第5話 問屋の仕事とは

本間重太郎商店の力で鬼が島のすべての地

域に商品を行き渡らせることができていた。

それがこの地域の住民の生活へ少なからず貢

献していた。道路の整備がゆきわたらず、凸

凹道を走り、その日のうちに商品を届けた。

がけ崩れで道が分断されても、夜鍋して商品

を積み込み、早朝に出発し、道を迂回してな

んとか届けた。北部の分断された場所は道が

ない。そこは数年前までは流通が滞る場所だ

った。本間重太郎は、ここから荷物を背負い、

山を登り往復して商品を届けた。人海戦術で

商品を届け、生活が分断された地域はなくな

った。かつては北部の分断された地域には商

品が行き届かず、数年たった商品が売られて

いるのが当たり前だった。

 そんなか、既存の小売店の中に急速に力を

つけている小売店がでてきた。その地域で住

民の生活を支える商品を多数陳列し、そこに

多くの住民が集まって商品が動いていた。も

ともとは小さな食料品店、雑貨店だったが、

住民の要望に応え、野菜、果物を扱い始めた。

メーカーも食品、菓子、日用品と消費者のニ

ーズを先読みし商品の種類を増やしていた。

この動きに小売店もならい、この店へいけば

事足りる存在になっていた。自ずと商品の販

売仕入は多くなり、取引している問屋にとっ

て大きな売り上げとなった。小売店は新聞の

折り込みチラシに毎週の特売情報を掲載し集

客をする。チラシで地元以外の住民も集まり

、おもしろいように繁盛していた。これを機

会に小売店は販売量を背景に問屋に強硬な値

引き要請を行った。少しでも安くすれば集客

がのぞめ、利益もあがった。より多くの問屋

と取引をし、合い見積もりで叩く。また流通

経路短縮をすれば安く仕入れられると考え、

本土の一次問屋と取引も開始する小売店もで

てきた。松太郎が毎朝、港への荷物取りいっ

たとき、小売店の名前が書かれたトラックが

いつのまにか多くなっていた。この小売店は

、地元の二次問屋をとばし、本間重太郎商店

と取引のある一次問屋と取引をするようにな

ってきた。

問屋同士の競争も激しくなっていた。島内

の問屋、鬼が島商事との日用品の価格競争は熾烈だった。むこうが百円の値段をだせば、こっちが九十九円と一円、二円の値引き合戦が起こっていた。本土の一次問屋の営業が月一回、来島して島内の有力小売店を巡回するようになっていた。

