第26話 灰色の破壊神。
「駄目です。反応しません」
ハカイオーの格納庫にて、修理を終えたブレインポッドに乗っている防衛隊の隊員が、起動ボタンから指を離して結果を報告する。
「やはり駄目か」
ブレインポッドの近くで報告を聞いた上官が、苦い表情と共に悔しさを声に出した。
その声を聞いていた後方に控えている隊員達が、落胆の表情を浮かべていく。
「ブレインポッドが動かないのは、ダミープログラムが無いせいですか? 南雲博士」
責めるような口調で、隣に立っている京介に質問する。
「間違いありませんね。パイロットを健君しか認識しないように基本プログラムが本来の機能を働かせているようです」
「何故、ダミープログラムを外したのですか?」
「健君が乗るに当たって障害になるかもしれないとミルバ先生が外したんです」
「ダミープログラムは、残っていないのですか?」
「悪用されないように、先生自身が処分しました」
「復元はできないのですか?」
「残念ながらミルバ先生は研究データを残さない主義なので、解析や復原にはかなりの時間が掛かってしまいます」
「では、復原ができるまでの間、パイロットは上風中尉一人に任せるしかないわけですな」
「そうなりますね」
上官のあまりの嫌味な言い方に、京介は不快な気持ちにさせられた。
「唯一残っていたデータはブレインポッドを破壊粒子から防いだバリアのプログラムだけです。先生がどういう意図で残していたのかは分かりませんが」
京介は、やや浮かない表情で事実を報告した。
「ごくろうだったな。上風中尉」
「ゾマホ首相から労いの言葉を掛けてもらえるなんて思わなかったぜ」
「地球を破滅の危機から救ったのだから当然のことだよ」
「地球は救えたけど、ミルバを死なせたからあんまり成功したって気分じゃないけどな」
ミルバの名前を口に出すと、表情が自然と暗くなっていく。
「確かにミルバ女史を失ったのは大きな痛手だったが、今回の犠牲者は渡部準尉を含めて二人だから最小限で済んだというべきだろう。気にすることはない」
話しているゾマホ首相の声が、あまりに横柄で悲壮感を感じさせなかったので、健は不快な気持ちになった。
「それで俺がハカイオーのパイロットに正式に復帰するってことでいいんだよな。あの後、誰も操縦できなくなったわけだし」
確認というよりも勝ち誇ったような言い方をしてやった。
「勿論、君にしか乗れなくなったのだから任せるしかないだろ。その件に関しては代表全員が賛成しているよ。隣の毛利代表も含めてね」
「それならいいや」
代表全員の顔を見て、最後に右隣に座っている一郎を見た後で返事をした。
「月へ行く準備が完了するまで支部で待機していてくれ」
「俺のパイロット復帰の記者会見はやらないのか?」
「各国共、ハカイオーが引き起こした混乱を静めるのに大忙しで、それどころじゃない」
「暴動自体は治まったんだろ」
「君は政治家じゃないから分からないだろうが、政府への批判だとか、経済への打撃とか、内面的に色々とあるのだよ」
「政治家さんは大変だな」
「そう思うのなら、君は言われた通り支部で待機していてくれ」
ゾマホ首相が、念を押すように待機命令を出した後、周囲の風景が一変して、防衛隊日本支部の会議室になった。
ゾマホ首相との会話は、連合代表が会議で使用している映像通信によって行われていたのである。
「ゾマホ首相は、ああ言っていたけど、代表の本音は違うんだろ。総理?」
健は、一郎に連合の本音を尋ねた。
「そりゃあ、本音は自分達に都合のいい人間を乗せたいに決まっているじゃないか。でなきゃ初めから君をハカイオーから降ろしたりはしないさ」
一郎は、側に控えている司令官や側近達が顔をしかめるのも構わず、本音を口にした。
一郎だけは本物であり、防衛隊日本支部に足を運んでいたのである。
「それで総理自身は、どう思っているんだ?」
