第23話  癒しの力。

 「それを治癒してくれ」

 葉が萎れ、花の重さに耐え切れないかのように茎が大きく曲がった枯れかけの鉢に入ったチューリップが目の前に置かれると、天井に設置されているスピーカーから男性ならではの低い声による指示が流れる。

 明海は、言われるまま右手でチューリップの茎に触れ、自身から発する光を注いでいく。

 少しするとチューリップは、葉に張りが戻り、頭を上げるように茎がぴんと伸び、花は花弁を大きく広げて、咲いていた頃の姿を取り戻していった。

 その様子を見ていた明海は、もう大丈夫だと思い、光を止めて右手を降ろした。

 治癒していく過程を近くで見ている白衣を着た五人の研究員が、感嘆の声を上げつつ、詳細な記録を取っていく。

 「気分はどう?」

 明海の隣に立っている女性研究員が、優しい声で体調を尋ねてきた。

 「大丈夫です。問題ありません」

 軽い感じで返事をする。

 「なら、いいわ」

 女性研究員が、微笑みを浮かべながら返事をする一方、それ以外の研究員達は、明海のことなど眼中に無いかのように元通りになったチューリップを見ながら、あれこれと議論を交わしている。

 その光景を見ている明海は、自分が治癒させる装置のように扱かわれている気がして、物凄く嫌な気分になった。

 「まだ、続けられそうか?」

 天井から実験続行の可否を問うアナウンスが流れる。

 明海は、すぐに返事をせず、斜め上に見える監察用の窓に目を向けた。

 窓の外側には、青髪の三十代後半の男が立っていて、早く返事をしろと言わんばかりに鋭い視線を向けてきている。

 男の名前はダイタロス・クレータ、自分の研究を担当しているチームの主任だった。

 「後、一回なら」

 回数を決めた上で返事をしてやった。

 ダイタロスは、満足しているのか、不満なのか、相変わらず読み取ることのできない堅い表情を浮かべている。

 目力はあるが、いつも無表情で、感情を読み取ることができないのだ。

 「次の被験体を出せ」

 ダイタロスの指示で、明海の目の前に被験体を乗せたカートが運ばれてきた。

 「っ!」

 被験体を見て、明海は絶句した。

 カートに乗せられているのが、腹を裂かれ、内臓が飛び出している黒猫だったからである。

 開腹行為は、ついさっき行われたようで、腹から溢れ出る鮮血が、カートを赤黒く染めて、容量を満たしていく。

 明海は、実験開始の合図を待たず、手に血が付くことも構わずに腸を腹に押し込めて、猫に両手を添えて光を注いでいった。

 傷が完全に塞がると、黒猫は両目を開け、自身に何が起こったのか分からないといった感じで辺りを見回し、血溜まりの中に居るのが分かると物凄い勢いでカートから飛び出て、床に血の跡を付けながら部屋の隅に行った。

 それから危険が無いと判断したのか、毛に付いている自身の血を拭き取ろうと毛繕いを始めた。

 「良かった。本当に良かった」

 安堵の表情を浮かべた明海が、服で血を拭きながら近付いて、右手を差し伸べると、猫は求めに応じるように顔を擦り寄せ、ゴロゴロと甘えた声を出してくるのだった。

 そんな微笑ましい光景を研究員達は、黙って見ているだけだった。

 「何をしている。早く猫を回収しろ」

 ダイタロスの指示を聞いた研究員の一人が、我に返ったように側にあるケージを手に取って、明海から奪うようにして猫を押し込め、試験室の外へ持っていった。

 「約束通りにやったんだからわたしは部屋に戻ります」

 明海は、怒りを押し殺した低い声で実験の終わりを告げ、ダイタロスの返事を待たずに試験室から出て行った。

 

