第21話 保養地。

 「ハカイオーの操縦って中尉が言っていた通り、本当に普通の乗り物を動かしているのと変わりないんだな」

 健に代わって、ハカイオーに乗っている勇一は、操縦桿やフットペダルを動かしながら初乗りの感想を口にしていた。

 「近付くだけで回りのものが溶けている。データ通り相当な余熱を放出しているんだ」

 進む度に周囲にある移動用のカートや整備用設備が、白熱しながら溶けていく様子を見て、自分はとんでもない兵器に乗っているのだと改めて実感し、ハカイオーに対して、少しばかりの恐怖を感じ始めていた。

 「山田一等兵、操縦に問題は無いか?」

 通信で感想を聞いてきたのは、基地のオペレーターではなく司令官だった。

 「こちら山田一等兵、問題ありません。やれそうです」

 自身に対して言ったものとは違い、事務的な話し方で返事をした。

 「分かった。それでは格納庫内に侵入した鋼鉄兵団を撃退してくれ」

 「それでしたら正確な位置を教えていただけませんか? 基本操作はうまくできているのですが、レーダーなど細かい操作までは、まだ手が回らないんです」

 本当は操作できるのだが、あえて不馴れな振りをする。

 「分かった。今から出現位置を送る」

 勇一の言葉を疑いもしない司令官の返事の後、送信されてきた位置にハカイオーを向かわせた。


 地下から出現して格納庫内で暴れ回っているのは、ミミズに似た鋼鉄兵団で、ハカイオー以上の巨体を動かして、周囲にある物を手当たり次第に破壊しているのだった。

 「・・・・なんて大きさだ。中尉はこんな奴等を相手にしてきたのか」

 これまでどんなタイプが現れてきたのかは、資料映像を見て把握していたし、蟹型も遠くではあったが肉眼で見るなどして、それなりの認識を持っていたつもりだったが、画越しとはいえ至近距離で見る鋼鉄兵団は、その大きさも迫力も自分の持つイメージを遥かに越える圧倒的な存在感を放っていた。

 勇一は、敵を前にして、心拍数が上がり、全身から冷や汗が沸き出し、手足が震えるといった初陣の緊張状態からくる肉体的症状をできるだけ気にしないよう、大きく深呼吸してからペダルを強く踏んで、ハカイオーをミミズに向かわせた。

 ハカイオーの存在に気付いたミミズは、先端を穴状に大きく開いて中から茶色の液体を勢いよく吐き出してきた。

 勇一は、ハカイオーをバックジャンプさせて液体を回避したが飛距離を誤り、頭部を天井にぶつけてバランスを崩してしまい、不格好な姿勢で床に落ちてしまった。

 一方、的を外した液体は、湯気を上げて蒸発させるように床と周辺にあるものをドロドロに溶かしていった。

 「山田一等兵、大丈夫か?」

 すぐにオペレーターが、状況を尋ねてくる。

 「大丈夫です。問題ありません」

 返事をして、機体を起こしながら体勢を立て直す。

 「とにかく敵を格納庫から出して被害を抑えるんだ」

 「分かりました。やってみます」

 それだとほとんどの武器が使えないじゃないかと内心で悪態を付きながら、ハカイオーを走らせて、ミミズに接近させていく。

 ミミズが、溶解液を吐き出してくるも足を止めず、つま先から姿勢を低くして、背中を床に付けたスライディングの体勢を取って、床を大きく溶かしながら接近したところで機体を起こし、両手を伸ばして抱き付くように取り付いた。

