第19話 重力の下。
健が、思わぬ形で地球に帰還してから一夜が明けた。
割り当てられた部屋で朝食を済ませた健は、基地の通路を歩いていた。
MT《マルチタテゥー》を通して、ハカイオーが置かれている格納庫へ来るように呼び出しを受けたからである。
格納庫へ行く最中、隊員と出くわす度にハカイオーのことやこれまでの戦いに付いてあれこれ聞かれたり、握手やサインを求められたりした為になかなか先へ進むことができなかった。
幾重もの人波をかわしてようやく格納庫に辿り着いた時には、鋼鉄兵団との戦いとは別な感じの疲労感を抱えていた。
日本支部の格納庫は、月面支部よりもずっと広く、待機している兵器の多さに戦力保有数の違いを見せ付けられた気がした。
その広い格納庫内を迷うことなくハカイオーの為に設けられたハンガーに辿り着くことができた。
呼び出し連絡を受けた後、ハンガーまでの道順を示すデータがMTのナビシステムに送られてきたからである。
「・・・・・なんだ。これ?」
一晩振りに再開したハカイオーを見た健は、首を傾げるしかなかった。
ハンガーに置かれているハカイオーは、四肢が破損したまま修理はまったく進んでいなかったからだ。
「なんだよ。壊れたままじゃないか!」
搬送から一夜が明けたにも関わらず、まったく手付かずのまま放置されている愛機を見て、堪らず怒鳴り声を上げてしまう。
「おい、これはいったいどういうことだ?」
近くを通り掛かった整備員を呼び止めるなり、噛みつくような勢いで、ハカイオーの現状に付いて尋ねる。
「ミルバ女史の指示です」
言いながらハカイオーの右脇に設置されている机らしき物を指差した後、整備員は健の前から逃げるように離れていった。
「ミルバ女史~?」
机らしき物の側に行くと言葉通り、一人の女性が座って作業をしていた。
「あんたが、ハカイオーを修理させないように指示を出したのか?」
座っている女性に向かって、乱暴な声で問いかける。
「ああ、そうだよ」
女性は、振り返りもしないぶっきらぼうな態度で返事をしてきた。
「いったい、どういうつもりだよ?」
相手の態度に苛立ちが増し、気付かない内に責めるような口調になっていた。
「そんなにがなり立てる前にさ、あたしの予測だと君の部屋からここまで最短で二十分で来られるはずなのに三十三分経っているのはいったいどういうことなんだい?」
質問で聞き返えしてきた。
「それは歩いている最中に出くわす奴等からいちいち声を掛けられたからだ」
聞かれた通りに事情を説明する。
「そういうことだったのかい。理由は分かったけど、まずはその点を謝罪するべきじゃないかな? 実質あたしを十三分も待たせたわけだし」
「それは悪かった」
素直に謝罪した。ここで謝っておかないと話が先へ進まない気がしたからだ。
「素直に謝ったから今回の件は許そう。あたしはミルバ・ヴチャラティーだ。ハカイオーの研究と修理を任されている」
椅子を回して、正面を向きながら自己紹介してきたのは、白衣を着て、眼鏡をかけ、漆黒の髪をアップにまとめた浅黒い肌の女性だった。
「俺は上風健中尉だ」
階級を付けて自己紹介したが、相手が軍人ではないので敬礼まではしなかった
「君、三等兵じゃなかったっけ?」
階級の違いに付いて聞いてくる。
「昨日、昇進したんだよ」
昨夜の内に政府から正式な辞令がおり、中尉に昇進したのだった。総理の意向だけに事務処理も早いのだと思った。
「そういうことかい、あたしが読んだ資料には三等兵って書いてあったから変だと思ったよ」
言う割りには、さほど興味は無さそうだった。
「君、あたしのことを知っているか?」
「まったく知らないけど」
即答した。
「科学者の間では超有名なんだが、一般人には全然なんだな~」
とてもつまらなそうに言う。
「それで、俺の質問にはきちんと答えてくれるのか?」
肝心な質問の答えを求める。
