第11話 激闘の後。
「防衛隊から戦闘行為の終了宣言が出されました。周辺の安全確認が取れて、避難解除指示が出され次第シェルターを解放いたしますので、もうしばらくお待ちください」
アルテミスシティの全ての地下シェルターにおいて、流されたアナウンスだった。
「あれだけ巨大な相手を倒してしまうなんて、とんでもない兵器だ」
「そうですね。林さん」
隣に座っている林という男の感想に対し、明海は少し悲しそうな声で返事をする。
戦いが終わるまでの経過は、シェルター内の天井部に表示される特大サイズのHS《ホログラムスクリーン》に生中継され、ハカイオーが残虐なやり方でロレッドを破壊していく様を余すことなく見ることになった。
これまで見たことのない凶悪なハカイオーの姿を目にした明海は、健の身に何かあったのではないかと不安を抱えずにはいられなかった。
健とは両手に怪我をした日以来会うことはなかった。命令違反で営倉入りしてから父が頼んでも面会の許可が降りなかったからだ。
一方、周囲の人々は、明海の気持ちとは反対にハカイオーの勝利に湧き立ち、シェルター内に響き渡るほどの歓声を上げまくっていた。
やり方はどうあれ、自分達の住む場所を攻撃した相手を完膚なきまでに破壊したからだろう。
それから三十分ほどして、避難解除指示が出たというアナウンスと共にシェルターの隔壁が開かれ、中に入ってきた防衛隊の隊員に誘導されて外に出た。
外に出た明海達が向かった場所は、宇宙空港の入り口で、扉の前には警備員と警備ドローンが門番のように並んでいた。
「港内は皆さんが入れるスペースは十分有りますので、押し合わずゆっくりと中へ入ってください」
真ん中に立っている警備主任が説明した後、警備ドローンに先導されて中に入ると、職員が空港の運用を再開するべく忙しそうに動き回っていた。
「お客様へ、運用再開の目処が立ちましたら構内放送でお知らせいたしますので、しばらくお待ちください」
「わたしは、シャトルの発進について確認してくるから君はここで待っていてくれ」
林は、明海から少し離れ、自身の左手に施されているMT《マルチタトゥー》を使って確認を取り始めた。
言われた通りに待っていた明海は、何か新しい情報はないかとマルチリングのネットボタンを押したが、回線が混み合っていて接続できないというメッセージが表示されただけだった。
手持ちぶたさになり周囲を見ている中で、大勢の人だかりができている場所があったので行ってみると、大きく表示されたHSには、瓦礫の山を背景に現場中継をしているリポーターを映したニュース映像が流れていた。
破壊されたシティを見た避難民達は、自分の家が壊れている、誰それは無事なのかといったハカイオーの勝利に湧いていたシェルターとは真逆の不穏な会話を交わし合っていた。
明海は、健がこのような場所で、これからも戦い続けていくのかと思うと、自分だけが地球へ帰ることに対して、後ろめたい気持ちになってきた。
そのまま映像を見ていると研修コロニーでの凄惨な光景を思い出して、気分が悪くなってきたので、その場から離れ、人気の無い場所へ行った。
「ここに居たのか、急に見えなくなってしまったので探したよ」
声を掛けられて振り返ると、そこには林が立っていた。
「すいません。シティの様子が気になったものですから」
「幼馴染みが関わっているから分からないでもないけど、君を無事に地球へ送り届けないとわたしが南雲博士に大目玉を喰らってしまうんだから勘弁してくれよ」
林は、半分冗談混じりに言ってきた。彼は京介の友人にして連合政府の役人であり、政府への報告の傍ら明海を地球へ無事に送り届ける役目を仰せつかっているのである。
「すいません。それで地球へはいつ帰れそうですか?」
「シャトルの発進はいつでもできるけど、月面上空で待機せている輸送機を全て入港させてからじゃないと滑走路が使えないそうだ。さっきの戦闘で大分足止めを喰ったから仕方ないね」
「そうですか。それでどのくらいかかりそうなんですか?」
「入れるだけだから一、二時間くらいかな」
「その間に一度シティに戻りたいんですけど」
「無理だね。戦闘が終わった直後だからどの通路もまだ封鎖されているだろうし」
