第34話 機械王。

 「全ての戦死者達に対して敬礼!」

 ウィリアムの声が、マイクを通して、防護隊本部の霊安室の隅々に響ていく。

 号令に合わせて敬礼を捧げている隊員達の前には、遺体の顔を表示した棺が多数並べられていて、その中のにはトロワの顔を表示しているものもあった。

 巫女の巨大な腕を止めようと飛び出したことで重症を負い、救助が来る前に死んでしまったのである。

 遺体は、戦いが終わった後に回収され、逃亡者を含む死亡した隊員と合同で、葬儀が執り行われているのだった。

 敬礼が終わると棺が動き出し、順番に焼却炉へと入っていった。

 「大佐、あなたはわたしにとって本当のお父さんでした」

 珠樹は、トロワに向けて最後の言葉を口にした後、他の隊員が居るのも構わず、声を上げて泣き出した。

 大事な人との別れを前にして、涙を堪えることができなくなってしまったのだ。

 他の隊員達も同じように泣いていた。

 このように葬儀場が悲しみに暮れている中、健は会場の隅に居た。

 一郎から通信が入っていたからだ。

 「地球の状況はどうなっているんだ?」

 「ははは。どうにもならないよ」

 「物凄い攻撃だったけど人類が全滅したわけじゃないし、連合だって壊滅したわけじゃないんだろ」

 「終わったよ。何もかも・・・・」

 一郎は、青空でも見ているかのように視線を上に向けながら返事をした。

 「あんたが、そんな弱気なこと言ってどうすんだよ? 宇宙連合の代表だろ! しっかりしろよ!」

 叱咤するように大声で呼び掛ける。

 「わたしはもう駄目だ。限界だ」

 そう話す一郎の声は、抑揚を欠き、生気を全く感じさせなかった。

 「毛利総理、弱気なこと言っている場合かよ! 頭を絞って対策を考えろよ!」

 「上風君、さよならだ。連合代表なんていい夢を見させてもらったよ。ありがとう」

 一郎は、引き出しから取り出した拳銃を右手に持ってこめかみに押し付け、なんの躊いもなく引き金を引いた。

 それによって発射された一発の銃声と共に一郎の頭は吹き飛び、体は力無く机に突っ伏した。

 その後、頭からは水道の蛇口のように大量の血が流れ、机を赤黒く染めていった。

 一郎は、健が見ている前で、自ら頭を撃ち抜いて拳銃自殺を謀ったのである。

 「あんた何やってんだよ! 誰か! 誰か来てくれ! 宇宙連合の代表が、毛利総理大臣が自殺したぞ!」

 健が画面に向かって叫んでいる間に、銃声を聞き付けて部屋に入ってきた側近達が、一郎の死体を見て悲鳴を上げ、その中には地球へ避難していたマルスの姿も見られた。

 健は、遺体の処置が始まるまで、一郎の死体を見続けていた。

 「ばっかやろう・・・・。求められる限り代表やるんじゃなかったのかよ~」

 健は、MTの画面を閉じた後、ミルバが死んだ時以来、久々に悲しくて悔しくて辛い気持ちがこみ上げてきて、気付けば泣いてしまっていた。

 「あんたは一番卑怯なやり方で逃げたけど俺は絶対に逃げねえぞ。最後まで戦い抜いてやるからな!」

 健は、一郎の死を目にして絶望せず、拳を握り絞めて、自分の決意を口にすることで、逆に闘志を奮い立たせるのだった。

 それからウィリアムの所へ行き、一郎の死を自身のMTが記録している映像込みで伝えた。

 ウィリアムは、初めの内こそ呆気に取られていたが、すぐに表情を引き締め、マイクを通して、一郎の死を隊員に伝えるのだった。

 連合代表の自殺という衝撃の出来事は、その場に居る隊員を絶望させ、葬儀場の悲痛な空気を重苦しい空気に一変させた。

 「連合の代表まで自殺するようじゃ、俺達本当に終わりだな」

 隊員の一人が、葬儀場に居る全隊員の気持ちを代弁するような発言をした。

 「そうだ。終わりだ」

 健が、少しの沈黙の後、重い一言を返した。

 「上風は諦めるつもりなのかい?」

 珠樹が、沈んだ声で聞き返してくる。

 「諦めるわけじゃなくて戦いを終わらせる意味で言ったんだ」

 「鋼鉄兵団を倒すってこと?」

 「そうだ」

 迷いを感じさせない力強い一言だった。

 「どうやって? ホルスもヴィーゼルも数える程度しか残っていないし、地球にある兵器だって大半が破壊されているんだよ」

 「他にも使えるものはあるさ」

 「何を使うっていうのさ?」

