第22話 友の言葉。

 「本日より山田勇一凖尉をハカイオーの正式なパイロットに任命する」

 言い終えた一朗が差し出す辞令書を、式典用の礼服を着た勇一が、礼式に乗っ取った動作で受け取った。

 辞令書の授与が終わるタイミングで、式に出席しているゾマホ首相を含む連合の代表達が、勇一に向けて盛大な拍手を送り、その様子をステージの手前に陣取っている報道陣のカメラが写真や映像に撮っていく。

 勇一の任命式の模様は、マスコミを通じて世界中に生配信されているのだ。

 「山田凖尉、挨拶を」

 進行役を勤めている高官が、辞令書を手にしている勇一に挨拶を促す。

 「本日よりハカイオーのパイロットを任されることになりました山田勇一准尉であります。ハカイオーを任されたからには人類の平和と鋼鉄兵団の殲滅に尽力する所存であります」

 勇一は、カメラからの大量のフラッシュを一身に浴びながらも瞬き一つせず、挨拶の言葉を述べた。

 挨拶が終わると、記者から矢のように質問が飛んできて、内容の大半はパイロットことへの感想であったが、中には健からの交替の経緯と、その後の処遇についてのものもあった。

 「皆さん、質問はご遠慮ください。以上で任命式を終了とさせていただきます」

 高官からの質問の禁止と終了宣言に対して、記者達は当然のように不満を口にしたが、勇一を含め登壇者は誰も返事をせず、一朗を含む大臣達は会場から退場し始めた。

 「自分にどこまでできるかは分かりませんが、皆さんに頼られ信頼される英雄になれたらと思っています」

 高官の言葉を無視するように、その場に残った勇一は、自身の気持ちを声に出した。

 その言葉を聞いた記者は、チャンスが来たとばかりに再度質問を浴びせてきたが、勇一はさっきと同じように一切答えることなく会場を後にし、主役が居なくなったことで式は本当に終了となった。


 「あの任命式はいったいどういうつもり?」

 ラビニアは、画面の越しのゾマホ首相を睨み付けながら問い掛けた。

 「君も見ていたのだろ。ハカイオーの新しいパイロットの任命式だよ」

 ゾマホ首相が、さも当然といった言葉を返してくる。

 「わざわざ月にまで電波を飛ばしてまで、見せる必要があったのかしら?」

 任命式の模様は、月でも放映されていたのだ。

 「パイロットが変わったのだから地球だけでなく月にも知らせる必要はあるだろ。君みたいに政府から直接連絡がいくわけではないし、なによりもハカイオーは世界の命運を左右する兵器なのだから当然のことだと思うがね」

 「わたしは式典に招待されていないのだけれど」

 「再建処理に忙しいと思って見送らせてもらったよ」

 「それで、どうして上風健をハカイオーから降ろしたの? 彼に何かあったということかしら」

 式典出席へ連絡不備を聞き流すように、パイロット交代に付いて尋ねた。

 「彼は度重なる戦闘でちょっと精神を病んでしまったので、パイロットを続けさせるのは危険と判断して、今は政府が所有している保養地で"快適な生活"を送っているよ」

 「快適ね~」

 声を出していく間にラビニアの表情はさらに険しくなって、声量も低さを増していった。

 「そんな恐い顔をしなくてもハカイオーは近い内に月へ戻すよ。もう少しで調整が完了しそうなのでね。前にも言ったと思うが、不完全なまま返されても困るだろ?」

 嫌な感じで余裕をみせてくる。

 「調整が済むまでの間、月を無防備なままにさせるのが、地球側の判断というわけね」

 あからさまな嫌みを口に出す。

 「そんな嫌味な態度を取らなくてもハカイオーは必ず月へ戻すさ。君の方こそ何か別の防御手段を考えてはいないのかね? ロボット工学の権威が集まっているのだからハカイオーのデータから量産型くらい造れるだろ」

 月の情勢を見透かすような口振りだった。

 「無いなりに考えてはいるわ」

 差し障りの無い内容で言い返す。

 「それならお互いに最善を尽くそうじゃないか」

 ゾマホ首相は言い終わると、ラビニアの返事を待つことなく一方的に通信を切ってしまった。

 「ハカイオーが地球に落ちて回収された時点で、何かしてくるとは予想していたけど、こんな形で示されるとは思わなかったわ。地球側のパイロットの任命式を堂々と放送するなんて、ハカイオーを地球のものにしたと宣言しているようなものじゃない」