 その直後、ミミズはハカイオーの真っ正面に穴を空け、回避不可能なゼロ距離で溶解液を放出して、機体全体に浴びせたのだった。

 「山田一等兵、大丈夫か?!」

 オペレーターが、焦り気味に状況を尋ねてくる。

 「大丈夫です。問題ありません」

 溶解液は、ハカイオーの余熱によって全て蒸発し、機体にはかすり傷一つ付ついていなかったのだ。

 「本当に凄いロボットなんだな」

 ハカイオーの性能に改めて驚嘆しつつ、もう一度両手を伸ばし、ミミズの表面を溶かしながら内部に腕を突き刺していく。

 ミミズは、表面から先の鋭く尖った針を突き出してきたが、ハカイオーの表面に触れただけで、あっさり溶けてしまうので無駄な抵抗に終わった。

 勇一は、ハカイオーにミミズを抱えさせたまま床を踏み台にして、天井目掛けてジャンプした。

 超絶な跳躍力によって、勢いよく天井を突き破って地上に出た二体は、絡み合ったまま落下して、敷地に叩き付けられた衝撃で離れ離れになった。

 「隊員達の避難は済んでいるのですか?」

 勇一は、ハカイオーを立たせながら避難状況を尋ねた。

 「まだ済んでいない。なんとか、その場で破壊してくれ」

 「分かりました。やってみます」

 返事をしている間にミミズが急接近してきて、ハカイオーが掌から出す炎を受けても止まることなく、取り込むかのように全身にまとわり付いてきた。

 「まずい!」

 隊員としての直感で危険を察知した勇一は、ハカイオーに地面を蹴らせて、その場から飛び上がった直後、ミミズは強烈な光りを放ち、ハカイオーもろとも支部の上空で自爆した。

 その爆発の威力は凄まじく、猛烈な爆風によって上空の雲は散々になり、建物の窓は一枚残らず粉々に割れ、敷地内に居た者全員が地面に押し付けられてしまうほどだった。

 それからすぐに爆発の中から落ちて、敷地に叩き付けられて、ニ、三回転がされたハカイオーは、手足が無く、爆発と余熱による煙を上げていた。

 「山田一等兵、無事か?!」

 オペレーターが、無事を確認してくる。

 「自分は平気です。爆発した鋼鉄兵団はどうなりましたか?」

 「反応消滅、迎撃できたぞ」

 「そうですか、やりましたね」

 安堵の言葉を口にした勇一は、緊張状態から解放されたことで、操縦桿から両手を離して胸に降ろした。

 「よくやった。ハカイオーを停止させてくれ」

 司令官が、労いの言葉をかけながら停止を命じてくる。

 「了解です」

 勇一の操作によって、四肢を失ったハカイオーは機能を停止し、それによって余熱による煙が消えていった。


 「ははは・・・・・本当に・・・・本当に俺以外の奴がハカイオーを操作して鋼鉄兵団を倒しちまいやがった・・・。これじゃあ、俺の出番ないじゃないか・・・・」

 格納庫から一番近い避難シェルターに居て、勇一の闘う様子をモニターで見ていた健は、力を失ったように両膝を付いた後、両手を床に付けて乾いた笑い声を上げながら絶望の言葉を口にした。

 「いやはや、実験は大成功だったな~」

 ミルバは、健とは正反対に気分が高揚しているかのように満足気な声を上げていた。

 「実験って、あんた、ハカイオーに何かしたのか?」

 顔を上げた健が、ミルバに向かって、強い口調で問い掛ける。

 「正確にはハカイオーにではなくブレインポッドにだけどね」

 まるで、その質問を待っていたかのように、してやったりといった笑みを浮かべて答えてきた。

 「それでいったい何をしたんだ?」

 「ブレインポッドの回路基盤にフェイクプログラム用のチップを仕込んだのさ。君の血を元に作った偽のプログラムをね」

 「偽プログラムって、どういうことだ?」

 「今までハカイオーが君にしか操縦できなかったのは、上風家の遺伝子コードを持たない者をメインシステムがパイロットとして承認しなかったからさ。だから、君からもらった血液を元に作った遺伝子データを書き込んだプログラムを使って、君が乗っているとメインシステムを騙すことで、誰にでも操縦できるようにしたというわけだよ」

