第22話 ふんもおおお
俺とプリンスは並走しコースを駆け抜けていく。少し後ろから中華風民族衣装が追走しているといった感じだ。
「プリンス、男の戦いに水をさすなよな」
俺の不満の声にプリンスはさも当然と言った風に言い返してくる。
「健太郎君。あれ以上留まっていたら牛頭君に追い付けなくなってしまうじゃないか」
こ、こいつ……気障ったらしく決めてきたが、抜けてるぜ。
「プリンス。追い付けなくても構わないだろ?」
何言ってんだこいつという態度だったプリンスたが、すぐに気がついたようで目が泳ぎだした。
追い付けなければ、牛頭が一周回ってくるのを待てば良いだけなんだよな。
同じコースをグルグルまわるわけで、あと半分も残ってんだぜ。
「……ふむ。健太郎君、牛頭に追いつこうじゃないか。彼は遅いからね」
プリンスはどうやら考えるのをやめたようた。やれやれだよ全く。
邪魔された俺の身にもなれってんだよ。まあ、今更言っても仕方ねえ。男ってのは過去を振り返るもんじゃあねえからな。
二周を過ぎちょうど床がくりぬかれた場所で、牛頭に追いついたぜ。
あ、ああ。そういえばプリンスとやりあったハゲは既にリタイアしている。プリンスが投げ飛ばし、コースアウトさせたみてえだ。
俺たちが追いつくと牛頭は足を止め、俺たちを待ち構える。
「プリンス! 牛頭とやるのか?」
「健太郎君。君は民族衣装君とよほどやり合いたいのだね」
俺たちに二人がかりで牛頭を倒すという選択肢はない。男たるものサシでやり合わねえとな。
しかし、俺たちの思惑と裏腹に中華風民族衣装の達人が牛頭へ迫る!
俺が奴をとめる暇もなく、加速したまま飛び上がり、牛頭のコメカミを指で突く中華風民族衣装の達人。
奴の指で痺れたのだろう、牛頭はそのまま倒れ込んだ。
達人は牛頭をコースアウトさせようと、床がくりぬかれた箇所へ彼を蹴り出そうとする……
「ふんもおおおお!」
動けないはずの牛頭が絶叫し、警戒した中華風の民族衣装を着た達人は素早く後ずさる。
こいつは!
巨大化するタイプの異星人かよ!
俺たちが手をこまねいている間に奴はどんどん巨大化していく。
見る見るうちに牛頭の身長はチューブの天井に届くほどになり、彼は大きく息を吸い込む。
「ふんもおおおお!」
なんてえ音量だ! 奴の声に身体中がビリビリと震えやがる。
「宇宙怪獣か。人間の君にはきついんじゃないかな?」
プリンスは巨大化した牛頭を眺め、鼻で笑いながら、肩を竦める。
プリンスは吸血鬼だから人間に比べると膂力はある。手の先から鉤爪になるような爪を生やすこともできるし、武器なしの人間よりは戦えるだろう。
しかし、宇宙怪獣と素手なら俺もプリンスもたいして変わらないと思うんだけどな。
武器がないから戦えない。戦っても有効なダメージを与えることは出来ない。しかし問題ねえ。
なぜなら、レースだからだ……俺が二人に声をかけようと振り向くと――
おおーい! 中華風民族衣装の達人が無謀にも巨大化した牛頭に襲いかかりやがった。
達人は手を伸ばし指を打ち付けるも牛頭の膝のあたりまでしか攻撃が届いてねえ。
あれだけサイズ差があると関節を痺れさせることも不可能だろお。
攻撃されたことで、牛頭は怒り狂い脚を振るうと、達人はあっさりと吹き飛ばされコースアウトしてしまった。
なんてことだよ! 奴はもっと冷静だと思っていた。
「プリンス、まさかお前さんもアタックしようなんて思っちゃあいねえだろうな?」
プリンスは図星を突かれたのか目が泳ぎ、手持ち無沙汰に腕を振っている。
「……そ、そんなわけないじゃあないか……」
