第2話 ご機嫌なバイクだぜ

 船に戻った俺はまずウサギ耳少女ラティアの様子を伺うことにした。ラティアは操縦室の隅っこで三角座りをしてウサギ耳がペタンと頭についていた。怖がらせちまったかな。まいったね。こりゃあ。

 

「嬢ちゃん。蜘蛛は追い払ったぜ」


 俺はラティアを安心させるようにクールに決めたんだが、彼女は首だけあげて俺をじっと見つめる。俺の報告にも彼女の顔は暗いままだ。

 

「良かったです……でも、ここは……」


「ん? 何かあるのかい?」


「ここは、巨木の森に違いありません!」


 巨木の森? 確かに木は全部でかいが……何か不味いことでもあるのか?

 

「何か問題があるのかい? 嬢ちゃん」


「巨木の森には危険な怪物がたくさんいます……さっきの蜘蛛のようなのが……」


「そんなことを心配していたのかよ。怪獣だろうが、鬼だろうが俺に任せておけ。なあに心配ねえ」


 俺はラティアを安心させるように、彼女の頭を撫でるとウサギ耳がピクピク震えているんだがまだ怖いのかい?

 仕方ねえ。俺は彼女を背中からギュッと抱きしめると「大丈夫だ……」と彼女の耳元で囁いた。彼女は最初驚いていた様子だったが、しばらくすると震えが止まりやっと落ち着いてくれたぜ。ふう。手間かけさせやがるぜ。


「ありがとうございます……」


 消え入りそうな声で三角座りをしたまま彼女は呟いた。

 

「嬢ちゃん。ちょっと画面を見てくれるか」


 俺がスクリーンのスイッチを押すと、操縦席の前方の窓の前に透明な板が降りてきて、電源が入る。

 透明な板にはこの惑星の地図が映し出され、現在地が赤色でピコピコ点滅し、街らしき集落は白い四角で表示される。


「これは……地図ですか?」


「そうだぜえ。赤いところが俺達のいる場所だ。白い四角が街になる。嬢ちゃんの街はどこだ?」


「すごい……いつの間に地図を……」


 そら大気圏に突入する前さあ。俺の船ハニースマイル号は測量機能ももちろん備えている。もっとも未開惑星出身の彼女からしたら宇宙船だって未知のもんなんだろうけどな。

 まあ、こまけえことは説明しねえ。男は背中で語るもんさ。

 

 ラティアはウサギ耳をようやくピンと立てると、立ち上がってとある街を指さす。

 ヘーイ! これは随分遠いじゃねえかあ。

 

「距離があるなあ。よおしバイクで行くか。なあに、二日も走れば街まで着くさあ」


「バイクですか……?」


「バイクは知ってるか? 嬢ちゃん」


「はい。バイクは私の星にもあります」


「そうかそうか。俺のバイクは特別製だぜえ。旅の準備をする前に見てみるか?」


「はい」


 ラティアはようやく笑顔になって頷きを返す。笑えるんじゃねえかあ。女ってのは笑っていたほうがいい。辛気臭い顔は美貌を損なうぜえ。まあ、ラティアはまだ子供だけどなあ。

 子供でもレディはレディだ。男たるもの女には紳士にならねえとな。

 

 俺はラティアの手を引き、バイクの格納庫まで案内する。


「どうだ。これが俺のバイクだぜえ」


「これがバイク……なんですか? タイヤが少し変わってますけど……」


 そう。俺のバイクはエアバイクなんだぜ。青い車体に高級レザーのシート。いかしたハンドルが特に自慢だ。エアバイクのタイヤは飾りなんだぜ。

 タイヤには空力特性を上げる為にエアロが付属している。ラティアが少し変わったタイヤって言ったのはエアロがついてるからだろう。

 俺のエアバイク――ナナハンエアは、古き良きバイク七百五十CCを模倣したエアバイクで、地面から最大十メートルまで浮き上がることが出来る。道路がない森の中だってご機嫌に走ることができる自慢の一品だ。

 

「これはナナハンエアと言ってな。空へ浮き上がるイカしたバイクなんだ」


「へえ……」


 ラティアはウサギ耳をピクピク震わせて興味深そうに目を輝かせている。

 

