第3話 奴隷商人とのこと

 ヘーイ! 気分爽快だぜえ! 俺とラティアを乗せたナナハンエアは豪快に森の中を突っ切っている。悪路? そんなものナナハンエアには関係ねえ。石があろうが、切り株があろうが空を飛ぶナナハンエアには問題ねえ。

 気分が乗って来たから、一丁ラティアを驚かせてやるかあ。

 

「ラティア。しっかり掴まっていろよお」


 俺の言葉に俺の後ろで腰かけているラティアはギュっと俺の腰に縋り付いた。

 よおし。見てろお!

 

 俺は幹の太さだけで数メートルはある大木をチラリと一瞥いちべつする。大木と大木の間隔を確認し、突入できるポイントを探る。

 ……お。ちょうどいいポイントがあったぜえ。行くぜ!

 

――ナナハンエアが大木へ突っ込み、そのまま幹を駆け上がる! 数メートル駆け上がった後、エアバイクを横へ倒すとエアバイクは唸りをあげて隣の大木の幹へかっ飛ぶ!


「イヤッホォーウ!」


 成功したことが爽快で俺は歓喜の叫び声をあげ、エアバイクはさらに大木から大木へと横っ飛びで移動していく。石の水切りのように。

 ラティアは最初あらん限りの力を込めて叫んでいたが、すぐに静かになると……とたんに俺の腰を掴む彼女の力も抜けて行く……これは……やっちまったか。

 

 急ぎ着地した俺はバイクを止め、ラティアの様子を確認する。

 あちゃー。刺激が強過ぎたか……

 

 ラティアは泡を吹いて気絶しちまってた。

 俺は彼女を姫抱きすると、静かに大木の根元へ背中を木の幹にもたれさせるようにして寝かせる。ふう。

 

 ラティアが起きるまでに食事の準備でもしておくかと思い立った俺は、ナナハンエアのストレージを開け、中から革のバックを取り出す。

 固形燃料と鍋を使ってコーンスープを温め、後は固形のスティックだ。コーンスープが温まったら、コーヒーを淹れる。

 

 俺がコーヒーを飲んでいるとラティアが目覚める。

 

「ラティア。すまないな。驚かせちまったようで」


「いえ。私……こんな楽しいの初めてなんです。こ、怖かったけど……」


「そうかあ。喜んでくれるならもう一回やるぜ?」


「そ、それは止めてください! バイクでの旅は楽しかったんです!」


 とたんに青ざめるラティアの頭を俺はひと撫ですると、彼女へコーヒーの入ったコップを手渡す。「子供」にコーヒーを渡すことに少しだけ戸惑ったが、レディは背伸びするもんだ。

 俺はそう考えてコーヒーにしたんだぜ。


「コーヒーだが飲めるか? 砂糖とミルクもある」


「ありがとうございます。ブラックで飲みます……」


「おお。大人じゃねえかあ」


「えへへ」


 俺の「大人」という言葉に反応して、ラティアのウサギ耳は片方だけ中央で前に折れる。照れた時の仕草だろうか。しかし、彼女がコーヒーに口をつけた時、一瞬ウサギ耳がビクっと振るえたのを俺は見逃さなかった。

 やっぱり、無理してんじゃねえのかよお。

 

「ラティア。俺はコーヒーに砂糖を入れるぜえ。特別製の砂糖だ。お前さんも入れろよお」


「はい!」

 

 俺はラティアの了解を取ると、砂糖を彼女の持つコーヒーへと投入する。もちろん、砂糖は特別製なんかじゃないぜ。苦そうな顔されたらこっちが困っちまうぜ。飲み物はおいしく飲まねえとな。

 落ち着いてきたところで俺は自身の失態を思い出し、彼女へフォローを入れることにした。ああ。俺がラティアの前で他の女に目が行っていたことに彼女へ気遣いを怠ったことへのフォローだぜ。

 いい男ってのはちゃんとフォローするもんだ。

 

「ラティア。お前さんを奴隷商人から奪った時の話をしようか」


「それはぜひ私も聞きたいです」


 ラティアは顔を輝かせ、ウサギ耳をピンと張って俺を見つめて来る。そうだ。あの女が出て来たのはラティアを奴隷商人から奪った後だ。

 


◇◇◇◇◇


――二日前

 俺は休日をご機嫌に過ごそうとナナハンエアをかっ飛ばし、荒野を走っていた。だいたい俺の住む街から三時間くらい走った頃、前方にぐったりしてるのか?動かない女をスクーター型のエアバイクに乗せようとしている二人組を発見する。

 おおい。レディは紳士に扱わねえといけねえんだぜ。何してんだよあいつら!