「そうですか」
林の返答に、明海はやや落胆した。
「退屈だろうけど、シャトルに乗るまでここで待っていくれ。もう少しすれば喫茶店や食堂に土産物エリアも営業を再開するだろうからそこで時間を潰してもいいし」
「分かりました」
明海は、俯きながら返事をした。
明海は、救援物資を積んだ輸送船が空港に着艦していく様子を冷めた缶コーヒーを飲みながら眺めていた。
営業を再開していた食堂や喫茶店は、すぐに大勢の人間で溢れ返って入れず、土産物屋を一巡りした後、自販機で缶コーヒーを買い、眺めのいい場所で飲んでいるというわけである。
林は、少し離れた場所で、同じく自販機で買ったペットボトルのお茶を飲みながら、時折どこかへ連絡を入れている。
他にも暇を持て余した避難民が、そこかしこに居て、その中にはイチャ付いているカップルや疲れ切ったように寄り添って寝ている家族の姿もあった。
地球に帰って母と再会して安心させた後、自分は何をすればいいのかぼんやり考えている内に缶は空になっていた。気付かない間に飲み干していたらしい。
「あのトイレに行って来てもいいですか?」
「構わないよ」
林の許可を得た明海は、案内板に従ってトイレに行った。
トイレは一番奥以外は空いていたが、明海はそちらへは行かず、洗面所へ行くなり洗面台に両手を付いて大きなため息を吐いた。
健と違って、この状況下で何もできない無力な自分に落胆しているのだ。
自分に何かあるとすれば人知を超えた治癒能力だが、迂闊に人前で使うことはできないので、あまり意味が無かった。
そんな暗い考えに耽っていると、奥の個室から出てきた少女が、つまずいておもいっきり転んでしまった。
少女は、すぐに起き上がったものの、右足を押さて大泣きした。
擦りむいた足から血が出ていたからである。
明海は、すぐに駆け寄って声をかけた。
「大丈夫?」
「痛い! 痛い~!」
少女は、ただ泣きじゃくるばかりだった。
明海は、周囲を念入りに見回した後、右手から放出した光で傷を治した。
少女は、初めて見る力を前に泣くのを止めて、完全に見入っていた。
傷が治ったところで明海が、唇に人指し指を当てる仕草をすると、少女は黙って頷いてから駆け出し、出口に来た母親と思われる女性に抱き付いた。
それから振り返った少女は、明海に対して笑顔で手を振りながら去っていった。
少女の笑顔を見た明海は、今は無理でもこの力をなんらかの形で絶対に役立るべきだと思った。
「何かあったのかい?」
「どうしてですか?」
「顔付きがちょっと変わった気がしたんだけと」
「気のせいですよ」
明海は、何もないという風に笑ってみせた。
それから地球行きの避難民受け入れシャトルの発射が可能になり、他の避難民達と搭乗ゲートへ向かった。
「これからシャトルへの搭乗を開始いたしますが、ここに居る皆様の座席は十分確保できていますので、慌てずに搭乗してください」
係員が、搭乗上の注意を促す。
そこへ避難民を押し退けて数人の男達が、先頭に出てきた。
「順番を守ってください」
「俺達が一番なんだよ」
男達は、服の中から拳銃を取り出し、真ん中の男が天井に向けて一発撃った。
その行為によって、周囲の避難民が悲鳴を上げていく。
「もう分かっているとは思うが、俺達が持っている銃は全部本物だ。命が惜しけりゃ言う通りにしてもらおうか」
真ん中の男が、銃を左右に動かしながら話していく。
「要求はいったいなんだ?」
係員が目的を尋ねる。
「これから合流する仲間を乗せて地球へ向かってもらうぜ」
「目的は地球への逃亡か。仮に月から出られたとしても宇宙ステーションで、強制停止させられて逮捕されるだけだぞ」
「そうならない為に人質を用意するのさ」
男達は、手近に居る女性や子供を自分達の輪の中へ引っ張り込んでいき、その中にはトイレで傷を直した少女も混じっていて、母親が男へ向かっていこうとしたところで、周囲の人間に止められた。
「こいつらの命が惜しけりゃ搭乗を開始してもらおうか」
「なにを下らないことをやっているの?」
明海は、林が止めるのも聞かず、男達の前に出ていった。
「なんだ、お前は?」
