第31話 ミサイル。

 男の名はゾマホ・エンリケ。

 ブラジル有数の名家であるエンリケ家の長男に生まれ、成績優秀でスポーツ万能、礼儀正しく、常に周囲の期待に応え続け、その一番の成果としてブラジルの大統領に就任し、宇宙連合の代表まで登り詰めたのだった。

 しかし、ハカイオーの暴走の一件による責任を取らされた結果、大統領の退任だけでなく議員としての資格といったこれまで得てきた地位を剥奪され、大半の財産も没収されてしまったのである。

 全てを失ったゾマホは、スノーモービルに乗って、アラスカの雪で覆われた平原をただ一人走っていた。

 車窓から見える太陽と雪が作り出しす美しくも幻想的な風景には一切目もくれず、盛り上がった岩がキャタピラに当たって、車体が大きく揺れても全く動じることなく、正面を向いたまま運転しているのだった。

 それからしばらくしてスノーモービルは、雪で覆われた巨大な岩山の近くで停止した。

 「ここか」

 ゾマホは、防寒用のマスクを被って、スノーモービルから降りて岩山に近付き、助手席から持ってきたスコップを使って、覆っている雪を掻き分けていった。

 そうして岩肌が露になると、スコップをその場に置いて、防寒着のポケットから取り出した携帯電話ほどのガイガーカウンターを向けたところ、パネルが微かな反応を示した。

 「間違いない。ここだ」

 そう呟くゾマホの顔には、さっきまでの無表情が一変して、にんまりとした表情が浮かんでいた。

 カウンターを投げ捨てた後、スノーモービルの荷台へ行き、乱暴な手付きでシートを剥がして、積んであるパワードスーツを装着した。

 熟練パイロット顔負けの滑らかな動作で荷台から降りて岩山に近付き、右手に付けている掘削用のドリルを起動させ、岩肌に当てて猛烈な勢いで削っていく。

 強烈な掘削音を耳にしながら作業する中、経歴に華を添えるのが目的であったとはいえ、パワードスーツの操作技能と土木作業一級の免許を取得しておいて良かったと思っていた。

 

 「宇宙の星々よ、これより旅立つ彼等の御霊を受け入れ、永久とわの安らぎを与えたまえ」

 鋼鉄兵団の犠牲者の為に建てられた共同墓地の墓碑の前で、薄青に金色の刺繍を施された法衣を着用し、頭に満月を思わせる丸い帽子を被った男が、葬儀の言葉を口にしていた。

 この日は、キルドールの襲撃で犠牲になった犠牲者達の葬儀が執り行われていたのだ。

 参列者には珠樹やトロワといった防衛隊関係者だけでなく多くの議員も参列していて、その中には健の姿もあった。

 地球に居た時のようにハカイオーの格納庫に押し込められているわけではないので、参列できているのである。

 参列者には、防衛隊や政府関係者だけでなく、マルスや明海以外にも多くの月市民の姿があった。

 衛星大臣であったラビニアの葬儀も含まれているからである。

 地球への避難が急がれる中、多数の市民が参列しに来る辺りにラビニアの大臣としての人望の高さが窺えた。

 言い終えた祭司が、墓碑から離れた後、参列者が墓碑の前に設けられた献花台に花と祈りを捧げていった。

 マルスは、墓碑の前に表示されている母の遺影画像を見ながら祈りを捧げた。

 明海は、ラビニアの次にテレサの画像を前に祈りを捧げた。

 キルドールの攻撃から子供を庇おうとして、瓦礫の下敷きになって死んだのである。

 明海が、この事を知ったのは、戦いが終わってラビニアの遺体搬送が終わった後だった。

 最後まで人の為に尽くした慈愛の精神を立派に思う一方、ボランティア活動を通して受けた恩を一つも返せなかったことへの激しい後悔の気持ちから溢れ出る涙を堪えることができなかった。

