第4話 巨木の森の死闘

 街までは地図を見たところ二日かかる計算で、俺達が予定より少し進んだところで日没となった。野営セットもちゃんと準備してきているから夜も安心だぜ。

 野営セットは手のひらサイズに凝縮された四角い箱になっていて、ボタンを押すと膨らみ三人用サイズのテントに変化する。このテントは特別な繊維が使われていて、銃弾やビームが多少あたっても破けない優れものだ。

 その分お高いんだけどな!

 

 夕飯を食べ終わった俺達は、テントに入り明日の朝までここで休むことにする。このテントには毛布が備え付けられていて、三人用だけに毛布も三枚入っている。

 俺が毛布を一枚とり寝転ぶと、ラティアも同じように毛布を掴んだが、口元に毛布を当てて何やらモジモジしている……ウサギ耳も頭に引っ付いている……


「どうした? ラティア?」


「あの……」


 ああ。知らない男と一つ屋根の下ってのは嫌がるかもしれねえなあ。といっても大木の森は怪物がわんさかいやがるって聞いてるから、別々のテントってわけにもいかねえ。

 俺達はこれから就寝しようとしているが、もちろんテントの周囲に警戒網は敷いている。赤外線レーザーのセンサーが縦横無尽にテントの外に張り巡らされており、ひっかかる獲物がいた場合、即座に俺へ警報が入る仕組みだ。

 

「安心して寝てくれえ。俺はちゃんとわきまえているからなあ。嫌がる女には手を出さねえ」


 もちろん「子供」にも手は出さねえ。俺はそんな趣味は持ってねえからな。

 

「あの……だ、抱いてくれませんか……」


 ヘーイ! 大胆だなおい。と一瞬思ったが、俺の想像する「抱く」ってのとラティアの言う「抱く」ってのは違うってのはすぐに分かった。

 怖いんだろう。この森が。その証拠に外で何か音がするたびにビクっとウサギ耳が反応して、体が震えている。文字通り安心できるように「抱きしめられて」寝たいってことだぜ。これは。

 

「安心して寝てくれ。必ず守るからな」


 俺はラティアを抱き寄せ、ギュッと細い背中を抱きしめる。彼女は耳をペタンと頭につけ安心したように体から力を抜く。どうやらこの森は惑星の人間から相当恐れられているみたいだな。

 バイクがあるほど技術力が発展していてなお恐れる森か……一体どんな怪物が潜んでいるのやら……

 


――翌朝

 夜中に怪物からの襲撃は無かったが、翌朝意外な形でラティアの懸念していた事件が起こる。ノンビリ朝食を食べていた俺達へ近づく何者かの気配……

 俺は腰からレーザー式44マグナムを取り出すと、気配のある方向へ銃を向ける。

 

 寄って来たのは体長一メートルほどの蜘蛛だ。昨日やり合った奴らだな……性懲りもなくまた来やがったのか。いいぜ。相手してやるぜ。

 しかし、蜘蛛は俺をじっと見つめたまま動こうとしない。どうも様子がおかしいなこれは……俺が一歩にじり寄ると、くだんの蜘蛛はキイキイ鳴くと体を反転させた。

 俺に背中を見せる形になってしまった蜘蛛だが、戦おうっていうつもりなら正面を向かないと戦えねえぜ? どうも様子がおかしいな。

 

 俺は少し警戒レベルを落とし、ラティアと共にナナハンエアに乗り込むと再度蜘蛛の方を見る。蜘蛛は俺に背をむけたまま、動こうとしない。

 

「どう思う? ラティア?」


 俺は後ろに座るラティアに声をかけると彼女も戸惑っているようだ。

 

「分かりません。ですけど、敵意が無いように思います……」


 俺もそう思うぜ。幸いテントはもうバイクのストレージにしまい込んでいる。あとは出発するだけだったから丁度いい。一丁、蜘蛛の思惑に乗ってやるか。

 俺はナナハンエアのハンドルを握ると、エンジン音が鳴り響く。音なのかナナハンエアの振動に反応したのか分からないが、蜘蛛は俺に背を向けたまま走り出す。

 

 蜘蛛についていくこと二十分。案外足が速い蜘蛛に少し驚いたが、蜘蛛の意図は今ハッキリと分かったぜ。

 

――体長一メートルを超えるスズメバチの群れが蜘蛛に襲い掛かってるじゃねえか! あの巨大な蜘蛛も手を焼いているようだ。蜘蛛の天敵は多数存在する。これだけサイズが大きな蜘蛛なら天敵なぞ存在しねえと思っていたが、相手のサイズも大きくなれば話は別だ。

