第四章 砦の攻防
リコンドールの町から出てしばらく道沿いに歩くと北東と東方面の道が分岐する。
分岐点から東の道を進むと広大な森の中に続く道に繋がっている。
先日、フィルが町に戻る時に通った道だ。
町と戦場の陣を行き来する商人などは、基本的には森の北側を迂回する道を選ぶ。
傭兵による魔物の駆逐が進んでいる地域とはいえ、森の中には未だ小規模の魔物の群れが出現するからだ。
急いで行き来する場合、個別に傭兵を雇って森の道を使うこともあるが例外だ。
そんな森の中の道をゴーシェとトニが先行し、フィルが後ろをついていくような形で、三人が歩いている。
ゴーシェは早速というような感じで、トニにあれこれ教えながら森の散策をする
基本的には道沿いを進むが、魔物が居着いていそうなポイント――獣道になっている所や水場が近い所などを見つけると森の中に入っていき、周辺の様子を確認した上でまた道を進んでいく。
魔物の生態は未だよく分かっていないとは言え、他の生き物と同様に野生動物や木の実などを食し、水分も必要とする。
山や森の歩き方を知っている人間が休息するような場所に魔物も居つく可能性が高いし、そういったポイントが荒らされているかどうかで周辺の魔物の有無も分かる。
そんなことをしながら歩いていると、大した距離を進んでいないのに日は中天を回った。要するに歩みが遅い。
目的地の陣は、馬の足で急いだら夕方には到着するくらいの距離だ。
徒歩を選んだ段階で夜営が必要と思ってはいたが、この歩みの遅さでは下手したら明日中にも着かないかも知れない。
「ゴーシェ、仕事に真面目なのは結構だが少し急ごう。明日には着きたい」
フィルがそう声をかけるが、あまり気にしてないような返事が返ってくる。
トニが教えを真面目に聞いているようなので、まあいいかと思うようにした。
早朝から歩いているが、途中でゴブリンの集団に二度出くわしている。
ゴーシェが集団を発見し、トニに戦い方を指南しているようだが、実際にはゴーシェの動きを見せるだけに留めて一人で片付けている。
フィルも邪魔をせずに彼の働きぶりを見ているだけだった。今まで会ったのは数の少ない集団だった、ということもある。
「トニ、これが魔晶石だ。場所を覚えとけ」
「随分ちっちゃいんだね」
ゴブリンの頸椎あたりの背中の肉を切り開き、取り出した麦粒ほどの結晶をトニに見せている。
「この程度の大きさのものじゃ、まず使い物にならない。手間がかかって金にもならないので普通は放っておく」
なるほどと頷くトニ。
見るとゴーシェは色々と教えていた。
魔物がいそうな場所、森の歩き方、剣の振り方に矢の射方、複数人で戦うときの立ち回り方などだ。何でも素直に受け入れるトニの反応が嬉しいのか、ゴーシェの方も楽しそうにやっている。
(面倒見がいいのはありがたいんだが、目的は砦攻めなんだよなあ)
そう思いながらも、相変わらずフィルは二人の好きなようにさせていた。
道の途中でトニと出会った場所を通ったが、フィルが町に戻った時に衛兵に報告したものの、馬車の残骸や死体などはまだそのままとなっていた。
町に戻った時に、この場所で回収した傭兵達の遺品を衛兵に渡し状況を話したのだが、商人夫婦のもとで仕事をしていたというトニを保護したこともあり、疑われるかと構えていたがすんなりと受け入れられた。
ゴーシェには簡単に説明するが、トニの表情か暗かったのでさっさと通過した。
遅い歩みのまま進み、日が落ちようとしているところで夜営をすることにした。
トニは自分でも言ったようによく働いているようだ。木にもたれかかって見ているだけのフィルの前で、食事の支度のために道中でゴーシェが射抜いた兎のさばき方を教えてもらっている。
「馬鹿野郎、乱暴に扱うんじゃねえよ。毛皮も金になるんだ」
目の前でゴーシェが怒っている。
普段フィルと依頼をこなしている時、森を抜けるときなどに片手間に狩りをし、毛皮などを集めて小遣い稼ぎにしていた。