 「南雲さん、待って」

 追いかけてきたのは、試験室で話し掛けてきた女性研究員だった。

 「らんさん、何か用ですか?」

 明海は、不機嫌な表情を見せた上で、研究員の名前を呼びながら用件を尋ねた。

 「さっきの実験のことだけど・・・・・」

 蘭は、後ろめたいことをしたと自覚しているのか、気まずそうな顔をして、言葉を詰まらせていた。

 「ここではあんな酷いことまで平気でするんですね」

 静かな声で、猫への行為に対して、非難の言葉を口にする。

 これまで死にかけた魚など、生き物を扱った実験をしてきたことはあったが、あそこまで意図的に傷付けられた動物での実験は初めてだったからだ。

 「あれはわたしも知らなかったの。猫を使うってことしか聞かされていなかったから」

 「結局は猫を傷付けるわけでしょ。同じことですよ」

 「何の話をしているんだ?」

 監視室から出てきたらしいダイタロスが、会話に割り込んできた。

 「相手が猫だからってよくもあんなことができるもんですね!」

 蘭の時と違い、蔑むような視線を向け、怒りを込めた強い声で非難の言葉をぶつける。

 「君の能力を確かめる為の実験だ。そんなに怒ることじゃない」

 非難の言葉を聞き流すように、平坦な口調で言い返してくる。

 「もし、わたしが直せなかったらどうするつもりだったんです?」

 「猫が死ぬだけだ」

 「動物の命をなんだと思っているんですか?!」

 思っていたよりも冷淡な言葉を耳にした明海は、怒りの感情が爆発して、自分が思う以上の大声で怒鳴ってしまい、周囲を歩いていた研究員達が、何事かと足を止めた。

 「なんとも思っていない。ただの実験動物だからな。死ねばそれまでだ」

 ダイタロスが、言いながら周囲に目配せすることで、研究員達はその場から離れていった。

 「なんて人なの」

 怒りを通り越して、呆れるあまり怒鳴ることさえできなかった。

 「僕を非難するのなら隣に居る蘭も含めてこの研究所に居る全員を非難するんだな。実験動物を使って色々な実験をしているのは僕だけじゃないからね」

 ダイタロスにしては、長く話している方なのだが、無表情かつ声に抑揚が欠けているので、機械が話しているみたいだった。

 明海は、何も言わずにダイタロスの脇を通って、自室へと戻っていった。

 蘭は、追いかけてこなかった。 


 京介は、椅子に座っていた。

 目の前には、人種や年齢がバラバラの男女十人が並んで座っていて、京介に対して攻めるような不満のあるような鋭い視線を向けている。

 「それではこれより人類発展委員会における南雲京介博士の報告不備による事情聴取を行う」

 京介は、宇宙連合の科学部門のTOPの集まりである人類発展委員会にて、明海の能力を隠していたことに対する説明責任を問われることになったのだ。

 「南雲明海は、本当に君の子供で間違い無いのだね」

 中央に座っている理事長が、初歩的なことから問い掛けてくる。

 「お手元にある資料を見れば明白でしょう」

 「確かに遺伝子上では君と美紀夫人の子供であることが証明されている。では、何故あのような超越した能力を持っているのだ? 普通の人間が持ちえる筈の無い力だぞ」

 「あれは宇宙探査で見付けたある物質によって得てしまった能力で、いわば副作用のようなものなのです」

 京介は、重い口調で説明を始めた。

 「君と夫人は確か第二十七船団に所属していたんだったな」

 「そうです。わたしはロボット工学、彼女は生物学と専門分野は異なりましたが、同じ調査団として活動している内に意気投合して船内で結婚して、明海を設けたのですが、あの子は生まれながらに体が非常に弱く、わたし達はいつもそのことを気にかけていました。その最中に滅びかけた惑星を発見したのです」

