第15話 嫌な敵。
「ハカイオー、発進用意」
仮設格納庫にオペレーターのアナウンスが流れた後、ハカイオーはメンテナンス用の専用ハンガーごと床下に降下し、地下に入ると後ろに倒され、背面に設置されているローラーが床に敷かれているレールに乗ると同時に動き出して、地下通路を進んで行った。
突き当たりで停止したハンガーは、床に面していた台座によって起こされると、そのまま押し上げられ、左右に開くハッチを通ってアルテミスシティの外に出ると、両足を乗せているベルトコンベアが回転して、ハカイオーを月面に降ろしたのだった。
一連の運搬作業が終わりハンガーが下がって見えなくなった後、ハカイオーは漆黒に染まりながら後頭部ハッチを開け、地下通路から出てきたブレインポッドが中に入っていった。
ハカイオーは、その強烈な余熱で人間や建物をあっさり焼いてしまうので、鋼鉄兵団が侵入した場合を除いては、シティ内での運用を禁じることが決まったので、迎撃に際しては今回のように地下通路を使って、月面に運搬しているのである。
コアユニットが内臓されたことで、両目を真紅に光らせ、完全な起動状態になったハカイオーは、前方に見える薔薇に向かって走り出した。
「データ映像で見た通り本当に薔薇だな」
健は、拡大映像で見えている薔薇に対して、素直な感想を口にした。
「あれがハカイオーか。ロレッド達の映像にあった通り真っ黒なのだな」
女もまたハカイオーへの素直な感想を口にしていた。
「乗っているのがデータ通りの弱き者なら、あの手段が有効にちがいない。いけ」
女の命令の後、薔薇から数枚の花弁が分離し、ハカイオーに向かって飛んでいく間に細かく分散しながら形を変えていった。
「何を飛ばしてきたんだ? 何が来ようと全部燃やしてやるぜ!」
健は、向かってくる飛行物体を焼こうと、ハカイオーの右腕を上げさせた。
「あれは・・・・母さん?」
花弁が変形したのは、リードと名乗っていた時の光代だった。
「なんで母さんを? いったいどういうつもりだ?」
健は、敵の攻撃兵器が母の形をしているせいで、反撃することができず、接近されたが、光代の形をしたものは余熱によって、あっさりと全て溶けていった。
「やめろっ! やめろ~!」
母と同じ形をしたものが、次々に溶けていく様に耐えられず、健は気が狂わんばかりの大声を上げる。
「やはり爆発する前に溶けてしまったか。あのハカイオーとやらの余熱はデータ通り相当なのようだな。ならば、少しばかり趣向を変えるとしよう」
女が言い終わるなり、リードの形をしたものは溶けるよりも先に自爆を始め、ハカイオーの周囲を爆発で覆っていくのだった。
「やめろって言ってんだろうが~!」
健は、ハカイオー走らせることで爆発から抜け出し、正面の薔薇に向かっていった。
向かって来る敵に対して女は攻撃を止め、その代わりに玉座を中心とした花弁が分離して、ハカイオーの正面に降り立つと劇場の舞台のような形に変形した。
「お前のような不粋な者に我が領域を踏み込ませるわけにはいかないのでな。妾自身が舞台を用意してやったぞ」
女が、余裕たっぷりな表情を浮かべながら話し掛けてくる。
「やったのはお前か~!」
健は、躊躇うことなくハカイオーを舞台に上がらせ、足裏の余熱で表面を焦がしながら、座ったまま身じろぎもしない女に向かって右腕を突き出させた。
打ち出された巨大な鋼の拳を前に、女は一瞬にして光代の姿に変わり、それを見た健は思わず、右腕の動きを止めてしまった。
「せっかくの攻撃も当たらなければ意味が無いぞ」
言い終えた後、盛り上がった床が変形した巨大な蔓の攻撃を正面から受けたハカイオーは、背中から倒されてしまった。
「やはりこの姿をしていると攻撃できぬようだな」
女が、元の姿に戻りながらせせら笑う。
「通信だと? いったい、誰だ?!」
いきなり発信源不明の通信を耳にした健は、驚きの声を上げてしまう。
「お前の目の前に居る妾だ」
「あの鋼鉄兵団が通信を送っているってのか?」
敵からの予想外の行動に健は、驚きを隠せなかった。