 

 俺はナナハンエアのハンドルを握り込み、加速する。あっという間に二人組の元まで到着した俺はナナハンエアから飛び出し、有無を言わさず二人組の片方へドロップキックをかます!

 派手に吹き飛ぶ二人組の片割れにあっけにとられていたもう一人へ俺は声をかける。


「ヘーイ! 嫌がる女を連れ込もうってのは見過ごせないなあ」


「テメエ! 俺達がユニオンサーバントの使いだと知っての事か!」


 二人組の片割れ……ガタイのいいハゲ頭の人間の男が威勢よく虎の威を借り俺を脅してくる。ほお。こいつらは奴隷商人の同業者組合ギルドでも最大勢力……泣く子も黙る犯罪組織「ユニオンサーバント」なのか。だがなあ、そんな脅しに俺が屈するとでも思ったのかあ?

 むしろ燃えるぜ!

 

「それがどうした?」


 俺は悠々と首をひねり、両手の拳を突き合わせバキバキと関節を鳴らす。さあ。お仕置きの時間だ。

 

「ま、待ってくれ! この女は特別なんだ!」


 おやおや。俺がユニオンサーバントへビビらなかったどころか、逆にやる気を見せたことで急に挙動不審になりやがった。

 なんだこいつは、とんだ見かけ倒しの小物だぜ。


「ほう? どう特別なんだあ?」


「ここだけの話。未開地の女なんだ。ほら、見たことのないウサギのような耳がついてるだろ?」


 おおい! 奴隷はもちろん犯罪だが、未開地惑星から人をさらうのは重犯罪だぜ! 珍しいから高く売れるってか? 反吐がでるぜ。

 

 俺はハゲ頭ににじり寄ると、右の拳を振るい奴の頭を殴り飛ばす。数メートル吹き飛んだハゲ頭はそのまま泡を吹いて倒れ伏す。

 全く、未開地惑星だとお。

 

 俺は地面に横たわっていた女……十六から十八歳くらいのウサギ耳の少女を助け起こすと、声をかける。

 

「大丈夫か? 嬢ちゃん?」


 しかし、彼女からの反応はない。どうやらここまで上手く逃げてきたようだが、ここで捕まってこの二人組に眠らされていたようだな。仕方ねえ。背負って一旦街に戻るか。ブラザーならこの少女がどこの星の出身か調べてくれるだろ。

 ……それにしても、あいつら酷い趣味してやがるな……俺は少女の着ている服を眺め、ため息をつく。少女が着ている服は高校の制服のようなブレザーだ。スカートは短く、黒いタイツをはかされている。

 どこかの少女趣味の野郎にでも売り飛ばそうとしてたってところだろうな……未開地惑星出身の珍しいウサギ耳だから、さぞ高く吹っ掛けるつもりだったんだろうよ!

 

 俺は少女を背負うとナナハンエアにまたがり、ハンドルを握る。

 

――その時、わめき散らす女の声が!


「ちょっと! あんた。そいつはあたしの獲物だよ!」


 めんどくさい奴が来たもんだぜ……俺は肩を竦め口笛を吹くと声のした方向へ首を向ける。

 女は二十代半ばほどの赤毛にカウボーイハット、黒のビキニにでかい胸といい尻をしていた。ヘーイ! そそるが、今は相手している暇はねえ。

 

「これは先に俺が奪い取った獲物だぜえ。あきらめるんだな」


「あたしが先に見つけたんだから! その女をよこしなさい!」


「よこせと言われてよこす奴がどこにいるってんだ?」


 俺は女を無視して、ナナハンエアのハンドルを絞り込むと豪快なエンジン音を響かせ、ナナハンエアは一気に加速する。

 

「ちょっと! 待ちなさいよ! 必ず捕まえるから!」


 遠くに女の叫び声が聞こえるが、俺は気にせずさらにスピードをあげる。

 


◇◇◇◇


「とまあ。そんな感じだったんだぜ。その後、ブラザーの家でお前さんが目覚めてからのことは分かるだろう?」


 俺は真剣な顔で俺の話を聞いているラティアに問いかけると、彼女は無言で頷きを返す。

 ラティアを助け出した後、俺はブラザーの家まで行って、彼女の住む惑星がどこか調べてもらいここまで来たってわけだ。

 

「あの女の人とはそんな関係だったんですね……」


 ラティアは難しい顔でボソリと呟くと、安心したようにコーンスープを啜る。

 

「さあ。食べ終わったら街へ向かうぜえ」


「はい!」


 ラティアは満面の笑みで俺に返事を返したのだった。

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