 健の番が回ってきて献花台の前に立った直後、参列していた市民達が一斉にゴミを投げ、罵声を浴びせてきた。

 「俺達を守るんじゃなかったのかよ!」

 「どうせ、あたし達を守る気なんか無いんでしょ!」

 「この地球の犬~!」

 健は、一切反応せず、全ての行為を黙って背中で受け止めているだけだった。

 本来であれば、このような事態ともなれば、真っ先に止めるべき警備員達は何もせず、黙って立っているだけであった。

 おそらく同じ気持ちを抱いているの者が警備に当たっているのだろう。

 「あの馬鹿騒ぎをすぐに止めさせるんだ!」

 見かねたトロワが、参列していた隊員達に命じて、騒ぎを沈めに行かせた。

 「わたしの息子を返せ~!」

 健が、献花と祈りを終え、献花台から離れようとしたところで、参列者の中から飛び出してきた初老の女性が、右手に持っているナイフで襲いかかってきた。

 側に居た珠樹やトロワが止めるよりも早く、健は女性の右手を掴んで手早くナイフを落とした後、滑らかな動作で右腕を背中に回して動けなくした。

 「頼むから戦いが終わるまで待っていてくれよ」

 行動とは裏腹に女性を宥めようと静かな声で話しかけた。

 女性は、納得せずに喚きちらしていたが、駆け寄ってきたトロワによって連行されていった。 

 「上風、大丈夫かい?」

 「健、怪我はない?」

 事態が治まり、墓碑から離れていく中、側に来た珠樹と明海が、心配そうに声を掛けてくる。

 マルスは、少し離れた所に立って、視線を向けているだけだった。

 「どこも怪我はしていないから大丈夫だ。珠樹にみっちり鍛えられたお陰だな」

 右手を軽く振って、無事なことを二人にピールする。

 明海と珠樹は、少しだけほっとしたような顔をした。

 「無事で何よりだ」

 戻ってきたトロワが、二人と同じように安否確認をしてくる。

 「全然問題無いよ。それにしてもあのおばさんはなんで俺を襲ったんだ?」

 「カガーリン秘書官の母親だ。一人息子に死なれて我慢できなかったんだろう」

 眉間に大きな皺を刻んだ辛そうな表情で、事情を話していった。

 「息子に死なれたんじゃ襲うわれてもしかたないか」

 健は、自分が襲われたことに対して、怒るどころか妙に納得していた。

 「こんな目に合わせてしまってすまない」

 トロワが、いきなり頭を下げて謝罪してきた。

 「なんで、あんたが謝るんだ?」

 健が、トロワの突然の謝罪行為を前に慌てながら疑問を口にする一方、珠樹は声さえ出せなくなっていた。

 「シティに被害が出ているのは俺達にも責任があるのにお前ばかりが責められることに対して申し訳ないと思っているんだ」

 トロワにしては、信じられないくらいに弱気な発言だった。

 「あんたが気にすることじゃないよ。大臣を守れなかったのは、俺がキルドールの攻撃を受けてシティに入られたせいなんだから責められても仕方ないさ」

 健は、自分に落ち度があることをはっきりと口にした。

 「そうだとしても俺は自分が許せないよ。防衛隊の大佐なんて大層な肩書き持ってんのに市民だけじゃなくて、大臣まで死なせてしまったんだからな。防衛隊員失格もいいところだ」

 話していく内にトロワの表情が、暗さを増していく。

 「大佐」

 珠樹は、どう声を掛けていいのか分からないといった顔をして、言葉を詰まらせてしまった。

 「それだったら早いとこ鋼鉄兵団を全滅させようぜ。こんなことになったのも全部あいつらのせいなんだからな」

 健が、励ますように言った。

 「そうだな。ありがとう。上風」

 トロワは、少しだけ表情を明るくした。

 「いいさ」

 それから健達は、墓地を後にした。


 作業を終えてパワードスーツから降りたゾマホの前には、削り出した岩肌から現れた左右開閉式の大きな扉があった。

 「あった。あったぞ」

 ゾマホは、顔をほころばせながら右脇にあるナンバーキー方式の端末に左ポケットから出したカードサイズの端末機器を押し当て、パネルが数字を刻んでいくのを黙って見ていた。

 パネルの数字が全て揃い、その通りにナンバーキーを押した後に扉の開閉レバーを回すと、重い作動音を鳴らしながらゆっくりと開いていった。

 

 月の防衛隊本部の搬入港では、地球からの輸送船が入れるだけ着陸していていて、輸送してきた荷物と貨物用のコンテナを降ろしていた。

 「あれが地球製のロボットなのか?」

 健は、港の管制室から作業員達が大忙しで荷物を搬入させている様子を見ながら言った。

 降ろされているのが、巨大ロボット本体とその関連パーツだったからだ。

 巨大ロボットは、大きさ的にはヴィーゼルとほぼ同じであったが、全体が曲線で構成され、スタイルも四肢の太さを含めて人間に近くなっているなど、より洗礼されたデザインになっていた。