一方、酒、たばこ、米、塩などの販売は免

許制で国の大きな保護を受けていた。特に酒、

たばこは他の取扱店との距離、その地域での

人口の割合で免許交付に制限があった。酒や

たばこの免許をとると、税金の徴収や提出書

類などの処理が大変だったが、その地域での

販売の認定が受けられた。酒やたばこの販売

は、嗜好品であることと単価が高く、回転が

速いので売上はおもしろいように上がった。

酒やたばこの免許がない小売店は、酒、たば

この集客の大きさを知っていた。これがほし

いばかりに小売店の中には国に免許の申請を

するものもあった。役人がわざわざ来島し、

近くの酒屋、たばこ販売店との距離を巻尺で

測る。あと数メートルという距離で免許が下

りなかったという事例は多くあった。休眠酒

屋の免許を買取り、代行販売の形式をとって

自店で酒を販売するやり方がでるのはまだま

だあとのことであった。

 島内の価格競争が激しくなってきたことも

あり、本間重太郎商店では営業力の強化に乗

り出していた。本土の米問屋を退職した渋谷

正男が入社してきた。近くにこの米問屋の支

店に勤務していたこともあり、島内の小売店

には顔が知られていた。最初は順調に売上を

上げていたが、二か月もすると売上は頭打ち

になっていた。松太郎は渋谷のとってきた注

文の荷造りをしていたときおかしいところに

気づいていた。ある特定の小売店に同じ商品

しかいっていないことだった。一度に何箱も

大量に出荷するよう伝票を作成をしていた。

渋谷は小売店に裏金を渡して価格を下げ、注

文をもらっていた。裏金は集金してきた金を

使っていた。そしてばれるのを恐れ、高野た

ち事務員が作成した請求書より多い請求金額

に書き換え、自作していた。余計もらったお

金は値引きの原資と自分の飲み代に使ってい

た。このような悪事はすぐにばれた。店先で

本間重太郎商店の社印が押されていない請求

書がみつかったのだ。社印が押されていない

請求書があるのはおかしい。報告をうけた海

老名が請求額と顧客元帳の請求額をあわせた

が合わない。渋谷が改ざんしているのでとい

う疑いがもたれた。追求したところ会社のお

金を横領していたのがばれてしまった。渋谷

が前に勤めていた米問屋を退職した理由は会

社の金の横領だった。このことは親方の本間

重太郎は知っていた。心をいれかえて真面目

に働くのでなんとか雇ってほしいと頭を下げ

られ採用した経緯があった。苦労人の親方は

家族のいる渋谷を助けてあげようと情けをか

けたが、結局同じ道を人間は歩むものだ。急

いで海老名、高野が渋谷がどれだけ横領した

のかを調べることにした。このことを最小限

にの被害にとどめようと火消しに走った。し

かし渋谷が小売店のお金を横領した話しは瞬

く間に島内に広がっていた。火消しに店に立

ち寄った海老名だったが、お得意様はすでに

渋谷の横領を知っていた。海老名はお得意様

から今後の取引への不安やお叱りを受けてい

た。噂の出所は競合会社の鬼が島商事だった

。本間重太郎商店の弱みに付け込み、そこか

ら自分たちの商売を有利にしようという作戦

だった。重太郎や海老名ははがゆい思いだっ

た。人の不幸までを餌にしてまでも自分たち

の売上がほしいのか。しかし、それ以前に、

お得意様との今後の取引のことが心配だった。

このときほど、信用失墜の恐ろしさを感じた

はなかった。お得意様の中にはあえて口には

ださないが、本間重太郎商店への注文を控え

る店もあった。鬼が島商事による本間重太郎

商店への悪い噂は輪をかけるように広がって

いった。さすがに本間重太郎は落ち込んだ。

顔にはださないが明らかに売上や会社の信用

に影響しているのは明らかだった。松太郎は

そばにいて、何もできない自分の力不足を感

じていた。会社のお金を横領する社員がいる

とは信じられなかった。このまま信用が失わ

れ、会社がだめになってしまうのではないか

?そんな気持ちになっていた。

 渋谷は、普通なら解雇だが、減俸だけとい

う処分だけだった。警察に訴えれば明らかに

逮捕されることだが、ここに本間重太郎商店

の事情があった。まだ松太郎たちは下働きで

営業としてはまだ修行が必要だった。海老名

にもこれ以上負荷をかけたくない。親方は渋

谷をぶん殴って追い出したい気持ちだったが、

社内の人材不足があり、泣く泣く渋谷を雇わ

ざるを得なかった。これが一零細企業の実情

だった。このあと、渋谷は立ち直れなかった

。また会社の金を横領をするようになってい

た。このときばかりは親方は堪忍袋の緒が切

れ、横領した金は渋谷、渋谷の親戚筋から返

済してもらい、会社を辞めてもらった。

 鬼が島商事は、渋谷の横領の話をさらに競

合するお得意様へ流し続け、本間重太郎商店

の注文を奪おうとしていた。人の口から口へ

の話は尾ひれがつき、とんでもない話に膨ら

んでいた。本間重太郎商店は、これには逆ら

わず低姿勢を貫いていた。徐々にお得意様の

中には、渋谷の横領が会社ぐるみの不正では

なく、あくまでも一個人の過ちで本間重太郎

商店への同情する声が大きくなっていた。鬼

が島商事の渋谷の横領の告げ口は、いつのま

