第14話 宇宙の薔薇。

 巨大な物体が、宇宙を航行している。

 色は白く形は薔薇の花に酷似していたが、後方に露出している巨大ノズルが吹き出すジェット噴射で移動していることから、ロレッド達が乗っていた柱と同類であることを証明していた。

 その中心部分には、貴族か王族が使うような派手な装飾が施された一脚の椅子があって、白い空間にあって一際目立つ燃えるような真紅の髪をショートボブにして、舞台女優や歌手が着るような意匠を凝らした服を身に纏った女性の姿をした者が、片足を組んだ余裕を感じさせる優雅な姿勢で座っている。

 当然ながら女の周囲には、防護用の窓といったものは一切無く、宇宙にその身を晒しているのであった。

 「あれがロレッド達を倒したハカイオーの居る星なのか。なかなか美しいじゃないか。その奥にある弱き者どもが巣くう星は美しさの欠片もないな。まあ、その分だけ妾が美しい花をたっぷり咲かせてやるしよう」

 女が、目標とする月と地球を見て、それぞれの感想を言っているところへ多数のミサイルが飛んできた。

 宇宙連合軍が所有する宇宙用長距離ミサイルである。

 「なんだ、あの飛行物体は? 妾に対する攻撃兵器か? どれ、いかほどの威力かみてやるとしようじゃないか」

 女は、玉座に座したまま向かってくるミサイル群の接近を許し、それによって着弾したミサイルが巨大薔薇の表面に花が咲き乱れるように無数の爆発を起こし、それによって生じた爆炎によって、全体が覆い尽くされていった。

 その後、全ての爆発が治まって姿を現した薔薇には、これまでの鋼鉄兵団と同じように傷一つ付いていなかった。

 「なんだ。全然効かないではないか。なるほど、ハカイオーだけが特別なのだな。であれば、我等の障害となるのであろうから早急に破壊しに行くとしよう。しかし、その前にささやかながら先程の礼をしてくれようぞ」

 女が、つまらなそうに言い終えると花弁の一部が離れて細かく分散して、ミサイルのような形に変形した後、後部からのジェット噴射によって、月に向かって飛んでいった。


 「ミサイル全弾の着弾を確認しました」

 「鋼鉄兵団はどうなった?」

 「顕在のまま進攻中です。それとミサイルらしきものをこちらに向けて発射してきました」

 オペレーターが、状況を正確に報告してくる。

 「長距離ミサイルが三百発当たっても無傷なのか。普通の隕石なら間違いなく粉々になっているところだぞ。しかも反撃行動まで取ってくるとはな」

 ウィリアム司令は、込み上げてくる悔しさを声に出した。

 「今すぐ発射できる長距離ミサイルはもう残っていません。どうします、司令?」

 「ハカイオーに迎撃させよう。出撃準備はできているな」

 「修理が完全ではなく制限時間が設けられていますが、戦闘自体は可能だそうです」

 「なら、すぐに出撃を」

 「待ちなさい」

 防衛隊司令部の会話にラビニアが割り込んできた。

 「大臣、出撃を待てとはどういうことです? 各国の承認は取れているはずですが」

 司令が、あからさまに不満な表情をしながら言い返す。

 「ハカイオーを出撃させるよりも先にアルテミスキャノンによる迎撃を試みなさい」

 「しかし、アルテミスキャノンはシティの切り札ともいえる兵器で、一度使用すれば再充電にも時間を要してしまうのは分かっておいででしょう?」

 「その分、威力は高いし、ハカイオーよりも射程距離が長いのだから鋼鉄兵団がシティに近付く前にダメージを与えられるかもしれないでしょう。これは大臣命令です。いますぐ実行しなさい」

