第3話 運命の破壊神。
ポッド内は無言だった。
健と明海は、虚ろな目をして座り込んだまま動こうとせず、女性は前を向いて操縦しているだけだったからだ。
今まで過ごしてきた場所が、何の前触れもなく破壊されたショックと絶望感が、健と明海を無気力な放心状態にしていたのである。
無言の三人を乗せたポッドは、月の裏側へ向かって行った。
暗闇に包まれた岩とクレーターだらけの風景をライトを付けて行き先を照らすポッドが進む中、前方にアスファルトかコンクリートで固められた場所が見えてきた。
そこは幾つかの大きな工場施設が建っていたが、どれにも明かりは付いておらず、周囲の電柱は無灯で、今にも折れそうなほどに傾いているなど、廃墟にしか見えない場所だった。
速度を落としたポッドが、擦れて薄くなっている着陸ポイントにランディングギアを出しながら着陸すると、接地面が四角く切り取られた台座となって機体を地下へ運び、停止すると前方に伸びる通路に沿って進んでいった。
通路の先には大きな扉があって、ポッドの接近に合わせ、重厚な音を上げながら左右にゆっくりと開き始めた。
「うわあ~!」
「きゃあ~!」
健と明海は、同時に叫び声を上げた。
開いた扉の中から姿を見せたのが、数十メートルに達する巨大ロボットだったからである。
自分達を襲ったものと同等ものを目にしたことで溢れ出した恐怖心が、二人を現実に引き戻して悲鳴を上げさせたのだ。
「そんなに怯えなくても平気よ。あのロボットはあなた達を襲った奴等とは違って人が乗らないと動かないものだから」
振り返ったパイロットは、二人を安心させようと優しい声で説明していった。
「な、なんなんだよ。あれは~?」
健は、パイロットへの不信から説明を素直に受け入れることができず、震える右手で巨大ロボットを指差しながら詳細を尋ねた。
「奴等を破壊する為に造られた巨大ロボット”ハカイオー”よ。見た目も全然違うでしょ」
その説明を聞きながら改めて見ていくと、角の付いた兜を思わせる頭部に両目のある顔、凹凸がきちんとあって鎧を着ているように見える重厚なボディラインに全身が灰色など、コロニーを襲ったロボットと完全に別物であることが分かった。
「それで、あのハカイオーとかいう巨大ロボットは、あんたが造ったのか?」
「そうよ。前はもう二人作業員が居たけどね」
「あんた、いったい何者だ? 俺達をこんな場所に連れてきてどうするつもりだよ」
健は、自分の理解を超えたものを造っているというパイロットに対して、今まで以上に強い不信感を抱き、明海を庇いながら疑問をぶつけていく。
「そんなに警戒しなくてもちゃんと説明してあげるから安心しなさい。ただ、こんな窮屈な所じゃなくてもう少し広い場所に行きましょ。ただ、その前に二人はシャワーを浴びて着替えた方がいいわね」
どうして、そんなことを言うのかと思って、自分達の服を見ると真っ赤な染みだらけだった。
ここに連れて来られるまで、流血する惨状に遭遇してきた結果である。
「そうそう、上は廃れているけど、中は酸素も重力も水も人間に必要なものは全部揃っているから心配はいらないわよ」
パイロットは、自分の言葉を証明するようにキャノピーを開け、ポッドから先に降りてヘルメットを取って、深呼吸しながら床に立って見せた。
ヘルメットの下から出てきたのは、禿頭で左目に眼帯を付けるとなど、ハカイオー並みにインパクト絶大な女性の顔であった。
パイロットは女性だったのである。
健は、女性に言われた通りシャワーを浴びていた。
自分の気持ちを落ち着けて、今の状況を正しく理解する為に必要な行為だと判断したからである。
女性が説明した通り、水の供給もしっかりしていて、問題なく出るお湯が体中に付いていた血を洗い流していく。
お湯を止めようと蛇口に伸ばした右手が視界に入った瞬間、自分でも気付かない内に動きを止めて視線を注いでいた。
切断された右手が、完璧に再生したいうことに対して、今になって不思議な気持ちになったからだ。
明海の持つ力についてはずっと前から知っていたが、ここまでできるとは思ってなかったので、その治癒力の凄さに改めて感心しながらお湯を止めた。
シャワー室を出ると脱衣所の籠には着替えが置かれていて、手に取ってみると女性が着ていたパイロットスーツと同じものであったが、色は黒ではなく蒼色だった。