「じゃあ。準備するから操縦席で待っててくれ」


 俺はラティアの頭を撫でると、彼女はようやく慣れてきてくれたのか目を細めてウサギ耳をペタンと頭につけている。よおし。いい子だ。

 

 倉庫に移動した俺はレーザー式44マグナムの予備と、マグナム用エネルギーパックをいくつか、野営セットや携帯食料などを見繕い、革のバックに詰め込む。ナナハンエアに積み込もうとバイクのストレージを開けた時だ……

 

――ラティアが血相を変えて飛び込んで来た。


「どうした?」


「あ、あの。テレビ? に女の人が……」


「女……追いかけてきやがったのか……参ったねえ。モテる男はつらいぜ」


 一瞬ラティアの目線がきつくなった気がしたが、男たるもの細かいことは気にしねえ。急いで操縦席へ戻ると、ピーピーわめいている赤毛の女が画面に映っていた。

 あー。やっぱりこいつか。全くうるせえやつだぜ。

 

 赤毛の女は二十台半ばほどでこげ茶色のテンガロンハットに黒のビキニ。カウボーイ風のこげ茶色のミニスカートをはいていて、足にはカウボーイブーツ。俺も人のことを言えねえが……こいつの恰好も変わってるよな……

 女は自分のことを女海賊と言っていたが、カウボーイ……いや、カウガールじゃねえか! 一見いい胸と尻をした人間に見えるが、この女……お尻から爬虫類のような尻尾が生えている。


「よお。何か用かい? 子猫ちゃん?」


 俺が画面に向かって話かけると、赤毛の女は一度何かわめいた後、やっと意味のある言葉を叫び始める。


「あんた! 勝手にあたしの獲物を取っておいて逃げるなんて! 探したんだから!」


「ヘーイ! この嬢ちゃんは俺が奴隷商人から奪い取ったんだぜえ」


「あたしも狙っていたんだから! 場所は分かったわ! 待ってなさいよ!」


「待てと言われて待つ奴がどこにいるんだあ。全く……」


「あんたはこのあたし……女海賊マミ・ブラウンシュガーを怒らせた! 必ず捕まえてやるんだから!」


「おいおい。ツンツンしてるわりに、名前は随分スウィートじゃねえかあ」


うるさい! 馬鹿にするんじゃないわよお! 許さない!」


「へいへい。もういいか?」


 俺は返事を待たずにスクリーンの電源を落とす。全くうるせえ奴だぜ。それにしても、いい体をしているのにもったいねえ。巨乳にいい尻してたじゃねえかおい。

 ん。ラティアが俺の作業着の裾を引っ張っている。何だ?

 

「どうした? 嬢ちゃん」


「ラティア……です」


 ラティアはウサギ耳をピンと立てて、自分の胸に手を当てながら、自身の名前を述べる。ん。どうした? 拗ねているのか。ラティアは胸が無いからなあ。さっきの女はいい乳をしていたぜ。

 

「分かった分かった。ラティア」


「はい!」


 ぱあっと笑顔になるラティア。全く女ってのは子供でも「女」なんだよなあ。いけねえ、俺としたことが。レディの前では紳士に振る舞うのが男ってもんだぜ。

 いくら「子供」とはいえ、レディの前で他の女のことを考るのはイイ男とはいえねえ。

 済んじまったことは仕方ねえぜ。細かい事を気にするのも男らしくねえからな。

 ともかく、あの馬鹿女が来る前に急いで出発するとしようか。

 

 

◇◇◇◇◇



 俺はナナハンエアにまたがり、後ろにラティアを乗せて船から外へ出る。やっぱ外はいいぜ! 風が気持ちいい! 蜘蛛の姿も見えねえし。ご機嫌だぜえ!

 俺はラティアにバイク用の赤いヘルメットを手渡すと、俺はゴーグルを取り付ける。このゴーグルはナビ機能がついていてなあ、目的地までバッチリだぜ。

 ゴーグルの脇にあるボタンを押すと地図と目的地がゴーグルのレンズに浮き出て来るって寸法よ。男は小物に拘るってんだ。

 

「ラティア! 行くぜえ」


「はい!」


 ラティアがギュっと俺に掴まると、俺はハンドルを握りそのまま回転させる。すると勢いよくエンジンがかかり、ナナハンエアは動き始める。

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