第20話 ブレードレース開幕

 さあていよいよブレードレース大会が開幕だ。レース参加者はおよそ五十人ってとこだなあ。燃えてきたぜえ。

 レースはコースを三十周周回し、一番最初にゴールした奴が優勝という単純なものだ。ただし、途中で骨折などの怪我をしちまったり、ジェットブースターが破壊されてしまったらリタイアになる。

 ああ、もう一つあったな。チューブの切れ目からコースアウトしてもリタイアだぜ。

 

 俺達参加者は透明なチューブの中に入り、スタートライン付近に全員が集まる。一番前を取ろうと躍起になってる奴らが前を争っているが、こいつらはダメだな。小さなことで争うようじゃあトップは取れねえ。

 注目すべきは、少し離れた場所で不敵に構えてる野郎どもだ。

 

 マミ、ラティア、ブラザーは俺のレースを見ようと観客席に三人並んで座っている。どこにいるのかと目を凝らすと最前列で手を振っているじゃあねえか。俺が三人に目線を合わせると彼らも気が付いたようでラティアは両手をめい一杯振って俺に答えてくれた。

 マミは片手を振ってウィンク、ブラザーは軽く片手をあげて俺に目を向けた。

 

 俺は三人に手を振って応じるとコースへと向き直る。

 

 一応選手を見ておくか……強い奴ってのは空気が違うもんだ。ブレードレースで必要なことは速く走るテクニックじゃねえ。格闘技術だ。武器の持ち込みは禁止されているから身一つで選手は戦わなきゃならねえ。

 マミが言っていた牛頭の選手は……いたな。集団から少し離れたところで両腕を組み静かに佇んでいる。聞いていた通りの巨体だな。身長はおよそ二メートル五十ほどで、毛皮のベストから見える筋肉は盛り上がり二の腕も女性の太ももほどありやがる。

 毛皮の腰巻に毛皮のブーツ。なんともワイルドな見た目だぜ。嫌いじゃねえなこういう恰好は。これで古臭い両手斧とか持ってたら完璧だが、残念ながら武器の所持は禁止だから手には何も持ってねえな。


 他には色黒のハゲ……こいつは体中に刺青をしていてこいつも筋骨隆々だな。黒のレザーパンツを履いていて、首からかけた髑髏のチョーカーがイカスぜ。

 この二人がまだマシってところかねえ。後はモヒカンやらがいるがどれも小物だな。

 

 あいつはいねえのか……俺は首を回しあの民族衣装を着た達人をさがすが……見当たらねえ。絶対出場していると思うんだが、気配を消しているに違いない。ますます奴に興味が出て来たぞ。

 

「健太郎君じゃないか。久しぶりだね」


 不意に声をかけられ、振り返ると……面倒な奴の姿が目に入る。気配を消していやがったな。こいつはいけ好かねえ野郎だがデキる。

 ライオンのようなタテガミに見える金髪とは裏腹に冷淡ながらも涼やかな顔、真っ黒な革の服は体にピッタリと張り付き、真っ黒な地下足袋を履いている。

 眼は赤くランランと輝きを放ち、開いた口からは鋭い牙が二本見える……こいつは――

 

「プリンス。お前さんも参加していたのか?」


「いかにも。我は忙しい身なんだがね。レディがどうしてもとせがむものだからね……」


 気障ったらしいこの男はラ・イチ伯爵……通称プリンスと呼ばれている。この男は吸血鬼の一族で昔は人間の血を吸って社会から恐れられていたそうだが、今は平和的に人工血液を飲んでいるらしい。

 人工血液に変えた理由はプリンス曰く、人間の血を吸ってレディを恐れさせるのは良くないそうだ。レディファーストはご立派だし、俺もそうすべきだと納得しているが……この嫌味ったらしい口調と気障な態度が気に食わねえ。

 

 しかし、この男……実力は折り紙付きだ。俺といい勝負ができるくらいにな。

 

