x+1日目
翌日、ソウコは仕事へ行く準備をしていた。
座椅子のミオナの事など気にせずに、忙しなく動き回っている。
ソウコはミオナの座椅子の横に、水の入った五百ミリリットルのペットボトルと、カロリーメイトを二箱置いていた。
「あ、そうそう。下の階と隣は空き部屋だから、声を出しても誰にも届かないと思うよ。今時、オートロックじゃない、ペット禁止のマンションなんて、流行っていないから。テレビは点けておくから、それを見て待っててね」
最後にそれだけ言い残して、ソウコはリビングから廊下へ出ていった。
彼女が玄関から出て、鍵を閉める音がしても、ミオナは怖くて何も出来なかった。
「……すみませーん」
久しぶりに出した声は、とても小さなものだった。もう一度、大きく息を吸い込んで、叫んでみる。
「すみませーん、誰か助けてくださーい」
床も足で何度か叩いてみた。しかし、どの部屋からも反応がなかった。
上には人が住んでいるのかもしれないが、朝は出掛けているようだ。
その後も時間を変えて、叫んだり床を叩いたりして見たが、結果は同じだった。
夕方、ソウコが仕事から帰ってきた。
食欲があまりなく、カロリーメイトを一箱の半分しか食べれなかったミオナは、ぐったりと疲れた様子でソウコを見上げる。
エアコンで室内は適温に保たれていたが、体全体に緊張が走り、首筋に汗が流れた。
しかしそれはミオナだけで、ソウコは普段通りに動いているようだった。疲れを見せているが、それは仕事によるもののようだ。
一度自分の寝室に戻ったソウコは、着替えてメイクを落とし、真新しいエプロンを着て、リビングに入ってきた。
「ミオナちゃん、どうすればラザニアの味が良くなると思う?」
真剣な表情のソウコに尋ねられて、ミオナは一瞬彼女のこれまでの凶行を忘れそうになった。
あの瞬間のソウコは、彼のために料理の腕を上げたいという気持ちだけで動いているように見えた。
パスタの茹で時間、ホワイトソースの量など、細かい点をどう改善すればよくなるかを質問されて、ミオナも本気で考えてアドバイスをした。
こうやってソウコの腕が上がることで、自分が早く解放されるのだと信じていた。
そうして出来上がったラザニアを、ソウコはスマホで撮って、少し操作していた。
また二人で食べてみるが、味に大きな変化は見られない。
「正直、あまり変わらないみたいね」
「次は、パスタ自体を変えてみませんか? ショートパスタなら、大体使えますよ」
不満そうなソウコに、ミオナは新しいアイディアを慌てて出してみる。
まだ家に帰れそうにない事に内心がっかりしながらも、今はソウコを励まそうと必死だった。
その時、ミオナのスマホが振動した。
昨晩と同じように、包丁を持ったソウコからスマホを受け取る。
ツイッターの通知はアユカからで、ラザニアについての質問だった。
「お姉ちゃんからですね」
「私がラザニアの写真をツイートしたから、気になったみたい」
丁度ラザニアを食していたところでの質問だったのでミオナは驚いたが、ソウコからすると当たり前のことのようだった。
ラザニアからミオナの事を思い出したようだが、さすがに妹が友人と一緒にいるとは思わなかったようだ。ミオナは当り障りのない返信から、何でもないやり取りを交わした。
食後、ミオナはソウコとぎこちない時間を過ごし、再び睡眠薬を飲んで眠りについた。
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