第13話 正常の基準。

 「健君、ハカイオーを起動してくれ」

 「了解」

 健が、中央の起動ボタンを押すとハカイオーの灰色だった体は漆黒に染まり、無灯だった両目が真紅に輝き、月面と接している足底からは余熱による煙を上げた。

 「機体に異常は無いかな?」

 「全て正常だよ」

 ロックされているブレインポッドのコンソロール・パネルには、異常を知らせる警報も鳴らず、画面も表示されなかった。

 「それじゃあ、いつも通り初めは歩かせてみてくれ」

 「了解」

 健のペダル操作で、ハカイオーは月面をゆっくりと真っ直ぐ歩いていく。

 それから京介達の指示に合わせて走る、ジャンプするといった動作を行っていった。

 「ここまでの動きで機体に問題は出ていないかね?」

 「今のところ全然問題無しだ」

 一連の動作を終えて停止しているハカイオーは、異常を示めすことはなかった。

 「それなら攻撃テストに入ろう。まずは爆発性の破壊粒子を出してくれ」

 「分かった」

 操縦桿を動かし、右手を前に出させたハカイオーにドス黒い煙を放出させ、合図に合わせて爆発させると放出した流れに添って宇宙に赤黒い線が出来上がっていった。

 「機体に異常は?」

 「まだ出て無い」

 「それなら次は炎を出してくれ」

 指示通りに特性を切り替え、右手から蒼い炎を放射し、宇宙を蒼く染め上げていく。

 その後すぐ警報と共に右腕に異常を示す画面が表示され、健が炎を止める間もなく、右前腕全体に小さな爆発が連続で発生していった。

 そうして爆発が治まった後には、右前腕は手や装甲が吹き飛び、損傷箇所からは煙を上げ、完全に使い物にならない状態になっていた。

 「仕方ない。左手を発光させてみてくれ」

 指示を出す京介の声は、明らかにトーンダウンしていた。

 「分かった」

 右腕を降ろす代わりに左手を上げ、装甲を展開して光らせた直後、左前腕は大爆発して跡形もなく吹き飛んでしまった。

 「修理箇所の耐久度も分かったから今日はここまでだな。ハカイオーを止めてくれ」

 「了解した」

 健が、起動ボタンを押すとハカイオーは左肩を降ろして灰色に戻り、目の光も消え、煙も治まっていった。

 「お疲れ様。健君、本部に戻っていいよ。ハカイオーは余熱が覚めたら格納庫に戻しておくから」

 「上風三等兵、帰投する」

 ハカイオーからブレインポッドを出した健は、そのままアルテミスシティに向かって行った。

 ロレッドとの戦いから数日が経過したが、新たな鋼鉄兵団はまだ現れず、その間にハカイオーの損傷した四肢の修理が行われているのだが、うまくいっていなかった。

 ハカイオーの修理箇所に問題が無いかどうかの確認作業は、月面で行われている。

 アルテミスシティ内で行うと、ハカイオーの強烈な余熱によって周辺に被害が及んでしまうからだ。

 「やはりまだダメか」

 画面越しに損傷したハカイオーを見ている京介を含む科学者達の間に、落胆という重苦しい空気が流れていた。

 「継続時間は、どうなっている?」

 京介は、気を取り直すように計測班に結果を尋ねる。

 「前回よりも炎の放出時間が三十秒ほど延びています」

 計測班は、前回のデータと照合しながら答えた。

 「僅かながらの前進か」

 前回よりも良好な結果は得られたが、回りの空気を変える材料としては乏しかった。

 「素材も設計もデータ通りにしているのに何が間違っているのだろうな」

 「素材の生成から見直した方がいいかもしれない」

 「とにかく研究と修理を続けていきましょう。我々はハカイオーを完全なものに仕上げなければならないのですから」

 京介の言葉に、その場に居る全員が賛同した。


 戦車や戦闘機用の搬入ゲートを通って防衛隊本部のある区画に入ったブレインポッドは、本部の隣に仮設で建てられているハカイオーの専用格納庫へ向かい、新しく描かれた着陸ポイントに降下した。