フィルは食料を得られるし特に意見もなかったので干渉しなかったが、そこは元狩人というところでゴーシェなりの拘りがあるのだろう。
夜営の準備が終わり、火を囲みながら兎肉と芋のスープを三人で食べている。
「トニ、今日はどうだった。やっていけそうか?」
「うん。ゴーシェさん色々とありがとう」
「教えるのは構わないが、あんまり甘やかすなよ。コイツのためにならない」
「甘やかしてはないよ、飲み込みは結構早いんだぜ」
ゴーシェは笑ってトニの頭をぽんぽんと叩くが、トニは恥ずかしそうにしている。
「明日は少し急ぐぞ。さっきも言ったが、できれば明日の夜には陣に着きたい」
二人から了解と返事が返ってきた。
食事の後、ゴーシェは焚き火の明かりの中で弓の扱い方をトニに教えていた。
今日の移動中、横で鮮やかな弓さばきを見ていたトニは眠気を忘れているのか、興味津々な様子である。
(コイツは跡継ぎでも作るつもりなのか)
さっさと寝ようと横になるフィルは薄目でその姿を見ながら眠りについた。
***
前日の遅れを取り戻すために、まだあたりは薄暗い朝日が出始めるような時間に起き出して出立する。
トニに見張りに立たせるのは不安なので、前日はいつもと変わらずゴーシェと交代で見張りを行っていた。
(はやく見張りくらいは出来るようになってもらわないとな)
フィルはそう思いながら砦攻め陣地までの道を急ぐ。
トニは野宿には慣れていないのか、ずっと寝ていたのに眠そうな顔をしながら歩いている。
「魔物が出たらトニにやらせてみようと思うんだが、どうだ?」
「まだ早いんじゃないか? 剣の扱いを教えたと言っても、昨日からだろ?」
「こういうのは実戦あるのみだろ。危なくならないようにフォローはするからさ」
「フィルさん、俺も早く戦えるようになりたいよ!」
昨日からやけに意気投合しているからか、ゴーシェがトニの初陣の提案をしてくる。
フィルも同じ齢のころから魔物を相手取るようになったとは言え、基本的な剣術や実戦を模した訓練などを経験してからのことである。
素人に毛が生えたようなトニに戦わせるのは気乗りがしない。
ただ、魔剣を持たない狩人時代にも魔物と戦っていたゴーシェの意見は違うようだ。
(過保護なのは俺の方だったかな)
ゴーシェに任せてみるのもいいかと思い、単独のゴブリンだったらいいと許可を出した。
「俺がんばるよ!」
トニは早速の実戦に興奮しているのか鼻息を荒くしている。先日の、剣を構えたまま震えて動かない姿が脳裏に浮かぶが、ゴーシェを横につければ大丈夫だろう。
三人が両脇を森に挟まれた道を歩き、昨日と同じように各所をチェックしつつ進んでいく。
歩いて程なく、先行していたゴーシェが静止のハンドサインを出した。
動きを止めて周囲の気配に集中すると、ある程度距離のある前方に二体のゴブリンが森の茂みから出てくるのが見えた。
ゴーシェが目配せを送り、フィルが頷くのを確認すると指示を出した。
「トニ、見えてるな。手前のをやれ、行くぞ!」
そう言ってゴーシェが走り出した。
トニも追走していく。
ゴブリンのやや手前でゴーシェが左右の腰に下げている刀剣を瞬時に抜き放ち、奥のゴブリンに向かって走っていく。
二体のゴブリンも走ってくる敵に気付いたようで、短剣を構えていた。
ゴーシェはやや迂回するように奥の固体の方に向かっていく。
手前のゴブリンは前を走るゴーシェが気になっているようだが、直剣を抜き放ち一直線に走ってくるトニに身構えた。
攻撃の動作に入ろうとした――という動作が始まっていない段階。
奥のゴブリンは、下段から脇下を狙ってくる一閃で斬り捨てられ、前方に肩から落ちるようにして倒れた。
ゴーシェは敵を斬り抜いた後すぐに身をひるがえして残った敵の方を向き、トニのサポートに回ろうとする。
しかしトニの動きが予想したより早かったのか、ゴーシェが気付く時にはもう敵と交錯するような段階に来ていた。
(これは……ちょっとヤバいんじゃないか?)