「修理をしていないのはハカイオーを完璧な状態に仕上げる為だよ」
短くもハッキリした答えだった。
「完璧って?」
「言葉通りだ。確かハカイオーは半分も完成していないんだろ。記録映像の中で君自身が証言していたじゃないか」
「そういえば、母さんがそんなこと言っていたな」
月裏の工場内で、光代から聞いた話を思い出しながら言った。
「それで戦闘中に手足が壊れる度に交換するなんていう不便極まりないことをしていたんだろ」
「仕方ないじゃないか。おじさんの話じゃ複製した手足だとハカイオーが出す破壊粒子に長時間耐えられないって言うんだから」
「あたしはね、その欠点を解消するべくハカイオーを徹底的に調べているんだよ。だから、無駄な修理なんてさせないのさ。完璧な性能を引き出せれば無駄に終わることだからね」
「その間に鋼鉄兵団が来て、月や地球が攻撃されたらどうするんだ?」
「そんなこと知らないよ」
全く興味無しといった返事だった。
「地球や月がどうなってもあんたは構わないっていうのか?」
健は、突っ掛かるように問い詰めた。
「あたしは研究者だから自分の研究以外のことにはさっぱり興味が無いんだ」
気だるそうに返事をする。
「その研究だって地球が攻撃されてあんたが死んだら元も子もないだろ」
「確かに君の言う通りなんだが、研究者なんかやっているとどうも他のことに疎くなってね~」
申し訳なさせうなそれでいてつまらなそうに話していく。
「おじさんも研究者だけど、あんたとは大違いだな」
「おじさんって?」
「南雲京介博士、今のロボット工学の権威だ。ハカイオーを任されるってことはあんた、知り合いじゃないのか?」
「ああ~南雲君か。君、南雲君に面倒見てもらっていたんだっけ」
「なんだよ。やっぱり知り合いなんじゃないか」
「大学の講師をやっていた時の教え子の一人だ。立派になったもんだな~」
表情が緩み、嬉しそうに言う姿を見た健は、少しだけミルバの感情を覗き見た気がした。
「ん~おじさんさんが教え子って、あんた幾つだよ?」
当然の疑問を口にする。
「女性に年齢を聞くとは君もなかなかデリカシーに欠ける男だね」
椅子から立ったミルバが、怒っているのか、笑っているのか判断が付かない顔を寄せながら迫ってくる。
「悪かったよ。それで完璧に仕上げるってどうするつもりなんだ?」
「手足の交換無しに無限に戦えるようにするのさ」
椅子に座り直しながら返事をした。
「無限だって?」
「今のハカイオーは不完全だから、パーツ交換なんて面倒くさいことをしなけりゃならいんだろ」
「つまりそういうことをやらなくてもずっと戦えるようにするってことか?」
「そういうこと」
「あんたにできるのか?」
「やるんだよ」
「意気込みはいいとして、月に集まったロボット工学の権威達でも手足の耐久度時間を延長させることしかできなかったんだぞ。それをたった一人でやろうだなんて無理があるぞ」
「それはハカイオーを巨大ロボットという一点でしか見ていないからだ」
「どういう意味だよ? ハカイオーは巨大ロボットだろ。それ以外のなんだってんだ?」
「ハカイオーには、何が搭載されている?」
「万物破壊装置だけど」
「それだよ。それ。じゃあ、もう一つ聞くが、万物破壊装置は何を元に作られたか知っているか?」
「確か、万物操作装置を破壊に特化させたんだっけかな」
また、光代との会話を思い出しながらの解答だった。
「そうそれだよ。それこそがハカイオー破壊神たらしめる機関なんだ。だからまずは万物操作装置を研究すれば無限の糸口も掴めるだろ」
「研究っていっても、じいさんはとっくの昔に死んでいるのにどうすんだよ」
「その心配ならいらないよ。連合政府が極秘にしていた情報を見ているから」
「そんなものがあったのか」
「君のおじいさんは科学者の最高権威の一人だったから極秘資料の一つや二つくらいあるさ」