 「放棄されているコロニーだ」

 「使われなくなったコロニーをどうするつもりだ?」

 ウィリアムが、コロニーを使う意図を尋ねてくる。

 「コロニーを機械惑星にぶつけてやるのさ。少しくらいはダメージを与えられるだろ」

 「どうやってぶつけるっていうのさ? ハカイオーにはそれだけのパワーがあるのかもしれないけど上風自身は耐えられるのかい?」

 「俺とハカイオーだけじゃ無理だけど、明海の力を使えばできるさ」

 健は、戦いに必要になるものをはっきりとした口した。


 「明海、料理の腕が随分と上がったね」

 「ボランティアをするようになってからうんと鍛えられましたから」

 「それでも母さんの腕にはまだ負けるかな」

 「お父様のいじわる」

 明海は、幼子が拗ねるみたいにわざと舌を出してみせた。

 人類全体が最悪の状況に向かっている中、二人は地下ホテルにある広くて豪奢な作りの食堂で、親子水入らずでの食事を楽しんでいるのだった。

 「明海、まだここに居たんだな。連絡が付かないからどこに居るかと思ったぜ」

 入り口の自動ドアが開いて、健と珠樹が入ってくる。

 「健、どうかしたの?」

 「おじさんも一緒か。丁度いい。話があるんだ」

 「健君、悪いけど食事が終わるまで待っていてくれないか」

 京介が、親子での食事を邪魔されたことで、あからさまに不機嫌な態度を取ってくる。

 「悪いけど、そんな暇は無いんだ。明海の力を使わせてもらうよ」

 「それはいったいどういう意味だね?」

 不機嫌さが増したことがすぐに分かるほどに調子の低い声だった。

 「明海の力でハカイオーの防御力を強化するんだ。機械王との戦いには絶対に必要になるからな」

 健が、使用目的をはっきりと説明する。

 「この前のように明海を戦いに参加させるというのかね?」

 「そうだよ。おじさんも見ていただろ。明海の力無しじゃ機械王に勝てないんだ」

 「健君、明海は防衛隊の隊員じゃないぞ」

 「そんなことは俺だって分かっているよ。だけど、人類が追い込まれている今は明海の力がどうしても必要なんだ」

 「今まで散々明海を危険に晒しておいて、まだ足りないというのか?!」

 感情が高まったのか、怒鳴り声を上げてくる。

 「今はそんなことを言っている場合じゃない。やらなきゃ人類は終わりなんだ。おじさんはそれでもいいのかよ?」

 京介の怒鳴り声に臆することなく言い返す。

 「確かに人類存亡の危機だが、大事な一人娘をみすみす死なすようなことを許すと思っているのか?」

 「明海は、どうしたいんだ?」

 質問に応えず、明海に話の矛先を向ける。

 「わたしを無視するな!」

 京介が、席から立って、詰め寄りながら怒鳴ってくる。

 「おじさんは反対なんだろ。だから明海に直接聞いているんだよ」

 「わたしは、健の考えに賛成だよ」

 静かな、それでいてはっきりとした一言だった。

 「明海、何を言い出すんだ? 下手をすれば死ぬかもしれないんだぞ」

 「分かっています。ですが、このままでは人類が滅んでしまいます。そんなことわたしには耐えられません」

 明海が、自分の意見を明確に述べていく。

 「まったく、十六夜上等兵、君も賛成なんだろ」

 質問というよりも、ただの確認だった。

 「今は少尉です。南雲顧問。いえ、武器開発部門も無くなったので博士ですね」

 階級の違いに付いて言及する。

 「そんなことはどうでもいい! わたしは君の意見を聞いているんだ!」

 「自分も心苦しくはありますが、上風中尉の意見に賛成です。明海さんの力を使わなければ勝利はありません」

 珠樹は、自分の意見をはっきりと口にした。

 「まったく揃いも揃って、わたしは反対だぞ! 大事な娘を危険な目には合わせられるもんか!」

 京介が、今まで以上の大声でわめき散らす。

 「仕方ない。珠樹」

 「うん」

 珠樹は、返事をした後、腰から取り出した電撃ショック銃を京介に向けて撃った。

 「うう・・・」

 京介は、低い呻き声を上げながら、その場に倒れた。

 「おじさん、すまない」

 「すみません。博士」

 「ごめんなさい。お父様」

 三人は、京介に謝罪の言葉を掛けた後、食堂から連れ出していった。

 

