第17話 月と大気圏の攻防。
「海王星を第一防衛ラインとしてコロニーミサイルによる迎撃、火星を第二防衛ラインとしてアルテミスキャノンでの遠距離攻撃、月を第三防衛ラインとしてハカイオーで戦闘を行い、敵を撃破してもらう」
「待ってくれ。月を地球の防衛ラインに組み込むとはどういうつもりだ?」
ウィリアム司令が、噛み付くように質問する。
「鋼鉄兵団は人間を標的にする習性上、地球よりも月から攻撃することがこれまでのデータから得られた結論なのだ。だから我々としても不本意ながら月を防衛ラインに組み込まざるおえないのだよ。それとも小型コロニーの住人達のように完全放棄して地球へ移住するかね? 我々はいつでも大歓迎するぞ」
「そんな馬鹿なことができるわけがないだろ。冗談にしても笑えないぞ」
「それなら月にある戦力で防衛するしかないだろ。そちらにはハカイオーという強力な兵器があるのだから十分なはずだ。もちろん万が一敵を取り逃がしてもバンブーキャノンで殲滅できるから無理に倒さずに追い払ってくれるだけでも我々としてはいっこうに構わないがね」
月面支部の会議室にて、地球の防衛隊本部との鋼鉄兵団対策合同作戦会議におけるやり取りだった。
会議といえば聞こえはいいが、実質的には地球側の強引な押し付けばかりであるのは、誰の目にも明らかであった。
地球側が、そうした強硬な態度に出る裏には、今までハカイオーという超兵器を連合代表の承認によって出撃の有無を決められるとはいえ、独占してきたことに対する不満の仕返しであることを十分感じ取っている月面支部の上官達は、公然と不満を口にしていた。
そうした議論の渦中において、ハカイオーのパイロットとして会議に参加している健は、意見を言うこともなく黙って双方の話を聞いているだけだった。
「上風三等兵、君は我々の命令には納得しているのかね? それとも何か不満なのか?」
地球側を代表するようにヴィッセルが、健に意見を求めてくる。
「あんたらのバンブーキャノンなら鋼鉄兵団を倒せるのか?」
質問に対して、質問で聞き返した。
「威力はすでに実証済みだと思うがね」
画面に映る将校の一人が、鼻で笑うような返事をする。
「分かった。それならあんたらの言う通りにするよ。俺はアルテミスシティを守るからあんたらは地球を守ってくれ」
「パイロットは納得しているようだが、月面支部の諸君はどうするのかね? 返事はいつでも構わないがな」
その侮辱とも取れる言葉を聞いたウィリアム司令が猛反発したことで、会議は大荒れになったが、健はその後は何も言わず、ただ成り行きを見ているだけだった。
「おっと、これはこれは~アルテミスシティの偉大な”元守護神様”のお出ましだぜ~」
会議終了後、食堂に入ってきた健に近付いてきたミッツが、嫌味のたっぷり込もった言葉をぶつけてきた。
それを聞いた食堂に居る地球側の隊員が、一斉にくすくすと笑い声を上げていく。
「元守護神様ってなんだ?」
普通に話しかけるような問いかけだった。
「地球にバンブーキャノンとかいうバカデカい兵器があるお陰で、あんたはアルテミスシティを襲う鋼鉄兵団を絶対に倒さなくてもよくなったんだろ~? だからその意味を込めて元守護神様って言ったのさ。これから来る鋼鉄兵団は全部地球のバンブーキャノンに任せればいいわけだしな」
「そういうことか。いいか、俺は別にアルテミスシティの守護神になった覚えはないぜ。それともう防衛会議の内容が知られているのかよ。セキュリティーはどうなってんだ?」
健は、怒るどころか呆れてたように言った。
「こっちには情報通が居るんでね。それで守護神じゃなければ、あなた様はいったいなんなんでございますか? ただの三等兵かな~?」