「そうなのか。俺が生きている時には人殺しって非難されまくっていたけどな」
「その点は鋼鉄兵団の実在が証明されたことで罪状も晴れただろ。それにしても君のおじいさんは凄いな~。あたしが尊敬しているだけのことはある」
「あんた、じいさんを尊敬しているのか?」
「あたしはね、上風博士に感銘を受けて科学者になったし、その研究成果に携われるのと孫である君に会えることを条件に研究を引き受けたのさ」
「そういうことか。それだったら月の研究チームに入れば良かったじゃないか。そうすればもっと早くハカイオーを完璧に仕上げられただろう」
「あたしは他の研究者と折り合いが悪くてね。それに月の人工重力が体質に合わないんだ。初めて行った時に死にそうになったよ」
「そういうことか。それでその資料って俺も見られるのか?」
「別に構わないよ。国家レベルの最高機密だが、素人目にはさっぱり分からないだろうからな」
デスクを操作して、小さな画面を標示させた。
「これが資料だ」
画面には、これまで見たことのない数式が羅列していて、知識の無い健には数字の波にしか見えなかった。
「どうだい?」
「あんたの言う通り全然読めないし、理解もできない」
資料自体はさっぱりだったが、祖父と初対面できたような気持ちにはなれた。
「それでなんで俺を呼んだんだ?」
「さっきも言ったが、上風博士の孫がどんな子なのか会ってみたくなったんだよ」
「それだけか?」
「ハカイオーのパイロットとしての意見を聞きたかったということもあるよ」
「それで、実際に会ってみてどうだった?」
「普通の高校生だな」
「当然だろ。半年前までは研修コロニーに居る極普通の高校生だったんだからな。用件は済んだとみていいのかい」
「ああ、済んだよ」
「なら、戻ってもいいのか?」
「ああ、構わないよ。それと今度呼ぶ時はハカイオーを起動してもらうから」
用件を言い終わると、用済みとばかりに、対面した時と同じく椅子を回してデスクに向き直った。
健は、軽くため息を吐いて、格納庫から離れた。
部屋に戻った健は、入室した日に持ってこさせた訓練着に着替えて外に出た。
向かった先は、支部内にあるランニング用のグラウンドだった。
今日は快晴で、降り注ぐ陽射しがグラウンドを明るく照らしている。
軽くストレッチをして、体をほぐして走り出した。
誰も居なかったので、気楽な気持ちで走ることができ、一周回ってスタートラインに戻って足を止めた。
「やっぱり本物の重力は違うな」
息こそ上がっていなかったが、体にかかる疲労感は月の訓練所で走った時よりも少しばかり上回っているような感じだった。
それから十周して、グラウンドから離れ、支部内にある訓練施設に向かった。
そこではグラウンドと違い、多くの隊員が訓練を行っていて、健の姿を見ると動きを止めて視線を向けてきた。
健は、そうした視線を無視するように歩いて、使われていない訓練機具を使って訓練を行っていった。
メニューは、珠樹と行ったものと同じだった。
「誰か、格闘訓練の相手をしてくれないか?」
機具での訓練を終えた健は、格闘の訓練を行っている隊員達に声をかけた。
近くに居る隊員達は、誰も返事をせず、戸惑った様子で、互いに視線を交わし合うだけだった。
「おいおい、何もビビることはないだろ。上層部にはちゃんと許可は取っているんだぜ」
少し声を柔らかくしたくだけた感じで、再度呼び掛けた。
「なら、自分が相手をします」
一人の隊員が進み出てきた。
「おたくは昨日の」
出てきたのは、支部まで健の引率を担当した隊員だった。
「自分は
敬礼しながら自己紹介してくる。
「一等兵か、俺は昨日の夜に中尉に昇進したよ」
「おめでとうございます」
勇一は、敬礼ではなく頭を下げて、祝の言葉を送ってきた。
「早速お相手願おうか」
健は、構えながら返事をした。
「ハカイオーのパイロットだからって容赦はしませんよ」
「当然、月仕込みの格闘術を見せてやるよ」
