第31話 液体生命体

『健太郎、何が起こるか分からないからハニースマイル号で近くまで向かうわ』


 アクアバイザー越しにマミの声が聞こえる。彼女の言う通りだぜ。何が起こるか分からねえからハニースマイル号を近くに持って来るってのはいい案だ。


『念には念をってやつだな』

 

『そうよ。着いたら連絡するから、ブローチを嵌めてみて!』


『オウケエイ!』


 マミは何もヒントが得ることができなかったから、強行突破を選んでくれたぜ。そうこなくっちゃなあ! 「危険だから止めましょ!」じゃ彼女らしくねえ。

 時には度胸も大事ってこった。

 

 待つこと十五分ほど……マミから通信が入り、俺は両手に一つずつブローチを持ち、U字型の祭壇の中央に立ってから後ろを振り返る。俺の後ろにはプリンスが相変わらず腕を組み尊大な態度で佇んでいる。

 

「行くぜ!」


 俺はプリンスと通信先にいるブラザー達に向けて言い放つ。


――ブローチをくぼみにめる!


 正面の日本風石像の両目が不気味な紫色の光を放ち始める。光線のような紫の光がプリンスに直撃する。

 

「プリンス!」


 俺は後ろを振り返り、プリンスへ声をかける……

 紫色の光をまともに受けたプリンスはその場でうずくまり……何てこった、足元からドロドロに溶け始めちまった!


「おい、プリンス!?」


 俺の呼びかけにも答えず、そのまま両手を床につけて半分溶けかけながら、うめき声をあげている……いや、うめき声じゃねえぞこれは……


 これは、地の底から来るような笑い声だ!

 

「プリンス! どうした?」


 俺は再びうずくまるプリンスに声をかけるが、彼は下半身が完全に溶けた状態になりながら、そのまま上体を起こして、うつろな目で狂ったような笑い声をあげはじめる!

 

「ハハハハハッ!」


 プリンスの目の色が赤色から紫色に変わり、歓喜の表情を浮かべる。

 

「プリンス!」


「ハハハハハッ! 取り戻した! 取り戻したぞお! 力を!」


「ヘーイ! 一体どういうことなんだ!?」


 一体何が起こったんだ? ブローチを嵌めると目の前の日本風石像が紫色の光線は放ち、プリンスに直撃する。そうしたら突然プリンスが溶け始めて、腰から下が溶けちまったのに笑い始めた。

 溶けて液体になっちまった足だった部分は不気味な紫色をしている。そう……日本風石像が放った光と同じ色だ……

 

 

『健太郎! こいつは液体生命体に違いない!』


 バイザーからブラザーの声が響く。

 

「液体生命体だって?」


 俺が独白すると、プリンスが感心したように俺へと向き直る。

 

「ほうほうほう。察しがいいなあ! そうだ! 俺様は液体生命体! この祭壇に力を封印されていたのさあああ!」


 プリンス……いや液体生命体は上半身だけプリンスの姿で、自身が液体生命体であることを示すように溶けてしまった紫色の液体を浮き上がらせると、プリンスの足に擬態し再び上半身とくっついちまった!


「てめえ。プリンスの体を乗っ取ったってのか?」


「いやいやいやいや! 力を取り戻す協力をしてくれた礼だああ。この体は俺様でありプリンスではないと教えてやろうう!」


 こいつの言葉を信じるなら擬態か! プリンスに擬態して俺達をだまし、ここまでついてきやがったのか。

 お宝じゃなく、こいつの力の封印を解くカギがブローチだったってわけかよ。こいつは一杯食わされたぜ!


「お宝ってのは真っ赤な嘘なのかよ!」


 だまされたと分かった俺は床を蹴り憤る。

 

「宝? 宝はあるぞおおお! 出て来い宝あああ!」


 プリンスに擬態した液体型生命体が両手を開くと、床が振動し始める!

 

 こ、これは! 

