第3話 松太郎苦しむ

初登校の日は教室で簡単な入学式と自己紹

介があった。ほとんどの生徒が昼間働いてい

た。松太郎のように学生服を着てくる生徒は

少なく、昼間働いている服でそのまま登校し

ているものがほとんどだった。中には自動車

整備か土木作業をしているのか、手が真っ黒

で油や土で汚れているものもいた。松太郎は

これから四年をかけて勉強し、大学を目指す

ことを誓うのだった。が、昼間の緊張から解

き放たれたのか、疲れがどっとでてきていた。授業の内容や先生がいっていることがだん

だん頭に入らなくなってきた。しまいには、

うとうとと眠ってしまっていた。

 次の日も海老名といっしょの作業が続いた。

昨日の疲れと筋肉痛で体中が痛かった。仕事

の流れはまだ覚えきれてない。前の夜に復習

し、仕事の流れを頭にいれていたが、まだ体

がついてこない。倉庫の中でも右へ左へ動き

がおぼつかなかった。なんとか若さと気合で

これお乗り切ろうと必死だった。荷物の持ち

方に慣れていないので腰が痛い。昨日親方に

叱られていた近藤が松太郎に声をかけてきた。

 「左近君、こんな持ち方をすると腰をやってしまうぞ。荷物を持つときは体と荷物を

 密着して持つといい。そうすると楽に荷物をもてるぞ」

 「ありがとうございます。やってみます」

 松太郎は先輩の荷物の持ち方を見ていた。

動きに無駄がなく、運ぶのが速い。身のこな

しが違った。

この日の港止めの荷物は、一個二十キロは

ある荷物が百箱だった。商品は洗剤で、三十本近く入っている。一個一個は軽いがそれが三十本一箱となると勝手が違った。段ボールは細長く持ちづらい。海老名がいっしょに運んでくたが、それでも荷物の運搬は初心者の松太郎にとってきついものだった。

 「松、疲れてるな?大丈夫か?初めてでこの数の荷物を運ぶのは大変だろうな。見てると荷物がなってないな。まず荷物の持ち方から覚えていけ。最初は誰だって疲れてしまう。普段使ってない筋肉を使ってるんで、今筋肉痛だろ?まず一週間、我慢してやってみろ。そうすれば体も慣れ、自然と荷物の持ち方も覚えてくる。頑張れ」

 「海老名さん。大丈夫です。頑張ります」

松太郎は疲れと筋肉痛がつらかった。弱音をはかず、根性で頑張りとおした。近くで須藤、宮田、仲山もきつい顔をして仕事をしていた。彼らも同じように疲れと筋肉痛で苦しんでいるんだろう。それを根性で頑張っている。それを見て松太郎も頑張らなければと思っていた。たぶん須藤たちも松太郎の懸命に働く姿を見て同じように思っているに違いない・・・。

 昨日と同じようにトラックで海老名と配達だった。配達は昨日の路線とは違い、会社近辺だった。同じようにお得意様へあいさつ、

納品、紹介を繰り返した。海老名からお得意様の名前と場所、商品の置く場所をメモをとって覚えるようにいわれていた。松太郎のシャツと上着は汗でびしょびしょだった。一軒の配達が終わると、次のお得意様の伝票と荷物を降ろす準備をする。そうしたほうが仕事がはかどり次の店までは車の中で体を休めたからだ。松太郎は、自然と次の段取りができるようになっていた。納品も海老名といっしょなのでどこに荷物をおろすのかわかってきた。ちょっと置く場所に不安になったらお得意様へ聞けるようになっていた。

 入社して一週間になると、体も慣れてきて

いた。荷造りの段取りも要領を得てきた。てきぱきと仕事ができていた。お得意様も海老名といっしょに全路線の配達を数回こなし、店名と場所が頭に浮かび、商品をどこに置いたらいいかもわかってきた。同期の須藤や宮田、仲山の仕事ぶりも発奮材料だった。特に須藤は、実家との取引がある関係で仕事への理解度や言葉遣いには慣れており、一歩先にいっていた。