遠目で見ていたフィルが間に合わないのを分かっていながら駆け出しており、ゴーシェも慌てたのか後ろからゴブリンを屠ろうと動き出している。
二人の目の前でトニとゴブリンが交錯する。
走り込んできたトニを迎え撃つような形でゴブリンが刺突を放った。
あわや短剣の刃先を受ける。
という瞬間に左側にやや傾いたトニが短剣の突きを身を軽くひるがえして避わすと、引いた形になった右手の剣を突き出した。
口を開けて動かないゴブリンの首元には直剣が深々と刺さっており、トニはそれを苦もなく引き抜いた。
攻撃の姿勢に入っていたゴーシェは急に攻撃目標が沈黙したことで、振り上げた右手の剣を気まずそうに降ろしている。
(おいおい、どういうことだ……普通に動けている――というかかなりいい動きじゃないか)
急に走り出したのに止まるのもなんだ、という感じに速度を落としていくフィルの走りも少し物悲しい。
「トニ、どういうことだ。普通に動けてるじゃないか」
「いや俺もちょっとやばいかなって思った。驚いたよ」
二人と合流したフィルがそう言い、ゴーシェも素直に驚きを口にする。
「そうかい? 嬉しいな」
「前に俺と対峙した時は、構えもままならない感じだったじゃないか。あれは演技か?」
「いや、あれはフィルさんがおっかなかったからだよ。盗賊団にいたときも何度かゴブリンをやってるし、そんな大したことじゃないよ」
そう言ってのけるトニを見て、フィルは頭が痛くなった。
「お前なあ、経験があるなら先に言えよ」
「何度か戦ったって言っても、賊の仲間と囲んで叩いてたから、一対一は初めてだよ。でもあん時は普通の剣しか持ってなかったから、あっけなくて俺もびっくりしたよ」
新調した武器の威力に驚いたと言う。
確かに魔力を得たことで身体能力も上がっているだろうし、武器も前のものとは違い魔剣だ。
(それにしても初めてとは思えないな……これは拾いものかな)
トニを傭兵にさせるのが杞憂だったのが一転、戦力に期待できることで、腑に落ちないながらも嘆息するフィルだったが、こっちの考えなど知らない本人はニコニコしている。
「まあとにかくだ、戦えるのは分かったけど最初は慎重にいくぞ。調子にはのるな、死ぬぞ」
「わかったよ! 調子に乗らないから何度も言わないでよ!」
そう言って三人は道を進む。
ゴーシェだけが自分の教えがよかったと興奮して息巻いていたが適当にあしらっておいた。
***
砦の陣地に向かう途中も何度か魔物の群れと遭遇した。
幸いなことに出くわすのはゴブリンの群ればかりで、危うい場面もなく歩みを進めている。
さっきの出来事でトニを非戦闘員として扱うのをやめようとフィルが思い、視界に入れながらトニを戦闘に参加させている。
先ほどの動きは偶然というわけではないようで、ゴブリン程度が相手ならばトニも上手く立ち回っているようだった。
ゴーシェもトニのサポートを考えてか、弓はあまり使わずに互いの距離を意識しながら剣を振るっている。
フィルとゴーシェの二人と比べるとやはり動きはぎこちないが、その辺の傭兵よりマシだろうという程度には動けている。
時おり見せる動きの俊敏さは、二人に比べても遜色ないようにも見える。
朝から数えて五度目となる戦闘を終え、そろそろ日も落ちてこようかという頃合だった。
「フィル、今日はどうする? どこかで休む準備をするか?」
「いや、このまま進もう。確かここらに陣があったと思う」
「暗くなると面倒だから急ぐか」
フィルの言うとおり、歩みを速めて進むとすぐに森を出る道になり、あたりはもう暗くなってきているが、目の前の高原の小高い丘にかがり火の明かりが見えてきた。
「あそこだな」
フィルがそう言って三人は足早に陣に向かう。