 ランディングギアを下げて着陸させ、キャノピーを開けて機体から降りた健は、光代もらったパイロットスーツを着用していた。

 ハカイオーに乗る際のパイロットスーツとして最適であると科学者達に判断されたことで、返却と同時に着用を許可されたのである。

 帰還に合わせてやってきた整備兵達と言葉を交わすこともなく、すれ違いながら格納庫から出ていった。

 部屋に戻ってシャワーを浴び終えるとMT《マルチタテゥー》に珠樹からの連絡メールが入っていて、開くと準備ができ次第、訓練所で基礎訓練を行うとのことだった。

 訓練着に着替えて訓練所へ行き、珠樹相手に基礎訓練を行った。

 

 「今日は、ここまでだね」

 「なんだよ。俺はまだやれるぞ」

 「物凄く息が切れているんだけど」

 珠樹の言葉通り、健の呼吸は激しく乱れ、肩も上下に揺れていた。

 「この程度でヘバって、鋼鉄兵団をぶっ殺せるかよ」

 「その心意気は買うけど、どっちにしろ基礎訓練はこれで終わりだよ。銃器の教練もやらないといけないし」

 「・・・・・分かったよ」

 「それじゃあ、息を整えたら移動しようか」

 珠樹の言葉に従い、息が整ってから別室へ移動して、拳銃など銃器の教練を受けた。

 防衛隊内での待遇は、これまでと変わらず一隊員扱いだったので、武器の扱いも訓練メニューに含まれているのだ。

 一通りの訓練を終えると後珠樹と一緒に食堂へ行った健は、夕食を受け取ると別れの挨拶をして食事を持って出て行ってしまった。

 「彼、また例の場所で食事?」

 珠樹の向かい側に座った栗色の髪をポニーテールに縛った女性隊員が、話しかけてきた。

 「そうだよ。エリカ」

 珠樹は、隊員の名前を呼びながら、どこか素っ気ない感じで返事をした。

 「わざわざあんな所で食べるなんて、よっぽどのことがあったんだね」

 エリカは、健の姿などとっくに見えなくなっている出口を見ながら食事に手を付けた。

 「ハカイオーのパイロットをやっているから色々あるんだよ」

 「このままだといい感じはしないんだけど、わたしではどうすることもできないし」

 エリカが、やや顔を落としながら言った。

 「やっぱり、そう思う?」

 珠樹が、強い視線を向けながら聞いてくる。

 「ほんと変わっているわよね~。見た目はそんなに悪くないのに残念だわ」

 聞いてもいないのに隣に座っている三人組の女性隊員が、意地悪そうに言ってきた。

 「もしかして、超が付くほどのロボットヲタクなんじゃないの~?」

 「やだ~」

 女性隊員達は、本人が居ないのをいいことに次々に陰口を叩いていく。

 「確かに乗機は桁違いのものだけど、僕達と同じ隊員なんだから悪く言うのは止めなよ」

 珠樹は、隊員達を軽く注意した。一部の上級隊員を除いて、光代の死という健の内情を知らされていないからだ。

 「な~に珠樹、ひょっとして彼にラブラブ~?」

 輪をかけて、嫌味ったらしい言葉を掛けてくる。

 「そういう話がしたいんなら自分達の部屋でしろよ」

 珠樹が、鋭い視線を向けながら言い返すと、隊員達は怯えるように身を縮めて黙った。


 健が向かった先はハカイオーの格納庫で、自身のMT《マルチタトゥー》を照会機に軽く押し当てて中に入り、機体の正面に置かれているブレインポッドのキャノピーを開け、食事を持ったままコックピットに入って、リアシートに座った。

 「今日も修理テスト失敗したよ。ハカイオーもうちょっと直しやすく設計できなかったのかよ、じいさん」

 「基礎訓練にはだいぶ慣れたけど、銃の扱いはまだだな~。親父はこの手の知識はどうだった?」

 「それにしてもここの食事はいまいちだな。母さんの料理が食べてみたいよ。けど、案外料理下手だったりしてな~」

 健は、キャノピーを開けたままにして、目の前のハカイオーに向かって喋りながら一人切りの食事をした。

 正確には、ハカイオーに死んでいった家族を投影して話しかけているのだが、他の人間からすれば、あきらかに奇異な行動でしかなかった。


 「俺、頭おかしいのかな?」

 「なんで、そんなことを思うんだい?」

 「ハカイオーに入っていないブレインポッドの中に居ると、ハカイオーに死んだ家族が見えるような気がして、それでなんか安心できて自分でも気付かない内に独り言を言っているんだ」

