第2話 予告なき虐殺。

「次は無いと思え」

 上風健かみかぜたけしは、お堅い制服を着た男に軽く肩を叩かれた。

 「分かってますよ」

 素っ気ない返事をして男から離れ、唯一の荷物である通学鞄を持って、一晩お世話になった拘留施設を後にした。

 施設から出て左手に巻いているリストバンドタイプの携帯機器であるマルチリングの電源を入れると、一件のメールを受信していることを表示した。

 送信者は南雲明海なぐもあけみとなっていて、タップしてメールを開くと「いつもの公園で待っている」と書かれていた。

 

 施設から少し歩いた場所にある公園に向かい、入ってすぐのベンチを見ると紺色の制服を着た長い黒髪の少女が座っていた。彼女がメールの送信者である南雲明海である。

 「おはよう。健」

 健に気付いた明海が、静かな声で朝の挨拶をしてくる。

 「おはよう。明海」

 健は、気まずそうに挨拶を返した。

 「朝御飯、食べたら」

 脇に置いてある小さな袋を指差す。

 「いつも悪いな。幾らだ?」

 「三百八十五」

 「分かった」

 健は、マルチリングを操作して、言われた金額分の電子マネーを明海の口座に振り込む手続きをして、完了ボタンにタッチした。

 「ちゃんと入っているわ」

 自身のマルチリングで口座を確認した明海が、振り込みの完了報告をしてきた。

 「それなら良かった」

 言い終えた健は、明海の隣に座って、袋の中にあるパンを取り出して食べた。施設の食事はかなりお粗末なので、とてもおいしく感じられた。

 「一晩拘留されるって聞いた時は驚いたわ。何か言われた?」

 明海が、食べ終わるタイミングで質問してくる。

 「後はないってさ。今度やったら地球へ強制帰還ってことだろ」

 「しょっちゅう、喧嘩ばかりしていればそうもなるよね。お父様もそろそろ庇い切れないって言ってたし」

 明海は、健の痣だらけの顔を見ながら暗い表情を浮かべて、父親との内情を話した。

 「好きでやっているわけじゃない。向こうから仕掛けてくるから身を守る為にやっているだけだ」

 健は、バツが悪そうに視線を逸らしながら喧嘩の必然性を話した。

 「また家族のことを言われたんでしょう」

 「そうだよ。無責任だの、人殺しだの、いつもの常套文句さ。それと」

 「それと何?」

 言いよどむ健に、明海が先を促す。

 「俺のマルチリングを盗んで、返して欲しけりゃ金払えってふざけたこと言ってきやがった」

 「それって完全に恐喝じゃない。なんで警備隊に通報しなかったの?」

 「通報したら大事な画像データ消すって脅し付きだったんだよ」

 「家族の画像データのことね。それでどうしたの?」

 「金渡す振りして、油断させたところで取り返してやった」

 健が、説明しながら殴る蹴るといったポーズを取っていく。

 「それでケガさせたんだ」

 話を聞いている明海は、悲しそうな表情を浮かべた。

 「確かに暴力は振るったけど、悪いのは恐喝してきた連中で、俺は実質的は被害者だぞ。だから一晩で釈放されたんじゃないか」

 「そうかもしれないけど」

 「画像データなんて消されても俺自身は全然構わないんだけな」

 健は、話しながら恐喝対象になった画像データを表示させた。

 画面には生まれたばかりの赤ん坊を抱いた母親を取り囲むように父親と祖父母が映っていて、赤ん坊以外の全員が幸せそうな顔をしていた。

 「だったら、なんで喧嘩してまで取り返したの?」

 「婆さんに家族が揃ったたった一つの画像だから絶対に消すなって死ぬ間際に言われたんだよ」

 「そうだったんだ。だから、大切にしているんだね」

 「まったく、なんで婆さん以外に顔を見たこともない連中の為にこんなに嫌な思いをしなきゃいけないんだよ!」

 健は、食後に飲んだ缶コーヒーの空き缶を腹立ちまぎれに放り投げた。

 「園内でのポイ捨ては禁止です。園内でのポイ捨ては禁止です」

 空き缶が地面に落ちるタイミングで、近くに待機していたバケツをひっくり返したような形の清掃ロボットが起動して、音声で注意を促しながら缶を吸い込んでいった。

 「コロニーに来れば、地球でのウザさから解放されるかと思ったけど、全然そんなことなかったぜ~」

 顔を上げた健の視界に映るのは、青空ではなく天窓越しの宇宙だった。

 二人が居るのは、宇宙での生活に馴染む為に月と地球の間に建造された研修用の小型コロニーだったのである。

 「ほんと、人間って地球でも宇宙でも本質的には変わらないの生き物なのかもね」

 同じように宇宙を見上げている明海が、哲学者みたいなことを言った。

 「もう誰でもいいから、この煩わしさから解放してくれ~」

 健は、疲れ果てたようにベンチもたれながら不満をぶちまけた。

 

