第27話 漆黒の刃。
「これがヴィーゼルか~。やっぱハカイオーとは全然違うな~」
健は、顔を上げて、目の前に立っているヴィーゼル全体をじっくりと眺めながら初めて見た感想を口にした。
「それはそうさ。ハカイオーは量産どころか複製が不可能なくらいに異質な技術の塊なのに対して、ヴィーゼルは大量生産ができるように設計されているから見た目が大幅に異なるのは当然だよ」
隣に立っている京介が、設計思想の違いを説明する。
月に戻ってきてから数日後、ヴィーゼルの開発工場を訪れ、実物を目にしていたのだ
「この目の前に立っているヴィーゼルが、バリアシステムを登載した改良型なんだよね」
「両肩に付いている台形のパーツが、新しく開発したバリア発生装置だ」
肩を指差しながら説明する。
「渡された資料に載っていたから知っていたけど、ブレインポッドみたいに内蔵式じゃないんだね」
発生装置を見ながら思い浮かんだ疑問を口にした。
「ヴィーゼル全体を覆わなければならない分、出力も倍以上に必要になるし、装置も試作段階だから大型化するのは仕方のないことだよ。もう少し研究が進めば小型化もできるだろうけどね」
「なるほど、けど、数日でこれだけの装置作れるなんて凄いじゃない」
「わたし以外にも地球から招集されたロボット工学の研究者がたくさん来ているんだから当然の結果だよ」
京介が、少しだけ自慢気に話した。
「その研究成果の装置を取り付けた試作第一号のテストパイロットが俺ってわけだ」
今の健は、パイロットスーツを着用していて、ヴィーゼルに乗れる準備をしっかりと整えていたのだ。
「そうだ。バリアを直に体験した唯一のパイロットとして、率直な感想や意見を聞きたいんだ」
「なるほど、俺じゃなきゃできないわけだ」
「じゃあ、バリアのテストを始めるからヴィーゼルに乗ってくれ。指示はモニタールームから出すから」
説明を終えた京介は、モニタールームへ行った。
「それじゃあ、乗るとしますか」
健は、ヴィーゼルの開いたコックピットの脇から伸びている昇降用のワイヤーに付いたフックに右手と右足を乗せた。
それから手のフックに付いているボタンを押すとワイヤーが巻かれ、コックピットまで運ばれていった。
昇っている間、ハカイオーとは全く異なる搭乗方式に少しだけ新鮮な気持ちになった。
「コックピットはシミュレーター通りだな」
外からコックピット内部を見た感想を口にした。シートや操縦桿の形など、外観と同様にハカイオーとは、全てが異なっていたからだ。
「さて、どんな感じかな」
中に一歩足を踏み入れると、天井部のセンサーから発射かれた赤外線による角膜認証を受けた。
「登録者であると確認しました」
システムの承認の声を聞きながらシートに座り、コンソロールパネルにあるボタンの一つを押して、ハッチを閉じさせた。
前面ハッチというハカイオーの後部ハッチとは真逆の開閉形式を体験して、ちょっとした違和感に舞われた。
完全に閉じたところで、操縦倬やフットペダルを軽く動かしていく。
シートの座り心地も良く、操縦倬などの固さも丁度良い感じに調整されていた。
「座り心地はどうだい?」
ヴィーゼルのコックピット登載されている通信機を通して、京介の声が聞こえてくる。
「すごくいい感じだよ」
素直な感想を伝える。
「それじゃあ、システムを起動さてくれ。立ち上げ方は分かるね?」
「大丈夫、今日の為にみっちりスパルタ教育受けてきたから」
「スパルタ教育?」
「ヴィーゼルに乗って鋼鉄兵団の偵察員を初めて倒した厳しい准尉にね」
今日のテストの為に珠樹から嫌というほど、マニュアルを読まされ、徹底的にシュミュレーターでしごかれてきたのだ。
教えられた通りに手早く正確に立ち上げ作業を行い、各システムを起動させていく。
全ての行程が終わると、コックピット全体が呼吸するかのような小さな振動を起こしたのを皮切りに、コンソロールパネルが点灯していき、全方位モニターが外の風景を鮮明に映していった。