 「君等が調査したという惑星のことだな」

 「正確には滅ぼされかけた惑星ですが」

 「報告には何も発見できなかったとなっているが、いったい何を発見したのだね?」

 「宇宙人の死体です」

 「何だって?!」

 京介の発言を耳にした理事長を含む出席している役員全員が、驚きの声を上げていく。

 「君は異星生命体の標本を手に入れたというわけか?」

 「そうです」

 「どういうことなのか、くわしく聞かせてもらおう」

 理事長が、押し殺した声で先を促す。

 「星に降りた我々が見たのは無数の爆破跡で、大きな戦争でもあったのかと調査をしていく内にその爆発が彼等の技術レベルでは起こせないことが判明し、別の技術を持った何者かの攻撃を受けて滅ぼされことが分かったのです。さらに調査を続けている内に惑星に住む生物の死体を見付けたのです」

 「状況的にみれば死体を発見しても不思議ではないな」

 「はい、死体といっても右腕だけで、しかも相当腐敗も進んでいましたが、それでもなんらかの研究素材になると思って回収し、生物学の権威でもあった妻に渡して調べさせたところ細胞を活性化させて再生かつ治癒させる効果があることが分かったのです。そしてその右腕に僅かに残っていた血液から作った血清を娘に投与したのです。もちろんこの件に関しては妻も承諾ました。なにしろ娘の命が掛かっていたいましたから」

 「そして例の力を得たわけだな」

 「そうです。わたし自身、明海があのような力を宿していることを知ったのは、あの子を庇って重症を負った健君を完全に治癒したという話を聞いた時です。宇宙人が元々持っていた能力なのか、娘に投与したことで発症したのかは分かりませんが」

 「力を獲た経緯は分かった。それではどうしてこのことを我々委員会に報告しなかったのかね? 委員会に所属している者は全ての発見、研究の経過と成果を報告する義務があるのは君もよく知っているだろ」

 委員長の言葉の後、役員全員が、京介に責めるよう視線を向けていく。

 「それは、あの当時ドラッグチルドレン事件が起きていたからです」

 「確かにあれは実に痛ましい事件だった。委員会が世間の猛批判に晒され、存続が危ぶまれるくらいだったからな」

 「あの事件に何人かの役員も関わっていたと記憶しています。もし、報告していればわたしを騙して娘を強制的に取り上げ、色々な実験台をさせられていたでしょうから。今のようにね」