 蜘蛛の天敵はハチや鳥……まあ、鳥はハチにとっても天敵だがなあ。

 

「いいぜ。蜘蛛ぉ! お前の心意義を買ってやるぜ。俺に倒され命を失う事を恐れず、俺に助けを求めにきたその男気をなあ!」


 蜘蛛の周囲に群がる巨大スズメバチの数はおよそ三十匹。蜘蛛は糸を出し抵抗しているが、スズメバチは蜘蛛の糸をものともせず蜘蛛へ鋭い針で攻撃している。あれに刺されればイチコロだろうな。

 そもそも蜘蛛とスズメバチだと速度が違い過ぎる。蜘蛛の攻撃なんてスズメバチにとってはスローモーションだろうからな!

 俺? 俺は違うぜ! 行くぜえ。ナナハンエア!

 

 俺は片手でハンドルを握りしめると、もう片方の手でレーザー式44マグナムを引き抜く。

 

「ラティア。しっかり掴まっていろよお」


「はい!」


 俺はラティアに一声かけると、マグナムのトリガーを三度押し込む! 不意打ちを受けたスズメバチはあっさりとレーザーに撃ち抜かれ墜落する。まずは三匹だ!

 俺を脅威と取ったスズメバチは一斉に俺へと殺到してくる。俺はナナハンエアのエンジンを吹かしつつ、奴らの攻撃範囲に入るまでにさらに五匹撃ち落とす!

 

 これからはスズメバチとのランデブーだぜえ! ついてこれるならついてきてみろ! 俺は円を描くようにナナハンエアを走らせ、その後ろをスズメバチがついて来る。

 どうやら速度はほとんど変わらないようだな。言っておくが、ナナハンエアが直線を走るならこの程度の速度じゃねえぜ。あくまで狭い範囲をグルグル回るから同じくらいの速度ってわけだ。

 そこんとこ間違うなよお。

 

 追いつかれないとなると後は赤子の手をひねるようなもんだ。スズメバチに追われながら、一匹づつマグナムのレーザーで撃ち落としていけばいい。接近されなければ奴らに攻撃手段なんて無いんだからな。

 残り五匹くらいになると、スズメバチは俺に恐れをなして逃げ始める。逃げようとするスズメバチに容赦なくレーザーを浴びせ、残り二匹まで減らす。

 

 チ! ここからだと射線が通らねえ。逃がして仲間を呼ばれると面倒だ。ここで何としても仕留めるぜ! 俺は大木と大木の間隔をとっさに確認する……

 行けるぜ! よし!


「ラティア! 今度は気絶するなよお!」


「え。またあれですかあ」


 ラティアの泣きそうな声が後ろから聞こえるが、すまんな。今スズメバチを逃がすわけにはいかねえんだ。我慢してくれよお!

 

「行くぜえ!」


 俺の掛け声と共に、ナナハンエアが大木の幹を駆け上る! 一拍おいて体を横に傾けるとナナハンエアは横倒しになり大木の幹から離脱し、次の大木の幹へと水切りのようにかっ飛ぶ!

 

 ここだ!

 

 俺はレーザー式44マグナムを二連射し、残りのスズメバチを見事撃ち落とす。ふう。何とかなったぜ!

 着地も綺麗に決めたナナハンエアは唸りをあげた後、停止する。


「ラティア。大丈夫か?」


「は、はい……何とか……」


 今度は気絶せずに乗り切ってくれたようだ。蜘蛛よお前さんの男気に応えたぜえ!

 俺は俺を連れて来た蜘蛛へ目をやると、ニヤリと笑顔で親指を立てる。蜘蛛はキイキイと鳴いて俺へ道を譲る。巨大蜘蛛もその他の蜘蛛たちもジッと身動きせず俺達を見守っているようだ。


「巨大蜘蛛さんよお。いい部下を持ったようだなあ。じゃあな!」


 俺は巨大蜘蛛へ人差し指を立て左右に振った時――

 

――巨大蜘蛛の腹から小蜘蛛が大量に湧き出してきた! ヘーイ! 巨大蜘蛛はメス蜘蛛だったのかあ。こいつら子供を護るのに必死だったんだな。巨大蜘蛛がメス。一メートルの蜘蛛は世話役兼雄の役目も果たすってところか。

 こいつあ参ったぜ。どうりで必死なわけだよ。

 

「無事産まれて良かったな! あばよ。達者でなあ」

 

 俺は最後に俺を連れて来た蜘蛛へ目をやり前を向く。野暮用になっちまったけど楽しかったぜえ。蜘蛛たちよ。子供たちを元気に育てろよお。

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