その言葉は、もはや質問とはいえず、単純に健を馬鹿にしているだけだった。
「ハカイオーは鋼鉄兵団をぶっ壊す為のロボットで、俺はそのパイロットだ」
そう語る声のトーンはとても重く、揺るぎない決意を感じさせるものだった。
「はっもうそんな大口も叩けなくなったな。なにせ、バンブーキャノンっていう最終兵器があるんだからよ」
ミッツは、少し怯みながら言い返してきた。
「なら、それでいいじゃないか」
声から重さは無くなり、普通の会話をしているような声色に戻っていた。
「いいって、どういう意味だよ」
ミッツが、拍子抜けように聞き返してくる。
「言葉通りさ。ハカイオー以外にも鋼鉄兵団を破壊できるものがあるならそれでいいじゃないか。地球も守れて誰も死ななくなるのが一番いいことだからな。違うか?」
健の質問に対して、ミッツは返事をせず、言い返す言葉を捜すように視線を泳がせていた。
「言うことが無いならいいかげんどいてくれよ。腹減っているんだ」
健の静かな言葉に、ミッツは無言で場所を開け、他の隊員からも笑い声は消えていた。
食事を受け取った健は、人数の少ないテーブルの一番端の席に座って、食べ始めた。
いつもは受け取ると早々にハカイオーの格納庫へ行ってしまうので、他の隊員からすればちょっとした事件だった。
「さっきは大喧嘩になるんじゃないかってひやひやしたよ」
珠樹が、向かい側の席に座りながら話し掛けてくる。
「わたしもハラハラしたな」
その隣に座ったエリカが、同じようなことを言ってくる。
「いいのか? 俺と飯食っていると他の奴等から何言われるか分からないぞ。今だって変な目で見られているし」
健は、周りの席をちら見しながら言った。
「言いたい奴には言わせておけばいいさ。それにしてもこうやって一緒に食事するの初めてだね」
「そういえばそうだな。今まで朝昼晩は、格納庫に行ってブレインポッドで食べていたし。それで隣に居るのは?」
エリカのことを聞いた。会うのも会話するのも初めてだからだ。
「僕と同期で、ルームメイトでもある草薙エリカ、階級も同じ一等兵だよ」
「草薙エリカです。よろしく」
エリカは、ニッコリと微笑みながら自己紹介してくる。
「知っているだろうけど、上風健だ。よろしく」
健も改めて自己紹介した。
「それで、今日はどうしてここで食べようと思ったんだい?」
「今までみたいに鋼鉄兵団を絶対に倒さなくてもいいって言われたら、なんだか心が軽くなって、飯の度に格納庫へ行く必要も無いんじゃないかって気になったんだよ」
「その考えは嫌いじゃないかな」
「わたしとしてもいいことだと思う」
二人して、健の行動に賛同するような言葉を言った。
「ただ、少し気を抜き過ぎじゃないか?」
健の隣の席に座ったトロワからの言葉だった。
「お疲れ様です。大佐」
珠樹とエリカは、食事を中断すると立って敬礼した。
「食事の席だ。堅苦しい態度は取らなくていい」
トロワの返事の後、二人は着席して食事を再開した。
「油断するなってどういう意味だよ」
「バンブーキャノンで倒せることを証明できたとはいえ、鋼鉄兵団がどんな攻撃を仕掛けてくるか分からないということさ」
「それくらい分かっているよ」
「ならいい。まあ、わたしだって地球に対抗兵器が出来て、アルテミスシティの危険が軽減される方がいい思っているからな」
トロワは、本音を語りつつ、義手である右腕を本物の腕と変わらない動作で動かしながら食事を口に運んでいた。
ラビニアは、HS《ホログラムスクリーン》に映るバンブーキャノンを無言で眺めていた。
ただ視線を注いでいるだけの姿からは、まったく感情を読み取ることができないカガーリンは、自身の仕事をしながら黙って様子を伺うことしかできなかった。
「カガーリン」
「はい」
