第9話 対面。

 「実に災難だったな。衛星大臣」

 「最初の襲撃から一日も経たずに二連続の攻撃だもね」

 「とはいえ、被害をある程度抑えられたのは幸いだったな」

 「これも全てはハカイオーの驚異的な性能のお陰といったところだろう」

 「あの巨大ロボットが、我々の敵じゃなくて本当に良かったよ」

 「あなた方がすぐにハカイオーを出撃させてくれれば、敵に侵入されることもなく被害も最小限に抑えられていたわ」

 ラビニアは、好き勝手言わせていた分だけの反動を付けるように苛立ちを混ぜた重い声で、各国の代表に苦言を呈した。

 鋼鉄兵団の攻撃が収まったことに合わせて、宇宙連合の緊急会議が開かれているのだ。

 「その件についてはここに居る全員が誤った判断だったと認めているよ。今後はもっと速やかに承認するつもりだ」

 ゾマホ代表が、自分達の行為を謝罪しながらも今後もハカイオーの出撃方針を変えるつもりがないことを暗に明言してくる。

 「その点を考慮して今回の無断出撃を見逃した君の責任問題は不問とし、被害への支援と避難民受け入れの継続を約束しよう」

 「それならわたしから言うことは何もないわ」

 この会議における一番の懸念材料であった支援と難民受け入れの継続が確約されたことで、顔には出さなかったが内心ほっとしていた。現状で地球からの支援を打ち切られることは、アルテミスシティにとって死活問題にほかならないからだ。

 「それに伴い、支援部隊も派遣しよう」

 「地球の戦力をこちらに回すということかしら?」

 「三回の襲撃で防衛隊の損耗も激しいだろうと判断しての戦力支援だよ」

 「それなら無人機を大量に送って、月の工場だけでは生産が追い付かないから」

 「さすがに、それだけでは足りないだろうから指折りの精鋭部隊も送る予定だ」

 「そこまでしなくてもいいわ。防衛隊も指揮系統は機能しているし、そちらも戦死者は出したくないでしょ」

 「人員も必要だろ。まあ、月の防衛隊とうまく連携を取ってくれたまえ」

 ゾマホ代表が、気軽な調子で言ってくる。

 「分かったわ」

 「ここまでで何か質問のある者は居るか?」

 「わたしから一ついいかな」

 挙手したのは、日本の首相である毛利一朗だった。

 「何かね? 毛利代表」

 「ハカイオーのパイロットの上風健は営倉入りだそうだが、もう少し処罰を軽くすることはできないのか?」

 「命令違反をしたのだから当然の処置でしょ」

 「確かに命令無視は許される行為ではないが、一応敵を二体も倒したのだから、その辺りを考慮に入れてもいいだろ」

 「それを踏まえての営倉入りよ。本来ならもっと重い罰を下すところだわ」

 「わたしが心配しているのはそうした環境下における彼の精神のバランスだ。報告によれば初陣の後、精神に異常をきたしたそうじゃないか」

 「それについては最高の精神科医に任せているから問題無いわ。鋼鉄兵団の襲撃があれば嫌でもハカイオーに搭乗してもらうことになるわけだから心配するほど酷い扱いはしてないわよ。食事も良いものを与えているし」

