第10話 母の言葉。

 「バウンドもアッサムも所詮弱き者だったな」

 剣を降ろしたロレッドは、勝者とは思えない冷めた言葉を口にした。

 一方の首を斬られたハカイオーは、右腕を突き出したまま表面の色が灰色に戻り、足元の煙も消え、人間でいうところの血管や骨に相当するケーブルや間接が剥き出しの切断面からは、小さな放電を起こしていた。

 「ハカイオーは倒した。ここを破壊しよう」

 ロレッドは、首の無いハカイオーを放置して、剣と左肩から発射するビームでアルテミスシティを破壊し、出撃して自身に攻撃してくる防衛隊を撃破していった。

 

 刎ね飛ばされたハカイオーの首は、二体から離れたビルの隙間に落ちていた。

 「健、大丈夫?」

 リードが、健の無事を確認してくる。

 「大丈夫だ。あんたの方は?」

 健が、リードの無事を確認し返す。

 「平気よ」

 その言葉に反して、声は苦しそうだった。

 「ちくしょ~! 首が斬られちまったんじゃ、もうどうすることもできねえぞ!」

 悔しさのあまり映像が途切れて真っ暗になっているキャノピーをおもいっきり叩く。

 「わたしがなんとかするからハカイオーの所まで連れて行って」

 「なんとかって、いったいどうするつもりなんだよ?」

 「わたしがハカイオーを直すわ」

 「あんな状態で、修理なんかできるのか?」

 「今は細かい説明をしている暇は無いわ。急がないとアルテミスシティが壊滅してしまうわ」

 「分かった。動いてくれよ」

 健が、祈るような気持ちで分離操作をすると、いつにも増して後頭部ハッチが重そうな音を上げながら鈍い動作で開いていき、それに合わせてロックが解除されたブレインポッドを頭部から出して、ビルの隙間から浮上させた。

 「わたし達が、ハカイオーを造った理由は工場で話した通りよ」

 ハカイオーに向かう最中、リードが自身のことを語り始めた。

 「あんた、やっぱり俺のおふくろなのか?」

 健が、躊躇いがちに尋ねる。

 「そうよ。あなたの母親の上風三代、破壊装置の影響で体がボロボロになって、肉体改造を繰り返していたら半分以上が機械になっちゃったけどね」

 寂しそうに笑いながら母であることを認めた。

 「そうなったのってハカイオーにある万物破壊装置のせいなんだよな。爺さんと親父が死んだのもそれが原因なのか?」

 「ええ、死に方は工場で聞いたでしょ」

 「なんで俺を置いてったんだよ」

 一番聞きたいと思っていた質問を投げかける。

 「あなたをこんな危険なことに巻き込みたくなかったの。だから、あなたを生んですぐにお婆さんに預けた後、クローンで作った三人分の死体を使って死んだと見せかけて、お爺さんが昔働いていた月面工場へ行ったのよ」

 「そんなこと言っているくせに俺をハカイオーのパイロットにしたじゃないか」

 意識もしないのに、自然と責めるような口調になってしまう。

 「わたしの肉体改造には限界が来ていて、操縦が無理だったからあなたに乗ってもらうしかなかったの。それに鋼鉄兵団が予想よりも早く来てしまったから保護の為にあの日に迎えに行ったのよ。実際には明海さんが居なければ危ないところだったけど」

 「なんでも勝手に決めてんじゃねえよ!」

 健は、前を向いたまま光代に怒りをぶつける。

 「ごめんなさい」

 話してる間にハカイオーが見えてきたが、ロレッドの側にある為に防衛隊の流れ弾に邪魔されてしまい、思うように近付くことができなかった。

 「大臣、攻撃を一旦止めてくれ。・・・・ダメだ。電波が混乱していて通信できない」

 苦し紛れにコンソロールを叩く。

 「あの小型機械に乗っているのはハカイオーのパイロットだな。何をするつもりか分からないが破壊しておこう」

 攻撃対象をブレインポッドに切り替えたロレッドは、地面を蹴ってジャンプすることで、一気に距離を詰めながら剣をおもいっきり振り降ろしていった。

 「そう簡単に斬られてたまるか~!」

 健は、ブレインポッドを大きく左にターンさせることで、攻撃自体はどうにか回避できたものの、剣が巻き起こす猛烈な風圧に煽られ、回転しながら地面に落下させられてしまった。