男が、不審そうに行動の真意を尋ねてくる。
「大勢の人が死んでいるっていう時になんでこんな下らないことをやっているのかって言っているのよ!」
明海は、物おじすることなく返事をした。
「確かにお前等にとっちゃとんだ災難だよな。けどよ、俺達にとっちゃ自由になれるまたとないチャンスってわけさ。こんな機会を逃す手は無いだろ~」
その言葉に男達全員がニヤけた表情を浮かべていく。
「こんな時に自分達のことしか考えていないなんて、ほんと最低な人達ね」
明海は、込み上げる怒りのあまり相手が銃を持っていることさえ忘れて、言い返していた。
「うるせえ~! 地球人なんていつも自分達のことしか考えていねえじゃねえか! あいつらが関税上げなきゃ俺が務所に入ることもなかったんだよ!」
男は、自分の中にある不満を大声でぶちまけた。
「だからって、こんなことをしていい理由にはならないわ!」
「ほんと癇に触る女だぜ。見せしめにお前を殺してやるよ」
表情を歪めた男は、冷めた声で銃の引き金を引いた。
その瞬間、猛烈な勢いで煙が焚かれ、それを吸い込んだ明海は意識を失った。
「ここは?」
気付くと知らない天井を見ていた。
「気付いたみたいだね」
側には林が座っていた。
「林さん、わたしはどうなったんですか?」
「防衛隊が所有する強制睡眠ガスを吸って寝ていたんだよ」
「防衛隊?」
「そこからは僕が説明しますよ」
声の主は、同い年くらいの女の子だった。
「あなたは?」
「僕は十六夜珠樹、防衛隊の一等兵だ。君は南雲明海さんだろ」
「どうして、わたしの名前を?」
「IDを確認したんだよ」
「そういうことですか。騒ぎを起こした人達はなんだったんですか?」
「アルテミスシティの収容所に入れられていた囚人達だよ。今までの戦闘で破壊された刑務所から脱走して、難民用のシャトルで逃げようとしていたんだ」
「他の人達はどうなったんですか?」
「全員、無事だよ」
「そうですか、良かった」
明海は、ほっと胸を撫で下ろした。
「よくやったね。君が奴等の注意を引き付けてくれなかったら煙を巻けなかったよ」
「そんな大したことじゃないですよ」
「その反面、褒められた行動とはいえないね。銃を持っている相手の正面に立つなんて、別場所で捕らえた脱走犯から計画を聞いて現場に駆け付けた時はひやひやしたよ」
珠樹は、厳しい声で明海の行動を咎めた。
「今、思い返すとほんと馬鹿なことしていますよね」
明海は、自分の行動の危うさ素直にを認めた。
「どうして、あんな真似をしたんだい? 相手が撃っていたら確実に死んでいたよ」
「ハカイオーのパイロットはわたしの幼馴染なんです。それで彼だけが戦って、わたしだけ地球へ行くのがなんだかズルい気がして、それでむしゃくしゃしていたところもあったんだと思います」
自分がいかに馬鹿な行動をしたのかと思い知り、その恥ずかしさから自然と顔を伏せてしまった。
「おかしな考えとまでは言わないけど、あんな危険なことをする理由にはならないし、上風も喜ばないんじゃないかな?」
「健を知っているんですか?」
珠樹から健の名前を聞いて、思わず顔を上げてしまう。
「上風は今、防衛隊所属の三等兵だよ。そして僕は彼の訓練を任され、この前の戦いでは命を助けてもらったんだ。少しケガしたけどね」
頭に捲かれた包帯を指差した。
「そうだったんですか、それで健は無事なんですか?」
「今、救護隊が向かっているところだけど、ハカイオーの状態からコックッピットは無事だと思うよ。とりあえず、君は地球へ帰ってこれからのことをよく考えた方がいいんじゃないかな」
「そうですね。十六夜さんの言う通りです」
「十六夜さんなんて堅苦しい言い方しないで珠樹でいいよ。同い年なんだから」
「だったら、わたしも明海でいいよ」
二人は、微笑み合って握手を交わした。
明海は、なんだか新しい友達が出来たような気持ちになった。
珠樹と別れた明海は、先の事件によって発進の遅れた避難民受け入れのシャトルに乗り、必ず戻ってくるという思いを胸に月を後にしたのだった。
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