 京介が、お返しとばかりに役員達を睨み返していく。

 「事件に関わった役員達は全員逮捕されて除名処分になったのだから我々をそんな目で見ないでくれたまえ」

 理事長が、やれやれと頭を降りながら言い返す。

 「報告義務を怠った件に付いては認めますが、娘を守る為だったことはご理解下さい」

 「君の言い分はよく分かった。だが、重要な発見の報告を怠ったことに変わりはない。よって、君を委員会から除名とし、今後全ての研究への関与を禁止するものとする」

 委員長が、京介への処分を口にする。

 「わたしは、どのような処分も受ける覚悟ですが、娘はどうなりますか?」

 「今まで通り実験に協力してもらう。安心したまえ。無茶なことや傷付けるようなことはしないと約束しよう。ある人物から強引なことはしないようにと要請さているのでね」

 「分かりました」

 京介は、重い声を出して、自身の処遇を受け入れる返事をした。

 「ちょっと、待ってくれ」

 ミルバが、軽妙な声と共に会議室に現れた。

 「ミルバ女史?」

 ミルバの姿を見た委員長を含む役員全員が、気まずそうな表情を浮かべていく。

 「ブチャラティ先生」

 驚きの表情を見せる京介が、ミルバの名字を先生付けで呼んだ。

 「あたしのことは、そんな言いづらそうな名字じゃなくて呼びやすい方の名前で呼べと言っているだろ。相変わらずだな。南雲君は」

 ミルバが、京介に対して懐かしそうに声を掛けてくる。

 「それで、ミルバ女史。委員会にいったいなんの用かな? あなたは委員会に所属していない筈だが」

 委員長が、苦々しい声で用件を尋ねる。

 「確かにあたしは、委員会には属してはいないが、ありとあらゆる研究機関に介入する特権があることを忘れたか? 用件は南雲君の処分の取り下げだ」

 「処分の取り下げとはどういうかですかな?」

 「言葉通りだ。南雲君の処分を取り下げた上で地球に帰還してハカイオーの調整に協力してもらう。南雲君は、ハカイオーの調整に必要不可欠な人材だからな」

 「そんな、勝手なことを言わないでもらいたいな。南雲明海の要請も承諾したばかりなのに」

 委員長が、戸惑いの声を上げる。

 「あたしの言葉だけじゃ不満なら連合の代表全員に説得させようか?」

 ミルバが、笑顔のまま凄んでみせる。

 「いや、それには及ばない。あなたの言う通り南雲君の除名処分は撤回する」

 連合代表のことを口に出された委員長は、即座に京介の除名処分を撤回した。

 「それでいい。他に言いたいことがある奴は居るか?」

 ミルバの問い掛けに対して、委員会は黙んまりを決め込む。

 「何も無いのならお引き取り願おうか」

 その言葉に従うように役員達は消えて、部屋にはミルバと京介の二人だけになった。

 「ブ、いえ、ミルバ先生、助かりました。ありがとうございます」

 京介が、安堵の表情を浮かべ、ネクタイを緩めながらミルバに礼を言う。