 ラビニアは、椅子に体重を掛け、息を漏らしながら不満を口にした。

 「まさか、パイロットを交代させるとは思いもしませんでしたからね」

 カガーリンが、絶妙なタイミングでコーヒーを運んでくる。

 「おそらくパイロットを交代できる技術を開発したんでしょ。砂糖とミルクもお願い」

 「かしこまりました」

 カガーリンが、手早く砂糖とミルクをカップの脇に置いていく。

 ラビニアは、コーヒーに砂糖とミルクを入れ、よくかき混ぜてから飲んだ。

 今まではブラックで飲んでいたのだが、ここ最近は砂糖とミルクを必ず入れるようにしている。

 ブラックだと味が濃過ぎる気がするからだ。

 茶色になったコーヒーを自分が弱気になっている証拠だと思いながら無言で飲んだ。

 「地球は約束通りハカイオーを月に返してくれるでしょうか?」

 カガーリンが、暗い表情で不安を口にしてくる。

 「今は、そう思うしかないわ」

 自分が弱気になることやカガーリンが不安を言う原因は、ハカイオーの不在にあった。

 鋼鉄兵団という驚異に対抗できる兵器が不在という現状で、襲撃されたらどうすればいいのかという不安が、気持ちを暗く弱らせているのである。

 「大臣、地球への避難要望者が抗議の声を上げ始めました」

 庁舎配属の警備隊長からの通信だった。

 「騒いでいるだけなら構わないから静観していなさい。暴徒と化すようなら催涙弾を使って鎮圧して」

 「了解しました」

 「頼んだわよ」

 指示を出して、通信を切ったラビニアは、さらに大きなため息を漏らす。

 ハカイオー不在という不安から地球への避難要望者が急増したのだが、元々避難用のシャトルが不足していただけに対応できるわけもなく、自分達に順番が回ってこないことに不満を募らせた市民が、庁舎に集まって抗議する事態になっているのだった。

 「そろそろ時間ね」

 「はい、屋上にヘリを用意してあります」

 カガーリンの返事を聞いたラビニアは、執務室を出て、屋上に用意されている無人のヘリに乗った。

 移動する際に昨日よりも明らかに増えているデモ隊を目にした。

 

 ヘリが着いた場所は、無傷の大規模工場のヘリポートだった。アルテミスシティの端にあったことで、これまで鋼鉄兵団の攻撃を受けずに済んでいたのである。

 「皆さん、お昼の時間になります。順次休憩に入ってください」

 昼休みを告げるラビニアの声が、スピーカーを通して工場全体に流れた。

 作業を止めた作業員達が広場へ行くと、食事を積んだ巨大カートの手前に配膳係が並んでいて、その中にはラビニアとカガーリンの姿もあった。

 「今日もお疲れさまです」

 ラビニアは、作業員一人一人に労いの言葉を掛けながら事前に配っていた食器に食事を盛っていく。

 大臣から直々に配膳してもらうとあって、作業員達は恐縮した笑顔を浮かべながら食事を受け取っていき、ラビニアは最後の一人まできちんと配膳を行った。

 

 「大臣、お疲れさまでした」

 工場の来客室にて、カガーリンが労いの言葉と共に食事を置いた。

 メニューは、作業員達に出していたのと同じものだった。

 ここでの食事に際しては、同じものにするようにラビニア自身が、希望したからである。

 このことを言い出した時、カガーリンはいやしくも大臣が作業員と同じメニューの食事をすることに猛反対したが、強引に押し切ったのだ。

 ラビニアとしては、KAGUYAプロジェクトに参加している時を思い出すので悪い気はしなかったし、食事の味も格段に上がっていたので、食べることにも問題は無かった。

 「完成まで後どのくらい?」

 「一両日中には、微調整を含め完了いたします」

 机を挟んで向かい側に座って、食事をしている京介が即答する。

 「作業は予定通りに進んだというわけね」

 「はい、大臣自らが配膳されることで作業員の士気も向上いたしましたし」

 「それはともかく、これで明日にはパイロットを選ぶ試乗テストができるわね」

 「はい、防衛隊からもすでに候補者の選抜も済んでいると連絡がありました」

 「それならいいわ」

 ラビニアは、少しだけ満足と安心した気持ちで食事を続けた。


 目の前に鋼鉄兵団の中でも最下級にカテゴリーされている偵察員が立っていて、銃に変形させた右腕を向けている。

 珠樹は、コックピット内に表示させているコンディションデータに視線を向けて機体の状態を確認すると、左腕は完全に破損し、武器の残弾も少なく、推進剤も残り僅かで、もう一回ブーストダッシュできるかどうかという劣悪な状態にあることが分かった。

