第17話 マミの依頼

 マミにはラティア達のことで世話になったから、彼女の依頼を一つ受けると言っておいたんだった。その件だと思い俺は彼女からの超高速電話ハイパーテルに出る。

 

「ヘーイ! マミ」


『健太郎。お願いがあるんだけどいいかしら……』


 少し戸惑った様子のマミ……いつも勝気な感じなんだが珍しいなおい。

 

「何でも言ってみな。カワイ子ちゃんの依頼は断らないぜえ」


『もう……健太郎ったら。あるブレードレースの大会に出て欲しいのよ』


「ほう。ブレードレースか。そいつはご機嫌だな!」


『詳細は後で超高速通信ハイパーメールで送るわ。開催は一か月後よ』


「任せておきな! そいつで優勝すればいいんだろ?」


『その通りよ! あたしも大会を見に行くから、頼んだわよ! 報酬は私とお金でいいかしら……』


「ヘーイ! 前にも言ったが、賞品に体を差し出すのはいただけねえ。金も要らねえ。これはお前さんへのお礼だからな!」


『そ、そう……まあいいわ! 来月、現地で待ってるからね!」


 俺はマミとの超高速電話ハイパーテルを切ると、コーヒーを飲みながら思案する。俺の隣にラティアが腰をかけて心配そうな目で俺を見ている。ウサギ耳がピンと立ち、口にはココアを運びながら。

 ブレードレースかあ。俺好みのレースなんだが、どんな奴らが来るのか楽しみだぜ。

 

「健太郎……あの女と何をお話ししていたんですか……」


 黙っていることに耐えられなくなったのか、ラティアがウサギ耳を真ん中で折りたたみつつ様子を伺ってくる。良く動く耳だな……

 

「ブレードレースに出場してくれだとよ。俺にかかれば余裕だぜ」


 俺は手に持ったコーヒーをテーブルに置くと、安心させるようにラティアの頭を撫でる。

 

「……ブレードレース? どんなレースなんですか?」


「ああ。ラティアは未開地出身だったか。ブレードレースというのは……」


 俺はラティアにブレードレースがどんなレースなのかを説明し始める――

 

――ブレードレース。最も格闘技に近いレースと言われるレースなんだぜ。ブレードレースは足にジェットブースターという靴を履いて、透明なチューブの中を走り回るレースになる。

 カーレースのようにカーブやストレートが組み合わされたコースなんだが、チューブが一回転していたり、チューブの下半分や上半分が切り取られていて落ちるとコースアウトしたりとカーレースと少し違うところがある。

 特徴はチューブの中を走る性質上、天上だろうが三百六十度動き回る三次元型のレースってことだ。

 

 コースは一周数キロあるが、たいていのレースでは数十周周回して、最初にゴールした者が優勝となる。武器の持ち込みは禁止だが、選手同士の格闘は禁止されていない。むしろ選手同士で潰し合うことがこのレースの醍醐味だ。

 それが「最も格闘技に近い」って言われる所以ゆえんなんだぜ。

 

「……というわけだが、だいたい分かったか?」


「……はい……でも、危険じゃないですか?」


 ラティアはウサギ耳を頭につけて、俺に肩に手を置き少し震えている。

 

「なあに。心配するなって。俺にかかれば大した危険もねえって」


「……そうですよね……健太郎は強いから……」


 俺の雄姿を思い出したのか、ラティアは少し頬を赤く染めて深く頷く。

 

「着いて来るか? ブレードレースに」


「……行きたいです……」


 ラティアははっしと俺にしがみつき、上目遣いで俺を見つめてくる。その目からは強い意志が感じ取れた。

 行きたいと言うと思って聞いてみたけど、こいつは予想外の喰いつきっぷりだぜえ。俺とブラザーは犯罪者組織を叩いたりもしているから、ラティアを独りで観戦させるのは危険だろうな。

 どこに俺達の隙を伺ってるふてえ野郎どもが潜んでいるか分からねえからな。ブラザーにラティアの護衛を頼むか……

 

 ブラザーはああ見えてなかなかやるんだぜ。まあ、俺ほどじゃあねえけどな!


