第30話 死神。
「総攻撃ではないのですね」
大男は、質問ではなく確認するように言った。
「そうだ」
機械王が、短い返事をする。
「では、どのように弱き者を皆殺しになさるおつもりですか?」
巫が、殺戮方法に付いて尋ねる。
「時間を掛けて、ゆっくりと殺していくのだ。月と地球に居る弱き者共に対しては全滅ではなく復讐なのだから簡単に殺しては意味がない」
機械王は、右手を軽く上げ、自身の怨みの深さを示すように指を執拗に動かしていった。
「弱き者を皆殺しにするまで、下等な者を送り続けるというわけですか?」
騎士からの質問だった。
「ハカイオーが居る以上、下等な者を幾ら送っても意味はない。お前達が一体ずつ向かい、ハカイオーを倒すことも含めて、弱き者共をいたぶるのだ」
機械王が、自身の考えを明確に述べていく。
五体が、話をしているのは、ランダムに光る壁に囲まれた機械的かつ殺風景な広間だったが、機械王が巨大な神像の如く鎮座していることで、どこかしら神聖な雰囲気が漂っていた。
「はいは~い! そういうことなら僕に行かせてくれよ~! 弱い者をじわじわとなぶり殺しにしてやるからさ~!」
魔術師が、大はしゃぎするように小躍りしながら、人類抹殺の役目を買って出た。
それに伴って発せられる狂気じみた声は、周辺に嫌でも響き渡り、神聖な雰囲気をめちゃくちゃにする。
「いいだろ。行け。キルドールよ」
機械王は、魔術師を名指して出撃を命じた。
「連合代表就任、おめでとう」
ラビニアは、画面に映る一郎に祝福の言葉を送った。
「それはお祝いかい? それとも皮肉と取るべきかな?」
一郎が、苦笑いを浮かべながら言葉の真意を尋ねてくる。
「まあ、両方といったところかしら」
悪ぶる様子も見せず、素直な言葉を返す。
「代表と言っても人類史上最悪の事態に直面している時の就任だからな。面倒な役を押し付けられただけの話しだよ」
一郎が、皮肉を交えた本音を口にする。
「わたしとしては当然の判断だと思うわ。ハカイオーのパイロットである上風健とは生まれた国も同じで近しい間柄でもあるんだし」
「それを言われると返す言葉もないが、せっかく代表の座を手に入れたんだ。持てる権利はとことん行使してやるつもりさ」
悪巧みでも思い付いたような、おもいっきりニヤけた表情を見せる。
「何をするつもり?」
「要請のあった戦力支援と避難用シャトルの増加だ。ゾマホ代表は、月市民に対する差別意識があって本数を少な目していた節があったが、わたしは違うからな」
「今の状況で、そこまでできるの? 月に行くのを嫌がるパイロットも出てきているんじゃない」
「もちろん、学校や会社の無断欠席、欠勤は当たり前、政府機関の一部さえもまともに機能しない上に多数の民間人が空港に押し掛けてはいるなどハカイオーが暴走した時以上の混乱に陥っているが、月を見捨てるわけにもいかないし、そう思っている隊員も少なくはないからな。それに大変なのは地球よりも月の方だろ」
「ええ、地球へ行けない市民が、そこいら中で暴動を起こして警察と防衛隊を導入してなんとか鎮圧させているけど、彼等だっていつ寝返るか分からないから不安でいっぱいよ。それと・・・・」
ラビニアにしては、珍しく言葉を詰まらせた。
「分かっている。マルス君のことだろ。代表権限を使って地球に避難できるように手配するつもりだよ」
「そうしてくれると助かるわ」
ラビニアは、頭を下げて、心から礼を言った。
「いいさ。で、そのマルス君は今どうしているんだね?」
「立派な行いをしに行っているわ」
ラビニアは、どこか誇らしそうに言った。
「南雲さん、こっちを手伝ってちょうだい」
「はい、テレサさん」
今日もボランティア活動に励んでいる明海は、テレサの指示で、負傷者の手当てをしていた。
そんな中、自分以上の速さで手当てしていくテレサを見て、九十にも届こうとしている高齢者なのにどうしてあんなに動くことができるのか、不思議でならなかった。
「明海さん」
声を掛けられて振り返ると、マルスが立っていた。
「マルス君じゃない、どうしてここへ来たの?」
「僕にも何かできないかと考えていた時に明海さんが、庁舎でボランティアをやっていることを思い出して手伝いに来たんです」
「確かにここなら混乱している市街地よりはずっと安全だけど」