 「なあに、あたしとしては君にハカイオーの仕上げを手伝ってをして欲しかったし、他に頼み事もあったから丁度いいタイミングだったよ」

 「頼みってなんですか?」

 話を聞いた京介は、役員と同じように表情を曇らせた。

 「君の娘の力を借りたいんだ」

 ミルバは、京介とは反対に気楽な顔で用件を言った。

 「あなたも明海の力を利用しようというのですか?」

 用件を耳にした京介の表情が、みるみる険しいものになっていく。

 「そんな怖い顔をするなよ。君が頭に思い描くようなことをするわけじゃない。ハカイオーの調整に協力してもらうだけさ」

 「どうして明海の力がハカイオーの調整に必要になるんです?」

 「あの子の癒しの力はハカイオーの調整に打ってつけなんだ。頼むよ。除名処分から助けてやっただろ~」

 気色悪いくらいの猫撫で声で、恩を着せてくる。

 「ほんとにそれだけなんですよね」

 疑わしそうな視線を向けながら尋ねた。

 「ああ、それだけだ。あの子の力に興味がないこともないが、今はハカイオーの調整の方に興味が向いているんでね」

 「分かりました」

 京介は、苦い表情のまま承諾の言葉を口にした。

 「よし、取り引き成立だ。それじゃあ、地球で会うとしよう」

 言い終えるとミルバも消え、部屋には不安な表情を浮かべる京介一人になった。今居る場所は月にあるヴィーゼルの新しい開発工場の応接室だったのだ。

 「ミルバ先生が来いと言っているのだからもう準備は整っているんだろうな」

 言い終えた京介は、軽くため息を吐いた後、応接室を出て地球へ向かう為の支度を始めた。


 「これはいったいどういうことなの?」

 自室でTVを見ていた明海は、チャンネルを回している内に勇一のパイロット就任式の模様が目に止まり、驚きの声を上げていた。

 「健に何かあったのかな?」

 健以外には操縦できないと思っていたハカイオーに見知らぬ人間が乗るという突然の事態を目にして、気が動転してしまい、理由もなく部屋の中をうろうろしてしまった。

 「どうしよう。ここに居る人達に聞いても何も答えてくれなさそうだし。そうだ。ネットで調べてみよう」

 明海は、左腕に付けているマルチリングを操作して、ネットを立ち上げ、ハカイオーのパイロット交替に付いて調べることにした。

 その中で街に現れた健が、一般市民に囲まれて逃走するというニュースを目にした。

 「健、こんな目に合っていたんだ」

 研究所に入れられた当初は、TVやネットなどに制限が掛けられて、ニュースを見ることができなかったので、この事件に関しては今まで知らなかったのだ。

 その後も色々なサイトを巡っていったが、度重なる戦いでノイローゼになった、反乱を恐れた連合政府によって密かに暗殺されているなど、当たっているとも的外れとも取れる情報しかなく、いまいち決定打に欠けるものばかりであった。