重い口調で声を掛けられたので、思わず体を震わせてしまった。
「あれが元々なんだったのか何か分かる?」
画面のバンブーキャノンを指差しながら聞いてくる。
「いいえ、わたしには巨大な砲塔にしか見えませんが」
率直な意見を口にした。
「まあ、分からなくても無理は無いわね。もう二十年以上前のことだし。バンブーキャノンの本体に使われているのは月と地球を繋ぐ軌道エレベーターの本体の一部よ」
「軌道エレベーターのことでしたら知っています。確かKAGUYAプロジェクトと呼ばれていましたよね」
「そう、月と地球を繋ぐ本体のデザインが竹筒みたいだったから日本の昔話に出てくるお姫さまにあやかって名付けられたのよ」
「そのプロジェクトは途中で中止になったんですよね」
「エレベーターが地球の大気圏まで作られた時点で、関連企業の談合が発覚して中止になったのよ」
「随分とお詳しいですね」
「わたしは当事プロジェクトに関わっていたから」
「それは初耳です」
「月と地球の差別は今も無くならないけど、この時はプロジェクトが成功すれば差別が無くなるって信じていたから中止と聞いた時は、悔しくて一晩中泣いたわ。わたしも若かったわね」
ラビニアは、懐かしそうにそれでいて悔しそうに話していった。
「その時の材料がバンブーキャノンにそのまま使われているということですか?」
「そうよ。一目見て分かったわ。それにしてもわたしにとっての希望の橋があんな破壊兵器にされているなんて許せないわ」
ラビニアは、カガーリンに見えないように右拳を強く握って、怒りを顕わにしていた。
「しかし、鋼鉄兵団の対抗兵器になったわけですから結果としては良かったのではないでしょうか?」
「馬鹿なことを言わないで。破壊の対象が鋼鉄兵団になったから対抗兵器になっただけで、実用段階にあるということはずっと前から兵器として開発していたということなのよ。つまりプロジェクト中止後にはすでに兵器への転用に取り掛かっていたことになるわ。まったくこれだから地球の政治家どもは信用できないのよ」
ラビニアは、よほど腹にすえかねていたらしく怒りを前面に出していた。
その様子にカガーリンは、身をすくめて何も言えなくなってしまった。
「それでこちらのプロジェクトはどうなっているの?」
自身の気持ちを切り替えるように話題を変えてきた。
「開発機関の話しでは後少しで試作一号機が完成するとのことです」
「作業員達には気の毒だけど、シフトを倍にして不眠不休で作業に当たらせなさい。これ以上地球の好き勝手にはさせないわ」
ラビニアは、これまでになく強い口調で命じた。
「君、最近行動に変化が出てきたみたいだね」
診察に来たているドクターオオマツが、問診の流れの中で聞いてきた。
「その話、誰から聞いたんだ?」
「監視カメラの映像を見れば分かることだよ」
「俺のこと監視していたのか? ハカイオーのパイロットにはプライベートも無いのかよ」
「そんな軽犯罪みたいなことしなくてもハカイオーの格納庫へ行く回数を調べられば分かるさ」
「なるほど、そういうことか」
「食堂でのトラブルも冷静に対応をしてみせたそうじゃないか」
「そんな話まで伝わっているのかよ」
健は、呆れがてら軽くため息を吐いた。
「何かのトラブルがきっかけで、また精神が乱れでもしたら治療の意味が無くなるからね。それに君は幼少の頃から喧嘩ばかりしてきたそうだから意外な反応だと思ってね」
楽しそうに話した。
「親のことを言われたら手を出したかもしれないけど、そんなことじゃなかったからな」
「ハカイオーの役目が軽減されたことは腹の立つことじゃなかったわけだ」
ワザと挑発するような言い方をしてくる。
「別に、地球側でどうにかできるならそれに越したことはないからな」
