第18話 地球に落ちて。
「・・・・俺、死んだのか?」
健は、小さく呟いた。
目の前の世界が、青黒かったからだ。
まだ、意識がぼんやりしているせいで、自分の置かれている状況を完全に把握できていなかったのだ。
「そうだ。ハカイオーに乗っているんだ・・・・」
全身に感覚が戻ってきて、初めに首を動かし、コンソロールパネルの光を見て、自分がハカイオーに乗ったままで、死んではいないことを確信した。
それから徐々に意識がはっきりしていくのに合わせて、ハカイオーのコックピットのパイロットシートに座ったままでいることをより確かに把握した。
「・・・・そうだ。俺、バンブーキャノンの破片を破壊して、そのまま落ちていったんだっけ・・・・・」
少しだけゆっくりとした口調で、気を失う前の記憶を口に出していく。
「ってことは、ここは地球でいいんだよな」
記憶がはっきりしたところで、姿勢を正して、改めてキャノピー越しの映像を見ると、さっきと同じく青黒い空間しか映っていなかった。
「俺は地球のどこに落ちたんだ? ハカイオーにナビシステムは搭載されていないからどこに居るのか検索できないんだよな。MT《マルチタテゥー》の方はどうでやってみるか」
MTのナビシステムを起動したが、映し出された画面には、検索不可という四文字が表示されただけだった。
「ダメだな。仕方ないハカイオーの状態を確認するか」
パネルを操作して、ハカイオーのコンディションデータを3DCGで表示させると、両手両足が損傷して無くなっていることが分かった。
「この状態でどこまで動くかな。動かないとこのまま餓え死にしちまうだぞ」
今居る場所から脱出しようと操縦倬を握ろうとしている最中、通信が来ていることにようやく気付いたが、雑音が酷く聞き取れないので、ボリュームを最大に調整した。
「・・・・・聞こえるか?」
「誰だ?」
「地球・・衛・・・部の・・・・隊だ」
「ノイズが多くてよく聞こえない。悪いけど、何回か繰り返してくれないか」
その後、繰り返される通信を聴いていく内に送信しているのが地球側の防衛隊で、今ハカイオーは深海に沈んでいて、そこでの回収作業を行う為に動力を停止させて欲しいと言っていることが分かった。
「分かった。言われた通りに今から動力を停止させる」
返信を送った後、起動ボタンを押して、動力を停止させた。
それによってコックピット内が小さく揺れ、徐々にに静かになっていく。
ハカイオーは、起動している間は、独特の小さな音を鳴らしているからだ。
そうするとキャノピー越しの映像が途切れて、一瞬の暗転の後に回復していった。
映像を映す為の電力が、ハカイオー本体からブレインポッドに切り替ったのである。
「俺、地球の海の底に居るんだな。起動したままでいたってことは余熱のせいで魚も相当死んだんだろうな」
などと、ハカイオーが冷えるのを待つ間に考えている中、前方に魚らしきものが見えた。
何かと思って映像を拡大させてみると、防衛隊の潜水艇であることが分かった。
珠樹との訓練の中に、防衛隊が所有する兵器に付いての講義も含まれていたからだ。
その一隻に続いて何隻もの潜水艇がやってきた後、それらの倍以上に大型の潜水艦がやってきて、真上辺りで停止した後、船底が開いて中から巨大なワイヤーを三本伸ばしてきて、先端に付いているアーム型の無人ドローンが、ハカイオーに吸着していくと、ゆっくりと引き上げられていった。
「じいさん、親父、母さん、深海に沈んでも俺が死なないようにハカイオーを造ってくれてありがとう」
引き上げられる最中、健は家族へ感謝の言葉を口にした。
「ハンガーへの固定作業は完了した。ブレインポッドを出してもいいぞ」
潜水艦に入ったことで、ノイズも無くクリアに聞こえる通信を聞いて、分離操作を行い、ブレインポッドをハカイオーから出した。
艦内は、ハカイオーを格納しても十分な余裕があるほどの広さがあって、かなりの大型船であることが分かった。
それから誘導員が示す場所にブレインポッドを着陸させる。
キャノピーを開けると、塩の香りを感じる海水よりも格納庫特有の油の匂いを強く感じられたことで、乗り物の中に居ることを実感した。
機体の外へ出て、床に足を付けたところで、誘導員の側に立っていた数名の乗組員の中から、見た雰囲気からして上級幹部そうな白髪の男が近付いてきた。
「わたしは、この大型潜水艦ギガホエールの艦長、デュラハン・マクシアンだ」
男は、役職と名前を言って自己紹介した後で、軍人らしく敬礼した。