二人は、少しの間見合ってから組み合った。
「昨日、ハカイオーのパイロットである上風健と会ったそうだな」
会議が始まるなり一郎は、ゾマホ首相に問い掛けられた。
「仰る通り会ってきたよ」
聞かれることは予測できたので素直に答える。
「どんな少年だね?」
「見た感じは年相応の少年だったよ。少し変わった雰囲気を持っていたけどな」
「変わっているとは?」
「なんというのか、重たい感じというかだな」
うまい例えが見つからず、曖昧な返事になってしまった。
「日本の首相と対面して緊張していたからではないのかね」
「それはないな。話し方はタメ口だったし。まあ、あの年であれだけの経験と戦闘を潜り抜けてくれば当然かもしれないがね」
「なるほど、現パイロットの印象はだいたい分かったとして、ハカイオーの処遇に付いて話そう」
「地球に来た以上、所有権を我々のものにするべきだ」
「もっともな意見だが、最前線は月になるんだぞ。月に戻した時点で、また月政府に所有権を取られてしまうのではないか?」
「衛星大臣からは昨日から矢のように帰還要請が来ていたな」
「なに、パイロットを地球側の人間に変えてしまえば問題ない」
「しかし、ハカイオーは上風健以外には動かせないのでしょ。どうやってパイロットを変えるのよ?」
「基本プログラムを書き換えてしまえてしまえばいい。その為の人材はすでに投入している」
ゾマホ首相は、ほくそ笑みながら自身の思惑を口にした。
「まいった!」
マットに尻餅を付いた健は、右手を前に出して勇一に負けを宣言した。
「ハカイオーのパイロットともあろう方が降参ですか?」
若干、芝居の入った言い方をしてくる。
「降参、降参」
両手を上げて、再三の降参宣言をしてみせる。
「一介の隊員に負けてほんとにいいんですか?」
「いいんだよ。俺の相手は鋼鉄兵団だし、隊員になったのだって半年前なんだから」
「たった半年で、ここまでやれたら大したものですよ」
「月でみっちりしごかれたからな」
珠樹の顔を思い出しながら言った。
「筋もいいと思います。このまま訓練を続ければきっといい隊員になれますよ」
「それはどうも」
「一休みしませんか?」
「そうさせてもらおうかな」
訓練所から出た二人は、自販機の前に行って休憩することにした。
「なあ、おたくのこと勇一って呼んでもいいか?」
「構いませんよ」
「なら、勇一は年いくつ?」
「今年で二十歳になります」
「俺より二つ上か。なんで防衛隊に入ったんだ?」
「自分は、子供の頃に住んでいた場所が火災に合って、その時に防衛隊の方に助けられたんです。それがきっかけて防衛隊に憧れるようになって、入隊したんです」
「いい理由じゃん」
「自分からも質問いいですか?」
「いいよ」
「ハカイオーに乗っている時はどんなお気持ちなのですか?」
「最初は鋼鉄兵団を倒すことに夢中になって回りが見えなくなっていたけど、馴れていく内に普通の乗り物と同じように動かせるようになったよ。勇一が期待しているような特別なことなんてないぜ」
「そうでしたか、そういうものなんですね」
勇一の表情が、少し暗くなった。
「ガッカリさせちまったかな?」
「特別な機体だけに操縦方法も変わっているのかと思っていたものですから」
「性能はとてつもないけど、人間が操縦するものだから、そんなに複雑には作らなかったんだろ」
「そういうことなら納得です。そろそろ訓練を再開しましょう」
「そうだな」
二人は、自販機から離れて訓練施設に戻った。
「月の防衛隊員と連絡が取りたい場合はどうすればいいんだ?」
部屋に備え付けのインターフォンにて、珠樹に無事であることを知らせようとしたが、本人の番号を知らないので隊員同士で連絡を取れないものかとオペレーターに聞いていたのだ。
「どのようなご用向きでしょうか?」
「俺が無事なことを知らせたいだけなんだけど」
