第8話 し烈な価格競争
鬼が島内の価格競争はし烈さをましていた。
しばらくは落ち着いていたが、メーカーが『帳合』による二次問屋への販路拡大で、価格面で二次問屋に力をつけさせた。鬼が島商事と本間重太郎商店のような二次問屋対二次問屋の図式以外にも、一次問屋対二次問屋の図式ができてきた。それはリベート制の恩恵をうけて、一次問屋並みの価格が提示できるからであった。本来はありえない、二次問屋の原価が一次問屋の原価より安い逆転現象が起きる商品も中にはあった。これは二次問屋がその商品を一生懸命販売している証拠でもあった。
一次問屋にとっては力のある二次問屋をも
つことは、楽に売上が上がり、帳合手数料が入る。しかし二次問屋の気分を害し帳合変更をされると、その分の売上減ってしまう。日用品の一次問屋の佐藤商事は本間重太郎商店以外にも鬼が島商事とも取引があった。日頃
、本間重太郎商店と鬼が島商事はお得意様への価格競争で火花を散らしていた。鬼が島商事の内部には佐藤商事の営業が本間重太郎商店に自分たちの情報を漏らしている疑惑があった。価格競争に負けるたびに、それは大きくなっていった。問題としていたのは、本間重太郎商店が得意としているメーカーの日本洗剤の価格競争にことごとく敗れていたことだった。鬼が島商事の日本製剤の帳合先は佐藤商事で、そこから情報が漏れていると疑われていた。そこに登場したのが、一次問屋の新星だった。新星は言葉巧みに佐藤商事が情報を漏らしていると鬼が島商事を煽りつづけていた。決め手になったのは、新星の展示会で鬼が島商事に考えられない金額の札束が動いたことだった。そして数日後、日本洗剤の帳合先が佐藤商事から新星に移っていた。
この帳合変更で鬼が島商事の日本洗剤の売上が佐藤商事から新星へ移ったことになった。月に数百万、年間億近い売上が動いたことになった。急な帳合変更で驚いた佐藤商事は急きょ鬼が島商事を訪問。事情説明を求め、帳合変更の撤回をお願いした。鬼が島商事は日本洗剤商品の情報の漏えいを帳合変更の理由にした。双方の主張は平行線をたどり、納得しない佐藤商事は鬼が島商事との取引を停止した。そして鬼が島商事の主要なお得意先へ
日本洗剤商品の見積を提出した。その見積は
報復とも取れる価格の見積であった。
この事件の原因は鬼が島商事の勘違いであった。日本洗剤商品製品の価格競争で本間重太郎商店に敗れていた鬼が島商事だが、このメーカーの販売は本間重太郎商店のほうが日頃から一生懸命販売していた。メーカーから
見ると、日頃から積極的に販売をし、鬼が島のお得意様の隅々にまで商品を拡販してくれる本間重太郎商店には多くのリベートを払った。自ずと納価も安くなっていた。対して鬼が島商事は大量購入のお得意様ばかりの販売だけで他の商品は売ってくれなかった。これがリベートの差、納価の差になってでて価格競争に敗れていた原因だった。佐藤商事からの情報漏えいはありえなかった。取引上、たとえ、知り得ても公言しないのが常識だった
。
帳合の変更にはメーカーは神経を使う。単純に売上の移動だが、安易に移すと、移されたほうは、売上が月に数百万、年間で億単位の売上が無くなる場合がある。帳合を移されるか、そのままかで一次問屋側は非常に神経質になる。メーカーは今後の取引にも影響があるので、二次問屋へは何回も帳合移動の確認を重ねて慎重に行う。また、メーカーでは請求先の移動やリベートの支払い管理の変更の事務処理が発生する。帳合移行は、今日やって明日から実行というわけにはいかず、一か月程度の時間が必要とする場合が多い。
小売店が大型化し力をつけてきた最近は、定番の納価の見直しと称し、定番納価のさらなる引き下げの道具として使われている。各取引問屋に定番商品の見積を依頼し納価を引き下げようとする。このようなことが頻繁にあると、メーカーの事務処理が大変になる。一定期間の帳合変更を禁止するメーカーもいる。
メーカーの『建値』の価格戦略は、新しい金の流れ、物の流れを創り、地方の商品流通へ貢献していた。二次問屋を使ってのきめ細かい商品紹介や商品の分布は、地域住民の生活を豊かに便利にした。地域の隅々の店にまでゆきわたった商品は、お客様を創る。どんな大きさの店でも、どんなに遠くの店でも、置いてある商品は、消費者が気に入れば買ってくれる。そのあと、おいしさ、便利さ、価格などが受け入れられた商品だけが、また買ってもらえるのである。商品を通してファンづくり、何回も買ってもらえるお客様づくりをメーカーはする。有名人を使っての広告宣伝や景品があたる消費者キャンペーンなどである。ファンになった、お客様が別の地域に生活の場を移したときに、慣れ親しんだ商品を探す。小売店においていない場合、どうしてもこれでなければ駄目という要望は小売店を動かし、新たに取り寄せられて陳列される。お客様の強い要望は、定番商品として棚に並び、小売店の重要な品ぞろえになってゆくのである。
二次問屋までできあがった商流、物流は、売れない商品の処分にも使われた。海を隔てた鬼が島は、メーカーにとって都合が頻繁に商品の墓場に使われた。毎年様々な商品が開発されるが、メーカーの生産計画があまく、大量につくり過ぎた商品や大型店ででた返品商品は、鬼が島の二次問屋に紹介し捨て値で放されていた。このような商品が本土にでまわると、とんでもない値段で売られ、通常の商品の価格に比べて圧倒的な差がでる。商品価値、メーカーのブランドの低下に影響することだった。鬼が島へ送ればどんなに安く納入しても島内のみで販売される。けっして本土へ送り返されることはない。送り返すには運賃がかかり、かえって納価が高くなってしまうからだ。
本間重太郎商店にも一次問屋の佐藤商事や
ファミリー商事から“捨て商品”の案内があった。佐藤商事からは、洗剤のデザインが変わるため古いデザイン洗剤の投げ売りが多かった。鬼が島では中身は変わらないが、旧デザインの商品は消費者の反応はあまり敏感ではなかった。新デザインが浸透するまでの一か月くらいは大丈夫なので、通常出荷と同じ扱いで流通させることができた。
お菓子の一次問屋ファミリー商事からの案内には、旧デザインの捨て値や販売がすでに終わった商品がメーカーの倉庫にあったらしく、その案内があった。この商品は新しいもので通常でも十分販売できる商品だった。定価の二、三割程度の納価で仕入れられ、利益があげられる商品だった。