にか、しつこい悪口ととらえられていた。お

得意様の中には、もうこの話しは聞きたくな

い。鬼が島商事はそこまでしてまで本間重太

郎商店の売上がほしいのか?中には鬼が島商

事の営業を直接叱るところまであった。

現金を扱う問屋には必ず金銭の横領の事件

はあった。自分の欲望に負け、借金や酒、遊

びの穴埋めに会社の金を横領するのは、今も昔も変わらない。


 会社を辞めてもらった渋谷の穴埋めには、

まだ若い近藤が抜擢された。配送や荷造りを

して四年の経験だが育てる意味合いも含めて

の抜擢だった。松太郎にとって近藤はいい兄

貴分的存在だった。外見は派手に見えるが真

面目に仕事をしていた。客あたりもよく、口

も上手だった。お得意様への営業で近藤が得

意分野の商品があった。ノート、帳面に関し

ては売らせたら島内で右に出るものはいない

くらいに熱心に販売していた。一次問屋やメ

ーカーへノート、帳面の種類を聞き、その中

で商品見本を取り寄せ、お得意様へ積極的に

提案していた。品切れの報告を忘れ、叱った

近藤がここまで熱心に仕事をしている。親方

は近藤の成長に目を細めていた。下働きのも

のたちへの面倒もしてくれていた。親方や海

老名が直接いうのと、近藤が間にはいってい

うのとでは反応は違っていた。年齢が近く、

下働きの気持ちがわかってくれる近藤は、会

社の意向を上手に伝えることができた。近藤

の存在は会社にとって大きくなっていた。下

働きの四人の中で、宮田仁吉だけが仕事が遅

く足をひっぱる存在になっていた。親方や海

老名がいうと叱られると解釈し萎縮してしま

う。近藤は親方や海老名がいいたいことを理

解し、その言葉を噛みくだいて宮田に伝えて

くれていた。下働きの兄貴分として食事にも

連れて行ってくれていた。須藤、宮田、仲山

、松太郎四人と近藤で食事会が近くの居酒屋

で催された。気軽に仕事のことや私生活のこ

とを話し、心にある悩みごとを話すことで誤

解を解き、その解決の方法が見つけられるの

ではないか。近藤はそう思っていた。そして

、この会で互いの人間関係を深めてゆき、よ

い会社の雰囲気をつくりたかった。未成年の

松太郎、仲山は酒を飲めなかったが、近藤、

須藤、宮田は日本酒、ビールを飲みながら語

り合った。酒の力が口を滑らかにし、互いの

仕事で気になったこと、これをやってくれて

本当に助かるという賞賛、朝の掃除はここの

ところをやったほうがよい、もう少しわかり

やすい字を書け。互いを思いやり、少し踏み

こんだ意見がでて白熱した。本間重太郎商店

の社風なのか、皆、立場や考え方の違いはあ

れ、真面目に仕事に取り組んでいることがわ

かりあえた時間だった。仕事で壁にぶつかっ

ていた宮田も何か心の中のもやもやが晴れた

ように見えた。またこのような機会をもうけ

てくれることを期待する声が多くあった。皆

、近藤に感謝をしていた。松太郎は隣の席の

声が聞こえていた。ある会社の社員数人が酒

を飲んでいた。聞こえてきたのは、会社の悪

口と上司の批判だった。とても聞くに堪えな

い下品な言葉が飛び交っていた。昼間は真面

目に従順に仕事をしているように見えても、

人間の本音は違うところにあるのだというこ

とを知った。


 松太郎が入社し半年が過ぎたころ、事務の

高野から仕事を頼まれた。配達が終わった後

に事務作業を行うようにした。目的は高野の

事務を軽減することと、下働きの教育も兼ね

ていた。松太郎は事務所へ入ると、机が十台

並びんでいた。そこで事務員が記帳と計算を

していた。目の前には分厚い金属製の元帳が

何冊も並び、路線ごと、仕入れ先ごとに分け

られていた。事務員の机の上には、チラシや

いらなくなった書類の裏面を利用したメモ帳

があった。そこに電話注文の内容が乱雑に書

かれ、簡単な計算式も書かれていた。別に大

きな机があり、月末のお金の集計に使われて

いる。それ以外は来客や簡単な打ち合わせに

使われていた。電話の音、電話の応対をする

声、算盤の音が部屋中に響きわたっていた。

いつもと違った雰囲気を松太郎は感じていた

。奥に親方が座っていて書類に目を通してい

た。机の上には経費の領収書が箱の中に入っ

ていた。

松太郎の事務の仕事は取引先の佐藤商事の

仕入元帳の記帳だった。佐藤商事は本間重太郎商店の中で二番目に仕入れ額が多い一次問屋だ。規模は本土六県を主に全国に支店を構えていた。別名、東部の雄と呼ばれていた。今では全国規模の日用品メーカーになったゴールデンは会社立ち上げのときに佐藤商事が

販路の開拓をしてくれた。そのおかげで現在の規模になったといわれていた。ゴールデンは佐藤商事への義理を欠くことなく、小売店からゴールデン商品の仕入をするには、どの問屋が一番仕入れ値が安く対応がいいかを聞かれたら、制約がない限り迷わず佐藤商事を推薦するくらいだった。メーカーの販路拡大には問屋の力が大きい時代だった。また全国規模の国分、明治屋などはメーカーの工場を動かし自社ブランド製品を作らせていた。K&K,MEIJIYASはブランドとして缶詰から輸入品、食料品にいたるまで製造、販売をしていた。中でもSANYOブランドのサンヨー堂の缶詰は高品質製品として高い評価をえていた。