 「正式名称はホルス。地球の防衛隊がハカイオーやヴィーゼルのデータを元に量産している鋼鉄兵団用ロボット兵器だ」

 隣に立っているトロワが説明する。

 「ヴィーゼルのデータも入っているんだな。月側の最高軍事機密みたいなものだから門外不出なのかと思ったぜ」

 「地球にも防衛兵器は必要ということで、大臣が情報提供を許可したんだ。地球を守りたい気持ちもあったんだろうな」

 「そういうことか。それにしてもよく二百機なんて数を送ってきたな。もっと少ないものかと思っていたぜ」

 「新しい代表になった毛利首相が可能な限りの増援を送ってくれたんだ」

 「なるほど、さすがは毛利総理だ」

 健は、改めて一郎の有言実行振りに感心した。

 「さてと、増援部隊との合同会議の始まる時間だ」

 「そうだな」

 二人は、管制室から出て行った。

 

 「明海、今すぐ地球に戻るんだ」

 明海の部屋を訪ねてきた京介の言葉だった。

 「嫌です」

 京介の言葉をはっきりと拒否した。

 「話が違うぞ。ここが危険になったらすぐに地球へ戻る約束だったじゃないか」

 「そのことに付いては申し訳ないと思っています。ですが、この間の攻撃で確信しました。わたしの力を生かすのはここなのだということを」

 自分の考えをはっきりと声に出していく。

 「だが、ここに居ればいつ鋼鉄兵団の攻撃で死ぬかもしれないんだそ。そしたらなんの意味も無いじゃないか。頼むからこれ以上わたしと困らせないでくれ」

 京介が、悲痛な表情を顔いっぱいに浮かべながら自分の気持ちを訴えかけてくる。

 「お父様、もう月にも地球にも安全な場所など無いのです。それならわたしはできる限りお父様の側に居て、自分の力を役立てたいのです」

 明海は、京介の手を取り、優しく諭すように自分の思いを言葉にした。

 「・・・・分かった。もう何も言わない。けど、絶対に死なないと約束してくれ」

 京介は、諦めと絶望が入り交じった複雑な顔をしながら約束を要求してきた。

 「分かりました」

 明海は、これほどいいかげんなものはないと思いながら約束の言葉を口にするのだった。


 「あんたらはアルテミスシティの防衛に専念してくれ。襲ってくる鋼鉄兵団は俺が全部倒すから」

 健は、合同防衛会議にて、自分の意見を述べていた。

 「いくらハカイオーが強大な戦闘力を有していたとしても一機では無理だぞ。それはこの間の戦闘でよく分かっているはずだ」

 ウィリアムが、否定的な意見を返してくる。

 「だから、今まで以上に強力な武器が必要なんだ」

 「ハカイオーの強化は南雲博士が暴走する恐れがあるから危険だと言っていたぞ」

 「それは俺も分かっている。だからアルテミスキャノンをハカイオーからでも使えるように回線を繋いで欲しいんだ」

 「アルテミスキャノンを君だけでコントロールしようというのか?」

 「そうだ。そうすれば通信の手間も省けて、今までよりもずっと効率よく使えるからな。それともう一つ使わせてもらいたい物がある」

 「まだ何かあるのかね?」

 「鋼鉄兵団の最初の襲撃があってから放棄されているコロニーだ」

 「あんな巨大なものをどうしようというのだね?」

 「そのデカさにものをいわせるんだよ」

 健は、悪巧みするようにニヤ付いた顔をみせた。

 「地球から強力な熱源体が発射されました」

 会議室にオペレーターからの緊急通信が入ってきた。

 「いったい何が飛ばされたというんだ?!」

 ウィリアムが、オペレーターを急かした。

 「発射されたのは格ミサイルと判明しました」

 オペレーターからの報告と同時に表示された映像を見て、会議室に居る全員が言葉を失った。

 核ミサイルという名前を耳と実際の映像を見て、信じられない気持ちでいっぱいになったからである。

 「格ミサイルだって?! そいつは地球から全部放棄されたんじゃなかったのかよ」

 健が、驚きの言葉を口にする。

 「そんなことよりもどこの国が発射したんだ?」

 「地球側からの報告ではアラスカから発射されたそうです」

 「誰だか知らないが何考えてんだよ。まったく!」

 「それで予想到達地点は?」

 「予想到達地点はハカイオーです」

 「ハカイオーを狙ってやがるのか。アルテミスシティの外で待機しておいて良かったぜ」