 「何か他に調べる方法は無いかしら?」

 再度、部屋の中をうろうろしながら考えを巡らせていった。

 「訪問者がお越しです」

 部屋に設置されているAIが、訪問者が来ていることを知らせてきた。

 「誰かな?」

 部屋の設置機器とリンクさているマルチリングを操作して、標示させたHS《ホログラムスクリーン》で訪問者の顔を確認する。

 「ダイタロスだわ」

 画面に映るダイタロスを見て、思わず嫌な顔をしてしまった。

 「何しに来たんだろ? さっきのことで文句でも言いに来たのかな~」

 追い返せるはずもないと思ったので、嫌々ながらドアを開けることにした。

 「何の用ですか?」

 さっさと帰ってもらおうと、嫌そうな声を出しながら用件を尋ねる。

 「邪魔者が来たんでね。計画を早めることにしたんだ」

 いつものように無表情な顔で返事をしてくる。

 「計画ってなんですか?」

 「君の護送だよ」

 「護送?」

 予想外の言葉を耳にして、思わず聞き返してしまう。

 「できれば、もう少し確かなデータを取ってからにしたかったんだが、さっきも言った通り邪魔者が来たんで計画を切り上げることにしたんだよ」

 「邪魔者? 計画?」

 訳が分からず、気になった言葉を口に出していく。

 「君が知る必要は無いことだ」

 ダイタロスは、白衣から麻酔銃を取り出した。

 「わたしを勝手に連れ出せば、あなただってタダじゃ済まないわよ」

 麻酔銃を前にしても怯まず言い返した。月での壮絶な体験から麻酔銃程度では、恐怖心を抱かないようになってしまったのだ。

 「誤魔化しようは幾らでもあるさ。僕にはたくさんの同士が居るからね」

 明海は、ダイタロスが話している間に扉を開けようとマルチリングを操作したが開かなかった。

 「生憎、この部屋の操作は入る時にロックさせてもらったよ。観念するんだな」

 ダイタロスは、言い終えると引き金を引いた。

 明海は、右手を前に出して光の壁を張ることで、ダイタロスを壁に弾き飛ばした。

 「君は治癒能力以外にもそんなことができたるんだったね。だったら」

 ダイタロスは、明海の前から消えたかと思うと背後に立っていて、左手に持っているスタンガンを首に押し当てて動けなくした。

 「さて、これで心置きなく君を連れ出すことができる」

 全身が痺れて動けない中、ダイタロスに肩を掴まれて、仰向けにされた後に抱き抱えられてしまった。

 自分に何かしようと企んでいる男に密着させられ、それによって伝わってくる感触や体温が、明海にこれまでにない怖気を感じさせた。

 そこで扉が開いた。

 「なんだ。この扉は? なかなか開かないじゃないか。大事な人間を入れているのならきちんと点検しておけ」

 部屋の中に入ってきたのはミルバだった。

 「ミルバ女史か。どうして入ってこられた? ロックが掛かっていた筈だぞ」

 思わぬ訪問者を前にダイタロスが、驚きの声を上げる。

 「ロックがかかっていたのか。どうりでコードを読み解くのが面倒くさかったわけだ」

 ミルバが、ワザとらしく肩を回してみせる。

 「入ってきたものは仕方がないが、わたしの邪魔はしないでくれよ。ミルバ女史」

 ダイタロスは、ミルバを女史付けで呼びながら左手に持っているスタンガンを捨てるなり、右袖から出した銃を撃った。

 弾が胸に命中したミルバは、声も上げずにその場に倒れた。

 「地球最高の頭脳を失ったのは残念だが仕方ない」

 ダイタロスは、明海を抱え直して出口に向かった。

 「まったく久々に痛い目に合ったな~」

 その声を聞いたダイタロスが、驚きのあまり声も出せずに背後を振り返ると、そこには平然と立ち上がり、銃撃された胸から弾をこぼれ落としているミルバの姿があった。

 「お前はいったいなんなんだ? 人間なのか?」

 ダイタロスが、これまでの言動からは、信じられないくらいに表情を歪めやがら疑問をぶつける。

 「お前と同じだよ。薬物野郎。もっともあたしの場合は、自分でやった結果だけどな~」

 「俺は薬野郎じゃない! ドラッグチルドレンだ!」

 「おいおい、自分から忌卑する名前を口にしてどうする?」

 「黙れ! 黙れ! 黙れ~!」

 ダイタロスは、喚きながら銃の引き金を引きまくった。

 「君も科学者なんだから、そんな豆鉄砲、あたしには効かないのが分からないのか」

 ミルバは、前に出した左手で、銃弾を受け止めていく。

 やがて、弾が尽きたダイタロスは、銃を捨てて明海を降ろすと、ミルバの背後に回って、白衣から出したナイフで首を刺そうとした。

 「それも効かないぞ」

 後ろを振り返ったミルバは、右手でナイフを受け止めながら、左手でダイタロスの頭を付かむなり、九十度捻って息の根を止めた。

 「まったく、ここに入れるくらい優秀なのに復讐に走るとは馬鹿だな。君は」

 ミルバは、動かなくなったダイタロスに対して、哀れむような言葉を掛けた。

 「大丈夫かい?」

 起き上がろうとする明海に向かって、再生した左手を伸ばしながら声を掛けてくる。

 「はい、もう大丈夫です」

 手を取って体を起こしながら返事をした。

 「この人、いったいなんなんですか?」

 ダイタロスに怯えた視線を向けながら尋ねた。

 「ドラッグチルドレン、宇宙に適応できる新人類を生み出そうっていう妄想に憑りつかれた馬鹿な科学者連中が、身寄りの無い子供を使って新薬の実験をした事件の被害者達のことさ。こいつは君に随分とご執心みたいだったけど」