これらの投げ売りは、安いのは魅力だが、そればかり仕入れていては問屋の経営は成り立たない。しかし、一次問屋やメーカーとの
今後の付き合いや恩を売ることを考えて、ある程度は仕入れる必要はあった。
メーカー直送のルートづくりは、二次問屋にとっても取扱品を増やしたり、納価を下げて収益をあげられる良い機会でもあった。メーカーが目をつける二次問屋は日頃から、そのメーカーの商品に愛着をこめ幅広く販売している実績があるところだ。直送体制を整えることは、月の仕入れ金額がある程度なければならない。そのメーカーの商品の最低注文数量(最低ロット)で注文できる力が必要である。ただ、いくらメーカーの販売量に達していても一次問屋、メーカーが認めなければ直送、リベートをもらえる登録まではいかない。ずるい一次問屋は、直送できる力のある二次問屋には具体的に登録へ動いてくれず、その代り、しっかりと二次問屋分のリベートをせしめる一次問屋もいる。また直送はしてくれるが、直送ロットをわざと多くして、その分の売上を増やす一次問屋もある。
本間重太郎商店は日用品の実績はあり、リベートをもらえるくらいの販売量はあった。
菓子ははじめたばかりで、これからメーカーの実績をつくってゆく必要があった。ファミリー商事の展示会で四大メーカーから切り崩すべきか議論となった。ファミリー商事の中野がいったとおり、四大メーカーは掛け率が高く、たとえ本腰で扱っても日の輪屋との価格競争が予想された。結論は、その次のランクのメーカー二、三社の商品に力をいれてゆくことになった。四大メーカーはロングセラーや単品での特別注文扱いにし、松太郎が提案した駄菓子、お得感のある商品を独自に探してゆくことになった。お菓子のメーカーの立ち上げにはお菓子担当の本間勇作と近藤、須藤で考え実行してゆくことになった。
最初に力をいれたメーカーは信濃家だった。
信濃家は四大メーカーに次ぐ勢力があり、独自のキャラクターで展開をはかり、自前のレストランをもっていた。信濃家の主六商品は
飴だった。信濃家独自のキャラクター紋次郎は、かわいい男の子供のキャラクターで、その紋次郎が描かれた飴「スワニー」は有名だった。まず全店にスワニーを紹介し仕入れてもらった。何件かのお得意様で日の輪屋と合いあたったが避けた。スワニーの次はこれと順番に信濃家商品を紹介し、数か月で一定の仕入額を達成することができた。近藤は緊密にファミリー商事へ働きかけ、一定の仕入量に達しているのでメーカーへ登録とリベートの支払いの体制を整えてほしいことをお願いしていた。中野経由で信濃家から秋の品ぞろえセットを十セットの販売をお願いされた。実質的なノルマでこれを達成できれば直送体制に近づけることが予想できた。『品ぞろえセット』とは、四大メーカーなどの大手メーカーが主に春、秋の商品の入れ替え時期に投入する新製品の詰め合わせセットである。セットは数種類あり、一箱に十品前後の新製品が入っている。売れる売れないにかかわらず文字通りの詰合せなのでお得意様への強力な製品の売込みができる。必ず売れない商品が一品、二品あるので注意が必要だった。近藤は信濃家の秋の品ぞろえセットのパンフレットを数枚もらい、本間勇作とどこへ案内し、どれだけ受注できるか作戦を立てた。本間勇作と近藤で小売店に案内、フォローを須藤にしてもらう体制にした。あと内村酒店は松太郎がどっぷりつかっているので内村酒店だけは松太郎に任せることにした。仲山はダムの打ち合わせで手が離せそうにない。それでもお兄さんといっしょにダムの建設会社のために動いて大きな売り上げをつくってくれていることは痛いほどわかっていた。宮田はマイペースで営業フォローには時間がかかりそうだ。むしろ新入社員の内田の面倒をみてもらったほうが近藤は営業に集中できた。
本間勇作と近藤で信濃家秋の品ぞろえセットの受注を開始した。一軒一軒説明する。快い返事を頂けるお得意様、返事を保留するお得意様、明らかに断り単品で注文するつもりのお得意様様だった。
信濃家の秋の品ぞろえセットの受注は順調で十セットのノルマは達成できそうだった。
近藤は一件でも多く受注しようと懸命だった。
「松、この前頼んだ内村酒店さんへの信濃家さんの秋の品ぞろえセットはどうだ?」
「近藤さん、大丈夫だと思いますよ。多分
お兄さんは了解してくれると思います」
松太郎はダムのフォローで忙しい仲山に代わり内村酒店を担当し十分な売上を会社にもたらせていた。相変わらず商品の質問や対応に時間をとられていたが、的確な対応が信用を生み、最近は菓子の棚は全部任されていた
。内村酒店は先日の返品問題に懲りて、情熱を商売に向けていた。最近は漫画、雑誌を店に置き始め、立ち読み客が増えていた。それも内村酒店が松太郎に書籍類を店内に置くには何がいいかの質問に松太郎が会社や学校の同級生に聞きまわって報告した成果でもあった。この集客のおかげもあり、松太郎の信濃家の秋の品ぞろえセットの案内にも二つ返事で了解してくれた。松太郎は近藤にすぐに報告に飛んで行った。近藤も松太郎の営業力に感激していた。
本間重太郎商店の信濃家の受注はノルマを達成してメーカーへの実績ができた。商品も倉庫に納品され、お得意さまへ納品が順次行われていた。しかし、ここ日の輪屋と取引のある数件のお得意様から突然の注文キャンセルがでた。近藤はしっかりと説明し注文の了解をとったのに何故突然キャンセルするのか
、わからなかった。ファミリー商事の中野にそのことを問いただすと、中野は信濃家に問い合わせをしてくれた。中野は本間重太郎商店の信濃家製品の販売に力を入れていて直送できるよう登録をお願いしていた。翌日に連絡があった。中野は怒り心頭で近藤に報告を
した。どうもこの注文の突然のキャンセルに
、日の輪屋が噛んでいるようだった。日の輪屋がメーカーに言ったことは、日の輪屋にいつも注文している菓子が他にとられている。どういうことか?メーカーがそういうことをするんだったら取引は辞めると強硬だったという。お得意様へはいつも日の輪屋からとっていたんだから、今度もうちからとってくれと強硬だったそうで、他の商品の供給のことにも触れ、本間重太郎壮商店への注文は返してほしいとのことだったという。中野はその実情が起こったことを近藤に詫びた。帳合先になる一次問屋がしっかりメーカーフォローができなかったことに平身低頭であった。直送登録、リベート支払いの体制になるためには、一次問屋のメーカーへのフォローや発言力が必要だった。信濃家の直送は日の輪屋の圧力が大きく、本間重太郎商店は今後菓子メーカーの選定を考え直さなければならなかった。
