x+3日目
「今日のラザニアはどうかしらー」
鼻唄交じりで、お盆を持ったソウコがキッチンから出てきた。
昨晩、ミオナの逃亡劇が無かったかのようなその振る舞いが、ただただ不気味だった。
ソウコが仕事に行った後も、ミオナは前日のように助けを求めようという気力が持てなかった。
あの失敗した瞬間のソウコの冷たい声が耳の奥で再生され、喉に声が張り付いてしまったかのように何も言えなくなる。
「さ、まずはミオナちゃんから食べてみて」
「はい」
ミオナは口を開けて、ソウコの差し出すスプーンを受け入れた。
「どう? おいしい?」
「はい、おいしいです」
ミオナは頷くが、正直味はあまり感じられなくなっていた。
五日間の監禁生活によって、ミオナの体重は減り、体全体に強張っているのを感じていた。
だが、ソウコはミオナの感想を真に受け、にっこりしながら自分の分のラザニアを食した。
しかし、飲み込んだ瞬間、顔色が変わり、激情に任せるままにスプーンを床に叩きつけた。
「昨日と変わらないじゃない! パスタもソースも、焼き時間も変えたっていうのに!」
「……」
「どうしてうまくならないの? あなたの言う通りに作っているのに?」
「……」
ソウコの理不尽な怒りを、ミオナは項垂れたままじっと耐えていた。嵐の中の植物のように、彼女の怒りが収まるのを待っていた。
「あなた、いい加減なアドバイスしているんじゃないの?」
「……していません」
「じゃあ、どうせ私は、どんなに頑張っても料理の才能がないから、上手く行かないの?」
「……そうは思いません」
「どうすればいいのよ!」
雷鳴のようなソウコの叫びが響いた直後に、ローテーブルの上に置かれていた彼女のスマホが振動した。
ソウコはそれを手に取り、操作する。スマホにメールか何かが届いているようで、無表情のまま返信を打った。
「……ミオナちゃん、残りを食べましょう」
「……はい」
落ち着きを取り戻したソウコは、そう言ってミオナにラザニアを食べさせ始めた。
二人とも何も言わずに、機械的な作業のように食事をする。
その間、ミオナは姉や友人や仕事仲間のことを考えていた。
みんなは今どうしているのだろうか。自分のインフルエンザだという言葉を真に受けてか、今日は何もスマホには届かない。
そして、この生活はいつまで続くのだろうか。本当に月曜日までに帰れるのだろうか。
ミオナは味のしないパスタを噛みながら、そんな事ばかり考えていた。
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