「プリンス。中華風の民族衣装を着た奴を見なかったか?」


「心当たりはあるが、我が健太郎君に言う義務があるとでも?」


「……めんどくせえやつだな……もういいぜ。話はそれだけだ」


 俺が手でシッシとプリンスを追い払おうとすると、自尊心が強いプリンスは芝居がかった仕草で手を前に突き出す。

 

「待ちたまえ。健太郎君。そこまで君が言うのなら、教えてやろうじゃないか」


 聞いてねえんだが、勝手にしゃべり始めやがった。プリンスはある特殊な能力を持っている。まあ、機械で代用できる能力なので、普段は脅威じゃあない。

 しかし、ここでは機械類の持ち込みができないから、プリンスの能力は大きなアドバンテージになるだろうな。

 

 プリンスの能力とは――

 

――ソナーだ。


 超音波を発して空間を把握し、誰がどこにいるのかも正確に距離まで測ることができる。ここに集まった五十人程度の選手全員なら容易く調べることができるだろう。

 

「一人、超越した達人がいるようだね。君が警戒しているのはその者だろう?」


 プリンスは自慢げに胸を反らし目を細める。

 

「やはりいるのか……ありがとうよ。プリンス!」


 俺が確信していた通り、奴はここに来ている。プリンスと民族服の達人、そして俺の三人でのバトルロワイヤルだな。このレースは。

 プリンスは俺があっさり礼を言ったことに少し戸惑ったあと、コホンとわざとらしい咳を一つした後、両手の指抜きグローブを整える。

 

「じゃあ、我はこれで……」


「じゃあな。プリンス。お互い全力を尽くそうぜ!」


 プリンスは芝居がかった仕草で俺に手を振り、スタートライン争いに加わっていった。奴の性格からすると先頭に立ちたがるだろうな。これは……楽ができるぜ。

 

 スタートまで後二分か……俺はジェットブースターの調子を確かめスタートの合図を待つ。

 

――高い笛の音が鳴り響く! 始まったぜえ。ブレードレースが!


 スタートの合図と共に、先頭を争っていた数十人が数メートル宙を舞う。予想通りだ。プリンスの奴がやってくれやがった。

 スタートラインで争っていた連中は全てプリンスに跳ね飛ばされ、開始早々怪我を負ってリタイア。プリンスが連中を吹き飛ばしている間に抜けようとした野郎どももついでに飛ばされて、こいつらもリタイア。

 

 暴れすぎだぜえ、プリンスよお。

 

 俺はゆっくりとかかとを床に打ち付けると、ジェットブースターが点火し一気に加速する。俺がスタートを切ったことに合わせて、様子を見ていた選手も俺に続く。

 

「イヤッホー!」


 加速の爽快感に俺は歓声をあげ、プリンスの横を通り過ぎると奴も俺を追ってすぐに追いついて来た。 

 

「健太郎君。勝負は二十周を越えてからにしようか。煩わしい者を全て排除してから勝負といこうじゃないか」


 プリンスは俺の横に並ぶと不敵に笑いながら、提案してくる。

 

「いいぜえ。勝負は望むところだぜ。二十周までに舞台を整えようじゃねえか」


 俺とプリンスは先頭で最初のコーナーへ突入する。左側へ九十度のカーブだ!

 

 プリンスは天井から、俺は床からそれぞれの方向に軌跡を描き、カーブを抜けたところで俺達は上下逆になって走っている。

 俺はそのまま、壁面を滑り床で走るプリンスの横に並ぶ。

 

 三百六十度の回転を抜け、直線に入ると俺はワザとスピードを落とす。俺のやろうとしていることに気が付いたプリンスも同じように速度を落とす。

 そうだぜ。直線の先は床側がくりぬかれている。そこを抜けると天井側に壁がないんだ。

 

「健太郎君。どっちが多く落とせるか勝負だ!」


「オウケエイ! 望むところだぜ!」


 俺とプリンスは足を止めると、後方を振り返る。さあて、何人残るかねえ。

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