「俺は、上風健三等兵だ」
同じように階級を付けながら自己紹介した後で、敬礼を返した。
「ようこそ、いや、君の場合はおかえりの方がいいのかな?」
見た印象とは異なるくだけた話し方で接してきた。
「ただいまで合っているかもしれない。俺は地球生まれだし、戻ってくるの半年振りだからな。それで俺はどのくらい海の底に居たんだ?」
「約九時間だ」
「けっこう長く居たんだな。探索に時間が掛かったのか?」
「君の位置を特定すること自体はそんなに時間は掛からなかったが、回収したハカイオーをどこの国へ運ぶで会議が揉めたのと起動状態だったので近付けなかったんだ。ハカイオーの余熱は海中であっても探査用ドローンをあっさり溶かしてしまったのでね」
「そうだったのか。それで鋼鉄兵団はどうなったんだ? 全滅できたのか?」
一番知りたかったことを質問する。
「地球全体をスキャンした結果、反応が無いことから全滅したと防衛隊本部では判断しているよ」
「バンブーキャノンの破片はどうなったんだ?」
もう一つ気になっていることを聞いた。
「君が大きい破片を破壊してくれたお陰で細かい破片が落ちただけで済んだよ。負傷者は出ているが、奇跡的に死者は一人も出ていない」
「だったら安心だ」
地球が大惨事にならなかったことで、健はほっと胸を撫で下ろした。
「気絶していたとはいえ、激務で疲れているだろ。待機室を一部屋空けてあるからそこでゆっくり休みたまえ」
「そうだ。ハカイオーはどこの国に回収されることになったんだ?」
「日本だよ」
デュラハンが、国名を即答する。
「日本か。俺にとっては正に帰省ってわけだ。お前にとっては建造者とパイロットが生まれた国に初めて行くことになるわけだな」
振り返った健は、四肢が無く灰色に戻ったハカイオーを見ながら呟いた。
「ふぅ~」
待機室に備え付けのシャワーを浴びた後、ベッドに座ると柔らかな感触が尻を通して伝わってきて、月面支部で使っていたベッドとは一味違うと思った。
そこで珠樹に無事を知らせようかと思い、MT《マルチタテゥー》の通信ボタンを押したが圏外だと標示された。
「そうか、俺まだ深海に居るんだったな」
現在、ハカイオーを回収したギガホエールが、浮上中であることを思い出した。
健が居る部屋に窓は無く、深海から上がっていく様子を見ることができなかったので、やや残念な気分になっていた。
ベッドから立つと、備え付けのクローゼットを開けて、中から取り出した服に着替えた。
ここまで案内してくれた隊員からどこに何があるのか聞いていたのだ。
入っているのは、防衛隊員用の部屋着だけだったが、着てみるとサイズはピッタリだった。
これも予め用意されていたにものだと思った。
それから数分して食事を摂るかとインターホン越しに聞かれたので、摂ると返事をすると部屋のドアが開いて、食事の入った箱に作業用のアームが付いた配膳係りも兼ねたドローンが入ってきた。
ドローンが箱から出したのはカレーで、一口食べると凄くうまくて、あっという間に一杯目を平らげてしまった。
空腹というのもあったが、月で出される食事よりも格段に味が良かったからにほかならない。
地球で育った天然の食材は、人工栽培ものとは一味が違うということを改めて実感した。
おかわりをしながら、今頃月はどうなっているのかと考えた。
食事を終え、満腹の中でベッドに横になってうとうとしている内に、ギガホエールが浮上するというアナウンスが流れた。
「退艦の準備はできていますか?」
「いつでもいいぞ」
返事をしてしばらくすると数回のノックの後に、ここまで案内してきた隊員が入ってきた。
「俺は問題無いけど、この恰好のままでいいのか?」
部屋着姿を見せながら質問する。
「恰好はそれでも構わないそうです」
即答された。
「なら、いいけど。パイロットスーツはどうするんだ?」
脱衣篭に入っているスーツを指差す。
「担当の者が後で持っていくとのことです。宜しいのであれば、格納庫へおいでください」
「それじゃあ、行くとするか」
ベッドから立った健は、隊員に案内されて格納庫へ行った。
「上風三等兵、海底からの浮上はどうだった?」
出迎えるように待っていたデュラハンからの質問だった。
「窓が無くて浮上する課程が見られなかったのは残念だけど、カレーは凄くうまかったよ。それで俺はこれからどうなるんだ?」
「防衛隊の日本支部に移送される。その後の処遇はそこで知らされることになるだろう」