健は、一郎自身の本音を聞くことにした。
「どうするもこうするもパイロットとして、正式に復帰してもらうしかないだろ。昨日のことは君をハカイオーから降ろしたことに端を発しているわけだからね」
「そう思っているなら早く月に行かせて欲しいね。俺とハカイオーが戻るのを待っているだろうし」
「それはゾマホ代表が言う通り、輸送の準備ができるまで待っててくれ」
「ハカイオーを月へ輸送する為の準備だろ。なんで、そんな面倒くさいことするんだ? ハカイオーは空を飛べるようになったんだから輸送する必要なんかないだろ」
「ハカイオーは防衛隊所有の兵器という扱いなんだから防衛隊で運ぶのが筋というものだよ。君達だけで行ったら揉め事になってしまうよ。それに五十メートルを越えるものを輸送するんたから輸送機の整備にだって時間はかかるさ」
一郎は、コーヒーをゆっくり啜りながら気楽な調子で、輸送の必要性に付いて説明した。
地球の危機が去ったことで、一郎自身気が楽になっているのだろう。
「それもそうだな。今は地球と月で揉めている場合じゃないし」
一郎の説明に納得した健は、同じようにコーヒーを飲んだ。
「今日は平和かね~」
「そうあって欲しいね。この間は鋼鉄兵団が来て、昨日はハカイオーの暴走だもんな。たまには静かな日があってもいいだろ」
日本支部の入り口のゲート前で、検問を担当している隊員達の会話であった。
「日本の暴動も治まってきているみたいだし、今日はほんとに平和かもな」
「けどさ、二度あることは三度あるって言うよな」
「そんな古い諺を口に出すなよな。嫌な予感がしてくるじゃないか」
「ははは、冗談だよ。それよりも前から車が来ているぞ」
「おかしいな。この時間に搬入も来客の予定も無いはずだけど」
「おい、ありゃまずいぞ。警報だ。警報!」
前から押し寄せて来るものを見た隊員は、すぐに警報ボタンを押した。
「どうした? 何事だ?」
一郎が、内線で警報の理由を尋ねる。
「大多数の市民がゲート前に押し寄せ、ハカイオーに対する抗議を始めました」
「映像を見せろ」
指示の後、一郎と健の前にHS《ホログラムスクリーン》が表示され、報告にあった通り、「ハカイオーを止めろ」「ハカイオーを許すな」と書かれたプラカードを手にした大勢の市民達が、ゲート前に陣取っている様子が映し出された。
「地球を滅ぼすような破壊兵器を国が所有することを我々は断固として許さない。政府は即刻ハカイオーを停止しろ!」
最前列に立っている代表と思われる男が、拡声器を通して、抗議演説をした後、周囲の市民達は、プラカードを激しく動かしながら停止しろと大声で連呼した。
「まずは基地司令である君が説得に当たってくれ」
「分かりました」
一郎の指示を受けた司令官は、会議室から出て行った。
「やっぱりハカイオーのことが許せないんだな」
「あれだけのことがあったんだから無理もないが、今は様子を見よう」
HSの映像では、ゲートに備え付けのスピーカーを通して、司令による説得が行われたが、鎮まる気配は全くなかった。
「ふざけるな! 言葉だけで納得できるか!」
市民の一人が持っている空き缶を投げると、それを皮切りに物投げが始まり、中にはプラカードを投げる者まで出始めた。
「説得に応じる気配が、まるでありません」
「仕方ない催涙弾を使え」
「分かりました」
オペレーターの返事の後、ゲート上部に設置されているセントリーガンから発射された催涙弾が、市民達の間に落ちていき、ゲート前を煙で覆っていた。
その後すぐ、煙の中からバズーカの弾が飛んできて、砲台を破壊した。
「武器を隠し持っていた市民が反撃してきました。武力による鎮圧の許可をください」
「それはダメだ犠牲者を一人でも出しては意味がない。麻酔弾を使用するんだ」
「いや、待ってくれ。ここは俺が行く」
「君がか?」
「そうだ。あいつらはハカイオーに文句があるんだろ。だったら、俺が行くしかないじゃないか」