 「ここに居やがったぞ」

 柄の悪そうな四人組みの男が、二人に近付いてきた。

 「お前、上風健だな」

 真ん中のリーダー格と思われる男が、健を睨み付けながら名前を呼んだ。

 「誰?」

 明海が、不安そうに健に尋ねる。

 「俺を脅した恐喝犯」

 明海に説明しながら顔全体に包帯を巻いている少年を指す。

 「昨日は弟が世話になったな。その礼をしにきたぜ」

 包帯少年の兄は、懐から銃に似た道具を取り出し、健に銃口を向けると同時に引き金を引いた。

 銃口からは電撃が放射され、避ける間もなく直撃を受けた健は叫び声を上げ、全身を震わせながら地面を転げ回った。

 「健、どうしたの?!」

 「近付かない方がいいぜ。ビリビリ状態だからな」

 「それは電気ショック銃、なんで学生のあなた達そんなものを持っているの?」

 明海は、兄が右手に持っている銃らしきものを見ながら所持している理由を尋ねた。

 「そりゃあ、違法な手段で手に入れたからに決まっているじゃねえか。ほら、昨日の礼をたっぷりしてやんな」

 「おうよ」

 放電現象が治まっても動けないでいる健は、男達が手にしている鉄パイプで、体中をめった打ちにされていった。

 「なんて酷いことをするの。今すぐ止めない警備隊を呼ぶわよ!」

 明海が、男達に暴力行為を止めるように言いながら自身のマルチリングを起動しようと指を伸ばした。

 「おっとお嬢さん、警備隊に知らせれば、こいつを殺すぜ」

 「そんなことをすれば、あなた達だってタダじゃ済まないわよ」

 脅しに屈することなく言い返した。

 「そうなった時の誤魔化す手段なんていくらでもあるさ。それよりもこいつを助けたくはないかい?」

 痛め付けられている健を指差しながら問い掛けてくる。

 「どうしろっいうの?」

 「少しの間、俺の言うことを聞いてくれればいいだけさ。そうすれば、これ以上、こいつを痛め付けるのを止めさせてやるよ」

 兄の条件を聞いた明海は、すぐに返事をすることができなかった。

 この手の輩が出す条件がろくでもないことは、火を見るよりも明らかだったからだ。

 「早くしてくれよ。俺は気が短いんだ」

 「・・・・・分かったわ」

 血だらけの健を見た明海は、低く小さな声で承諾の返事をした。

 「話が早くて助かるぜ。それじゃあ、初めに服を全部脱いでもらおうか」

 兄の提案を耳にした他の男達が、手を止めてどよめき声を上げていく。

 「ほら、早くやらないとこいつが死ぬぜ~」

 嫌な意味で余裕をみせるねっとりとした声で、脱衣行為を促してくる。

 「わ、分かったわよ」

 明海は、制服のボタンに手をかけて、ゆっくりと外していき、その様子を見ている男達が、卑猥な言葉を浴びせていく。

 「ほら、不公平にならないようにお前にもちゃんと見せてやるよ」

 兄は、血だらけの健の頭を持ち上げ、強引に目を剥かせた。

 全身に走る痛みのせいで抵抗することもままならず、うつろな意識の中で明海の脱衣姿を目にしている健は、心の底から思った。

 

 "こんな世界なんか壊れてしまえ"