砦攻めの陣営はしっかりとした木でできた柵が張り巡らされており、出入りするような所には見張りを立てていた。
陣の入口まで進むと、見張りの人間に砦攻めに参加する依頼を受けた旨を伝える。
「何だ、お前ら三人だけか?」
「そうだ。アランソン殿からグレアム団長の傘下に入るように指示を受けている。団長の場所を教えてもらえないか」
「団長殿は奥の大きい天幕にいらっしゃる。しかし三人とはな。リコンドールの支部ももっとマシな援軍を送ってもらえないものかね」
「……失礼するよ」
三人というあまりにも小規模なフィル達が来たことに嫌味を言う見張りの言葉を無視し、陣の中に進んでいく。
陣内には三、四人は入れそうな
また、奥の方には国軍のものか、様相が違う天幕が張ってある。
フィル達は陣の奥にある小屋くらいの大きさの天幕に向かった。いたって質素な見た目だが、入り口に見張りも立てているので恐らく団長のものに違いないだろう。
番兵に先程と同じ反応をされるが、気にせずに入口の布をめくり中に入っていく。
中には大きめのテーブルとその上にある地図のようなものを囲んだ何人かの傭兵たちが話をしていた。
フィル達が現れたことで彼らの視線が向けられるが、その中の一人が声をかけてきた。
「フィルじゃないか、それにゴーシェも。お前たちも参加するのか?」
男が迎えるように手を広げると、フィルと男はぶつかり合うようにがっしりとお互いの肩に手を回す。
「団長殿、ご無沙汰してます」
「おいおい、やめろ。昔みたいに話せよ」
フィルが挨拶をすると男は笑って話を続ける。
フィル達に声をかけてきた、黒髪を後ろに撫で付けるようにしている体格のいい男が、傭兵団の団長であるグレアムだ。
フィルよりは年がいっているような見た目だが、中年というまではいかない程である。
「アランソンが依頼したのか? 増援の傭兵が中々見付からないとは聞いていたが、まさかお前達が来るとはな」
「数が少なくてすまないね」
グレアムはゴーシェにも同じように暑苦しい抱擁で挨拶をし、ゴーシェは苦笑いをしながら叩かれた肩をさすっていた。
「積もる話はあるが、今は状況が知りたい」
「そうだな丁度、戦況の確認と作戦会議をしていたところだ。お前達も入ってくれ」
話を聞くと、先日フィルが一人で見た様子と同じような戦況を、淡々とグレアムが話す。
「一気に攻め落とさないのか? この規模の砦だったら奇襲をかければ力攻めでも無理はないだろう」
「俺もそう思って何度も上にかけあっているんだが、どうにも真正面から攻めたいらしい。もう数週間くらい膠着状態だ」
グレアムの話を聞くと、『馬屋』の主人バトラスと話した状態と同様のものだった。要するに砦攻めで派手に手柄を立てて力を誇示したい国軍側の拘りで膠着状態に陥っている、というものだ。
横目でゴーシェ、トニの様子を見るが、二人ともあまり興味がなさそうにしている。最も、トニの方は何を話しているのか分からない、という顔だが。
「魔物相手に手柄優先とは、余裕だな」
フィルは一言、感想を述べる。
「そう言ってくれるな。こっちも国軍の人間には世話になってるから口を出しづらいんだ」
「アンタに言ってるわけではないよ」
「団長、そうは言いましても、こちらも連日の無理な攻めや夜襲で兵達はかなり疲弊しています。どうにか状況を打開しませんと」
フィルとグレアムが話している所に、団員と思わしき男が割って入る。
グレアムが気付いたようにその男を見るとフィル達に紹介してくる。
「紹介が遅れていたな。こっちは副団長のクレメントだ」
「クレメントと申します。団長のお知り合いのようですね、お会いできて光栄です」
「堅いんだよ、お前は」