「プリンス。ブレードレースは確かに格闘して潰し合うのがセオリーだがな……ゴール出来ない選手とわざわざ戦う必要はねえんだぜ?」
「……行こうか健太郎君……」
やっと分かったようだな。牛頭は巨大化したのはいいが、頭が天井につかえるほとでかいと、床がくりぬかれたコースを通過出来ないんだよ。
踏み出したら、足がくりぬかれた部分にハマってリタイアだ。
要はほっときゃいいんだよ。
周回するたびに牛頭と出会うのは少しうっとおしいが、駆け抜けるだけなら問題ねえ。幸い牛頭のスピードは人間とさほど変わらねえ。図体がデカいから容易に通り抜けることができるだろうよ。
俺とプリンスは万が一、漁夫の利で優勝する選手が出ないように牛頭以外の選手を全員コースアウトさせることに決め、コースを周回しながら次から次へと選手を床か天井の切れ目に放り込んでいく。
いよいよラスト一周となった俺とプリンスは床が抜けている時点には相変わらず牛頭がいいるので、そこから少し先にいったところにある天井がポッカリ開いたところまで並走するとそこで立ち止まる。
「健太郎君。いろいろ邪魔は入ったがようやくだね」
プリンスは黒の指抜きグローブを脱ぎ、不敵に微笑む。奴の口からは二本の牙が見え隠れしている。
「そうだなあ。一騎打ちといこうじゃねえか!」
俺は両手を合わせて指の関節を鳴らすと、首を回しプリンスの方へと向き直る。ん? ちらりと目に入った観客席に気になる光景が映った俺は、観客席に目をやる。
――教授と中華風の民族衣装が対峙しているじゃねえか。どういうことだこれは?
「おや。ウー君はまだ戦っているのかな?」
俺の様子を見て取ったプリンスが、
「プリンス。お前さんとあの民族衣装はグルなのか?」
「そうだとも。牛頭も我の協力者さ」
ニヤアとプリンスは嫌らしい笑みを浮かべ、牛頭のいる方向を指さす。
なるほどなあ。民族衣装の達人――ウーが牛頭に飛ばされコースアウトしたことは不可解だったんだ。プリンスが俺とウーの勝負を邪魔してきたことも、ウーと俺の二人とも怪我することをプリンスは恐れたんだ。
何故俺の怪我の心配までするって? そいつは簡単なことだ。プリンスはここで俺と全力勝負したかったんだろうからな! 手負いを倒しても意味がない。プリンスはそう考える奴だ。
こいつらは最初からグルだった。どこで知ったかしらねえが、マミが白の光で描かれた虎が浮き出るブローチを所持していることを知っていて、レースの賞品である龍が浮き出てくるブローチも狙っていたんだろう。
プリンスが優勝し、ウーがマミからブローチを奪うという作戦だな。牛頭は場を乱す為に投入したってことか。
牛頭を無視するって発想が無かったのは素だと思うがな! プリンスは頭を使うことが苦手だからきっとそうだ。
「まあいい。プリンス! お前さんの誘いに乗ってやるよ。全力勝負だ」
「健太郎君、てっきり君は我との勝負をあきらめて救援に向かうものだと思っていたよ」
「何言ってんだ? プリンス」
俺は豪快に声をあげて笑い飛ばす。プリンス……ウーがどれほどの達人かは知らねえが、所詮は武器を持たない人間だ……ブラザーのことを知らないようだな……
「何が愉快なのかな? ウー君の実力は知っているだろう?」
「甘かったな。プリンス。あっちにはお前さんが行くべきだった。選択を誤ったな。俺もブラザーも勝つ。それだけだ」
「ふん」
俺とプリンスはお互いに足を踏み出すと、拳を振り上げる!
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