 「分かった。君の言葉を信じるとしよう」

 一朗は、ラビニアの言葉を素直に受け取った。

 「質問が無ければ、これで閉会とする」

 ゾマホ代表の締めの言葉と共に円卓の映像が消え、ラビニアの周囲は執務室に戻った。


 「まったく、やってくれるわね」

 ラビニアは、椅子にもたれながら深いため息を吐いた。

 「地球の精鋭部隊の導入ですか、厄介なことになりそうですね」

 カガーリンが、手早く淹れたコーヒーを机に置きながら言った。

 「地球の息のかかった軍人達が月の軍事に介入してくることは間違いないし、下手をすれば防衛隊の指揮権を剥奪しかねないわ」

 言い終えたラビニアが、再度ため息吐く。

 アルテミスシティは自治権こそ認められているが、地球外の都市ということもあって連合からは格下に扱われ、今回のように強硬な手段を取られることも少なくないからだ。

 今後のことを憂いている中、通信を知らせるコールが鳴った。

 「地球からです」

 「分かったわ。繋いでちょうだい」

 ラビニアは、一白置いてから通信用の画面を開くと、HS《ホログラムスクリーン》が十代の少年の顔を表示した。

 「マルス、どうしたの?」

 ラビニアは、画面の少年に対し、やや厳しい表情を見せ、名前を言いながら用向きを尋ねた。

 「お母様が、どうしているのか気になっていたので、アニスに無理を言って通信を繋いでもらったのです」

 マルスと呼ばれる少年が、少し気まずそうに用件を話す。

 「わたしは大丈夫よ。死亡のニュースは流れていないでしょ」

 「ですが、回りではお母様が三度の攻撃に対する責任を取って辞任されるのではないかと噂しています」

 「こんなことくらいで辞任なんかしないわ。噂に振り回されて緊急の秘匿回線を使うなんて馬鹿なことをしないで」

 静かな声で、息子を咎める。

 「ごめんなさい。お母様」

 マルスは、目を潤ませながら謝罪した。

 「あなたの方は変わりない?」

 少し間を置いてから近況を尋ねた。

 「はい、全然大丈夫です」

 自分を気にかけてくれたことが嬉しかったのか、マルスは笑顔で返事をしたが、顔に幾つか殴られたような跡があるのを見て嘘だと分かった。

 「それならいいわ」

 敢えて追求はしなかった。指摘すれば父親のように意地でも否定することも分かっていたからである。

 「傍受される危険があるから、そろそろ切りなさい」

 「分かりました。それではお母様、これで失礼いたします」

 マルスは、少し寂しそうな顔をしながら通信を切った。

 ラビニアは、小さなため息を漏らした後、少し冷めたコーヒーをゆっくり飲んだ。

 何か言おうとしたカガーリンは、すぐに向けられた強烈な目力の前に沈黙した。


 「彼に会いに行くわよ」

 事後処理用の書類をまとめ終え、HSの画面を閉じたラビニアは、カガーリンに次の行動を伝えた。

 「ヘリの用意はできております」

 執務室を出たラビニアは、屋上へ行き、発進準備の整っている無人ヘリにカガーリンと一緒に乗った。

 普段はエアカーを使用しているが、鋼鉄兵団の襲撃によって道路が寸断されているので、今は使えないからだ。

 庁舎から離れて目線を下げると、アルテミスシティの現状が目に入った。

 傾き、崩壊し、鎮火できずに炎を上げて煙を吐き続ける建物群に対して、圧倒的な人数と機材不足の中で救援活動を行う救援隊に絶望したように道路に座り込む市民の姿が嫌でも目に写る。

 この現状を任期中にどうにかできるのかといった不安が込み上げてきたが、絶対にどうにかしてみせると自分に強く言い聞かせながら面会場所へ向かった。


 健は、営倉のベッドに座りながら面会用HSの画面越しに珠樹と話をしていた。

 「怪我は大丈夫か?」

 包帯が巻まかれている額の怪我の具合を尋ねる。

 「大したことはないよ。このままパワードスーツを着ても全然問題無いって言われたし」

 「怪我しているのにもう戦線復帰とか考えているのか?」

 「防衛隊の一員としては、これくらいなんてことないさ。トロワ大佐も右腕が治り次第復帰する予定だよ」

 「人間サイズの奴に右腕潰されたんだっけ、そんなに早く直るのか?」

 「クローニングだと順番待ちになるから義手にするって話だよ」

 話している内に珠樹の表情が曇り、声のトーンが落ちていく。

 クローニングが主流の時代、普通の腕と見分けがつかないほどの精巧な義手も造れはするが、どうしても動作に不自然な部分が出てきてしまうので、日常生活において差別的な目でみられることも少なくないからだ。

 「そうか」

 「君の方は大丈夫なのかい?」

 「問題無いさ。ここも割りと快適だし、メシもそれなりにうまいんだぜ」

 それなりに明るく振る舞って見せる。

 「それなら良かった。それじゃあ、僕は戻るよ。助けてくれてありがとう」

 珠樹が、小さな声で礼が言った後に映像が切れた。


 「薬でも打っておくか」

 注射器を手に取って首筋に打つ。

 ドクター・オオマツからは、精神は安定傾向にあるが、まだちょっとしたショックで崩れる恐れがあるので、引き続き投薬を続けるよう指示されていたるのだ。

 コールも無しにラビニアが入ってきたのは、注射器をゴミ箱に捨てた直後だった。

 「話はできそうね」

 ゴミ箱を見ながらの言葉である。

 「できるよ。それにしても大臣自ら営倉にお出ましとは驚きだな。それで話ってなんだ? 処罰を重くするのか?」

 「いいえ、あなたの家族の話よ」

 「俺の家族?」

 予想していなかったワードを耳にして、思わず顔をしかめてしまう。

 「家族に関しては何も知らないのよね」

 「生まれる前に死んだからな。それがどうしたんだ?」

 「あなたをハカイオーに連れて行ったリード・イザナミという女性が、あなたの母親の上風光代かみかぜみつよに似ていたのよ」

 「おふくろが生きている時の画像なら何回も見ているけど、あんなハゲ頭じゃないぞ」

 「そんなことは分かっているわ。わたしは十代の時に光代とルームメイトだったからよく知っているのよ。光代は宇宙、わたしは月に夢を抱いていて、二人でよく語り合っていたわ。お婆様から聞いていない?」