健は、落ち着いた口調で食堂で、自分の見解を言った。
「なるほどね」
「それで、俺は回復しているのか?」
「回復というよりも今の状況に慣れてきているんだろうね。だから以前ほど興奮しなくなったんだと思うよ」
「それ、いいことなのか?」
「まあ、情緒は安定しているからいい傾向にあると思っていいんじゃないかな。これなら薬も三日に一本でもいいかもね」
「とりあえず、まともな精神状態に近付いたわけだ」
「そういうことでいいんじゃないかな。ところで君、体はなんともないの?」
いきなり話題を変えてきた。
「なんともないけど、どうしてそんなこと聞くんだ?」
「あれだけハイスペックなロボットに乗っているから、そろそろ身体にも支障が出てくるんじゃないかと思ってね」
興味深そうに守の体を舐めるように見ながら聞いてくる。
「その心配ならいらないぜ。破壊粒子の影響をパイロットに与えないように母さん達が、ブレインポッドにしっかりと防壁機構を施してくれているからな」
「なら、君は心身ともに健康と言えるかもね。じゃ、今日はこれで」
オオマツは、薬のケースを置いて部屋から出て行った。
「母さん、地球に鋼鉄兵団の対抗兵器ができたんだ。これで犠牲者も減るかもしれないな。大丈夫だよ、じいさん、別に闘う気を無くしたわけじゃないぜ。鋼鉄兵団がアルテミスシティに来たら全部叩きのめしてやるから」
健は、ハカイオーの右足に座って、握り拳を作りながら自身の決意を話していた。
今日は、ブレインポッドではなく足元で話していた。その方が家族をより身近に感じられる気がしたからだ。
「随分と頼もしいわね」
「誰だ?」
話しかけてきたのはラビニアだった。
「これはまた珍しいな。あんたがここに来るのって初めてじゃないのか?」
「残念、ハカイオーがこの仮設格納庫に搬入された日に視察という名目で入っているから」
「なるほど、それで初めてハカイオーを見た時はどう思った?」
「どうもこうも、こんな馬鹿デカいものが現実に存在するなんて信じられない気持ちでいっぱいだったわ。その後、光代が建造に関わっていると知ってもっと信じられない気持ちになったわよ」
口調が穏やかだったので、いつもの硬い感じがやわらいでいるような気がした。
「そういやあんたと母さんは友達だったな。もしかして母さんと話に来たのか?」
光代の死体が挟まっている首を指差しながら冗談混じりに聞いた。
「まあ、そんなところよ」
「へぇ」
肯定されたので、ちょっと驚いた。
「大臣やっているあんたでもそんな心境になんだな」
「大臣って立場上、本音を言える相手は少ないからこんな気持ちになる時だってあるわよ。今回はバンブーキャノンのこともあるし」
ラビニアのあまりにくだけた話し振りに、健は近所のおばさんと話しているような気持ちになった。
「バンブーキャノンの本体が、元々KAGUYAプロジェクトという軌道エレベーター建設に使われていた材料であることは知っている?」
「初耳だよ」
「そのKAGUYAプロジェクトには光代も関わっていたのよ」
「本当なのか?」
「これが証拠よ」
右手に持っている一枚の写真を渡されて見てみると、着工開始という看板を中心に大勢の人間が写っていた。
「真ん中に立っている二人の女の子がわたしと光代」
言われた箇所に視線を向けると、嬉しそうな顔をした二人の女の子が写っていて、向かって左がラビニアで右が母であることが分かった。
左の女の子の髪の色が、ラビニアと同じだったからだ。
「あんたにもこんな頃があったんだな」
「当然でしょ」
「この写真を見ているとあんたと母さんが、ほんとに仲良しって気がするぜ」