「通話自体はできませんが、伝言を伝えたい隊員のMT《マルチタゥー》のメッセージ番号を仰ってくだされば、メッセージを送ることはできます」
健は、MTに表示させた番号を伝えた。
「確認が取れました。メッセージを仰ってください」
「・・・・」
いざ、何かを言おうとすると、いったいどんなことを話せばいいのか分からなってしまった。
「後、十秒が経過しても何も仰っらない場合は通信を遮断します」
「俺だ。上風健だ。地球の防衛隊日本支部に居るから心配しないでくれ」
必要な情報だけをやや早口で言った。
「以上で宜しいですか?」
「いいよ」
その言葉で、オペレーターとの通信が通話を切った。
「俺、ボキャブラリー低いな」
ベッドに横になって、天井を見ながら小さく呟いた。
翌日、健は車の後部座席に座って、ある場所へ向かっていた。
車が止まった場所は、共同墓地の駐車場だった。
車から降りた健は、中に入って行った。
そうして足を止めたのは、墓碑銘の刻まれいない代わりにナンバーキーが設置されている五メートルほどの大きさの墓石の前だった。
「久し振りだな。明海」
「久し振りだね。健」
墓石の前には、明海が立っていて、防衛隊の礼服を着ている健と違い、きちんと喪服を着ていた。
「ちゃんとメッセージ届いていたんだな。返信が来ないから来てくれるかどうか不安だったよ」
「返信したんだけど、受け付けてくれなかったのよ」
「そっか、俺特別扱いだからな~」
珠樹からも返信が来ないことに納得した。
「とりあえず、お参りしよう」
「そうだな」
健が、ナンバーキーに番号を入力すると、老婆を映したHS《ホログラムスクリーン》が表示され、明海と一緒に手を合わせた。
人類が、月でも住むようになった時代、一族の墓という概念は無くなり、埋葬者のデータを登録した共同墓地が主流になっているのだ。
「こうやって墓参りするの研修コロニーの夏休み以来だから一年振りかな」
「わたしは半年振り、地球へ帰ってからすぐにここへ来たから」
「どうして、そんなことしたんだ?」
「健がいつ帰って来られるか分からないから。先にお婆さんに報告しておこうと思って」
「そうか、ありがとう」
「まだ時間あるの?」
「時間ならたっぷりあるよ。俺、鋼鉄兵団と戦う以外の時は基本的に自由だから」
「それなら今まで何があったのか話して。話せる範囲で構わないけど」
「話せないことなんて何もないさ。機密なんて一切持っていないから。まあ、監視はされているけど」
その言葉を証明するように墓の入り口には車に同乗していた三人の男達が、辺りを警戒するように立っていた。
健は、祖母への報告も含めて、これまであったことを全部話した。
「これで終わりだ」
「そんなことがあったんだね・・・・・」
明海は、話を聞いている最中から目に涙を浮かべていたが、聞き終えた途端に泣き出してしまった。
「おいおい、明海が泣くことないだろ」
「あるよ。そんなに酷いことがあったんだもの。健は平気なの?」
「もう怨みはたっぷり晴らしたからな」
「・・・・・そうなんだ」
明海は、シェルターで見たハカイオーがどうしてあそこまで敵に対して残酷なことをしたのか納得した。
「次は明海がどうしていたのか話してくれよ」
「うん、分かった」
地球へ帰ってからは復学せず、月やコロニーからやってくる避難民のボランティア活動をしながら母親の容体を診ていることを話した。
「おばさんの容体そんなに悪いのか?」
「凄く悪いってわけじゃないんだけど、時たま心配になることはあるよ」
「そっか」
「健は、これからどうなるの?」
「俺はハカイオーが仕上がり次第、月に戻ってこれまで通り鋼鉄兵団と戦うよ」
「そうなると、いつ帰って来られるのか分からないんだよね」
「それは鋼鉄兵団に聞いてくれよ。あいつらが地球を諦めてくれれば戦うこともないんだけどな」
「我らは、お前達弱き者達を滅ぼすまで攻撃を止めないぞ」