着てみるとサイズはやや大きかったが、着心地も良くとても動きやすかった。
「あ」
廊下に出たところで、明海と出くわした。同じようにシャワーを浴びた後だったので、渇き切っていない髪の毛からは少しばかり湯気が上がっている。
着ている服は、健と同じパイロットスーツで、明海のは朱色だった。
「わたし達、これからどうなるのかしら?」
明海が、不安そうな表情を浮かべながらこれからに付いて聞いてくる。
「俺にも分からない。今すぐここから逃げ出したいけど、この状況じゃ無理だよな。あのポッドを使おうにも操縦系統が違っているみたいだったし」
不安にさせないようにしたかったが、これまで経験したことの無い状況に置かれているせいで、気の利いた言葉が浮かばない。
「あの人の言う通りにしないといけないのかな?」
明海の表情が、さらに暗さを増していく。
「とりあえず話だけでも聞いてみようぜ。何も知らないんじゃどうしようもないからな」
「そうね」
それから頷き合った二人は、女性が来るように指定した部屋に向かって歩き出したが、大きな不安を抱えているだけに、その足取りはとても重かった。
操作室と書かれたプレートが貼られている入り口のボタンを押して中に入ると、そこは窓沿いにレバーや操作盤が設置されていて、窓越しにハカイオーが見える工場の操作室だった。
女性は、中央に置かれたテーブルに置されている椅子の一脚に座っていた。
「少しはさっぱりした?」
入ってきた二人にシャワーの感想を聞いてくる。
「まあ、少しは」
健は、なんとなくといった感じの返事をした。
「わたしもです」
明海は、やや俯きながらの返事だった。
「空いている席に座って、それと何か飲む? 水とコーヒーくらいしか出せないけど」
「水で」
「わたしはコーヒー」
二人は、空いている席に座りながら飲みたいと思ったものを声に出していった。
「分かったわ」
席から立った女性は、室内に設置されている給水機へ行って、言われた飲み物を紙コップに入れて二人の前に置いていく。
二人は、礼も言わずに飲んでいった。お世辞にもおいしいとは言えなかったが、喉を潤すには十分だった。
「それじゃあ、話を聞かせてくれ」
飲み干したところで、話をするよう促した。
「あなた達を襲った奴等のことをわたし達は”鋼鉄兵団”と呼んでいるわ。誰が造ったのかは分からないけど、生命の抹殺を目的にしていることだけは確かね」
「おいおい、自己紹介が先だろ」
「そうだったわね。わたしの名前はリード・イザナミ。あなた達は上風健に南雲明海さんね」
二人を交互に見ながら名前を呼んでいく。
「どうして俺達の名前を知っているんだ?」
「あなた達がポッドに乗っている間に網膜スキャンして調べたのよ」
「ぼ~っとしていたから全然気付なかったけど、そんなことしていたのか。それであんたはいつから奴等のことを知っていたんだ?」
「宇宙調査船団の一員として、他の惑星を調査していた時からよ」
「俺の両親とじいさんが所属していたのと同じ団体に居たんだな」
健が、あからさまに嫌な表情を浮かべる。
「急に怖い顔してどうしたの。調査船団に嫌なことでもされたのかしら?」
「あんたの言う通り、爺さんが調査先でやった実験の失敗で他の船員を死なせたせいで、今でも周囲に批難され続けているんだ。育て親の婆さんはその心労で死んじまうわで、ろくでもない人生を送らされているんだよ。俺は何もしていないってのにさ!」
恨み言を口にしている内に健の声音は、激しく重苦しいものになっていき、さらに興奮のあまりテーブルを強く叩いた衝撃で紙コップが倒れ、僅かに残っていた中身をテーブルにぶちまけしてしまった。
「その話は誰から聞いたの?」
女性が、テーブルを拭きながら聞き返してくる。
「婆さんは、どんなに聞いても教えてくれないからネットで調べまくったんだ。どこまでがほんとかは分からないけど、人を死なせたのは事実らしいから初めて知った時は物凄いショックだったぜ」
「それでおじいさんはどうしたの?」
「同じく生き残った親父と罪に問われる前に逃げ出して逃亡先で死んで、おふくろは俺を生んですぐに死んじまったらしい。まったく無責任にもほどがあるぜ」
「健、今はそんな恨み言を言っている場合じゃないでしょ。すいませんが、鋼鉄兵団に付いての話を聞かせてください」
明海が、冷静な声で、話を先に進めるように女性に申し出る。