「映像はハカイオーのよりはちょっと粗いかな。全システム起動完了できたよ」
「じゃあ、早速バリアシステムを作動させてみてくれ」
「了解」
マニュアルに記載されていたバリアシステム起動の為の操作をしていくと、新しく取り付けられた装置が強い光を放ち、ヴィーゼル全体を青い幕で覆っていった。
「バリアを見た感想はどうかな?」
京介が、バリアの感想を尋ねてくる。
「ブレインポッドで起動したのと比べると色味が薄い感じかな」
モニター越しにバリアの色合いを見た感想を言った。
「分かった。この後は遠隔操作でバリアの防御性のテストをするから一旦、バリアを解いたら機体から降りてくれ」
「このままテストしよう」
「健君、何を言い出すんだ?」
「だからさ、俺が乗ったままテストを続けようって言っているんだよ」
「外見はともかく性質まで完全に再現できているかどうかはまだ分からないんだ。乗ったままなんて危険過ぎる。下手をすれば機体が損傷する可能性だってあるんだぞ」
「見た感じ大丈夫そうだし、それにパイロットが乗っていた方が確かなデータが取れるじゃないか」
健は、自分の意見を曲げようとはしなかった。
「分かった。できるところまでやってみよう」
京介は、軽くため息を吐きながらテストの続行を了承した。
「まずは軽いテストからだ」
京介が、言い終わるタイミングで、ヴィーゼルの前に防衛隊で使用している一台の戦車が移動してきた。
「今から遠隔操作で戦車のマシンガンを撃つから、健君は機体にバリアを発生させら状態で立たせていてくれればいい」
「了解」
健の返事の後、戦車がマシンガンを発砲してきた。
飛んできた弾は、全てバリアによって阻まれ、ヴィーゼル本体に届く前に勢いを失い、敷地に落ちていった。
「健君、機体に異常はないか?」
「大丈夫、全然問題ないよ」
目の前に表示させた正常を示すコンディションデータを見ながら返事をする。
「それならテストを続けよう」
その後は、戦車の大砲にミサイルと続けられていったが、バリアは全てを防ぎ、機体に傷一つ付けさせなかった。
「こいつのバリアシステムもなかなかなもんじゃないか」
思っていた以上の性能を発揮するバリアに称賛の言葉を口にする。
「次はレーザーでの耐久テストを始める」
「俺はいつでもいいよ」
健の返事の後、戦車と入れ替わりに自走式のレーザー砲が入ってきて、エネルギーをチャージした後、砲身からレーザーを発射した。
レーザーがバリアに当たった瞬間、光が弾けるような激しいフラッシュが起こり、記録映像を撮っているドローン全てが弾けるように飛ばされていった。
「いったい、何が起こったんだ?」
突然真っ暗になったモニターを見ている京介が、観測班に状況を尋ねた。
「まだ観測結果が出ていないので、強烈な光を出したこと以外は分かりません」
「くそっ」
事態の把握ができないことに対して、思わず舌打ちしてしまう。
「観測結果が出ました」
「それでいったい何が起こったんだ?」
急かすように尋ねる。
「バリアとレーザーが反発し合って、強烈な電磁波を発生させたようです」
「予想外の作用だな。それでヴィーゼルはどうなっている?」
「先程向かわせました別のドローンからの映像が間もなく入ります」
それからすぐモニターに映ったのは、敷地に仰向けに倒れ、焼け焦げて塗装の剥がれた装甲から白い煙を上げているヴィーゼルの姿だった。
「健君、大丈夫か?!」
京介は、自身のマルチリングを使って、健に呼び掛けて安否を確認したが、返事はなかった。
「健君! 健君!」
京介は、必死に呼び掛けたが、返事は一向になかった。
「すぐに医療班と作業員を向かわせるんだ」
京介が、指示を出し終わるタイミングで、コックピットが乱暴に開いて、健が顔を出した。
「健君、無事だったのか。大怪我でもしたのかとひやひやしたよ」
京介は、ほっとしたように表情を緩めた。