 偵察員が、レーザーを撃ってくるタイミングで、機体の足底に内蔵されているホバー機構を用いた浮遊移動で左側に避けながら、両足のペダルを力いっぱい踏み、背中と脹ら脛にあるバーニアをおもいっきり噴射させ、機体を一気に加速させるブーストダッシュを使って、偵察員に急接近していく。

 近付いてくる珠樹の機体に対して、偵察員は変形させた左手から出した光刃を真横に一閃してきた。

 攻撃を回避できないと判断した珠樹は、左レバーを引いて機体の脱出機構である下半身分離を行い、分離の際に発生するジェット噴射によって上半身を大きく飛び上がらせ、偵察員に肉薄するなり武器の残弾全てを顔面にお見舞いした。

 「敵機撃破、ミッション完了。このシミュレーションを終了します」

 抑揚を欠いた平坦な声のアナウンスの後に全面モニターが暗転すると、通常のライトが点いて、曲面で構成されている壁とパイロットシートだけの殺風景な室内を照らしていった。

 珠樹は、全身の力が抜けたように激しく息を切らしたまま頭を下げ、それによって額から沸いていた大量の汗が、顔に装着しているVG《ヴァーチャルゴーグル》に落ちて、内側を濡らしていく。

 VGを取りながらシートの脇にあるレバーを上げると、後方のハッチが開いて、シートが後ろに引かれる形でシミュレーターの外に出た。

 長く密閉されている空間に居たので、外の空気はとても清々しく、心地よく感じられた。

 「珠樹、お疲れ」

 エリカが、声を掛けながら右手に持っているタオルを差し出してくる。

 「ありがとう。エリカ」

 受け取って、顔を拭きながら礼を言う。

 「少し休んだらシャワー浴びに行こ。そうすれば夕食にも間に合うし」

 「エリカは、先に行っていて。僕はもう一回やっていくから」

 タオルで顔を拭きながら返事をする。

 「何言っているの。午後からずっと乗りっぱなしじゃない。いいかげんに休まないと体に響くよ。明日はパイロットの選抜テストなんでしょ」

 エリカが、世話焼き女房のような苦言を呈す。

 「だから、もう一回やって操縦の感覚を完璧に体に馴染ませておきたいんだよ」

 疲れを隠した苦笑いを浮かべながら返事をした。

 「ほんとは彼氏が居なくて寂しいからじゃないの~?」

 隣のシミュレーターから出てきた地球所属の男性隊員が、小馬鹿にしたようにからかってくる。

 「上風をそんな風に言うな!」

 怒鳴り終えた珠樹は、タオルをその場に投げ捨て、男性隊員に詰め寄っていく。

 「珠樹、止めなよ。今、問題起こしたら明日のテスト受けられなっちゃうよ」

 エリカの言葉を耳にして、珠樹は足を止めてタオルを拾った。

 「せいぜい、がんばるこったな」

 男性隊員は、表情を強張らせながら嫌味を言った後、シミュレーションルームから出て行った。

 「まったく、勝手なこと言って」

 「そんなに怒らなくてもあの人、近い内に悪いことが起きるから」

 「ほんとに?」 

 「ほんとだよ。ほら、わたし達も行こ」

 「でも、僕は・・・・」

 珠樹は、顔を伏せて返事を濁した。

 「そんなイライラした状態でやってもいい結果なんか出ないって」

 エリカに左腕を掴かまれた珠樹は、出口へ向かっておもいっきり引っ張っていかれた。

 「分かった。分かったってば~」

 珠樹は、素直に応じることにした。エリカは、一度言い出したら聞かず、やや細身な見た目に反して腕力があるからだ。


 「俺だけど、地球に居るから心配しないでくれ」

 ベッドに入った珠樹は、自身のMT《マルチタトゥー》のメッセージBOXに保存してある健からのメッセージを聞いていた。

 もちろん、自分にしか聞こえないように音量を下げての視聴行為である。

 メッセージを受信して以来、鋼鉄兵団への不安を紛らわす為に寝る前に聞くのが習慣になっているのだ。

 操作を終え、明日の為に寝ようと目を閉じた。

 「珠樹、まだ起きている?」

 上のベッドから降りてきたエリカが話しかけてきた。二人は同室なのだ。

 「これからだよ」

 「なら、お話しできるよね」

 言いながらベッドの脇に腰掛けてくる。

 「エリカが寝る前に話しなんて珍しいね」

 エリカは、就寝時間ともなると挨拶もそこそこにすぐに寝てしまうからだ。

 「なんか、今日は話したい気分なんだ」

 「それで何の話をするんだい?」

