閃を食らわした。


「ライル、来たか! 助かった!」

「遅れてすいません!」

「そのまま門に向かってくれ!」


 分かりましたと叫ぶライルが横を抜けていき、追走する隊の面々が走り抜けていく。


 片腕を落とされて苦悶の叫びを上げるオーガだが、その叫びが終わらないところで真横に振るわれた斬撃によりその首が宙に舞う。

 ぐらりと横に倒れるオーガの奥から、両手に持ったブロードソードを横に構えたクレールが現れる。


「こちらも遅れて申し訳ない。合流する」

「クレールか、俺とお前の隊は門を守る。ライルのところに敵が向かわないようにするだけでいい!」

「承知」


 クレールをはじめとした団員達が合流してきたことにより、九人で門を守る形となった。

 クレールの隊の一人は後方からの攻撃からか、肩口に矢傷を受けているようだが、戦闘への参加には支障はないようだ。


 一応の防衛線は張れたものの、残ったオーガやゴブリン達が無理矢理突破をかけるように向かってきており、フィルのもとにも新たなオーガが襲いかかってきた。

 横に殴り付けるような一撃を後方に飛んで回避し、状況を確認するために周囲を見回すが、他の面々も圧倒的な敵の数からか防御に徹するのに手一杯という様相だ。


「ぐっ!」


 短い苦悶の声を上げ、横にいた一人が後方に吹っ飛んでいく。

 オーガの棍棒を盾で受けたルードが、その体重ごと持っていくような一撃に耐えきれなかったのだ。


「ルード! おい、無事か!」


 共に戦っていたロニキスが、ルードが吹っ飛んでいった方向に声を上げる。 

 後方で苦悶の声を上げふらつきながらも立ち上がるルードだったが、盾で受けた方の腕の骨が折れているのか、片腕をぶらりと下げている。


「畜生! 門はまだ開かないのか! 敵がどんどん増えてるぞ!」

「もう少し耐えてください!」


 ロニキスの悲痛な叫びにライルから声が返ってくる。


 見ると門は丸太のようなかんぬきが何本もかけられ、更に門の回りには大量の土嚢が置いてあり、簡単には開門ができないような状態となっていた。


 更に砦の奥からは大量の新手の魔物がこちらに向かって来るのが見える。


「くそっ! 門の死守は最優先にするが、潰せるやつは潰していけ! 数がまた増えるぞ!」

「やってるよ!」


 両手に剣を持ったゴーシェが、群がる大量のゴブリンを切っては捨て、切っては捨てと奮闘している。

 その横ではクレールと彼の隊の一人が共闘して一体のオーガを切り崩しているのが見える。


(数分だったら持ちこたえられるか……?)


 フィルも対峙していたオーガに向き直り、剣を構え直す。

 その脇から襲いかかってくるゴブリン達をいなすように切り捨て、こちらを伺うように構えるオーガに向かっていく。


 地面に叩きつける鉄の塊のような大剣を避して切りつけるが、腕を狙った一撃をすんでのところで逃れられ、肩口を切り裂くだけに終わる。

 フィルを追い払うように放たれた一撃も剣で受け流し、股のちょうど太股の部分を切りつけるが、これも浅かった。

 距離をとると間髪を入れずに向かってくるゴブリンを盾で撥ね飛ばす。


 敵の勢いが凄まじい。


 その奥からゴブリンごと切り払うように横に振るわれたオーガの一撃を紙一重に後ろに回避し、カウンターを入れようと足に力を入れると、目の前のオーガの顔面に後方から飛んできた矢が突き刺さった。


「グオォォオオ!!」


 不意の攻撃に怯み叫びを上げる相手の懐に飛び込み、正面からの刺突で首を貫いた。

 そのまま横に剣を振り抜き、皮一枚だけを残したオーガの首はだらんと落ち、その体もそのまま崩れ落ちた。


 オーガの死体と回りの敵から距離をとり、後ろを見ると、トニが弓を構えて得意気な顔をしているのが見える。


「やるじゃないか」

「剣だと届かないから、ゴーシェさんの弓を借りたよ!」

「助かった、次も頼むぞ」

「うん!」


(……狙いは大丈夫なんだろうな) 


 ほぼ真後ろから矢を放ったトニを不安に感じながらも、周囲の警戒に意識を戻した。

 周りの団員達も手傷を受けながらも脱落者はいないようで、片腕の動かないルードですら剣を振るって、突破を試みるゴブリン達を潰している。


(このままだといけそうかーー)


「門、開きます!」


 フィルが作戦の成功に期待を感じた、丁度というタイミングで後方のライルから声がかかった。


「守りきったぞ!!」

「うおぉぉおおお!!」


 方々から声が上がり、重厚な門が開いていく。


「まだだ! 本隊が突入するまで守りきる! ライルの隊もこっちに合流しろ!」

「人使いが荒いな! 分かってるよ!」

「了解しました!」


 門を開けきったライル達は一人を本隊への合図を出しに行かせ、残りが門の守備に合流してくる。


(目の前の魔物の数は相変わらずだが、後は本隊が来るのを待つだけーー)


 フィルが一時の安堵をした時、砦の外から鬨の声が上がった。


「門が開いたぞ! 突入しろ!」

「オオオオォォオオオ!!」


 間髪を入れずに多勢の傭兵達が門から突入してくる。

 フィル達の隊と対峙していた魔物達に向かって傭兵達がなだれ込んでいき、そこかしこで戦闘の音が鳴り響く。


 数体残っていたオーガも、数人がかりで襲いかかられ、なすすべもなく地に伏している。


 すぐさま砦の奥へ奥へと軍勢が進行していき、取り残される形となったフィル達の隊の面々は顔を見合わせていたところで声がかかった。


「フィル!」


 フィルのもとに馬に騎乗したグレアムがやってくる。


「団長殿か。随分と早いんだな、開門したばかりだぞ」

「斥候を出していてな。門の前でお前らが戦闘に入っているのは分かっていた。中から開けられないなら外から開けようと丁度突入をかけていたところだ」


 グレアムは余裕のないフィル達に悪びれない様子で言う。


「随分と信用がないな。こっちもかなり大変だったんだぞ」

「分かっている、本当によくやってくれた。隊も疲弊してるだろう、後ろに退くか?」

「冗談。砦の宝物は持ってっていいんだろ?」

「国軍の連中の顔色が悪くならない程度にしろよ」


 グレアムは笑ってそう言うと、馬の腹を蹴って砦内の戦闘に向かって走っていった。魔物の群れの中に入るやいなや、長槍を振り回して魔物を蹴散らしているのが見える。


「そういうことで退いてもいいらしいが、どうする? 参加できるやつだけ連れて戦線に戻るが」


 隊の面々を見回して、フィルが参加の意思を確認する。


「ここまで来て退くのはないでしょう。俺は行きますぜ?」


 片腕をぶら下げながらルードがそう言う。


「……お前は流石に退いた方がいいんじゃないか?」

「野暮なことを言わないで下さい。こんなに危険な目に合わせられたんだから、美味しい目にも合わせて下さいよ」


 ルードに続き、ライルも笑いながら言う。

 国軍士官を目指すものとは言え、そこは傭兵だ。宝を目の前にして大人しくしている奴はいないらしい。


「そうそう、野暮はなしで。砦の宝は俺達で総取りしちまおうぜ」


 ゴーシェがそう言うと、隊の面々は揃って頷く。


「分かった、じゃあ砦の本丸も一番乗りでいくぞ。遅れたら置いてくからな?」

「了解!」


 フィルはそう言うと、戦闘が繰り広げられている砦内部に走っていき、隊の面々はそれに続いていった。

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