グレアムに紹介され、クレメントという名の男が挨拶をする。
グレアムに横やりを入れられたように顔に真面目と書いてあるような好青年である。金の長髪を中分けにしているところが、また真面目さを際立たせている。年はフィルとそう変わらないくらいだろうか。
「こちらこそ、よろしく頼む」
フィルが挨拶と共に手を差し出すと、クレメントはがっしりと握手を返す。
(……挨拶が強いんだよな、傭兵団の連中は)
顔に出さずして一人ごちるが、フィルは話を続ける。
「そこでグレアム、こちらは小勢だ。できることと言ったら、どこかの隊に編入してもらうか、奇襲か遊撃といったところなんだが」
「三人で全員か? 傭兵くらい町で雇ってきてくれればいいもんだが」
「申し訳ないが、二人だ。こいつは荷物運びだから戦場には出せない」
トニの方を示して、フィルはそう返す。
トニの方は不満そうな表情だが、約束通りに特に何も言わないでいる。
「まあ個の力が高い人員は重要だ、二人でもたっぷり働いてもらうぞ。こちらで何人かつけてもいい」
「兵をつけてもらえるのか? 有難いな」
こちらから言い出したわけでもないのに、幸いにも小隊を持たせてもらえるらしい。最も、グレアムが対応してくれることを期待して来ているわけなのだが。
「それで、どう攻めるつもりなんだ?」
「少し決めかねていてな。夜襲をかけようと思っているんだが、国軍側から返事が返ってこない」
「勝手に動いてしまえばどうだ? 今から攻め込むでもこっちは構わないぞ」
「立場上、向こうの顔色を伺わなくちゃならなくてね。すまないが今は動けない、予定では明朝一番で正面から攻める」
そういうものか。
そう思いながらフィルは了承した。
「お前らにつける兵は明日改めて紹介する。道中疲れているだろうから、今日は休んでくれ。場所も用意する」
グレアムはそう言って案内の兵を呼ぶ。
フィル達三人はグレアムに一言挨拶をし、兵に促されるままに本陣を後にした。
「フィル、これからどうするんだ?」
案内された天幕の中で、ゴーシェが今後の動きを聞いてくる。
「とりあえず一旦こちらから動くことはしない。明日は派手に動かず戦況を見ることに徹しよう」
ゴーシェは了解とだけ答えて、寝転がる。
トニの方を見ると道中疲れていたのかすでに横になってうとうととしている。
傭兵団から割り当てられた天幕は質素なものの、三人で使うには十分な広さだ。
そう遠くない戦場だったので軽装で来たため、草のむしろでも借りれただけ有難かった。
フィルも思うところはあったが、ひとまず明日戦況を見てから考えようと思い、二人に習って横になった。
***
広がって並ぶ十人の傭兵と、フィルは対峙をしていた。
日が昇って間もない時分、グレアムからの指示でフィルにつけられた兵と向き合っているのである。
「そういうわけで砦攻めに参加させてもらうことになった、フィルだ。よろしく頼む」
フィルの言葉に対してまばらに挨拶が返ってくる。グレアムからは傭兵団の精鋭とだけ聞いている。見回すと不満げな表情の者もいた。ぽっと出のフィルの下に付くことを快く思っていない者もいるのだ。
(……まあ、そりゃ不満だろうな)
グレアムとは以前同じ団で傭兵をやっていたためある程度の信頼はあるが、グレアムが新設したこの傭兵団の団員とはほとんど面識はない。
どこの馬の骨かも分からない奴の下につくのも嫌だろうし、ましてやグレアムの傭兵団は国軍仕官の志向が強い人間が多い。
ゴーシェは軽く挨拶をした後、明後日の方を向いて我関せずの姿勢を崩さない。
フィルが恨みがましくゴーシェの方を見ていると、横から声がかかる。
「それで、本日の指示をお願いします」