「なるほど、ハカイオーはどうなるんだ?」
「君と一緒に支部へ移送するとのことだ」
「そうか。短い間だったけど世話になったな」
「こちらこそ、地球を救った英雄の回収と運搬ができてなによりだよ」
英雄という言葉にちょっと引っかかるものはあったが、表情には出さず敬礼し合ってギガホエールから退艦した。
外に出ると、そこは日本支部が所有する湾岸基地の格納庫で、海に面している施設だけあって、周囲の空気に微かな潮の香りを感じることができた。
それから正面で待機している日本人の隊員達からの出迎えを受け、基地の最高責任者から挨拶された後、支部からの案内人という隊員が進み出て、移動に使うヘリまで案内されることになった。
ヘリポートに移動する際にギガホエールを振り返ると、開いた上部ハッチから吊り上げられる最中のハカイオーが見えた。
屋上に用意されたヘリに乗るとすぐに湾岸基地から飛び立っていった。
同乗した隊員にどうしてこんなに急ぐのか尋ねると、マスコミと混乱対策だと説明された。
そう言われて下を見ると港の回りには大勢の人間で埋め尽くされていて、混乱を避ける為という理由を深く理解した。
基地から離れていく中で、あの中にもしかしたら明海も混ざっているのかもしれないと思った。
移動の最中は、窓を覗きながら久々に日本の風景を眺めることで、自分が日本に帰ってきたことを実感した。
「なあ、なんでさっきから俺のことじろじろ見るんだ?」
ヘリが離陸してからずっと視線を向けている隊員に行動の意図を尋ねた。
「すいません。巨大ロボットのパイロットが目の前に居るのかと思うと、つい視線が外せなくて」
隊員が、申し訳なさそうに弁明する。
「そういうことか。なあ、俺って地球の隊員からはどう思われているんだ? 月だと妬みも買っていたけど」
この間の食堂の一件を例に上げながら自分の評判を聞いてみた。
「妬む声も無いこともないですが、大半の隊員は鋼鉄兵団の対抗兵器に乗れていることに称賛していますよ。自分もその一人です」
隊員は、自分の心情を交えながら隊員間での評判を説明した。
数十分後、ヘリは宇宙連合防衛隊日本支部のヘリポートに着陸した。
隊員に言われるままヘリから降りた先には、大勢の隊員が待ち構えていた。
「ここも人でいっぱいだぞっていうか、こいつら全員、防衛隊員なんだろ?」
「他の隊員もあなたを一目みたいという気持ちなんで許してください」
隊員は、済まなそうに言い訳した。
「これじゃあ、英雄どころか、珍獣だよ」
写真こそ撮られはしなかったものの、大勢の視線に晒されながら施設へと入っていった。
日本支部の内装は、青を基調としていた月面本部とは違い、白で統一されていてより落ち着いた雰囲気に満ちていた。
そこでは任務中ということもあって、人だかりこそ無かったが、ざわざわした雰囲気は充分伝わってきた。
エレベーターに乗って最上階へ行き、会議室と書かれた部屋に通された。
室内には、スーツを着た重要な役職に着いていそうな雰囲気の人間が七人ほど座っていて、真ん中には日本の現総理大臣である毛利一朗の姿もあった。
「手前の席に座りたまえ」
防衛隊の制服を着ている男が重い口調で、健に座るように命令してきた。
健は、他とは違い制服姿であることと自分への態度から、この支部の最高責任者に違いないと思いながら命じられた席に座った。
「わたしは現総理の毛利一朗だ。君とは初めましてでいいのかな?」
健が座るタイミングで、一朗が声を掛けてくる。
「研修コロニーへ行く前のTVのニュースなんかで見たことあるけど、会うのは初めてだよ。選挙演説に行ったことないし、あんたの所属する党に入れたのかも憶えていない」
健は、一朗との関係性をはっきりと説明していった。
「貴様、総理に対してなんという口の聞き方だ」
指示を出した男が、健の話し方を咎めようとするたも隣の女性に止められた。
「ともかく君にこうして会えて良かった。君のことは初陣の時以来ずっと気になっていたからね」
「俺のことを? ハカイオーじゃなくてか?」
意外な言葉に思わず、言葉の意味を聞いてしまった。
「もちろんハカイオーのことも気になってはいたが、そのパイロットが同じ日本人ということで気になっていたんだよ」
「なるほど、それで俺はこれからどうなるんだ?」
「まずは昇進かな」
「昇進? 俺は権利問題を回避する為に公務員を資格を取っただけだぞ」
「それでも一応防衛隊員なんだからいつまでも三等兵のままじゃカッコが付かないだろ。とりあえず中尉かな」