「さっきの電気ショックで回路が全てイカれて通信もできなくなったから、手動でハッチを開けたんだよ」
健が、自身のMTで、情況を説明していく。
この時、手動でのコックピットの開け方までしっかり教えてくれた珠樹に心から感謝した。
「そうだったのか」
「それにしてもこいつはほんとによくできたロボットだね。あれだけの電撃を受けても俺自身はかすり傷一つ無いんだから」
元気であることを示すように、ドローンに向かって右腕を回して見せる。
「君にそう言ってもらえると鼻が高いよ」
京介は、満足したように笑って見せた。
「それにしてもさっきの電気ショックは凄かったな。うまく利用すれば兵器にも使えるんじゃない?」
健は、何気ない感じで提案した。
「確かに検討してみる価値は十分有りそうだね」
京介は、科学者らしい含み笑いを浮かべながら返事をした。
「地球へ戻せないとはいったいどういうこと?!」
ラビニアが、一郎を映している画面に向かって怒鳴った。
「いくら衛星大臣の息子でも密航したのが、防衛隊の機体ともなれば何も無かったで済ませられるわけがないだろ」
「それは十分承知しているけど、そこをどうにかして欲しいのよ。これは友人としての頼みでもあるの」
ラビニアは、珍しく食い下がり気味に頼んだ。
「わたしとしても友人の頼みを断りたくはないが、今回ばかりは無理だ。密航の手配をした子供の友達が、興味本意でネットに書き込んでしまったことで多くの一般人に知られているんだぞ。無理に戻そうとすれば君の立場が危うくなるだけだ」
「それで連合側は今回のことを世間にどう発表するつもりなの?」
「月に居る母親が心配になったから学校を放り出して月へ行ったという筋書きで発表する予定だよ。これならある程度、世間の同情も買えるだろうからね」
「随分とお優しい処理ね」
声に若干の皮肉を込めた。
「衛星大臣の子供とはいえ、密航されたなんて防御隊そのものの失態でもあるから一般人感情に訴えかけるようにするのは当然だろ」
一郎が、本音を挟みながら説明する。
「密航の段取りをした子供はどうしたの?」
「父親共々、厳しい処分を与えたよ。間違いなく一生出世はできないだろうな」
「それは仕方ないわね」
半分は、自分の息子に非があるのだからそれ以上の処罰は望めないと思った。
「ともかく衛星大臣の立場を守りたければ、息子をこのまま月へ置くことだ」
「分かったわ」
ラビニアは、納得の返事をするしかなかった。
返事を聞いた一郎は、話が終わったとばかりに通信を一方的に切った。
ラビニアとの会話は、秘匿回線で行われていて、長く続ければ、誰かに傍受される恐れがあるからだ。
「よろしいのですか?」
カガーリンが、コーヒーを置きながら聞いてくる。
「仕方がないわ。あの子が密航という手段で月へ来てしまった時点で戻れる可能性は半々くらいだと思っていたから」
「今回の件で、連合に責められはしないでしょうか?」
不安な表情を見せながらの質問だった。
「向こうだって密航という不手際があるのだからこちらが何か言わない限り責めはしないわよ。それに今は上風健が乗るハカイオーがあるのだからそれだけでも十分だわ」
ラビニアは、強めの声で話しながらコーヒーを砂糖とミルクを入れないまま飲んだ。
ハカイオーが、戻ってきた安心感からブラックで飲めるようになったのだ。
珠樹が、備え付けの番号キーを押した後、正面にエリカの顔を映したHS《ホログラムスクリーン》が表示された。
珠樹が、HSに向かって祈りを捧げ、その後に健と明海が揃って、祈りを捧げていった。
三人は、エリカが登録されている共同墓地に墓参りに来ていたのだ。
「見晴らしのいい場所で良かったじゃないか」
共同墓地のある場所は、ビルなどの建築物が無い代わりに木や花といった植物に囲まれた安らぎを感じさせる場所に建っていたのである。
「ここは鋼鉄兵団の犠牲になった人達のお墓だからできるだけ見晴らしのいい場所を大臣が選んで建てたんだよ」
