第2話 陰キャな那子にご用心
「那子ちゃん那子ちゃん、べろべろばあ〜〜〜っ!!」
「……………………」
「いなーいいなーい…………ばああああああっ!!!」
「……………………」
休み時間、俺がいつものように那子にウザ絡みをして遊んでいると。
「啓人くん、ちょっといい」
ふいに横から声をかけられた。
「ん? どうしたくーちゃん。またスイーツ奢ってほしいのか?」
「奢ってくれるなら喜んで。……それよりも話、あるんだけど」
声の主は、くーちゃんこと
すらりと背の高い、目鼻立ちがはっきりとした美少女で、生粋のハーフだ。母親が日本人で父親がオランダ人らしい。
ふんわりとしたダークブラウンの髪を大きなシュシュでひとつにまとめている。
パッと見はややギャルっぽいが、派手で近寄りがたいというほどではない。それもあってか、ギャル系だけでなく優等生タイプの女子からもやたらと慕われている。男子人気は言うまでもない。クラスで人気投票を開催したら、まず間違いなく一位を獲るだろう。
基本的にいつもローテンションで、無邪気にはしゃいでいるところは見たことがない。那子とは正反対――だけどそんなところも、彼女の魅力の一つなのかもしれない。
「話って?」
「あっち」
くーちゃんはそれだけ言うと、窓際へ向かってすたすたと歩きだした。俺は黙ってついていく。
教室の端までたどり着くと、くーちゃんは手近な机の上に腰かけた。窓側一列目の最後尾。クラスの人数の関係上、枠組みからあぶれるようにぽつんと配置されたそこは、以前くーちゃんに那子と替わってもらった席だ。
俺は窓枠に肘をついて、くーちゃんに目を向けた。
「単刀直入に訊くけど」
まっすぐに俺を見つめ返しながら、くーちゃんが口を開く。
「桜庭さんのこと、好きなの?」
「…………」
昔から、その手のことはよく訊かれたが。
くーちゃんがそれを訊いてくるのは、なんだか意外だ。浮いた話も聞かないし、恋愛に興味があるとも思えなかったから。
「那子とは、そういうんじゃない。ただの幼なじみで、親友だ」
「向こうはそうは思ってないかも」
「それはないだろうな。でもどうしてそんなこと訊くんだ?」
くーちゃんは、ちらりと廊下側へ顔を向けた。
つられるように俺も視線を追う。
那子は今日も、自分の席でひとりぽつんと、なにをするでもなくじっと俯いている。
「私、ああいうコって嫌いなの。暗くてじめじめしてて、近くにいるだけでこっちまで暗いコになりそう」
「…………」
なんでだろう、不思議だ。明らかに悪口なのに、友達のことを悪く言われているのに――全然、これっぽっちも腹が立たない。
悪口だけど、悪意を感じないというか。ただ素直に思ったことを口にしただけなんだろうな、というのがなんとなくわかる。
「陰キャっていうの? ああいうコと一緒にいても、いいことなんてひとつもないと思う」
「……陰キャ、か」
あの無言の自己紹介から、約ひと月。
那子がクラス内で陰キャの地位を獲得するのに、そう時間はかからなかった。
最初こそ、興味本位で話しかけるやつもちらほらといたが。反応が返ってこないとわかると、那子の周囲に近づく人間は誰もいなくなった。
那子と同じ中学出身のクラスメイトも、何人かはいたのだが。気づけばみんな、那子を知らない連中と同様、那子に関わろうとしなくなった。
俺以外の、誰も。
那子だってあれでいちおう、完全に周囲を遮断しているわけじゃない。
はいかいいえで答えられる質問をすれば、上下か左右のどっちかには首を振ってくれる。会話こそ発生しないが、誘えば一緒に昼ごはんも食べてくれる。それはどうやら相手が俺だからというわけではなさそうで、誰に対しても一貫してそんな対応だった。
とはいえ、陰キャの転校生にそこまで根気よく付き合ってくれる世話焼きな人間が、そうそういるはずもなく。
