第9話 書庫

 吊り橋を抜けてからは特に罠らしきものはなく、俺達は道の脇にあった扉をくぐった小部屋にまで来ていた。

 この小部屋は七メートルほどの正方形で出来た部屋になっていて。中には本がビッシリ詰まっている。どんな素材で出来てるのか分からねえが、本は風化せず綺麗な状態を保っているようだ。

 もっとも……埃まみれだけどなあ。

 

 俺は一冊の本を手に取り、中身を確認する。

 

 当たり前だが、書いてある文字が読めねえ。そらそうだぜ。未開惑星で宇宙共通語を使ってるわけはねえからなあ。俺と同じように本を手に取り中身を確かめたマミもため息をついている。


「読めるか?」


 俺の問いに、彼女は首を横に振って答える。まあ、そうだよな。

 

「宇宙共通語を街の人がしゃべっていたから、本も読めると思ったんだけど。何書いてるかさっぱりね」


「街の奴らは……イモムシがしゃべれるようにしたんじゃねえか」


「ああ。そういうことね。納得……」


 宇宙共通語は誰でも手軽に学べるように、脳に言語能力をインプットする手段が幾つかある。一番主流なのが、母国語をしゃべっているのと同じような感覚で宇宙語を理解できるようになるウイルスだ。

 このウイルスを摂取すると、意識せず宇宙語を解するようになる。しゃべることも意識せず行うことが出来るってわけだな。つってもイモムシみたいに、体のつくりが原因で宇宙共通語の発音が難しいって奴らもいる。

 

「つってもここにある本は理解しておきたいよなあ」


「そうね。重要なヒントが書いてそうよね」


 こういう時に頼りになる奴がいたじゃねえか。そうだよ。ブラザーだよ。ブラザーは変な奴だが、民俗学だか考古学の教授でこういった未知の言語で書かれた古文書の解読は得意としている。


「マミ。ちょっとブラザーにここにある本の情報を送るぜ」


 俺は作業着のズボンからテントウムシ型のイカスロボットを取り出すと、本に向けて放つ。このロボットは手のひらサイズのスキャナーロボットで、本を開かなくても内容を読み取りスキャン、録画してくれる優れものだ。

 解き放つと後は自動で全ての本を読み取ってスキャンしてくれるから楽ができていい。スキャンが終わったら俺の手元に戻って来る寸法なんだぜ。

 

「ブラザーって?」


 マミは不思議そうに首を傾ける。ああ。マミはブラザーの事を知ってるわけねえか。テントウムシのスキャンが終わるまでまだかかるし、マミにブラザーのことを話しするかあ。

 

「ブラザーは俺の上司みたいなビジネスパートナーみたいな奴なんだぜえ」


 以上。説明終わりだ。

 ん。マミが俺の説明の続きを待っているみたいだな。今ので全部分かるだろ?

 俺が黙っていると、痺れを切らしたマミがわめきだす。

 

「ちょっと! 今ので説明終わり? ま、まさかそんなことないわよね?」


「今ので分かるだろ?」


「分かるわけないでしょうがあ! あんたの上司ってだけで何が分かるのよ!」


 腰に手を当て、尻尾をピンと天に突き立てたマミがさらに唸りだす。彼女が唸ると胸がプルンと震えてなかなか壮観だ。

 おっと。胸に見とれている場合じゃないな。

 

「ブラザーは民俗学だか考古学者の教授なんだよ。未知の言語を解読するのもお手の物って奴よお」


 ん? マミの奴が呆れた顔でプンスカしているな。どういうことだ?

 

「ちょっと……どれだけそのブラザーが優秀か分からないけど。未知の言語は本を渡しました。はい。解読しましたってなるわけないでしょお!」


「そんなもんなのか?」


「そんなものよ!」


 全く……ウガウガうるさい奴だぜ。

 話をしていたら、テントウムシのスキャンが終わったようだな。

 スキャンを終えたテントウムシが俺の肩に留まったので、俺はテントウムシを手に取り、腹にあるスイッチを押し込む。これでブラザーに画像が送信されるって寸法よ。

 

 次の瞬間、俺のズボンの中にある携帯型通信機ハイパーフォンが震える。

 急ぎタブレット型の携帯型通信機ハイパーフォンを手に取り、耳に当てる。超高速電話ハイパーテルをかけてきたのはブラザーだった。早ええなおい!