 「全然乗らなかったな」

 機械王との対決に当たり、僅かに残っていた輸送用シャトルと防衛隊の輸送機を使って、乗せられるだけの月市民を避難させようとしたが、呼び掛けに集まった人数は想定の半分にも満たなかったのだ。

 「どうして来ないのか調査したら今の状況に絶望して、どうせ死ぬなら生まれ育った月に居たいって人達ばかりだったらしいよ」

 「こんな状況じゃ仕方ないかな。わたし達に引き留める権利も無いしね」

 「隊員の中にさえ、残るって言う奴等が居るくらいだから一般市民なら尚更だよ」

 明海と珠樹は、呼び掛けに応じなかった人間を非難も肯定もしなかった。

 「もう出発してもいいのかい?」

 アマンダが、三人に話し掛けてきた。

 「乗る人はもういませんから出発してください」

 「あいよ。地球のどこへ着陸してもいいんだろ?」

 「安全だと判断できる場所ならどこでも構わないですよ。衛星軌道上の防衛網もズタズタでチェックはされませんから」

 「今更、安全な場所なんてあるのかって気もするけど、とりあえず探してみるよ」

 「アマンダさん、ドメルさん、シャトルの操縦を頼みます」

 明海は、アマンダとドメルに頭を下げていった。

 各シャトルの操縦は、残っている隊員とドメルのグループが分担して行うことになっているのだ。

 「なあに、あんたにビリビリやられたのに比べたら大したことじゃないさ」

 この間の仕打ちに対して、ふざけた動作を交えながら返事をしてくる。

 「あんなことはもうしませんよ」

 「それにしても荒くれ者だった俺達がこんな大役を任されるなんて思いもしなかったぜ」

 「人生何があるのか分からないもんさ。だいだい鋼鉄兵団なんて侵略者がやって来て、ハカイオーみたいな巨大ロボットと戦うなんて思いもしなかったからね」

 アマンダが、しみじみと語っていく。

 「まったくだよな」

 健が、返事をした後、その場に居る全員が声を上げて笑い合った。

 「そんじゃあ、あたしらは行くよ」

 「僕も行く」

 「珠樹、護衛は任せたぜ」

 「分かっているよ。健」

 珠樹は、健の名前を初めて呼んだ後、おもいっきり抱き付くなり熱いキスをした。

 「今の僕の気持ちだよ」

 そう言って、アマンダ達の後に付いて行った。

 健は、返事をせず、遠ざかっていく珠樹の後ろ姿を見送ることしかできず、明海も同様だった。


 「来たな。整備は完了。いつでも出撃できるぜ」

 健と明海が、格納庫に入ると、修理と整備を終えたハカイオーの前に立っている班長が、自信満々な様子で出迎えた。

 「ありがとう。班長」

 「これも仕事さ。今日はそっちのお嬢さんも乗るのかい?」

 班長が、光代から渡されたパイロットスーツを着ている明海に声を掛ける。

 「はい」

 「それにしても体形変わっていなくて良かったな。明海」

 「ばか」

 明海が、健の脇腹を軽く突つく。

 「仲のいいこったな。戦闘中もそれくらいうまくやってくれよ」

 「もちろんだよ」

 「どうやら間に合ったようだね」

 振り替えるとドクター・オオマツが、格納庫に入ってくるところだった。

 「あんた、いったい何しに来たんだ?」

 思わぬ人物の登場に健が、すっとんきょうな声を上げる。

 「何しにとはご挨拶だね~。久々に会ったっていうのに」

 オオマツが、心底残念そうな顔をする。

 「誰なの?」

 「俺を担当していた月面一の精神科医」

 肩書きを含めて簡単に説明する。

 「そんなに高名な方とは知りませんでした。すいません」

 明海は、オオマツの詳細を知って、頭を下げながら謝罪した。

 「そんなにかしこまらなくてもいいぜ。すんげえ~変わり者なんだから」

 「相変わらず君はわたしに対して辛辣だね~」

 返事の割りに笑顔を浮かべている。

 「お前達いつまでも無駄話しているんだよ。え~っとドクター・オオマツだっけ? さっさと用件を言ってくれ」

 班長が、しびれを切らしたように口を挟んだ。

 「君達に協力しに来たんだ」

 「協力って、あんた精神科医だろ。心のケアでもしに来たのか?」

 「治療じゃないよ。協力だと言っただろ」