声のする方を見ると、いつからそこに居たのか、全身銀色の少女が近付いてきていた。
「上風健、お前を殺す」
少女は、言い終えるなり、右手を銃に変形させてレーザーを撃ってきた。
「危ない!」
健が、明海をかばいながら姿勢を低くすると、的を外したレーザーが墓石を破壊して大爆発を起こした。
「婆さんの墓を壊しやがったな~!」
「いったいなんなの、あの子は? 人間じゃないわ!」
「あいつは鋼鉄兵団だ。敵が来たぞ!」
健の呼び掛けに駆け付けた監視役が、持っている銃を発砲した。
少女は、銃弾を弾き返しながら護衛達に向かっていって、両手を変形させた刃で斬り殺していった。
「やっぱり小さくても鋼鉄兵団だな」
「どうするの?」
「今の俺に戦う手段は無いから車まで走るぞ!」
車に向かって駆け出すと、少女は右手を銃に変形させて、レーザーを撃ってきた。
健が、明海の頭を抑えながら地面に倒れ込むと、目標を外したレーザーは車に当たって大爆発を起こし、それによって発生した爆風によって二人は、後方に吹っ飛ばされた。
「くっそ~!」
起き上がろうとする健の前に少女が立っていた。
「死ね」
少女は、刃にした右手を振り上げた。
「させない!」
二人の間に立った明海が、両手を前に出すと掌から光の幕が発生して、刃を押し止めた。
「明海?」
「はあぁぁぁぁ~!」
明海が、声を大きくしていくのに合わせて光量が強くなり、少女を十数メートル近く吹っ飛ばしたのだった。
「今のはなんだ? 未知なる力か?」
少女は、顔を上げながら状況を分析していた。
「明海、大丈夫か?」
明海は、質問に答える前に気を失って倒れてしまった。
「もう邪魔は入らないようだな」
少女は、構え直して向かってきた。
「こんなところでやられてたまるか!」
明海を抱えた健は、やぶれかぶれに目の前の墓石の破片を拾って投げようとした。
「上風中尉、伏せて!」
言われた通りにすると、頭上を一発の弾がかすめ、少女に当たると一瞬にして凍り付けにした。
「今のはなんだ?」
「中尉、ご無事ですか?!」
声の主は、突然目の前に姿を現した勇一で、見慣れない全身黒色のスーツを着て、両手にはショットガンらしきものを抱えているのだった。
「勇一じゃないか。どうしてここへ?」
「秘密裏の護衛です。表だった護衛がやられた時の為に待機していたんです」
「手に持っているのは?」
「瞬間冷却弾です。文字通り相手を一瞬にして凍らせることができるんです」
そう説明している間にも少女から多数の煙が上がり、表面の氷が溶け始めていた。
「撃てるだけ撃て! その間に逃げるぞ!」
「分かっています」
勇一が、指示通りに冷却弾を撃ちまくって、少女の氷の層を厚くした後、自身のMTを操作すると、目の前に一台の羽の無いヘリコプターらしき乗り物が姿を見せた。
「これは?」
「要人監視かつ警護用で光学迷彩機能を備えたスカイビートルです。乗ってください」
健と勇一は明海を抱えて走り、ビートルに乗り込んだ。
そのタイミングで氷が完全に溶け、再起動した少女は、上昇していくビートルに向かってレーザーを乱射したが、一発も当てることはできなかった。
「照準が僅かに狂っているな。上風健の抹殺に失敗、そちらと合流する」
少女は、失敗を報告した。
「俺を殺しに来たってことは、奴等ハカイオーも狙って来るぞ。基地へ急げ!」
「了解です」
勇一は、健に命じられるまま、ビートルのスピードを上げて飛んでいった。
その頃、日本支部はまだ静だった。
異変と呼ぶには、些細過ぎたからだ。
健達が襲われている頃、支部の出入りを担当している隊員の前を、銀色をした小さなものが横切った。
「なんだ。今のは? 虫かな」
見たものがあまりにも小さかったので、隊員は虫としか思わず、気にも止めなかった。
しかし、その虫のようなものが二匹、三匹と数を増していけば、さすがに無視できなくなってくる。