ファミリー商事の中野は、今回の信濃家の件を詫び、その代りに極東製菓を紹介してきた。極東製菓は地元といっていいメーカーで米菓を中心に商品をもっており最近は洋菓子風の菓子クッキー、ロンドンが売れていた。
今度は信濃家の失敗がないよう中野が極東製菓への根回しをしてくれた。鬼が島の本間重太郎商店が菓子の仕入れ体制を創ろうとしている。鬼が島には極東製菓の商品は流通していないのでないか?もし鬼が島への商品拡販が必要なら本間重太郎商店に任せてみたらどうか?ファミリー商事としても、本間重太郎商店との取引が大きくなっている。極東製菓の拡販にもファミリー商事が助言してもいい
。ところで鬼が島には日の輪屋さんが菓子の
販売に力をいれているが極東製菓の商品はどれくらいなのか?本間重太郎商店が極東製菓の商品を取り扱った場合、日の輪屋から苦情はこないか?様々なことを想定して極東製菓に質問を投げかけた。回答は本間重太郎商店にとっていい回答だった。日の輪屋から苦情の可能性については取り越し苦労で、日の輪屋と極東製菓の取引はほとんどない。むしろ鬼が島全島のお得意様に商品を案内をしたい。同行販売をお願いしたいという、いい話だった。
本間勇作も近藤も極東製菓の取扱が本格的にできることを喜んだ。そして初めて同行販売を行うことができるのであった。
同行販売とは二次問屋とメーカーが連携し
、メーカー商品の販売に集中して行う販売方法である。問屋の営業が運転する車にメーカーの営業が同行し、お得意様に商品を案内する。メーカーは二次問屋のお得意様全てに商品を案内することができ、商品の拡販ができる。集客力があるお得意様には特売をうつために別途条件をもち、特別価格をだしてくれる。路線にもよるが二、三日かけて商品を案内する。二次問屋からすれば、メーカーが商品説明をしてくれ、様々な売り方や提案をしてくれるので商品受注がしやすい。一回販売した商品のフォローがしやすい点がある。納価も実績をつめば安い価格を提示してくれる
。
近藤は極東製菓との同行販売についてファミリー商事、中野と商いの流れについて打ち合わせをした。中野からの説明を近藤は手帳に書いた。日程が決まったら、
・今回販売を予定する商品の見積を送付し
てもらう。見積には今回の条件が記載され
ている場合があるので、それを差引いて納
価を産出する。
・その見積を参照して本間重太郎商店がお得意様への価格表をつくる。お得意様の規模、店格によって納価を変える。三、四段階くらいで設定したほうがよい。お得意様への納価は営業が決める。事前にこの店くらいだったらいくら、この数量の注文だったらいくらと事前に説明を忘れないように。
・同行販売では、営業は伝票をもってメー
カーが受注した注文を書く。
・一日の同行販売が終わったら、営業が書
いた伝票をメーカーに渡し集計をしてもらう。
・集計用紙をつくっておくこと。乗った日数ごとに何がいくつ売れたかの一覧表を作っておけばメーカーも集計しやすい。
・同行販売が終わったら、全日数の注文を総合計して注文を連絡する。一回目の注文はファミリー商事にする。二回目以降の注文はどのようにするか、あとで決める。注文するときに倉庫に在庫をいくつ置くべきかを内部で決めておく。
・注文は直送体制が整っていないので最初は港止めになる。次回以降、直送してもらえるようふぁみりー商事がメーカーと交渉しておく。
・値引きや特価条件の値引き処理は忘れないように。これは利益に関わることで、赤伝処理し請求書で反英するのか確認しておくこと。
・メーカーが宿泊する宿を手配すること。
・車は本間重太郎商店の車使うのだから、『車代』をメーカーに請求すること。メーカーも他の地域で同行販売をしているので『車代』の件はわかっている。
このような内容だった。近藤としては初め
てのことでやることがいっぱいあったが、これが会社のためにもなり、自分のためにもなると思って、同行販売の社内作業をまとめることにした。
ファミリー企業の中野との打ち合わせは、あくまでも営業のことだった。それ以外に、この同行販売で会社の仕事の流れや、やり方を変える必要があるのか検討する必要があった。近藤は、商品受注し集計、注文後に何をすべきかを考えた。
・納品書は通常の伝票と同行伝票と分ける
。新たに『同行』という印をつくる。同行の伝票はその印を押した伝票を使う。
・営業は商品入荷前までに同行伝票の作成
する。
・同行の注文書を倉庫や配達に見せ、発注数といつ入荷予定するかを知らせる。
・入荷予定の前日までに同行の出荷準備をする。
・その日の路線の配達と同行の配達ができ
るよう段取りをする。
・同行商品の入庫確認後、納品書を確認し
、事務へ。直送されてきた場合、正式な伝
票は後からくるので、新しいやり方が必要
。
・同行商品の置き場所は、荷造りの効率化のため配達が終わるまで、別の場所に置き
、配達終了後、元の決められた場所に戻す。
・集計ミスによる商品不足の対応の判断を
決める。
考えられる作業をまとめてみたが、これだ
けのやるべきことがあって、変えてゆかなけ
ればならないことがあった。今後メーカー直
送の荷物は増えると予想できるので、新しい
流れを創る必要があった。また、松や仲山の
活躍もあり配達の荷物が増えていた。その分
、荷造りが遅くなっていて、配達の帰りも遅
くなっているようだ。同行販売開始をいい機
会に無駄を省いて効率よく作業ができる仕組
みにする必要がある。新たに担当を設けて、
事務や倉庫の作業がうまく流れるしくみを考
えてゆく必要があつた。
近藤は親方と海老名に、同行販売の仕事や
事務処理、会社の作業の流れの問題について
話した。
親方も海老名も同じようなことを考えてい
た。できるだけ早く作業の流れを作り直して
ほしい意向だった。やり方や人選は近藤に一
任した。
親方の了解を得た近藤は、この作業の責任
者は、松太郎が適任だと思っていた。荷物取
り、配達、営業フォロー、事務。今では内村
酒店の商品の相談や質問に時間を忘れて取り
組んでいる。夜に学校へ行かなくてはならな
いのでで忙しいかもしれないが、何とかして
