第30話 海底神殿

『ブラザー。神殿の外観から何か分かるか?』

 

 俺はブラザーへ通信を繋ぎ、彼に問いかける。ブラザーはこういう未知の建築物を見るのが大好きだからな。そしてやたらと詳しい。

 

『んー。地球のギリシャ神殿を模して造られているようだね。見たところ……建築時期は百年から百五十年前くらいに見えるね』


『これだけでおおよその建築時期が分かるってんのかよお。すげえなブラザー』


『あくまで予測だがね。正確ではないので注意してくれたまえ。それよりも早く中に入ってくれ!』


 ブラザーは興奮した声で俺にはやく神殿の中へ入るように促す。彼は自分の興味あることとなると途端に周りが見えなくなっちまうのが玉に瑕だ。

 

「健太郎君。我はここへ来たことがあるのだよ」


 出し抜けに隣で腕を組んで立つプリンスが呟く。

 何! 来たことがあるってんのか。

 

「ここまで来て、引き返したのか? プリンス?」


「そうだとも。行けば分かるさ」


 芝居がかった動作で肩を竦めるプリンスは、前方にあるギリシャ風神殿を見据えため息をつく。

 

「そうだな。行ってみねえことには何も分からねえよな!」


 プリンスが何を見たのか、行けばすぐにわかる。俺が神殿へ向けて泳ぎはじめると、プリンスも後ろから悠々とした態度でついて来る。

 

 神殿の中はブラザー曰く百年以上昔に建てられたというのに風化の影響をまるで感じさせない様子だったんだ。

 床はピカピカで傷一つない大理石、左右にギリシャ風の彫刻が並び、奥へと道が続いている。

 そのまま奥まで進むと広い部屋に出て、中央に直径二メートルほどの円柱が天井まで伸びていた。円柱を調べるとすぐに上向きの正三角形と下向きの正三角形のボタンらしきものを発見する。

 これは……エレベータのボタンのようだな。上と下に行くことが出来るみたいだけど……上には何もねえよな?

 

「プリンス? これは?」


 腕を組んだままのプリンスに俺が尋ねると、彼は俺の思った通りの答えを返す。

 

「それはエレベータだよ、健太郎君。どちらのボタンを押しても下へ向かうエレベータに乗ることになる」


 どっちも試したんだな、プリンスは。よおし、俺も押してみるか!

 

――俺は下向きの正三角形のボタンを押す!


 すると床の下から振動が感じられて、エレベータのドアのように円柱の壁が人二人分くらいの広さで開く。驚いたことに、壁が無くなっていて中が空洞になっているというのに、円柱の中へ水が浸入していかない。

 防御力場スクリーンか何かの技術を使っているのかな? 防御力場スクリーンってのは、海水だけを遮断する壁みたいなもんだ。まあ、男ってのは細かいことは気にしないもんだぜ。

 

 俺が円柱の中に入ると、プリンスも後に続く。数秒そのまま待機していると、空いていた壁が閉まり、床が下へと降りて行く……しばらく降りると停止して入って来たところと反対側の壁が開いたので、俺達はそこから外に出る。

 

 

◇◇◇◇◇



 円柱から出ると、広大な空間だった。この空間は水が入って来ておらず、空気があるようだ。

 出たらすぐ目に付いたのは、左右にある高さ十二メートルほどの巨大な像だ……ここだけギリシャ神話の像じゃあねえな。日本の仏像みたいに見えるけど……勇壮な武士のような恰好をした石像だ。これ何って言ったっけ?

 

『ブラザー。左右にある巨大な石像、これどこかで見た気がするんだよな』


『ああ。それは日本の神々を模した石像だね。風神と雷神……もしくは夜叉と羅刹らせつだろうか……面白い!』


 俺はどっちでも構わねえ。とりあえず、日本の神様を模した石像ってことが分かればそれでいい。しかし……かつての海賊達よお、せめて統一感を出して作ってくれよ。

 

 やれやれと首を振った後、前を向くと中央奥に左右の石像より一回り大きな石像が立っており、石像の足元には祭壇があるな。祭壇はギリシャ風だが、石像は日本風……全く……男ってのは雰囲気に拘るもんなんだぜ。

 これじゃあ雰囲気が台無しじゃねえかよ。


 祭壇はU字型になっており、高さがだいたい一メートルと少し……ってところか。U字の内側に入り、手を開くとちょうど左右の手がU字の左右に届くくらいになっている。左右には四角い装飾があり、中央部はくぼみがある。

 両側で同じような装飾とくぼみがあって、ここに何かを嵌めるのかなと予想がついた。

 

「プリンス、この祭壇のある大広間は調査したのか?」


 俺は祭壇から少し離れたところで口笛を吹いているプリンスに聞いてみると、彼は首を左右に振り、大げさな仕草で両腕を開き俺に向きなおる。

 

「この広間は一応踏破はしたけどね。何もないさ、きっとそのくぼみにブローチをめ込むと思うんだがね」


「確かに……見たところ、ここにブローチをめ込むと思うが……単純過ぎねえか? 単にブローチをめ込むだけじゃあ、罠とか発動しそうなんだよなあ」


 俺は左右と前方にある合計三体の日本式石像を順に眺めると、ブラザーに通信する。

 

『ブラザー。何かわかるか? なんとなくだけど、このブローチを祭壇にめ込んだら、あいつらが動き出しそうなんだよなあ』


『ふむ。未開地惑星で少しはりたようだね。感心感心。そうだよ、健太郎。猪突はいけないのだよ。事前調査こそ大事なのだ!』


『ブラザー……調査っつっても何を調べるんだよ……ここには何もないってプリンスが言ってるぜ?』


『最悪、君の大好きな行き当たりばったりにせざるを得ないかもしれない。とにかく広間を全てくまなく映してくれたまえ』


『へいへい……』


 俺の代わりにブラザーをはじめとした後方支援の仲間たちが頭脳労働をしてくれる。これがチームってもんだぜ。未開地惑星の時にもブラザーに古文書の解読を頼んだけど、探検ってのはいくら強くても一人じゃあ厳しいもんなんだ。

 ブラザーがいてくれて助かるってもんよ。

 

 俺は広間を右の隅っこから順に歩いて行き、きちんと映像が撮れるように立ち止まってアクアバイザーを静止させつつ、ぐるりと部屋を一回転する。ブラザーが映像を解析すると連絡してきたので、俺はその場であぐらをかく。

 んー、ブローチを嵌め込む時に特定の手順を踏むとか、広間にあるパズルを解くとかいろいろ手は考えられるが、広間をつぶさに観察した限り文字は一切なかった。ということはだ、もしブローチの投入に手順が必要なら詰みだな……

 

 そうなったらどうするか? マミの確認を取ってから、強行突破しかねえだろ!

 俺はニヤリと祭壇の前に立つひときわ大きな日本式石像に目をやる。動き出すなら来いってんだよ! 


『健太郎、残念ながら情報を全く得ることができなかった』


『そうか……いっちょ行くしかねえかな?』


『ブローチをそのまま嵌める以外に手段がないのかもしれないね。私達が考え過ぎというのなら良いのだがね』


『んー。ブローチを嵌め込む手順とかならお手上げだぜ。情報が全くないからな……』


『そうだね。もう一つ、関係者のDNA情報を読み取るなどでも不可能だね』


 んー。やっぱ、何も考えずにあのくぼみへブローチをめ込む。これしかねえんじゃねえか?


『マミ、どうする? お前さんのブローチだ。決めてくれ。このまま戻っても俺達は全然構わねえぜ』


 俺はブラザーの隣に居るであろうマミへと語りかける。

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