「随分な出世だな」
「地球への被害を最小限に留めたんだから当然の措置だよ。できれば、もう少し上げたかったんだが、それは防衛隊の方で却下されてしまったんだ」
「どの階級にするかはそっちで決めてくれればいい。それで月へはいつ戻れるんだ?」
「ハカイオーの修理が完了するまでだな」
「その修理はいつ終わるんだ?」
「わたしは、専門家じゃないからなんとも言えないよ。ここへ搬送されるのにももう少し時間がかかるしね」
「そんな悠長なことを言っている間に鋼鉄兵団が来たらどうするんだ? もうバンブーキャノンは無いんだぞ!」
健が、やや興奮気味に話していく。
「まあ、落ち着きたまえ。そのハカイオーの修理が終わらなければ鋼鉄兵団とは戦えないだろ。君一人だけ帰って何ができる?」
一朗は、大人らしい落ち着いた口調で、健の焦りを諌めた。
「そうだな」
健は、素直に納得した。
「修理には全力を尽くすが、その間は短い休暇だと思って地球でゆっくり過ごすといい。わたしは時間だからそろそろ退出するよ」
一朗が、席を立つと周囲の人間も立って、出口へ向かって歩き出した。
「上風健君、よく地球を守ってくれた。宇宙連合を代表して礼を言うよ」
一朗は、右手を出して、健に握手を求めてきた。
「どうも」
健は、立って握手に応じた。
一朗は、他の人間と一緒に出ていった。
「休暇ねぇ」
椅子に座り直した健は、天井を見ながら呟いた。
「あったぞ」
山の中を進んでいる防衛隊のジープに乗っている隊員が、前方に見えるものを指差す。
ジープが向かう先にあるのは、バンブーキャノンの破片の一部だった。
ハカイオーが壊し切れなかった小さ目の破片が、この場所に落下したという知らせを聞いて、調査に向かっていたのだ。
小さいとはいってもジープよりも数倍大きく小さな隕石クラスはあって、周囲はクレーター状に窪んでいた。
もし、人の住む場所にでも落ちたなら大変な被害をもたらしていただろう。
ジープは、破片の十数メートル手前で止まり、車内からは防護服を着た隊員が出てきた。
有害な物質を出しているかもしれないので、念の為に着るように命じられているのだ。
調査に必要な機材を持ってクレーターの中を進んでいると、奇妙なものに出くわした。
破片の影から一人の少女が姿を表したのだ。
隊員達は、全員我が目を疑った。
こんな場所に全裸の少女が居たからである。
その注目の的になっている少女は、隊員達が目に入っていないのか。ぼんやりとした顔をして歩いていたが、すぐに倒れてしまった。
「なんだか分からないが保護しよう」
隊員の一人が提案すると、その場に居る全員が頷き、防護服を着たまま近付いていった。
「君、大丈夫か?」
一人が声を掛けたが無反応だった。
「いったい、なんなんだ? この子は?」
「とにかく近くの病院まで運ぼう。ひょっとしたら破片の悪影響を受けているかもしれない」
「そうだな」
隊員達は、少女を運ぼうと両手を添えて持ち上げようとした。
「なんだ? こいつ、物凄く重いぞ」
「ああ、こんな小さな体なのに倍以上に重く感じるな」
「持てないわけじゃないんだ。早く運ぼう」
隊員達は、少女の重さに悪戦苦闘しながらジープの後部座席に乗せた。
「それじゃあ、頼んだぞ」
「搬送したらすぐに戻る」
ジープに乗っている隊員は、同僚に一言断って走り出した。
山道を進む中、隊員は少女のことが気になり、ミラー越しにちらちら見ていた。
そうして半分まで来たところで、少女が目を覚まして起きていることに気付いてジープを止めた。
「君、起きて大丈夫なのか?」
隊員は、振り返って少女に質問した。
少女は、ぼんやりとした顔ではなく、はっきりとした表情で隊員を見詰めていた。
「俺の声が聞こえているのか? 君はいったい誰なんだ?」
隊員の度重なる質問に応えず、少女はゆっくりと近付ていった。
「弱き者だな」
「え?」
隊員は、それ以上言葉を出さなかった。シート越しに先の鋭く尖った突起で腹を貫かれて絶命したからである。
少女は、死体をどかすと血が付いているのも構わず、運転席に座って検索用の端末機に人差し指を当てた。
「情報収集完了、ハカイオーの所在を確認した。お前達はハカイオーを破壊しろ。わたしはパイロットである上風健を殺しに行く」
静かに自分の目的を告げた少女は、ハンドルも握らずに車を発進させた。
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