横から声をかけてきたのはライルという名前の若い傭兵だった。この精鋭の小隊を率いていた傭兵であり、後から来たフィルにどかされる形となった。
グレアムの指示であるため不平不満を言うでもなく物腰も柔らかであるが、目線がどこか冷ややかである。しかし、グレアムが精鋭と呼ぶ兵達を束ねているだけあって、若いながら気骨のありそうな男だ。
「グレアム団長からは、傭兵団の本隊付きの遊撃部隊として動くよう指示をもらっている。打って出てきた敵を叩く役割だな」
「そう言いましても連日の戦闘で敵は砦の防御に徹しています。我々の仕事はないのでは?」
事前にグレアムから聞いており、フィルも戦況については把握していた。
「それも聞いている。しかし指示は指示だ、まずは戦況を見させてもらいたい」
不満気な団員達だが、フィルもすぐにどうこうする気はないため、我慢しろと示唆するように言う。
「では、本隊の号令と共に出陣だ。各自仕度に取り掛かってくれ」
フィルがそれだけ言って後に集合の旨だけ伝えると、傭兵達はばらばらと解散した。解散していく兵達から小さく「弱腰か?」というような声も聞こえたが、気付かない振りをしておく。
皆が散っていく中、集合をかけた時から気になっていたことを聞く。
「それでトニ、お前なんでここにいる?」
傭兵達が解散した後、脇に立ったまま残っているゴーシェのその奥、トニが集会にいることについてフィルが話し終わってようやく触れた。
「集合、って聞いたから!」
「……お前は集まらなくていい。炊き出しの手伝いでもしてこい」
「分かった!」
トニは元気良く返事して陣営の方に走っていく。
「何度も言うが、今回トニは参加させないからな。足手まといはごめんだ」
「……分かってるよ」
ここまでの道中でトニの戦いの動きを見て、ゴーシェの方では参加させてもいいのではと思っており、何度かフィルに提言してきている。
さっきの集まりにトニがいたのもゴーシェが声をかけたからだろう。
フィルの方では参加をさせない気持ちは決まっているので、少しうっとおしくなってきていた。仕事と酒以外にはあまりこだわらないゴーシェがやけに面倒見がいいのも不思議だったが、トニへの期待値が高いのかも知れない。
(……いきなり戦場に出して死なれでもしたら気分よくないしな)
そう思ってゴーシェに軽く声をかけて、出陣の準備にとりかかる。
***
砦攻めのために陣を離れた傭兵団は隊列を組み、砦から矢が届かないくらいの少し離れた場所で待機していた。
フィル達はグレアムの本隊の横につく形となっている。
隊列の後方にガルハッド国軍が布陣しており、傭兵団は国軍本隊からの指示を待っている状態だ。隊列を組んでいる傭兵団と国軍の兵士を合わせても五百余名というところだろう。
「こうして見ると大した砦じゃないな。壁をよじ登れば城門を破らなくても侵入できるんじゃないか?」
ゴーシェが話しかけてくる。
「それも試したみたいだが、弓兵が多くて中々取り付けないらしい。壁に取りついても石を落とされるみたいだな。魔物のくせに統制が効いているんだろう」
(――それでも)
グレアムから聞いた戦況を話しながらもフィルも同じようなことを思っていた。
いかに攻めづらいとしても砦の作り自体は確かに大したものではない。壁の高さも二階建ての建物くらいのものだ。
本隊側で注意を引きながら複数の小隊で力攻めの突破もできそうに思える。
「連日の戦いで傭兵側の士気が落ちていると聞いている。無駄死にはしたくないんだろう」
「まあそれは確かにな」
強襲は無理でもなさそうだが、国軍側が押しどころを見極められないのが問題だろう。ゴーシェと話しながらそんなことを思っていると、国軍の小隊長の号令が上がる。
「弓隊前進! 撃ち方、始め!」