 「くっそ~!」

 操縦桿を力いっぱい引いて、機首を上向きに変えることで地面との激突をなんとか回避し、機体の底面部を僅かに擦すられながらも再上昇して、ロレッドから離れていった。

 「ちっきしょ~。あいつに邪魔されたんじゃ、あんたをハカイオーの真上に降ろすなんて到底無理だぞ。少しでも停止しただけでやられちまう」

 「停止できないのならキャノピーを開けた状態でハカイオーの真上を通過して、その間に飛び移ってみるから」

 「そんなの危険過ぎるだろ。下手すりゃ、あいつの攻撃でやられるかもしれないぞ」

 「今は議論しいる場合じゃないわ。あいつよりも大きな敵が接近してきているのよ。早く目の前の敵を倒さないとアルテミスシティどころか地球さえも壊滅してしまうわ」

 「分かった。やってみるよ」

 健は、再度ハカイオーへの接近を試みるべく、ブレインポッドの向きを大きく変えた。

 「撃ち落としてやる」

 ロレッドの左肩にある羽パーツが分離すると、アッサムの羽パーツと同じように飛んで来て、先端からビームを発射してきた。

 「この前倒した奴と同じ武器じゃないか。くっそ~厄介なもの出してきやがって~」

 健は、羽パーツのビームをかわすので精一杯になってしまい、ハカイオーに近付くどころかどんどん離されてしまうのだった。

 「健、あいつの真っ正面に向かうのよ」

 リードが、ロレッドに向かうよう指示を出してくる。

 「おい、それ本気で言ってんのか? 近付いたらさっきみたいにあいつの剣で攻撃されちまうぞ」

 「いいから、言う通りにして。そしてわたしが合図したら大きく右に曲げるのよ」

 「分かった」

 健は、半信半疑な気持ちを抱きながらも言われた通りに、ブレインポッドをロレッドの正面に向かわせていく。

 「俺を直に攻撃してくるつもりか」

 接近してくるブレインポッドに対して、ロレッドは剣から発射するビームを連射し、かわされるとさっきと同じように直接斬りかかっていった。

 「今よ!」

 リードのタイミングでブレインポッドを右に大きくターンさせて、剣攻撃を回避すると追尾していた羽パーツ群は、ロレッドに激突していって体勢を崩させたのだった。

 「今の内にハカイオーに向かって」

 「分かっているよ」

 近付いてくるハカイオーを前にして、指示通りにキャノピーを開ける。

 「健、これだけは忘れないで。わたしもお爺さんも譲二さんもあなたを一日だって忘れることなく愛し続けていたことを」

 リードは、自身の気持ちを打ち明けた後、ブレインポッドから飛び降り、ハカイオーに着地すると、まだ治まっていない放電をものともせずに切断面の中心に分け入って、ケーブルを自身に絡めていく。