「月と地球の差別は今でも変わらないけど、わたしと光代は本当に仲良しで、KAGUYAプロジェクトが成功したら差別も減るだろうって信じていた。だから、プロジェクトが中止になったときは互いに本気で悲しんだわ」
「母さんにもそんなことがあったんだな」
「その一部がバンブーキャノンなんて破壊兵器に使われることになったから報告しに来たのよ」
ハカイオーを見上げながら話すラビニアの視線は、友人を見るような柔らかなものだった。
「そういうことなら俺は退場するよ」
右足から立ちながら言った。
「いいの?」
「こういう話は二人っ切りの方がいいだろ」
「なら、そうさせてちょうだい」
「それとこれは返すぜ」
写真を差し出した。
「上げるわ。光代の昔の写真持っていないでしょ?」
「そういえば家族の画像が入っていたマルチリングは無くしちまったんだよな。あんたはいいのか?」
「いいわよ。まだいっぱい持っているから」
「じゃ、遠慮なくもらっていくよ」
写真を服のポケットにしまった健は、ハカイオーから離れた。
去り際に振り返るとラビニアは、母が眠るハカイオーと対面しながら何かを話していたが、聞くことはできなかった。
健は、ハカイオーに乗っていた。新たにやってきた鋼鉄兵団がコロニーミサイルでもアルテミスキャノンでも撃破できず、第三防衛ラインの月へ近付いているからだ。
前方を拡大した映像には、深海魚に似た鋼鉄兵団が映っていた。
「上風三等兵、ハカイオー出撃だ。アルテミスシティに近付く前に侵攻を食い止めてくれ」
「どうしても撃破できそうになかったら地球へ行かせるんだ。バンブーキャノンで跡形もなく破壊するから」
月と地球の司令部は、双方で正反対の命令を伝えてきた。
「鋼鉄兵団の撃破に向かう」
健は、どちらの命令に賛同することもなくハカイオーを発進させた。
深海魚は、これまでやってきた柱や鳥よりも大きくアルテミスシティの半分くらいはあった。
「どんなにデカくたってハカイオーで倒してやる」
魚は、ハカイオーを視認すると戦意を示すように両目を光らせた後、その巨体からは想像もつかない速さで突撃してきた。
健は、ハカイオーを急停止させ、大きくバックジャンプさせることで突撃を回避した。
標的を失った魚は月面に突っ込んでいき、大きな土埃を上げながら潜って浮上した後にはクレーター並みの窪みが出来上がっていた。
「見かけによらず俊敏なんだな」
健は、魚が上昇している間にハカイオーをジャンプさせて背中にしがみ付かせ、右腕を突き刺して内部から溶かしていった。
魚は、すぐにダメージを受けている箇所を切り離し、落下していくハカイオー目掛けて口を大きく開け、そのまま飲み込んだ。
その映像を見ている全ての者が、ハカイオーの終わりを確信する中、魚の中心部から外装を勢いよく突き破って一筋のビームが飛び出してきた。
それから四方八方に何本ものビームが発射されていった後、魚は腹部が膨張して二つに分断するほどの大爆発を起こし、その間からは無傷のハカイオーが姿を現し、月面に着地した。
二つにされた魚は、頭が鯨に尻尾が鮫に変形し、鯨はハカイオーに向かい、鮫は地球へ向かって行った。
「地球へ向かうのはバンブーキャノンで破壊するから君は目の前の敵を倒すことに集中したまえ」
ヴィッセルからの通信だった。
「分かったよ」
健は、ハカイオーに鯨を迎え撃つ体勢を取らせた。
鯨は、ハカイオー目掛けて突撃してきた。
健は、ハカイオーをその場に留まらせ、両手を突き上げて鯨を受け止めさせた。
圧倒的パワーによって、ハカイオーは姿勢を維持していたが、その代わりに両足を付けている月面は大きく沈んでいく中、鯨は大玉に変化して回転し始めた。
それによってハカイオーの掌から猛烈な火花が上がったが、健は姿勢を変えようとはせず、両腕の装甲を展開して放射した黒い光で、玉の表面を灰にしていった。