小隊長は抜き放った剣を前に向ける。
先鋒に布陣している弓隊が前進し、砦側に矢を打ちかける。砦からも弓兵のゴブリン達からの矢が飛んできて、矢の応酬が始まる。
弓を扱う魔物はそう珍しくもないが、思ったより数が多く、傭兵団の弓隊の攻撃では敵の勢いを抑えることができていない。
「歩兵隊も前に出ろ! 城門を破って突入しろ! 敵も連日の戦いで消耗しているはずだ、ここで押し切れ!」
小隊長からの号令で大盾を持った歩兵隊と城門を破るための先端の尖った大きな丸太のような槌――
(この前見たのと同じ動きだな)
隊に待機命令が出ていたため少数残っているグレアムの本隊と共に動かず、フィルは前線の動きを観察していた。
前方では壁に到達した歩兵がよじ登ろうとしているが、矢や落石に阻まれている。
槌を持った一団も城門を破ろうと何度も扉に槌を打ち付けているが、敵弓兵の攻撃が城門前に集中してきており、大盾を持った兵達も耐えるのに手一杯というような様相だ。
更に数十体のゴブリンが壁上から飛び降り、一団に襲い掛かっているのが見える。
「団長、俺達は前に出なくていいのか?」
前方の状勢が徐々に悪くなっていくのを見て、グレアムに声をかける。
「……俺達は国軍の守備だそうだ、俺も前に出るなと言われている。打って出て来られることもないと思うが」
「そう言っても、あれじゃ突破は無理だろう」
「攻撃に参加できるよう要請はしている。国軍側の指示があるまで待機だ……」
苦々しい様子でグレアムがそう言い、フィルの下についた団員達の顔を見ると、同じような顔をして黙っている。
「何をしている! さっさと城門をぶち破るか壁を登るかして上の弓兵を蹴散らせ! 死んでも突破口を開けろ!」
国軍本隊の先頭で大声をあげて指示を出す小隊長が見える。
見ると国軍側はそう多くはないが騎兵の小隊を連れている。戦闘には参加せず後方で待機しているようだ。砦の攻撃を任せて、突破口が開いたら突入するのだという。
(これじゃ士気が上がらないわけだな……)
傭兵文化が強く、国軍の軍事力がさほど強くないガルハッド国では、こと魔物との戦いで傭兵団に戦いを一任することも少なくはない。
目の前で繰り広げられている砦攻めにこうまで手こずっているのは、傭兵団の戦い方と国軍側の意向が合わないことが一番の問題だろう。
傭兵団はあまり多勢での戦闘をしないため、隊列を組んだ戦い方より乱戦を好む。
大規模な交戦であればまだしも、この数では綺麗な隊列もあまり意味をなさない。
人員の多いグレアムの傭兵団はこういった戦いには慣れているはずだが、それでも上手く攻めれてないのは指揮系統の問題だろう。
グレアム自身で指揮を取れば、もしかしたら一日で落とせるかも知れない。
「団長、フィル殿、こちらも打って出ましょう、このままではジリ貧です!」
フィルの後方に待機していたライルが声をかけてくる。
先陣では矢の応酬や壁の突破を試みているが、まだ数刻も立っていないながらも状況が悪いことは明らかであり、それを見て焦っているように見える。
「ライル、さっきも言ったが今は待機だ。機はある。焦る気持ちは分かるが今は耐えろ」
グレアムがそれだけ返すと、ライルは悔しそうにしながらもそれ以上は言葉にしなかった。
まだ戦闘が始まってそれほどの時間は経っていないが、城門前の一団が魔物や矢の集中攻撃に耐え切れなくなり、撤退を開始している。
見ると何人も負傷しているようで、大盾に守られながら引きずられるようにして逃げ帰ってくる者もいる。
城門前の魔物は撤退する一団に追撃をかけているが、撤退中の一団を助けるように砦の壁上と城門前の魔物に弓隊が矢をうちかけると、深追いはせずに砦の方に戻っていく。