月政府は、市街地での混乱に伴い、病院に入り切れない一部の負傷者達を庁舎に受け入れ、明海はそこでボランティアをしているのだ。
「だから、母も許可を出してくれたんだと思います。街へ行くなんていったら絶対に許してくれませんでしたよ」
「そういうわけだから明海さん、あなたが面倒を見てあげて」
「でも、本当にいいんですか?」
「いいのよ。政府から事前に連絡は受けているし、人手は一人でも多い方が助かるから。それじゃあ、よろしくね」
テレサは、マルスを押し付けるようにして離れ、別の負傷者の手当てをしに行ってしまった。
「あのご迷惑だったでしょうか?」
急に不安そうな表情を浮かべて聞いてくる。どうやら自信満々というわけではないらしい。
「何を弱気なことを言っているの。お母さんとテレサさんが認めたんだから、わたしもボランティアの一員として認めてあげるわよ」
「ありがとうございます」
マルスは、明海の返事を聞いて顔を輝かせた。
「傷の手当てはどのくらいできるのかしら?」
「包帯を巻いたりとかならできます。ボランティアをやろうと決めてから事前講習をしっかり受けてきましたから」
少しだけ自信のある顔を覗かせる。
「分かったわ」
それから明海の手伝いという形で、ボランティア活動に参加した。
「はい」
休憩に入り、マルスに体力回復効果抜群のエナジードリンクを差し出した。
「ありがとうございます」
マルスは、受け取ったドリンクを一口飲んだ。
「なんとも独特の味がしますね」
言葉通り、なんとも言えない顔をしている。
「わたしも初めはそんな感じだったけど、慣れればけっこう美味しいのよ」
その言葉を証明するようにごくごく飲んでみせる。
「それにしてもボランティア活動って思っていた以上に大変なんですね」
「今は地球へ帰る人が増えて人手不足だから一人に掛かる負担が大きくなっているのよ」
少しだけ申し訳けなそうに話す。機械惑星が大接近してきたことで、ボランティア参加者の大半が、マリアのように地球へ帰ってしまったのだ。
「これからいったいどうなってしまうのでしょうか?」
マルスは、不安な表情を浮かべた。鋼鉄兵団の本拠地が目の前にあるのだから当然の反応だと思った。
「分からない。けれど、きっと健とハカイオーがなんとかしてくれるわ」
少しでも安心させようと、微笑みながら返事をする。
「健さんのこと、信用しているんですね」
「絶対にみんなを守るっていう誓いを立てさせているから」
「明海さんが信じるなら、僕も信じることにします」
マルスが、少しだけ笑って見せた。
「ありがとう。そろそろ再開しようか」
「はい」
二人は、エナジードリンクの空き缶を捨てて、ボランティア活動を再開した。
「回収できたのはこれだけか?」
「はい、後は損傷が酷くコックピットから出すのにまだ時間が掛かります。それ以外は無理でした」
回収班は、済まなそうに説明した。
「分かった。それでは処理班に遺体を地球出身と月出身に別けたら事務局にそれぞれの遺族へ戦死したことを伝えるように連絡しておいてくれ」
「分かりました」
回収班は、敬礼してその場から去っていった。
「ミッツ」
珠樹は、シーツを掛けられている遺体の前に立って、話し掛けるように名前を呼んだ。
「初陣だってのにあっさりやられてどうするんだよ・・・」
ミッツは、先の戦いにおいて、偵察員を三機撃破したところで脇腹に攻撃を受け、その爆発によって戦線から離れ、ようやく回収されたのだった。
「しかも、こんなに小さくなってさ」
ミッツの遺体にかかっているシーツは、回収された中で一番小さかったのだ。
シーツを上げてみると右手しかなかった。
攻撃を受けた時の爆発が、コックピットにまで及び、ミッツの体を四散させ、まともな部分が右手しか残らなかったのだ。
「こんな姿になってから言うのもなんだけど、僕は君のことそんなに嫌いじゃなかったよ。後は僕達に任せてゆっくり休んで」
自身の気持ちを打ち明けた後、別れを惜しむようにゆっくりとシーツを降ろした。
「十六夜、泣くのはそのくらいにしておけ」
トロワが、やや厳しめの言葉を掛けてきた。
「自分は泣いてなんか・・・」
言い返そうとして、自分が泣いていることに気付いた。