 「わたしを護送するって言っていました」

 「大方、君の力を利用して組織の象徴にでもしようとしたんだろうね」

 「わたしは、こんな人達の言う通りなんかなりませよ」

 「その時は薬でも使って洗脳する気だったんだろ。この手の奴等ならやりそうなことだ」

 「そうなんですか」

 ミルバの説明を聞いた明海は、背筋が凍るほどの怖気を感じてしまった。

 「ところで、あなたはいったい誰なんですか?」

 「あたしはミルバ・ブチャラティ、見ての通り科学者だ」

 自身の存在をアピールするように両手を広げながら自己紹介してくる。

 「は、はあ」

 さっきの様子を見て、科学者と言われても素直に信じることができなかった。

 「それで、わたしに何か用だったんですか?」

 「ハカイオーの調整に協力して欲しいんだよ」

 「ハカイオーですか?!」

 ハカイオーという名前を聞いた明海が話に食い付いた直後、爆音が鳴ったかと思うと連発して、部屋の中を僅かに揺らしていった。

 「なんだ? どこかの施設で実験でも失敗したのか?」

 「さっき、ダイタロスが同士がどうのとか言っていました」

 「なるほど、こいつの仲間がここに爆弾を仕掛けたのか。なら、さっさとここから出ていくぞ。わたしの目的は君をわたしの研究場所へ連れていくことだからな」

 「わたし、許可もなくここから出てもいいんでしょうか?」

 「ここには危険なウィルスも多数保管されているから、そこに爆弾を仕掛けていたとしたら命の保証はできないぞ」

 「分かりました。一緒に行きます」

 明海は、決意を固めた表情で返事をした。

 「いい返事だ。付いてこい」

 廊下に出ると、我先に逃げ出そうとする研究員で溢れ、研究所中が大パニックになっていた。

 「そこの貴様、彼女をどうするつもりだ?」

 研究所の警備員が、ミルバに声を掛けてきた。

 「安全の為に外へ連れて行くんだ。あたしは政府から特別な許可をもらった者だから問題無い」

 白衣から証明書を取り出して見せる。

 「それは失礼しました。ですが、その役目は我々に任せてあなたも早急に避難してください」

 「悪いね。あたしが先約なんだ」

 言い終わるなり、白衣から投げた小さな玉が強烈な発光を起こして、警備員の目を眩ませた。

 「走るぞ」

 「はい」

 二人が、出口に向かって走っている中、数人の研究員と出くわした。

 「お前がここに居るということは同士は確保に失敗したのね。わたし達は成功したのに残念だわ」

 真ん中に居る蘭は、別人と思うくらいにキツい表情をして低い声を出していて、右手には銃を持っていた。

 「蘭さん、あなたもダイタロスの同士だったんですね」

 ショックな出来事だったので、声は抑揚を欠いてしまった。

 「彼とは施設に居た頃からの仲なの。それで彼は今どこ?」

 「あたしが天国に行かせてやったぞ。それよりもなんてことするんだ。せっかくの研究が台無しじゃないか」

 「黙れ! 科学の犬め。その研究で犠牲になった同士達に死んで詫びるがいい!」

 蘭が、持っている拳銃を撃ってきた。

 「やめて!」

 明海は、右手を前に出し、光の壁を張ることで弾丸を防いだ。

 「ナイスフォローだ」

 明海が弾丸を防いでいる中、ミルバがマルチリングを操作した直後、天井を突き破って姿を見せたスカイビートルが、蘭達を押し潰した。

 「さあ、これに乗ってくれ。ここから出るぞ」

 「蘭さん達、死にましたよ」

 天井の破片の間から流れる血を見ながら言った。

 「あいつらだって、あたしらを殺そうとしたんだから正当防衛さ。そんなことよりも早く乗ってくれ。時間が無い」

 「分かりました」

 明海は、言わるままビートルの助手席に座った。

 ミルバは、明海の搭乗を確認するとビートルを発進させて、研究所から離れていった。

 その直後、研究所の一画が大爆発して、黒煙を上げたのだった。

 

 「人類発展委員会の委員長と数名の役員が射殺されて、彼等が関与していた研究施設が爆破されたそうだ。ドラッグチルドレンは念願だった復讐を果たしたわけだ」

 スカイビートルの運転席に座っているミルバが、一方的に話していた。

 「あの、助けていただいてなんですけど、あなたは本当に誰なんですか?」

 明海は、話し終わるタイミングを見計らって、再度素性を尋ねた。

 「名前はさっき名乗った通りだし、見ての通り特権を持った科学者だよ」

 ミルバが、手放しで答える。運転は自動操縦にしてあるからだ。

 「その特権を持っている科学者が、わたしになんの用なんですか?」

 「君の能力をあたしの研究に応用したいのさ。それに君とは、さほど無関係ってわけじゃない。君の父親である南雲君はかつての教え子だし、ハカイオーのパイロットだった上風健とは支部で同居していたこともあるし、君の扱いを軽くするよう人類発展委員会に言ったもあたしだからな」