 佐藤商事の元帳への記帳は、松太郎が毎日

の朝の荷物取りと連携されていた。荷物取り

のときに船会社から渡される伝票の封筒の中

には佐藤商事をはじめとする問屋の納品書が

入っていた。商品を受け取るときは会社名と

個数を港で合わせて、会社で納品書と実際の

商品に間違いがないか確認していた。確認後

、納品書は事務所へ回していた。松太郎は事

務所でこの納品書がどのように処理されてい

るのか、興味があった。高野から記帳のやり

方を教わった。納品書は仕入れ先ごとに分け

られ、各担当が仕入れ元帳に記帳する。入荷

日付、商品名、数量、原価を書き、数量と原

価を掛け合わせ、仕入れ金額を計算する。現

在はコンピューターで納品書は出力され、計

算間違いはないが、当時は手書きでの計算な

ので検算が必要だった。毎日記帳をし、指定

締日で締め、総合計を計算する。仕入れ先か

らの請求書と突き合わせ、当月の支払い額が

決定していた。

よく高野たち事務から松太郎たちへ注意さ

れたことは、納品書の事務への未提出だった

。この“抜け”の原因究明はひと苦労だった。荷物を引き取りは、忙しいあまりポケットに

入れっ放しで提出し忘れていたり、雨風が当たる中で仕事をするので風で吹き飛ばされ、紛失してしまうこともあった。問屋側の計上

漏れ、伝票の入れ忘れなどがあり、事務側は納品書の実態がわからないかぎり、自分たちの仕事は止まってしまう。仕事がはかどらなく、そこは松太郎たちも協力してほしい。松

太郎は自分のしている仕事が事務に渡り、最

終的に仕入れ先への支払いにつながっている

ことが痛いほどわかってきた。高野たち事務

が自分たち必死になって問いかけてくる実情

は最初は理解することができなかった。これ

からは伝票をなくさず、商品の検品をしっか

りやらなければならない。それを怠ったり、

間違ってたりしいていると、事務や仕入先に

迷惑がかかってしまう。自分の仕事は会社に

とって重要なことを身に染みていた。

 松太郎は実家で算盤を習ったことがあった

ので計算は得意だった。その日の仕入れにも

よるが、仕入れ元帳への記帳は三十分程度で

終わらせることができた。元帳の記帳で高野

から注意されたことがあった。記帳には必ず

ポールペンを使うこと。元帳の升目の枠の下

三分の二の空白に商品名、数字を書くように

いわれた。元帳は会社の重要書類なので、え

んぴつで書いてはならない。あとで消しゴム

で消すことができ、改ざんすることができる

からだ。記帳していて間違ったら、二重線で

消し、枠の空いている上三分の一を使って書

き直しをしてほしい。あとでわかるようにし

なければならなかった。松太郎はこのきまり

を守り、はじめての事務処理をこなしていた。

 「松、事務ははかどってるか?どうだ事務

 も大変だろう?」

 海老名が声をかけてきた。

 「海老名さん、うちのなかでこもって仕事をするのは思ったより大変です。体がかたまってしまって我慢するのがつらいです。やっぱり俺は外で体を動かしてたほうがいいです。」

 「松、何事も経験だ。若いときにいろいろ

 経験すれば自分のためになる。事務は事務なりの苦労があるってもんだ。今は事務のほうから自分の仕事が見れる絶好の機会だ。

伝票の大切さも身に染みてることだろう。

ところで今日、お前が港からもってきた商品がいくらでうちに入ってるかわかるか?汗水たらして運んだ商品でも儲かってるものもあれば、ぜんぜん儲かってないものもある。仕入れでいかに安く仕入れようとしているか、記帳しながらよく考えてみろ。」


「今日俺はどんな商品を港から運んできたっけ?一斗缶にはいった洗剤を十缶もってきたな。取っ手が食い込んで重かった。歯磨きもあったな。小さいがこれが思ったより重い。チリ紙。大きく、かさがあって軽いけど積むのに苦労したな・・・」

松太郎は次の日から商品と仕入れ原価を頭

に浮かべながら記帳した。なかなか憶えるの

は大変だった。実際にお得意様や仕入れ先との商談をしていないのでうまく頭に入らなかった。

 佐藤商事の締日がきていた。締日から三日経った頃、佐藤商事から請求書が郵送されてきた。松太郎は高野から佐藤商事の請求書の束を渡された。十枚はあるかという請求書。これをどうしろというのか?松太郎は疑問に思った。

