第20話 別離。
「全ての戦死者に対して哀悼の意を表し、敬礼!」
防衛隊専用の墓地にて、蟹型の鋼鉄兵団の襲撃で死んだ隊員と職員達の葬儀が、晴れ渡った青空の下で営まれていた。
葬儀に参加している隊員達が、敬礼をしている側で、親族や知人といった参列者は、涙を流して嗚咽を漏らしていた。
それらの集団とは別に地球における初めての犠牲者ということもあって、世界中から押し寄せた報道機関が、葬儀の模様を大々的に生中継していた。
「まさか、こんなことで息子が命を落とすなんて思いもしませんでした・・・・」
「地球は安全って話じゃなかったのかよ!」
「俺の娘を、娘を返せ~!」
遺族が、現場に訪れているレポーターのインタビューに応えて、これみよがしに吐き出される悲しみや恨みの言葉を参列している上官達は、苦々しい思いで聞いていた。
「今回の鋼鉄兵団の襲撃に関しましては目下のところ調査中です。詳細が分かり次第正式な記者会見を開いてお伝えしたいと思っています」
総理大臣として、今回の葬儀に参加している一郎は、マスコミの囲み取材に対して、話せる範囲で応対していた。
「それでは、今日はこれで失礼させていただきます」
言い終えた一郎は、SPに促されるまま葬儀の場から退席した。
「総理、本当のことを仰ってください!」
「アルテミスシティとの軋轢の結果が招いた結果というのは本当ですか?!」
「上風健は、今どうしているのですか?! 彼にも責任があるんじゃないですか?!」
記者から矢のように飛んで来る質問に対して、一郎は何も応えず、足早に去っていった。
「君のことを聞かれているぞ」
マルチデスクのホログラムパネルを操作しながら生中継を見ているミルバが、側で腕立て伏せをしている健に声を掛けた。
「ここに居たんじゃ、応えようもないだろ」
「それもそうだな。しかし、よく励むね~」
「仕方ないだろ。鋼鉄兵団の襲撃があった場合にいつでも出撃できるように格納庫から離れるなって言われたんだから、ここで訓練するしかないじゃないか」
健は、動きを乱すことなく返事をする。
「君をここから出さない為とはいえ、仮設住宅ユニットまで備えるなんて、これじゃあ軟禁状態と変わらないじゃないか」
ミルバが、ハカイオーの余熱に焼かれない場所に置かれている白くて巨大な横長の箱型ユニットを見ながら言った。
仮設住宅ユニットとは、防衛隊員が長期間砂漠や海底といったライフラインから隔絶された場所で、任務を行う場合に使用される衣食住を一挙に賄える居住ユニットのことであり、燃料の補給無しに数年稼働できる優れ物で、本来であればこのような使い方をすることのない代物だった。
「鋼鉄兵団を倒す為ならこれくらいなんでもないさ。月に居た時も市街地には絶対に出るなって防衛隊本部に入れられっぱなしだったからな」
少しばかり苦い顔をしながらの返事だった。
「政府の連中にとって、あの日の襲撃はよっぽど応えたようだね」
「そりゃあ、安全だと思っていた地球が鋼鉄兵団に襲撃されて、その威力を身を持って知らされりゃあ、怯えちまうのも当然さ。俺だって初めて奴等の襲撃を受けた時は恐くてどうすることもできなかったからな
「確かにあの蟹の威力は凄かったよな~。あたしが、これまで確立した数式や物理法則がガラガラと音を立てて崩れていくようだったよ」
「あんたでも驚くことがあるんだな」
「あたしだって人間なんだから驚きはするさ。驚きが無かったら科学者なんかやれないよ」
「そうなのか、ところであんた、ハカイオー修理されて悔しくないのか?」
腕立て伏せを止めて、修理を終え、五体満足な姿を取り戻したハカイオーを見上げながら言った。
「あたしの意向を無視したのは許せないが、五体満足のハカイオーを見てみたいって気持ちも無くはなかったから怒らないだけさ」
連合政府が、鋼鉄兵団の襲撃が発生した場合、即座に対応できるようにと月から提供された両腕両足を使い、不眠不休の厳戒体勢で修理が行われ、その結果、僅か一日で完了したのだった。
「それはいいとしても、あんたまで俺と同じようにここに住むことはないだろ」
ミルバは、健に与えられた住宅ユニットで寝起きをしているのだ。
「仕方ないだろ~。その方が一々部屋に戻らないから便利だし、ベッドは二つあるんだからさ。それに君だってあたしと同棲できて嬉しいだろ~?」
気味が悪いくらいに顔をニヤけさせながら聞いてくる。
「妙なこと言うな。ただの同居だろ。同居」
同居というワードをことさら強調した。
「連れないな~。あたし、科学者間じゃ美人って評判なんだぞ~」
ワザとらしく色っぽい仕草を取っていく。
「幾つになるのか分からんおばはんと一緒に住んでどこが嬉しいんだよ。俺は熟女好きじゃねえぞ」
「確かに熟女なのは認めるが、その分経験は豊富なんだがね~」
楽しそうに言い返してくる。