 「明日はいよいよ選抜テストだね」

 「選ばれるかはどうかは分からないけどベストを尽くすよ」

 「大丈夫、絶対に選ばれるよ。珠樹がずっと頑張ってきたのをわたし見てきたから」

 「エリカの絶対に当たる勘ってやつ?」

 「そう、たくさんの実験の中で与えられたわたしの中途半端な力」

 「それは言わない約束だよ」

 珠樹が、ちょっとキツめの声で注意する。

 「ごめん、けど否定的な意味じゃなくて、そういうわたしでもここまでやれたんだから珠樹もできるって言いたかったんだよ」

 「そうか、ありがとう」

 「ねえ、そこまで頑張るのはやっぱり彼の為?」

 「ど、どうして、そこで上風のことが出てくるの?」

 予想外のワードを耳にして、思わず気が動転してしまう。

 「だって、珠樹が今まで以上に頑張るようになったのって、彼が居なくなってからじゃない」

 「そうだったかな。この話を聞いた後は、パイロットに選ばれる為に必死だったから分からなかったよ」

 「彼のことが好きなの?」

 「い、いいいきなり、何聞いているんだい?」

 てんぱるあまり声が裏返ってしまった。

 「どう思っているのかなって思って」

 「・・・・分からない」

 曖昧な返事をした。

 「好きってわけじゃないの?」

 「上風が居た時は、同じ隊員って気持ちの方が強かったし、アルテミスシティの防衛を任せきりにして、何もできない自分の無力さを歯がゆく思っていたよ」

 「居ない今は?」

 「僕が頑張って、ハカイオーが無くても大丈夫だって上風に証明したいと思っているよ」

 「好きかは分からないけど、彼のことを意識しているのは確かみたいだね」

 「エリカ、いじわるだよ」

 年相応の少女のようなふくれっ面をしてしまう。

 「ごめん、ごめん。じゃあ、わたしは寝るから。おやすみ」

 「おやすみ」

 エリカとの会話で、気付かない内に健を強く意識していたことを自覚したせいで、胸が変にドキドキしてしまい、なかなか寝付けなかったが、シミュレーターのやり過ぎで疲れていたのか、知らない内に寝てしまった。


 その頃、月面では

 「こんな偵察に意味があんのかね~?」

 「お偉いさんからの命令なんだからやるしかないだろ~」

 彼等は、鋼鉄兵団警戒の為に月中に飛ばしているドローンのコントロール船に乗って、月面での偵察任務に当たっているのだった。

 「確かに地球じゃあ、落ちていった奴等の破片が集まって化け物になったって話らしいけど、月に来たのは全部ハカイオーが壊したんだろ」

 「俺もそう思うけど、下っ端は命令通り時間まで偵察するしかないさ」

 「それもそうだな」

 「ん?」

 「どうした?」

 「今、一瞬レーダーに小さな反応があったような気がしたんだけど」

 「気のせいじゃないのか。鋼鉄兵団ってのはみんなデカいんだぜ」

 「そうか、そうだよな~」

 偵察隊は、そのまま別場所へと移動していった。

 

 翌日、珠樹は、ラビニアが配膳係として訪れている工場に来ていた。

 「お前達は、シミュレーターの上位成績者として新型兵器のパイロット候補に選ばれた者達であり、本日の試乗テストにて正式パイロットを選抜する。心して当たれ」

 トロワが、今日の選抜テストの概要を説明していった。

 「それでは早速、新型兵器を見てもらおう」

 言い終えたトロワが、開閉スイッチに自身のMTを翳すと正面の隔壁が、重厚な音を上げながら開いていった。

 そこから姿を現したのは、五つのハンガーごとに立っている五体の鋼の巨人だった。

 人型ではあったが、身長はハカイオーの半分ほどで、直線的な外装で覆われ、風防ガラス越しにメインカメラのレンズが見える頭部に剥き出しの間接など、鎧で覆われたような外見をしたハカイオーとは異なり、いかにもパーツを組み合わせて造られた工業製品といった姿をしているのだった。

 ただ、ハカイオーの半分の大きさとはいえ、人型をした巨大な機械の存在感は凄まじく、珠樹を含む候補者全員が感嘆のため息を漏らした。

 「この機体は正式名称をヴィーゼル、ハカイオーのデータを元に製造された対鋼鉄兵団用機動兵器だ。見ての通り人型で人間と同じ動きを可能にしている。これまでの兵器とは操縦感覚が大きく異なるが、シミュレーターで培ったノウハウを存分に生かして欲しい。それでは割り振られた順番に機体に搭乗しろ」