攻撃に耐えられなくなったのか、玉はハカイオーから離れ、その隙に健は限界を迎えていた左右の前腕の換装を行った。
ハカイオーから離れた玉は再度鯨に変形し、さらに上部から巨大な三又の矛を左右の手に持つ鎧姿の上半身を生やした。
「また、こいつはえらい姿になったな」
健がボヤく中、鯨は全身から針状のミサイルを乱射して、ハカイオーの周辺を爆発まみれにしていく。
「くっそ~! こんなんじゃ、何も見えないぞ」
絶え間なく続く爆発によって視界が遮られ、レーダーで敵の居場所を特定しようとしている最中、爆炎を突っ切って姿を表した鯨が右手の矛を突き出してきて、ハカイオーがジャンプして回避すると先を見越していたかのように左手の矛を降り下ろしてきた。
このままでは回避できないと判断した健は、ハカイオーに矛を両手で受け止めさせるも勢いまでは殺し切れず、月面に叩き付けられて大きな土埃を上げた。
それから鯨が、左の矛を上げると先端には、ハカイオーがしっかりとしがみ付いたままだった。
「このままやられっぱなしだと思うなよ~!」
健は、ハカイオーを矛から飛び立たせて、鯨の上半身の胸に飛び付くなり、表面を溶かして内部へ侵入していった。
「司令部、アルテミスキャノンは撃てるか?」
「まだ完全に充填できていないから威力は相当低くなるが、それでもいいのか?」
「ああ、構わないぜ。俺の合図で発射してくれ」
「分かった」
司令部からの返事の後、鯨は魚の時と同じく内部から膨張して大爆発を起こしてバラバラに砕け散った。
「今だ! 撃て~!」
鯨から脱出した健の合図で、発射されたアルテミスキャノンのビームが、残骸の大半を焼失させ、残りはハカイオーのビームによって破壊したのだった。
「地球の方はどうなっているんだ? さっきからバンブーキャノンが撃破したって報告がないぞ!」
鮫が、地球へ向かってから一向にバンブーキャノンの攻撃が行われていないのだ。
「充填は完了済でいつでも発射可能だが、鋼鉄兵団をうまく射線上に誘き寄せられないそうだ」
「おいおい、このまま倒せなくて地球に入られたらどうするんだよ。ヴィッセル少将、本当にこのまま任せていいんだろうな?」
「もちろんだ。地球連合本部の勢力をバカにしないでくれ」
「それで俺はどうすればいいんだ?」
「一旦、格納庫に戻って待機だ」
「そんな悠長なこと言っていていいのかよ?」
「健君、ハカイオーもさっきの戦闘でのチェックと整備が必要だから今は戻るんだ」
京介からの通信だった。
「分かった」
健は、京介の言葉に納得し、ハカイオーをその場で停止させ、ブレインポッドを外へ出して格納庫に戻った。
ブレインポッドを着陸させると、予め待機していた整備班が駆け寄ってくる。
「整備はどのくらいで終わるんだ?」
ブレインポッドから降りた健が、年配の班長に尋ねた。
「ブレインポッドはサイズ的にもすぐに済むが、問題はハカイオーだな」
班長が、苦い顔をしながら言葉を返す。
「そんなにかかるのか?」
「整備そのものは全体のチェックと手足の交換だから時間はそうはかからないが冷却までの時間が問題なんだ。なんせ、熱いまんまじゃみんな焼け死んじまう」
「いつもはどのくらいで整備できるようになるんだ?」
「最短でも一時間だな。まあ、冷却剤を使って冷やしたとしても三十分はかかるだろうな」
「分かった。みんな、頼んだぞ」
健の言葉に対して、整備班全員が頷いた。
待機の間、食堂にでも行って何か食べようと格納庫の外に出ると珠樹と出くわした。
「どうしたんだ? こんなところに来るなんて珍しいじゃないか」
「君が格納庫の近くで休めるようにって色々と持ってきたんだよ」
両手に抱えているバスケットを見せた。
「珠樹も待機じゃないのか?」