 健は、ハカイオーに乗った状態で会議に参加していたのだ。

 「あれか、けっこうデカいんだな」

 映像を拡大して、初めて見る核ミサイルの感想を口にした。

 「ビームで破壊してやる」

 胸部装甲を開いて発射したビームで、核ミサイルを跡形もなく消滅させた。

 「まったく、とんでもないもんを発射してきやがったのはどこのどいつだ?!」

 核ミサイルの標的にされたことに対して、激しい怒りを露にした。

 「たった今、もう一発発射されました」

 「今度はどこへ向かっているんだ?」

 「日本です」

 「日本だと~?! 俺の故郷を滅ぼそうっていうのか! 予想到達地点を教えろ!」

 ハカイオーに翼を形成させ、月面から飛び立たせながら命令した。

 「今から行って間に合うのかね?」

 ウィリアムからの通信だった。

 「ハカイオーならやれる! 急げ!」

 「分かりました。予測進路出ました。東京です」

 健は、返事をしないで、ハカイオーに東京への進路を取らせて、超速で飛んでいった。

 あっという間に近付いて来る地球を目前にして、東京に向かって衛星軌道上を飛んでいる核ミサイルの姿を捉えた。

 「このままじゃギリギリ過ぎてビームを発射している時間は無いな」

 健は、ハカイオーを核ミサイルの正面に移動させ、放出した破壊粒子で巨大な壁を形成して前面に展開させた。

 核ミサイルが壁に当たった直後、大爆発が起きて、ハカイオーは光に呑み込まれていった。

 「あれが核ミサイルの威力なのか。なんて凄まじいものなんだ」

 ウィリアムの言葉に続く者は居なかった。

 核ミサイルの威力に呆然となっていたからである。

 光が薄れていくと漆黒の球体が現れ、その中からは無傷のハカイオーが姿を現した。

 「人間って奴はこんな恐ろしい物を作ってやがったのかよ。まったく呆れるくらいに大バカだぜ」

 核ミサイルの威力を身をもって知った健は、人間に対する怒りを吐き出した。

 「機械惑星から一機のロボットが発進しました」

 オペレーターからの通信だった。

 「こんな時にタイミングの悪い奴だな」

 憤慨しているだけに、いつも以上の悪態が口からこぼれる。

 「来ちまったもんはしかたねえか。今から月へ戻る」

 「鋼鉄兵団はアルテミスシティを通り過ぎました」

 「なんだと、いったいどういうことだ? アルテミスシティを攻撃するんじゃないのかよ」

 あまりに予想外の行動を耳にして、どうすればいいのか分からず、その場で停止してしまった。

 「あいつ、もしかして地球へ行くつもりなんじゃないか? 予測進路はどうなっている!」

 敵の行き先を地球だと仮定して、オペレーターに予測進路を出すように命令した。

 「アラスカです」

 「アラスカだと? 何でそんなところに行くんだ?」

 「核ミサイルの発射地点と一致しているからではないでしょうか?」

 オペレーターが、珍しく自分の意見を述べた。

 「分かった。奴を地球へ入る前に止めに行くが、念の為に座標データを送ってくれ」

 「分かりました」

 オペレーターからの返事の後、翼を再形成して超速で移動を開始した。

 大気圏に突入しようとしている巨漢の姿を捉え、後少しというところまで距離を詰めたが、背中から創造してきて何十隻もの戦艦らに攻撃されている間に突入されてしまった。

 「相変わらずやっかいな能力だぜ」

 健は、ハカイオーの武器と超速を駆使して、戦艦群をあっさりと撃破していった。

 戦艦群を全滅させた後、大気圏に突入するのに合わせて翼で全身を覆い、ミノムシのような姿になって摩擦熱への防壁とした。

 その後すぐ前方からレーザーが迫ってきたが、回避が間に合わずに直撃を受けたものの、破壊粒子によって拡散できたことで、ダメージを負うことはなかったが、機体を大きく揺さぶられた。

 「あの野郎、地上から攻撃してやがるんだな~」

 健が、悪態を付いている間もレーザーは発射され続けたが、防御形態を維持して降下していった。

 後少しで大気圏を出るというところで、レーザー並の速さで巨漢の右手が迫ってきて、避ける間もなく鷲掴みにされた後、猛烈な勢いをもって地面に叩き付けられて、天まで届きそうなくらいの土煙を上げながら地面を揺るがしていった。