 若い番号を割り当てられた隊員達が、右肩に番号を左肩に赤や青で色分けされたヴィーゼルに搭乗していく。

 「まずは歩行からだ。工場の外へ出て歩いてみろ」

 トロワのMTを通しての指示を出した後、各ヴィーゼルが動き出し、ハンガーから離れ、歩行用マットの敷かれたグラウンドに足を踏み入れた途端、五機はふらつき、ほぼ同じタイミングで、前、後ろ、横へと倒れていった。

 「いきなりこれか。全機、機体を起こして、ハンガーに戻して降りろ。今乗っている者達は全員失格とする」

 トロワが、落胆した声で出した指示を出していく。

 指示通りに機体を起こして、ハンガーに戻ってきたヴィーゼルから出てきた隊員達は、嘔吐用に所持していた袋に口を当てるなり、溢れるほどに盛大に吐いていき、それを見た残りの隊員達は顔を青ざめていくのだった。

 なお、嘔吐している者の中には、昨日珠樹をからかった男性隊員も混ざっていた。

 エリカの言葉が、当たったのである。

 その後も試乗テストは続けられたが、まともに動かせたのはほんの数名しかいなかった。

 

 その頃、被災地の一画では一人の少女が、複数の男達に犯されていた。

 「お願いだからもう止めて~!」

 少女は、自身への凌辱行為を止めるよう大声で叫んでいた。

 「おいおい、こんな気持ちのいいこと止められるわけないだろ。ボランティアで月に来たのが運の尽きだったな。お嬢さん、あははははっ!」

 凌辱行為に耽っている男は、少女の哀願に触発されるように腰の動きをさらに激しくしていった。

 その様子を周囲の男達は大声で笑い、時に卑猥な言葉を投げ付けながら見ているのだった。

 「ああ~! 誰でもいいからこいつらを殺して~!」

 少女は、気が狂ったように大声で、男達の殺害を天に向かって懇願するのだった。

 「なんだよ。こいつもう狂っちまいやがったぜ。ん、虫か?」

 男の目の前に小さくて銀色に光る虫のようなものが横切り、腰の動きを止めて辺りを見回すと、近くにある壊れた配管やマンホールから溢れ出しているのだった。

 「なんで、あんなところから虫が出てくるんだ?」

 虫の集団は、あっという間に破壊されたビル群よりも高く集まって、一つに合わさると人型を形成して、鋼鉄兵団の偵察員になった。

 「うわ~! 鋼鉄兵団だ~!」

 男達は、少女を放り出して、その場から逃げ出した。

 偵察員は、男達の声に反応するように振り上げた右足で、全員を踏み潰した。

 その際に飛んできた血を全身に浴びて、思わぬ形で自分の願いが叶ったことを実感した少女は、天を向いたまま狂気じみた笑い声を上げた。

 偵察員は、少女の笑い声を背に受けながらヴィーゼルのある工場へ向かって歩き出した。

 

 「市街地に一体の鋼鉄兵団が出現しました。隊員は大至急戦闘準備を行ってください」

 MTを通して、工場に居る全隊員に緊急召集が告げられた。

 「聞いての通りだ。テストは一旦中止する。各員、基地に戻って戦闘準備しろ!」

 トロワの命令を受けた隊員達は敬礼した後、輸送ヘリが待機している工場の外へ出ていった。

 「大佐!」

 珠樹は、外へは行かずトロワの元に駆け寄った。

 「十六夜、お前も早く行け」

 「これは使えないんですか?」

 パイロット候補が降りて無人になった五機のヴィーゼルを指差す。

 「実戦投入は可能だが、パイロットがまだ決まっていない。さっきまでの経過を見ただろ」

 トロワの言う通り、これまでの試乗テストでまともに歩かせることができたのはほんの数名しか居なかったのだ。

 「それなら自分にやらせてください。必ず乗りこなしてみせます!」

 「意気込みは買うが今はそんな場合じゃない。早く基地に戻れ。これは命令だ」

 「大佐はどうされるのですか?」

 「俺はこいつで戦う」

 言い終えたトロワは、左肩の赤いヴィーゼルに乗り、候補生とは段違いの軽やかな動きで、工場内に置かれているランチャー型の武器を右手に持って出て行った。

 珠樹は、心残りな気持ちを抱えながらも命令通りに外へ出てヘリに乗った。

 ヘリの窓から外の様子を伺うと、工場へ向かって進んでいる偵察員が見えた。

 「なんで、あいつは工場へ行くんだ? 鋼鉄兵団は人間を殺すのが目的じゃないのかよ」

 同乗している隊員の一人が、不謹慎な疑問を口にする。

 「きっとヴィーゼルが、ハカイオーと似た動力源を使っているから勘違いしているんだよ」

 珠樹が、自身の考えを口にした。

 