「泣きたい気持ちも分かるが、奴等の本拠地が来ているんだ。戦いはこれからもっと激しくなって戦死者も増えていくだろうから泣いている暇は無いぞ」
「分かっています」
珠樹は、急いで涙を拭きながら返事をした。
「それなら新しい任務を与える」
「新しい任務ですか?」
珠樹は、鋼鉄兵団と戦う以外にどんな任務があるのかと思った。
健は、窓の前に立っていた。
窓越しに見えるのは、鋼鉄兵団の本拠地である機械惑星で、嫌でも視界に入ってくる大きさから目の前に立ち塞がる巨大な壁のように思えた。
機械王の次の攻撃に備え、ハカイオーが整備を受けている間の小休止を利用して、格納庫から一番近い展望室から見ている風景だった。
これから破壊する敵がなんであるかを自分自身に分からせる為に見に来ているだ。
「やあ、待たせたね。上風君」
「ほんとに来たんだな」
展望室にやって来たのは、右手に鞄を持ったドクター・オオマツだった。
「君からの呼び出しとなれば来ないわけにはいかないじゃないか」
よほど、嬉しいらしく顔から笑顔が溢れている。
「それでわたしになんの用かな?」
「月市民全員に地球への避難指示が出されただろ。だから、あんたが居なくなる前に最後の診療くらい受けておこうかと思ってさ」
「それはなんとも嬉しい心遣いだけど、わたしは避難しないよ」
「政府の命令に逆らうのか?」
「逆らうわけじゃないよ。避難指示の対象者はあくまでも一般市民であって医療関係者はまた別だからね」
「それだって死んだら意味がないだろ」
「だから避難したいと希望するスタッフには全員許可を出したよ。半分以上は居なくなったのかな~」
視線を上に向ける辺り、正確な人数は把握していないと確信できた。
「そんなに人が減ってやっていけるのかよ」
「居なくなった分は介護用ドローンでも十分賄えるし、そもそもこんな状況じゃ患者自体来ないしね」
「入院患者はドローン任せってわけか」
「引き取りに来た家族も居たけど、大半は置き去りだよ」
「こんな状況だっていうのに嫌な話しだな」
「こういう状況だからこそ面倒事をうやむやにしようとしているのさ。人間の心理としてはおかしくはないね」
「なるほど、厄介な身内はどさくさに紛れて捨てようってわけか」
人間の嫌な部分を聞かされて、反吐が出そうになった。
「それにしてもあんたが、入院患者の為に残るほど治療に熱心だとは思わなかったよ」
「患者が大事と言いたいところだけど、それは建前で本音を言うと地球へ行くのが恐いだけなんだけどね」
「あんた、地球恐怖症だったんだな」
「学生時代に行って、重力が体に合わなくて死にそうになって以来、恐くて仕方ないんだ。ミルバには環境に適応できない不適合者と笑われたよ」
「ん~? ミルバは月面恐怖症じゃなかったか」
本人から聞いた話を思い出しながら尋ねる。
「その当時は、今は放棄されている研修コロニーでお付き合いしていたんだよ」
「なるほど、そういうことか」
「だから、残ることになったわたしと避難できずに居る月市民の為にも君には是非とも頑張って欲しいね」
「分かっているさ。あんたの為にってのはちょっと引っ掛かるけどな」
「話はこのくらいにして、早速診療を始めようか」
オオマツは、鞄の中からいつもの道具を出して、診療の準備をしていった。
機械惑星の一部が開いて、中から出てきたキルドールが、アルテミスシティに向かって飛んでいった。
月面では、オオマツの診療を受けた健が、整備を終えたハカイオーに乗って待ち構えていた。
「今回は一機だけか? しかも一番ヘンテコな奴かよ」
単機で向かって来るキルドールに対して、不可解な気持ちになりながらも油断しないように操縦棹をしっかりと握り絞める。
「僕はキルドールっていうんだ。よろしくね~!」
キルドールは、通信を通して自己紹介しながら死神タイプの巨大ロボットになった。
「わざわさ自己紹介どうも。けどな、お前みたいなキモい奴はすぐに破壊してやるよ!」
健は、即行で決着を着けようと、ハカイオーに胸のビームを大出力で放射させた。
「そんなもん食らうかよ~!」
キルドールは、ビームを避けながら分身するように分裂して、ハカイオーを取り囲んでいった。
「この間のお返しだよ!」
囲いの外に居る一体のキルドールの合図で、分裂体が一斉に大鎌を飛ばしてくる。