くれると確信していた。
「松、知ってると思うが、今度メーカーと
同行販売をやることになったんだ。同行販売をすると、新たに会社の仕事の流れを変えなきゃいけない。現にお前と仲山が注文をいっぱいとってくれるおかげで今までよりも忙しい。ありがたいことだ。荷物が増えて何か作業の流れが悪くなっているから宮田や内田も帰りが遅くなっているんだと思う。須藤や仲山が時間があるときには手伝ってくれるが営業フォローもある。お前も内村酒店さんのフォローで大変なのはわかるが、お前は会社の倉庫、配達、営業、事務と全部こなしていて、 多分会社の中で一番、作業の流れを理解できていると思う。俺は営業の同行販売の流れを作るんで、お前は俺の案と倉庫、配達、事務の作業とを総合して、新しい流れをつくってほしいんだ。全体をつかんでいるお前にしかできないと思ってる。俺といっしょに新しい流れを作ってほしいんだ。」
「近藤さん、わかりました。できるかどうかわかりませんが頑張ってみます。うまく時間を作って考えてみます。」
松太郎は、近藤から同行販売の営業の流れ
を教えてもらった。営業から事務へ、営業か
ら倉庫・配達へ伝達されるべき内容がわかっ
た。やはり今の作業のやり方で同行販売の事
務や荷造り配達をすると作業がさらに乱雑に
なり、決まりを作らなければならないと思っ
た。松太郎は近藤から聞いたことを整理しな
がら、新しい流れを考えた。さらに荷物取り
や入庫作業、荷造りをしているときに、どこ
が無駄化を宮田や内田といっしょに議論をし
た。事務の高野とは、仕入伝票の受け取り方
が直送になったときに大きく変わる。どのよ
うにしたら仕事がしやすいかを考えた。
倉庫、事務を往復し、さらに運送会社へ行き、
入庫する時間帯について打ち合わせた。会社
内で数回の打ち合わせをもち、提案、打診、
議論、改良を繰り返した。松太郎は他の仕事
や内村酒店のフォローがあって、作業が進め
られない日があったが、何とかまとめること
ができた。
・商品の流れは、いつもの港止めと直送された場合と二つの処理を作って行く必要がある。
・直送された場合、本伝票つまり単価の入った納品書はあとからくるので、それまで仮の納品書で保管して本伝票がきたとき照合する作業は必要になってくる。
・港止めは朝のうちに引き取るが、直送の場合、委託された運送会社が直接運んでくるので、入庫は別の時間となる。荷物の受け取る人が必要になるかもしれない?それか直送の荷物の受け取り方の決まりを作って、その日に空いている人に頼むか?全員の作業をつかんでおく必要がある。
・荷造りに時間がかかっている。荷物の配置や分類分けに工夫が必要がある。同じところを何回も往復しているときがあるので
それを効率よくこなす方法はないか?
松太郎は近藤と新しい作業の流れについて
、必要なことをまとめた。これを営業側の近藤とすりあわせ、支障がないようにまとめていった。
会社の新しい仕事の流れは
・直送の荷物を受け取る荷受帳を作る。
・荷受帳には、日にち、どんな商品を受け
取ったか、数量、運送会社を明記する。運
送会社の受取伝票を裏につける。
・直送の本伝票がきたら、荷受帳と照合し
合ったら仕入元帳へ計上する。
・荷受帳を書く人は宮田を責任者、窓口に
する。宮田と内田で荷受作業をし、どちら
かが不在のときでも、師匠のないよう打ち
あわせを綿密にする。
・荷造りについては商品の配置の見直しを
する。効率的に動けるよう伝票を片手に持
ち、台車使って商品を順序良く取れるよう
にする。再配置の計画は宮田と内田が話し
合って決める。
松太郎が考えた案は二次問屋、本間重太郎
商店が仕入商品直送の荷受体勢を整えた。結果的に手作りの新しい物流のしくみを構築したことになった。
極東製菓との同行販売は三日間、島内のお得意様を全部まわった。数個単位の注文から
十箱以上の大量注文がまとまり、初めての同行販売は大成功におわった。メーカーが喜んだのは、注文数量以上に、こまめに全店をまわり案内ができたことだった。メーカーの営業は移動中は鬼が島の海、山の景色を見て観光を楽しんでいたことが、いい気分転換になっていた。同行販売の数字や手応えがあったのか、近藤に次回の同行販売の予定を打ち合わせていた。
本間重太郎商店が極東製菓と同行販売を行
ったことは、メーカー間で評判になっていた
。あるときポリナミンEの仕入先、四葉屋の所長高橋から本間重太郎に同行販売の打診があった。メーカーはライオン缶詰だった。ライオン缶詰は中堅の缶詰メーカーで元々は問屋だったが自社ブランドを立ち上げ、缶詰メーカーとして独立した会社であった。魚缶、
フルーツ缶など多数製造していた。本間重太郎商店は缶詰の取扱はほとんどしたことがなかった。それに缶詰の商品知識はないに等しい。四葉屋高橋もそれを承知でライオン缶詰
を紹介したことの目的は“缶詰の処分”だった。ライオン缶詰は商品管理がうまくいってないらしく、中身は新しく製造したものだが、
缶に錆がついてる商品を大量の在庫をかかえていた。本土の販売先に超破格値で見積を提出したものの、缶の錆は印象が悪く、処分は思うようにいっていなかった。メーカー間の話の中で商品の処分で困ったとき、鬼が島へ商品を案内しうまく販売できたということを聞き、四葉屋へ打診してきた。重太郎は海老名、本間勇作、近藤を呼び、ライオン缶詰のことについて意見を求めた。お得意様が錆についてどう判断するか議論があった。缶詰の扱いがほとんどないことも話にあがった。高橋は缶詰は保存食なので管理はしやすいこと
や、缶詰は比較的単価が高いので売上は上がること、今回の同行がうまくいけば本間重太郎商店は缶詰を扱え、食品の卸売も可能とメーカー、一次問屋から注目されることを助言した。重太郎は缶詰の中身に問題がなく、新しく、ひどくない程度の錆だったら、同行販売を行ってもいいのではないかと考えていた。もちろん処分にあたり破格値で安く消費者へお届けできるのも魅力だった。メーカーがお得意様へ正直に事情を話し納得していいただいた商品だけを販売するのだったら同行販売承諾の条件とした。ライオン缶詰も本間重太郎商店の条件を承諾し、同行販売の日程が調整された。
商品の名称の定義は本間重太郎商店の中では、
メーカー名
商品名
規格(グラム数、個数、大きさ)