「そういうバカなこと言っていないで、さっさとハカイオーを完璧に仕上げろよな」
腕立てを止めた健は、ストレッチをした後、逃げるようにミルバの元から走り去ってしまった。格納庫内のランキングは許可されているからだ。
「ほんとに連れないね~」
ミルバは、小さくなっていく健の背中を見ながらつまらなそうに呟いた。
「このような理由で、ハカイオーはもうしばらく地球の連合政府の管理下に置かせてもらう」
ゾマホ首相が、ラビニアにハカイオー返却の遅滞に付いて説明をしていた。
「そう言ってハカイオーを地球側で独占するつもりじゃないでしょうね?」
ラビニアは、表情や言動に不信感を丸乗せしていた。
「そんな意図は毛頭ないよ。地球に潜伏している鋼鉄兵団を殲滅したらすぐに月へ返す予定だ」
「アルテミスシティの住人は鋼鉄兵団を倒せる兵器が無いことで不安がっているのだから早急に返して欲しいものだわ」
「不安なのは地球側も同じだよ。なにしろ予想外の襲撃を受けたのだからな。心配しなくてもちゃんと返すさ。なにしろ最前線になるのはそちらだからな」
「とりあえず、その言葉を信じてあげるわ。それで潜伏している鋼鉄兵団の探索はどうしているの?」
「バンブーキャノンの破片が落ちた場所を徹底的に捜しているよ。奴等はキャノンの破片に付着したものの集合体だそうだからな」
「それならせいぜい探索漏れがないよう念入りにやることね」
ラビニアは、言うだけ言うと一方的に通信を切った。
「やはり衛星大臣ともなると一筋縄ではいかないな」
ゾマホ首相は、無人となった一画を見ながら苦笑した。
「どうした? 浮かない顔をして、今日の夕食は口に合わないのか?」
「嫌いなものなんて一つも無いよ。システムが選別した食い物だからな」
言い返しながら唐揚げを一つ食べた。
健は、ミルバと夕食を共にしていた。同じ空間に居る時間が長いだけにタイミングが合えば食事を共にすることもあるのだ。
「じゃあ、いったい何が気になっているんだ? 不安な顔を見せられては夕食がまずくなる。合成食品だが味はそんなに悪くはないからな」
そう言いつつもしっかりと食べ物を口に入れている。ミルバは、見た目以上に食欲旺盛なのだ。
「明海のことだよ」
「ああ、襲撃のあった日に医療搬に搬送されたっていう女の子のことか」
「街の病院に搬送されて以降のことは何も知らされていないんだ。容態が気になるのは当然だろ」
「今の君は半ば拘束状態にあるわけだから外部の情報が遮断されるのは当然じゃないか」
「そうもしれないけど、明海の情報くらいくれてもいいだろ」
「あたしのツテでどうにかしてやろうか?」
「情報を得られるのか?」
健は、ミルバの話に食い付いた。
「こういう時こそ権威ってものが役に立つのさ」
「じゃあ、頼む。やってくれ」
「ただし、条件がある」
「なんだ?」
「君の血をくれないか?」
「俺の血をどうするつもりだ?」
「ハカイオーのちょっとした実験に必要なんだよ。一応許可は取っておかないといけないと思ってね」
「そういうことなら構わないぞ」
健は、二つ返事で血の提供を承諾した。
「契約成立だ。君の気が変わらない内にいただくとしよう」
席から離れたミルバは、採血用の注射器を持って戻ってくるなり、健の右腕に針を刺して採血を行った。
「ありがとう。これだけあれば十分だ」
注射器から抜き取った試験管を嬉しそうに見ながら言った。
「そっちの条件は飲んだんだから連絡忘れないでくれよ」
「今するから安心しなよ。ああ、あたしだ。南雲明海に付いて調べて欲しい」
ミルバは、自身のマルチタトゥーでどこかへ連絡を入れた。
「これで情報が手に入るはずだ」
「ありがとう」
健は、素直に礼を言った。
「反応はどうだ?」
「現在のところありません」
「もう一度よく調べ直せ。ここに破片が落ちた以上なんらかの反応はあるはずだ」
ギガホエールの艦長であるデュラハンは、ハカイオーを回収した海域の再度の探索を命じた。
しかし、幾ら探索しようとも鋼鉄兵団の反応は無く、本部からの引き上げ命令を受け、やもえず探査海域から撤退することになった。
「上風君、南雲明海の情報が届いたぞ」
ミルバが、側で筋トレしている健に声をかけた。
「ほんとか、それでどうなっているんだ?」
健は、ミルバの側へ駆け寄った。
「情報によれば、日本の科学機関で調査を受けているそうだ」
「科学機関で調査、どういうことだ?」
「君を救う際に見せた未知の力の調査だそうだが、何か知っているのかい?」
「いいや、何も知らない」
「君、嘘はいけないな~」
ミルバは、すぐに嘘を見破った。
「なんで、そんなことが分かるんだ?」
「君、あたしから視線を逸らしただろ。嘘を付く人間は大抵、聞かれた相手から視線を逸らすか泳がせるものだからさ。話してくれよ。力のことを聞けばあたしの権威でどうにかできるかもしれないぞ」