珠樹が、いつもより少しだけ低い声で説明した。
「だから人でいっぱいなんだな」
参拝者は、途切れることなくやってきて、祈りや花を捧げ、中には涙を流す者も居るのだった。
「他の人の邪魔になるから行こう」
明海が、場所を変えるように提案してきた。
「そうだな」
「エリカって、ドラッグチルドレンだったんだってな」
「そうだよ。そうか、二人共関わりを持っていたんだっけ」
「エリカみたいないい奴等じゃなかったけどな」
「エリカさんは、誤った行為には走らなかったんだね」
明海が、少しだけ不思議そうに言った。
自分が拉致されかけたり、父親を人質にされたりといった悲惨な経験をしてくれば、当然の言葉だろう。
「エリカは自分の境遇を嘆いていなかったからかもしれない」
「無理矢理薬付けされりゃあ、嘆いたり恨んだりするのも当然かもしれないけどな」
「そういえば、まだ隠れている他のドラッグチルドレン達はどうしているんだろ? まだ政権を乗っ取ろうとかしているのかな?」
「毛利総理の話しじゃあ、ハカイオーを使っての反逆行為を重く受け止めて今まで以上に捜索を強化するって言っていたから捕まる奴等も大勢出てくるんじゃないかな」
「鋼鉄兵団っていう敵が居るのに何やってんだろうね」
珠樹は、空を仰ぎ見ながら嘆きの言葉を口にした。
「あ」
健は、参拝者の中に忘れられない顔を見付けた。
「健、どうかしたの?」
「話しておきたい人が居たんだ。二人はその辺で待っていてくれ」
「あの人・・・・大丈夫なの?」
明海は、健の視線の先に立っている人物を見て、不安な表情を見せた。
「大丈夫だよ」
不安を消させるように精一杯の笑顔を見せた。
「分かった」
明海は、とりあえず納得したように頷いた。
「いったい、どうしたのさ。上風の知り合いでも居たのかい?」
一人だけ状況から置き去りにされている珠樹が、不満そうに尋ねてくる。
「ちょっとした知り合いが居たの。ねえ、向こうにある自販機で何か飲もうよ。わたし、喉乾いちゃった」
明海は、やや強引に珠樹を墓前から連れ出し、その際に健に軽く目配せした。
健は、頷いた後、見付けた人物に声を掛けようと近付いていった。
「すいません」
健は、墓前を後にしようとした人物に声を掛けた。
「はい」
健の声に反応して、振り返ったのは、三十後半の女性だった。
「あ」
女性は、健の顔を見て、小さな声を上げた。
「俺のこと、分かりますか?」
「忘れるわけがないわ。わたしの大事な娘を゛殺した男゛の顔ですもの」
言葉とは裏腹に女性の声には、憎しみは感じられず、普通に話す感じでの返事だった。
「ええ、そうです」
健は、敬語で言葉を返していた。女性に対する罪悪感が、言葉遣いを自然と改めさせてしまったのだろう。
「静かなところで話をしましょうか。お互いに嫌な話になるだろうから」
「はい」
健は、言われるまま、女性の後に付いて行った。
女性に連れて来られたのは、墓から少し離れた場所にあるベンチで、人通りもまばらな文字どおり静かな場所だった。
「座ったら?」
「はい」
先に座っている女性に促されて、隣に座る。緊張しているつもりはないが、自然と拳を握りしてしまった。
「あなたが月に戻ってきたことは知っていたけど、ここで会うなんて思いもしなかったわ」
「俺も思いませんでした」
「知り合いの墓参り?」
「地球に落ちる前の知り合いの墓参りに来たんです。あの、俺を襲った後はどうしていたんですか?」
ストレートな質問をする声は、震えてはいなかったものの、鼓動の方は少しばかり乱れていた。
「手が付けられないくらい酷い状態だったから暫くドクター・オオマツが医院長を勤める精神病院の施設に居て、ついこの間退院したの。さすがは、月で一番の精神科医だけのことはあるわね」
女性は、自身の境遇を薄笑いを浮かべながら話した。