「だから、啓人くん。これは忠告。桜庭さんのことが好きとか愛してるとか、そういう理由がないのなら。啓人くんは、あのコのそばにいるべきじゃない」
「理由ならある。友達だ」
「私がいる」
大真面目な顔をして、くーちゃんは言う。
「友達なら、私がいる。私がそばにいるから。それじゃ不満?」
「そういう問題じゃない」
「私、啓人くんには幸せになってもらいたいの」
くーちゃんは机の上から床に降りると。
真正面から俺と向かい合い、真剣な眼差しで俺を見る。
「あのコの隣じゃ、啓人くんは幸せになれない」
断言するくーちゃんに、俺はひとつ、溜息をついて。
言った。
「違うんだ、くーちゃん。それは逆なんだよ」
「……逆?」
「那子がいたから、今の俺があるんだ」
俺は覚悟を決めて、そう口にする。
昔の自分を、語る覚悟を。
「昔の俺は、陰キャだった」
はじめて那子と同じクラスになったのは、小学校三年生のとき。
そのころの俺は、いつもひとりだった。
友達なんていなかったし、ほしいとも思わなかった。
ひとりでいるのが好きだった。
ひとりで遊ぶのがなによりも楽しいことだと思っていたし、同級生も、周りの大人さえも、俺がそういうタイプの人間なのだと決めつけていた。
「だけど、違ったんだ」
「……どういうこと?」
本当の俺は、ひとりでいるのが寂しかった。
友達がほしかった。みんなの輪に交じって遊んでみたかった。
だけど臆病者の俺は、他人と触れ合うのが怖くて、コミュニケーションが苦手で、ちょっと人に話しかけられただけですぐ顔を真っ赤にして、あわあわもごもごとキョドりまくり。
そういう自分を、知られたくなくて。
俺はいつしか、自分の心さえも騙すようになっていた。
「でも、那子はそういうの、ぜんぶ見抜いてたんだ」
自分の殻に閉じこもって、本音をひた隠しにする俺へ。
那子は、たった一言。
――気に入らない。
那子は俺を、強引に外の世界へと連れ出した。
那子は俺に、他人と触れ合うことの楽しさを教えてくれた。
他人との触れ合いが。
なにより、那子との触れ合いが。
俺を、今の俺に変えた。
「……そんな話、初耳」
「知られたくなかったからな。だってカッコ悪いだろ」
臆面もなく、俺は言った。
「俺は那子に救われた。だから今度は、俺が那子を救う番だ」
「人は簡単に変わるよ。啓人くんの知ってる桜庭さんは、もういないのかもしれない」
「それでも俺は、那子が変わっていないことを信じる。だから」
「……勝手にすれば」
くーちゃんは顔をそむけながら、小さな声で言った。
「那子がいなければ、今こうしてくーちゃんと話すこともなかったと思う」
「ふーん」
「那子が元の那子に戻れば、くーちゃんとも仲良くなれると思う」
「なれたらいいね」
「ごめん」
「なんで謝るの」
「ありがとな。俺のこと、気にかけてくれて」
くーちゃんは話は終わりとばかりに椅子を引いて腰を下ろすと、そのまま倒れこむように机の上へと突っ伏した。
「私、別にお礼言われるようなこと言ってない……」
くーちゃんはほんのりと耳を赤くしながら、こもった声で言った。
「それでも、ありがとう」
最後にぽん、と頭の上に手を載せて。
俺はくーちゃんの席から離れた。
視線の先には、依然机とにらめっこしている、那子の姿。
俺は見抜いている。おまえは那子だけど、本当の那子じゃない。
早く――那子に逢いたい。
どうすれば、元の那子に戻すことができるのか。
時間が解決してくれることはあるのか。
それはまだわからないけど。
ひとまず、今は。
「那子ちゃん那子ちゃん、だ〜〜〜〜〜れだっ!!!」
那子にちょっかいをかけて、楽しむとしよう。
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