 次の週には近所のお得意様への配達も少しずつ頼まれた。荷物は自転車につみ、配達する。最初の一人での配達は緊張した。

 「こんちは。毎度ありがとうございます。

 本間重太郎商店です。注文の品をお届けに参りました。」

 自然と声はでるが、小さかった。何件かこ

なし、少しだがよくなってきた。お得意様も

松太郎が見習い中で下働きの立場であること

は理解していた。声の小ささや言葉遣いの至

らなさは、これからよくなることを期待して

目をつぶってくれていた。

 配達の間違いをした日もあった。あるお得

意様に別のお得意様の注文の商品を届けてし

まっていた。気づいたお得意様から会社へ苦

情の電話があった。海老名が詫び、すぐに商

品と納品書を引き上げ、配達しなおした。意

地悪いお得意様は、間違った店の納品書の納

価を見て

「なんで、うちよりあの店のほうが安いんだ!こっちの注文品が配達されなくて他の店の商品が間違ってきたのは俺へのいやがらせか?値引きをしてくれないと困る?」

松太郎の失態を値引きのいい機会にするお

得意様もいた。お得意様の立場に立ってみれば、自分の店が別の店と間違われたことで怒るのも無理はなかった。しかも商品の納価が自分の店より安く卸されていたことでさらに火に油を注ぐことになっていた。今後の取引にかかわる問題にまでになりそうな空気だった。

松太郎は自分の失敗を素直に親方や海老名に詫びた。自分の失敗が会社やお得意様へこんなに迷惑をかけてしまったことで落ち込んでいた。誤配送をしたお得意様からは、また間違えよな!と辛らつな言葉をかけられた。松太郎は言葉というものは、これほど人を傷つけるものかと、さらに落ち込んでいた。

 落ち込んでいる松太郎に海老名が声をかけた。

 「松、最初は誰でも失敗はある。気にする  

 な!お得意様にも意地の悪いところもある。

 次は間違わないよう気をつけてくれ!そう

 だ。明日の配送はお前の実家の鳥越に行く  

 日だ。親方に許可をとっておくから、俺が

 商談をしている間、実家にいってこい!お前の実家の近くに学校と新井さんがあるから、営業で一時間はかかる。一時間、暇をやるから、実家に顔をだしてこい。ご両親も心配してると思う。仕事のことや学校のことを話してこい。」

 次の日、海老名と松太郎は鳥越に商談と配

達で訪れた。トラックの窓を開け、風にあた

る松太郎。見慣れた景色が見えてきた。近所

の人が畑を耕しているのが見えた。鳥越のお

得意様へ納品ではいるや、久しぶりに見る松

太郎の姿に驚いていた。

 「あら松ちゃんじゃない。元気でやってんの?ちゃんと食べてる・風邪ひいてない?

 」

 何か懐かしむように松太郎を迎えてくれた

。うれしかった。こんなに自分が地元で大切

に思われていたのか。部落の人のありがたさ

を感じていた。妹のトモとかおるが友達と校

庭で遊んでいるのが見えた。大きな声で手を

ふったら、しばらく不思議そうな顔していた

が、松太郎とわかると手を振って答えてきた

。懐かしいニオイを感じていた。順番に鳥越

のお得意様への配達を終わらせ、鳥越小学校

と新井商店のところにきた。松太郎は海老名

に、これから実家に顔をだしてきます。すみ

ませんが時間をください。と断りをいれて、

玄関に向かった。

 入口にたつと、母ウメが掃除をしていた。

 「母ちゃん、ただいま。近くに配達にきた

 んで・・・」

 「ま、松、どうした」

 「学校と新井さんの配達があったんで時間をもらってきたんだ。姉ちゃんと大二郎は?トモとかおるは校庭にいたんだけど」

 「ヤヨと大二郎は田んぼだよ。時間はあるのかえ?仏壇にいってご先祖様へあいさつ

 しておいで」

 松太郎は、仏壇に手を合わせてもどってき

た。

 「お前、学校と職場はどうなんだ」

 「勉強はちゃんとやってるよ。学校は、仕事で疲れると眠くなるけど、いろんな仲間もできたし、楽しい。仕事はやっと体をついてきて楽になったけど、俺の失敗で迷惑

 をかけちゃってるんだ。お得意様からあんなにひどいことをいわれて嫌になっているんだ。」

 「松太郎。どんな仕事でも我慢しておぼえなきゃいけないよ。自分の思い通りにいかないんだよ。大きな松をくぐるには、とがった松の葉に頭を刺されて痛くても頭を低くして、低くしてくぐらなきゃいけないんだよ。頑張って我慢して、どんなにいやなことがあっても頭を低くしていけば学べることはあるんだよ。」

 松太郎は母の言葉に救われた気持ちだった。

最初の失敗でめげてないで、低姿勢で我慢し

て頑張っていこう。母から元気をもらった。

一時間はあっといまに過ぎ、トラック中で海

老名が煙草を吸って待っていてくれた。松太

郎は海老名に深く頭を下げ、帰路についた。


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