「そうだったんですか。俺もドクター・オオマツの診察を受けていました。今も受けているようなもんですけど」
聞かれても無いのに自分の状況を話した。
「あなたも頭がおかしくなったの? わたしに殺されかけたせいかしら?」
ミルバと勇一の死を軽く扱うゾマホ首相と同じような声色だったが、自分の所業を振り返ると何も言えなってしまう。
「主人に先立たれて、他に身内も居なかったわたしにとって、あの子は生きる理由の全てだった。あの日もあの子の好きなものを作ってあげようと仕事帰りに買い物をしていたのよ。そこに鋼鉄兵団がやってきて、次にあなたとハカイオーが来て、鋼鉄兵団を倒してくれてほっした次の瞬間、あの子は一瞬にして消えてしまった。マトモじゃいられなかったわ」
大事な話をしているはずなのに淡々とした口調になっていて、まるで他人事のように話しているのだった。
「その気持ちは俺にも分かります」
「なんで、あなたなんかに愛する者を失った気持ちが分かるのよ?」
声に少しだけ鋭さが込められたように思えた。
「ずっと会っていなかった俺の母さんが目の前で死んだんです。ほんと一瞬で、俺には何もすることができませんでした」
女性と同じく、淡々とした口調で話した。
「それでおかしくならなかったの?」
「その時戦っていた鋼鉄兵団に怒りをぶつけられたから多少はマシでしたけど、その後はハカイオーに話し掛けたりと変な行動ばかり取っていました。ドクター・オオマツからは暴れたりしているわけじゃないから危険な状態ではないって言われましたけど、実際には狂っていたんじゃないかと思います」
「あなたも酷い目に合っていたのね」
「ほんと、命って一瞬で消えますよね。なんとも言えないです」
健は、重苦しい気持ちを吐き出すように顔を下げながら言った。
「わたしと似たような気持ちを抱えているのなら、もうあなたを責めるのは止めるわ」
「俺を許してくれるんですか?」
顔を上げながら尋ねる。
「責めるのを止めるだけよ。いい? これだけは忘れないで。わたしの受けた痛みと苦しみは絶対に消えないってことを」
女性は、健の左手を強く握りながら自身の気持ちを重く強い口調で訴えてきた。
「分かっています」
しっかりとした声で返事をした。
「それならいいわ」
女性は、ゆっくりと手を離した。
「そうだ。わたしを止めてくれた女の子はどうしているの?」
「元気ですよ。俺と一緒に墓参りにも来ていますから。会いますか?」
「いいわ。あなたが代わりに謝っておいてちょうだい。あの子には本当に悪いことをしたから」
健と話している時とは異なり、本当に申し訳なさそうだった。
「伝えておきます。あの、娘さんに祈りを捧げてたいんですけど、番号を教えてもらえませんか?」
「それはできないわ」
「やっぱりダメですか」
予想できた答えなので、がっかりはしなかった。
「自分を殺した人間が訪ねてきたらあの子が驚くでしょ。わたしは行くわ。それとこの次からは会っても話し掛けないでね」
女性は、自分の言いたいことを一方的に言い終えるとベンチから立って、出口へ向かって歩き出した。
健は、ベンチに座ったまま、女性が見えなくなるまで、後ろ姿を見送っていた。
「ちゃんと話せたの?」
近付いてくる健に明海が、不安そうに声を掛ける。
「辛くなかったかい?」
珠樹が、憐れむような同情するような声を掛けてきた。
自分の居ない間に明海が、事情を話したのだと思った。
「ほんとに、どうだったの? 前みたいに襲われてはいないみたいだけど」
明海が、全身を見ながら心配そうに尋ねてくる。
実際に襲われた身としては、当然の反応だろうと思った。
「ちゃんと話もできたし、襲われもしなかったから大丈夫だよ。それに話していて分かったことがあるんだ」
「何が分かったの?」
「命が空しいものだってことさ」
「どういう意味だい?」
珠樹が、怪訝そうな顔で聞き返してくる。
「女の子も母さんもミルバも死ぬ時は一瞬だったって思い返すと命って空しいなと思ったのさ」