健は、機体の周辺に破壊粒子を放出して、ドーム型の防御壁を形作って防御したが、大鎌が壁に当たる度に爆発が起こるので、ドーム全体が爆炎で覆われていくのだった。
「あはははっ! いつまでもつかな~?!」
キルドールが、物凄く楽しそうに問い掛けてくる中、真下に位置する月面を撃ち破って放出されたビームに呑み込まれて消滅した。
「馬鹿が囮に引っ掛かりやがって。いつまでも好きにやらせるとでも思ってんのかよ」
月面からハカイオーを出しながら勝利を確信した言葉を口にした。
「君、やるね~」
残っているギルドールが、一斉に称賛の言葉を口にする。
「さっき倒したのが本体じゃないのかよ」
「一体倒したくらいで僕がやられるわけないだろ。バ~カ」
さっきとは真逆のバカにした言葉を口にしてくる。
「それといいこと思い付いたよ~」
言い終るとキルドールの半分が、ドリルに変形して、月面に潜っていった。
「まさか、地面からアルテミスシティに侵入するつもりか?」
「大当たり~!」
その言葉の後、残りのキルドールは、ハカイオーに近付くなり大爆発していった。
「今のを見たか。鋼鉄兵団が地下から侵入して来るぞ~!」
ハカイオーとキルドールの戦いをシェルター内のモニターで見ていた負傷者の男が大声を上げた。
「ここから出せ~!」
「早く開けろ~!」
出口付近に居る負傷者達が、男の声に触発されて、開けるように喚き出した。
「まだ、ここに来ると決まったわけではありません。どうか、落ち着いてください」
天井から防衛隊員によるアナウンスが流れるが、その言葉は全く効果を発揮せず、市民達は喚き続けた。
「明海さん、まずいことになりましたね」
マルスが、隣に居る明海へ不安そうに問い掛けてくる。
「敵は、ハカイオーを突破してしまったみたいね」
「本当にこのままシェルターに居て大丈夫でしょうか? それにお母様も心配です」
マルスが、一段と不安そうに尋ねてきた。
二人は、キルドールの出現に伴い、カガーリンの手引きで、政府の庁舎にあるシェルターに避難しているのだが、そこにはボランティアや負傷者だけで、職員は一人も入っていなかったのだ。
「その前にきっとハカイオーが敵を倒してくれるわ」
明海は、マルスを励ますように言った。
「マルス様、すぐにここから出てください!」
シェルターの入り口が開いて、出て行こうとするボランティアと負傷者を強引に押し退けながら中に入ってきたカガーリンが、息を切らしながら呼び掛けてくる。
「カガーリンさん、どうかしたんですか?」
「鋼鉄兵団が地下から来る可能性があるので、宇宙空港に待機しているシャトルで地球に避難するんです」
「分かりました。明海さん、行きましょう」
「分かったわ」
三人が、シェルターから出て、通路に足を踏み入れた直後、全体が大きく揺らぎ、ドリルが床を突き破って出現し、丁度真下に居たカガーリンを細切れにしていった。
「カガーリンさん!」
マルスが、カガーリンを呼ぶ中、ドリルが破壊した天井から大量の瓦礫が降ってきた。
「危ない!」
明海は、マルスを両腕で庇いながら、光を出して全身を包んだ。
地中から庁舎を突き破ったドリルはキルドールに戻って、アルテミスシティを破壊し始めた。
キルドールが居なくなったことで、静かになった通路から強烈な発光現象が起こり、光った部分の瓦礫が吹き飛んでいった。
「マルス君、大丈夫?」
瓦礫の中から姿を見せた明海は、腕の中で目を閉じているマルスの安否を確認した。
「カガーリンさんは?」
意識を取り戻したマルスは、カガーリンのことを尋ねてきた。
明海は、首を横に降ることしかできなかった。話すにはあまりに酷な死に様だったからだ。
「そうだ。お母様は?」
「この状況じゃ分からないわ。マルチリングも全然反応しないし」
「お母様・・・・」
マルスの顔が、絶望に染まっていく。
「駐車場の場所は分かる?」
「はい」
「それなら駐車場へ向かいましょう。いつまでもここに居てもしかたないし」
「でも、どうやって行くんですか? 瓦礫で囲まれているんですよ」
マルスは、瓦礫まみれの状況を見ながら明海の提案を否定した。
「任せて」
明海は、両手から強い光を出して、目の前の瓦礫をあっさりどかしてみせた。
「その力はいったいなんですか?!」
明海の力を初めて見たマルスが、驚きの声を上げる。