「ラティア。ブラザーと一緒にレースを観戦できるように……」


「ほんとですか! やった!」


 俺の言葉が最後まで終わらないうちに、ラティアはブレードレースに行けると思い俺に強く抱きついて来る。

 ヘーイ! 最後まで話は聞こうぜえ。

 

 俺は抱きつくラティアを優しく引っぺがすと、ブラザーの居室へと向かう。たしか今日は部屋にいたはずだ……

 

「……もう……健太郎、どこに行くんですか?」


「ブラザーのところだぜ。彼にラティアの護衛を頼むんだ」


「……護衛ですか……」


「俺達は割に危険な仕事をしているからなあ。万が一があっちゃあいけねえ。ラティアがさらわれたら困るだろう?」


「……ありがとうございます」


「いいってことよお!」


 ラティアと一緒にブラザーの居室に向かうと、ちょうど扉が開いて中からブラザーが……違うブラザーじゃねえ。

 

――若い煽情せんじょう的な恰好をした女が憮然ぶぜんとした顔で出て来やがった! ヘーイ! ブラザー。またやったのかよ……

 部屋の中からブラザーの声が聞こえる……

 

「チェンジである!」


 やっぱりデリヘルの女かよ……ブラザーの趣味はデリヘルを使って「チェンジである!」って言うことなんだぜ。金は渡しているみたいだけどなあ。

 せっかく女を呼んで金を払ってんのに何もせず「チェンジである!」と言って追い返すのは理解できねえ趣味だよ。

 

 ラティアは突然出て来た見知らぬ女に戸惑っていたようだが、気にしても仕方ねえ。俺は彼女の手を握りブラザーの部屋へ入る。


「ヘーイ! ブラザー。またチェンジかよお」


 俺が陽気に挨拶をすると、ブラザーは懐中時計を手で弄びながら、俺へと向き直る。

 

「健太郎か。何用かね? もう一人呼ぼうと思っていたのだが?」


「まだやるのかよ……一体何が楽しいんだよお」


 俺はあきれて肩を竦めるが、ブラザーは全く気にした様子がなかった。逆に俺へとため息をつきやがったぜ……

 

「いいかね。チェンジである……この言葉には万感の思いが込められているのだよ。分かるかね……」


 や、やべえ。ブラザーがポエムモードに入っちまった。なんとか引き戻さねえと。俺はラティアに目くばせすると彼女にブラザーへ言葉をかけるように促す。

 

「あ、あのう! 教授!」


 ラティアは少し引いていたが勇気を振り絞ってブラザーに声をかける。

 そういや、ブラザーはなんだっけか民俗学だか言語学だかの教授だったはずだ……名前は確か……エ・レクチオン教授。いつ授業を行っているのかは全く分からねえが、優秀な教授であることは確かだ。

 見た目は英国風の紳士で白髪にオールバック、|片眼鏡モノクルのナイスな奴なんだが……これさえ無ければなあ……

 

 ラティアが声をかけると、ブラザーはハッとしたように元の世界に戻って来てくれた。

 

「何かね? ラティア?」


 ブラザーは何事も無かったかのように、コホンと一つ咳をした後にラティアへ問いかける。

 

「なんだか楽しそうでしたので、私もご一緒してもいいですか?」


 待て! ラティア! そうじゃないだろお。彼女は緊張から意図と全く違う事を口走る。彼女はしまったという顔になり、ウサギ耳もペタンとなるが時すでに遅し……

 

「そうかね。そうかね。ならば私の隣にいるといい。健太郎との話が終わったら呼ぼうじゃないか」


 少女と一緒にデリヘルを呼ぶとか正気じゃねえぜブラザー! 

 

「ブラザー。頼みってのはラティアの護衛だ。来月ブレードレースに俺が出る事になってな。観戦の時にラティアの護衛をお願いしたい」


 俺の頼みにブラザーは片眼鏡モノクルを左手で軽く触りながら頷きを返す。

 

「ふむ。そんなことかね。お安い御用だよ」


 ブラザーは快く護衛を引き受けてくれた。これで安心してブレードレースに集中できるぜ。

 

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