 基地に着くと、戦闘準備が完了しいる自身のパワードスーツを着用し、専用の輸送ヘリに乗って偵察員の元へ向かった。

 偵察員は、先に出撃したヘリ部隊の一斉攻撃を受けていたが効く筈も無く、工場に向かって進攻を続け、正面にはトロワのヴィーゼルが居て、偵察員が発射してくるレーザーを回避しながら専用武器で攻撃していた。

 「わたしはトロワ大佐だ。歩兵部隊は左右に展開して攻撃を行い、敵の注意を逸らせ」

 トロワの指示の元に珠樹達歩兵部隊は、地上に降りると二手に別れ、偵察員の左右に展開して、ガトリング砲やロケットランチャーによる一斉攻撃を行った。

 それによって、偵察員の注意が一瞬逸れ、その隙にトロワのヴイーゼルが手にしているランチャーから発射された弾が、左腕に当たると爆発した被弾箇所がえぐれるというダメージ効果を与えたのだった。

 「ヴィーゼルの武器って本当に効果があるんだ」

 ハカイオー以外の兵器が、鋼鉄兵団にダメージを与えるのを見た珠樹は、素直な感想を洩らした。

 偵察員が、その場で停止して、両手を広げる姿勢を取った瞬間、全身からレーザーを発射して全方位攻撃を行った。

 その攻撃によって、歩兵やヘリ部隊の大多数が撃破され、トロワのヴィーゼルも撃破こそされなかったものの、左側の主腕と主脚が損傷して動けない状態にされてしまった。

 

 「た、珠樹、しっかりして・・・・」

 珠樹は、内蔵スピーカーを通して聞こえてくる呼び声に反応して目を開けた。偵察員を回避できたものの、地面に当たったレーザーが起こした爆発に吹っ飛ばされたショックで、気を失っていたらしい。