 ミルバは、とても嬉しそうに自分が果たした役目に付いて説明していった。

 「なんだよ。あんたの仕事はハカイオーを完璧に仕上げることじゃないのかよ」

 「それとは別に君以外でも乗れるようにして欲しいとも政府に頼まれていたんだ。同時に進めていて、誰でも乗れるようにする方が早く完了したわけだ」

 「そんな話、一言も聞いていないぞ」

 話している内に、語気が強くなっていく。

 「そりゃあ、そうだろ。役人もあたしも言っていないんだからな」

 あっけらかんとした調子で返事をした。

 「くっそ~! てめえ~! なんてことしやがる!」

 怒鳴りながら立ち上がって、ミルバの胸ぐらを掴んだ。

 それを見た隊員達が取り押さえようとしたが、ミルバ自身が右手を上げて止めさせた。

 「おいおい、勘違いするなよ。あたしは君の友達でも味方でもないぞ」

 健の乱暴な行為に対して、怯える素振りをまったく見せず、冷めた声で対応する。

 「じゃあ、あんたはいったい誰の味方だっていうんだ?!」

 額が付きそうなくらいに顔を近付けた健が、怒鳴りながら問い詰める。

 「あたしは、自分と研究だけの味方だよ」

 「つまり、俺はハカイオーから降ろされる準備をしているのも知らずにあんたと一緒に居たわけだ」

 「そういうことになるな」

 「同棲だとかなんだとか思わせぶりなことを言ってきたくせにこれかよ」

 怒りを通り越した健は、いびつな笑いを浮かべていた。

 「あれは同居だと君自身が反論しただろ」

 ミルバが、皮肉たっぷりの微笑みを返してくる。

 「頼まれた通り血をくれてやったじゃないか」

 「その見返りに南雲明海の情報はやったんだからギブアンドテイクは済んでいるはずだぞ。それに文句があるのなら政府に直接言えよ。君をハカイオーから降ろすように要請してきたのは宇宙連合政府なんだ」

 「・・・・・」

 無言で表情を緩めた健は、ミルバから手を離した。

 「それで俺はこれからどうなるんだ? ハカイオーに乗れないならもう用済みだろ」

 勇一と一緒にやって来た隊員達に向かって、芝居がかった口調で、自分の扱いについて尋ねる。

 「自分達は、そのことに関しては何も知らされていませんが、戦闘が終了したら会議室にお連れするようにと命令を受けています」

 「それじゃあ、その戦闘も済んだことだし、会議室へ連れて行ってもらおうか」

 健は、諦めたように覇気の無い声で言いながら歩き出した。

 「そうだ。上風君」

 ミルバが、隊員達と一緒に避難シェルターから出て行こうする健を呼び止めた。

 「なんだ?」

 「こんな別れ方になってしまったが、君と一緒に過ごせてそれなりに楽しかったよ」

 ミルバは、別れを示すように手を振りながら言った。

 「そうかい、まあ、俺もそれになりに楽しかったぜ」

 健は、ミルバとは逆に手を振らずにシェルターから出て行った。


 通路を歩いている最中、隊員とすれ違う度に、どうしてハカイオーに乗っていないのか?と疑問の眼差しを向けられたが、無視して歩き続けた。

 会議室に入ると司令官と数人の上官が座っていた。

 「これはいったいどういうことだ?!」

 開口一番、司令官に向かって怒鳴り声を上げた。

 「言いたいことは分かるが、まずは座りたまえ」

 上官達が身構える中、司令官は落ち着いた口調で着席を命じた。

 「そんなことよりも質問に応えてくれ!」

 怒りを剥き出しにしたまま、司令官に詰め寄ろうとしたところで、付き添ってきた隊員に銃を向けられ、進行を阻まれてしまう。

 「おいおい、同じ隊員にこんな物騒なことしていいのかよ?」

 「上官への反逆行為とすれば問題ない」

 「ものは言いようだな」

 「それで君の疑問だが、政府はかねてから正規の隊員をハカイオーのパイロットにするように計画を進めていたのだ。いつまでも民間人をパイロットにしておくわけにはいかないからな」