珠樹は、パワードスーツを着用する為の戦闘服を着ていたのだ。
「トロワ大佐からの命令だから問題ないよ」
「それじゃあ、ありがたく使わせてもらうよ」
健は、通路に座るなりクールスプレーを取って顔にかけた後、タオルで顔を拭き、緊急用の簡易食と栄養ドリンクを摂取した。
「ありがとう。それにしても今なら珠樹の気持ちもなんとなく良く分かるよ」
「僕の気持ち?」
「この間、言っていただろ。俺に戦いを任せ過ぎるのは辛いって」
「そんなことを言っていたね」
「あの時は何言ってんだろって思ったけど、こうして鋼鉄兵団が来ているのに何もできないでいるとなんとも不甲斐ない気持ちになるよ」
「そっか」
それから二人は、他愛のない話をして時間を潰した。
「俺とハカイオーを今すぐ地球へ連れて行け!」
健は、MT《マルチタトゥー》に向かって叫んでいた。
「それでどうにかできるのか?」
「あいつらは必ずハカイオーに反応して攻撃してくる。そこをうまく利用すれば鋼鉄兵団をバンブーキャノンの射程圏内に誘導できるはずだ」
「しかし・・・・」
「迷っている時間はない。このままじゃ地球に侵入さちまうだろ!」
健は、司令部に激を飛ばした。
ハカイオーの冷却を待っている間、戦況が全く好転しないのを見ている内にいてもたってもいられず、司令部に直接通信を送って打開策を提案したのだった。
「分かった。すぐに輸送艇を準備しよう。冷却が終わり次第、ハカイオーの運搬準備を始める」
「そうしてくれ」
「君、もしかして鋼鉄兵団を倒す為の囮になるつもり?」
珠樹が、心配そうに尋ねてくる。
「そうだ。このままじゃ鋼鉄兵団を倒せないからな」
「そんなの自殺行為だよ。相手がうまく乗ってくれるとは限らないんだよ」
「やってみないと分からないし、俺は死ぬ為に地球へ行くんじゃないぜ。鋼鉄兵団を倒しに行くんだ」
健は、決意に満ちた強い表情で返事をした。
「健・・・・」
健の覚悟を聞いた珠樹は、止める言葉を口にすることができなかった。
それからMTを通して運搬の経緯が伝えられ、ハカイオーを乗せた無人輸送艇をマスドライバーで月から射出して、バンブーキャノンまで運ぶというものだった。
「それじゃあ、行ってくる」
通路から立ち上がった健が、珠樹に出掛ける際の言葉を言った。
「必ず帰って来るよね」
「当たり前だろ。俺は死にに行くんじゃなくて、鋼鉄兵団をぶっ壊しに行くんだからな」
「じゃあ、行ってきて」
珠樹は、軍人らしく敬礼し、健も敬礼を返して格納庫へ行った。
格納庫に着いて、整備の完了したブレインポッドに乗り、整備班に見守られながら地下通路を出て、まだ冷却状態にあるハカイオーに入ってハッチを閉じたが、起動はさせなかった。
輸送艇に乗せる必要上、起動状態にするわけにはいかないからだ。
ブレインポッドの内蔵が完了すると三機の尻尾の無いエイに似た中型輸送機が飛んできて、底面部から出した磁力仕様のワイヤーで、ハカイオーを固定して月面から運び出し、マスドライバーに待機している無人輸送艇への搬入する為のべーストレーラーに降ろした。
「この輸送艇、無人らしいけど誰が遠隔操作するんだ?」
健が、司令部に当然の確認をする。
「わたしだ」
「その声はトロワ大佐か? あんた操縦技術あるのかよ」
「でなければ大佐になれていない。任せろ。三倍のスピードで送り届けてやるよ」
トロワは、自信満々に豪語した。
「それならあんたに任せるぜ」
作業員が、ハカイオーの固定作業が終わせるとトレーラーが自動で動いて、輸送艇の中に入っていき、ハッチが閉じられるとカウントダウンが始まり、ゼロの合図で発進した。
月から飛び立った輸送艇は、猛スピードでバンブーキャノンに向かって飛んでいった。