 「それが何をするのか聞いているんだけど」

 「これさ~」

 オオマツの合図で、二体の医療用ドローンが、大きな箱を持って入ってきた。

 「これは?」

 箱の中には、しっかりと包装されている機械が詰め込まれていた。

 「こりゃ何の機械だ? 兵器関連じゃねえことは一目で分かるけどよ」

 班長が、興味深そうに中身を覗きながら質問する。

 「これは患者の心理データを画面に表示する為の装置だよ」

 「それがなんの役に立つっていうんだ?」

 「ブレインポッドに組み込むのさ。彼女の力をハカイオーに反映しやすいようにね。シートを掴むだけよりよっぽど効率がいいと思うけど」

 ブレインポッドと明海を交互に指差しながら答えていく。

 「明海の力は物理的なもんなんだから意味が無いっていう前に誰からここのこと聞いたんだよ?」

 「患者の中には隊員も居るから聞き出すのは実に簡単だったよ」

 「そういうことか」

 「で、こいつを組み込むのか? 判断はお前らに任せるぜ」

 班長が、二人に判断を促す。

 「それじゃあ、お願いします」

 明海が、承諾の言葉を口にする。

 「いいのかよ」

 「せっかく協力してくれるっていうんだから素直に受け取ろうよ」

 「明海が、そういうならいいけど。班長、取り付けられるのか?」

 「できないことはねえが、問題は時間があるかどうかだな」

 「時間だったら心配しなくてもいいぜ。機械王は俺達が出撃するまで待つはずだからな」

 「どうして、そんなことが分かるの?」

 「今まで戦ってきて分かったんだよ。あいつらはハカイオーが出てこないかぎり地球と月を攻撃しないってことがな」

 「確信はあるのか?」

 「ハカイオーが整備中の間は攻めてこないのが何よりの証拠だよ。奴等が地球と月を滅ぼしたいだけなら整備中に攻撃すればいいだけの話しだからな」

 「なるほど、ただ滅ぼすだけじゃなくて、地球人を心理的にも痛ぶるのも目的ってところかな」

 オオマツが、精神科医らしい見解を述べていく。

 「そういうことも考えられるだろうな」

 「まあ、ややこしい話は後にして組み込むなら早いとこ始めさせてくれ」

 班長が、やや呆れたように言った。

 取り付け作業は、班長と作業用ドローンによって速やかに進んだ。

 「これで完了だ」

 「ありがとう。班長」

 「ありがとうございます」

 健と明海が、班長に礼を言っていく。

 「わたしには?」

 オオマツが、不満そうに自分を指差す。

 「まだ、ちゃんと機能するかどうか分からないんだから礼はテストが終わってからだ」

 「はいはい。じゃ明海君、やってみて」

 軽い調子で、明海に合図を送る。

 「分かりました」

 返事をする明海は、頭にヘッドギアを付け、両手を肘掛けに乗せているなど、パイロットというよりは検査を受ける患者のようだった。

 明海が、両目を瞑って、力を注ぎ込んでいくと、ブレインポッド全体が、青い光に包まれていった。

 「どうだ?」

 健が、装置の感想を聞く。

 「今までよりもスムーズに流せた気がした」

 「本当かよ?」

 「本当だよ。ドクター・オオマツ、ご協力感謝します」

 明海は、ヘッドギアを取って頭を下げながら礼を言った。

 「これこそ人の良心の在り方だね~。上風君、君も少しは見習ったらどうだい?」

 オオマツが、歓びながら健に嫌みを言った。

 「分かったよ。ありがとう」

 「よろしい」

 オオマツが、満足な微笑を浮かべる。

 「絶対に勝つんだぜ」

 「がんばりたまえ」

 班長とオオマツが、ブレインポッドに乗った二人に見送りの言葉を掛けていく。

 「行ってくる」

 「行ってきます」

 二人の返事の後にキャノピーを閉じたブレインポッドが上昇して、ハカイオーの頭部に入った。

 コアユニットを搭載されたハカイオーは、両目を真紅に輝かせた後、格納庫から飛び立って行った。

 「行っちまったな。あんたはこれからどうするんだ?」

 「特等席で一杯やるつもりだけど付き合うかい?」

 オオマツが、箱の中から取り出した一升瓶をチラつかせる。

 「付き合うぜ」

 班長は、オオマツの申し出を受け入れた。

 