「どうなってんだ?」
「どうした?」
隣に座っている別の隊員が、状況を尋ねてくる。
「いや、さっきから虫が多く飛んでいるんでどうしたのかと思ってな」
「そんなに気になるなら外に出て確認してみればいいじゃないか」
「そうさせてもらうよ」
ため息を吐きながら詰所から出て、状況を確認しに行った隊員は、虫と思っていた大群に飲み込まれ、呼吸することもできず、そのまま圧迫死した。
「こいつは、虫じゃないぞ」
仲間が死んだことで、ようやく事態の異常さを悟った隊員は、警報を鳴らしたが、その最中に窓を突き破ってきた大群に飲み込まれて死んでしまった。
大群は、全てが支部内に入ると一つになって、巨大な蟹型のロボットへと変形したのだった。
蟹は、その姿とは裏腹に縦軸に移動を開始して、我がもの顔で支部内を悠然と侵攻し、敷地に巨大な足跡を刻んでいくのだった。
支部側は、戦車や戦闘機などの戦力を全て投入して迎撃に当たらせたが、叶うわけもなく撃破されていくだけだった。
「もう支部内に侵入されているじゃないか。早く着陸させろ。ハカイオーを起動しないと全滅するぞ!」
ビートルの窓越しに支部で破壊を続けている蟹を見ている健が、勇一に大声で呼び掛ける。
「分かっています! 敵がこちらに気付かないことを祈ってください!」
勇一の願いも虚しく、蟹はビートルに顔を向け、右のハサミを大きく開いて内部からレーザーを撃ってきた。
「光学迷彩も鋼鉄兵団には効かないのか。着陸するまで気を逸らすように俺が司令部に言うからそれまで落されるなよ!」
「分かりました」
健が、MTの通信を通して、司令部に陽動要請を送った後、それに応えるように残った戦闘機部隊がビートルの反対側から集中攻撃を行い、蟹の気を逸らしていく。
「今の内に着陸だ」
「はい」
戦闘機部隊の奮戦によって、ビートルは蟹から離れた場所に着陸することができた。
「すぐに医療班を手配してくれ。俺は、ここからハカイオーの格納庫までの最短ルートを割り出すから」
健は、勇一に向かって、次の指示を出した。
「分かりました。すぐに手配します」
勇一が医療班を手配している間に、健はMTのナビ機能を使って、最短ルートを確認した。
「俺は格納庫に行くから明海を頼んだぞ」
「任せてください」
返事を聞いた健は、その場から駆け出した。
「こちらハカイオーのパイロット上風健中尉だ。これ以上被害を出したくなかったら攻撃を中止しろ! 奴の狙いはハカイオーだから後は俺がやる!」
司令部に自身の意向を伝えた後、返事を待たずに通信を切って、確認した最短ルートに沿って、格納庫へ行こうとするも避難しようとする大勢の隊員や職員と逆転方向へ向かう為に思うように進めなかった。
また、時折起こる大きな振動も進行の妨げている要因になっていた。
そうした劣悪な環境の中、やっと格納庫へ繋がる最後の通路に辿り着くことができた。
「くそっ。まだけっこう距離があるな。何か移動できるものはないのか?」
走りながら辺りを見回している中、置き去りにされいる一台のフォーク車を見つけた。
「動いてくれよ」
運転席に座り、認証部にMTを当てると操縦システムが起動して、操作可能になった。
健は、フォーク車のアクセルをおもいっきり踏んで、通路に転がっているゴミなどをどかしながら通路を駆け抜けて行った。
格納庫に入って、ハカイオーのハンガーへ着くと見覚えのある後ろ姿があった。
「ミルバ女史? あんた、まだ避難していなかったのかよ!」
「研究に夢中になるとその場から動けない
まったく危機感の無い返事だった。
「鋼鉄兵団がすぐそこまで来ているんだ。ハカイオーで倒しはするが、下手をするとここも破壊されるかもしれないんだぜ」
「構わないよ。研究データ伝送は、随時バックアップしているし」
「だったら、早いとこ逃げろよ!」
健は、ブレインポッドに行って、キャノピーを開けた。
「って、何している?」