「しかし、それは危険過ぎるぞ。見た通り武器を持っている者も居るわけだし」
「なぁに、ハカイオーに乗れっていれば攻撃はできないさ」
「ハカイオーが出てきたら市民の怒りを掻き立てるだけじゃないのか」
「今のハカイオーなら大丈夫さ。とにかく乗る許可を出してくれ。こんなこと長びかせるだけ意味がない」
「分かった。上風中尉を至急ハカイオーに乗せろ。これは総理大臣命令だ」
一郎は、すぐに命令を司令官に伝えた。
「分かりました」
総理からの命令とあって、すぐに返事が返ってきた。
「それじゃあ、行ってくる」
健は、席から立って、会議室から出て行った。
数分後、ゲート前で抗議を続けている市民達は、巨大な音を耳と揺れを体験した。
初めは地震かと思ったが、その後も止むことなく徐々に大きさを増して近付いて来るので、只ごとではないと感じ始めた市民達は、抗議を止めて、音の方に視線を集中させた。
「ハカイオーだ~!」
最前列に居た代表が、音の主を指差しながら叫んだ。
「に、逃げろ~!」
「殺される~!」
「政府の奴等、俺達を皆殺しにする気だ~!」
市民達は、さっきまでの威勢の良さが嘘のように、恐怖にかられた叫び声を上げ、プラカードなど手に持っている物を投げ捨て、我先へと逃げ出し始めていった。
「みんな、逃げないでハカイオーをよく見てくれ」
外部スピーカーを通して行われる健の呼び掛けに対して、一部の市民達は足を止め、ゲートの手前で停止しているハカイオーを仰ぎ見て、言葉を失なった。
目の前に立っているハカイオーが、漆黒ではなく起動前と同じ灰色だったからである。
唯一色を見せているのは、真紅に輝かく両目だけで、強大な力が無くなったわけではないことを暗に示していた。
市民達の沈黙は、あっという間に伝播して、逃走の動きも止っていった。
健は、市民達が静止したことを確認すると、ハカイオーからブレインポッドを出して、市民達の前に着陸させ、キャノピーを開けて外へ出た。
「これを見てくれ」
健は、ハカイオーに近付き、右手で右足に触れたが、焼け死ぬことはなかった。
その光景を目の当たりにした市民達が、これまで以上に驚きの声を上げていく。
「見ての通り、ハカイオーは力を完全に制御できるようになったし、パイロットも俺に戻ったから昨日みたいな暴走が起きることはない」
「君自身が暴走させるかもしれないじゃないか」
いつの間にか最前列に来ていた市民の代表が、猛然と反論してくる。
「俺は、ハカイオーを絶対に暴走なんてさせない」
「そんなことが信じられるものか!」
代表の言葉をきっかけに他の市民達が、口々に健を罵っていく。
罵声だけに留まっているのは、目の前にハカイオーが立っているからに他ならない。
罵倒を受け続けた健は、反論せず、代わりに土下座をしてみせた。
その予想できなかった行動を見て、市民達は罵倒を止めていった。
「頼む。今だけは俺を信じてくれ! 鋼鉄兵団との戦いが終わった後は煮るなり焼くなり好きにしてくれていい!」
健は、土下座したまま必死な声で訴えた。
市民達は、その言葉だけでは納得できなかったようで、すぐに罵声を再開したが、健は土下座の体勢を崩そうとはしなかった。
「彼を信じてやってくれないか」
聞き覚えのある声を耳にして、顔を上げてみると、隣に立っているのは一郎だった。
「総理だ」
「毛利一郎総理だ」
一郎の姿を見て、市民達は罵声を止め、口々に一郎の名前を呼んでいった。
総理大臣が、目の前に現れたのだから無理もない。
「総理のわたしからも頼む。どうか、彼を、上風健を信じてくれ」
一郎は、頭を下げて頼んだ。
その姿を見て、健も頭を下げ直した。
二人の姿に市民達は動揺し、声を出すことも動くこともできなくなった。
それから代表の男が、近くに居る男達と集まって、小声で話し合いを始めた。
「総理の言葉を信じて、今日のところは解散します。上風健、もしさっきの言葉が嘘になったら我々は君を絶対に許さないぞ」
「分かっている」
健の返事の後、代表は拡声器で解散の旨を伝えると市民達は、一人また一人とゲートの前から去っていった。
「まさか、あんたがここまでやってくれるとは思わなかったぜ」
健は、体を起こして、全身をほぐしながら言った。
「わたしなりに君への借りを返したまでだよ」
一郎は、余裕の返事をしてきた。
「さすがは総理だ」
健は、一郎に対して、称賛の言葉を口にするのだった。
輸送艇の整備が終わり、ハカイオーの搬入作業が行われた。
ハカイオーが、起動した状態でも余熱を出さなくなったので、輸送車両への搭載といった搬入作業もスムーズに進んだ。
搬入作業が完了し、輸送機の発進準備が整うと、健はブレインポッドから降りて、滑走路に来ていた。
健の前には、見送り人として、一郎を初めとした各大臣と司令官に加え、全隊員が集結していた。
「凄い数の見送りだな」
集まっている見送り人の数を見て、素直な感想を口にする。
「全員とはいかないが、わたしにとっては地球を救った英雄だ。これくらいの見送りは当然さ」
「英雄か」
英雄という言葉を聞いて、健は勇一の顔を思い浮かべた。
そして、計らずも自分が、勇一の熱望していた存在で呼ばれるようになったことに対して、複雑な気持ちになった。
「どうかしたのか?」
「いいや、なんでもない。それにしても他の連合代表はやっぱり来ないんだな」
「自国の動乱を治めるのに忙しいそうだ。来ない言い訳としてはまあまあだな」
「健君、そろそろ時間だ」
同乗することになっている京介が声を掛けてきた。
「分かったよ。おじさん。じゃあ、行ってくる」
「月をしっかり守ってくれ」
「絶対に守ってみせるよ」
二人は、握手を交わし合った。
「今度の選挙では、あんたにちゃんと投票するよ」
「それまで、わたしが総理でいられればの話だけどな」
互いににっと歯を見せて笑い合った後、手を離した。
それから十数分後、輸送機は月へ向けて支部から発進したのだった。
「月か、半年振りだな~」
輸送機が、地球の大気圏を抜けて、月の軌道に乗ったところで、健は月へ思いを口にした。
「わたしには数日振りだけどね」
「そういえば、おじさんは月でヴィーゼルとかいうロボット兵器を開発していたんだっけ。おじさんが居なくなっても良かったの?」
「わたしが地球へ戻る前に量産体勢に入っているから問題無いし、後は改良を加えるだけだからね」
「改良って?」
「ミルバ先生の形見であるバリアを再現するプログラムだよ」
「ミルバか」
ミルバの名前を言った後、二人の間に妙な沈黙が流れた。
二人にとって、色々な意味で強烈な印象を残していた存在だったからだ。
「結局、最後までよく分からない奴だったな~」
「わたしも理解できなかったよ」
「それでも死んじまうと哀しいような気分になるね」
「わたしも同じ気持ちだよ」
「最後は笑って死んでいたけど、あいつなりに満足したってことでいいのかな?」
「笑っていたのなら満足したんじゃないかな。ミルバ先生は、嘘で笑うような人じゃないから」
「そうだね。そう思うことにするよ」
それから二人は、ミルバに黙祷を捧げるように互いに目を瞑った。
二人が、沈黙を終わるタイミングを待っていたかのように機内に警報が鳴った。
「警報だと? いったい、どうしたんだ? 鋼鉄兵団が来るのか」
「鋼鉄兵団なら発進の許可自体が降りないから違うと思うが」
「確認しましたところ、貨物区に密航者が居たようです」
同乗していた隊員からの報告だった。
「密航者?」
二人は、意識せず、顔を見合わせて声をハモらせた。
「誰なんだ?」
「大変申し上げにくいのですが、一人は南雲明海です」
「明海が?」
「あの子は、何を考えているんだ。地球へ残るように言っておいたのに」
健は驚き、京介は頭を抱えた。
「もう一人は、誰なんだ?」
「マルス・オーギュスト、ラビニア衛星大臣のご子息です」
隊員の説明を聞いた二人は、あまりにも予想外の密航者に黙ったまま、再度顔を見合わせた。
「ともかく、明海には会えるのかね?」
「はい、それは可能です」
「俺も行くよ」
「そうしてくれると助かる」
席から離れた二人は、隊員に案内されて、明海達が居る部屋に向かった。
「お父様、健」
部屋に入ってきた二人を見て、明海が気まずそうな声を上げる。
理由はどうあれ、自分の行動が、非合法なことであったと認識しているのだろう。
明海とマルスは、拘束されてはおらず、椅子に座らされているだけだった。
健は、二人の処置が緩いのは、高名な血縁者に配慮してのことなのだろうと思った。
「どうして、こんなことをしたんだ?」
京介の声は落ち着いていたが、責めるような感じに聞こえた。
「わたしの力を月の人達の為に役立てたかったからです」
「気持ちは分からないでもないが、お前まで危険な場所に来たらわたしは安心して仕事ができない」
「お母様は、お亡くなりました」
「明海、いきなり何を言い出すんだ?」
「おばさん、死んだのか?」
健が、驚きの声を上げる。今、初めて聞いたからだ。
「数日前にね、話すのが遅れて済まなかった。なにしろ色々とあったから」
京介は、少し暗い顔をして、妻の死をはっきりと口にした。
「お父様は以前、仰っていましたよね。お母様が心配するから地球に帰れと」
「確かに言ったよ」
「でしたら、そのお母様が居ない今、わたしが月へ行って、この力を使っても問題無いはずです」
明海は、自分の意思をはっきりと言葉にした。
「美紀が死んで、お前まで失うことになったらわたしは、いったいどうすればいいんだ・・・・」
京介は、これまで見せたことのない悲痛な表情を浮かべた。
「健、ハカイオーは絶対に負けないんでしょ?」
明海が、話の矛先を健に向けてくる。
「絶対に負けない」
健は、自信を持って、はっきりと断言した。
「健が言う通り、ハカイオーが守ってくれますから大丈夫です」
「とにかく、このことは月に着いてからもう一度よく話し合おう」
京介は、ため息を付きながら結論を先伸ばしにした。
「それで、お前がラビニアの子供か」
これまで会話に入らず、じっと座って話を聞いていたマルスに声を掛けた。
「はい、マルス・オーギュストと言います」
物怖じすることなく、落ち着いた丁寧な挨拶をするマルスの顔を見て、髪の色や目元辺りが、ラビニアに似ていると思った。
「あなたが上風健さんなんのですか?」
マルスが、不思議そうな顔をして尋ねてくる。
「そうだけど、変か?」
「前にTVで見た時と印象が違う気がしたものですから」
少し、おずおずとした態度で確認してくる。悪いことを聞いていると思っているのだろう。
「地球に居る間に色々あったんだよ。そういうお前はラビニアにそっくりだぞ。やっぱ親子なんだな」
お返しとばかりに思っていたことを口にしてやった。
「お母様、いえ、母を知っているのですか?」
「何回も話したことはあるし、俺の母さんとは友達なんだ」
「そうだったんだ」
声を上げたのは明海だった。
「俺も知ったのは半年くらい前だけどな。KAGUYAプロジェクトとかいうのに関わっていたらしいんだ」
「そういえば光代さんは軌道エレベーター内の安全性を担当していたんだっけ。そこにラビニア大臣も関わっていたなんて意外だな」
京介が、二人の関係に付いて言及する。
「それで上風さん、あなたのお母様はどうされているのですか?」
「死んだよ」
暗さは無く、普通のトーンで答えた。
それとは裏腹に明海と京介は、悲しそうな顔をした。
「すいません。嫌なことを聞いてしまって」
マルスが、姿勢を只して謝罪した。
その姿を見て、相当教育が行き届いているなと感じた。
「別に気にすることじゃないさ。半年以上も前の話しだからな」
完全に割り切った態度に、マルスは怪訝な表情を浮かべていた。
「とにかく二人を月まで連れて行こう」
「健君」
「今更、引き返すこともできないし、それなら月でどうするかを決めさせた方がいいと思うんだ」
「その通りかもしれないな」
京介は、ため息を吐きながら健の妥協案を受け入れた。
「それにしても二人共、どうやって密航したんだ? 仮にも防衛隊の輸送機だぞ」
「わたしは、ミルバさんに緊急用にもらった装置で」
「僕は、クラスメイトに防衛隊の上官の子供が居まして、彼に持っているお金を全部渡して段取りを付けてもらったんです」
「揃いも揃ってなんだかな~」
密航手段の単純さに呆れてしまった。
「マルス、月でラビニアに会ったら、どんなことでもいいからちゃんと話しておけよ。俺は母さんとはちょっとしか話せなかったからな」
「は、はい」
話の内容をよく理解できずに戸惑うマルスに対して、言葉の意味を理解している明海と京介は、気の毒そうな表情を浮かべた。
輸送機は、二人を乗せたまま月へ向かった。
輸送機は、防衛隊月面支部の搬入港に着艦した。
健が、防衛隊の一隊員であり、ハカイオーが所有兵器扱いになっているので、アルテミスシティの空港に降りるわけにはいかなかったからである。
ハンガーに入った輸送機のタラップを下っていくと、そこには司令官を初めとした上官に加え、大勢の隊員達が整列した状態で待っていた。
「上風健中尉に敬礼!」
声と同時に全員が、一子乱れぬ敬礼をしていく。
「物凄い歓迎振りだな」
敬礼を返しながら感嘆の言葉を口にする。
「ようやく戻ってきてくれたんだ。当然だよ」
司令官であるウィリアムの言葉から、嘘ではないと思えた。
それから周囲を見ていくと、トロワはすぐに見付けられたが、珠樹の姿を確認することはできなかった。
「やっと戻って来てくれたわね」
そう言って近寄ってきたのは、ラビニアだった。
「ほんとようやくだよ」
「これで少しは市民の不安も減るでしょう」
ラビニアは、本音を口にした後、後から降りてきたマルスに対して、厳しい視線を向けた。
健が、ラビニアとの握手を終え、輸送機からハカイオーが降ろされるのを全員が見届けると、隊員達は早々に解散していった。
ハカイオーが戻ったとはいえ、鋼鉄兵団に対する警戒が解けたわけではないからだ。
「ラビニア」
歓迎終了後に健は、ラビニアに声を掛けた。
「なにかしら?」
ラビニアは、立ち塞がろうとしたカガーリンを制止した上で返事をした。
「マルスのことで話がある」
「密航だそうね。日本支部の警備の不手際もだけど、あんな非合法な行為をするなんて教育を一から見直さないといけないかしら」
怒ってるような残念そうな声だった。
「怒るのは構わないが、ちゃんと話をしてやってくれ。会わずに地球に返すのだけはやめて欲しいんだ」
「あなたに息子との関係に口出しされる筋合いはないのだけれど」
声に少しばかり苛立ちが混じっていた。
「俺と母さんみたいなことになって欲しくないんだよ。親子として話した時間が数分足らずなんて悲し過ぎるだろ」
健は、自身の経験を踏まえた上で、話をするよう説得した。
「理由くらいは聞いておくわ」
ラビニアは、表情はそのままにマルスとカガーリンを連れて去っていった。
「上風」
声を掛けられて、振り返えると珠樹が立っていた。
「珠樹」
名前を呼びながら微笑むのに合わせて、珠樹も同じように微笑みを返してくる。
「ひさしぶりだな。降りた時に捜したけど見付からないからてっきり居ないのかと思ったぜ」
「僕も前には行きたかったけど、階級が下だから後ろにされちゃったんだよ」
「そうだったのか」
「上風、太ったんじゃない。顔が丸いよ」
顔を指さしながら茶化すように言ってくる。
「乗れていない間に色々あったんだよ」
曖昧な返事をした。本当にやっていたことを言えるわけがなかったからだ。
「それなら、また僕がみっちり鍛えてあげるよ」
健のたるんだ腹を右拳で軽く叩きながら言った。
「そういえば、エリカはどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」
「殉死したよ」
エリカの名前を口にした珠樹の表情から明るさが消え、暗い陰を帯びていった。
「殉死って、何と戦ったんだ?」
「鋼鉄兵団とに決まっているだろ。アルテミスシティに現れた偵察員との戦闘で死んだんだよ。知らなかったのかい?」
「いや、珠樹がヴィーゼルで鋼鉄兵団を倒したことは知っているけど」
月へ行くまでに、鋼鉄兵団に関する出来事をある程度聞いておいたのだ。
「その戦闘の中で、僕を庇って死んだんだよ」
「そうだったのか。行けるのなら墓参りにも行きたいな」
「そうして」
エリカの死に付いて話す二人の間からは、再会の喜びは消え、暗い雰囲気が漂った。
「珠樹じゃない」
声を掛けてきたのは明海だった。
「明海、ひさしぶりだね」
「うん、ほんとだね」
明海の登場に笑顔を取り戻した珠樹は、年相応の少女のように再開を喜び合った。
「二人は知り合いだったのか?」
健は、二人を交互に見ながら言った。知り合った経緯を知らないのだから無理もない。
「地球へ帰ろうとして、逃亡犯に襲われたところを助けてもらったんだよ」
明海が、事情を説明する。
「なるほど、そういうことか」
「ねえ、立ち話もなんだから食堂に行って話そうよ」
珠樹が、提案してくる。
「任務とかあるんじゃないのか?」
「今日は、偵察任務の当番じゃないから大丈夫だよ」
「それならいいや。明海は?」
「わたしもいいよ」
三人は、食堂に行った。
「わたしが何を言いたいかは分かっているわね」
ラビニアは、向かいの席に座っているマルスに厳しい言葉を掛けた。
健の意見を聞き入れ、執務室でカガーリンを抜きにした親子だけで話をしているのだ。
「はい」
マルスは、緊張しているのか、カガーリンが淹れたコーヒーにも側に置かれているお菓子にも手を付けてはいなかった。
「あなたがやったことは重罪よ。刑務所に入ってもおかしくはないレベルだわ。どうして、こんなことをしたの?」
理由は分かっていたが、敢えて尋ねる。
「ハカイオーが居ない無防備な月にお母様が居ると思うといてもたってもいられなくなって、それでこのような不正行為に及んでしまったんです」
マルスは、今にも泣きそうだった。
ラビニアは、すぐに返事をしなかった。
どう言葉を掛けていいか迷っていたからである。
いつもであれは、不正行為を咎めて、地球へ返してしまうところだが、それでいいのかという思いがあったからだ。
息子とほとんど接することなく死んだ光代のことを思うと、マルスとの接し方に迷いが生じてしまったのである。
ラビニアは、席から立ち、マルスの隣に座るなり抱き締めた。
「お母様?」
マルスは、母の突然の行動に驚き、何も言えなくなった。
「あなたのお父様が亡くなる時、あなたを絶対に守るように言われ、わたしは絶対に守ると誓った。そのあなたを絶対に失いたくないの。だから今は地球に戻ってちょうだい。全てが終わったら一緒に暮らしましょ」
ラビニアは、自分の本当の思いを言葉にした。
「分かりました」
マルスは、泣きながら返事をした。久々に母の温もりに触れ、我慢てきなくなってしまったのだ。
「わたしの前で泣くのはこれで最後にしなさい。あなたは立派な男の子なのだから」
「はい! お母様!」
マルスは、母を安心させようと、これまでで一番大きな声で返事をしたのだった。
「いや~ひさしぶりだね~上風君。元気そうじゃないか」
「あんたも元気そうでなによりだよ。ドクター・オオマツ」
自室に戻った健を一番に訪ねてきたのは、ドクター・オオマツだった。
「それにしても再会にしちゃあ、いきなり過ぎやしないか?」
「それは君の方だろ。わたしの治療を途中でほっぽり出して地球に行ったじゃないか」
「あれは行ったんじゃなくて落ちたんだよ。不可抗力ってやつだ」
「何はともあれ、こうして戻ってきたんだから久々の診察といこうじゃないか。君だって症状の経過は気になるだろ?」
「まあ、ならないこともないけど」
地球では色々とあったので、実際のところ気になるどころか、すっかり忘れていた。
「それじゃあ、早速始めるとしよう」
オオマツは、健の意向を無視するようにケースを開けて、診察の準備を始めた。
その時の動作が、とても嬉しそうに見えたのは、決して気のせいではないだろう。
「それで結果はどうなんだ?」
診察結果を尋ねる。
「薬を打たなくても情緒の乱れがないみたいだし、夢に魘されてもいないようだから大丈夫とみていいんじゃないかな」
診察結果を口にしていく。
「それじゃあ、あんたの診察もこれで終わりってわけだ」
「そういうことになるけど、もう少し診察を続けたかったね~」
オオマツは、心底残念そうに片付けを始めた。
「そういえば、君、地球でミルバ・ブチャラティと同棲していたんだって?」
「同棲じゃなくて、同居だよ」
誰に聞いたんだと思いながら嘘情報を訂正する。
「彼女、相当変わっていただろ」
「あんたら知り合いだったのか?」
オオマツとミルバに接点があったことに驚きながら詳細を尋ねた。
「一線は越えていたけどね。で、彼女はどうだった?」
「どうだったって、あんたと同じか、それ以上の変わり者だったよ」
素直な印象を口にする。
「君、抱いていないのかい?」
物凄く不思議そうな顔をして尋ねられた。
「そんなことするわけないだろ。いくら若そうに見えても何歳になるのかも分からないババアだぞ」
「やっぱり君、変わっているな」
「あんたに言われたくないけど、どうして、そう思うんだ?」
「彼女と一緒に居て、抱かなかった男は居ないということさ。君の代わりのパイロットも一緒に居たってことは間違いなく抱いているね」
「そういえば、俺は名字のままだったけど、勇一は名前で呼んでいたな」
ミルバとの会話の中で、思い当たる節を言った。
「それだけ魅力的かつ魔性的な彼女の誘いを断るんだからやっぱり変わっているよ」
「変わっていようが、なんだろうが、ここまで来たらハカイオーに乗って戦えればそれでいいさ」
「いい意味で開き直ったね。それとも悟りを開いたのかな?」
オオマツが、珍しくやんわりとした笑顔を見せた。
「開き直りや悟りでも開かなきゃやってやられないだろ」
「そうかもね。わたしは戻るよ。また、来るから」
「おいおい、俺の診察って終わったんじゃないのかよ。さっきそんなこと言っていたじゃないか」
「そうなんだけど、まだ大臣から終了の命令は受けていないからね」
オオマツは、捨て台詞を残して部屋から出ていった。
「俺、ほんとに月へ戻ってきたんだな」
一人になってベッドに横になった健は、妙なところで月に帰ってきたことを実感したのだった。
「もうすぐシティ内に入るぞ」
「了解です。いつでもどうぞ」
健は、ハカイオーをアルテミスシティと防衛隊支部を繋ぐ通路を歩かせて内部に入れた。
これまでハカイオーが、自身から発する強烈な余熱によって、周囲の物を溶かしてきたことを知っている管制担当の隊員は、半信半疑な気持ちで了解の指示を出していた。
シティ内に入ったハカイオーは、一番被害の大きい区画に進み、瓦礫の撤去を始めた。
破壊粒子を完全に制御できるようになったことで、戦闘以外でも役立てたいという健の申し出をラビニアが承諾したのである。
制御した低出力状態であっても通常の土木機械の何倍も巨大かつパワーがあるので、作業の捗り具合もとても早かった。
しかし、作業員やボランティアに参加している者達は、本当なあの破壊神なのかと疑う気持ちの方が強く、感謝の気持ちはあまり沸かなかった。
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