 「松太郎くん!新しい仕事をあげるね!」

 高野の声はいやにはずんで気味が悪かった。

大変な仕事がきそうだ・・・。

 「楽しい、楽しい請求書合わせの仕事を教

えるわ!佐藤商事さんの請求とあなたの記帳した元帳と合っているか確認してほしいの!二日もあれば大丈夫よ。この仕事は佐藤商事さんへ支払いをする大事な仕事よ。これが合わないと佐藤商事さんに迷惑がかかるから頑張って!」

高野の声がはずんでいるように聞こえ、松太郎には意味ありげな仕事のように感じた。

「やり方はね!右に請求書、左に仕入元帳

を置いて、計上してある商品と元帳とがあっているかをしらべてほしいの。各行ごとに定規をあてて確認すると楽よ!あったら、

ここの『合』の印を両方に押して印をつけ

ていくと、『合』印が押されてない箇所がでてくるわ。それは元帳に未記入があったり、佐藤商事さんが忘れてたりすることがあるからね!もし、それがでてきたら私に報告して!元帳未記入の場合は、佐藤商事さんが納品書をつけずに商品を納めることも考えられるけど、それはほとんどないわ。あなたが伝票を事務へもってきてないことが大いにあるから(笑)よーく自分の胸に手をあてて考えてみて!」

今回の高野からの仕事は、自分の仕事を振

り返って見ろということなのだろうか?『合

』印のないところは、納品書を事務に渡していなかった松太郎の不手際の可能性が高い。事務の松太郎と荷物取りの松太郎とが交錯していた。 『合』印押しは松太郎の行動と意識を変えるのには絶好の仕事だった。この作業をしているときに佐藤商事側の請求書の未計上の商品を発見した。十日前の洗剤の仕入であった。松太郎は自分で佐藤商事からの洗剤の引き取りを行っていたし、自分でその納品書を元に記帳したことは記憶にあった。これは明らかに佐藤商事側のミスだった。これがうちの会社だったらどうなってるだろう?自分が伝票なしで商品を納めていたことを思いだした。親方や海老名から伝票なしの納品は絶対にするなときつく注意されていたが、急ぎの納品があったときは、どうしても納品書はあとでお得意様へもっていくことがあった。あとで思いだし、あわてて納品書をもっていくことも少なくなかった。これを忘れると請求書にあがらず、会社が丸損をしてしまう。これはやってはいけない。最悪でも仮伝を豆伝でつくって、お得意様へ渡し、事務に報告しなければならない。松太郎たちがやらかす失敗も実は仕入先もやっているんだと思った。


 日に日に寒さがます時期がやってきていた。

鬼が島に雪が降る季節になっていた。冷たい

雨がいつのまにか雪に変わっている。しんし

んとした静かな夜には雪が降り積もり、次の

朝には真っ白な世界になっている。松太郎は

いつもより早く起き、下宿先の参道の除雪を

行う。なんとか道ができると、急いで会社へ

向かう。親方と海老名がスコップ片手に除雪

をしていた。海老名から裏の荷物搬入口の除

雪をするよう指示がでた。社員全員、雪との

格闘だ。雪の降る地域はこの余計な作業をし

なければならない。除雪をしていると長靴の

中に遠慮なく雪が入ってくる。この冷たいつ

らさを我慢しなければならなかった。松太郎

は山の生まれなので雪の多さには慣れていた

。昨日から雪が積もるとふんでいたので、ト

ラックには、チェーンが巻かれ雪道対策は万

全だった。しかしどこにいても雪道はこわい

ものだ。チェーンは後輪片方にしか装着して

いないので運転は慎重にしなければならない

。うっかりスピードをだしすぎると雪で滑っ

て制御不能になってしまい、事故を起こして

しまう。一番の苦労は無理して雪道をすすみ

埋まってしまうことだ。後輪が空回りし脱出

できない。スコップをもって後輪部分の雪を

かきだし、アクセルを踏むがなかなか脱出で

きない。しだいに焦りがでて困惑してしまう

。近くを歩いていた見ず知らずの人がこの惨

状に力を貸してくれ、後ろからトラックを押

してくれる。善意の人がふとりふたありと増

えてくる。押すタイミングとアクセルをあわ

せ、掛け声がひとつになる。なんとか車輪を

地にかませ、脱出ができた。こんな光景が毎

日みられる時期だった。しかし助けてくれた

ことへの心からの感謝の言葉が自然とでて人

間的なふれあいが生まれるのは、この世界に

しかない素晴らしいことだ。雪がなくなる二

月ころまでこんな日が続く。

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