「何をしている! 撤退指示など出していないぞ! 死んでも突破しろと言っただろうが!」
国軍の小隊長からは相変わらず無理のある指示とも言えない怒号が飛んでいる。
撤退してきた一団からグレアムの下に戻ってくる者がいる。
「団長申し訳ありません、敵の守りが固く城門を破るのは無理です!」
「状況は分かっている。無理な攻めをやらせてしまってすまなかったな。国軍の方に撤退を進言してくる」
グレアムはそう言うと、後方の国軍の隊列の方に共を連れて向かっていった。
(やけにあっさりしてるな……)
相変わらず矢の応酬は続いているが、撤退してきたこちらに対して砦から魔物が打って出てくることはないようだ。
魔物がここまで組織的に動いているのも珍しいが、守りに徹していることは分かる。
「こりゃもうこのまま撤退かね」
前線の状態を黙って見ていたゴーシェから声がかかる。
「同じように攻めても結果は変わらないだろうからな。被害が少ないうちに、ということだろう。しかし魔物側はやけに統制が取れている。どうなってるんだこれは」
「確かにな。優秀な上官でもいるんじゃないか?」
「魔物にか?」
「魔物に、だよ」
前線の隊は撤退を終えており、一時休戦の状態となっていた。
フィルは待機命令だけで暇を持て余していたためゴーシェと無駄話をしていた。フィル達は大規模な交戦に参加するような依頼をあまり受けないが、ある程度の規模――それこそ城を任されているような魔物の中には、魔物を指揮できるような知性を持っている魔物が存在することは知っていた。
村に巣食う魔物退治などで十~数十の魔物を使役するような魔物を見た。フィル達が見たそれは他の魔物と見た目が変わるものではないが、威圧感というのだろうか魔力の大きさを肌で感じるような存在だった。
もっとも、固体によっては明らかにそれと分かるもの――人と変わらぬ背格好で武装したゴブリンや、通常より二周りほども巨大なオーガなどもいる。
フィル達の経験からは、砦規模の数百の魔物を統制するような魔物は想像がつかない。
「たしかにこの規模の軍勢の上に立つ奴だったら相当かもな」
前線は撤退したものの、隊列を崩さずに待機しているとグレアムが戻って来た。
「今日は大した戦闘もしていないが、陣に戻ることになった。撤退だ」
「大丈夫だったのか? 国軍の隊長、すごい勢いだったが」
フィルの言葉にグレアムはひらひらと手を横に振る。
「相変わらずだったよ。よくそんなに言葉を知ってるなって程の暴言をもらった」
「撤退するとして、これからどうするんだ? また明日も同じように攻めるのか?」
「そのことで話がある、陣に戻ったら俺のところに来てくれ。ゴーシェも一緒にだ」
ゴーシェは鼻の上に乗せるように自分を指差して「俺も?」というような顔をしている。陣に戻って改めて作戦会議ということだろう。
「分かった、戻ったらすぐに向かうよ。しかし団長殿も丸くなったもんだな、すっかり国軍の犬じゃないか」
「手柄立てて仕官するまでだ。昔だったらあんな奴、口開いた時点でぶちのめしてたな」
そう言って乾いた笑いを浮かべるグレアムは撤退の準備を、とだけ言って本隊への指示出しに向かっていった。
グレアムが去っていった後、自分の隊に向きなおり撤収の指示だけ出すと、団員達は指示通りに既に引き上げ始めている隊列に合流する準備をする。
フィルと同じように、その様子を見ているゴーシェに向かって声をかける。
「そういうことだから、戻るか」
「何もしてないな、俺たち」
「……そうだな」
フィルとゴーシェはそう言うと、本隊と共に陣に戻るのだった。
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