 「呼んでいるのはエリカ? あんたも出撃していたんだ」

 HD《ヘッドアップディスプレイ》には、送信者としてエリカの顔が映っていた。

 「・・・・うん、珠樹よりも先にね・・・・・・」

 とても弱々しい声が返ってくる。

 「エリカ、どうかしたの? っ!」

 エリカのパワードスーツの状態を見て、言葉を失った。

 スーツは、下半身が無く、損傷箇所からは血が流れていない代わりに煙を上げていたからだ。

 「エリカ~!」

 珠樹は、エリカの容態を確かめるべく、スーツのハッチをこじ開けると、腰からしたが無くなっていた。

 「なんで、こんなことに?」

 「珠樹が近くに居て、庇ったらこうなっちゃった・・・・」

 物凄く痛いそうな姿をしているのに、エリカはいつものように笑顔を浮かべていた。

 「・・・・どうして、こんなことしたんだい?」

 パワードスーツから出て、エリカに駆け寄りながら尋ねる。

 「珠樹が、わ、わたしの大事な友達・・・・だからだよ。死んで欲しくなかったから・・・」

 「分かった。分かったからもう話さないで。すぐに医療班を呼ぶから」

 「・・・わたしはいいから行って」

 エリカは、力無く震える右手で、ヴィーゼルの工場を指差した。

 「でも、大佐から乗るなって命令されているんだよ」

 「今、行かないと全てが終わってしまうわ。だから、行って!」

 エリカは、残っている全ての力を振り絞るように珠樹の右手を取るなり強く握ってきた。

 「分かった。僕、行くよ」

 「・・・・珠樹、ありがとう。友達に・・・なってくれて」

 エリカは、声を出さなくなった。

 珠樹は、エリカの手をゆっくり置くとパワードスーツを再装着して、ホバー機能を最大加速させて工場へ向かっていった。


 偵察員は、トロワのヴィーゼルを右腕から発射したレーザーで完全に破壊した後、工場へ向かっていたが、体に受けた損傷箇所を補った分、左腕は無くなっていた。

 珠樹は、偵察員を追い越して工場へ向かっていく。

 偵察員は、珠樹の行動を見越すかのように右腕からレーザーを連射して、工場を破壊していった。

 「くそっ~! あいつ、なんてことするんだ!」

 珠樹は、悪態を付きつつも動きを止めずに工場へ向かった。

 工場は、跡形もなく破壊されていて、紅蓮の炎に包まれ、そこいら中から黒煙が上がっていた。

 「大丈夫ですか?」

 珠樹は、近く倒れている逃げ遅れた作業員に声を掛けた。

 「すまない。俺は大丈夫だ」

 「使えるヴィーゼルはもう無いんですか?」

 「予備の一機が地下倉庫に残っていたが、あの状況じゃあな・・・」

 もうもうと燃え盛る工場を見ながら失望の声を上げる。

 「僕が行きます」

 「よせ、機体が無事なのかも分からないし、敵はすぐそこまで来ているんだぞ!」

 「それでも行きます。僕を信じてくれた友達の為に!」

 珠樹は、作業員が止めるのも聞かず、炎の中に身を投じた。

 工場内は、隙間無く高温の炎の覆われていたが、パワードスーツの耐熱性のお陰で、それほどの熱さは感じなかった。

 「早く通路か何か見付けて地下に入らないといつまでも持たないぞ」

 スーツのサーチ機能をオンにして、通路を捜そうとするも高温のせいで、まったく役に立たなかった。

 「入れる穴くらい空いてないかな」

 サーチ機能からスキャン機能に切り替えて、構内を探っていくと幾つか炎の出ていない穴を発見した中から通れそうな穴を通って地下倉庫に入った。

 地下倉庫には、組み立て前のヴィーゼルの部品が大量に置かれていて、その中に作業員が言っていた予備機を見付けて、近くに向かった。

 あれだけの爆発が起こったにもかかわらず、無傷な機体を見た珠樹は、まるで自分を待っていたかのように感じてしまった。

 機体に乗る為にパワードスーツから出て、コックピットへ行き、外部スイッチを押すと、ハッチが下向きに開いて、中に入ると、シミュレーターと同じく、曲面で構成された壁の中にパイロットシートが一脚あるだけの非常にシンプルな構造をしていた。

 「お願いだから動いて」

 シートに座り、コンソロールパネルの上に置かれたているVGを顔に装着した珠樹は、祈るような気持ちで、シミュレーター通りにシステムの立ち上げ操作をしていく中、天井から爆音が鳴り響き、振ってきた燃えカスが機体に当たって、跳ね返っていく。

 敵の攻撃を受けるかもという焦りをどうにか抑えながら操作を続けていくと、珠樹の思いに応えるように起動したヴィーゼルのメインシステムが、各動力機関を作動させ、メインカメラを通した映像を全周囲モニターに映し出した。

 初めての実機の操縦に緊張しながらも操縦桿とフットペダルを動かしていくと、ヴィーゼルは問題無く歩き始めた。

 「武器は無いのかな?」

 辺りを見ていく中、武器用の部品の中にトロワが使っていたのと同型の銃と接近戦用のナックルがあったので、右手に銃を左手にナックルを握らせていく。

 武器の装備が完了すると、コックピット内に銃はジェノランチャー、ナックルはショックナックルという名称を伴ったHS《ホログラムスクリーン》によるデータ画面が表示された。

 「さあ、行こう。ヴィーゼル」

 まるで人間に声を掛けるように機体名を呼んだ後、フットペダルを強く踏み、背中のバーニアを全開にして、地下倉庫から飛び立っていった。

 床をぶち破りながら外に出ると炎の真っ只中で、目の前には偵察員が立っていて、右腕を変形させた銃の銃口は光で溢れ、レーザーを撃つ直前だった。

 「これ以上はやらせないよ!」

 珠樹が、回避行動を取ろうとした直後、機体は前のめりに倒れてしまった。

 「なんで?」

 疑問に思っている最中、レーザーが発射されたのでバーニアを吹かし、床を削りながら前方に移動することで、どうにか回避することができた。

 機体を起こしながらコンディションデータを表示させると、塗装が剥げただけで、大きな損傷が無いことが分かり安心した。

 その後も機動性の悪さから回避するのが精一杯で、攻撃するどころではなかった。

 「その機体に乗っているのは誰だ?」

 「大佐ですか?」

 通信者はトロワだった。

 「その声は十六夜か、何故ヴィーゼルに乗っている?」

 「工場に行ったところ負傷した作業員から予備機が地下倉庫あると聞かされて乗っているのです」

 「十六夜、これは命令違反だぞ。今乗っている機体には俺が乗るからお前は降りろ。その機体は武器を持つ際のオートバランスがまだ調整できていないんだ」

 トロワの説明で、どうして機体に不具合が出るのか理解できた。

 「大佐、このまま戦わせてください。自分は工場の中にパワードスーツを置いてきてしまったので、今この機体から降りたら戦線に復帰できません。それに敵はこの機体を目標にしています。大佐の元に行くのは危険です」