 そこで、コロニー中に緊急サイレンが鳴り響いた。

 「巨大な飛来物が本コロニーに急速接近しています。今すぐ付近のシェルターに避難して下さい」

 サイレンの後、緊急アナウンスが流れ、天窓を鋼鉄製の防護ドームが覆い始めた。

 「飛来物だと? 隕石でも来るってのかよ」

 兄が、情況を把握するよりも早く飛来物が天窓を突き破ってコロニーに入ってきた。

 窓が破壊されたことで、コロニー内の空気が凄まじい勢いで宇宙へ流出し、健達を含む周辺のものを一気に吸い上げていく。

 その最中、巨大な筒状の建物から天窓の緊急補修用の粘着弾が放出され、窓の隙間を塞いでいったことで、空気の流出は止まりはしたが、健と明海は地上へ急降下していった。

 二人が、落ちたところは先に落下していた木の上にだったことでかろうじて助かったが、男達は地面に叩き付けられて死んでいった。

 天窓を破壊した飛来物は、人型で目玉だけのような丸い頭部、関節以外に凹凸のほとんどないシンプルなボディラインに銀一色で金属の塊という表現がぴったりの巨大ロボットであった。

 

 「健、大丈夫?」

 明海は、巨大ロボットには目も暮れず、健に近付いて安否確認を行った。

 「・・・・・ヤバい」

 健の声は、生気も覇気も感じられない非常に弱々しいものだった。

 巨大ロボットは立ったまま頭を動かし、物珍しそうにコロニー内を見回し始めた。

 「緊急事態発生につき、所属生徒は警備隊の指示に従って、速やかに発着所へ向かい、待機しているスペースシャトルでコロニーから避難してください」

 内容の変わった緊急アナウンスに反応するかのように巨大ロボットはブロック状に細かく分裂し、断片の一つ一つが人間サイズのロボットに変形してコロニー中に散らばり、その内の一体がニ人の目の前に降りてきた。

 「君達、早く逃げろ!」

 プロテクターに身を包んだ防衛隊員が、銃をロボットに向けながら駆け寄ってきた。

 隊員を視認したロボットは、右手を上げて横一閃に振って、隊員を三つにした。

 上半身、左腕、下半身の三つに分断したのである。

 隊員を分割したのは、筒状に変形したロボットの右手から放出されている光刃だった。

 上半身と左腕は地面に転げ落ち、下半身はゆっくりと後ろに倒れ、切り口から流れ出る大量の血が、歩道を赤黒く染めていく。

 「園内でのポイ捨ては禁止です。園内でのポイ捨ては禁止です」

 近くに落ちていた清掃ロボットが、隊員の上半身に近付き、ゴミを処理するように動かそうとしたが、ものが大きいだけに動かすことができず、血を吸引し続けた結果、ショートして小さな爆発を起こし、煙を上げた状態で停止した。

 「さっきから応答が無いぞ。どうしたんだ?」

 別の隊員が公園に入ってくるとロボットは、左手を銃のような形に変形させ、銃口からビームを発射して頭を一瞬で消し飛ばした。

 頭を失った隊員の体は、後ろに倒れ、傷口からは血ではなく煙が上っていた。

 「・・・・」

 なんの前触れも予告も無く、二人の人間の死を目の当たりにした明海は恐怖のあまりに声も出せず、体は固まったかのように指一本動かせないでいる一方、足の間からは大量の小水が漏れ出ていた。

 そんな無様な醜態を晒している明海に対して、ロボットは当然のように光刃を振り降ろしてきた。

 その最中、顔を上げた健が、隊員が落とした銃を手に取るなり、ロボットに向けて発砲し、その内の一発が顔面に命中すると、ロボットは弱点を突かれたように動かなくなった。

 「今の内に逃げろ・・・」

 「そ、そんなことできるわけないでしょ!」

 正気を取り戻した明海は、健を引っ張るようにして公園から出ていった。

 

 そこは地獄だった。

 

 人間サイズのロボット群が、人だけでなく犬や猫に鳥に至るコロニー中の生き物を対象とした大虐殺を行っていて、あらゆる種類の阿鼻叫喚が渦巻く地獄と化していたのである。

 「これはいったいなんなの? わたしは悪い夢でも見ているの?」

 明海は、目の前の状況を受け入れることができず、ぼんやりした声を上げた。

 そこへ一体のロボットが、二人に近付いてきてきた。

 健は、銃で応戦しようとしたが、それよりも早く光刃を振られて、右手を斬られてしまった。

 「うぎゃあああぁぁぁ!」

 ロボットは、叫び声を上げながら踞る健を無視するように、明海に向けて光刃を振り下ろしていった。

 悲鳴を上げる明海の前に立ち上がった健が、抱き締めるようにして押し倒したことで、明海自身は無事だったが、背中を深く斬られた。

 「健! 健! しっかりして!」

 無傷で済んだ明海の呼び声に対して、右手と背中から大量の血を流している健は、一切反応しなかった。

 そこへ近付いてきたロボットが、罪人の首を斬り落とす死刑執行人のように光刃を放出する右腕を二人に向かって振り上げていく。

 もう助からないと諦めた明海は、健を抱き絞めながら覚悟を決めたように両目を閉じていく。

 