の三つを表記して”商品名”としていた。例えば、みかんの缶詰でもいろんなメーカーが作っているので、メーカー名を最初に書くことでメーカーの区別ができる。そして同じメーカーの中のみかんの缶詰でも、用途に応じて何種類もの大きさの缶詰を製造している
。大量に使う飲食店などの業務筋は大きい缶詰。家庭で使うものは小さい缶詰を製造している。その大きさを定義するのは規格であり、その表記の仕方は、内容量を示すグラム数表記、ひとつの商品に何個入っているかの個数表記、そして形状、大きさを表す表記がある
。缶詰の場合、商品表示を見るとグラム数で表記されているが、メーカー、問屋、小売店の間では大きさで呼ばれている。一般的な食品の缶詰の大きさの表し方は”号数”で表す
。一号缶、二号缶という具合に数字が大きくなるにつれて大きさは小さくなってゆく。中に充填する商品の特徴や用途によって大きさを表す表記が加えられる。例えば
一号缶、二号缶 業務用が主流
三号缶 パインアップルが多い。
四号缶 果物缶が多い。
五号缶 果物、魚類、惣菜など多種
T2缶(ツナ二号缶) 魚缶が主流
F3缶(平三号缶) 魚類、惣菜缶
P4缶(携帯四号缶) ツナ缶が主流
角五A さんま蒲焼が多い。
などである。そこに最近はイージーオープン缶、通称、EO缶がでてきて“缶切りなし”が今日では当たり前になっている。
商品表記を見ると最後にメーカー名、住所が記載されている。その前に『製造者』と表記の商品と『販売者』と表記の商品がある。
その意味は
『製造者』これは自社工場で製造している商品を意味している。
『販売者』これは自社商品を自社工場で製造せず、他社工場へ委託している商品を意味している。
「お前は首だ!でていけ!」
本間重太郎の怒る声が会社中に鳴り響いていた。何があったかと心配してかけよる社員
。重太郎は新しく倉庫担当に雇った山下が気に食わなかった。山下は入社早々、遅刻を繰り返していた。昨日は、彼女が風邪をひいたと看病で休んだ。秩序を乱す者は早いうちに排除する。重太郎は過去の体験で組織がだめになっていく様子をみていたので勤怠と礼儀には厳しくしていた。近藤や松、仲山の若手が会社を良くしてくれているので、もっと若手を伸ばしたかった。少し緩めてみようと安易な妥協があった。山下の勤怠の乱れは内田俊夫にも悪影響を与えている様子だった。せっかく会社がいい方向に向いて、皆が一生懸命になっているのに、それを乱すものがいることは許せなかった。
同行販売の売上が好調で倉庫の入庫作業、配送で忙しさが増していた。事前に松太郎が仕事の流れを新たにつくったおかげで、営業、倉庫配達、事務の仕事の流れはうまく流れていた。新しく荷受帳を設けたことで煩雑になりがちな伝票管理も整理ができていた。まだ慣れていなく、動きがぎこちないところはあったが、的確に仕事をこなしていた。
心配していたライオン缶詰の同行販売も杞憂に終わり、開けてみれば五百ケースという驚く注文があった。ライオン缶詰の商品は、
商品ごとに工場が違うので発送は、各工場が準備ができ次第発送された。倉庫では連日、ライオン缶詰製品の荷受で混乱していた。五百ケースの缶詰を置く場所を倉庫につくらなければならなかった。いつもおとなしい宮田に積極性がでてきた。日本全国、いろいろなところから缶詰が届いていた。どの商品が入荷していて、どれが未着か、それを注文書と照らし合わせるのに混乱していた。配達の日程にも影響していた。明日配達する路線で、どのお得意様の注文が届けられるか、このお得意様の注文は、まだ入荷していない商品があるので配達できない。ここに事務の要望が入ってきてさらに混乱する。お得意様の締日までに届けられるか、どうかで請求書の金額が変わってくるのだ。届けられないと来月の請求になる。それは会社の資金繰りや支払いにも影響することだった。一部の未入荷商品はあるが、入荷している商品だけでも配達するべきか、そうすれば請求書にのり入金が早まる。請求書作成、入金予定に関わることなので、その判断は倉庫配送の単独の判断では決められないものがあった。
宮田仁吉は同期の須藤、松太郎、仲山に遅れをとっていた。常に安全確実に仕事をこなそうとしているので突っ走る同期に比べて目立たない存在になっていた。そんなとき、作業の流れの変更作業で松太郎から相談されたのが転機だった。松太郎の案は、作業の流れは円滑になって、各部門間の連絡も新しい帳面をつくることで、わかりやすくなり、大量の荷物の扱いができるものだった。しかし、
荷受帳を新たにつくることは、伝票の管理をしっかりしなければならなかった。そうしないと請求書に計上されている商品が入庫しているか、どうか調べたい事務に迷惑をかけてしまうからだ。それと一度に大量の荷物が入庫することで、その保管場所を確保する必要があった。すぐに新しい倉庫の用意はできないので、今の倉庫を活用してゆくしかなかった。宮田は常に在庫整理をして場所を確保することも必要だが、すでに出荷が決まっている商品をうまく扱うにはどうしたらいいかを、いつも考えていた。様々な大きさの台車を用意して、そこに出荷が決まっているお得意様ごとに台車にのせて前もって荷造りをしておけば、倉庫の場所もその分空けられ、トラックへの積み込みも、すでに台車に積んであるので伝票を合わせながら積んでいけば速く仕事ができるのではないか。宮田はそのことを松太郎に相談した。
「松、これから同行販売の荷物が大量には
いってくると、今までの作業だとさらに仕
事が遅くなると思うんだ。松が提案してくれた作業の流れでかなり効率化できると思うんだが、あと俺からの案があるんだ。予め注文商品がわかってるお得意様の荷物は前もって台車にのせておけば荷造りや積込みが楽になると思うんだ。それと同行販売の入荷の荷物も台車数台ですむような注文量だったら、種類ごとに台車に乗せておけば、移動も積み込みも楽に運ぶと思うんだ。」
「仁吉、ありがとう。そうか、台車を使う発想はなかった。台車は移動できるから、前日の空いた時間に、お得意様の注文ごとに乗せて張り紙でも貼っておけば、あとは
すぐにトラックに乗せられるな。台車は商品を運ぶためと思っていたら、保管と仕分けに使うと、倉庫の空いたところが有効に使えるな。これはいいな。今、倉庫に五台同じ台車があるが、今まで通りの運搬用にとっておく必要がある。仁吉の見込みで、保管、仕分け用の台車は何台いると思う?