 

『健太郎! 素晴らしい! 未開地惑星の本かね? これは?』


 ブラザーは興奮した様子で語りかけて来る。お。さっそく画像を見てるんだな。

 

「そうだぜえ。ブラザー。未知の言語らしいが解読できるか?」


『あと二分くらいで解読できるとも! いやあ素晴らしい!』


「お。やっぱそんなもんか。読むのにはどれくらいかかる?」


『そうだね。五十万字くらいだから一時間ってところだね。それくらいたったら超高速電話ハイパーテルをくれるかね?」


「分かったぜえ。ブラザー。頼むぜえ」


『任せておきたまえ。いやあ素晴らしい。素晴らしいぞお』


 ブラザーはまだ「素晴らしい」と繰り返していたから、俺は携帯型通信機ハイパーフォンを切った。

 ん。俺の作業着のズボンを引っ張るふてえヤツがいるな。

 

 振り向くと、マミが拗ねた様子で俺のズボンを掴んでいた……一体どうしたんだよ。

 

「どうしたあ? マミ?」


「あたしの常識が……何なの? ブラザーって……」


「だからなんかの教授だって言ってるだろうが。変な奴だが仕事は早い」


「早いって言っても程度があるでしょお!」


 お。またうなりだしたぞ。オウケイ! 調子が戻って来たようだな。

 

「マミ。そうカッカすんなって。キスするぞ」


「え? もうからかわないでよ!」


 また叫びだしそうだったので、俺はマミの口を塞ぎ抱き寄せると、彼女はピンと立ていた尻尾をだらりと下げて俺のキスを受け入れた。

 落ち着いたことを確認した俺は彼女の体から手を離すと扉の方を顎で示す。

 

「じゃあ先に進むとしようか」


「ちょっと! 待ちなさいよお」


 顔を真っ赤にしたまま、彼女は俺の後をついて来る。全くとんだ子猫ちゃんだぜ。……トカゲの尻尾がついてるけどな。

 

 本のあった小部屋から三十分ほど歩くと、広大な空間に出る。

 ヘーイ! こいつはすげえ空間だぜ。広さは空間の入口から向こう側の端まで目がかすむほどの距離があり、床はこれまでと同じく岩肌で、傾斜しておらず真っ平。

 床も壁も人工的に磨かれているのは相変わらずだな。左右を見渡すと、これもまた視界ギリギリでようやく壁が見えるくらいの距離がある。

 

 これは……絶対何か出るな。巨大な怪物とか?

 

「健太郎。お約束が好きな洞窟だから、ここにも絶対何かあるわよ!」


 マミは左右を見渡し警戒しながら、俺へ声をかける。まあ。そうだろうなあ……あからさまだよなこれ。

 いいんだよ。男ってのは細かいことは気にしねえ。

 

 俺はマミの手を取り、真っすぐと歩を進める。どうせ行くなら堂々と進もうぜえ。

 ちょうど広間の中間辺りまで来た頃……

 

――地面が震え、つられて部屋全体が振動する!


 立っていられないほどの揺れではないが、それでも注意しておかねえと足を取られそうだ。

 

「健太郎! 岩が!」


 ヘーイ! 岩が床から生えて来て、ブロックのように岩同士が組み合わさっていく。

 岩のブロックは見る間に人型へと組み合わさり、最終的に高さ八メートルほどある岩の巨人へと姿を変える。

 

「マミ。下がってろ。こいつは絶対襲ってくるぜ」


「ちょっと! 岩の塊なんかにビビる女海賊マミ・ブラウンシュガーじゃないわよ!」


「なあに。ここは俺に任せておけって。いい女を守るってのも男ってもんだぜ」


「いい女……」


 マミは何度か「いい女……」と呟きつつ俺の後ろへ下がっていく。一方、俺は岩の巨人をにらみつける。俺の目線を受けてなのか分からねえが、奴の顔の目に当たる部分が不気味な赤い光を放つ!

 オウケイ! かかって来なあ。岩の巨人よお!

 

 俺は腰からレーザー式44マグナムを二丁取り出し、構える。

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