 「それでミルバに俺以外でも乗れるようにしたわけか?」

 「そういうことだ。ハカイオーには世界の命運がかかっているわけだからな」

 「御大層な大義名分だな。それで俺はこれからいったいどうなるんだ?」

 「新しいパイロットが決まったことに伴い、君にはハカイオーから降りてもらう。つまりもうパイロットではいられなくなるわけだ」

 「所有権はどうなる?」

 「残念だが所有権も無い。今後、ハカイオーの管理と運用は全て宇宙連合防御隊が行うことになる」

 「ハカイオーは俺のじいさんと親父と母さんが造ったものだぞ! 所有する権利があってもいいはずだ!」

 所有権さえ奪われることに我慢できなくなった健は、机を叩きながら怒鳴り声を上げた。

 「あのような巨大兵器の所有権を一個人に認められるわけがないだろ。そもそも政府に許可も無くあんな兵器を建造したこと自体、罪に問われてもおかしくないのだぞ。君も子供じゃないのだから聞き分けたまえ」

 激昂する健とは反対に司令官は、落ち着いた態度で接し続けていた。

 「それで俺自身はこれからどうなるんだ? パイロットじゃなくなるってことは一隊員に格下げか、それとも公務員資格も剥奪されてただの一般人に戻るのか?」

 「いいや、資格はそのままだ。ただし任務に関わることはもう無いから役職として残すだけだ」

 「ほんとに形だけになったな。それでどんな扱いを受けるんだ?」

 「政府が用意した専用の住居に住んでもらう。さっきも説明した通り資格は残るので給料は支払われ続けていくことになる」

 「用済みの人間にしては随分と手厚い待遇だな」

 「総理の計らいだ。君の処遇に関してはできる限りの恩情を与えるようにとのことなのでね」

 この時だけ司令官の表情が僅かに曇り、健の扱いに不満を抱いていることが見て取れた。

 「その恩情に従わなければ?」

 「その場合は、強制収用という形を取らせてもらう。君からハカイオーの機密を漏らされては困るからね」

 「そうかよ」

 健は、言い終えると席を立って、会議室から飛び出した。

 廊下に出た途端、隊員二人に捕まれ、取り押さえられそうになったが、珠樹仕込みの格闘術でどうにか振り払って、階段を駆け下りていった。

 「上風隊員を見つけた者は、即座に確保せよ」

 警報の後にアナウンスが流れると、湧いて出たように現れた隊員達に押さえ付けられ、抵抗空しくあっさり確保されてしまった。

 「もし、もう一度同じことをすれば本当に強制収用だぞ。頼むからあまり手間を掛けさせないでくれ。君自身のこれまでの戦歴に傷を付けたくないだろ? 中尉」

 取り押さえられている健に向かって司令官は、歪んだ微笑みを浮かべながら中尉という言葉をことさら強調した。

 「分かった。あんたらの言う通りにするから一つだけ条件を出させてくれよ」

 「言ってみたまえ」

 司令官は、とても面倒くさそうに条件を提示することに同意した。

 「街に行かせてくれないか?」

 「分かった。総理に連絡を取ってみよう」

 「どうも」

 その後、健は会議室へ戻され、一郎からの返事を待つことになった。


 「ここでいい」 

 健は、街の入り口で車を止めるよう運転手に言った。

 「くれぐれも騒ぎは起こさないように」

 運転手が、振り返りもせずに言う。

 「分かっているよ」

 適当な返事をして、健は車から降りた。

 それから後部座席と助手席から男が降りていった。

 健は、男達から離れるように早歩きで街中に入っていった。

 一郎から護衛兼監視付きを条件に街へ行く許可が降りたのである。

 支部から離れている為なのか、避難指示などは出ておらず、通りを行き交う人々の話し声に店から流れる音楽など、街ならでは喧騒に満ちていた。

 そうした人間の営みの中に身を委ねて歩いている健は、久々に人としての自由を満喫していた。

 建ち並ぶ店を物色しながら、どこかに入って何か食べるか飲むかしようと悩んだ挙げ句、目に付いた自販機へ行き、買い物の為に用意されたマルチリングを当てて缶コーヒーを買った。