大きさもいろいろあったほうがいいと思うし・・。」
宮田の提案は、今の倉庫の大きさを考える
と、空いた場所を効率的に使える、素晴らしい案だった。親方に台車の必要を解き、購入をお願いした。本間重太郎商店は、運搬器具の取扱いができるのが幸いに安く、いいものが購入できた。宮田は入社して初めて自分が役に立っていることがうれしかった。親方は宮田に予算の渡し、
「この金額の範囲内で、お前がいいと思っ
た台車を購入しろ」と宮田を信頼し、倉庫の仕事を任せてしまった。
鬼が島の二次問屋の数はこのときに二十社あまりの乱立状態だった。
日本酒やビールなど酒を一手に取り扱う酒問屋。ビール系四社の色合いがはっきりしている。
小売店を営みながら、近隣の小売店へ食品や菓子を卸して、そこから徐々に地域を広げている零細問屋。ここのご主人の圧倒的な営業力が強烈に小売店へ商品を購入させていた。
食品、菓子、日用品などを専門にし、品数や他分野の取扱を少しずつ増やしていった問屋。
飲食店や宿泊施設専門の問屋。
米販売店に専門に卸す米穀問屋。
病院、薬局薬店を専門に卸す薬品問屋。
鬼が島西部に市橋商店という問屋があった
。鬼が島西部で小売店を営みながら、食品菓子の問屋を営んでいた。年老いた父と息子だけの問屋だった。小売店を圧倒するような営業力はお得意様を増やし、今や鬼が島の南西部、約四分の一の範囲にまで営業範囲を広げていた。本間重太郎商店とは激しい商戦を繰り広げていた。本間重太郎商店にとっては鬼が島商事や日の輪屋との価格競争やメーカー争奪戦とは全く違った商戦だった。かつての商戦は価格という実弾が飛び交い、メーカーとの取引実績をちらつかせての権威的な商戦だった。
市橋のやり方は玉砕だった。本間重太郎商店とお菓子で競合していた。双方、お菓子の
仕入れ先は、ファミリー商事だった。毎月、ファミリー商事の中野が来島し商談をしながら取引先を回っている。偶然にも仕入れるお菓子は同じものが多かった。取引が重なるお得意様に同じお菓子の見本を見せ、商談をする。本間重太郎商店はいつも価格で負けてしまっていた。市橋は、お菓子の注文をとるや
、他の取扱品目もすすめる。その圧倒する営業トークは否応なくお得意様の首を縦に振らすものだった。若い店主に向かい、
「この商品は俺が仕入れた商品だ。これは絶対!売れる!よし!勇二やれ、売って見ろ!」
こうけしかけながらも、お得意様へ気合を
いれて売ろうという気持ちを湧き起こそうと
いう営業姿勢だった。
市橋商店に苦渋の思いをしていたのは、海老名と本間勇作だった。本間勇作は得意のお菓子で注文を奪われ、かろうじて極東製菓の販売で売上は維持できていた具合であった。海老名は、松太郎の地元、鳥越でやられっぱなしだった。鳥越のお得意様は地元の松太郎がお世話になっていることで本間重太郎商店へ優先して注文していた。しかし、市橋の玉砕商法には、参っていた。
本間重太郎は、今まで育ててきたお菓子を
、こうも簡単に市橋に奪われるのは悔しかった。ファミリー商事の中野に連絡し、市橋商店のほうへ安く卸しているのではないかと疑ったが、それは否定された。中野の言い分は、双方同じ納価で商談をすすめているので、市橋商店だけに安く卸してはいない。むしろ本間重太郎商店へは、極東製菓でお世話になっているので、逆に市橋商店より安く仕切っているといってきた。
中野はこんなところで嘘を言う人間ではないことはわかっていた。もしかしたらお菓子については利益なしで走っているのか?その可能性は高かった。ファミリー商事からの納価に数円上乗せして卸している可能性が高かった。数円上乗せした商品を餌にして、あとはお得意の圧倒力で数を売り利益をだしていた。
そう予測できると、本間重太郎は作戦をってた。目には目をの値引き合戦に持ち込まず
、商品を組み合わせてセット商品を企画した
。市橋がもっていそうな商品を列挙し、そこに極東製菓の商品をいれた。さらにライオン缶詰にお願いし、市橋が販売を得意としているサバの缶詰の処分品を特価で分けてもらった。このサバの缶詰はセットの景品として一缶無償でつけた。さらに須藤が営業フォローをしているマルカン醤油店に協力をお願いした。マルカン醤油は、地元の醤油製造会社で鬼が島島内の小売店に自社醤油を販売していた。須藤はマルカン醤油店を担当し、業務用の洗剤や専用ラベルのフォローをしていた。マルカン醤油は市橋商店がいっている小売店すべてに醤油を販売しているのを本間重太郎は知っていた。
本間重太郎は須藤に指示をだした。
ライオン缶詰のサバ缶を安く仕入れることができた。日頃のご愛顧のサービスと醤油拡販のため、このサバ缶を景品として使ってみたらどうか?例えば、醤油六本に一個サービスとか、新製品の醤油の発売記念と称し、六本に一個サービスの企画を御社のお得意様へ案内したらどうか?サバ缶はどこの店でも重宝されるし、お得意様も喜ぶはずだ。この安いサバ缶は御社がいいというまでの在庫はもつ。是非、検討をしてほしい。
この企画はマルカン醤油ものってきた。須藤の実家の居酒屋がマルカン醤油を使っている強みもあった。
この企画は本間重太郎商店にとっては市橋商店お菓子奪還作戦であった。数か月後、ファミリー商事の中野から連絡があった。市橋商店が倒産したという連絡だった。
最近、米穀問屋の鬼米商会の遠藤が本間重太郎商店へ出入りするようになっていた。鬼米商事は、米が主要取引品だが、瓶飲料の取扱をはじめていた。有名メーカーのスミダサイダーとスミダオレンジだ。この当時の主流はガラス瓶の飲料が主流で、商品の価格に瓶代が含まれており、消費者から瓶を回収して瓶代を返すという販売方法をとっていた。当時の瓶飲料のケースは木製でつくられていた。瓶サイダーや瓶ジュースは重く、落としたりすると瓶が割れ処理に大変だった。重い割に利益が少なく、正直、あまり扱いたくない商品だった。暑い季節になると自宅や贈り物にサイダーが使われていた。鬼米商会の遠藤は本間重太郎商店には数年前から出入りしていた。瓶サイダーや瓶ジュースの取扱いのお願いにきていた。遠藤は口がたち、営業トークに長けていた。一見,調子ものとらえられてもおかしくない風貌は親しみさえ感じられた
。最初は重太郎と雑談で話が盛り上がっていた。しだいに本格的に商談に入っていき、スミダサイダーの取扱は営業全員と検討することになって結論は次回ということになった。重太郎は次の約束があるため、商談が終わるとすぐに出て行った。
帰り際、遠藤の手が事務員の岩城美智子の尻を触った。触ったというよりわしづかみだった。それを近藤が見ていた。
「ちょっと遠藤さん、それなんですか?取