 そうすると首の無いハカイオーが、灰色のまま起動した。

 「あいつ、あんなことまでやれるのかよ」

 驚く健の前で、動き出したハカイオーは、おぼつかない動作で落ちている首に向かって歩き出していった。

 「何故動いているのかは分からないが、胴体を切断してやる」

 ロレッドが、ハカイオーに向かって剣を振り上げる。

 「させるか~!」

 健は、ロレッドの顔の周りを飛び回り、ブレインポッドの機銃を顔面に当てることで、リードから注意を逸らしていった。

 「健、助かったわ」

 リードは、ハカイオーの頭部が埋まっているビルに辿り着くと右手で拾い上げて、自分の居る首元へ近付けていった。

 「何しているんだ? 早く離れろ! そのままじゃ潰れされちまうぞ!」

 健が、外部スピーカーの音量を最大にして呼び掛ける。

 「あなた、お爺さん、健はわたし達の思っていた通り立派な男の子に成長してたわよ」

 リードは、健の言葉を無視して、自身の上に頭部を降ろしいった。

 そうして完全に降ろし終えた直後、大きくも静かな音と供にリードは完全に見えなくなって、ハカイオーの頭と首の間に埋まったのだった。

 「そんな、嘘だろ。・・・・・母さん」

 健は、自分でも気付かない内にリードを母と呼んでいた。

 「切断部分が再生していくだと? ハカイオーは我々のように再生機能まであるのか?」

 ロレッドの目の前で、ハカイオーの首と体が繋がっていった。

 「うわあああぁぁぁああ! 母さああぁぁぁああん!」

 健は、母を呼びながら再生したハカイオーへ向かっていった。

 その呼び声に答えるかのように、ハカイオーの後頭部ハッチが自動で開き、健はブレインポッドを中へ入れた。

 

 「さあ、行こうぜ。爺さん、親父、母さん」

 メインエンジンの始動からくる微振動を体全体で感じている健は、それが家族とのはっきりとした絆のように思う中で、操縦レバーを強くしっかりと握り締めた。

 コアユニットが内蔵されたことで、完全な形で再起動を果したハカイオーは、両目を真紅に輝かせ、体を漆黒に染めていった。

 だが、それだけでは終わらなかった。

 拳と足底と背中から蒼い炎を吹き出したのである。

 揺らめく業火を身に纏い、両目を真っ赤に輝かせるその姿は、人が造りし巨大ロボットの領域を超えた悪鬼か悪魔のような超越した存在のようであった。

 「みんな、ハカイオーからできるだけ離れろ! どうなるか俺にも分からないぞ!」

 外部スピーカーで、周辺に居る防衛隊に退避を促す。

 「今度は完全に破壊してやろう」

 ロレッドが、走りながら剣で攻撃してくる。

 その攻撃に対して、ハカイオーが振り上げた燃え盛る左手は、触れただけで刃を瞬く間に灰にしてまう。

 ロレッドは、自身が焼かれる前に手から剣を離した後、バックジャンプしてハカイオーから距離を取った。

 「なんだ。あのパワーは? 計測できない」

 ロレッドが分析している中、健はペダルを軽く踏んで、ハカイオーを歩きながら近付かせ、一歩を踏み出す度に周辺にある全てのものを追い払うかのように灰にして、道路には真っ赤に焼けた足跡を刻んでいくのだった。

 ロレッドが、分離させた羽パーツを手裏剣のような形に繋ぎ合わせて飛ばすと、ハカイオーは右腕で叩き落として、踏みつけて灰にしてしまう。

 焦る様子もないロレッドは、回転させることで腕全体に電流を発生させた左腕をジェット噴射の要領で勢いよく飛ばすも、ハカイオーの右回し蹴りによって弾き飛ばされ、ビル群に突っ込んだ後に大爆発を起こした。

 「お前の攻撃は、ハカイオーには効かないんだよ!」

 健が、右の操縦桿を動かして、ハカイオーに右拳で地面をおもいっきり叩かさせた直後、手首から溢れ出した蒼い炎が津波のような形となって、道路を猛烈な勢いで削りながらロレッドに押し寄せて呑み込んでいく。

 炎の津波が突き抜けていった後、アルテミスシティには巨大な爪でえぐられでもしたような真っ黒な焼け跡が刻まれ、その先端には頭と胴体だけになって、幾つもの煙を上げるロレッドが倒れていた。

 すぐに完全再生して立ち上がるも、その時には目の前にハカイオーが立っていた。

 「簡単には壊さねえからな」

 健は、左右の操縦桿を激しく動かし、ハカイオーに指を突き立てた両手を振り回させ、抵抗する暇さえ与えず、生き物の生皮を剥ぐようにロレッドの体を削りまくり、動きを止めた時には手足は無く、装甲が全て剥がされた惨死体同然の姿になっていて、攻撃を受け続けたことでパワーを失ったのか、再生さえできなくなっていた。

