第34話
第三十四話「狂った町」
「火をつけあって楽しんでるみたいだ」とバトラーは言った。
火だるまの二人が道端で転がっている。その光景を見てゼットは泣き出した。そして、肩のゼロを下ろし。火だるまの二人に駆け寄った。
「ゼット! 戻れ! 危ないぞ!」とゴーストは叫んだ。
ゼットは泣きながら走り、上着を脱いだ。そして、火だるまで転げ回る二人の火を消そうと上着で炎を払い、包んで火を消した。だが、二人はもう死んでいた。ゼットは丸焦げになった二人を抱きしめ、空を見上げて泣いた。
「あっ! ヒカジ……。ヒカジが危ない!」とイラムが叫んだ。「バト、ダナの家はこの先か?」
「そうだよ。イラム、急ごう! 公園の近くだよ」
「ゼット! ヒカジを探すんだ!」
ゼットは気がついたように泣くのをやめ、死体を地面に置くと、焦げて穴だらけになった上着を羽織った。ゼロはゼットのもとに走った。そして、ゼットの体をよじ登って肩の上に立ち上がり、三メートルの高さから周りを見渡した。
「近くに煙はない! ゼット、ヒカジを見つけろ!」とゴーストがゼットに命じると、ゴーストは全速力で走り出した。ゴーストは振り落とされないようにゼットの首に捕まっていた。
「バト、ヒカジとメイの匂いを感じるか?」とイラムはバトラーに聞いた。
「今、探してるとこ」とバトラーは辺りをクンクンと嗅ぎまわった。
「バト、そのまま匂いを探すんだ。僕は公園へ向かう」
「ダナのうちは公園の前の歩道橋から見える白い壁の四角いビルだよ」
「わかった。バト、気をつけろ!」
「うん。イラムもね」
イラムは公園へ向かって走り出した。バトラーは気を集中し、ヒカジとメイディの匂いを探した。
「あった!」
バトラーはメイディの匂いを見つけた。彼女の匂いは公園へ向かう大通りから外れ、路地の奥に続いていた。バトラーは注意深くメイディの匂いをたどった。メイディの匂いとともに焦げ臭い匂いがする。バトラーは急いだ。
「バト!」
バトラーはメイディの声を聞いた。
「メイ!」
メイディが路地の向こうから走って来た。
「ヒカジがたいへんなの! 助けて!」
「どこ?」
「公園!」
バトラーとメイディは公園へ走った。
公園では、ヒカジが松明や火炎瓶を持った人々に囲まれていた。彼女の服はすでに焼けて穴が開いている。ひとりの男がヒカジに火炎瓶を投げた。
「きゃー!」
ヒカジが炎に包まれた。そのとき、人だかりの向こうからゼットが現れた。ゼットは人々を蹴散らし、火だるまになったヒカジに近づいた。肩に乗っていたゴーストは体に巻きつけていたベルベットの布を剥ぎ取りゼットに手渡すと、スルスルとゼットの体から駆け下りた。ゼットは赤いベルベットの布を大きくはためかせ、ヒカジの炎を吹き飛ばした。ゼットはそのまま布をヒカジに巻きつけ、ヒカジを包む炎を消した。
「ヒカジ!」、イラムが遅れて公園についた。
「ヒカジ!」、バトラーとメイディが駆けつけた。
ゼットを真ん中に、イラム、バトラー、メイディ、そして、ゴーストが丸焦げになったヒカジを取り囲んだ。そして、みんなはいっせいに振り向き、松明や火炎瓶を持った人々をにらんだ。
「おおおおおーっ!」
ゼットが雄叫びをあげた。そして、みんなも攻撃の準備をした。イラムは炎の消えた松明を持ち、バトラーは爪を立て、メイディは牙をむき出しに、ゴーストはファイティングポーズをとった。
「やれー!」とイラムが叫んだ。
そのとき。
「ダメー!」と焼けただれたヒカジが叫んだ。
ヒカジはやっとのことで立ち上がった。足はふらつき、息が荒く、片目だけがようやく開いている。
「た、戦っちゃだめ! あ、争いは、争いを生むの。武器は、捨てるのよ」
「ヒカジ! 動いちゃだめだ」とイラムはヒカジの肩を抱いた。
しかし、ヒカジはイラムの腕を振りほどき、人々の前に出た。
「ヒカジ、危ない!」、メイディが叫んだ。
ヒカジはそんな声に耳も貸さず、両方の腕を大きく開いた。そして、火炎瓶を持ったひとりの男に近づいた。イラムは慌ててヒカジのそばに駆け寄った。
「来ないで!」、ヒカジは強い口調で言った。
ヒカジは両手を広げたまま、火炎瓶の男に近づいた。すると、火炎瓶の男はヒカジの真似をして、両方の腕を広げ始めた。火炎瓶は彼の手から落ちた。ヒカジは広げた両方の腕を前に突き出した。
「手をつなぎましょう!」と火炎瓶男にさらに寄った。
「手をつなぎましょう」と火炎瓶男が真似をした。
ヒカジの片方の手が火炎瓶男の手に触れた。そして、手をつないだ。イラムもはっと気づき、隣にいたゼットと手をつないだ。ゼットはゴーストと手をつなぎ、イラムはヒカジと手をつないだ。火炎瓶男は隣にいた松明男と手をつなぎ、松明男は別の女と手をつなぎ、公園中の人々が手をつなぎ始めた。