 「仕方ない。それならできるだけ距離を取って攻撃しろ。迂闊に近付くのは危険だからな」

 トロワは、即決した判断を伝えた。

 「分かりました」

 指示通りにある程度距離を取りながら狙いを定めたところで、右スティックのトリガーを引き、ランチャーから黒い弾を発射させた。

 その際に起こった反動で、機体が倒れそうになったが、ペダルを強く踏んで、どうにかバランスを取ることで転倒を免れた。

 弾の直撃を受けた偵察員は、ダメージを負ってもひるまず、レーザーで反撃してきた。

 珠樹は、その後も偵察員と一定の距離を保ちながらランチャーを撃って、ダメージを与えていった。

 偵察員は、レーザーを撃つのを止め、右腕を降ろすと大きく飛び上がるなり、右腕に変形して襲い掛かってきた。

 珠樹は、ブーストダッシュを使って逃れようとしたが、右腕もまた後方からジェット噴射を行って加速してきたことで、距離を詰められ、下半身を鷲掴みにされて押し倒されてしまった。

 珠樹は、ランチャーを右腕に押し当ててゼロ距離で連射し、左手のナックルで殴っていったが、離れようとせず、全体が光り始めていった。

 「このまま自爆されてたまるか~!」

 珠樹は、左側にあるレバーを引いて上半身を切り離して後方へ飛び出し、その間にランチャーから発射した弾を下半身に直撃させることで爆発させた。

 「倒せたかな?」

 珠樹の言葉を無視するように爆炎の中から偵察員が姿を現したが、上半身から下はスライムような不定形になっていて、這いずるように近付いてくるのだった。

 「くっそ~! これでも喰らえ~!」

 珠樹は、ヴィーゼルの上体を起こすなり一心不乱にトリガーを押して、ランチャーを発射し続けた。

 偵察員は、弾の直撃を受ける度に体を削られていったが、動きを止めることなく向かってくるのだった。

 珠樹が、トリガーを押し続ける中、ランチャーはもう限界とばかりに銃口が暴発した後は、弾を発射しなくなってしまった。

 「こんなところで壊れないでよ~!」

 偵察員は、ヴィーゼルよりも一回り小さくなっていたが、それでも攻撃の意志を捨てず、銃に変形してレーザーを撃とうとしてきた。

 珠樹は、ランチャーを捨てるとナックルで殴って、偵察員の体を削り取っていった。

 「この、この~!」

 叫びながら最後の一片が無くなるまで殴り続けた。

 

 「無断搭乗ではあったがよく敵を倒した。十六夜をヴィーゼルの正式パイロットに任命しよう。わたしから上層部に進言しておく」

 戦いが終わり、事後処理をしている中で、トロワに掛けられた言葉だった。

 「ありがとうございます」

 珠樹は、返事をしながら敬礼した。

 「それで大佐・・・・草薙一等兵は生きていますか?」

 珠樹は、諦め半分でエリカの安否を尋ねた。

 「残念ながら死んだよ。あの子は”ドラッグチルドレン”だったそうだな」

 「そうです。自分達は部屋が同室で、入居日にお互い親無しという似たような境遇からすぐに友達になって、草薙一等兵の過去もその日に聞きました。捨て子だったのをある研究機関に拾われて薬物実験をされて、少しだけ未来が見える力が付いたと言っていました」

 「あの子は、科学の犠牲者だったんだな」

 一人の少女を気遣うような口振りだった。戦死したことで隊員という意識が薄れたからだろう。

 「草薙一等兵は一度も自分のことを犠牲者とは言いませんでした。何も無い自分にこれだけ素晴らしい力を得られたからいいと寧ろ喜んでいました。ほんとのところは分かりませんけど」

 「十六夜は草薙一等兵の友達なんだろ?」

 「はい」

 「それなら友達の言葉を信じろ」

 「はい」

 珠樹は、再度敬礼した。

 

 その夜、珠樹は一人切りの部屋に居た。

 同室者が、居なくなったからである。

 初めてこの部屋に入った時も一人で、その時は同室者を待っていれば良かったが、今夜はいくら待っても誰も来ることはなく、一人切りの夜を過ごすことになるのだ。

 新しい入居者の為にエリカの私物は全て片付けられていて、身内という貰い手が居ないので、支部内で焼却処分されることが決定した。

 珠樹はベッドに腰掛けるとMTを操作して、健からのメッセージを聞いた。

 「上風、僕、月を守ったよ。君は今どこで何をしているんだい?」

 珠樹は、手を降ろしながら健に問い掛けたのだった。

 

 

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