 「初めてハカイオーに乗った時も二人だったよね」

 明海が、昔を思い出すようにコックピットを見回しながら話し掛けてくる。

 「そういえばそうだったな」

 健も同じように、コックピットを見ながら返事をした。

 「そして最後の戦いに向かおうとしている今もこうして二人で乗っている。ひょっとしたら初めからこうなる運命だったのかもしれないね」

 「急に何を言い出すんだ」

 「わたしね、初めてハカイオーに乗る時に光代さんに言われたんだ。わたしの力でハカイオーを破壊神にしないでくれって、光代さんはこうなることが分かっていたんだよ」

 「母さん、そんなことを言っていたのか」

 「癒しの力を持っているわたしが健と出会ったこと自体が運命だったのかもしれない」

 「運命か。初めから何もかも決まっているみたいで好きな言葉じゃないけど、ハカイオーは明海の力が無かったら今頃は地球を滅ぼす破壊神になっていたんだからある意味当たっているかもな」

 「さあ、ハカイオーを地球を救う救世主にしよう」

 「そうだな」

 健は、一回大きく深呼吸した後、戦意を高めるように操縦桿を強く握りしめ、ハカイオーを決戦の場となる月面に着地させた。

 機械惑星は、そのタイミングに合わせるように一部が開き、中から姿を見せた機械王は、ハカイオーの数十メートル手前に着地した。

 正面から対峙するハカイオーと機械王の体格差は、ゆうに二回りも違っていた。

 モニター越しとはいえ、実物の機械王を初めて見た二人は、その大きさと全身に浮かび上がる煌びやかな光沢によって、仏像や神像のような神秘的なものに思ってしまい、憎むべき敵であることを忘れ、畏敬の念を抱きかけてしまった。

 「いよいよ、お前との対決だな。機械王」

 健は、自身の戦意を向上させようと挑発的な言葉をぶつけた。

 「我が創造種を全て倒したな。大したものだ。いや、それだけ恐ろしいというべきかな」

 「この間、倒した女は特別な力を持っていたみたいだな」

 「あれはパトラと言ってかつて滅ぼした惑星の弱き者のデータから作った創造種だ。中に乗っている明海とかいう弱き者が持つ力と出所は同じだ」

 「どうしてわたしの名前を知っているの?」

 明海が、機械王に名前を呼ばれたことに対して、驚きの声を上げる。

 「お前達の脆弱なデータをハッキングするなど造作もない。わたしは地球上の弱き者の全データを持っているのだ。パトラの攻撃で何人死んだかも知っている。なんなら教えてやろうか?」