「あっはっはっはー!」とゼットが笑った。
するとゼットの隣のイラムと反対の隣のゴーストも笑った。次々に笑いの輪が広がった。もう誰も火を放つ者はいなくなった。しかし、たったひとりだけ笑わない者がいた。ヒカジは笑うこともできず、その場でバタンと倒れた。
「ヒカジ!」、イラムがヒカジを抱きしめた。
「ヒカジ! 死んじゃ嫌だ!」とメイディが泣き声で叫んだ。
「しんじゃいやだ」、「しんじゃいやだ」、「しんじゃいやだ」、公園中の人々がそう叫んだ。
「まだ生きてる!」とイラムが言った。「バト、メイ、ダナの家だ!」
バトラーとメイディは察した。
「あっちだ!」、バトラーが言った。
イラムはヒカジを抱きしめて、バトラーとメイディもあとについていった。ゼットとゴーストもあとを追った。
公園を出て、歩道橋を渡り、反対側の歩道から、塀の崩れた家を曲がり、住宅地へ入った。
四角い白のビルがあった。
「ここよ」とメイディが言った。
「裏の床下から入れるよ」、バトラーが言った。
「その必要はない。ゼット、やれ!」とゴーストがゼットに命令した。
ゴーストはゼットの肩から降りた。すると、ゼットは勢いをつけて、白い建物の壁に体当たりをした。一撃で壁は崩れ、ビルの中への入り口ができた。
「作りは向こうの研究所とまったく同じ。手術室は五階だ」とゴーストは言った。
イラムはヒカジを抱いたまま階段を駆け上がった。他の者も後に続いた。五階についたイラムは手術室のドアを開け、ヒカジを手術台に乗せた。
「ヒカジ、もうすぐ生まれ変われるからね」とイラムはヒカジの耳元で囁いた。
「システムが作動していないぞ!」とゴーストが叫んだ。
「なんだって!」とイラムは目を見開いて言った。
「お前はそこにいろ! ゼット、行くぞ!」、ゴーストは言った。
「急いでくれ! ヒカジが死んだら、ブレイノイドに変われない」
ゼットはゴーストをつかんで手術室を出て、そのまま階段を駆け上がった。
六階の制御室についた。ゴーストはシステムを確認した。しかし、電源は入り作動ランプがついていた。
「おかしい。下で不具合が起こっているんだな。水槽のチューブで何かが支えている」、ゴーストはシステムの点滅するランプを見て言った。
ゼットはすぐさまゼットをつかみ、階段を降りようとした。
「おい、下ろせ! 階段を降りていたのでは間に合わん」
ゼットはゴーストを離した。すると、ゴーストは床の水槽が通る穴に向かった。
「ここからの方が速い。公園の奴らの火遊びは、おそらく私が起こした教会の火事のせいだ。私は彼らに償わなくてはならん。お前はこの小さな穴には入れない。私が生きて戻れたら、お前は私と暮らすんだ。いいな」
ゴーストはそうゼットに言い残し、穴の中にジャンプした。ゼットは大急ぎで階段を駆け下り、地下の施設へ向かった。
五階の手術室では、ガタガタと大きな金属音が響き、システムが動き出した。次に天井からプレートが降りてきた。ヒカジの体の細胞はプレートのチューブを通り、システムに吸い込まれていった。
「誕生までは、一年かかる」とイラムはバトラーとメイディに告げた。
「生まれ変われるのね」とメイディが尋ねた。
「うん」とイラムはうなずいた。
「バト、僕たちもしばらくお別れだ」とイラムはバトラーに告げた。
「イラム、どこかへ行くの?」、バトラーは不安そうに尋ねた。
「あなたも……」とメイディがつぶやいた。
「また、会える」とイラムはバトラーに告げ、猫のバトラーを抱きしめた。
イラムは振り向きもせず、手術室を出て行った。
脳科学研究所に着いたイラムは六階へ上がった。数時間前切ったシステムの始動ボタンを再び押した。マシンは唸りをあげて動きだした。次にイラムは五階へ降りた。手術室に入り手術台に横たわった。そして、数秒で眠りに落ちた。
イラムは夢の中で過去を振り返っていた。シェルターでの生活、ロボットのバトラーと遊んだ日々、優しかった人工頭脳のマリア、ヒカジとの出会い、猫になったバトラーと犬になったメイディ、もうひとつの人工頭脳ダナ、謎の子どもゴースト……。これらの記憶はブレイノイドに生まれ変わっても残るのだろうか。イラムは不安を抱えながら、長く深い眠りについた。
天井から人をかたどったパネルが降りてきた。パネルの内側から無数の針が出て、イラムの体を突き刺した。彼の体からいくつもの細胞を採取し、パネルの外につながるチューブがそれを吸引した。
一年後、彼はユリカゴの中で目覚める。
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