引先にこんなことするんですか?俺、今回
は、はっきり見ましたよ!前も見ましたけど、そのときは偶然に手が尻にあたってしまったと解釈してましたが、今回はわしづかみじゃないですか!警察にいきませんか!」
近藤は怒りが頂点に達し声は怒鳴り声にな
っていた。遠藤は、いてもいられなくなり逃げて行った。怒りが治まらない近藤は鬼米商会の鬼が島支所に電話をし、所長に強引に代わらせた。
「おたくは、うちの女性社員の尻を触る教
育をしているのか!これはどういうことか
!」
「近藤さん落ち着いてください。うちの遠藤が御社の女性社員の尻を触ったという証拠はどこにあるんですか?遠藤が帰ってこないとなんともいえないので時間を下さい
。」
「証拠?俺が直接見たんだ。俺が嘘をついたっていうのか!偶然手があたったとう話じゃないんだぞ!わしづかみだぞ!わいふかみ!」
近藤の感情は収まらなかった。所長に証拠
をだせという言葉がさらに怒りがこみ上げて
きた。今度は鬼米商会の本社の社長にまで電
話をした。近藤は電話の受付にその話をした
。こんな不祥事には社長につながないものだ
が、近藤の怒りの声が相当なものだと判断し
たのだろう、社長につながった。社長はおと
なしく真面目そうな声だった。怒り心頭で遠
藤のこと、所長のことを話した。社長は驚き
、声をだせなかった。近藤は、
「御社のほうで、私がいったことが真実か
どうかを確認してほしい。人間として、取引として、こんなことはあってはだめだと
思います。うちの女社員はおたくの社員の欲望のためにいるんじゃない!」
この話が本間重太郎の耳にはいったのは、
その日の夕方だった。いいたいことを心の中
にしまいこみ我慢しているようだった。その
とき、鬼米商会から電話が入った。親方がで
て、鬼米商会の常務と話をしていた。鬼米商
会の常務は、今回の不祥事を詫び、今、鬼が
島にきているので、これからそちらに伺いた
いとのことだった。重太郎はそれを断った。
「私が伺います」
といい鬼米商会へ向かった。鬼米商会には
常務と所長、遠藤がいて、今回のことを詫び
た。重太郎は、それを許し、遠藤に明日から
何食わぬ顔でまた来社してほしい。そういっ
て帰ってきた。
近藤は複雑な気持ちだった。うちの女性社
員にあんなことをしておいて、こちらから鬼
米商会へうかがうのはどうかと思った。しか
し親方は今後の取引のことを考えて、そのこ
とを耐え忍び、遠藤を許したのかもしれない
。近藤は、自分がいる二次問屋の地位の低さ
に悲しい想いがこみ上げてきた。もしかした
ら親方は、自分は地位が低い身分であること
をわかっているのかもしれない。自分の地位
をわきまえて行動ができる親方への尊敬の気
持ちがでてきた。が、そこまでして頭を下げ
る親方の気持ちがわかるのは、あと何年必要
なのだろう・・・。そう思っていた。
鬼が島の二次問屋の競争は激化していた。
本間重太郎商店と鬼が島商事の日用品の価格競争は、一次問屋まで巻き込み、取引停止にまでなっていた。日の輪屋とのお菓子の取扱メーカーの争奪戦は、流行の商品の販売の主導権をめぐって、納品した商品の返品をさせるまでになっていた。一方、はったりひとつで商品を買わせる市橋商店の営業力に苦しみながらも、お得意様への商品提案で商いはさらに活気が満ちていた。こうした商戦のなかでも扱う商品の違う問屋とは友好的な関係が
できていた。本間重太郎商店は、酒問屋の四葉屋から柳沢製薬のポリナミンE、ライオン缶詰を紹介してもらっていた。不祥事はあったが鬼米商会とは、最近スミダサイダーの取扱をはじめていた。
本間重太郎には夢があった。それは、自社ブランドの商品をもってみたいことだった。
ライオン缶詰と取引し、もともとは問屋だった会社が工場をもって缶詰をつくっている。K&K、明治屋、サンヨー堂のように自社製品をもってみたい。独自の仕様と品質にこだわり、ブランドとして、お客様の生活に役立つような商品をつくってみたかった。
ファミリー商事の中野から相談をもちかけられた。越後スナックという珍味、おつまみの製造をしている会社の拡販のお願いだった
。本土ではおつまみ、珍味のメーカーは大手で占められており越後スナックは販売に苦しんでいた。鬼が島にはまだ越後スナックの納品実績はないので同行販売をお願いしたいということだった。
おつまみ、珍味の商品は自社で製造しているところはほとんどない。さきいか、かわはぎ、豆菓子などの原料は他から買ってきて袋詰めをしている。各メーカー同じ原料を使った商品があるのはそのためである。原料の種類は決まっているので、あとは、包装の見栄え、大きさでお得感をだすか、あとは企画力であった。
本間重太郎は越後スナックの商品を見た。
越後スナックの営業の高木は商品の説明を始めた。珍味、おつまみの内容はどこもいっしょだった。重太郎は提案した。本間重太郎商店が企画した商品はつくれないか?初めから商品内容を考えて、原料の吟味や選定買付はできない。本間重太郎商店という名前をだした商品を発売するのではなく、お客様の視点にたった商品企画を、越後スナックの商品でできないか。重太郎は考えていた企画を話した。『三個一〇〇〇円』のシリーズ。『こんなに入ってお得セット』と銘打ち、大容量のシリーズは作れないか?という質問だった。
高木の返答は「できます!」ということだった。企画の販売価格に合わせたグラム数と
原価を決めれば可能だった。重太郎は包装のイメージを話した。無色透明の袋に指定のグラム数の原料を充填し、表に『鬼が島厳選』
のシールを共通に貼り、『三個一〇〇〇円』と『こんなに入ってお得セット』のシールを貼る。『三個一〇〇〇円』と『こんなに入ってお得セット』の二つのブランドができる。このブランドに越後スナックのさきいか、かわはぎ、豆菓子など、もっている商品を充填すれば、十種類以上の商品ができる。さきいかなどの一般的なおつまみに季節ごとにでてくるおつまみを加えてゆけば、飽きのこない
楽しみがある商品ができあがる。
重太郎が提案した包装イメージは製造可能だった。越後スナックもこの新しい規格に乗り気だった。
農協との取引が始まろうとしていた。農協は、農家の米、野菜の集荷と販売を行う。側面から作付の指導、農機具、農薬、肥料の助言、斡旋で多くの収穫ができるよう手助けをしている。独自の金融機関は、農家のあらゆる収入、支払いの決済でなくてはならない存在になり、共済(保険)、旅行業は、農家に安心や楽しみを提案する。
近々、鬼が島農協が食料品や日用品の小売店舗を構えることになった。鬼が島の全地域に大小あわせて二十店舗をつくる予定だという。小売店舗を営業しながら、金融、農薬、肥料の販売も行う計画だった。農協は、上部団体、経済連の指導の下、経済連指定問屋が