 「だから、ダイタロスが数日前からわたしの意見を聞くようになったんですね。ハカイオーにはどういったことで関わっているんですか?」

 「あたしの研究はハカイオーを調整して完璧に仕上げることなんだ」

 「それじゃあ、パイロットが交代したのもあなたが関係しているんですか?」

 「あたしの研究成果の一つだよ。上風君の血を使い、彼以外でもハカイオーに乗れるように設定したんだ」

 「どうして、そんなことをしたんです? ハカイオーへの搭乗は健の心の支えでもあったんですよ」

 「それに付いては政府の要請だからとしか言えないね。上風君のままでは政治家どもに取って色々と都合が悪かったのさ」

 「それで健は、今どこに居るのかもご存じなんですか?」

 「もちろん知っているよ。上風君は政府の保養地に居て、”不自由の無い生活”を送っているはずだ」

 「そうですか、無事で良かった」

 健が、生きていると知ってほっと胸を撫で下ろした。

 「早速で悪いが、日本支部にあるハカイオーの格納庫へ来てもらう」

 「いきなりですか? わたし、なんの準備もしていないんですけど」

 「南雲君の許可は取ってあるし、政府も了承済みだ。それに明日には南雲君自身も来ることになっている」

 「お父様が、地球にいらっしゃるのですか。あの、それでしたら母に会っておきたいのですが、宜しいですか? 研究所に居る間はずっと会えなかったものですから」

 「いいだろ」

 ミルバは、明海の言う住所にビートルを向けた。


 「おかえりなさいませ。お嬢様」

 家の前に立つと、玄関が開いて顔馴染の家政婦が顔を出した。家に帰ると事前に連絡を入れておいたからだ。

 「佐竹さん、お母様の容態は?」

 「今はお部屋でお休みになっておられまして、今日は少しばかりおかげんもよろしいようで発作は起こしておりません。ただ、お医者様の話では・・・・・」

 佐竹が、やや曇った表情で返事を濁す。

 「分かったわ。ありがとう」

 明海は、母である美紀の元に向かった。

 「お母様、ただいま」

 「明海、お帰りなさい。どうして急に帰ってきたの? 研究所への支援は? なんだか、爆発があったってニュースがあって心配していたのだけれど」

 明海のことは、研究の手助けということになっているのだ。

 「もう終わりましたので帰ってきたんです。爆発とも関係ありません。それでお加減はいかがですか?」

 「あなたが、帰ってきたんだもの。楽に決まっているわ」

 顔色を見れば、すぐに嘘だと分かったが、あえて口にはしなかった。

 「明海、わたしは間違っていたのかもしれない」

 「どういう意味ですか?」

 「あなたが生まれた時、あなたはとても弱かった。すぐにでも死んでしまいそうだった。だから、京介さんと相談して異星人の血で作った血清を投与したの。そのお陰であなたは健康体になれたけれど、そのせいで人ではない力まで授けてしまった。わたしはあなたに自然に抗う力を与えてしまったのかもしれないわ。本当にごめんなさい」

 美紀は、話しながら泣き始めた。

 「いいんです。そのお陰でわたしはあなたのような素晴らしいお母さまとお父様を愛されることができました。本当に感謝しています」

 手を握りながら感謝の思いを言葉にしていく。

 「ありがとう。あなたは本当に最高の娘だわ。その言葉が聞けただけでわたしは十分よ。これでようやくゆっくり寝られるわ」

 「そんな、お母さま。わたしの力でどうにかしますから!」

 明海は、光る手を差し伸べた。

 「その力は、わたしにじゃなくて、他の人の為に使いなさい。授かった意味があるとすれば世界を救う為なのだから」

 言い終えた美紀は、ゆっくりと目を閉じ、静かな表情を浮かべたまま動かなくなった。

 「お母さま~!」

 明海は、止めるように言われたにも関わらず光る右手を美紀に近付けていった。

 「やめたまえ」

 いつの間にか部屋に入ってきたミルバが、止めに入った。

 「ですが、このままでは母が・・・・」

 「お母さんは、自然なままの死を望んだんだ。その死を否定するということはお母さんに対する冒涜だぞ」

 これまでと違い厳しい声で、注意を促してきた。

 「・・・・そうかもれしれませんね」

 右手の光を治めた明海は、両目に涙を浮かべながら美紀の両手を取って胸の上に重ねていった。

 「あの、ハカイオーの格納庫へ行くのは明日でもいいですか?」

 「いいだろ。南雲君にはあたしから連絡を入れておくよ」

 「ありがとうございます」

 ミルバが出て行き、母と二人になった明海は、堰を切ったように大泣きした。

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