「話は後、今は駐車場へ行くのが先よ」
「分かりました」
それから外で暴れるキルドールが引き起こす、振動と破壊音に度々、歩みを邪魔させられながらもどうにか通路を進んで、地下駐車場へ辿り着くと、脱出用に用意されていたスカイビートルの側でラビニアが待っていた。
「お母様!」
「マルス!」
二人は抱き合って、再開の喜びをわかちあった。
「カガーリンは?」
「わたし達を呼びに来た際に鋼鉄兵団に・・・」
マルスの時と同じように死に様を話すことはできなかった。
「そう、惜しい男を亡くしたわ」
ラビニアは、明海の短い返事だけで全てを察したらしく、悲痛な表情を浮かべて、心底残念そうにカガーリンの死を偲んだ。
「空港へ急ぎましょ」
三人は、スカイビートルに乗って庁舎から出て行った。
外では、キルドールが狂気の笑い声を上げながら破壊と殺戮の限りを尽くしていた。
「なんだ~? あの小さいのはぶっ壊してやるよ~!」
目敏くビートルの存在に気付いた一機のキルドールが、大鎌を振り上げながら襲いかかってきた。
「駄目だわ! 追い付かれる!」
全速力を出しても引き離すことができず、三人がもうダメかと思った瞬間、何かが急接近してきて、キルドールを突き飛ばした。
「大臣、ご無事ですか?」
外部スピーカーを通して、珠樹の声が聞こえてきて、それに合わせて他のヴィーゼルが次々にシティ内に入ってくる。
「ヴィーゼル部隊が来てくれたんだ」
「ここは自分に任せて行ってください!」
「頼むわ!」
その場を珠樹に任せて先へ進み、空港にある格納庫の一つに入り、待機してある脱出用の小型シャトルの側に着陸した。
「早くこれに乗って地球へ逃げなさい」
「お母様はどうされるのですか?」
「わたしは衛星大臣として最後まで月に残るわ」
「そんな、危険過ぎます!」
「ぐずぐずしていないで早く乗りなさい!」
ラビニアが、言い終わった直後、外壁を壊すほどの爆発が起こり、それによって発生した衝撃によって明海達は吹き飛ばされていった。
「・・・・」
床に激しく体を叩き付けられた痛みで、声すら出せない明海が見たのは、腹部に大きな切れ目を入れられた状態で横倒しになっている珠樹のヴィーゼルだった。
そうして、壊れた外壁の隙間からキルドールが、ゆっくりと顔を覗かせてくる。
「見付けたよ~」
キルドールは、とても嬉しそうに言った後、口を大きく開けて、中からレーザーを発射しようとしてきた。
しかし、レーザーが発射されることはなかった。
漆黒の右腕に胸を貫ぬかれ、全身から煙を上げながらドロドロに溶けていったからである。
「無事か?」
キルドールに代わって、顔を出したハカイオーの外部スピーカーを通して、健の声が聞こえてくる。
明海は、まだ声を出せず、頷くことしかできなかった。
「俺は残りの奴等を倒しにいくからそこに居ろよ」
その言葉を残して、ハカイオーは格納庫から去って行った。
「大丈夫ですか?」
少しして、どうにか体を起こしながら近くに倒れているラビニアに声を掛けた。
「わ、わたしよりもマルスは?」
「気を失っているだけみたいです」
マルスに近付き、容体を確かめた上で返事をした。
「良かった。それであそこで倒れているヴィーゼルのパイロットは?」
言い終えるなり、口から大量の血を吐き出した。
「大怪我しているじゃないですか。今直します」
明海は、手を光らせながら近付いて行った。
「わたしはいいから」
明海の右手を掴んで、治療を拒んできた。
「ですが、急がないと手遅れになります!」
「わたしなんかよりも若い子を助けてあげて。お願いよ」
ラビニアは、話す度に声のトーンが落ちていったが、手を掴む力は一向に衰えず、意志の強さを示していた。
「・・・・分かりました」
明海は、涙を堪えて、ヴィーゼルに向かった。
倒れたヴィーゼルのコックピットへ行き、ハッチを開ける為の外部スイッチを押した。
珠樹から何かの時の為に簡単な操作方法を習っていたのである。
ハッチは、重い作動音を鳴らしながら、ゆっくりと鈍い動作で開いていった。
「珠樹!」
呼び掛けても返事は無かった。
シートから落ちて、モニターの表面にヴィーゼルと同じように横倒しになっている珠樹は、腹部を大きく斬られて、大量の血を流した状態で気を失なっていたからだ。