「お前達の通信方法など簡単に解析できるぞ」
「お前はいったいなんだ?」
健は、ハカイオーの体勢を立て直しながら女に返信を送る。
「妾はファタール。お前が乗るハカイオーを壊し、弱き者を全滅する為に来たのだ」
「そうかい!」
健は、ファタールが話している間に一気に距離を詰め、左手を振り払って一瞬にして灰にした。
「ざま~みろ~!」
完全な不意討ちであったが、相手が攻撃の手段に母を用いた敵だったので、罪悪感は全く沸かなかった。
「なるほど、これだけの力が有るのならばロレッド達を倒せたのも頷けるというものだな」
すぐに玉座ごと再生したファタールは、一人だけで納得していた。
「ハカイオーの相手はこのまま妾がする。お前達は弱き者を全滅させろ」
ファタールが命じると上空で停止していた薔薇が、アルテミスシティに向かって動き出した。
「行かせるか!」
「ハカイオー、貴様の相手は妾だと言ったであろう。妾の体を作れ!」
床が大きく盛り上がって、ファタールを玉座ごと覆い尽くすとハカイオーと同じ大きさの光代に変形し、蔓の先端部分は膨張して薔薇の花になっていった。
「お前、また母さんと同じ姿になるのか~!」
攻撃手段として、母の姿を用いてくるファタールに対して、健はこれまで以上に怒りを顕にした。
「お前はこの姿に弱いのだろ。だから取るのだよ。確実に倒すためにな」
ファタールは両手を前に出して、手の平から赤い霧状のものを放出し、花も同様のことをしていった。
赤い粒は、余熱で燃れるよりも前に爆発して、ハカイオーの全身を爆炎で覆い尽くしていく。
ハカイオーには傷一つ付いていなかったが、連続爆発による衝撃全てを緩和し切れず、コックピット内は激しく揺さぶられていった。
「くっそ~。えげつない攻撃しやがって~!」
健は、敵が母の形をしている為に、これまで同じく攻撃することはできなかった。
「お前に触れようとすれば、妾達は一瞬にして溶かされるのだから実に最適な攻撃であろ。それにしてもどうした? 反撃せぬといくら頑丈なハカイオーといえども、いずれ破壊されてしまうぞ?」
ファタールは、楽しそうに話しかけながら攻撃を続行した。
「攻撃する気がないというのならもう少し趣向を変えてやるとしよう」
ファタールが言い終えるなり、舞台一面から無数の光代の顔が表れ、口の中から一斉に粒を吐き出してきた。
「ちっきしょ~! どこまで嫌な奴なんだ!」
口では悪態を突きつつも、反撃さえできずにいた。
「上風健、早く反撃しなさい。このままではやられしまうわよ」
ラビニアからの通信だった。
「そんなことは言われなくても分かっているけど、相手は母さんの姿をしているんだぞ!」
言い訳がましく反論する。
「あれは光代じゃなくて鋼鉄兵団なのよ。例えどんな姿になろうともあなたの敵。それに本物の光代はあなたの目の前で死んだでしょ!」
ラビニアは、厳しい口調で、健に現実を叩き込んでいった。
健は返事をせず、代わりに右腕を振り上げたハカイオーが、前腕を勢いを付けて床に突き刺すと舞台は一瞬にして真っ赤に染まり、囂々たる湯気を上げながらファタールもろともドロドロに溶けていった。
「ありがとう。大臣、あんたのお陰で目が覚めたよ」
ハカイオーを立たせながらラビニアに返信を送った。
「目が覚めたのならシティに向かっている敵を早急に破壊しなさい」
「分かっているよ」
健は、コックピットに新しく備え付けられた計測器を見て、まだ手足がもつことを確認してから薔薇へ向かって、ハカイオーを走らせていった。
薔薇は、シティの真上に到達していて、真下からファタールと同じ胞子を放出して、防護ドームを攻撃していた。
「それ以上、やらせるか!」
健は、ハカイオーの両手から爆発性の破壊粒子を放出して、胞子を爆発させていった。
「そこに乗り込んで跡形もなくぶっ壊してやる!」
健は、薔薇に向かってハカイオーをジャンプさせた。
飛んでくるハカイオーに対して、薔薇は花弁を変形させた巨大な針を何十本と突き出してくる。