 「あんた、もしかして上風健か?」

 コーヒーを飲もうとしたところで、三人組の男が話し掛けてきた。

 「そうだ」

 隠すことなくはっきりと答えた。

 「すっげえ~! 本物だってよ! おい、写真撮ろうぜ!」

 三人組は、健の返事を待たず、左手に着けているマルチリングのカメラ機能を使って、勝手に写真や動画を撮り始めた。

 「おい、ちょっと待ってくれ! 勝手に撮るなよ!」

 どんなに止めるように言っても三人組は撮影を止めようとせず、そのことで健の存在に気付いた周囲の人間も寄ってきて、あっという間に大勢の人間に囲まれてしまった。

 健は、どうにか抜け出そうとしたが、あまりにも人数が多い為に身動きが取れなくなってしまった。

 「お前、本当に上風健なのか?」

 人ゴミを掻き分けて、一人の中年男性が現れた。

 「そうだ」

 「お前がちゃんと戦わないからこの間の襲撃で娘は死んだんだ~!」

 中年男性は、健に近付いてきて、首を絞めようと両手を伸ばしてきたが、人ゴミの中から現れた護衛の一人にすぐさま取り押さえられ、身動きが取れなくなったが、健に対する怨み言を喚き出した。

 「戻るぞ」

 いつの間にか近くに来ていたもう一人の護衛が、短い一言を放った。

 「そうしよう」

 健は、男に連れられて、人ゴミを抜け出した後、マルチリングを向けた大勢の一般人に追いかけられながら、表に待機していた車に戻ると運転手はすぐに発進させた。

 「騒ぎを起こさないように言ったはずだが」

 シートに座ると同時に運転手が、非難の言葉を口にしてきた。

 「俺が起こしたんじゃない。向こうが勝手に起こしてきたんだ」

 「それで気は済んだか?」

 「もう十分だよ」

 車は、防衛隊日本支部に戻り、移動先が知らされるまで待機することになり、待っている間は街で飲み損ねた缶コーヒーを飲んで過ごした。


 数時間後、健が連れて来られたのは、支部から遠く離れた山奥で、緑の木々で囲まれた中に豪華な邸宅が建ち並ぶ別荘地のような場所だった。

 「ここがこれから俺の住む場所なのか?」

 前もって想像していた誰も住んでいないような不毛地帯を大きく裏切るのどかな風景を目にした健は、意外な気持ちでいっぱいになった。

 「ここは政府内で高い地位に居た役人や大戦果を上げた隊員が、退役後に来る養老区域だよ」

 「そんな老人だらけの場所で暮らせっていうのか?」

 「そうだ。ここは政府所有の土地だから部外者は絶対に入れないし、遠隔操作のドローンが入れば特殊電波で機能を止められる。重大な機密を持っている君にはもってこいの場所というわけさ」

 案内しているのは防衛隊員ではなく、ここの管理を任されている管理人を名乗る男だった。

 「呈のいい姥捨山じゃないか」

 「それは捉え方次第だな。中には楽園だとか天国とかいう人も居るよ。あそこが君の家だ」

 車が止まったのは、今まで見てきた中で一番小さな屋敷だった。

 「ここが俺の家なのか? 他のと比べると随分小さいじゃないか」

 「独身者用の屋敷でね、つい、最近”空いた”ばかりなんだ」

 「入居者が死んだばっかりってことかよ。縁起悪くないか?」

 「ちゃんとお祓いもしてリフォームは済ませているからその点に関しては心配ないよ。ここにはシアタールームなど色々な施設が揃っていて、食糧は定期的に補充されるし、清掃はドローンがやってくれる上に要望があれば総理の権限でなんでも用意させるっていういたせり尽くせりの環境なんだから文句を言う方が贅沢ってもんだよ」