「明海、この女の言うことを信じるのか?」
「鋼鉄兵団に付いて知っていたんだから少なくても聞く価値はあると思うわ。それとここへ来る前に話を聞くって言ったのは健でしょ」
痛いところを突かれた健は、言い返すことができなかった。
「無理に信じろとは言わないけど、助けて上げたんだから、その恩返しだと思って聞いてちょうだい」
女性は、余裕の表情を浮かべながら言った。
「分かった。聞くよ」
健は、承知するしかなかった。
「地球と環境の似た星を見つけたわたし達は、植民できるか調査している最中に突然現れた鋼鉄兵団の一方的な攻撃で仲間が殺されていく中、持ってきていた実験装置を使うことで生き延びることができたのよ」
「実験装置ってなんだよ」
「”万象操作装置”、世界のあらゆる物理法則を操作できる装置よ」
「名前からして凄そうな装置だな。なんでそんなもの作ったんだ?」
「惑星開発を効率良く行う為に開発したの。その性能のお蔭で、わたし達は生き延びて地球に帰還することができたのよ」
「そんな大事なことをどうして宇宙連邦に知らせなかったんだ? そうしていればこんなことになる前に手を打てたかもしれないじゃないか」
「政府には全てを報告はしたわ。けれど、証拠が無いことに加えて調査員の死亡責任を自分達に向けられないように全ての責任をわたし達に押し付けてきたの。そのせいで地球に居られなくなって、この廃棄された月の開発工場を改装して奴等に対抗するハカイオーを建造することにしたのよ」
リードは、窓越しのハカイオーを見ながら説明した。
「本当にあのロボットで勝てるのか?」
「もちろんよ。万象操作装置を破壊に特化させた"万物破壊装置"を組み込んでいるから」
「なんだか、危険そうな名前ですね」
「奴等を倒す為には絶対に必要な装置よ」
「安全性に問題は無いのかよ」
「パイロットの安全を確保できるまでは調整済み」
「まだ未完成なんですか?」
「良くて半分といったところかしら、できるなら完成させたかったけど、その前に奴等が来てしまったのよ」
リードは、これまでの余裕の態度が嘘のように眉間に皺を寄せて、悔しそうな表情を浮かべた。
「それでパイロットはどこに居るんだ?」
「あなたが乗るのよ」
リードが、健を指差す。
「なんで、俺が乗らなきゃならないんだよ」
「パイロットに適している男子だからよ。わたしがあのコロニーに行ったのは、鋼鉄兵団の危険を知らせるのとパイロットを探す為だったの」
「あんたが乗ればいいじゃないか。造ったんなら操縦だってできるだろ」
「そうしたかったけど、今のわたしではハカイオーの操縦には耐えられないの」
「どういうことだよ?」
「見なさい」
リードが、眼帯を取ると本来左目のある場所には、今にも吸い込まれそうなくらいに真っ黒な穴が空いていて、そのあまりの不気味さに健と明海は絶句してしまった。
「驚いたでしょ。これはハカイオーを建造していく中で発生した副作用よ」
「建造中にご病気にでもなったんですか?」
明海が、圧し殺した声で尋ねる。
「実験段階の万物破壊装置を使った度重なる起動実験の影響で、体の細胞が崩壊し始めているの。だから普通の乗り物なら操縦できるけど、ハカイオーのように強烈な不可が掛かるものには耐えられないの。髪の毛や左目も細胞崩壊の影響で無くなってしまったのよ」
リードは、眼帯を戻しながら説明していった。
「聞いているだけで頭がおかしくなりそうだ。待てよ。それじゃあ、他の作業員も同じ理由で死んだのか?」
「一人はハカイオーの起動実験で粉々になって、もう一人は細胞崩壊が脳にまで達して死んだわ。ハカイオーの安全性が確保できたのは彼等の犠牲があったからなのよ」
「おいおい、そんな危ないものに乗るなんてまっぴらだぞ」
健が、拒否の意志をはっきりと口にする。
「気持ちは分かるけど、迷っている時間はないわ。もうすぐ奴等が来るから」
その言葉を証明するように室内に警報が鳴り、それと同時に表示さたHS《ホログラムスクリーン》が、工場に着陸した三体のロボットを映し出した。
「健、ハカイオーに乗って戦って、そして鋼鉄兵団から人類を守って」
リードは、健の両肩に手を乗せながら強い口調で頼んできた。
健が、返事をせずに渋っている中、天井の揺れが大きさを増していく。