 「初めて聞いた話だよ」

 「本当に何も知らないのね」

 「婆さんは、知ると辛くなるだけの一点張りで、聞いてもなにも教えてくなかったからな。で、リードがおふくろだって話は本当なのか?」

 「これを見て」

 ラビニアが、左手で差し出したカードサイズの端末機を受け取ってみると、画面には左側に母親、右側にリードの顔が映し出されていた。

 「赤いボタンを押して」

 その通りにすると画像が合わさり、顔の輪郭や声紋などから同一人物てあるという結果が出た。

 「本当なのかよ。何かの間違いじゃないのか?」

 「表示されているデータ通りだし、証拠はそれだけじゃないわ。政府の調べだと地球に帰還した光代達は、調査員の全滅は巨大ロボットの襲撃によるものだと証言していたことが分かったのよ」

 「それって俺と明海がリードから聞かされた話とそっくりじゃないか」

 「あなたの証言と合わせれば、リード・イザナミが光代だと考えるのが妥当でしょ」

 「じゃあ何か、おふくろ達は政府に話を信じてもらえなかったから月に行ってハカイオーを造ったっていうのかよ」

 「十分考えられる話だし、それならあなたをパイロットに選んだのも納得がいくわ」

 「ちょっと待ってくれ。俺はおふくろ達の墓参りにも行っているんだぞ。それはどう説明するんだよ」

 「遺体を直接見たわけじゃないんでしょ。誤魔化す手段なら幾らでもあるわ。どちらにしろリード・イザナミを捕まえれば全て分かることよ」

 「そのリードはどこに居るんだ?」

 「捜索中よ」

 「捕まえたらどうするんだ? 拷問でもするのか?」

 「どう処分するかは事情を聞いてからよ。人類を救おうとしているのかもしれないけど、反逆とも取れる行動を取っているわけだし。話はこれで終わりよ」

 「どうして、俺に話たんだ?」

 「家族に関わることだから知らせておこうと思ったのよ」

 「それはどうも」

 「失礼するわ」

 ラビニアは、端末機を持って部屋から出ていった。

 「あいつが、俺のおふくろ? 冗談だろ」

 一人になった健は、リードの顔を思い浮かべながら吐き捨てるように言った。


 健は、鳴り響くサイレンで目を覚ました。知らない間に寝ていたらしい。

 「鋼鉄兵団の襲撃か?」

 体を起こして、インターフォンで状況を確認しようとする前にドアが開いて、銃を持った三人の隊員が入ってきた。

 「いったい、どうしたってんだ? 鋼鉄兵団が来たんじゃないのか?」

 「いいや、ブレインポッドが盗まれたんだ」

 隊員の一人が即答する。

 「厳重に管理しているんじゃないのか? それにブレインポッドは俺はしか動かせない筈だろ」

 「それは格納庫の警備隊に言ってくれ。我々はここに反逆の容疑者であるリード・イザナミが現れたら確保するよう大臣に命令されただけだからな」

 「リードが盗んだブレインポッドに乗ってここに来ると睨んだわけか。で、俺はどうすればいいんだ? 手を上げるのか?」

 ワザとらしく手を上げる素振りを見せる。

 「そのままでいい。お前を拘束しろとの命令は受けていない」

 その言葉通り、隊員は銃を向けてはいなかった。

 「そうかい」

 健がベッドに座ろうとした瞬間、爆音と同時に天井が崩れ、降ってきた瓦礫が隊員達を押し潰していった。

 「上の階が爆発したのか、いったい、どうして?」

 健が、状況を把握しようとしている中、立ち込める煙の中から一人の人間が姿を見せた。

 「声紋反応一致、お前がハカイオーを操縦している弱き者だな」

 目の前に現れたのは、リードではなくロレッドだった。

 「親父?」

 健は、驚きながら目の前に立っている鋼鉄兵団の一人を父と呼んだ。

 「親父とは、お前達弱き者が父と認識する者を呼ぶ際に用いる呼称だな。何故、俺をその呼称で呼ぶ?」

 「親父と同じ顔をしているからだ」

 ロレッドは、画像に映っていた自分の父親と瓜二つだったのだ。

 「なるほど、この顔はお前の父親のデータから作られたわけか」

 自身の顔を撫でながら返事をする。

 「親父はどうした? 殺したのか?」

 「そのデータは無いな。お前が俺のデータ元の子供だったというだけのことだ」

 「お前、何しに来たんだ?」