「もうすぐバンブーキャノンが見えてくるぞ」
トロワから通信だった。
「思っていたよりも早いな?」
「マスドライバーで得た超スピードのお陰で、予想よりも早くバンブーキャノンに着けそうなんだよ。MTを通して輸送艇のモニターを見てみろ」
言われた通りにMTを操作すると、鮫が周辺の護衛艦隊の中を海の中を泳ぎ回るように移動しながら全身からビームを撃って、戦艦を撃破していくのが見えた。
また、バンブーキャノンにもすでに多くの偵察部隊が取り付いて、攻撃しているのだった。
輸送艇が、バンブーキャノンに接近するとが偵察部隊が一斉にビームを撃ってきた。
「このままじゃ、機体がもたないぞ。どうする?」
「輸送艇を壊してでもいいからできるだけバンブーキャノンの近くに寄せてくれ」
「分かった。このまま突っ込むぞ!」
輸送艇がダメージを負っていく中で、健はハカイオーを起動させた。
「上風! 健闘を祈る!」
トロワの声援の後、攻撃に耐えられなくなった輸送艇が大爆発して、その中から飛び出したハカイオーがバンブーキャノンの表面に取り付くと、偵察部隊が一斉に襲いかかってきて、それらを破壊することで、鮫に対して存在をアピールすることになった。
健の読み通り、鮫はハカイオーに即座に反応して方向を変え、口を大きく開けてキャノンの表面を抉りながら迫ってきた。
「いいか、バンブーキャノンは俺の合図で発射しろよ」
「分かっている」
教えられた周波数で、地球の宇防衛隊本部と連絡を取った。
「こっちだ。来やがれ!」
ハカイオーの向きを変えて、バンブーキャノンの表面を走らせ、背後に迫る鮫を発射口まで誘導していく。
そうして発射口付近に到達したところで、足を止めて向き直り、鮫と正面から対峙する。
鮫が、口を大きく開ける中、健はハカイオーに両腕を突き出させて牙の一部を掴んだ状態で動きを止めようとしたが、敵のパワーの前にキャノンの表面を削りながら押されていった。
「まずはこれでもくらえ!」
胸から極太のレーザーを発射して、鮫を正面から攻撃したが、機体をもたせる関係上、限界まで出すことはできず、大きなダメージを与えることはできなかった。
また、表面に取り付いていた偵察部隊が鮫に吸収されていくことで、損傷個所を補っていくのだった。
そんな攻防が繰り広げられる中、発射口まで後一歩というところで、鮫の動きを完全に止め、ビームの放出を止めたハカイオーは両腕を上げ始めた。
「ハカイオー、お前のパワーを見せてやれ~!」
健の気合いに応えるようにハカイオーは、鮫を高く持ち上げ、そのまま発射口に向かって放り投げた。
「今だ。撃て~!」
健の合図で、バンブーキャノンはビームを発射し、鮫の体を削っていき、そのまま消滅させられるかに思えたが、それでは終わらなかった。
最後の最後に残っていた一部分が、バンブーキャノン内部へ突っ込み、大爆発をしたのである。
「おい、バンブーキャノンが爆発しているけど、大丈夫なのか?」
バンブーキャノンの所々で爆発が起こり、損傷個所から火柱を上げ始めたのである。
「さっきの爆発のせいで本体の動力炉が爆発したんだ。まずいぞ。このままだと残骸が落下して地表に被害が出てしまう」
「大気圏で燃え尽きないのかよ!」
「そんなにやわな構造ならあんな出力でビームが撃てるわけないだろ」
「だったら、ハカイオーで壊してやる」
健は、ハカイオーの両手から炎を放出するして、機体を加速させることで残骸の真下に回り、胸のビームを連射して大きな破片を破壊していった。
「これで最後だ!」
健の叫び声と共に最後の巨大破片を破壊したハカイオーは、地球の重力に引かれて落ちていった。
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