第23話 ブラザー
――エ・レクチオン教授
私はラティアとブラウンシュガー君の後ろの観客席に座り健太郎のレースを観戦している。
選手のジェットブースターの後部が赤く輝き、華麗に走り、回転する姿を見ると年甲斐もなく少し興奮を覚える。
私の種族である
体に装着して使う部類の道具を器用に使うことに長けている。古くはスキーなどの移動する道具から、最新式のジェットブースターに至るまでどんな道具でも使いこなす。
だからこそ私は人間の体を研究することが楽しくて仕方がないのだ。ここまで精巧に人間へ擬態できる者はいないだろう。内臓など体の中身は擬態できないが、外部から触れたところで私が人間ではないと気が付くものはほとんどいないと確信しているのだ。これは私の研究成果の一つなのだよ。
「ふんもおおおおお」
レース会場から叫び声か響いてくる。これは相当な音量だな……こちらまでハッキリと聞こえてくる。
む! 一人コースアウトしたぞ。私はチューブの切れ目から落ちて来る選手を確認する。私の視力は人間と異なるのだよ。
人間の視力検査に換算すると、私の視力は6.4ある。さらに、人間にはない感覚器官を私は持っている。それは……熱感知能力である。
地球では爬虫類のうち蛇などが持つピット器官に近いといえばいいのだろうか。ようは赤外線センサーのような眼が私には備わっているということだよ。
む。コースアウトした選手――中華風の民族衣装を
「ブラウンシュガー君。こちらに向かってくる選手がいるのだが、確認してくれんかね?」
私が声をかけると、レースを双眼鏡で食い入るように見ていたブラウンシュガーが私へと振り返る。
「教授? 何があったのかしら?」
「あそこだよ。双眼鏡なら君の目でも見えるはずだよ」
私が
「あ、あいつは……トミーウー!」
「ふむ。知り合いかね?」
「あいつは……腕の立つ
「なるほど。向かってくるということは、こちらの何かを狙っているのだろうね」
ふむふむ。
ならば……
「ブラウンシュガー君。狙いがあるとしたら君だけだね。心当たりはあるのかね?」
私とラティアを
ううむ。それも考えづらい。なぜなら、私はどんな文字解読の仕事でもお金で請け負うからだ。例えそれが犯罪に関わることでもね。好奇心には耐えられないのだよ!
文字を解読することの興奮を健太郎は全く理解しないがね……私への依頼料は
「……私自身か……あるとすればこのブローチかも」
ブラウンシュガーは腰のポーチから大きなルビーがはめ込まれたブローチを取り出す。
「君自身とブローチ……リスクを分散しておくとしよう」
私はブラウンシュガーからブローチを受け取り、懐にしまい込む。私に不意をうたれ、ブローチを取られた彼女は焦った様子だったが、もう目の前までトミーウーという中華風の民族衣装を身にまとった選手が迫って来ているため、私からブローチを取り戻すことはあきらめたようだ。
「教授! 大切なものんだんだから、ちゃんと守ってね!」
ブラウンシュガーはトミーウーを睨み、私へと憎まれ口を叩く。
任せたまえ。問題ない。
トミーウーは走り出すと一気に私達の元まで駆けて来る! 速い!
音も立てずに飛び上がると、ブラウンシュガーの背中に軽く触れ、そのまま私達の背後に降り立つ。
――ブラウンシュガーがそのまま前のめりに倒れ伏す!
何かの技を使ったのだな。実に興味深い。
私はブランシュガーの前に立ち、ラティアを私の後ろに下がらせる。
「トミーウー君だったかな? 君のその技……実に、実に……興味深い!」
私の興奮にトミーウーは一歩後ろに下がり警戒する様子を見せる。私が無警戒にも両手を広げ、熱弁する様子に何かあると思ったのだろうか?
「好きに動いてくれて構わないとも! 打ち込んできたまえ!」
私は両手を広げたまま、トミーウーが動くのを待つ。無防備に構えも取らず。
対するトミーウーは勢いよく一歩踏み出し、上半身を沈み込ませると勢いよくこちらへと踏み出し指先を二本立て私の胸を突く。
胸に当たった指先から波動が私の体内に伝わって来る。
ほう! ほうほう! なるほど。
私が倒れる様子がなかったからか、トミーウーは追加で五度私の胴を突く!
同じような波動が私の体内に浸透する。
ほうほう! 面白い! 実に興味深い。
「トミーウー君。君の技は実に! 実に! 実にいい! 面白い!」
私は狂ったような笑い声をあげ、トミーウーの肩を叩こうとするが、すげなく
――
トミーウーの技は拳法の技だろうが、非常に洗練されている。体を捻り、足から肩を伝って指先にまでエネルギーを伝え、それを指先から放出する技のようだ。そのエネルギーは敵の外部装甲を無視して内部に衝撃となって伝えられる。
それだけではない。的確に関節とその周辺の神経にダメージを与え麻痺させてしまうのだ。
素晴らしい! よくぞここまで修練し会得したものだ。トミーウーの才能と努力に対しては、いくら賞賛してもし足りないだろう!
「素晴らしい。私は君の技へ賛辞を送ろうではないか」
私は感動の涙を流しそうになるのをグッと堪え、トミーウーに拍手を贈る。
その間にもトミーウーは何度も私を指先で突いてくるが、私の体には一切変化はない。
当たり前である。私の体は人間ではない。関節まで擬態しているが、神経は通っていないし、血の色だって人間と異なるのだ。
私は右腕を真っ直ぐ上に突き出すと、肩口から先の擬態を解く。
肩口から色鮮やかな青色の触手が数十本生えてくると、その全てがトミーウーに襲いかかる。
トミーウーはとっさに身を引くが、残念だね。触手の長さは十メートルまで伸びるのだよ。少々逃げたところで、意味のないことだ……
触手一本の太さはおよそ三十センチ。もちろん拳などではダメージを与えることなどできないのだよ。
私の触手はあっという間にトミーウーを捉えると、全ての触手がトミーウーに絡みつく。
さて、触診と行こうかね!
私の触手から服を溶かす腐食液が産出さて、トミーウーの中華風民族衣装が煙をあげて溶け始める。
「心配することはない。研究を重ねた私の溶解液は肉を溶かすことはないのだよ」
触手でトミーウーを縛り上げると、少し持ち上げ、さらに腐食液で服を溶かす。
む。トミーウーは……女性か。
まあ、どっちでも構わんのだがね。
私はトミーウーの筋肉と骨格の様子を調査したいに過ぎない。性別など関係ないのだよ。
彼女が余りに暴れようとするので、私は触手を彼女の口に突っ込み催眠剤を流し込む。
すぐに首がだらんと落ちた彼女を認めると、私は彼女の体の隅々まで調べ尽くすのだった。
――
「ふむ。なるほど、なるほど」
私が愉悦に浸っていると、後ろからラティアが声をかけてくる。
「……教授?」
ああ。ラティア。そうだね。もうトミーウーに用はない。
「――チェンジである!」
私はいつもの言葉を言い放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます