第24話 炎の中で。

 炎が作る輪の中に居る。

 どれだけ大声で呼んでも答えてくれるはずの両親や姉からの返事はない。

 炎は、自分を追い詰めるのを楽しむのように、ゆっくりと輪の範囲を狭めてくる。

 目の前に突き付けられる死の恐怖によって、喚くことすらできなくなってしまう。

 あと少しで火が足元に届くというところで、炎の輪を割って、一体のパワードスーツが目の前に飛び込んできた。

 突然の出来事に恐怖を忘れて呆然としていると、パワードスーツのハッチが開いて、出てきた男に抱えられるなり、スーツの中へ入れられた。

 男が、外側からハッチを閉じると、パワードスーツが動き出して、炎の中を突き進んでいった。

 

 気が付くとパワードスーツの中に居たままで、どうすればいいのか分からないでいるとハッチが開いて、男が顔を覗かせたが、黒焦げになっていたので、誰なのか分からなかった。

 「坊や、大丈夫かい?」

 男が、苦しそうな声を出しながら安否を確認してきたが、恐怖から解放されたばかりで、返事をすることができず、小さく頷くことしかできなかった。

 「そうか、良かった・・・」

 男は、火傷で歪んだ顔を満足そうに微笑えませた後、頭を垂れたまま動かなくなってしまった。

 駆け付けた他の男達にパワードスーツから出されるまで、自分を助ける為に焼け死んだ男を見続けていた。


 目を開けた勇一が見たのは、ハカイオーのパイロットになってから過ごしている仮設ユニットの天井だった。

 右手で、額を軽く拭いながら゛またあの夢か゛と内心でボヤく。

 「悪い夢でも見ていたのかい?」

 耳元で、声を掛けてくるのはミルバだった。

 顔を動かすと、長い黒髪を枕に垂らし、顎を右手に乗せて、観察するように覗き込んでいる。

 シーツを被ってはいるが、二つの乳房が丸見えなので意味がない。

 「昔の夢を見ていたんです」

 「どんな夢だい?」

 興味深そうに尋ねてくる。

 「自分が幼い頃に火事に合って防衛隊員に助けられる夢です」

 「そういえば君は子供の時に大火事で家族全員を失っているんだっけ。抱かれた後にそんな嫌な夢を見られたんじゃ、あたしの立場が無いな~」

 ミルバは、ふてくされたように背を向けてしまった。今の生活に入ってから誘われるまま肉体関係を結んでいるのだ。

 上層部からミルバの言葉には、極力従うよう命令を受けているからである。

 「自分は弱いのでしょうか?」

 返事を期待せずに問い掛けてみた。

 「どうして、そう思うんだい?」

 ミルバが、背中を向けたまま聞き返してくる。

 「ハカイオーのパイロットという重大な立場を任されるようになったのに、まだ幼い時の体験に悩まされているからです。自分としては克服していたつもりでいたのですが」

 「幼い頃のトラウマってやつは、そう簡単に消せるものじゃないらしいからな。私生活や任務に支障をきたさないのならそのままでもいいんじゃないのか?」

 「そうですね。そう思うことにします」

 気乗りしない返事をした。

 「そんなに思い詰めているのなら最前線である月に行った時に最高の腕を自称する精神科医の診療を受けるといい。かなりの変人だが、腕は確かだぞ」

 ミルバに変人と言わしめるのだから、相当変わった人物なのだろう。

 「今、何時ですか?」

 「六時十三分だな」

 ミルバが、自身のMT《マルチタトゥー》を操作しながら返事をした。

 返事を聞いた勇一は、体を起こして、ミルバの肩を掴んで仰向けにするなり、豊満な胸の谷間に顔を埋めた。

 「これは任務かい? それとも私情かい?」

 嫌がる素振りも見せずに問い掛けてくる。

 「自分の私情です」

 返事をした後、いったい彼女は幾つなのか?といつもの疑問が頭をよぎりながら、ミルバの体をむさぼった。


 「起きるのかい?」

 ミルバが、毛だるそうに尋ねてくる。

 「もうすぐ朝礼の時間ですから」

 勇一は、毅然とした態度で返事をした。

 「君は特別隊員なんだから出る必要はないだろ」

 「特別であっても一隊員に変わりはありませんから規則は守らなければなりません」

 「上風君に聞かせてやりたい台詞だね~。彼なんて一度も出たためしがないよ」

 「中尉は今どうしているのでしょうか?」

 「死んだって報告は聞いていないから自殺はしていないんだろ。案外楽しくやっているのかもよ」

 「そうかもしれませんね」

 返事をしながらベッドルームから出た勇一は、シャワーを浴びた後、キッチンに行って朝食を二人分作った。

 ユニットが用意する合成食は、どうしても口に合わなかったので、自分で作っているのだ。

 二人分作るのは、どうせ作るのなら自分の分も用意しろとミルバに言われているからである。

 食卓にて、朝食を食べながらTVで放送される世界中のニュースに目を通した。

 健と同じく格納庫から出ないよう命令されているので、世界の情勢を知るにはTVを見るしかないからだ。

 「昨日、アルテミスシティを襲撃した鋼鉄兵団を開発中の機動兵器であるヴィーゼルが撃破したことを受け、ラビニア衛星大臣はヴィーゼルを正式に生産することを決定しました」

 「これまでアルテミスシティは、鋼鉄兵団の防衛をハカイオーに一任してきました。しかし、ヴィーゼルの配備が進み防衛力を強化すれば、ハカイオーだけに頼る必要も無くなるでしょう」

 画面に映るラビニアは、自信たっぷりにヴィーゼルの有用性をアピールしていた。

 「もう廉価版の量産に入るのか。まあ、ハカイオーに任せ切りってわけにはいかないから当然か」

 月に鋼鉄兵団が現れたと聞いた時は、緊急出動を予想したが、ヴィーゼルが撃破するライブ映像を見て、杞憂に終わったと思う一方で、驚きを隠せなかった。

 月面政府が、ハカイオーから得たデータを元に機動兵器を製作していることは、かねてから噂になっていたが、はっきりとした形で見せられると驚くほかない。

 そのニュースが終わった後は、チャンネルはそのままに朝食を食べたが、ヴィーゼルの生産以上に興味を惹かれるトピックは無かった。

 

 朝食を食べ終えた勇一は、制服に着替えて、仮設ユニットから出て行った。

 そして、ユニット近くに敷かれている四角いマット状の物に足を乗せて、MTを操作すると、マット部分に朝礼会場の一画が立体映像で映し出された。

 「司令官に対し、敬礼!」

 スピーカーから隊長の声が流れ、会場のステージに立っている司令官へ敬礼を呼び掛ける。

 勇一は、呼び掛けに合わせて、乱れ一つない機敏な動作で敬礼した。

 「隊員諸君、おはよう」

 司令官が、挨拶しながら敬礼を返し、その後に訓示を読み上げていく。  

 勇一が、使っているのは、ラビニアや一郎が宇宙連合の会議などに使用している映像装置の簡易版で、マット部のスクリーンを通して、朝礼会場の一画を投影しているのだ。

 格納庫から離れられない勇一が、朝礼に参加したいという希望に対して、取られた措置なのである。

 朝礼が終わって装置から降りた後、専用ハンガーで待機しているハカイオーの元に行った。

 自分の機体へのちょっとした挨拶のようなもので、ここに住むようになってから毎朝行っている習慣だった。

 両目の輝きもなく、全身が灰色のハカイオーは、ロボットというよりも巨大な石像か神像といった無機質なものに感じられた。

 しかし、一度起動させれば、触れるもの全てを容赦なく焼き殺す恐ろしい兵器と化すのだ。

 ハカイオーとは、全てのものをも拒む存在であり、その対象は人であろうと鋼鉄兵団であろうと関係無いのだろうと思うと背中に寒気を感じずにはいられなかった。

 勇一は、込み上げてくる不安や恐怖を胸の奥にしまいながら、ハカイオーの前から離れていった。

 

 「勇一、客人が来たぞ」

 スクワットをしている勇一に向かって、ミルバが話し掛けてきた。

 健と同じく出撃の無い時は、格納庫内で基礎訓練に励んでいるのだ。

 「あたしと一緒にハカイオーの調整を担当する南雲京介博士とその娘の南雲明海君だ」

 ミルバが、連れてきた二人を順番に紹介していく。

 「初めてお目にかかります。山田勇一少尉であります」

 敬礼しながら自己紹介する。

 「よろしく」

 「よろしくお願いします」

 二人が、順番に返事をしていく。

 「それじゃあ、あたしと南雲君は調整作業を始めるから君らは好きに行動していいぞ」

 ミルバは、京介を連れて、ハカイオーの元へ向かってしまった。

 「それでは、自分は訓練に戻らせていただきます」

 「山田中尉、話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 明海は、勇一に話を持ち掛けてきた。

 

 「何か飲まれますか?」

 勇一は、明海を仮設ユニット内のリビングに案内していた。

 「コーヒーをお願いします」

 「分かりました」

 了承の返事をして、手際よく淹れたコーヒーをカップに注ぎ、砂糖とミルクを添えて明海の前に出した。

 「どうぞ」

 「意外ですね」

 「何がですか?」

 「淹れ立てのコーヒーが出てきたことがです。てっきりマシンのものが出てくるのかと思ったものですから」

 「自分は、合成食が嫌いなので、飲み物も含めて食材は全て天然ものを用意してもらっているんです。まあ、ハカイオーのパイロットとしてのちょっとしたワガママを聞いてもらっているのですよ」

 勇一は、いつになく砕けた表情で話した。

 「そうなんですね」

 「冷めない内にどうぞ」

 勧めるまま、明海は砂糖とミルクを入れて飲んだ。

 「とても、おいしいです」

 穏やかな表情で口にした感想だったので、嘘やお世辞ではないと思えた。

 「それで話とはいったい何でしょう?」

 「ハカイオーのパイロットになったことです」

 「やはり、そのことですか」

 話がしたいと言われた時から聞かれるだろうと思っていたので、驚きはしなかった。

 「どうして、パイロットになったんですか。乗っただけで動かしてはいませんが、ハカイオーはとても危険なものです。乗ってみて何も感じなかったんですたか?」

 話している内に明海の口調が、強くなっていく。

 ハカイオーに乗った者の一人として、警告しているのだろう。

 「あなたもハカイオーを危険なものだと感じたのですね」

 「やっぱり危険だと感じているようですね」

 「はい、感じています。ハカイオーは、いつかパイロットである自分さえ拒みかねない破壊兵器であると思っています。破壊兵器というカテゴリーに治めていいのかも分かりませんが」

 「それならどうしてパイロットになったのですか?」

 「自分は英雄になりたいんです」

 「え?」

 思いもよらない言葉だったらしく、明海はコーヒーを運ぼうとしていた手を止めた。

 「自分は、幼い頃に家を全焼する火事に合って、その時に防衛隊の隊員が、その身を犠牲にして助けてくれたんです。彼は自分が助かったと分かった後に満足そうに微笑んで死にました。それ以来、彼は自分の中で英雄になり、自分も誰かを助けられる英雄になりたいと思って、防衛隊に入隊したのです。そしてハカイオーのパイロットになれば、人類を守れる英雄になれるかもしれないと思い、自ら志願したのです」

 「お志は立派だと思いますが、それでもあんな危険なものに進んで乗るなんて正気じゃありません」

 明海は、非難するような口調で話していた。

 「言いたいことも分からなくはないですが、それなら上風中尉なら乗っても構わないというのですか?」

 勇一は、静かな声で言い返した。

 「健は、なんというか大丈夫だって気がするんです」

 自分の言葉に自信が無いのか、顔をやや下に向けながらの返事だった。

 「理由はどうあれ、自分は最後までハカイオーのパイロットを務めるつもりです」

 「そうですか、よく分かりました。わたしはこれで失礼させていただきます」

 明海は、半分も飲んでいないコーヒーをそのままに席を立った。

 「あなたは、ハカイオー無しで鋼鉄兵団に勝てると思いますか?」

 重い口調で問い掛ける。

 「戦いには勝てないかもしれませんが、使うことが正しいとも思っていません」

 返事をした明海は、ユニットから出て行った。

 

 「どうした? えらく機嫌が悪いじゃないか」

 「そんなことありませんよ」

 「勇一に何か言われたか?」

 「どうして、そう思うんですか?」

 「あいつと話してから態度が変だからな」

 「英雄になりたいからってハカイオーみたいな危険なものに自分から乗ろうとするなんておかしいですよ」

 「あいつはガキの頃に死にそうな目に合っているから強大な力に対して、強い憧れを持っているんだろうよ」

 「彼もそんなことを言っていました」

 勇一との会話を思い出しながら返事をする。

 「勇一に限らず、人間って奴は良い悪いに関係無く強大な力に惹かれる性癖があるんだよ。核兵器なんてとんでもなく危ない兵器を所有していたのもそのせいさ」

 「それならミルバ先生は、いったい何に惹かれているんですか?」

 「興味のあるものならなんでもさ。ようし、もういいぞ」

 明海の腕から注射器を抜きながら言った。

 「これでいいんですか?」

 「ああ、これだけあれば十分だ。今、止血してやる」

 赤黒い血の入った試験管を三本刺している注射器を脇に置いて、隣に置いてある止血用スプレーを取り、針を射していた部分に軽くかけて止血した。

 ミルバは、明海から試験管三本分の血を取ったのである。

 「わたしの血を使うことで本当にハカイオーを調整することができるのですか?」

 「ハカイオーは、胸部中央にある万物破壊装置によって莫大な力を発揮するが、その力があまりに強過ぎて、手足を破壊してしまうんだ。だから、君の癒しの力を技術的に応用した制御装置を開発して、ハカイオーに組み込めば破壊の力を制御することができるというわけさ」

 「そういうことですか。あのミルバさん、健には会うことはできないのでしょうか?」

 「君と上風君は幼馴染みだったな。あそこに入った人間は本来面会謝絶なんだが、あたしが政府に掛け合えば会えないこともないだろうが、今はハカイオーの調整にかかりきりだから、それが終わってからでもいいか?」

 「それで構いません」

 「分かった。調整が終わって会えるようになったら連絡する」

 ミルバは、返事をした後、器具を持って部屋から出て行った。


 目の前に無数の鋼鉄兵団の偵察員が迫ってくる。

 勇一は、突き出したハカイオーの両手から蒼い炎を放出して、前方の偵察員を一瞬にして溶かしていく。

 後方の偵察員は、一つに合わさり、巨大な右腕となって突撃してくる。

 ハカイオーは、両手を閉じる代わりに前腕の装甲を展開して、内部から照射した黒い光で、右腕を塵にした。

 次に左から現れた巨大ロボット状態のアッサム、ロレッド、バウンドが一斉攻撃を仕掛けてくる。

 勇一は、三体の中から動きを封じようと吸引攻撃をしているバウンドにハカイオーを向かわせ、右足を突き出して、スクリュー中央を突き刺し、その姿勢のまま足から黒い稲妻を出して、完全に焼失させた。

 それからまとわり付くように攻撃してくるロレッドとアッサムの飛行パーツに対して、全身から放出した黒煙を一斉に起爆させることで、全て破壊していった。

 遠距離武装が破壊されるとロレッドは剣で、アッサムは徒手による接近戦を挑んできた。

 勇一は、ハカイオーをその場から動かさず、右手から稲妻、左手から炎を出して、二体同時に撃破していった。

 「ミッション完了、シミュレーターを終了します」

 抑揚を欠いたアナウンスの後、室内の照明が点っていった。

 シートに座っていた勇一は、軽く息を吐きながらVG《ヴァーチャルゴーグル》を外し、左脇にあるレバーを引いて、後ろへ下がりながら外へ出た。

 勇一が、使っているのは過去の戦闘データを元に映像解析部門が製作したハカイオーのパイロットである勇一専用に開発されたシミュレーターだったのだ。

 一日の訓練メニューを終えた勇一は、ユニットに戻り、シャワーを浴びてからいつものように食事を二人分用意して、一人で食べた。

 ミルバは、ここ最近調整作業にかかり切りで、そういう時は寝食を忘れる性質なので、構わないのでおくことにしているのだ。

 「勇一」

 寝ている勇一に、ミルバが声を掛けてきた。

 「なんです?」

 「腹が減った」

 「分かりました」

 ベッドから出た勇一は、冷蔵庫に入れて置いた夕食を温め直した。


 晴れ渡った青空の下、ハカイオーは平地に立っていた。

 建物だけでなく雑草さえ一本も生えていない、地平線の彼方まで平らな茶色の地面が広がる場所だった。

 「勇一、準備はいいか?」

 ハカイオーに搭載済みのブレインポッドのコックピットにミルバからの通信が入ってくる。

 「いつでもどうぞ」

 勇一は、とても冷静な声で返事をした。

 初陣の時の緊張感が嘘のように、気持ちが落ち着いていたからである。

 「今からハカイオーの調整完了テストを始める。あたしがいいと言うまで動かし続けるんだ。調整はうまくいっているから絶対に壊れることはない。まずはこれまでの限界時間だった一時間を越えるまで動かし続けろ」

 「分かりました」

 勇一は、指示通りにハカイオーを動かし始めた。

 その様子を余熱で焼かれない距離に浮遊している十数機の撮影用ドローンが、あらゆる角度から撮影していた。

 そのドローンから送信されてくる映像をミルバ達は、さらに距離の離れた場所に設置されている観測ユニット内のモニター室で見ながら観測しているのだった。

 勇一は、ハカイオーに様々な動きをさせ、時には胸からのビームを高出力で発射したりした。

 周囲に何も無いことに加え、上空には航空機、さらには衛星軌道上の人工衛星さえ遠ざけているからこそできることであり、ハカイオーの調整テストに際して、ミルバが邪魔になるものを全てどかすように連合政府に呼び掛けた結果なのである。

 勇一は、ミルバの特権の凄さを改めて実感しながらハカイオーを動かし続けた。

 

 「もうすぐ一時間が経過します」

 観測班から指定された時間が近付いていることを知らせる通信が入ってきた。

 「もうすぐ一時間か」

 気付かない間に一時間が経過しようとしていたらしい。

 左手のMTに表示させているタイマーを見ると、後一分ほどで一時間になるところだった。

 タイマーが、指定された時間へ向かって刻一刻と時を刻むに連れて、体全体が強張ってくる。

 限界時間を越えることに加え、手足が破損した状態のハカイオーを操縦するのが初めてという、未知の領域に足を踏み入れることへの不安が、自分でも意識せずに体を緊張状態にさせてしまっているらしい。

 固唾を飲みながらタイマーを見ると、一時間を経過した。

 それでも止めずに動かし続けていたが、ミルバが言った通りハカイオーは壊れなかった。

 「勇一、ハカイオーの状態はどうだ?」

 ミルバが、頃合いを見計らったように通信を送ってきた。

 「今のところ異常は一切みられません」

 機体の状態をそのまま報告する。

 「よし、そのまま動かし続けろ」

 「了解です」

 勇一は、さっきまでの緊張が嘘のように溶けて、身も心も軽くなり、ハカイオーを今まで以上に機敏に動かしていった。

 

 「五時間を経過しました」

 「勇一、異常は無いな」

 観測班の報告に被せるようにミルバが通信を送ってきたが、その言い方は質問というよりもただの確認だった。

 「問題ありません」

 「それなら一旦休憩だ」

 「自分ならまだやれます」

 意表を突く言葉を耳にして、思わず強目な声で言い返してしまう。

 「あたしやお前はいいかもしれないが、他の連中を休ませないといけないだろ」

 「そうですね。分かりました」

 勇一は、ミルバの言葉に従い、ハカイオーをその場で停止させ、ブレインポッドを外へ出して、観測ユニットの手前に着陸させた。

 キャノピーを開け、体を外に出して、大きく背伸びをしながら深呼吸する。

 長い間、狭い場所で同じ姿勢を取っていたので、とても心地良く感じられた。

 「体はなんともないのか?」

 観測ユニットのモニター室に入ってきた勇一に向かって、ミルバが尋ねる。

 「先程身体検査を受けましたが、なんの異常もありませんでした」

 ユニット内で受けた検査結果を伝える。

 「そうか、じゃあ一時間ほど休憩したら再開だ」

 「分かりました」

 返事をした後、なんだか体が微妙に熱い気がしたが、検査で異常が出なかったので気にしないことにした。

 「どうやらうまくいきそうですね」

 京介が、お茶を飲みながらミルバに話し掛けた。

 「何がだ?」

 ミルバが、コーヒーを飲みながら聞き返す。

 「何がって、ハカイオーの稼動継続時間ですよ。これまでは一時間足らずで手足が壊れて稼動に著しい支障が出ていたのに五時間経過してもなんの異常もみられないんですよ」

 京介は、目を輝かせ、声を弾ませながら話していた。

 「当然だろ。あたしが調整をしたんだから失敗するわけがないじゃないか」

 京介の態度とは正反対に、ミルバはさも当然といった様子だった。

 「そうですね」

 京介は、声を落としながら返事をしつつも反論しなかった。ミルバが、こういう性格であることを知っていたからだ。

 あのようなことを口走ってしまったのは、難題をクリアできた喜びが、ミルバの人格的情報を忘れさせてしまったのだろう。

 「まあ、しかしだ。その成功も君と明海君の力が合ってのものだからな。特にあの子の力が無かったら成功は有り得なかっただろう。その点では君ら親子には感謝しているよ」

 「あ、ありがとうございます」

 「なんだ? 声のトーンが変だぞ」

 「いえ、ミルバ先生から礼を言われるとは思わなかったものですから」

 「君は、あたしをなんだと思っているんだ? 変わり者だが、これでも正真正銘の人間だぞ。礼くらいは言えるさ」

 「そうですね。すいません」

 京介は、また謝ってしまった。

 「次は二十四時間に挑戦する。交代要員を要請しておけ。ただし、あたし達は休めないからな」

 「分かりました」

 京介は、言われた通りに政府に交代要員を要請した。

 「勇一は、こいつを投与しておけ」

 側に立っている勇一に自動注射器を渡した。

 「これはなんですか?」

 「特性の強心剤だ。これを打てば二十四時間の操縦にも耐えられる」

 「分かりました」

 勇一は、言われるままに強心剤を首に投与した。


 「間もなく二十四時間が経過します」

 「ハカイオーの状態は?」

 「こちらでは異常は検出されていません」

 「勇一、ハカイオーの状態はどうだ?」

 「全く問題ありません」

 「二十四時間、経過しました」

 観測班が、これまでになく声を高揚させながら時間の経過を報告した。

 その言葉にモニター室に居るミルバ以外の全員が、感嘆の声を上げ、室内に達成感が広がっていった。

 「これならハカイオーの調整は完了したとみてよろしいんじゃないでしょうか?」

 「まあ、二十四時間戦えれば政府としては要件を満たしたとして、あたしが関わる隙も与えてくれないだろうな」

 「どこか寂しそうですね」

 「そんなことはないさ。よし、引き上げ準備だ。勇一、お前はハカイオーからブレインポッドを出したら先に支部へ帰還しろ。ハカイオーは余熱が冷めるまで動かせないからな」

 「いいえ、自分はここに残ります」

 「どういう意味だ?」

 「ハカイオーは、たった今から自分とドラッグチルドレンの所有物になったからですよ」

 勇一は、静かな一言を放った。

 「山田中尉、それはいったいどうことだ?」

 京介が、焦り気味に言葉の意味を尋ねてくる。

 「言った通りですよ。ハカイオーは地球でも月でもなくドラッグチルドレンの所有物になるのです」

 勇一は、ふざけるわけでも冗談でもない真面目な口調で返事をした。

 「ようやく尻尾を出したか」

 ミルバが、知っていたという口振りで話した。

 「それはどういう意味ですか?」

 さっきとは逆に勇一が、聞き返す番になった。

 「お前が薬野郎だって知っていたということさ」

 「それでいつ知ったんです?」

 「お前に抱かれた次の日に精液を調べていたんだよ。なんだか変な感じがしたからな。そうしたら常人には出ない薬物反応が出てピンときたというわけさ。親無しという点でも素養はあったしな」

 「ええ、自分は孤児になった後、研究機関に引き取られ、機械の扱いに長ける能力を身に付けたんです。それで、どうして政府に報告しなかったんですか?」

 「お前が何をしようとしているのか興味があったから黙っておいてやったのさ」

 「あなたは、本当に変わった人だ」

 勇一は、怒るでもなく、苦笑いを浮かべながら返事をした。

 「君は、これからハカイオーを使って何をするんだい?」

 「この場所を拠点に同士が安心して暮らしていける理想郷を創ります。資材は政府に提供してもらいますよ。ハカイオーを手中に収めた自分達の要求に嫌とは言えないでしょうから」

 「君一人で、交渉とかもやるつもりか?」

 「いいえ、すでに同士はあなた方の近くに居ますから大丈夫です」

 勇一の返事の後、観測班達が、白衣から出した銃をミルバと京介に向けてきた。

 「まさか、君達は・・・・」

 「このユニット内に居る観測班は全員ドラッグチルドレンですよ。ハカイオーの調整が完了したらすぐに行動できるようにと交代要員になりすましていたのです」

 観測班の一人が、説明した。

 「ほんとに手際のいいことだ。それで鋼鉄兵団はどうするんだい?」

 「もちろん倒しますよ。自分達の住む星が無くなっては意味がないですからね」

 「じゃあ、試してもらおうか」

 「ミルバ先生、そんな都合よく鋼鉄兵団が現れるわけがないでしょ」

 「そうでもないぞ。ほら」

 ミルバが、言い終わるタイミングで地面が大きく揺れ始めた。

 「地震ですか?」

 「そうじゃない。地鳴りだ」

 ミルバは、自身のMT《マルチタトゥー》を見ながら答えた。

 「いったい、何が始まるんです?」

 「来るんだよ。鋼鉄兵団が」

 そう言っている内にハカイオーの足元の地面が大きく割れ、中から八つ首で銀色の蛇が姿を現した。

 「本当に鋼鉄兵団じゃないですか!」

 京介の驚きの声は、ユニット内に波紋のように広がり、銃を構えているドラッグチルドレン達を動揺させていった。

 「見ての通り鋼鉄兵団のお出ましだ」

 ミルバは、自分の予想通りになったので、とても嬉しそうだった。

 「ですが、どうして鋼鉄兵団が来ることが分かったんです?」

 京介が、当然の疑問を口にする。

 「地殻変動だよ」

 「地殻変動?」

 「奴等は、以前地下から出てきたことがあったから、また地下から出てくるかもしれないと思って、地震局に地殻データを寄越すように言っておいたのさ。そうしてハカイオーに近付きつつあるのが分かったからここにしたんだ」

 「それでは、この場所をハカイオーの調整完了のテスト場に選んだのは・・・・」

 その先は、言葉を詰まらせて、声に出すことができなくなった。

 「そう、全てはこのタイミングに合わせる為だったのさ。さあ、勇一、お前の言葉を証明してみせろ」

 ミルバは、挑発的な言葉を送るなり、自分が置かれている状況を省みず、近くの椅子に座ってしまった。

 「いいでしょう。完璧に調整されたハカイオーの力を世界に知らしめるには、またとない機会です」

 勇一は、ハカイオーを大蛇の真正面に向かわせていった。

 大蛇は、口を大きく開け、頭四つを勢いよく伸ばし、残りの四つは口から消化液を発射してきた。

 「そんなものが効くか~!」

 地面を蹴って、消化液を蒸発させながらハカイオーを正面に飛び込ませ、炎を宿した両手を振って、四本の首を斬り落としていく。

 落ちた首は、ハカイオーの足首に絡み付き、溶けながらも前のめりに倒したのだった。

 その隙に大蛇は、残っている四つの頭を一つに合わせ、体に見合った巨大な頭を形成すると口を大きく開け、ハカイオーを丸飲みにした。

 口の中は筒状になっていて、ハカイオーはその中を落下していき、やがて目の前に広がる真っ赤な光景に飲み込まれてしまった。

 