「奴等の攻撃が始まったみたいね。急がないと三人共殺されてしまうわ。明海さんまで死んでいいの? 今、この子を守れるのはあなたとハカイオーだけなのよ」
リードは、明海を見ながら強く訴えてきた。
「・・・・分かった。やるよ」
健は、明海を見ながら渋々承知した。自分の都合で明海を死なせるわけにはいかなかったからだ。
「決まりね。早速ブレインポッドに乗ってちょうだい」
操作室から出た三人は、ハカイオーの正面に止まっているポッドに向かって走った。
「それで、どうやって操縦するんだ? マニュアル読んでいる暇なんてないだろ」
「コンソロールパネルの上にあるGD《ゴーグルディスプレイ》型の電子頭脳を被れば、脳内に直接操縦方法が書き込まれるわ」
「あんたはどうやって脱出するんだよ?」
「別のポッドで脱出するわ。さあ、行きなさい。そして全てを破壊して。鋼鉄兵団を人類の破滅の運命を」
健は、返事をしないままブレインポッドに乗り込んだ。
「明海さん」
リードが、明海を呼び止める。
「なんですか?」
「あなたの力については分からないけど、絶望的な状況の中で癒しの力を持つあなたを救うことができた。これは何かの運命だと思うの。だからお願い、健を支えてあげて。そしてハカイオーをただの破壊神にさせないで」
リードは、両手で明海の右手を強く握りながら頼んだ。
「分かりました」
明海は、リードの思いに答えるように強く握り返しながらはっきりとした声で返事をした。
そこへさらに大きな振動が起こって天井にひびが入り、その隙間から爆発による炎が漏れ出してきた。
先にブレインポッドに着いた健は、ここに連れて来られた時には見ようともしなかった操縦席に目を向けた。
予想していた通り、宇宙用の作業ポッドとは違う操縦方式の内装に不安が込み上げてくる。
「健、乗らないの?」
側に来た明海に問い掛けられる。
「乗るよ」
促されるようにして、前の席に乗り、続けて明海が後部座席に乗った。
その様子を見ていた健は、降りる時には自分の血でべっとり汚れていたシートが綺麗になっていたことに気付いた。
それからすぐに教えられた通りコンソロールパネルの上に置かれているGD型の電子頭脳を頭に被っていた。
真上に居るであろう鋼鉄兵団が、今にもここを破壊しようと攻撃を続けているという切迫した事態が、被って本当に平気なのかという不安を感じる前に行動に移させていたのだ。
電子頭脳を被った瞬間、未知の知識が一気に頭の中に流れ込んできて、目の前が一瞬真っ白になっていった。
そうして、気付いた時にはハカイオーの操縦方法を完璧に覚えていて、配置されている全ての機器の動かし方を理解していたのである。
「健、大丈夫?」
明海に声を掛けられたことで、健は意識を取り戻した。
「大丈夫だ。俺、どれくらいボーっとしていた?」
「三秒位かな?」
「そんなもんだったのか。まあいいや、操縦方法は分かったから動かすぞ」
健は、電子頭脳を外しつつ、一つのボタンを押して、ブレインポッドのキャノピーを閉じた。
完全に閉まるのを確認した後、中央にある大きな赤いボタンを押すと、目の前に立っているハカイオーが、身震いするかのように微かに全体を震わせながら首を九十度後ろに回し、後頭部のパーツを上向きに開いて、中の空洞を晒してみせる。
健は、フットペダルを踏んでブレインポッドを同じ高さまで上昇させ、画面を見て軸合わせをしながら吸い寄せられるように前進して、頭部内に収納したのだった。
後頭部パーツが閉じられ、顔が元の位置に戻る中、ハカイオーの両目が輝くのに合わせて、ポッドのキャノピー越しのモニターが外の風景を映したが、工場内にリードの姿は無かった。
「あいつ、どこへ消えたんだ?」
健が、リードを捜している最中、工場の天井からこれまでで一番大きな爆発が起こった。
月面では、鋼鉄兵団の度重なる攻撃によって、地下施設も破壊されたことで、表の工場施設を残らず吹き飛ばすほどの巨大な火柱が上がっていた。
その火柱の中から一つの巨大な塊が、猛烈な勢いで飛び出してきた。
出てきたのはハカイオーで、月面に着地して、真っ赤に輝く全身から幾筋もの煙を上げるその姿は、鋳造されたばかりの武器のようであった。
こうして人が造りし破壊神は、世界に解き放たれたのである。
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