x+1日目
「じゃあ、ジュンイチさん、いってくるね」
「……」
スーツ姿のソウコが悪戯っぽく微笑むが、ガムテープに口を塞がれたままのジュンイチは、会釈も返さなかった。
睨み付けるようなジュンイチの視線を、ソウコはクローゼットの扉で遮る。
玄関のドアが閉じられる音が聞こえた。
今、ミオナはどうしているのだろうかと、リビングの方へ耳を澄ます。
ジュンイチは昨晩も睡眠薬を飲まされて眠ったが、ミオナは彼よりも先に飲まされていたようだった。
昨晩ソウコがジュンイチにカロリーメイトをあげたり、水を飲ませたり、トイレに行かせたりしている間、ミオナの方からの反応がない事からそうジュンイチは予想していた。
ふと、リビングから、ミオナの声が微かに聞こえた。
監禁された最初の日のジュンイチのように、別の部屋に助けを求めているようだ。くぐっもって言葉が分からない声と、床を足で叩く音が連続して響いている。
壁一枚を隔てた先にいるはずのミオナだが、自分とは繋がっていないように感じられる。
ミオナのSOSに返答するように、壁を叩いてみたかった。
しかし、自分の存在を知らせた所で、拘束されているこの状況では、彼女を救うことが出来ない。
さらに、この部屋にもう一人誰かがいるという事実は、ミオナに心強さよりも恐怖感を与えてしまうものだろう。
ミオナは感情が顔に出やすい性格のため、帰ってきたソウコに勘づかれてしまいそうだ。
ソウコも、何も対策をしていないわけがない。どこかに隠しカメラがあって、二人が寝静まった後に、映像をチェックしている可能性もある。
とにかく、今の挙動もソウコに見られているつもりでいた方がよさそうだった。
その内、リビングから何も聞こえなくなった。
心が折れてしまったミオナの様子を想像し、ジュンイチは胸が締め付けられるような苦しみを抱く。
だが、ミオナはまだ諦めてはいなかった。時間を変えて、何度も助けを求めている。
その様子を聞きながら、まだ、彼女だけでも助ける方法があるのかもしれないと、ジュンイチは希望を見出していた。
ソウコの目的は未だに分からないが、嫉妬に駆られてミオナを傷つけることはしていないことから、まだ交渉の余地がある。
ジュンイチはクローゼットの扉の方へ目を向けた。
電気が消えた寝室は薄暗かったが、クローゼット内よりも明るく、光が隙間から差し込む。
エアコンが低く唸りながら、稼働していた。それ以外は、全くの静寂だった。
「ミオナを拘束しているのは、嫉妬によるものじゃないんだよな?」
「もちろんそうよ。聞きたいことがあったからね」
「その目的は、まだ果たされていないのか?」
ジュンイチは今夜もカロリーメイトを食べさせてもらいながら、ソウコに核心を突く質問をぶつけた。
今現在も、ミオナが解放された様子はなく、リビングの座椅子の上で寝息を立てているのだろう。
一瞬の沈黙を挟み、ソウコは悲しそうな顔で告げる。
「まだ駄目ね。もうちょっと時間が掛かりそうで」
「ミオナには何もしていないよな」
「ええ。私も、出来るだけミオナちゃんのことは傷つけたくはないもの」
ジュンイチはその言葉を吟味する。
ソウコは、今の所ある程度の分別は出来ているらしい。先程のも本心で、ミオナへの殺意は持っていないようだ。
「ジュンイチさんも、変なことはしていないよね?」
「……当たり前だ」
安心していたジュンイチの心臓を刺すかのように、ソウコは口元を吊り上げながらそう言う。
ジュンイチは緊張しながらも、彼女を睨み返す気概を持っていた。
それを受けて、ソウコはまた悲しそうに呟いた。
「……やっぱりジュンイチさんは、ミオナちゃんの方が好きなのね……」
「何?」
「ううん。何でもない」
ソウコの声が聞き取れずなかったジュンイチに、彼女は笑顔で首を振る。
そして、最後に残ったカロリーメイトを差し出した。
「ミオナちゃんのことは、出来るだけすぐに解放するから。安心して」
「……」
ジュンイチは無言でカロリーメイトを噛む。
ソウコの「解放する」という言葉の裏には、「何も抵抗しなければ」という本音が隠されているように感じた。
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