第2話

 私は目付きが鋭い。メガネをかけているのも相俟って、あまりいい印象は持たれないだろう。黒くて長い髪の毛は自慢だが、その髪の毛でさえ目付きのせいでキツい印象をより引き立ててしまう。でも「いいと思う。長いの、似合うよ」と一縷が言ってくれたからそうしていた。


 今日もまた授業が終わった。教室を出て階段を降りた。そこで一縷の姿を見つけた。


 目が合うと嬉しそうに駆け寄ってきた。驚き半分、嬉しさ半分。


「これから部活?」

「そう、大会も近いし頑張らなきゃ。じゃ、行ってくる!」

「ええ、いってらっしゃい」


 私がそういうと、嬉しそうに目を細めていた。カバンを肩に掛け直し、早足で階段を下っていった。


 私が階段を降りると、一縷は陸上部の友人たちと肩を組んで歩いていた。楽しそうでなによりだと、私は心の底から安堵した。上手くやれている証拠だからだ。


 カッコよく、性格もよく、勉強もできる。それでいて子供っぽい部分もかなりあって、相反するように大人っぽい部分も持ち合わせている。だからこそ人気があるのだろうな、と一人で納得していた。


 私には友達がほとんどいない。世間話をするくらいのクラスメイトならいるし、挨拶もする。ただ、深く付き合うような友人は一人もいない。自慢できるのは、多少勉強ができることと、ピアノがちょっと弾けるくらい。正直学力だけならばここよりもいい高校に入れた。でもここは一縷が行きたがっていた。ずっとそばに居てくれた、一縷がこの学校を選んだから、私もこの学校を選ぼうと思った。


 一人の帰り道は、やはり少しだけ寂しいと思う。友達の一人でもいれば違うのだろう。私も部活をすればいいのかもしれないと考えたこともある。けれど、どの部活に入っても上手くやれる気がしなかった。人間関係も、部活そのものも。長続きしないだろうなと思ったから部活には入らなかった。


 陸上部のマネージャーでもよかった。でも、一縷だけを特別視してしまいそうで不安だった。


 家に帰って勉強を一時間。風呂に入り、夕食を食べ、そしてまた勉強二時間。九時を過ぎたところで甘いものが食べたくなった。一つ背伸びをして、スウェットから私服に着替えた。


 この時間に一人で出歩くのもどうかと思ったが、甘いものに対する欲求には逆らえなかった。それにコンビニまでは徒歩で五分もかからない。


 財布だけを持ってコンビニに向かった。


 数メートルおきに設置されている街灯は、LEDじゃないせいか少しだけ心もとない。街灯の背が高すぎて、地面に光が届くころにはほの暗い。慣れているからいいけれど、初めて通るとなると恐怖を感じるのが普通だろう。


 コンビニにつくと、うちの学校の制服をきた男子が座り込んでいた。入り口から少し離れた場所、タイヤ止めの縁石のところに座って項垂れていた。


 足音を立てないようにそっと近付き、肩を叩いた。


「うおっ……なんだ、びっくりするじゃんか……」

「どうしたの、こんなところで。早く帰ればいいのに」


 間違えたらどうしようとか、そういう考えは浮かばなかった。頭しか見えなくても、背中しか見えなくても、私が一縷を見間違うことはない。


「ちょっと、いろいろあってな」

「なるほど、伸び悩む時期か」

「なんでわかっちゃうかな……」

「中学のときもそうだったし、去年も同じことしてたわ。記録が伸び悩むと一人でどこかで丸くなる。一縷の癖よ」

「さすが幼馴染み。よくわかってらっしゃる」


 スカートを整え、隣の縁石に腰掛けた。隣からスポーツドリンクのペットボトルが差し出されて、私はそれを躊躇なく受け取った。


 パキリと封を切り、一口飲んだ。


「どういう感じなの? 自分の記録が超えられない? それとも自分よりもいい記録を出す人が多い?」

「自己最高記録はまあ、ちょいちょい伸びてるよ。ただこのまま行っても全国で勝ち上がるのは難しいかな」

「幅跳びよね。あと何センチくらい?」

「最低十センチかな。でも全国大会の優勝者には十センチじゃ勝てない。コンスタントに記録を出す人だから、十四センチはないと勝てないかな」

「結構あるね」

「そうなんだよ。だから困ってる。うちの部は俺が一番いい記録持ってるからさ、やっぱ期待もされるんだよ。でもその俺が上手く記録出せなくて、凹んで、凹んだせいで記録が出せなくて。もう悪循環だよ、ホント」

「大会までどれくらい?」

「地区予選と県予選は通過した。全国大会まであと二ヶ月もないかな、七月末からだから」

「二ヶ月で十センチ以上、か。それはまた、難しいわね。でもまだ二年生だし、来年もあるじゃない。と、言ってはみたけどそれじゃダメなんでしょうね」

「うん、今やらなきゃダメなんだ。まだ二年生だからとか言ってたら三年になっても良い記録が残せない。絶対にズルズルいってしまうから」

「一縷らしいわ。なら、私が言えることは特にないわね。アナタはアナタらしく向き合うしかないし、どちらにせよ私の言うことはきかないでしょう」

「そんなことはないけど……」

「そんなことはない、ねぇ」


 立ち上がってスカートのホコリを叩いた。一縷に顔を向けることなく、私はペットボトルを置いたままコンビニの中に入った。


 炭酸飲料と缶コーヒーとシュークリーム二つを持ってレジへ。電子マネーで支払って外に出ると、一縷は変わらずそこにいた。


「はい、お返し」


 シュークリームを一つ、彼の目の前に差し出した。


「相変わらず甘いもの好きなんだね」

「女の子らしいでしょ?」

「うん、女の子だもんね」


 胸が締め付けられて息ができなくなった。苦しくて切ないのに身体が火照ってくる。


「な、なに言ってんだか。私のことを女とか、恥を知りなさい」

「そっちこそなに言ってんのさ。ずっと女の子じゃん。少なくとも俺はそう思ってるよ」


 一縷は大きく深呼吸をしてから「よしっ」と言って立ち上がった。なにかが吹っ切れたのかもしれない。


「ありがと、なんとか持ち直せるかも」

「それならよかった。頑張りなさい」

「うん、じゃあまた明日! 頑張るぞー!」


 そう言って、手を振りながら走っていってしまった。


 私も小さく手を上げた。もう彼は見ていないけれど、こればっかりは私の心の問題だ。


 ビニール袋を指に引っ掛けたまま、私は手を上げて大きく背伸びをした。


 空には雲がかかっているのか、星は一つもみえなかった。まるで私の心模様みたいで、どうしようもない不安にかられた。晴れることがあるのだろうか、自分から晴らすことができるだろうか。


 涼やかな風が衣服の中へと入ってくる。薄着のせいか、体温が余計に奪われてしまった。この身体のだるさは風のせいか、それとも他に要因があるのか。風邪でなければいいと思いながら、私はゆっくりと歩き出した。

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