 健は、診察の為に自室を訪れているドクター・オオマツにロレッドを倒してから取るようになってしまった行動について話した。

 「君は生まれてから一度も両親と過ごしたことが無かったんだったね。そうした境遇の中で生きてきて家族の絆を感じさせる出来事や物ができたことによって、今まで満たされたことの無かった気持ちが表面化した為に取っている行動と思えるね」

 オオマツは、淡々とした口調で、健の行動について推察していった。

 「俺、正常ってことでいいのか?」

 「そもそも正常の基準ってなんだと思う?」

 オオマツは、ふざけた様子もなく真面目な感じで聞き返してきた。 

 「泥棒や人殺しみたいな犯罪を犯さないとか」

 思いがけない質問に、頭に思い浮かんだことをそのまま声に出してみた。

 「それは社会の規範に対する姿勢であって、正常でない精神の持ち主が全員犯罪者というのは誤りだよ」

 自分の得意分野の話になっているからなのか、顔がちょっとだけニヤけてきている。

 「正解はなんなんだよ」

 「正解はバランスだよ。人間の精神における正常ってのはね、自分って者を形成する基本的人格がどれだけバランスを取れているかなんだよ。それがストレスなどの要因で崩れてしまうと奇行に走ったり犯罪を犯したりしてしまうのさ。もっともバランスを取る為の行為が回りからは奇異に見えてしまう症例も多々あるけどね」

 オオマツは、いつになく雄弁かつ饒舌に自身の考えを口にした後、思わせ振りに健を指差した。

 「なんだよ。やっぱり俺、おかしいんじゃないか」

 「さっきも言っただろ。バランスだって、君はその独り言をいうことでバランスを保っているわけだし、自分自身を客観的に見ていて、犯罪行為も犯していないのだから正常の範囲内にいると思っていいんじゃないかな。ただ、その独り言状態があまりに長く続くようなら危ないかもしれないけどね。とはいえ、医者としては診察しがいがあるから、それはそれで有りだけど」

 ニヤける度合いが増してくる。

 「精神の悪化を心待ちにするようなこと言うな。よくそれで精神科医やっているな。患者の精神を正常に戻すのが仕事じゃないのかよ」

 「患者の精神バランスを整えて取り返しのつかない事態に陥らないようにするのは医者としての仕事だけど、わたしはそうした患者達の精神的変化に興味があるんでね」

 顎を撫でながら言い返してくる。

 「興味本意でやっていい仕事じゃないだろ」

 「だからやれているんじゃないか。わたしは人間の精神を見極めたいと思ってこの仕事をしているんだよ。興味の無いことはしない主義なんでね」

 「ひょっとして俺の精神も見極めたいのか?」

 「もちろんだとも、だからこうして直に診察に来て上げているんじゃないか。あんなとてつもない物に乗っている君が、これからどんな精神的変化を遂げるのか、最後まで見届けるつもりだよ」

 言いながら顔を近付けるオオマツに対して、健は狂気を感じずにはいられなかった。

 「なあ、あんた自身は自分のことを正常だと思っているのか?」

 試しに聞いてみた。

 「もちろん正常だと思っているよ。奇人変人だったら今の地位にはなれないさ」

 真面目な調子による返事だった。

 「分かったよ。それで結局のところ俺は正常ってことでいいんだよな?」

 「以前ほどの情緒不安定さも見られないし、今のところ正常の範囲内に居ると思ってもらって構わないよ」

 「それを聞いて安心したよ。薬の方はどうなんだ?」

 「投与は続けてもらうけど回数は減らしてもいいだろうね。今までは一日三回だったけど、明日からは二回にしてみよう。じゃ、今日の診察は終わり。これ一週間分の薬ね」

 オオマツは、薬の入った箱を置いて部屋から出ていった。


 夜になると健は、いつものように部屋を出て格納庫に行った。

 そしてブレインポッドのキャノピーを開け、中に入ってシートを倒した。

 「母さん、俺、こんなことしていても正常だって言われたけど、いつまで正常でいられるのかな?」

 健は、目の前のハカイオーに母の面影を見出しながら問い掛けた後、目を瞑って眠りについた。

 本来であれば、最高機密の塊であるハカイオーの格納庫に行くのは、パイロットである健であっても禁止される行為であるのだが、精神の安定に繋がるというオオマツの意見を聞き入れたラビニアが特別に許可しているのである。

 

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