 神経を逆なでするような言い方をしてくる。

 「そんなことよりもお前はどうしてそこまで地球人や生き物を絶滅させようとするんだ?」

 「美しいな」

 機械王が、返してきたのは静かな一言だった。

 健は、言葉の意味が分からず、振り返って明海の顔を見ると、同じように戸惑った表情を浮かべている。

 「何が美しいっていうんだ?」

 言葉の意味を直接訪ねた。

 「地球のことだ」

 「お前からそんな言葉が出るなんて思わなかったぜ」

 「何故地球が美しいか分かるか? それは弱き者が集まっているからだ」

 「それの何が悪い? 星に生き物が居ちゃいけないのか?」

 「だから簡単に滅びるんだ。それに比べて我が星の力強さを見ろ。美しくないから強いのだ。弱き者が居ない為に絶対的な強さを有しているのだよ」

 背後にある機械惑星を自慢するように両手を広げながら語っていった。

 「滅ぼすって言う割に地球はどうして滅ぼさない。なんで地球人を苦しめるようなことをするんだ?」

 「復讐だからだ」

 「復讐だって? 地球人がお前に何をしたっていうんだ?」

 「我に勝てたら教えやろう」

 「そうさせてもらう」

 健が、返事をした後に振り返ると、明海は黙って頷いてみせた。

 頷き返した後、ペダルを踏んで、ハカイオーを歩かせた。

 初めはゆっくりであったが、次第にスピードを上げて走らせていった。

 一方の機械王は、着地した場所から全く動こうとしなかった。

 手の届く範囲に達すると、ハカイオーに右パンチを打たせた。

 機械王が、その動きに応えるように同じく右パンチを打ってくる。

 二つの鋼鉄の拳がぶつかり合うと、凄まじい衝撃が発生して、二体の間を猛烈な勢いで駆け抜け、月面を大きく削っていく。

 それから二体は、何度も拳をぶつけ合い、その度に月面を削っていくのだった。

 「ただの殴り合いでは意味が無いな」

 何十発目かの撃ち合いの後、機械王は拳を巨大化させた右パンチを打ってきた。

 「それならこっちも!」

 健は、放出した破壊粒子を右拳に集中させて、機械王に引けをとらない巨大な拳を作って対抗した。

 二つの拳がぶつかり、粉々に砕け散ると同時に、今まで以上に月面を大きく深く抉り取るように削っていく。

 「弱き者が造ったものでありながら我に対抗できるのだから本当に大したものだ」

 「お褒めいただきどうも」

 「これはどうかな?」

 機械王は、ハカイオーの右パンチを受け止め、拳を掴んでおもいっきり放り投げた。

 「くっそ~! なんてパワーだ!」

 健は、背中から翼を構築することで停止した。

 機械王が、両手を上げると、ハカイオーの周囲にパトラが出したものと同じ輪っかが多数出現して、そこから巨大な機械の塊が一斉に飛んできて挟まれてしまった。

 健は、ハカイオーに両腕の光と両足の稲妻を放出させることで、塊を全て破壊していった。

 「倍返しだ~!」

 翼を分解することで構築した矢じりを一気に飛ばしていく。

 機械王は、右手から出した極太のレーザーで、全ての矢じりを破壊していった。

 健が、ハカイオーにレーザーを回避させると、背後にある機械惑星に直撃して大爆発が起こった。

 「自分の星があるっていうのにあんなとんでもない攻撃をしたのか?」

 「その程度の損害など、どうというものではない」

 機械王は、飛び上がって、距離を詰めながら右手を突き出し、ハカイオーの首元を掴んだまま機械惑星に激突させた。

 「我が星へようこそ」

 「いらない招待だぜ」

 機械王は、右手を離すとハカイオーに何十発ものパンチを叩き込んで、惑星の中に沈めていった。

 「いつまでも好き放題殴ってんじゃねえぞ!」

 健は、ハカイオーに両足を機械惑星に押し付けた状態で稲妻を放出させた。

 それによって周囲で多数の爆発が生じ、その隙に機体を起こし、機械王に両手を押し付けて炎を放射した。

 「その程度の炎がなんだというのだ!」

 機械王は、炎をものともせず、余裕の声を出しながらハンマーナックルを振り降ろしてきた。

 バックジャンプして攻撃を回避しつつ、翼を再構築して機械惑星から離れていく中、機械王は両手から剣を出しながら追ってきた。

 「今度は武器で勝負ってわけか」

 健は、ハカイオーに両手から出した剣で応戦させた。

 それから二体は、宇宙を縦横無尽に飛び回りながらの激しい撃ち合いを展開していった。

 「やるな。それなら月ごと切り裂いてくれる!」

 機械王は、二つの剣を重ね合わせ、ダルタニウス以上に長くて太い光剣を構築して、一気に降り下ろした。

 健は、ハカイオーの剣を可能な限り巨大化させて、光剣を受け止めたが、すぐにひびが入り砕けてしまうので、破壊粒子を増量して再生させていくことで現状を維持した。

 「いつまでそうしていられるかな~?」