 

 直ぐに床が崩れ始めると巨大な何かが床から飛び出して来やがった! 俺はとっさに日本風石像の下へ転がって身を引くと、黄金色に輝く何かの先端が床から頭を出す。

 黄金の先端はプリンスに擬態した液体生命体へぶち当たり奴の身体が弾け飛ぶ!

 

 バラバラになった奴の体は紫色の液体になり黄金の先端へと吸い込まれていく……

 

 黄金の先端はさらに床を崩しながら、徐々にその姿が明らかになって来た。

 

「ハハハハハッ! お宝だよおおお。黄金の船さあああ! どうだ満足したかああ?」


 鼓膜を破るほどの大音量で大広間に声が響き渡る。お宝は黄金の船か! しかし、液体生命体が操るという要らぬおまけがついていやがる。

 さすがの俺でも船と生身の体でやり合うことはできねえ。仕方ねえ、ここは一旦引くしかないかあ!

 

 黄金の船は全容を見せたかと思うと、そのまま天井を突き破り外へ出ようとしているようだ。

 俺を放っておいて、そのまま外へ出ようとしたことを後悔させてやるぜ。

 

 黄金の船が天井を突き破ると、海水が大量に部屋に侵入してくる。数分もしないうちにここは海水で満たされるだろう。

 俺は黄金の船が去った後、泳いで天井から脱出し潜水艇まで戻る。

 

『ブラザー、黄金の船をハニースマイル号で追っかける。見失わないようにできるか?』


『問題無い。すでにマーキングをしたからね。ゆっくりと戻って来ても構わないさ』


 さすがブラザーだぜ、抜け目がねえ。

 俺は潜水艇を操縦し、全速で海上へと浮上して行く。

 

 

◇◇◇◇◇



 ハニースマイル号へ戻った俺はラティアとマミから熱い抱擁を受けた後、操縦をマミに任せて黄金の船を追いかける。彼女には黄金の船に追いつけそうでもつかず離れずで追跡してくれと頼んでいる。

 俺はブラザーと向き合い、彼へ液体生命体がどんな生き物なのか尋ねることにした。

 倒し方が分からねえとやりようがないからなあ。

 

「ブラザー、液体生命体ってどんな生き物なんだ?」


「ふむ……我々とは少し趣の異なる生命体だね」


 ブラザーは右腕を薄い青色の触手に変えると、説明を始める。彼の後ろに控えていたウーが触手を熱い目線で見つめ、頬が赤くなっているが気にしてはいけねえ。


触手型イソギニアには叩いてもダメージを与えることができないのは分かるかね?」


「ああ。水の塊を叩いているみたいだよな」


 ふむ。ブラザーが触手を出したのは、説明のためか。彼の触手はウーの胴体に絡みつくと、彼女が声をあげそうになる口を両手で抑える。

 そういうことは、二人の時にやってくれねえかな……

 

「このように触手は打撃を受け付けないが、触手からは相手を殴打することも縛り付けることもできる。ここまではいいかね?」


「見せなくても分かるから……触手はもういいって」


「そうかね。具体例を見せた方が分かりやすいと思ったのだがね」


 ブラザーは触手を引き、触手は元の人間の腕に戻る。ウーが俺を睨みつけているが、俺は見て見ぬ振りを続ける。

 

「ええと、つまり液体生命体も同じように打撃が効かないが、鞭のようにしならせてこちらを攻撃することができるってことか?」


「概ね間違ってはいない。触手の場合は斬ればダメージを与えることができるが、液体生命体には皮膚がないのだよ」


「つまり、斬っても効果が無いってことだな。熱線で蒸発させるとか、冷凍弾で凍らせるとかはどうだ?」


「一時的に無力化は可能だが、倒すことはできないね。半永久的に凍らせて封印することはできるだろうがね」


 うーん。封印かあ。いつかまた今回みたいに出て来られても困るな。どうせやるなら完全消滅させてえぜ。

 ブラザーは俺の考えを汲んだのか、深く頷くと再び説明を続ける。

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