商品を供給することになっている。経済連指定問屋から経済連へ納入金額の五%が支払われる仕組みになっている。
鬼が島農協も店舗開設にあたり、経済連指定の問屋からの商品供給の指示を受けていた
。しかし鬼が島農協は、経済連指定の問屋からの仕入商品だけでは、
地元にあった商品がわからず提供できない。緊急の商品手配ができない。
など農家の要望には応えられないと考えていた。経済連指定問屋と地元の問屋とも取引をすることで、地元にあった商品の紹介や迅速な商品手配ができると考えていた。
本間重太郎商店は、農協へは農作業用の縄や軍手などの備品を卸していた。この縁で小売店舗への商品の紹介、配達の依頼があった
。本間重太郎は、鬼が島農協の本所で打ち合わせをした。営農部長の小泉が応対した。
「この度は小売店舗開設でお声をかけて下
さりありがとうございます。お取引をさせ
ていただくことで、ご指導いただけること
がありましたら、お願いします。」
「本間重太郎商店さんには地元で売れてい
る日用品や菓子、食品を紹介して下さい。あと、農家から急な配達注文がはいってしまうと、経済連指定問屋が本土にあるため、
対応がとれません。そのときの対応をお願いします。」
「かしこまりました。経済連指定問屋さんからどんなメーカーの商品が店舗に並ぶのでしょうか?聞くところによると、指定問屋さんから経済連へ五%の手数料が支払われていると聞いたことがあります。私どもから経済連さんへ五%の手数料を支払わなければならないのでしょうか?」
「実は経済連からどんな商品がくるかはわからないんです。指定問屋が他の地域の実績で発送してくるんだと思います。くれぐれも指定問屋がもっている商品を紹介しないでください。指定問屋以外から仕入れたとなると経済連から強い『指導』がありますから。経済連への五%の手数料の支払いについては考えなくてもけっこうです。御社との取引はあくまでも鬼が島農協との取引なので大丈夫です。そこは経済連とも確認がとれております。ただうちの組合員になっていただく必要があります。組合費として一定の金額を納めれば大丈夫です。念のため、本土の経済連にはあいさつへいったほうがよろしいと思います。私から本間重太郎商店さん社長さんがあいさつに伺うことをいっておきます。」
「ありがとうございます。店舗の品揃えを見て、不足している商品があったら提案させていただきます。お手数ですが、各店舗の担当者様へ本間重太郎商店の営業が伺うことを事前にお知らせしていただければ幸いです。経済連さんへは近日中にあいさつ
に行きたいと思います。」
農協の独特の雰囲気を感じた重太郎だった
。後日、本土の経済連を訪問した。小泉が住所と簡単な地図、何階にいけばいいかを教えてくれた。波止場からタクシーで経済連を指定した。十分も走ると繁華街のはずれに五階建ての建物が見え、大きく経済連と書かれていた。二階の営農部に向かった。ドアを開けると、十人ほどの男性職員が書類を書いたり、電話で話していた・
「私、鬼が島の本間重太郎商店の本間と申
します。担当の小林さんとお約束を頂いております。」
固そうな男性職員が重太郎に近づいてきた
。
「私が小林です。鬼が島の本間重太郎商店
。今度鬼が島の店舗支援の問屋ね。鬼が島
農協の小泉さんから聞いてます。こちらへ
どうぞ」
重太郎は鬼が島農協との取引のあいさつをした。もってきた菓子折りを指しだした。
「これから鬼が島農協さんの店舗と取引を
させていただきます。農家の支援のため、
頑張らせていただきます。」
重太郎は、机の菓子折りの横からサッと商品券が入った袋を小林に指しだした。小林は慣れたような手つきで素早くしまった。
「うん、わかってる。くれぐれも指定問屋
の商品とは違うものを提案して下さい。あ
と、これから部長にあいさつをして下さい
。」
そう言うと、小林は部長の青木のところへ
案内した。
「部長、鬼が島農協に商品を供給する本間
重太郎商店の社長があいさつにきました。」
重太郎は青木に深々と頭を下げ、名刺交換をした。あいさつは簡単なもので終わった。帰り際、重太郎は青木の机の前に立ち、また深々と手をついて無言で頭を下げた。その手には商品券があった・・・。
鬼が島農協との取引がはじまった。全島に店舗があるため担当は、海老名、本間勇作、近藤の三人で各地域の店舗をフォローすることにした。重太郎の指示は、まずあいさつをし、経済連指定問屋からどんな商品が納入されているかを確認することだった。それを基に計画をつくるつもりだった。鬼が島農協との取引は、本間重太郎商店ばかりではなかった。鬼が島商事、日の輪屋も取引ができるようになっていた。鬼が島商事は、本間重太郎商店とまたし烈な価格競争があると考えていた。取引の最初から、本間重太郎商店の出鼻をくじいてやろうと考えた。大手の女王洗剤の売れ筋商品、ひなげしを破格値で見積を提出した。他の小売店へだす価格のさらに下をゆくものだった。ひなげしは既に経済連指定問屋から納入されていた
。次の週にチラシ特売にも入っていた。鬼が島商事が提出した、ひなげしの見積はすぐに
経済連の知るところとなった。指定問屋の商品の見積をだすのはどういうことだ!かえって経済連を刺激することになり、しばらくは
鬼が島商事との取引を停止するよう指示が下されていた。
重太郎は農協組織の恐ろしさを感じていた
・・・。
月末近くに農協の小泉が金融の担当者を連れて来社した。重太郎は貯金のお願いか?と思った。農協と取引をしている以上、貯金、
積立、共済は契約しなければならないと思っていた。金融担当者の要件は別にあった。金融内の今月の預金ノルマが足りないので助けてほしい。額は?一千万ということだった。
重太郎はこんなに大きな金額は助けられないと思った。担当者がいうには、一時的に一千万を農協の口座に預金して一時間後にすぐ元の口座に返すという約束だった。重太郎は月末には、その金は口座にあるが、これは支払いに使うものだ。重太郎は会社の事情を話し、すぐに返金をしてくれないと、会社は倒産してしまう。担当者は念書を書くからなんとか助けてほしいと頭を下げてきた。同僚の小泉も頭を下げ、小泉も念書を書くという。重太郎は承諾した。後ろにいた高野は青ざめた・・・。月末に本間重太郎商店の銀行口座から一千万を農協の口座へ振込みが行われた。緊張しながら待って一時間後に、一千万が銀行口座に返金されていた。利息数円もしっかりと入金されていた。
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