 その凄まじい衝撃にハカイオーのコックピットも大きく揺れ、健自身も頭がくらくらしてしまい、反撃することもできず、反対側に持ち上げられて、再度叩き付けられてしまった。

 「こんのやろう!」

 三び、持ち上げられる中、どうにか正気を取り戻して操縦棹を握り直し、ハカイオーの両腕を右手に突き刺して溶かしていった。

 しかし、溶かしきる前に放り投げられてしまった。


 「くっそ~やりやがったな~。ここはどこだ~?」

 気付くとそこは密林で、ハカイオーの強烈な余熱によって周囲の木々が、消し炭になっていた。

 「ハカイオーで環境破壊なんて洒落にならないぞ」

 健は、すぐにハカイオーを立たせて、逃げるように飛び去っていった。

 「早く発射場所へ行かないとあいつが何をするのか分からないぞ」

 送信されたデータの場所をHS《ホログラムスクリーン》で表示させながら言った。

 ハカイオーが、去った後には巨大な人型をした焼け後がくっきりと残されていた。

 

 巨漢は、核ミサイルを発射した場所に居て、岩山に右パンチを叩き込んだ。

 その一撃によって岩山は原形を留めないほどに崩れ落ち、発射口など内部の施設が日の元に晒され、操作室には椅子にもたれて意気消沈したようにだらしのない顔をして、天を仰ぐゾマホが座っていた。

 巨漢は、右手を伸ばしてゾマホを鷲掴みにすると、握り潰すことなく生きたまま、胸と一体化している顔の前まで運んでいった。

 ゾマホは、敵の眼前まで運ばれているという絶望的な状況にも関わらず、生気を感じさせない死んだ魚のような目を向けていた。 

 それから自分を掴んでいる右手に力が籠るのを全身で感じても声も上げず、抵抗する素振りもまったくみせなかった。

 全身に痛みが走りだしたが、それ以上痛くはならず、急速に落下する感覚に見舞われていた。

 右腕が、いつの間にか斬り落とされていたからである。

 地面に激突する前に受け止められ、それから別の右手によって中から取り出された後、目の前の風景が流れるように動いているを見て、高速で飛んでいることを感じ取った。

 自分を掴んでいるのが何かを確認してみると、それはハカイオーであった。

 「・・・・ハカイオー」

 ゾマホは、ハカイオーの灰色の巨体を仰ぎ見ながらその名を口にした。

 「おい、大丈夫かって、あんたゾマホ首相じゃないか? ミサイルはあんたが発射したのかよ!」

 巨漢からかなり離れた場所に着陸した後、ハカイオーの右手にブレインポッドを近付けてキャノピーを開けた健は、安否を確認しようした相手が、ゾマホであると知って驚きの声を上げた。