 管理人が、気楽な感じで説明していく。

 「なんでもね~」

 車から降りて、これから住むことになる屋敷を見ながら言った。

 「何か聞きたいことはあるか?」

 「いいや、無い」 

 「それじゃあ、わたしは戻るから。良い生活を」

 管理人は、羨望とも嫌味とも取れることを言った後、鍵を渡すと早々に去っていった。

 「良い生活をか」

 鍵を開けて中に入った健は、言われた通り色々と揃っている室内に目を通しながら呟いた。


 その日の夜、屋敷に一郎が訪れた。

 「総理、自らお越しとは感謝感激だね~」

 全然気持ちの籠っていない声で、歓迎の言葉を送った。

 「入ってもいいかな?」

 健の言葉を受け流すように入る許可を求めてきた。

 「いいぜ」

 室内を顎でしゃくった。

 「じゃ、お邪魔させてもらうよ。お前達は外で待っていろ」

 後ろに控えるSPに言うと扉を閉めた。

 「この場所は気に入ってもらえたかな?」

 リビングに案内された一郎は、室内を見回しながら住み心地を聞いてきた。

 「住んで数時間だけど、いい感じだよ。人間が生きていく上で必要なものはみんな揃っているし。まあ、空いている席に座ってくれ」

 立ったままでは、さすがに悪いと思い、空いている椅子を勧めた。

 「それなら良かった。君の為に用意したものだからね」

 一郎は、言われた通りに空いている席に座った。

 「なんか、飲むか?」

 「じゃ、コーヒーを頼む」

 「コーヒーを淹れてくれ」

 健が、声をかけると、奥に待機していた箱型のドローンが起動して、二人にコーヒーを淹れていった。

 「ドローンが淹れたにしてはいい味だ」

 一郎が、一口飲んだ感想を言った。

 「誇りに思うとか言っていた割には、こんな養老区域送りにされるとは思わなかったぜ。ハカイオーに乗れなくなったんじゃこんなもんかもしれないけど」

 コーヒーを飲みながら本音を言った。

 「それに付いては許して欲しい。こちらにも色々と事情というものがあるんだよ」

 「どんな事情だよ」

 「月にも地球にも組していない人間が政権を揺るがしかねない兵器に乗っていることに対して、かねてから不安と不満を持っていた他国の首相達が、自分達に都合のいいパイロットを乗せようと考えるのは当然ってことさ」

 「政治絡みの話かよ」

 「わたしは政治家だからね」 

 「そういえばそうだったな」

 「それにここへ移したのにはちゃんとした理由がある」

 「なんだよ」

 「パイロットを止めた君は革命家や宗教家から象徴に祭り上げるのに格好の材料になりかねないから彼等が接触できないようにする為の処置でもあったんだ」

 「そういうことか。そういえば、なんで勇一がパイロットに選ばれたんだ? あいつ一等兵だろ。重大なことを任すには階級が下過ぎじゃないか」

 「彼は志願者で、一番初めに乗った場合死ぬ可能性があるのなら是非とも自分にやらせて欲しいと直訴したらしい。動機は子供の頃に防衛隊員が自身の命を犠牲にして助けられたから、その返しがしたいからだそうだよ」

 「そんなこと言っていたな」

 以前、聞いた話を思い出していた。

 「死ななくて幸いだったが、上層部も階級の低いながらもパイロット技能の高い隊員なら打って付けだろうと判断して了承したそうだ」

 「死ぬかもしれない可能性があるのに許可を出すなんて防衛隊も酷いことをするもんだ」

 吐き捨てるように言った。

 「それを言ったら君の親御さんだって、最後の手段として君をハカイオーに乗せたのだから、それとあまり変わりはないと思うがね」

 一郎の言葉に健は、何も言えなくなった。

 「不満はあるかもしれないが、わたしとしては安心しているよ。正式な隊員じゃない君を危険な目に合わせなくて済むからね。ともかくわたしが総理で居る間は、ここでならなんでもしていいから残りの人生を満喫してくれ」

 「ずっと、一人で居ろってのか? 聞いた話じゃご機密保持の為に近所さんとの交流もタブーって話だぜ」

 「それならメイドを雇いたまえ。管理人に問い合わせればいくらでも用意してくれるよ。昔風に言えば妾かな」

 「総理の言葉とは思えないな」

 「政治家ならではの特権さ。そろそろ時間だからわたしは帰るよ。コーヒーご馳走さま」

 半分も飲んでいないコーヒーカップを置きながら言った。

 「そうかい。そうそう、俺、あんたに投票していなかったわ」

 「そうか」

 「後、勇一に会うことがあったら伝えておいてくれ。ハカイオーは理想通りには動いてくれないってな」

 「ちゃんと伝えておくよ」

 短い言葉の後、一郎は出て行った。

 「そんじゃ、総理のお言葉に甘えて、とことんまで楽しむとしますか」

 一人になった健は、諦めとも開き直りとも取れる短い言葉を呟いた。


 

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