 機械王が、楽しそうに両腕を降ろしていく。

 「こうなったらこれでもくらえ!」

 ハカイオーの胸からビームを放射した。

 機械王は、剣を捨てるなり、ビームをものともせずに突っ込んできて、ハカイオーにパンチを直撃させて、月面に叩き落とした。

 「明海、大丈夫か?」

 「なんとか・・・」

 「本当にしぶといな。この手は防げるか?」

 着地した機械王が、右拳で月面を叩くと衝撃波ではなく、表面が電子基板で構成された大波が発生した。

 「なんだ。ありゃ~?!」

 初めて見る奇怪な現象を前に思わず、驚きの声を上げてしまう。

 「創造種よりも遥かに上の能力だよ」

 「だったら残らず破壊していやるまでさ!」

 健は、ハカイオーに両拳を地面に叩き付けさせて、破壊粒子による漆黒の大波を創り出して対抗した。

 二つの波はぶつかり合って、細かく分裂して消滅した。

 「奴はどこだ?」

 健が、警戒している中、真っ正面から飛び込んできた機械王に両手を掴まれてしまった。

 機械王の両手からは基盤が発生して、ハカイオーの両腕を覆い尽くしていった。

 「前に創造種が、やったことと同じか。そんなものは通じねえぞ!」

 「我が同じ手を使うと思うか?」

 「ハカイオー両腕が内部から破壊されているだと?」

 健は、表示しされたハカイオーのコンディションデータを見て、驚きの声を上げた。

 ハカイオーは、機械王に捕まれている両手から内部崩壊を起こしていたからだ。

 「ふはははっ! だから言っただろ。創造種とは違うと。このまま朽ち果てるがいい!」

 「まだだ!」

 健は、ハカイオーの両肩をパージさせることで、内部崩壊から逃れ、バックジャンプして距離を取った。

 「自ら両腕捨てたか。その状態でどうやって戦う?」

 「こっちにはこういう手もあるんだよ」

 健は、防衛隊本部からハカイオーの予備の両腕を射出させて、装着することで元の姿を取り戻した。

 「なるほど。では、こういうのはどうかな?」

 機械王は、月面に右腕を突き刺し、そこから基盤を発生させていった。

 「月を丸ごと機械にする気か?」

 「自分達の星が機械になっていく様を見るがいい!」

 「そんなことさせるもんか~!」

 健は、ハカイオーを機械王に向かわせていったが、幾重にも張られていく基盤の壁に阻まれて近付くことができなかった。

 「どうするの。健? このままじゃ月が・・・・」

 明海が、不安な声を上げる。

 「分かっている。明海、あれを使うぞ!」

 「分かったわ」

 健は、機械王に背中を向けて離れて行った。

 「逃げたか」

 「頼んだぞ。明海」

 「任せて」

 健は、放棄されて月面に放置されているコロニーへ向かい、ハカイオーに両手を付けさせて、破壊粒子を送り込んでいった。

 そこへ明海が、開放した力を装置を通して注ぐことで、ハカイオーは蒼い光りに包まれ、大量の破壊粒子を放出しても損傷しない状態になった。

 破壊粒子を注ぎ込まれ、コロニーが漆黒に染まると、ハカイオーのパワー上げてを持ち上げていった。

 「機械王、こいつを食らいやがれ~!」

 コロニーを前面に突き出した状態で、機械王に特攻していく。

 「大きければいいというものではないぞ!」

 機械王が、左手から極太のレーザーを発射して対抗してくる。

 レーザーの直撃を受けたコロニーが、次第に崩壊していく中、青い光に包まれたハカイオーは止まることなく、機械王の懐に飛び込み、右手から出した剣で肩から腹まで袈裟懸けに斬っていった。

 「この程度で~!」

 健は、機械王が損傷箇所を再生させる前に両手を内部に突き刺して、大量の破壊粒子を注いでいった。

 「バ、バカな?! 我の力を上回る力があるというのか~!」

 「これが破壊粒子の力だ。たっぷり受け取れ!」

 機械王の体に亀裂が生じ始めた。

 「このまま一気に決めるぞ! 明海、大丈夫か?!」

 「わたしの心配ならしなくてもいいわ」

 明海の返事を受けて、さらに破壊粒子を増量する。

 それによって亀裂から爆発が生じた次の瞬間、機械王は爆散したのだった。

 「終わったのか?」

 爆発が止んで静かになった後、レーダーで周囲の状況を確認すると、目の前に一個の丸いカプセルを見つけた。

 「あれってコアユニットか? 機械王にも人が乗っていたっていうのか?」

 燃え尽きないように両手を灰色にしてから、カプセルを持ち上げて中を見ると、乗っているのは体に多数の管を付けた老人だった。

 「お前が機械王を操縦していたのか?」

 「そうだ」

 「お前はいったいなんだ?」

 「お前達を憎む者だ」

  

 

 

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