 「ハカイオーの反応が消失したぞ!」

 モニターからハカイオーの反応が消えるのを見たドラッグチルドレンの一人が、驚きの声を上げた。

 「同士、応答してください! 同士!」

 何度呼び掛けても勇一からの返事はなかった。

 「奴等、マントルまでハカイオーを落としたんだな」

 ミルバが、自身のMTに表示させている画面を見ながら言った。

 「どうして、鋼鉄兵団はそんなことをするんです?」

 京介が、素直な疑問を口にする。

 「今の自分達の武器じゃ歯が立たないと分かって、マグマで溶かそうと思ったんだろうよ。鋼鉄兵団も考えたじゃないか」

 ミルバは、感心していたが、それ以外の者達は、顔を青ざめさせていた。

 「そんなことになって同士は大丈夫なのか?」

 ドラッグチルドレンの一人が、不安を顔いっぱいに浮かべ、銃を持っている手を震わせながら尋ねてくる。

 「大丈夫だ。こんなことでやられるハカイオーじゃない。問題は勇一の腕次第だがな」

 地面が、これまで以上に激しく揺れた後、大蛇の真下から真っ赤な光が溢れ出し、そこから一気に吹き出したマグマによって、大蛇は跡形もなく消し飛び、その中から現れて着地したハカイオーは、無傷な姿のまま大地に立ったのだった。

 その姿をミルバを除く全員が、感嘆の思いで見ていた。

 「これで分かったでしょう。ハカイオーは自分達のものであると、これをもって世界に自分こそが英雄だと証明してみせますよ」

 マグマの噴出が収まっていく中、勇一が高揚した気分で言い終わった直後、ハカイオーの全身が黒く輝き、黒煙を全身から放射し始めた。

 「なんだ? いったい何が起こっているんだ?!」

 勇一は、機体を制御しようと慌てて、操縦桿を動かしていったが、ハカイオーは操作に一切反応せず、黒煙を放出し続け、茶色だった地面を漆黒に染めていった。

 「まさか、自分を拒んでいるのか?」

 以前自分が言ったことを思い出した。

 その言葉を証明するように後頭部のハッチが開いて、異物を吐き出すようにブレインポッドを放出した。

 ハカイオーから強制分離させられたブレインポッドは、減速できずに地面に叩き付けられ、二、三回横転していった。

 「本当に、本当に拒まれた・・・・」

 キャノピーを開け、中から出てきた勇一は、呆然した表情で、黒煙を吐き続けるハカイオーを見ながらぼんやりと呟いた。

 パイロットを拒んだハカイオーの周辺では、黒煙が天を貫く黒い渦と化していった。

 「ミルバ先生、あれはいったいどういうことですか、ハカイオーは何をしているんです?!」

 「完璧になったんだ」

 焦る京介とは反対にミルバは、静かな一言を言い放った。

 「完璧?」

 「そう、手足が壊れないっていうリスクの無くなったハカイオーは、破壊粒子を無尽蔵に放出し続ける本当の破壊神になったんだよ」

 「それじゃあ、このまま破壊粒子を放出し続ければ地球はおしまいじゃないですか」

 「地球どころか宇宙さえ滅びるだろうな」

 「そんなの最悪の結末じゃないですか。なんとうことをするのですか?!」

 京介が、大声で避難の言葉を吐き出す。

 「あたしは、政府にハカイオーを完璧に調整するように言われ、興味があったから引き受けて完遂したまでさ。それにしても見たまえ。あの黒い渦を、なんて美しいのだろう」

 ミルバは、世界を破壊しようとしているハカイオーが造り出した黒い渦をうっとりとした表情で眺めていた。


 「・・・・嫌だ。自分は英雄になるんだ。英雄に・・・・」

 勇一は、譫言を言いながらハカイオーにゆっくりと近付いて行き、破壊粒子の中に自ら飛び込んだ。

 その瞬間、目の前に自分を助けてくれた隊員が立っていた。

 「自分は、僕は、あなたみたいになれたでしょうか?」

 その問いかけに隊員は、無言で頷いた。

 「良かった・・・・」

 勇一は、これまでで最高の笑顔を見せながら破壊粒子に飲まれて、この世界から完全消滅したのだった。

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