気付けば、背後にミルバが立っていた。
「あたしも乗せてくれよ」
「はあ? 何言ってんだよ。危険なんだから早く避難しろよ!」
「ここまで来たら君の側に居るのが一番安全だと思ってね。それとも君、あいつらに負けるのかい?」
「そんなわけないだろ」
「だったら、いいじゃないか。実際に乗ってみれば研究をより早く進められるかもしれないじゃないからな。それも含めてわざわざ残っていたんだからさ」
「分かったよ。勝手にしろ」
後部座席にミルバが乗ったのを確認した後、キャノピーを閉じて浮上させ、ハカイオーの後頭部ハッチを開けて中へと入った。
「ほほ~これがハカイオーの中か」
ミルバは、初乗りにもかかわらず、とても淡白な物言いをしてくる。
「この台座動かせるのか?」
「さあ?」
「知らないのかよ?」
「前にも言っただろ。研究のこと以外はさっぱりだって」
ワザとらしく両手を上げて見せる。
「まったく、司令部聞こえるか?」
「中尉、今どちらに居ますか?」
「ハカイオーに搭乗したところだ。それで聞きたいんだが、ハカイオーを乗せている台座は動かせるのか?」
「はい、動かせます」
「なら、このまま地上へ上げろ」
「修理もできていないハカイオーを地上へ出してどうするつもりですか?」
「鋼鉄兵団を倒すに決まっているだろ。早くやれ!」
「了解しました」
オペレーターの返事の後、台座が上昇を始めた。
「それで、いったいどうやってあいつを倒すんだい?」
ミルバは、気楽な調子で話かけてくる。コックピット内では、やることもないのだから仕方ないだろう。
「策というよりは賭けだな」
「賭けなのか。どうなれば君の勝ちなんだ?」
「あの蟹野郎がただ近付いてくれば、ハカイオーの勝ちだ」
「それ以外のことをすれば負けというわけか」
「そうだ。特にレーザーを一発でも撃たれたら一巻の終わりだ。今の状態だと破壊粒子で装甲が強化していないからちょっとした攻撃を受けただけでも木っ端微塵さ」
「なるほどね~。そいつは危ない賭けだな」
ミルバと会話をしている間、健は自分の策に鋼鉄兵団がうまく乗ってくれるかという不安と緊張から心拍数は上がり、コントロールスティックを握る両手は、自然と汗ばんでいた。
台座が半分程上がったところで、天井が爆発して、破損箇所から蟹が顔を覗かせてきた。
「中尉、敵が侵入してきますが、台座を止めますか?」
オペレーターが、停止するかどうかを聞いてくる。
「止めるな! 上げ続けろ!」
健が上昇を命じる中、格納庫内へ飛び込んできた蟹は狙い通り、ハカイオーに覆い被さってきた。
「ハカイオーを破壊する!」
腹部の中心部に浮かんできた少女の顔が、ハカイオーの破壊遂行を大声で叫ぶ。
「今だ!」
健が、ハカイオーを起動させると全身が漆黒に染まってことで発生した強烈な余熱が、台座を溶かし、蟹に覆い被らされながら落下していった。
「これも狙い通りかい?」
ミルバが、追い込まれているような状況下にあっても、これまでと変わらない態度で、戦況を尋ねてくる。
「どんぴしゃだよ! 喰らえ!」
健は、地面に背中を向けた状態のハカイオーに覆い被さっている蟹に向けて、胸ビームを発射した。
蟹を跡形もなく焼き尽くしたレーザーは、天井の穴を突き抜け、巨大な光の柱となって、周辺の雲を一片残らず散らしていった。
「どうだ? ハカイオーの性能は?」
健が、ミルバに質問した。
「予想以上だったよ。ところであたし達は、いったいどうなるんだ?」
「さあね、防衛隊が助けてくれるだろ」
「いつになったらだ?」
「ハカイオーが、完全に冷えてからだ」
ビーム発射の勢いと余熱によって、ハカイオーは地面に深くめり込んでしまい、深海に沈んだ時と同じく余熱が冷めるまで、引き揚げ作業ができなかったのだ。
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