「そんなものがハカイオーに効くか~!」
ハカイオーは、突き出した左手から放射する黒い光で針を灰にしながら薔薇の表面に着地して、余熱で焦がしながら玉座に座っているファタールに近付いていった。
「そのような不粋な足を妾に付けるな~!」
初めて怒りを顕わにしたファタールの叫びと同時にハカイオーの真下に面している部分が巨大なファタールの顔になり、大きく口を開けて呑み込んだ。
「妾の中で潰れるがいい!」
ファタールの内部に入れられたハカイオーは、余熱で溶かしても迫って来る強烈な収縮力によって、押し潰されそうになった。
その後すぐ薔薇の面と裏側で、凄まじい火柱が上がり、ハカイオーは裏の火柱から姿を現したが、手足の無い満身創痍の状態だったので、そのまま月面に落ちていった。
「健君、大丈夫か?」
京介から安否確認の通信が入る。
「大丈夫、修理箇所がやられただけだから。それよりも早く予備の手足を射出してくれ!」
「分かった」
京介の返事の後、ハカイオーの搬出口から灰色の手足が飛び出し、本体に向かって飛んでいって、損傷箇所に装着していった。
まだ完全な耐久性を確保できていない為、手足が破損した場合には即座に損傷個所をパージして、新たに施した特殊マグネットによってスペアパーツを装着するという苦肉の策を取っているのだ。
四肢を取り戻したハカイオーは、立ち上がって再度薔薇に向かって飛び上がった。
薔薇は、針ではなく全体に薄赤いバリアを張ってハカイオーを弾き飛ばした。
「今度はバリアかよ。ふざけた真似しやがって」
健が、悪態をついている中、薔薇はバリアを張ったまま突撃してきた。
「妾に土足で踏み込んだ報い、その身をもって償え!」
「ハカイオーと力比べしようってのか。来やがれ!」
健は、ハカイオーに両手を突き出させ、数十倍の体格差のある薔薇を受け止めさせた。
両者の力は拮抗し、微動だにしなかったが、しばらくするとハカイオーの四肢に電流が走り始めた。
「このままじゃ、こっちがもたないか」
健は、ハカイオーに薔薇から手を離せた後、月面を踏んで大きくバックジャンプし、目標を失った薔薇は月面に激突して深く抉っていった。
「どうしてもハカイオーを倒したいってんなら着いてこいよ」
健は、ハカイオーに後ろを振り向かせ、超高速で駆け出していった。
「逃がすものか~!」
ファタールは、方向転換してハカイオーを追いかけ、アルテミスシティから離れていった。
「この辺でいいだろ。司令部、アルテミスキャノンはまだ撃てるか?」
「撃てるが、どうするつもりだ?」
「奴の背後にぶちかませ! 俺に気を取られている今なら狙うの簡単だろ」
「分かった。角度調整をすらもう少し引き付けておいてくれ」
「了解」
健の要請を聞いた司令部は、アルテミスキャノンの角度を調整して、砲身をファタールに向けた。
「発射準備は整った。その場から離れろ」
「分かった」
機体の向きを右に曲げてジャンプした後、アルテミスキャノンから発射されたビームがファタールを直撃し、バリアによって防御されたものの、僅かながらに色が薄くなった。
「今だ!」
健は、バリアの出力が弱まった隙に、再度ハカイオーを薔薇に飛び込ませていった。
「妾に近付くなと言っているだろ~!」
ファタールは、針の代わりに無数の光代の顔をに突き出してきた。
「もうその手は通じねえぞ!」
健は、ハカイオーを回転させて顔を削りながら突き進んで、そのまま薔薇の内部に侵入すると手足をパージして、胸のビームで開けた穴から脱出し、再度月面に背中を叩き付けられた直後、薔薇は内部から膨張するように膨れ上がった後に大きな爆発を起こした。
「これでトドメだ!」
健は、ハカイオーの胸からビームを発射した。
無防備な状態での強大なビーム攻撃にファタールは抵抗できず、跡形も無く焼失したのだった。
「母さんに化けるなんて、嫌な奴だったぜ」
健は、宇宙を見ながら小さく吐き捨てた。
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