 それから明海が感じたのは、吹き飛ばされそうなくらいの強烈な風圧だった。

 いったい何が起こったのかと目を開けると視線の先には、後部に箱型のコンテナパーツを付け、真っ赤に塗られた宇宙用ポッドに似た乗り物が止まっていて、自分達を殺そうとしたロボットは、数メートル先で倒れていた。

 呆然としている明海の前で、ポッドのキャノピーが開き、コックピットには黒いパイロットスーツを着た黒いヘルメットを被ったパイロットが乗っていた。

 「遅過ぎたみたいね。その子はまだ生きている?」

 初対面のパイロットが、健の生死を尋ねてくる。

 「はい」

 情況を飲み込めない明海は、短い返事をすることしかできなかった。

 「良かった。生きているのなら乗せるのを手伝って」

 「分かりました」

 パイロットは、向かって来るロボット群をコンテナから発射するミサイルで破壊している間に、明海と力を合わせて健を押し込めるようにしてポッドに乗せた。

 「飛ばすわよ。いいわね」

 「はい」

 パイロットシートに座り、キャノピーを閉じたパイロットは、後部座席に乗っている明海の承諾を得てポッドを上昇させた。

 「追ってきますよ!」

 「任せて」

 パイロットが、コンソールにある大きめのボタンを押した直後、ポッドから切り離されたコンテナ全体から無数のミサイルが全包囲にバラまかれ、ロボット群を撃破していった。

 「このポッドに応急処置のできるものは積んでいないんですか?」

 「無いわ。工場に行けば処置用の施設もあるけど、問題はそこに行くまでその子が生きていてくれるかどうかね」

 「それならわたしがどうにかします」

 「あなたが? どうやって?」

 明海は質問に応えず、健に両手を添えて目を瞑ると全身が光り、手を通して光を体内に注ぎ込むと全ての傷が治癒していき、切断された右手までもが再生していくのだった。

 「ここは?」

 傷が完治した健は、何事も無かったように目を覚ました。

 「わたし達を助けてくれた人のポッドの中よ」

 「俺、死にかけていたんだけど、もしかして明海の力で直したのか?」

 「うん」

 「そうか、ありがとう。助かったよ」

 健は、素直に礼を言った。

 「その力はいったい何?」

 パイロットが、明海が使った治癒力に付いて尋ねてくる。

 「分かりません。生まれた時からあったんです」

 「そのことを知っているのは?」

 「両親と健だけです」

 「地球人が持っている力ではないものね」

 「そういうあんたは、いったいなんなんだ? あいつらのこと良く知っているみたいだけど」

 「嫌というほど知っているわ」

 「俺達をどこへ連れて行くつもりだ?」

 「奴等を破壊できる物がある工場よ」

 「どうやってそこに行くんだよ? 回り中、敵だらけだぜ」

 周囲は、どこを見回してもロボットだらけだった。

 「来た時と同じく物資の搬入口を使うわ。発着所は今頃人で溢れかえって通れないでしょうから」

 ポッドが、搬入口に近付いたところで隔壁を破壊して、別の巨大ロボットが侵入してきた。

 「間に合わなかったみたいね。しっかり掴まっていて」

 パイロットが、レバーを引いてポッドを急速ターンさせることで、ロボットとの激突を回避した。

 その後、破壊された天井や床から次々にロボット達が侵入してきて、コロニー中を攻撃していった。

 「おい、かなりヤバいぞ。どうするんだ?!」

 「大丈夫、なんとかするわ」

 女性が、自信に満ちた言葉を返してくる。

 「それよりもこのままじゃ、コロニーが壊されちゃう」

 「こうなってしまった以上、ここはもう救えないわ。残念だけど諦めなさい」

 ポッドは、天井に空いた穴に向かって上昇し、ロボットが侵入する一瞬のタイミングでコロニーから脱出した。

 宇宙に出たポッドが、バーニアを最大噴射した高速飛行で月に向かう中、コロニーは強烈な発光現象の後に大爆発して、宇宙の塵となったのだった。

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