 ラビニアは、強い口調で命令した。

 「分かりました。すぐに発射準備に取り掛かります」

 「それでいいわ」

 ラビニアからの通信は、そこで切れた。


 「ふぅ~」

 指示を出し終えたラビニアは、軽くため息を吐いた。

 「うまくいくでしょうか?」

 カガーリンが、淹れたてのコーヒーを机に置きながら尋ねてくる。

 「あなたもアルテミスキャノンの使用には反対なわけ?」

 「いえ、そういうわけではないのですが、迎撃できなかった場合、鋼鉄兵団がどのような報復手段に出るのかと思いまして」

 カガーリンは、自分の意見をはっきりと口にした。

 「不安な気持ちは分かるけど、それは反対意見と同じよ。月に近付く前にダメージを与えられるのならそれに越したことはないわ。迎撃できなければハカイオーに対処させるしかないわけだし」

 「まるでハカイオーが、シティ防衛の要みたいな仰りようですね」

 「あれだけ強大な力を有しているのだから要といっても差し支えないわ」

 「大臣がそう仰るのなら、わたしもそう思うことにします」

 「ところで避難民の受け入れはどうなっているの?」

 「あまりにも数が多く希望者全員を受け入れるのは到底不可能です。このまま待機状態を長引かせれば政府への非難に繋がりかねません」

 「避難希望数者はどのくらい?」

 「市民の約半数です」

 「予想以上の数だけど、残りの半数は何故地球へ避難しようとしないの?」

 「調べによりますと月生まれで地球へ行ったことの無い者達とのことです」

 「いわゆる”地球恐怖症”というやつね」

 地球恐怖症とは、アルテミスシティやコロニーなど安定した気候を約束された環境の中で生まれ育った者達が、自然に気候が変化していく地球に対して恐怖心を抱く症状のことで、宇宙へ進出した人類が抱えることになった心理的恐怖の一種だった。

 「理由はともかく残っている市民の為にもこれ以上アルテミスシティに損害を出すわけにはいかないでしょ」

 「分かりました」

 「分かったのなら、わたしの方針に口を挟むのは止めなさい。それと上風健はどうしているの?」

 「ブレインポッドにて待機中です」

 「よろしい」

 ラビニアは、満足気に頷いた。


 「久々の戦いだな。まだ完全じゃないけど、あいつらを塵一つ残さずやっつけてやろうぜ」

 ブレインポッドに乗って出撃を待っている健は、家族にではなくハカイオー自身に向けて声を掛けた。


 アルテミスシティの後部に広がる防衛隊の敷地にある大きなハッチが左右に開いて、中から巨大な大砲が、ゆっくりと姿を現した。

 アルテミスキャノン、それは激突する危険性のある巨大隕石やデブリを接近前に破壊する為にシティ建造と同時期に開発された超巨大陽電子砲である。

 これまで使用されなかったのは、高い威力と引き換えに膨大な電力を必要とし、停電といったシティのライフラインを著しく低下させてしまう為に、よほどの事態が起きない限り使用許可が降りなかったからだ。

 今、その巨体を月面に現した大砲は、重厚な音を上げながら円形の台座を回し、砲身を上げることで角度調節を行っている。

 目標である薔薇に狙いを定めると、地下ケーブルを通して莫大なエネルギーが本体に送られ、充填が完了して出力が臨界に達して、発射可能状態になると司令が発射指令を出し、それを耳にした操作員がトリガーレバーを引くことで、発射口から砲身よりも太いビームが発射され、宇宙に光の線を引いていった。

 その光景を見ていた誰もが、画面に釘付けになっていた。

 「こんな凄い兵器があるならもっと早く使ってくれよ」

 ただ一人、健だけは冷めた言葉を口にしていた。

 

 緑色をしたビームは宇宙を駆け抜け、女が飛ばした刺を跡形もなく消し飛ばしていった。

 「妾の攻撃を退けるとはやるな。どれ、どのくらいの攻撃力があるのか見てやろうぞ」

 女は、ミサイルと同じく防御も回避行動も取らなかった。

 ビームは、中心部を直撃して、女を跡形も無く消失させながら薔薇を貫通した。

 その攻撃によって、穴を空けられた薔薇は、その場で停止したが、すぐに再生を始め、表面が元通りになると玉座に続いて、女が座した状態で再生していった。

 「まさか、ここまでやるとはおもしろい。実に壊し甲斐があるぞ」

 立ち上がった女が、両手を上げて喜びを顕にしている中、薔薇は移動を再開するのだった。

 

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