 ロレッドが敵であると認識を改めた健は、自分の所へ来た目的を尋ねた。

 「バウンドとアッサムを倒したハカイオーの操縦者がどんな者なのか興味があったので会いに来たのだ。データ元の子供ならお前の表面データも取得するとしよう」

 「データを取られたら俺はどうなるんだ?」

 「殺す。弱き体に用はない」

 言い終わったロレッドが、自分の意思を強調するように両目を強く光らせてくる。

 健は、逃げようとしたが、右手から発射されたビームによって退路を絶たれてしまった。

 「逃がすわけがないだろ」

 ロレッドは、光る右手を健に向けてながら言った。

 そこへ轟音を鳴らしながら壁がぶち破られて、姿を見せたブレインポッドがロレッドをおもいっきり突き飛ばし、壁にめり込ませた。

「ブレインポッドか」

 「健、ケガは無い?」

 開いたキャノピーから姿を見せたのは、現れると予想されていたリードだった。

 「本当に来たんだな」

 「あなたのピンチなんだから当然でしょ。早くここから出るわよ」

 「けど、あいつは?」

 まだ、動かないロレッドを指差す。

 「あれは敵よ。譲治さんじゃないわ。ほら、早く乗って」

 リードは、健に右手を伸ばした。

 「譲治さんって、それ親父の名前だぞ。あんた。やっぱり」

 「邪魔をするな」

 動き出したロレッドが、右手から撃ったビームによって、リードは右腕を切断されてしまった。

 「お前の表面データをもらうぞ」

 ロレッドは、両目から出すスキャナーのような光を健に顔を向けた。

 そこへブレインポッドの左側の機銃から発射された弾によって、ロレッドは体を削られていった。

 「あんたには渡さないって言ったでしょ。今の内に脱出よ」

 リードが、トリガーを引きながら言った。

 「あんた、右腕無くて大丈夫なのか?」 

 「そんなこと気にしないで、その代わり操縦をお願い」

 健は、言われるまま、ブレインポッドの前席に乗った。

 「な、なんだよ。それは?」

 キャノピーを閉じる中で、健は驚きの声を上げることになった。

 ロレッドのビームで切断された右腕からは血ではなく機械のオイルらしきものが漏れ出ていたからである。

 「あんた、いったいなんなんだ? 本当に俺のおふくろなのか?」

 健は、当然の疑問を口にした。

 「それよりも今はハカイオーを起動させて。もうすぐあいつの本体が来るわ」

 「・・・・分かった」

 健は、少し迷った後にブレインポッドを本部から移動させながら起動ボタンを押した。

 

 その後すぐ、起動したハカイオーが格納庫を突き破って姿を現した。

 健は、ハカイオーにブレインポッドを近付け、自動で開いた後頭部ハッチから中に入った。

 「上風健、聞こえる?」

 コックピット内にラビニアの顔を映したHSが、表示された。

 「なんで、急に大臣が出てくるんだ? 防衛隊のウィリアム司令じゃないのかよ」

 「非常事態だからよ。そこに光代も居るのね?」

 後部座席に座っているリードに向かって声を掛ける。

 「誰のことだか分からないわ?」

 半笑いを浮かべて誤魔化すようなことを返事をした。

 「話は会った時でいいわ。現在の状況を伝えるわよ。アルテミスシティに巨大な物体が接近しているの。中の敵を倒したら、すぐにそちらの迎撃に向かって」

 「分かった」

 返事をした健は、ロレッドが居る本部へ機体を向けた。

 「データは諦めよう。俺の体をよこせ」

 ロレッドが、命令を出した直後、天井を突き破って一個のブロックが、ハカイオーの前に落ちてきた。

 本部から飛び降りたロレッドが、ブロックの真上に着地すると内部に吸収され、西洋の鎧に似たボディーラインをして右手には剣を持ち、左肩にアッサムと同じ羽パーツの付いた巨大ロボットになった。

 「速攻で決着を付けてやるぜ!」

 健は、ハカイオーを走らせてロレッドに接近した。

 数秒後、二体の間に一つの轟音が鳴り響いた。

 そして、健の言葉通り決着は付いた。

 ロレッドの剣による一刀で、ハカイオーの首が刎ねられたからである。

 

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