「今すぐ助けるから」
血が付くのも構わず、側に駆け寄って、光を注いで傷を塞いでいくと、死にそうだった顔に安らぎと生気が戻ってくるのが見て取れた。
「まだ、終わらないのかな?」
外から聞こえてくる爆音を耳にしながら呟いた。
「お前いいかげんにやられろよ! 弱い者を殺す邪魔でしょうがないじゃないか~!」
キルドールが、ハカイオーに文句を垂れる。
「誰がお前なんかにやられるかってんだ。お前みたいな殺すのが大好きな変態野郎の好き勝手にさせるわけにはいかねえからな」
たっぷりと皮肉を込めて言い返す。
「大好きだよ~。そして楽しくて堪らないよ~。だから、邪魔されるのは嫌なんだよね~!」
「そういう言葉を聞くと安心してぶっ壊せるってもんだぜ!」
「お前にできるもんか!」
「そういうお前だって、俺を壊すことはできないだろ~?」
わざと煽るように言い返す。
「やってやるよ~!」
「なら、付いて来い!」
健は、ハカイオーに左手の指を上下させる挑発行動を取らせた後、キルドールに対して背中を向け、空いている穴の一つに入っていった。
「逃がすかよ~!」
キルドールは、ハカイオーを追って穴に入った。
穴から月面に出た後、放出した破壊粒子で翼を形成し、超速をもってアルテミスシティから離れていった。
その背後には、同じように月面から出てきたキルドールが、分裂しながら追いかけてくるのだった。
「この辺りでいいだろ」
ハカイオーをダークサイドムーンと呼ばれる月の裏側で停止させ、大群レベルまで分裂したキルドールと真っ正面から対峙した。
「もう謝っても許してやんないよ~だ!」
「誰が謝るもんかよ!」
健は、言い終わると、ハカイオーの胸パーツを開いて、真っ赤な輝きを放つ万物破壊装置を露にした。
「それがどうしたんだよ~?!」
「こうするんだよ~!」
万物破壊装置の光が黒く変色した後、強烈な吸引現象を起こして、キルドール群を猛烈な勢いで吸い込み始めた。
「何が起こっているんだよ~?!」
「ブラックホールの要領でお前を吸い込んでいるんだよ!」
「このまま吸い込まれてたまるかよ~! 逃げてやる!」
「そうはいくか!」
ハカイオーが、両手を大きく広げると周囲から盛り上がってきた破壊粒子が、風呂敷を包むようにキルドール群に覆い被さっていった。
「暗くて見えなかったんだろうが、ここに来るまでに破壊粒子を大量に撒いておいたんだ」
聞かれる前に答えてやった。
「こんなもの!」
キルドール群が、いくら大鎌を振ろうとも壁には傷一つ付かなかった。
「お前一人じゃ破壊できないみたいだな」
そうしている間に一体、また一体とキルドール群は、破壊装置に吸い込まれて溶かされていった。
「嫌だ~! 嫌だ~!」
キルドール群は、必死にもがいたが、破壊装置の吸引力には勝てなかった。
「お前で最後だ!」
そうして、最後の一機を消滅させ、キルドールという存在をこの世界から抹消したのだった。
「やっと静かになったぜ」
キルドールの喚き声が消えて、静けさを取り戻したコックピットの中で、操縦棹から手を離し、シートにおもいっきりもたれて、一息付きながらながら呟いた。
「みんなを守るんじゃなかったのかよ!」
マルスが、健に向かって怒鳴り声を上げた。
「言ったな」
健は、反対に静かな声で返事をした。
「だったら、なんでお母様は死んだんだよ!」
ラビニアの遺体の前にして、さっきよりも大きな声で怒鳴ってくる。
母のことを口にして、怒りが増したのだろう。
「マルス君、その辺でいいでしょ」
明海が、宥めるように優しく声を掛けた。
「いいんだ。明海。まあ、謝って済むことじゃないよな」
「そうだよ! 謝ったって許さないからかな!」
「戦いが終わったらどうにでもしてくれ」
「そうしてやるよ!」
マルスは、殺意とも取れる鋭い視線を向けながら返事をした。
「お前、ラビニアの為に泣かないのか?」
「泣かないよ! 二度と泣かないってお母様と約束したからな!」
大声で怒鳴り返しているものの、両目にはしっかりと涙が浮かんでいたが、敢えて言わなかった。
「そうか」
健は、憎まれているというのに、どこか嬉しそうに返事するのだった。
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