 「なんで、お前が来たんだ?」

 ゾマホが、不思議そうに尋ねてくる。

 「敵が来たからに決まっているだろ。早く乗ってくれ。ぐずぐずしているとあいつに攻撃されちまう」

 健の説明に対して、ゾマホは返事をせず、ゆっくりとした動作でポッドに乗ってきた。

 ゾマホが、後部座席に座ったことを確認してキャノピーを閉じ、ポッドを上場させてハカイオーに搭載した。

 全身が漆黒に染まり、戦闘体勢に入った直後、極太のレーザーを背中に受けて吹っ飛ばされた。

 「戦闘体勢に入っていなかったらやられていたところだぜ」

 機体を起こしながら愚痴る。

 その直後、巨漢が目の前に降りてきた。

 キルドールよりも二回り大きいので、着地した時の激震も大きく、地面へのめり込みも深かった。

 「あんなところを攻撃してお前らは人間を殺すのが目的じゃないのかよ。まあ、一人は居たけどな」

 後部座席に座っているゾマホを見ながら通信を送ってみた。

 「機械王様の命令だ。どのような意図があるのかは知らない」

 予想に反して、素直な解答が返ってくる。

 「それは失敗したってことで、今日のところは帰ってくれないかな~」

 「それはできない。お前を倒すことも命令に含まれているからな」

 「だよな。名前はあるのか?」

 「何故聞く?」

 「前に倒したキルドールって奴が自分から名乗ってきたからお前にも名前があるのかなと思って聞いてみたのさ」

 「ボルグとでも言っておこう」

 これまで以上に低い声だったので、どうでもいいことなのかと思った。

 「答えてくれてどうも」

 それから二機は、示し合わせたように真っ正面から突っ込んで、互いに右拳を突き出していった。

 二つの鋼の拳が、ぶつかり合うことで爆音が奏でられ、周囲の大気と地面を激しく震わせていく。

 両者は三倍ほどの体格差があったが力は拮抗し、どちらもその場から動くことはなかった。

 「こうなりゃビームで消し飛ばしてやる!」

 健が、ハカイオーにビームを撃たせようとした瞬間、右手が花のように大きく開いて、ハカイオーを呑み込んでいった。

 それからボルグが、右腕を上げると猛烈な勢い伸びていって、空を突き抜けても勢いはまったく落ちず、大気圏を抜けて月面に叩き付けられたのだった。

 「腕を月まで伸ばしやがったのか。なんて奴だよ」

 健が、ボヤいている間にも右手はハカイオーを掴んだまま何回も月面に叩き付けていった。

 「どうにかできないのか?」

 ゾマホが、激しく揺さぶられる中で、ようやく口を開いた。

 「あいつから出ている創造粒子が機体に侵入しているせいで、うまく動かないが追い出せばすぐにでも出られるさ」

 安心させようと、やや優しい口調で説明した。

 「そうか、それなら今はハカイオーは無防備というわけだ」

 ゾマホは、防寒着から取り出した銃を健に向けた。

 「こんな時になんのつもりだよ?」

 「君を殺してハカイオーを破壊さるんだ。ハカイオーのせいでわたしは代表と首相の立場を追われたのだからね」

 「核ミサイルを撃ったのはやっぱりあんただったんだな」 

 「そうだよ。だが、ハカイオーに邪魔され、全てを諦めていたところでこんなチャンスに巡ってきたんだ。生かさないのは勿体ないだろ?」

 「そんなことしたらあんたも死ぬんだぞ」

 「ハカイオーを壊せればそれで本望さ。わたしに代わって代表になった一郎を殺せなかったのは心残りではあるがね」

 自身の望を語るゾマホは、とても晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 「この大馬鹿野郎!」

 ゾマホが、引き金を引く直前で、健は後部座席の脱出機構を作動させ、座席を切り離した。

 それによってゾマホは、猛烈な勢いでキャノピーに頭をぶつけ、脳天から大量の血を流しながら気絶した。

 「これでようやく反撃できるってもんだぜ」

 健は、四機に創造粒子を送られた時と同じように破壊粒子を増量放出させて、全てを駆逐していった。

 そうして機体が自由を取り戻すと両手両足を広げ、黒い光と稲妻を出して右手を破壊していった直後、ボルグ自身が左手を突き出した状態で急接近してきた。

 「あの方法で倒してやる!」

 健は、ハカイオーの胸部装甲を開き、露出させた破壊装置に吸引現象を起こさせて、ボルグを吸い寄せていった。

 ボルグの左手が、破壊装置に近付いて溶けていく間に、再生した右手で殴り飛ばされてしまった。

 「キルドールごときに使った手で俺を倒せるものか」

 ボルグは、ハカイオーを押し潰すように覆い被さった後、全身を激しく震わせてきた。

 「どうだ? この状態ならビームは撃てないだろ」

 その間にボルグは、背中からパーツを生やすように巨大になっていき、ハカイオーは大きさが増すに連れて月面に沈められていくのだった。

 「くっそ~! 今日は元首相のせいで踏んだり蹴ったりだぜ!」

 健は、ハカイオーの両腕を高速回転させて、ボルグの腹部に突き刺していった。

 その後もボルグは巨大化を続け、大きさが増した分だけハカイオーは沈んでいくのだった。

 ハカイオーが、完全に見えなくなるまで沈んだところで、ボルグの全身にひびが入り始めた。

 「これはいったい?」

 「押し合っている間にお前の中に破壊粒子をたっぷり送り込んでおいたんだよ。押し合いに夢中になるなんて、お前脳筋だな」

 健が、言い終るタイミングでひびが全身に行き渡り、ボルグは粉々に砕け散った。

 「今だ!」

 健は、ボルグが再生する前に胸から大出力でビームを発射して、破片一つ残さずに消し飛ばした。

 「ようやく片付いたな。それにしても核ミサイルなんて危険なものを造るんだから人間って奴は鋼鉄兵団並みにどうかしているぜ」

 後部座席で、まだ気を失っているゾマホを見ながら人間を激しく非難した。

 「それにしても機械王はなんだって核ミサイルに反応したんだ?」

 今回のことで、機械王に対して小さな疑問を抱いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る