「ほんとなのか?」
「あたしは、この手のことに関して嘘は言わないさ。ここまで寝食を共にすれば、それくらいは分かるだろ」
ミルバは、さっきの健とは違い、しっかりと目を見ながら話した。
「分かった。話すよ。明海には人の傷を再生できる力があるんだ。そのことを知ったのは俺がまだ五歳の頃で、一緒に遊んでいる時に明海が道路に飛び出して車に轢かれそうになったのを庇って、車に引かれて重症を負った際にその力で直してくれたんだ。あの時はほんとに驚いたよ」
「それはまた凄いな。人体の再生なんて物理法則を無視しまくりだぞ。それでどうしてそんな力を持っているんだい?」
「それは知らない。おじさんにそのことを話したら絶対に秘密しろってしか言われなかった。俺も人に言っちゃいけない気がしたからこれまで誰にも言わないできたんだ」
「と、いうことは南雲君は何か知っているわけだ」
ミルバが、何か企んでいそうな顔をする。
「それにしてもなんであの力のことがバレたんだ?」
「それは君らが墓参りの最中に鋼鉄兵団に襲われた際に攻撃を防いだからだそうだよ。あの時の映像が上層部に渡って調査されることになったのさ」
「あの時のことが映像に取られていたのか?」
「そりゃあ、監視かつ護衛されていれば映像くらい撮られても仕方ないだろ」
「勇一の奴、明海のことを報告しやがったんだな」
健は、おもいっきり悪態を付いた。
「勇一って奴は知らないが、監視役を責めるのは間違っているな。彼は一隊員として報告義務を果たしただけで、今の南雲明海の扱いを決めたわけじゃない」
「それもそうか」
ミルバの言葉に健は、素直に納得した。
「ともかく、彼女の扱いに関してはあたしから言っておこう。もしかしたら改善されるかもしれないし」
「よろしく頼む」
健は、深く頭を下げた。
それから一週間近くが経った。
鋼鉄兵団の動きは、地球にも月にも無く、双方の住人達は不安を抱えつつもいつも通りの生活を送っていた。
健は、相変わらずミルバと同居生活を送っていて、いつまでこんな生活が続くのかと思っていた矢先に変化が訪れた。
それを告げたのは、格納庫内に鳴り響く警報だった。
「鋼鉄兵団が出たんだな。いったい、どこからだ?」
健は、MT《マルチタトゥー》に呼びかけた。
「支部の地下からです」
すぐにオペレーターからの返信があった。
「あいつら今度は地下から襲って来たのか。すぐに迎撃に向かうから整備員を全員避難させろ」
「あなたもすぐにここから避難してください」
そこに現れたのは、移動用のカートに乗って現れた勇一だった。
「お前、何を言っているんだ? 俺が乗らないとハカイオーは動かないんだぞ。だからここに居させられているんじゃないか」
「その命令でしたらたった今から解除されました」
「俺の待機を解除? 勇一、お前本気で言っているのか?」
「もちろん本気です。そうですよね。ミルバ女史?」
「取り付けには成功したから間違いなく機能するよ」
「なんの話をしているんだ?」
健は、状況が一切飲み込めなかった。
「こういうことです」
「お前、その恰好は?」
カートから降りた勇一は、健のパイロットスーツと同じスーツを着ていた。
「あなたが着用しているものと同じ素材で出来ています」
返事をしながらブレインポッドに近付き、開閉ボタンを押してキャノピーを開けた。
「やめろ! ブレインポッドに勝手に触るな!」
止めようとした健の元に同乗していた一般隊員が道を塞いで、持っている銃を向けてきた。
「なんのつもりだ。俺は中尉だぞ」
「残念ですが、自分の邪魔をすれば中尉でも発砲して構わないと許可が降りています」
勇一が、冷静に返事をする。
「なんだと? お前、まさかハカイオーに乗るつもりなのか?」
「そうです」
キャノピーを閉じて、VR を被った勇一が操作を始めると、目の前のハカイオーは両目を光らせて起動した。
「そんな、嘘だろ・・・・・?」
これまで自分しか起動できなかったハカイオーが、他人の手によって起動するのを見た健は、大切なものを奪われた気持ちでいっぱいになった。
「早く下がりたまえ! あれが起動すればどうなるかは君自身が一番良く分かっているだろ」
ミルバの言葉を聞いた健は、その場から走ってハカイオーから遠く離れて行った。
それからブレインポッドを頭部に収めたハカイオーは、健の見ている前で、漆黒に染まった戦闘体勢を取って、周囲のものを溶かしながら鋼鉄兵団を倒しに向かっていった。
「じいさん、親父、母さあああぁぁぁぁぁん!」
健は、ハカイオーに向かって、家族の続柄を叫んだが、その声を打ち消すように巨大な足音を響かせながら遠ざかっていった。
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