 「そうだ。俺さ、親父に一度もハグされたことないんだ。お前、親父と同じ顔していたよな。代わりにハグしてくれよ」

 健が、親し気に声をかけた後、ハカイオーは返事すらしないロレッドを腕の中に包み込む。

 「このまま消えろ」

 静かな一言を呟き、両手から吹き出す炎で、ロレッドを灰も残さず焼き尽くしたのだった。

 健が、息を整えている中、長く大きな影が伸びてきて、影のある方向を見ると、ロレッド達を乗せていた巨大な柱が目前まで迫っているのが見えた。

 「あいつもぶっ壊してやる」

 健は、ハカイオーの炎を消し、ラビニアの許可も取らずにアッサムの戦いの時に通った第六ゲートに向かい、開いていないゲートを破壊してアルテミスシティから出ていった。

 

 外に出たハカイオーは、自身の数十倍ある相手と対峙した。

 柱は、これまで倒してきたロボット達と同じく、一端粘土細工のように歪みながら変形して、バウンドが偵察部隊と呼んでいたロボットと同じデザインの超巨大ロボットに変形したのだった。

 「お前もぶっ壊してやるよ」

 健は、感情を感じさせない低い声で言った後、遥かに巨大な相手に向かってハカイオーを直進させた。

 鋼鉄兵団に対する猛烈な憎しみと闘志が、恐怖心を完全に掻き消していたのである。

 一方のロボットは、敵意を示すように目を強烈に光らせた後、変形させた右腕から放出する巨大な光刃を突き出してきた。

 ハカイオーをジャンプさせて、攻撃を回避しながらロボットよりも高く飛んで、突き出した両腕両足から蒼い炎をマシンガンのように連射して、炎の雨を浴びせていく。

 ロボットは、降り注ぐ炎の雨によって、体の表面を激しく削られながらも怯むことなく、光刃を突き出してきた。

 その攻撃を見た健は、ハカイオーを駒のように回転させながら急降下させ、光刃もろとも右腕を破壊し、その勢いのまま胸部を貫いて着地した後、月面を蹴ってジャンプして、両腕を突き出した状態で背中から突入して胸から飛び出し、再度ロボットの頭上まで上昇していった。

 それからハカイオーに両腕を上げさせ、頭上で手を組ませると両拳から機体よりも遥かに太い炎が龍が、猛烈な勢いで放出され、その炎を唐竹割の要領で真一文字に振り降ろして、ロボットの頭から腰までを斬った直後、両腕が限界を迎えたように爆発し、それによってバランスを崩して落下していき、大勢を立て直す暇もなく月面に叩き付けられてしまった。

 ロボットは、切断面を再生させながら、ハカイオーを踏み潰そうと右足を振り上げてきた。

 健は、ハカイオーの両足の装甲を展開して黒光を放射して、右足を塵にしていったが、その最中に両足が暴発して、後方に吹っ飛ばされてしまった。

 ロボットは右足の再生を行わず、その代わりに残っている腕を大砲に変形させて、蒼白い極太のビームを発射してきた。

 「そんな攻撃がなんだってんだ。そうだろ。ハカイオー!」

 健の叫びながらのパネル操作に合わせて、ハカイオーの胸部装甲が×の字に開き、まるで心臓が脈打つように動きながら真黒い輝きを放つ中枢機関が露出し、左右の操縦桿のトリガーを同時押しすることで、機関そのものから莫大なエネルギーを含んだ赤黒いビームが発射された。

 赤と青のビームは正面からぶつかり、初めは拮抗していたが、次第にロボットのビームが圧し始めた。

 「あんな奴に負けるな。ハカイオ~! ハカイオオオオォォォオオ!」

 ビームの勢いに押されないように全ての操縦桿を強く押して、姿勢を維持ている健の雄叫びに応えるようにハカイオーのビームは、何十倍にも太さを増してロボットのビームを押し返し、そのまま全身を呑み込んで、跡形も無く消滅させたのだった。

 

 「母さん、親父、爺さん。俺、鋼鉄兵団を一体残らず破壊するよ」

 両手両足を失い、胸の装甲も残らず吹き飛び、損傷個所から煙を上げ、疲れ果てたように倒れているハカイオーの中で、操縦桿から手を離して、楽な姿勢を取っている健は死んでいった家族に対して、鋼鉄兵団の壊滅を誓うのだった。


  

 

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