健の悟りでも開いたかのような言葉を聞いて、二人はすぐには何も言わなかった。
「そうかもしれないね」
「嫌な考えだけど、間違ってはいないかな」
二人は、賛同するような言葉を口にしていった。共に親しい人間の死を間近で見るという共通体験をしてきたからだろう。
「ただ、それとは別に空しいからこそ守らないといけないものだとも思ったよ」
少しだけ声に力を入れる。
「きっとそうだよ」
「僕もその考えの方が好きかな」
考えが一致したところで、三人は笑い合った。
そこで、健と珠樹のMT《マルチタトゥー》からコールが鳴った。
「鋼鉄兵団が来た。行ってくる」
「気を付けて」
健は、頷くと珠樹と一緒に支部へ向かった。
「進路クリア、発進どうぞ。ご武運をお祈りします」
地球へ落ちる前に使っていた台座に運ばれて、月面に出たハカイオーに乗っている健に支部のオペレーターが進路状況を伝えてくる。
「了解、ハカイオー発進する」
オペレーターへの返事をして、ハカイオーを台座から降ろしながら灰色だった機体を漆黒に染め、その場でジャンプして飛び上がった。
そうして月から大きく離れたところで、背中から破壊粒子を放出して翼を形作り、ジェット機を遥かに越える超スピードで、火星や木星を通り過ぎていった。
ハカイオーに飛行能力が備わったことに伴い、鋼鉄兵団が月へ接近するよりも早く迎撃に当たることになったのだ。
「凄い数だな」
レーダーが映す機影は、これまでのように単機ではなく、有に百を越えていた。
さらに進んで敵を目視できるようになると、前方には偵察員だけでなく、柱や鳥に薔薇といった超大型を含むレーダー通りの大部隊であることが分かった。
「これだけの数が来るってことは、奴等もいよいよ本格的に侵攻を開始してきたってわけか」
健が、目の前の状況に対して、焦らずに感想を言っている中、鋼鉄兵団はハカイオーに向かって、一斉にレーザーを発射してきた。
宇宙が大量の光の線で染まっていく中で、健はハカイオーの翼を分離させ、円盤状に変形させて前面に出し、漆黒の盾にして、降り注がれてくるレーザーを防いでいった。
鋼鉄兵団が、攻撃を緩めることなくレーザー撃ち続ける間に盾の形を変えてハカイオーの全身を覆い、弾丸のような形状にしたところで、敵群へ突撃していった。
超速で縦横無尽に動き回るハカイオーに鋼鉄兵団は、成す術もなく一方的に破壊されていくだけだった。
破壊粒子を放出しながら鋼鉄兵団を次々に撃破していくその姿は、光の尾を引く流れ星のようでもあり、黒い流星といったところだった。
それから中心部で動きを止め、姿を見せると同時に全身から青い炎を一斉に発射して、一気に大損害を与えた。
残った鋼鉄兵団は一つに集まって、巨大な弾丸となって特攻してきた。
「こいつ、勇一が初めて乗った時みたいに自爆しようっていうってのか。そうはさせねえぞ」
ハカイオーが、右腕をまっすぐ伸ばすのに合わせて、右手から大量に放出された破壊粒子は鋭利な形を形成して、漆黒の刃を持つ巨大な剣を作り上げた。
自身で造った武器を両手で持って構え、切っ先を間近に迫ってくる弾丸に向け、大きく振りかぶって、一気に降り下ろした。
漆黒の刃は、ハカイオーの何倍も巨大な弾丸をあっさり一刀両断した。
「どうだ。ハカイオーの新しい武器の威力は? 大したもんだろ」
言い終わった後、剣を振りまくって八つ裂きにした後、胸のビームを発射して、残骸を完全に消滅させた。
ビームを止め、剣を粒子に分解して、本体に戻した時には、ハカイオー以外に動く者は宇宙には残っていなかった。
「鋼鉄兵団、来るならいくらでも来ればいいぜ。ハカイオーが全て破壊してやる」
鋼鉄兵団がやってきた方に向かって、挑発するような言葉をぶつけた健は、ハカイオーの向きを変え、月へと帰還した。
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